第八幕 戦争計画
飛鳥島 地下5000m地点
第四会議室
部屋の中は衣擦れの音すら聞こえてこない沈黙で一杯だった。
幾人もの将軍が綺麗に軍服を身に纏い、厳峻とした空気の中で全員が決然たる態度で椅子に座っていた。
そうした言葉を出しにくい雰囲気で一人の男がこの場を代表して言った。
「閣下、今回の命令に関して我々は何の反対もありません。我々一同、閣下の判断に全て従います」
力強い口調でそう言った後、軽く頭を下げる。
彼の名前は『伊達義久』、階級は海軍中将で海軍第二機動艦隊の司令長官である。
鷹のような目が特徴的な人物で、その侍を思わせる風貌は非常に頼もしい印象を与える。
「うむ、諸君らの期待を裏切らぬよう善処しよう」
九条は堂々とした態度で応じる。
そこには確固たる自信がしっかりと見え、居並ぶ将軍たちを安心させた。
「それで早速なのですが、攻撃する対象は何処なのです?」
会議に参加している誰かが言った。
その言葉を合図に空中に大きなスクリーンが出現し、飛鳥島周辺の地図が映し出されていた。
大陸の方もしっかりと描かれており、色分けして勢力図までもが作られている。情報を重視して何ヶ月も活動していただけはある。
「攻撃するのは……ここ『ザーブゼネ王国』だ」
スクリーンに映し出されている地図で青色に塗られている場所が明滅する。大陸の北東部にある部分だ。
同時に、彼らの手前のモニターにその国の詳細なデータが表示される。
国家情報 No.003『ザーブゼネ王国』
ザーブゼネ王国、元はザーブゼネ伯爵領と呼ばれており、大陸統一を成し遂げた『大デルフリード帝国』における地方の有力貴族でしかなかった。
だが、皇帝崩御によって宰相が起こした反乱による大デルフリード帝国の威信失墜に際し、いち早く領土拡大政策をとり勢力拡大を成し遂げた。
当初は現在の国土の三分の一にも満たなかったが、当時の伯爵が軍事的、外交的にその才能を発揮させ、現在までの国土を獲得した。
しかし、その伯爵も既に死去し、その息子が王として領地を治めている。完全な独立国家状態。
注意:この情報は主に我々の保護下にある異世界人の証言を基にして作られています。
上のような情報がまず表示された後、国土面積、総人口、地形、主要都市部、予想戦力などの貴重な情報が続いていた。
戦争を行うにはどれも必要な情報であった。もっとも、人口などの一部の情報はあくまで推測値に過ぎなかったが。
大体、全員が見終わったところで九条が会議を進める。
「この国をまず攻撃する事にした理由は、我々のところからすぐ南にあって地理的に近く、そして何より豊かな国だと情報にあるからだ。この国を手に入れられれば、我々も一気に躍進できる」
九条がそう言うと堰を切ったかのようにざわざわと五月蝿くなり始めた。
「ここら辺の勢力では最大の国家のようですな。頭一つ分抜きん出ている」
「人口自体も予想値ではありますが結構な数ですね」
「ですが、相当無茶をしている様子……周辺国にかなり無理な出兵をしています」
「そうですな。ですが、その情報が正しいのなら国内に残存する兵力は非常に少ない」
「今なら、ローリスク・ハイリターンというわけですか。我々は運がいい」
「ふむ、というよりあちらは既に後顧の憂いがないと考えているのでしょう。無駄な兵は作らずに他国に全力投入しているだけなのではないでしょうか?」
「その可能性は高いな。だが、結果として我々には都合がいいのだ。別に構うまい」
「まぁ、いきなり強大な軍事力を持った勢力が背後に現れるなど想像もできないでしょう」
静かだった会議室は一転して、議論の場になる。
それぞれが色々と意見を交わし、思考する。些細な事から重要な事まで、次から次へと話題は尽きない。
見ていれば分かるが、全員が活力に溢れて生き生きとしている。まるでゲームでも楽しんでいるかのように。
だが、そのうちある一つの事を気にし始める。
「そういえば閣下。総指揮は閣下が取られるとして、その他の人事は決定しているのですか?」
「ああ、もう決めている」
これに辺りのどよめきが大きくなる。誰もが自分を指名してくれるのを期待しているのだ。全く、戦争狂どもめ。
人の事を言えた義理ではないが、呆れ半分の溜息をつく。
「慌てるな。今から発表してやる」
そう言うとスイッチを切り替えたように静かになる。
一言一句聞き逃さないという意思がヒシヒシと感じられる。
「総指揮は私、九条星夜が取る。陸軍からは紫芝中将を、海軍からは伊達中将を、空軍からは上杉中将をそれぞれ司令官に任ずる」
指名された人物に視線が集中する。羨望と嫉妬がその多くを占めていた。
紫芝と伊達は自信満々、威風堂々としていたが、空軍の『上杉武正』中将は明らかに困った顔をしていた。
彼は図体こそでかいのだが、少しばかり気が弱く、まだ若いのに立派なカイゼル髭を持っている非常に特徴のある人物だ。
そんな彼は何かを言い辛そうにしていたのだが、意を決したように口を開いた。
「閣下、我が空軍はアメリカとの戦いで疲弊したままです。航空機は修理できるものは何でも修理し、搭乗員も怪我が直り現場復帰した者もそれなりにいますが戦力の完全回復には至っておりません」
そう、飛鳥島の空軍力は既に半減している。空軍はアメリカとの制空権争いによって、人的にも多大な損害を被っているのだ。
数にかなり余裕がある陸軍の兵士を空軍に移し、再教育を行って搭乗員にしようという苦肉の策までもやっているくらいだ。
上杉の言葉に九条は特に反応するでもなく適当にあしらった。
「完全な空軍には戻っていないというだけだろう、航空戦力全てが損失したわけではない。出来る限りの事をしてくれればそれで良い」
「はい……了解しました」
渋々受けたのがよく分かる反応をする。空軍はそれだけ大打撃を被っているのだから仕方のない事か。
そんな事を考えながら、九条はとりあえず気を取り直して続ける。
「さて、それでは投入する戦力についての話をしたい。陸軍の方は現在三個機甲師団、二個機械化歩兵師団、四個歩兵師団と随分兵力的に余力がある。このうち、機甲師団と機械化歩兵師団を全て、歩兵師団の半分を紫芝に与える。歩兵師団の残りの半数は万が一の防衛戦力、もしくは戦略予備として私の元に残す。次に海軍だが、投入するのは伊達の第二機動艦隊のみとする。第一機動艦隊はドックで修理中の艦艇が未だに多いのと燃料問題が懸念されるため待機だ。まぁ、後者よりも前者の方が理由としては大きいが。最後に空軍であるが、必要に応じて攻撃要請を行う。そのため戦闘態勢にて常時待機していてもらう事とする、以上だ」
現在の日本軍の師団はその規模が昔に比べてかなり大きくなっている。
一個師団の人数はどれも二万人を超え、ここ飛鳥にいる陸軍の総兵力は約二十万人にも及ぶ。
九条は一気に喋り終わると若干疲れたように溜息をつく。
けれども、まだ自分の言うべき事は残っている。
「期間は一ヶ月、超短期戦でこの国を完全に制圧する。では、そのための作戦を諸君に伝える」
空中のスクリーンの表示が変わる。
ただの地図から、細かな地形まで表示され始めた。
「我々は既に海岸に橋頭堡を確保している。そこを後方支援基地及び最終防衛ラインとして活用する。まず、三週間かけて物資の集積を行い、陸軍の攻略部隊を送る。だが、その前に大々的に宣伝を行う必要がある。これには異世界人の協力が必要不可欠だ」
「宣伝……ですか?」
「そうだ。まぁ、理由の大半は単純に民衆の心を我々の手に掴むためだ。既に諸君らも知っているようにこの大陸は奴隷制が蔓延している。そして、そこを突くのだ。毎日毎日、虐げられている中で突然自分たちを救ってくれる救世主が現れた、そういう『設定』で宣伝を行う。いわゆる『奴隷解放』という奴だ。奴隷である民衆が支持しないはずがない。……もっとも、支配者である貴族を倒せる事を証明する必要があるのだろうがな」
そう言い終わると不敵な笑みを見せる。確実に成功するだろう事を確信し、自信に満ちた笑みだった。
その笑みのまま、クルリとある人物の方へ顔を向ける。
「紫芝中将、貴様はこの中で一番異世界人との接触の機会が多かったはずだ。故に異世界人の事は貴様が最もよく理解していると私は思っている。そういう訳で貴様に宣伝の件を任せたいのだが……宜しいかな?」
「ハッ、承知致しました。必ずや結果を出して見せましょう」
紫芝は静かに答えた。力強く拳を握り締め、その手を震わす。
新たに増えた仕事で、さらなる手柄を上げようと意気揚々としていた。
「では、作戦の続きを説明する。本作戦で重要なのは敵の野戦戦力を作戦初期において完全に撃滅し、即座に敵の本拠地へ進軍する事にある」
「なるほど。敵を無力化して、首都機能を抑え込むわけですな。現在進行形で他国に出兵して兵力を減らしているこの国では我々には勝てますまい」
「そういうことだ。次にその他国に進軍していた軍が反転して我々に攻撃してくることが考えられるため、その軍の撃滅を可及的速やかに行わなければならない。調査によれば、それぞれ出兵した兵士全てをあわせれば百万人近くいるようだ。この膨大な数を集中されてしまうと我々でも対処に苦労するだろう。よって、それぞれが集まる前に電撃的に各個撃破を行う。彼らの合流阻止に空軍の力が一番重要になってくるだろう」
チラリと上杉の方に目を向けるが、上杉は黙り込んで両目を瞑っていた。
もうどうにでもしてくれという意思表示なのだろうか。
「閣下、国家制圧が完了した後ならば敵は補給線の維持はできないはず、自滅を待つのがよろしいのでは?」
「否、この国は広く豊かではあるが国力の疲弊が著しい。民衆の支持を得るためにも早期に内政に力を入れたい」
「確かに。長期の戦争は民衆の不満を爆発させ、国力も一気に低下しますからな。既にそのような状態にあるこの国で長期戦などをすれば逆に民衆が我々の敵になる可能性が高い」
「うぅむ、結局短期的に決着をつけるしかないわけですか……」
難しい顔をしながら何人かが唸る。
そのまま自分の周りの者とそれぞれが話し合いと意見交換を始め、ガヤガヤとまた一段と五月蝿くなった。
それが三十分ほど続くと、いい加減段々と静かになってくる。
そのタイミングを見計らって、九条が会議の終わりに向けて話を再開する。
「それでは続きを始めよう――……」
飛鳥島 地下兵器研究所
科学技術総監執務室
「ラッキーだなぁ、幸運だなぁ、ついてるなぁ……僕って本当に神様に愛されてるみたいだよ。ねぇ、大林君?」
クスクスと笑いながら、楽しげに言う氷室。
その傍らには助手の大林が嬉しそうに待機していた。
「はい、これでようやく実戦データの収集が再開できます」
「うんうん、実戦で問題点の洗い出しを行うのが一番手っ取り早いからねぇ。これでかなり研究スピードも上げられるかな」
フンフフン、と氷室は鼻歌まで歌いだした。
「元帥閣下に我々の『実験大隊』投入を許可してもらいませんといけませんが、これはさして問題ではないでしょう」
「当然だよ。そこら辺の便宜はいつも図ってもらえてる。あー、でも研究員の派遣がちょっとキツイかな? 作業効率がちょっと落ちそう」
こりゃしまった。ペシッと頭を手で軽く叩く。
しかし、全く焦りもしていない様子でそんな事を言っても説得力がまるで無かった。
「はは、総監も御人が悪い。その気になれば全部自分だけでやってしまえるでしょうに」
「まぁね。僕って超天才だし……ちょっと狂ってるけど」
「私もそこのところは自覚しております」
互いに顔を見合うとニヤッとした笑みを浮かべる。
類は友を呼ぶという、具体的な例だった。
「さてさて、それじゃあ早めに準備を済ませちゃおうか。使う奴の選出は君に任せるけど、ランクが下の奴も適当に使ってね。無駄は嫌いなんだ」
「はい、承知しました。それでは行って参ります」
大林は踵を返し、執務室から早々と退出していった。
残された氷室は自分の椅子に踏ん反り返り、ニヤニヤとした顔をしながら手前にあるモニターを見ていた。
そこには第四会議室の様子が鮮明に映し出されていた。
「さあ、楽しい楽しい戦争の幕開けだよ……フフフフフ」
最終更新:2007年10月30日 19:57