第十二幕 崩壊


 戦場に紫芝の機甲部隊の突入。これによって更なる阿鼻叫喚の地獄絵図がこの世に現れた。
 その地獄絵図を生み出すための材料となる敵の兵士たちは全て悲惨な末路をたどっていた。
 戦車の主砲から放たれる砲弾によって原形を留めぬほどに吹き飛ばされたり、戦車に搭載された機関銃で文字通り蜂の巣にされたり、さらにはその戦車自体の巨体で押し潰されて体中の骨を粉砕され、肉や内臓をぶちまけて辺りを血溜りにし、大地の貴重な養分にされていった。

 だが、攻撃は戦車によるものだけにはとどまらない。
 戦車の後方に控える装甲兵員輸送車や歩兵戦闘車から次々と『装甲強化服』を纏った歩兵が降車する。

 装甲強化服とは特殊合金と人工筋肉を組み合わせた日本の技術の集大成とも言えるバトルスーツだ。
 外観は頭の天辺から足のつま先までを黒一色で統一された鎧に見える。顔全体を覆うヘルメットも特徴的だ。
 装着すれば通常の筋力の十数倍のパワーを発揮できるようになり、アンチマテリアルライフルですら至近距離から発砲しても貫くどころか弾いてしまう程の防御力までも持つ歩兵装備。
 このバトルスーツの登場は歩兵革命とまで言われ、日本が世界に軍事大国としての名を轟かせる武装の一つとなっていた。
 そして、この異世界でもその無敵の力が思う存分に発揮されていた。
 降車した歩兵たちは戦車の射線上を避けつつ、その巨体の影に隠れて前進し、戦車が取りこぼした異世界兵を己の手に持つ機関銃や小銃、白兵戦装備の超振動ブレードで命を順調に刈り取っていった。その姿は、まさに殺戮人形であった。

 一片の容赦も慈悲も無く、ただただ殺す。これは戦争ではなく単なる大量虐殺、そう言われれば簡単に納得してしまう光景。
 そして、その光景を生み出した張本人たる紫芝はというと――

「ク、ククク、クフ、フハハ、フハハハハハッ!! いいぞ、行けぇッ! 突撃しろ!! 立ち塞がるものは全て敵だッ!! 皆殺し! 皆殺しにするのだァッ!! ハハハハハハハッ!!」

 ――壊れていた。完全に、完璧に壊れていた。
 最早、その瞳に理性の光は無く、ただ飢えに飢えた獰猛な獣が代わりに瞳に宿っていた。
 無線機を片手に酷く興奮した様子で叫び続ける。

 一方で紫芝のいる指揮車に同乗している桐山は呆れた視線を突き刺さるように飛ばしていた。
 流石にまともな事を考えて……

(皆殺しにしたらダメでしょうに、戦意を完全に喪失させた敵は捕虜にして実験に使うんですから。利用価値があるものはキッチリ使い潰さないと勿体無いですよ)

 ……いなかった。ある意味紫芝より性質が悪かった。
 桐山はただ敵を打ち倒すだけでなく、有効な利用方法までも考えていた。微妙に氷室的思考な部分も見受けられる。

 そのまま紫芝の声と砲声ばかりが聞こえる車内で耳に嵌めているヘッドフォンに通信、というより戦果の報告が入る。

『こちら第八機甲中隊、順調に敵を撃滅しつつ前進中』

『第二十一装甲歩兵中隊、十数名の捕虜を確保。現在ガスで睡眠中』

『こちら第三機甲中隊、小規模な抵抗があるが問題無し。現行戦力で粉砕中』

 極めて順調に事は進行していた。
 このままの調子ならば何一つ問題無しに次の段階に移れるだろう。

「ハッハァッ! 右翼の部隊は突出して前進した後、側面より攻撃! 半包囲しろッ!!」

 紫芝のダメ押しの攻撃命令が下る。嬉々として命令する紫芝を止める事など誰にもできそうに無かった。
 異世界軍は抵抗も殆どできずに物量と科学に押し潰されていった。

















「う、うわあああぁぁぁぁぁッッ!!」

「も、もう嫌だ! 俺は逃げる! 逃げるったら逃げるぞ!!」

「あ、あは、はは、はははは……」

 既に空爆と長距離地対地ミサイルによって軍隊としての機能を粉砕されていた異世界の軍勢。
 彼らの今現在の状況は最悪を通り越していた。多くの指揮官が死に絶え、さらに残った指揮官の多くが我先にと逃げ出す有様。最早、戦いの決着はついていた。

「逃げるなッ! 逃げるものは敵とみなして攻撃するぞッ!!」

 戦場に留まった数少ない度胸のある指揮官が怒鳴る。
 けれども、それでどうにかなるなら苦労はしない。兵士たちの混乱は全く収まる気配を見せずにどうしようもない状態になっていった。

 そんな中、この軍勢を指揮しているゲオルグは苦渋に満ちた顔で怒りをあらわにしていた。

「クソ、クソ、クソォッ!! 何故だ?! 何故こうも上手くいかんのだ!! 私はザーブゼネ王国の子爵、ゲオルグ=レア=シルバーグライドだぞ!? それが、それがァ……ッ!!」

「子爵閣下落ち着きくださいませ!」

「そうです! まだ再起を図れます!」

「黙れ、黙れ、黙れえぇッッ!! 再起を図るにも撤退せねばならん! そうなれば私の栄達は完全に無くなるのだ!! クソッ、畜生ッ! 大体なんなんだアレは?! あんな化け物聞いたことなど無いぞ!!」

 ゲオルグは他国が民衆を扇動して反乱を起こさせ、どうにかして国内に兵を派遣したと思っていた。場所から考えて大量の船と時間さえかけれれば、それも可能だと判断していた。
 だが、その可能性は完璧に無くなった。何故か?
 それは敵の使ってくる魔法にあった。威力も違えば射程も違う。自分達の使う攻撃用の魔法とは何か根本的に違う力を持ったものだったからだ。射程の方は推測だが。

 兎も角、さらに決定的なのがここからでも遠くに見える『化け物』の存在だ。
 キュラキュラと鉄の擦れるような音をさせながら物凄い速度で接近してきている。そして、段々とその大きさが分かるにつれて絶望的な気分になる。
 大人数人を横に倒して並べた程の長さの巨体をこれ見よがしに見せ付けてくるのだ。向こうにそのつもりが無くともその存在感は見る者を圧倒する。
 そして、その化け物はその見掛けに相応しい強大な力で我々を粉砕している。

 グルグルと大きな顔を右へ左へ回転させ、中心にある長い筒らしきところから強力な魔法弾を撃ってきている。
 それによって兵士たちがボロクズのように四肢を吹き飛ばされる光景は……なんとも言えない恐怖に襲われる。
 さらにその化け物の顔から下の一部分が瞬間的に明滅すると目の前にいた兵士たちはその身体を穴だらけにされる。

 クソ、冗談じゃない。なんだってこんな目に会わなければならないんだ。畜生。
 だが、こんな化け物は何処の国を探したって存在なんかしていないはずだぞ。見た事も聞いた事もまるで無い。
 では、何故いる? どうして目の前に敵として立ちふさがっている? 分からない、わからない、ワカラナイ――……

「子爵閣下!!」

 横からの声に思わずハッとする。知らず知らずのうちに自分の頭の中に引き篭もってしまっていたようだ。

「な、なんだ?!」

「子爵閣下、屈辱の極みにございますが最早一旦退くしか道は――」

 彼はそれ以上の言葉を口から発する事はできなかった。
 何故ならば既に彼の口は上半身ごと無くなっていたからだ。
 後方で爆発音が聞こえる。それと共に残った下半身がグラリと地面に倒れた。

 あの独特な鉄が擦れるような音がすぐ傍で聞こえる。
 その音の方に顔を向けると、あの化け物がこっちに向かって一直線に走ってきていた。
 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい……心の中が恐怖の二文字で埋められる。
 周囲にいる自分の配下である指揮官たちも腰を抜かして地面に尻餅をつくか、恐怖にその身を支配されて全く動く事ができずに歯をカタカタと鳴らすだけだった。

「こんな、こんな事が……クソッ! 私は、私はザーブゼネ王国子爵、ゲオルグ=レア=シルバーグライドだッ!!」

 己を奮い立たせるためにそう叫ぶ。
 それに後押しされるかのように配下の者も自らの身体の戒めを解く事に成功した。
 彼らの最後の奇跡だった。

「全員突撃ィッ!! 我ら貴族の誇りを見せるのだァッ!! うおおおおぉぉぉぉぉッッ!!」

 腰の鞘に入った剣を抜き放ち、気休めにしかならない盾を前に突き出して突撃する。
 配下の指揮官たちもそれに続いた。完全に戦死するつもりであった。

 至近距離からの魔法攻撃、効くかどうかはわからないが最早これしかない。
 ゲオルグは覚悟を決めた表情でただひたすら走った。

 そこへ空から『何か』が降ってきた。魔法か?! と警戒するが、特に何も起こらなかったため、そのまま気にせずに突撃する。
 あともう少し、もう少し近くへ! 巨体を持つ化け物にかなり接近したが、まだ魔法で攻撃しない。もっと威力をつけるためだ。
 それに何故だか知らないが、あの化け物は攻撃してこない。ならば、今が好機!!
 ゲオルグたちは雄叫びを上げながら進み、ようやく最大限の威力を発揮できる距離にまで近づいた。さあ、一矢報いてくれるぞ!!

「凍てつく氷の――ッ?!

 魔法を唱えようとした時、それは起こった。
 身体が動かないのだ。恐怖に縛られたとかではなく、本当に全くピクリとも動かない。
 眼球のみをやっとの事で動かしてみれば、周りの者も自分と同様に全く動けなくなっているようだった。
 何故だ、何故だ、何故だ――……そう考えているうちに意識を失った。

















「閣下の尻拭いをさせられる身にもなってもらいたいものですよ、本当」

「……フン、私の楽しみを邪魔しおってからに」

 軽く溜息をつくのは桐山、それを不機嫌そうな顔で見る紫芝。
 指揮車内部ではピリピリとした空気が漂っていた。

「いいですか? 今回、大量の捕虜の確保も任務の一つなんですよ? 魔法という全くの未知の分野を解明するための『材料』として必要なんです」

「だから途中で指揮権の剥奪だと? ハッ、ふざけるのも大概にしろッ!!」

「必要数を確保したら返還します! それまで我慢していてください。いいですねッ!!」

 紫芝と桐山が互いに視線を鋭く飛ばして睨みあう。
 お互いに一歩も引く気は今の所は見えない。

 紫芝の暴走により、桐山は作戦の別任務である実験体の確保を行えなくなりかけたため、急遽紫芝より指揮権を剥奪、臨時司令官に適当な人材を当てて捕虜の確保を命じた。
 通常はそんな無茶な事などできないが、実は桐山は九条元帥直属の人間であり、紫芝のところに派遣という形を取って配属されているのだ。そして、今回のような事態が予測されたために中佐という階級でありながら特殊な権限を幾つも持たされている。
 無論、反発はそれなりにあったが緊急時以外の権限は何も無い事もあって最終的に認めさせた。言わば紫芝という狂犬を繋ぎとめる鎖という立場だ。

 ちなみに今回の捕虜確保の方法は非致死性の一時的に身体機能を奪うだけのガスなどによって行っている。
 これによって比較的安全かつ、速やかに捕虜の確保ができた。特に無味、無臭、無色のガスなため、相手に気付かれる事はまるで無かった。科学の勝利と言えよう。

「チッ、まぁいい。それで必要数まで後一体何人なんだ?」

「もう五百人ちょっとです。そうご心配なさらずとも四、五分で確保できる人数ですよ」

 この言葉に多少は機嫌を直したのか殺気立った視線を若干緩める。まぁ、それぐらいの時間で指揮権を返してもらえるならば待ってやろう。
 だが、そんな矢先に今の状況に厄介な通信が入る。桐山にとって悪夢が始まった瞬間だった。

『敵軍は完全に崩壊、掃討戦に移行する』

「「……」」

 沈黙。車内の二人は嵌めていたヘッドフォンから聞こえる簡易的な言葉にただ沈黙するしかなかった。

「おい、これは一体どういうことだ?」

「さ、さあ……」

 先に我に返った紫芝が問うが、桐山はあさっての方に目を逸らして惚ける。
 その顔にはダラダラと冷や汗が流れており、彼の状況の切実さがよく分かった。

「正直に言っていいんだよ桐山君。別に怒るって訳じゃないからさ。ねぇ、これは一体どういうことなんだい?」

 方針を転換させたらしく、これ見よがしに笑顔で話しかけてくる紫芝。
 その笑顔は妙に優しげで声も柔らかい。仕種も雰囲気も穏やかさがあった。
 だが、同時に殺意に似た何かを放っていた。思わず裸足で逃げ出したくなる程のものを。

「い、いや、ですから……」

「ん? どうしたんだい桐山君? ハッキリ言ってくれないと分からないよ?」

 飽くまで笑顔を崩さない紫芝。
 笑顔なのに子供の頃に見た般若の面の如く恐ろしいものに見える。
 なんというプレッシャーと恐怖感か。

「あ、あの、その、えっと……」

「桐山君、仏の顔も三度までって言葉があるよね? もう私の質問も三度目な訳だけど……これは一体どういうことなのさ?」

 これが最後のチャンスだと言わんばかりの紫芝に最早屈するしか桐山の選択肢は無かった。
 というか、額に銃口をめり込ませようとするかのように拳銃を突きつけられている状況では抵抗のしようも無かった。

「指揮権を返還しますです、はい……」

「宜しい、さっさとやりたまえよ? 自分の命のためにも」

 桐山は手元の無線機を取って、現在指揮の代行をしている人物に返還の意を伝える。
 案外手早く返還には同意してもらったが、細かな話が続いたせいで数分の間話し続けた。さらに全軍に対してもその旨を伝えなければならないために余計に時間を使った。
 無線機を元に戻した時には大層紫芝はご立腹だった。

「長く待たせ過ぎだな」

「……返す言葉もありません」

 意気消沈した様子でそう言う。
 それを見た紫芝は満足そうにこっそりニヤリとした笑みを浮かべて溜飲を下げた。

「まぁいい。だが、これ以上邪魔はしてくれるなよ、桐山?」

 そうやって釘を刺した後に自分の方にある無線機を取って全軍に命令を下す。

「全軍に告げる。これより我々は王都セルビオールを目指す。後方支援部隊から補給を受けたものから順次出撃せよ。敵に既に兵はない、いくぞッ!!」

 紫芝の声に応えて軍隊が一つの生き物のように唸り声を上げて動き出す。
 次なる勝利をこの手に掴むために。


最終更新:2007年10月30日 20:05