第十一幕 前哨戦
鉄の鎧を着込み、剣を腰に差して盾を装備した一般的な中世歩兵がぞろぞろと列を組んで道を進む。勿論、槍や弓矢で武装したものもいる。
馬に乗っている者もいるがそれは圧倒的に少数で、それらは指揮官クラスの人間だと予想できる。言うまでもないが、明らかにこれは軍隊だ。
軍を動かす名目は北方で発生した民衆の反乱を鎮圧すること。
だが、実際には反乱を鎮圧すると同時に略奪と虐殺を徹底して行い、もう二度と起こらぬ様に他の民衆に対しての見せしめにするというものだ。
恐怖政治の典型と言えるやり方だろう。
「クソッ、何故こんな辺境にまで高貴なる私が足を運ばねばならんのだ!」
派手な金ピカの鎧を身に付け、偉そうに馬に乗っている男が不満をあらわにして言う。
歳は三十代後半と言ったところだろう。立派なヒゲで顎が覆われているのが特徴的だ。
この男が今回総指揮を任された『バーグ=ノル=ゴールドガン』伯爵だ。
「そう言いますな。我らは名門の家柄とは言え、未だ軍功を上げておりませぬ」
文句を言うバーグを宥めようとするのが、彼の昔馴染みの友人『ゲオルグ=レア=シルバーグライド』子爵。
バーグは何か含みのある言い方に彼の言葉に耳を傾け始める。
「まぁ、そうだが……それがどうかしたのか?」
「我らに武功を上げさせてくださる国王陛下のお心遣いなのですよ。民衆の反乱を潰す事など造作もないことですからなぁ」
「なるほど……そういうことだったのか、陛下もはっきり言ってくださればよかったのに」
ホッと安堵の溜息をつき、うんうんと頷いて納得するバーグ。
(全く、この馬鹿のお守りも大変だぜ……)
ゲオルグは先程の言動とは全く違う敵対的な事を心の中で思っていた。
そもそもゲオルグは打算的考えでバーグと友人関係になったのだ。
バーグの方は一番の親友と思っているようだが、ゲオルグにとっては利用するだけの道具に過ぎないのだった。
「そうだ、ゲオルグ。後どのくらいで目的地に着きそうなのだ?」
ふと思い出したように聞くバーグ。
ゲオルグは腹の中で思っていた事を打ち消し、質問に答える。
「四日……いえ、三日もすれば到着するでしょう。それまで健康管理にはお気をつけくださいますように」
「ハハハッ、そう心配せずとも分かっておるよ」
心配性な奴め、とバーグは笑顔で続ける。
そんなバーグを見て表面的には苦笑いを見せるが、心の中では『楽観的に考えすぎだぞ、馬鹿が。てめぇが倒れたり体調不良とかになったら困るのは俺なんだぞ。下手したら出世に響くだろうが』と愚痴っていた。
「さて、そろそろ夜も近い。この辺で野営できそうな場所はあるか?」
「近くに見通しのいい平原があります故、そこで野営を致しましょう。仮に敵が接近してきてもすぐに分かりますからな」
「うむうむ、流石はゲオルグ。私の一番の友なだけあって優秀よなぁ」
詰まる所、自分も優秀だと言外に言っているのだ。
ゲオルグはそれに機嫌が良さそうな笑顔で笑いかけつつ、また心の中で愚痴る。安っぽい褒め言葉なんかいらねぇよ、と。
兎にも角にも、その見通しのいい平原に進路を変えて彼らは前進し始めたのであった。
――その数時間後に起こる悲劇を知らずに……
湾岸要塞地帯近郊 B-04平原
第二機甲師団 14式指揮車内部
「深夜零時に空軍による攻撃を開始、その十分前に私の指揮下にある機甲師団、機械化歩兵師団の全てが出撃する。一通り空軍の攻撃が済んだところで展開済みの砲兵部隊による長距離地対地ミサイルで徹底的に攻撃を行い、私の機甲部隊が会敵予想地点に到達する数分前にその攻撃を終了させる。そして、戦場に改めて私の機甲部隊が姿を現したところで敵を一気に蹂躙するのだ」
やる気を全開にして楽しげに語る紫芝。
ようやくまともな戦いができるのが嬉しくて仕方ないようだ。
そんな紫芝を今回副官に抜擢された桐山が訝しげな視線を飛ばして見つめる。
「……で、何故閣下までわざわざ前線に出られるのですか?」
桐山は思っていた疑問を口にする。後方で指揮を取っていればいいじゃないか、と。
そんな桐山にさも意外と言いたそうに紫芝は答える。
「前線での陣頭指揮により、兵士たちの士気を高めるためだ。それぐらい分かるだろう?」
「……本音は?」
「前線で戦争の愉悦を思いっきり味わいたいからッ!!」
言っちゃったよ。桐山はストレートな紫芝の言葉を感心半分、呆れ半分といった様子で受け止めていた。
そんな紫芝に対して一言だけ桐山は言った。
「身も蓋もない言い方ですね」
「……じゃあ、聞くなよ」
若干、拗ねた口調で言い返す。機嫌をかなり悪くしてしまったようだ。
十五歳の時から軍に入って精力的に働いていた紫芝にとって戦争とは命懸けの娯楽とも言うべきものなのだ。
というよりもそれ以外に娯楽というものを知らない。昔は知っていても、今は忘れさせられてしまっているから。
当時、紫芝が軍に入隊した時は第三次世界大戦の真っ只中。そんな中で娯楽なんていうものは存在しなかった。
娯楽となるようなものがあれば、それは兵士の戦争に対する意欲を削り取ってしまう。そう考えた当時の国家上層部は娯楽と言う娯楽を軍隊から排除した。一兵士の記憶からさえも。
更にそこへ戦争に対する憧れ、快楽、執着心などを頭の中に植えつけられた。完全な戦闘マシーン、国家が望んだのはそういう兵士だった。
何も紫芝だけの事ではない。飛鳥島にいる者全てが同じような処理を受けている。
しかし、前述した戦争に対する憧れ、快楽、執着心などの植え付けは個人差が出る上、その落差がかなり大きいため、同じ処理を受けている人間でも違いがかなり出る。
一部の人間は記憶を取り戻す再処理を行っている。だが、既に手遅れであった。戦争は命懸けの娯楽であるという考えが頭から、身体から抜けないのだ。
脊髄を激しく震わすスリル、神経の一本一本をゾクゾクさせる感動、皮膚にジクジクと染み込む狂気、脳髄に際限なく湧き出る飽くなき闘争への欲望……
常習性の強い麻薬を使ったようなものだ。もう二度とまともにはなれない。
だが、今では彼等にとってはそれが『普通』。通常の感覚では全く理解できない事だが、その『異常』こそが『普通』であり『常識』なのだ。
「ま、それは兎も角として、話を戻しましょうか」
「適当に誤魔化された気がするが……」
桐山が仕切り直しと言うように紫芝の反応を流す。
そんな桐山に紫芝は細目で非難の視線を浴びせる。
「では、敵の分析結果の確認をします」
あっさりと無視された。
これに紫芝は眉間に皺を寄せ、こめかみに青筋を二本ばかり浮き立たせる。
ギリギリと歯軋りをしながら何とか堪えて堪忍袋の緒が切れないように我慢する。
「人の事を無視しおって……まぁいい、そんなに確認したいのならさっさとしろ」
「しますよ勿論。えー、敵はどうにも兵力を片っ端らに集めたらしく、その数は約三万人。結構な数です」
「だが、それでも我々の方が数的に有利だな」
桁が一つ違うくらいに有利である。
機甲師団三個、機械化歩兵師団二個、歩兵師団二個で兵員合計およそ十七万人。
歩兵師団は速度の関係、及び後方任務のため今回の戦いに参加はできないが、それを抜いても十万人は容易く超えている。
つまり、大体敵の四倍は自軍にいるのだ。まず負けることはないだろう。
「偵察機からの映像で確認した結果、主に西洋の中世歩兵的な装備のようです。鎧に剣、もしくは槍か弓矢、そして盾で武装してますね」
「典型的、と言った方がいいのかな? それよりも最も懸念されている魔法使いだが……」
「それは分からないですね。何しろ我々のイメージするものはローブを着て杖を持った老人と言うようなものですが、現在そのようなものはまるで見受けられません」
「ふむ、下手をすると、その歩兵全員が魔法使いやも知れんな。いつ頃かに捕らえて氷室総監に送った者の例もある」
「そうですね。あの人、見た目から考えると至って普通の剣士っていうイメージでしたからね。まぁ、私が見たのは資料の写真でですけど」
そんな事を話していたら、突然『PiPiPiPiPiPi』という目覚ましのような音が鳴った。
それはすぐに紫芝の手によって消されたが、紫芝と桐山はその表情を引き締め、いつになく真剣な顔をしていた。
「行動開始時刻、か……」
「いよいよですね」
二人は指揮車両で各々の座席に着く。緊張感が車内の空気を満たしていった。
遂に始まるのだ。戦争が、異世界での戦争が。
紫芝は手元の無線機を取り、告げる。
「全軍に通達する。これより我々の生死を賭けた戦いが始まる。失敗は断じて許されないのは言うまでも無い事だが、私は貴様らの力を、我が陸軍の力を信じている……それを存分に示せ! 各員の奮闘に期待する! 全軍進軍を開始せよッ!」
号令と共に紫芝の指揮する大軍団が唸りを上げて動き出した。
戦争の歓喜に打ち震えるように……。
既に夕食も終わり、就寝しようとしていた頃だった。
重苦しい鎧を外し、手触りの心地よい上等な服を着込んで野営用の簡易ベッドの中に入って眠ろうとしていたはずだったのだが、何処からか甲高いキーンという音が聞こえてきた。
そして――爆発音。
「な、何事だぁッ?!」
ゲオルグは突然の轟音に自分がいたテントから慌てて外に出る。
少し遠いところだが、火の手が上がっているのが見える。見通しの良い場所を選んだだけはある。
辺りでは兵士たちが右往左往の大騒ぎで、あちらこちらを走り回っている。
何が起こったか全く分からない中で少しでも状況を知ろうとゲオルグは自分のテントを警備していた衛兵に話しかける。
「おい、お前! 一体全体何があったんだ!?」
「わ、分かりません……ここでいつものように警備をしていたら突然耳鳴りがして気が付いたら……も、もう何がなんだか……」
チッ、こいつはダメだ。
茫然自失の状態で頭が混乱している衛兵を放っておいてテントに戻る。
すぐさま鎧を着て、剣を腰に差す。これは反乱軍の攻撃に違いない。
ゲオルグはそう確信していた。何処かの馬鹿が魔法を暴発させた事故の線もあるが、幾らなんでも敵がすぐそこにいるような距離でそんな事はしないだろう。無駄に余力を無くす様な真似など誰もしない。
「ゲオルグ! ゲオルグ!!」
自分の名を呼んで誰かがテントに入ってきた、バーグだ。
落ち着きが完全に無くなって酷く慌てていた。
「ゲオルグ! な、ななな、何が起こったのだ?! わ、私は、ただ眠っていたから――」
「落ち着きなされっ! 貴方は大将なのですぞ? 貴方がそんな事では動揺が広がる!! もっとしっかりなさりませッ!」
クソッ、クソッたれのボンボンが! 事態の収拾もてめぇの役割なんだぞ、畜生!
ゲオルグは汚らしい言葉を心の中で吐き捨てつつ、バーグを叱責して正気を取り戻させようとする。
「う、うむ、そうだな。私がしっかりせんとな。うん」
「それでよろしいのです。では、すぐに今何が起こっているかを……なんだ?」
また甲高い音がする。今度は何重にも聞こえてくる感じだ。
(この音が聞こえた時に爆発音がした……まさか?!)
ドオォンッ! ドオォンッ!
「ま、またか?!」
折角立ち直ったバーグがオロオロと不安な様子でまた落ち着きを無くす。
遠くから兵士の叫び声まで聞こえてきた。
危惧したとおりの展開にゲオルグは冷や汗を流す。
(拙い! 何かよく分からんがかなり拙いぞ!)
判断材料がまるで無いために状況は分からないが攻撃されている事は間違いない。
この規模の軍隊に攻撃を仕掛けてくるとなると、反乱軍は予想よりよほど数が多いか用兵に長けているか、はたまた無謀極まる連中か。
しかも、爆発音を鳴り響かせるほどの攻撃となると魔法による攻撃以外にありえない。それもかなり強力なようだ。
貴族しか使えないはずの魔法を使っているという事は他国が介入してきている可能性が一番高い。なんとも厄介な話だ、畜生!!
頭の中で様々な考えが飛び交う。
見当違いな部分が多いのだが、それに気付けという方が無理な話である。
ゲオルグはある程度考えを固めるとバーグの方に向き直る。
「ゲ、ゲオルグ……どど、どうすればいい?! 一体どうすればいいのだ?!」
「落ち着いてくださいませ。私の言う事を聞けば何も問題はありませぬ」
冷静な口調で言葉を発し、バーグの動揺を鎮めようとする。
その間にも爆発音が幾つも鳴り響いている。
段々と数が多くなっているのが、不安を掻き立てる。
「あ、ああ、聞くぞ。なんだって聞くぞ。うむ……」
「有難うございます。それでは数百人単位で物見に行かせてくださいませ。近くに敵がいるかの確認をしなければなりませぬ」
「なに、敵だと?! そ、それも近くにいるのか!?」
まだ気付いていなかったのか! これが敵の攻撃以外になんだと言うのだ、この愚か者が!
ゲオルグは、いい加減イライラしてきており、我慢が限界に近づきつつあった。
だが、未だに表面上は平静を保っているのには驚嘆に値する事だろう。
「それを確認するのです。そして、敵が近くにいた場合は迎撃、いなかった場合は早々に出発し、撤退か進軍をしなければなりません」
「わ、わかった…………そうだ!! これからはゲオルグに全て任せようと思う! うん、それがいい! 頼んだぞ、我が友よ!」
名案と言わんばかりに何度も頷くとゲオルグの方をバシバシ叩く。
ようするにゲオルグに全てを丸投げすると言う事だった。
「しかし、それでは……」
「私が良いと言っているのだ! 問題はあるまい!」
流石にそれはダメだろうと思ったゲオルグが撤回を求めようとするが聞く耳を持ってもらえなかった。
だが、逆にこれはある意味好都合。思うが侭に軍隊を動かせる格好の口実を得たわけだ。
「わかりました。それでは全て私めにお任せくださいませ、必ずや結果を出して見せましょうぞ」
「うむうむ、頼んだぞ」
上機嫌になっているバーグにゲオルグは腹ただしさを覚えると共に現在最適と思われる行動を頭の中で考えていた。
「それでは何処かで寛いでいて下さいませ。全て終わらしておきます故」
「そうか!! そう言うのなら仕方がないな! うむ、私は安全なところへ隠れて――いや、この後の事をどうするか考えておく事にしよう!」
そう言い終わるなり、さっさとテントから出て行ってしまうバーグ。
五月蝿く喚くだけで何もしなかったな。しかも、自分だけ逃げ出すと来た……まぁいい、邪魔者が消えたとでも思えばいいだろう。
ゲオルグもテントの外へ出る。そこは閃光が幾つも、幾十も輝き、爆音が絶えず続いていた。辺りは燃え盛る炎で明るく照らされている。
「ここまでの事になっているとは……」
一瞬、呆然とするがすぐさま気を持ち直し、自分のテントの近くにいる愛馬を見つけて逃げないように縛り付けてあったロープを外す。
そして、愛馬に跨るなり一気に陣地の中央部に向かって駆ける。そこには緊急時の際に各指揮官に集合するようにあらかじめ命じておいた場所がある。
そこに行けば纏まった行動が取れるはずだ。あたふたと行ったり来たりを繰り返す兵士たちを何とか避けながら駆け続けた。
途中途中で燃え盛るテントと肉片を飛び散らせた兵士の死体がゴロゴロ転がっていた。それを見た限りでは命中したと思われる地面に大きな穴が開いており、それを中心として周りの兵士が吹き飛んだようだった。全く持って恐るべき威力である。
しばらくすると、広場のような場所に出る。目的の場所だ。
そこには自分と同じく鎧を着込んで馬に乗った者たちが幾人もいた。
「おお、シルバーグライド子爵閣下!」
「ご無事でしたか!」
彼らは自分の姿を見つけるなり、ホッとした様子で声をかけてくる。
大方、この混乱の中でどうにかなっていないか不安だったのだろう。何せバーグの奴はアレだからな、私がいないと盛大に大変な事になりかねん。
ゲオルグは彼ら、騎士階級の現場指揮官たちに手を振りながら近づく。
「ああ、無事だとも。それよりすぐに動けるか?」
ゲオルグは簡単に返事を返すと、手早く行動に移すべく彼らに問う。
「無論にございます。……ですが、ゴールドガン伯爵閣下は一体どうしたので?」
「安全なところに避難しておいでだ。怪我でもされたら困るからな。まぁ、そういう訳で指揮は私が執る事になった」
「左様でございますか……では、御指示の程宜しく御願い致します」
周りにいる者全てが顔を引き締め、ゲオルグの命令を待つ。
ゲオルグはそれを見て頷く。兎に角、急がねばなるまい。
こうしている間にも閃光と爆音は止まずに、むしろ増えているのだ。そして、甲高いキーンという耳鳴りのような鬱陶しい音も。
「まず今は兵士たちの動揺を鎮めるのだ。それができねば話にならぬ。後は――……」
ここ数分で空軍の通信が引っ切り無しに聞こえてくる。それらは全て戦果を上げているとの報告で被害報告というものは何一つ聞こえては来なかった。
さらに高々度偵察機が車内に備え付けられているモニターに戦場の様子を逐一転送しているため、現在どのようになっているか一目でハッキリと分かる。
そこに映される敵陣地を次々に吹き飛ばしている光景は非常に頼もしく、心強いものだ。
「比較的順調ですな」
「ああ、この調子ならば問題はないだろう」
指揮車の中でゆったりと寛ぐ余裕を見せながらも適度な緊張感を保つ紫芝と桐山。
一見すると快適なドライブに感じられるが、実のところ指揮車はガタガタと揺れているため結構尻が痛かったりする。それに下手な事を言うと舌を噛むので注意が必要だった。まぁ、その分スピードを出しているということなのだが。
「この分なら我々が行く前に終わってるかもしれませんね」
「それは困るな。空軍にご馳走を全部食われてしまうと我々の腹が減ったままじゃないか」
「ははっ、違いありませんね」
軽い冗談まで言っているが、表情は引き締まったままだった。いや、そんな簡単な表現は適切ではない。
敢えて言うのならば静寂の中で一匹の冷徹な狼が目の前にいる獲物を貪り喰らう機会を静かに待ち構えている。その狼の表情を二人はしていた。
「桐山。到着まで、あとどれくらい掛かるか?」
「現在のペースなら三十分程度です」
「そうか……ん? 空軍が引き上げていくな、偵察機はそのままだが」
「補給でしょう。空軍は機関砲による地上掃射どころかミサイルによる攻撃すら許可されていませんから。攻撃は高々度からの誘導爆弾に限る、と」
「節約か……全く、早いところ生産拠点を獲得したいところだな」
「今獲得しようと行動してるじゃありませんか……おっと、我が陸軍の攻撃が始まりましたよ」
桐山がそう言うとモニターに地対地ミサイルが飛んでいくのが見える。それも十や二十ではない。モニターに映っている限りで百は下らないだろう。
陸軍は空軍のように節約を考えていないため、平気でミサイルを大量に撃ちまくっているのだ。
敵を完全に殲滅することのみを追求していると言えよう。
そのまま二人でモニターを見ていると目標地点に到達したらしいミサイルが次々と弾頭に搭載された数百の子弾をばら撒く。
これらのミサイルに搭載されているのは対人・対物効果を持つ球状の子弾で弾着の衝撃によって爆発し、周囲にタングステン破片と焼夷物質を放出して十数メートル以内の敵を攻撃するものだ。
現在それによって戦場は地獄絵図と化してきている。モニターを拡大表示に切り替える事でどのような効果を上げているかがよく分かるのだ。
敵の兵士たちは身体をズタズタに引き裂かれ、血の海に沈む。己の運命をさぞや恨んで逝っている事だろう。
これは既に虐殺、戦争ではなく単なる虐殺だった。現在進行形で断末魔の悲鳴と共に命の灯火が次々と消えていっている。
「ククク、愉快愉快。酒の摘みにでもしたい光景だな」
「相変わらず残酷な発言をすることで。ま、否定はしませんがね」
そんな光景に紫芝と桐山は微塵も同情の感情を見せず、それどころかニヤニヤと不気味に笑いながら楽しげに会話を続ける。
「さてさて、この調子だと本当に我々が着く前に食べ切られてしまうな」
「んー、どうします?」
紫芝は顎を手でさすり少し考える動作をする。
すぐに考えが纏まったらしく軽く咳払いをした後に桐山に向かって言った。
「別にどうもせんさ。何もご馳走はこれだけではないからな。今回は譲ってやる気持ちでいこうじゃないか」
意外にもあっさりとした答えに桐山は少々驚く。
「本当にそれでよろしいので?」
「問題無い。今回三万の獲物を譲っても、まだ百万の晩餐が残っている。満腹になるには十分な量だろう?」
「ああ、なるほど……そういうことですか」
紫芝の説明に納得といった様子を見せる桐山。
今回の敵を撃滅した後に戦う事になると予想されているザーブゼネ王国百万の他国侵攻軍。
それがいるために今回の戦闘にあまり執着する事が無いのだろう。つくづく欲張りな人だ。
桐山はそう思っていたが、次の紫芝の言葉に目が点になった。
「さて……そろそろ緩い気持ちを引き締めるぞ。もう獲物はあまり残ってはおらんだろうが直に戦場だ」
……なんですと?
時計を見れば紫芝から到着する時間を聞かれた時から既に数十分の時間が経過していた。話し込んでいたせいか、やけに時間が経つのが早い。
「えっと……いきなり前言撤回って感じですね」
「私は案外ケチでね。残り物でも食べれればそれでいいのだよ。さあ、貪り喰ってやるとしようか」
桐山は軽く溜息をつき、獲物を譲ると言ったばかりの紫芝を見る。
全く持って仕方のない人だ。戦いたいという欲望を持て余しているようで少々不安だ。
一方、紫芝は桐山に見えないように唇を舌で舐めると目をギラギラと黒く輝かせる。
段々と理性が切れ掛かっている。手もカタカタと小刻みに震え、我慢も限界に近づいているのが自分でもいやと言うほど分かる。
桐山にはまだ気が付かれていないようだが、非常に拙い状態だ。一刻も早くこの『狂気』を満たさねばならない。
「早く……私に血の雨を浴びせろ」
その紫芝の呟きは指揮車のエンジン音にかき消された。
最終更新:2007年10月30日 19:58