第九幕 準備


 辺りは全くの無音に静まり返り、深い闇に包まれた真夜中。
 特に森の中は月明かりさえも遮ってしまう暗黒とも言うべき状態であった。
 そんな森の中を動く影があった。一つや二つではなく、幾つも幾つも。
 森の中に偶々あった開けた月明かりの届く広場にその影たちは出てきた。

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」

「ち、畜生! なんなんだありゃ! あんなのがいるなんて聞いてねぇぞッ!」

「こ、こりゃ割り増しで報酬もらわねぇといけねぇな、はは……」

「も、もう俺たち以外の奴はいねぇのか? 他の連中は?!」

「殺られちまったんだろうよ! あの化け物共によ!」

 森から出てきたのは五人の男。
 激しく息切れをしていたり、無駄に喚いて体力を消耗させていた。

 共通点はどの男も革でできた鎧を身に付け、腰に剣や斧で武装していた事だろう。
 そして、何処から見てもガラが悪そうで町のチンピラと言う印象を見ているものに与える。

「な、なぁ……もう大丈夫だよな? もう追ってきてねぇよな?」

「ああ、いい加減ここまでくれば大丈――」


 バンッ!


 辺りに乾いた音が響くと共に今喋っていた男の脳漿が飛び散る。
 頭から血液が吹き出して地面を真っ赤に染め上げた。

「ヒ、ヒイィ!! 出た!? 出やがったあァァッ!!」

「う、うわああぁぁ!!」

「もう嫌だ! だ、誰か助けてくれぇ!!」

「ク、クソが! 畜生め、畜生めぇッ!!」

 残った四人の目の前に漆黒の鎧で全身を覆い、目を赤くギラギラと光らせた『化け物』が現れた。
 手には武器らしい黒い鉄の杖のようなものを持ち、二本の足で大地に立っている。
 人の形こそしているがこれは『違う』、決定的に自分たちとは『違う』ものだ。


 バンッバンッ!


 また乾いた音。それも二回。
 気付いた時には更に二人が最初の男のように脳漿を飛び散らせてピクリとも動かなくなっていた。
 まるで出来の悪い人形のように。

「う、うぅ、うわあああああぁぁぁぁぁッッ!!」

 残った二人のうちの片方が震える手で腰にあった剣を引き抜くと化け物に突撃する。
 窮鼠猫を噛む。ことわざにある通りの展開だ。

「死んでたまるかッ! 死んでたまるかッ! 死んでたまるかッ! 死んでたまるかあああぁぁぁぁッッ!!」


 ヒュンッ


 空気を切り裂く音が聞こえた。
 だが、化け物は無傷で片手に黒い鉄の杖、もう片方の手にはそこそこ長い剣を持っていた。
 つまりは――

「あ、あああああああぁぁぁぁッ!!?」

 死にたくないという一心で突撃した男の腕が無くなっていた。
 地面を見ると剣を握った状態のままで転がり、血がダラダラと流れ始めている。

「お、俺の、俺の腕が、腕が取れちまって――」


 バンッ!


 茫然自失の状態に陥っていた男の頭を容赦なく吹き飛ばす。
 グラリと揺れて地面に倒れ、永遠の眠りについた。
 残ったのは一人。たったの一人。

「ハァッ、ハァッ……」

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が早くなる。
 背中を嫌な汗が流れ、服がべっとりと肌につく。

「ク、クソッ、仇は取れるかどうかはわからねぇが……やるしかねぇみてぇだなッ!!」

 自分を勢いづける様にそう言うと男の両手から光が発せられる。
 初めて化け物たちの動きが止まった。

「ハッ、魔法は苦手みてぇだなッ! これでも下級だが貴族なんでね! 存分にくらえ!! 塵と変える炎の玉(ファイアーボール)!!」

 拳大の火球が二つ、一直線に化け物に向かう。
 この距離なら避けられまい!!
 男は一矢報いた事を確信した。自分も死ぬだろうが様を見ろ! てめぇは道連れだ!


 ボォンッ!


 命中、爆発。
 煙に包まれてよく見えないが手応えはあった

 はずだった――

「な、何だとぉッ!!」

 男は思わず叫び声を上げる。
 何故なら道連れに倒したと思った化け物が特に問題もなさそうに立っていたからだ。
 見た限りでは全くの無傷。ダメージらしいダメージを与えている事は確認できなかった。

 絶望。

 今の状況を言うならその言葉しか見つからなかった。
 しかし、化け物たちはお互いに視線を交差させるだけでいつまでたっても自分を殺そうとしなかったのだ。
 殺るなら早く殺ってくれ。そう思っていた時……自分の耳を疑った。初めて化け物が声を出したのだ。

「目標、重要度A、捕獲に変更する」

 そして、自分の意識は途絶えた。




























 飛鳥島 地下兵器研究所
 科学技術総監執務室

「ほほぅ? 魔法を使える男を捕らえただって?」

『ああ、そうだ。紫芝が流した反乱の噂の確認に来たらしい。傭兵連中ばかりだったらしいが、その連中の中に一人だけ魔法を使った奴がいたそうだ』

 それは実に興味深いね。好奇心を刺激されながら聞く氷室。
 九条もそれを分かって言っているらしく、氷室の研究心を焚きつけている様だった。

「で? いつこっちに送られてくるの?」

『気が早い……と言いたい所だが、今日中に届くようにした』

「いいねぇ、流石は元帥閣下だ。そういう所大好きだよ」

『私にそういう気は無い。兎も角、魔法の原理を調べるいい機会だ。何をしてもいいから出来る限りの情報を得るのだ。いいな?』

 そう言うなり、さっさと九条は電話を切ってしまった。
 仕事漬けで機嫌が悪いのだろうか。

「あー、もうせっかちな人だなぁ。……まぁいいや、面白そうなのが貰えそうだし」

 ニヤリと不気味に笑い、これからやってくる未知の技術を持つ者をどうするか考える。
 適当に洗脳しまくって、忠実な人形にするのがベターかな? まぁ、記憶の塗り潰しは必須だよねぇ。
 落ち着き無く、執務室中を歩き回る氷室。完全に自分の世界にのめり込んでいる様だった。


 コンコン


 扉をノックする音が響く。
 しかし、脳内世界から帰還していない氷室は気付く事は無かった。

「失礼します。総監、今回……総監?」

「ん?! あぁ、なんだ大林君か。どうしたのさ?」

 内心、少しばかり恥ずかしい所を見られたと焦る。うわあ、やっちまった、と。
 だが、氷室はすぐに大林に質問をして適当に誤魔化した。

「あ、はい。今回送られる実験大隊の『調整』がようやく終わりましたのでその報告に参った次第です」

「ふぅん……結構時間掛かったねぇ。何かあったの?」

「いえ、人選に多少手間を取られた程度です。問題はありません」

 何か引っかかるものを感じたが、大林が言わないのなら大した事ではないのだろう。
 敢えて無視する事にした氷室はそのまま何事もないように話を続ける。

「ならいいけどね。で、どういう調整を施したの?」

「はっ、スタンダードに戦闘能力系統に偏って調整させていただきました。軽戦闘車両くらいなら余裕で勝てるでしょう。勿論、武装によってはMBTにも対処できます」

「となると、ハイパワーのレベル2って所か……運動性は殺してないよね?」

「無論です。そんな事をしたら自殺行為ですから。しかし、用途が固定砲台といった場合なら話は別になる可能性も十分にありますが……」

「固定砲台なんかに使わないよ。勿体無いったらありゃしない」

「ま、そうですね」

 一通り必要な会話を済ませると、大林は適当に雑談をして戻っていった。
 まぁ、彼も相当仕事が忙しいはずなのだから、あまり引き止めるわけにも行かないだろう。

「さてさて、僕も僕で仕事に取り掛かりますか」

 氷室は自分のデスクに着くとカタカタとコンソールを叩きながら仕事を始めた。
 これからの事を楽しみに思いながら狂気の笑みを顔に浮かべて。



























 大陸派遣軍臨時総司令部
 司令官執務室

「車両系統の燃料はC-26地区に運べ。弾薬はB-11地区だ、くれぐれも銃器と一緒に置いておくんじゃないぞ。あぁ、兵舎が足りなくなるだろうからその追加建設を行いつつ、テントを大量に要請しろ。幸い時間にはまだ余裕がある。後は――」

 書類を片手に電話で指示を出し続ける紫芝。
 恐らく今最も働いているであろう将軍だ。
 あまりの仕事量にかなりウンザリしてきているが、サボるわけにもいかない。


 コンコン


「失礼します。閣下、書類に判を御願いします」

 次から次に執務室に誰かが入ってくると引っ切り無しに書類に判子を求められる。
 時には列ができてしまう事までもあるくらいだ。
 今は多少はマシになっているため、そこまで酷い状況にはなっていないが、それでも辛いものは辛い。

「あぁ、ちょっと待て。……ほら、これでいいか?」

「……はい、結構です。それでは失礼しました」

「ああ、じゃあな。……いや、それは別の場所に運んでおけ。詳しい話は兵站将校にでも聞いてくれれば分かる」

 電話をかけながら、書類を見て判を押す。 
 休んでいる暇がない。人手がかなり足りない状況だ。

「それでいい。では、また何かあれば電話するからな。……ふぅ、ようやく終わった」

「閣下も大変ですね」

 またしても執務室の入り口辺りに桐山がいた。いつもいつも気が付いたら何故かいる。
 暗殺とかが得意そうだ。諜報員にでもなればよかっただろうに。
 ふと、そんな事を考えながら桐山を見る。

「何か用か? 暇つぶしだったら今すぐに消えろ」

「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいよ。少し確認に来ただけなんですから」

「確認? 何をだ?」

「異世界人との初戦闘の結果ですよ」

 その情報はすぐに機密指定されたもののはずだ。それを何故こいつが知っている。
 紫芝は少し警戒の色を強めた。

「あっと、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。ただそれとなく知り合いから聞いたと言うだけなんですから」

「知り合い? 誰だ?」

 口止めを徹底できていなかったのか。もっと厳重にせねばなるまいな。
 警戒を緩めずに尋問のように聞く紫芝。

「そりゃ言えませんよ。悪く思わんでください」

「フン、まぁいい。調べればわかる事だ。……で、貴様は異世界人との初戦闘の結果を聞いてどうするつもりだ?」

「別に何も。ただ好奇心を満たそうと言うだけですよ」

「ふむ…………いいだろう。だが、この貸しは巨大だぞ? 貴様にはより精力的に働いてもらわねばならなくなるが、それでもいいのか?」

「構いませんよ。さっさと教えてください」

 こいつは……。眉間に青筋を二、三本浮き出させると黙って鍵の掛かった引き出しから書類の束を出して投げ渡す。
 使い潰す勢いで仕事を回してやるから、覚悟しておけよ。
 根暗な事を考えて復讐に燃える紫芝であった。

「へぇ、これが……」

「言わずとも分かっているだろうが、この部屋からの持ち出しは禁止だ。読むならここで全部読め」

「はいはい、了解ですよ」

 そう言うと桐山は壁にもたれかかって、じっくりと読み始めた。
 そして、紫芝は桐山を無視するかのように溜まった書類を片付け始める。

 ただただ書類を読み耽り、ただただ書類にサインと判を押す。
 そのまま三十分程の時間が経過してようやく桐山は書類の大半を読み終えた。

「ふぅ……中々面白かったですよ、閣下」

「そうか。だが、これを娯楽にされては非常に困るのだがね?」

 軽く嫌みを言う。ようするに、もう来るなという意味だ。
 しかし、桐山はそれを軽く受け流す。

「了解了解、今度からはもうしませんよ」

「だと良いがな」

 半ば諦めの口調で返事をする。
 紫芝には相当な疲れが溜まってきていた。

「しっかし、魔法も聞いていたよりあまり大したことはありませんねぇ。『装甲強化服』を破壊不可とは……歩兵だけでこの国制圧できるんじゃないですか?」

「歩兵だけでは迅速な展開ができん。まぁ、やれん事はないだろうが時間が掛かりすぎる上、数も大勢必要になるだろう」

「それもそうですね。……おっと、そろそろ仕事場に戻りませんと」

「そうしろ。私も自分の仕事に集中するからな」

「はい、それではまた……」

 それだけ言うとそそくさと退出して行った。
 桐山が執務室からいなくなり、部屋の中には自分と書類が残された。
 紫芝は、気分を新たに黙って書類に突撃していった。


最終更新:2007年10月30日 19:57