第二十一幕 準備段階
帝國暦二十一年四月二日
インビンシブル大帝國 帝都ノーブルラント
デオスグランテ城 帝國最高会議
「――……以上のようにT-34の量産体制は万全であり、月産最大生産数を数百両単位にまで引き上げる事が可能です。T-34/85の生産に移る準備もできてはいますが、それは今後の敵がT-34/76の砲撃に耐え得る防御力を持った何かを出してきた時になるでしょう。あと、先日出した動員令により、着々と地方から兵士たちが集まってきています。但し、これが使用できるようになるには最低で二ヶ月は必要となりますが」
「歩兵の装備も増産に入っています。夏の開戦までには動員された兵士たちに装備を行き渡らせる事は十分に可能です」
「今回の戦争計画によって、我が国は南方諸国の持つ、大規模な鉱山地帯を手に入れる事となります。これによる鉱工業生産高の増大はかなりのものとなるのは間違いなく、我が国は経済・軍事ともに大陸一であると堂々と言えるようになるでしょう」
厳粛な雰囲気の中、感情を極力排した冷静な声のみが響く。
既に開戦が決定され、北部に存在する国家の大半を併合するための計画の準備の話をしている。
この場にいる面々は皇帝の九条や宰相の榊原を始めとして、頭角を現している様々な省庁の大臣たちが揃っている。
当然ではあるが、それらの大臣も異世界人ではなく、全て自分たち異邦人である。
尤も、それらの人物たちの発言も既に終わり、会議は終焉へと向かっていたが。
「ふむ、近代国家となっている以上、それは疑いようが無いな。現時点でも我が国は他国との生産力に次元が違うと言える隔絶した差を持っている」
九条が顎に手をやりながら言った。
微妙に年寄り臭い動作だが、それは気にしてはならない。
「皇帝陛下、全ては技術力です。新製法による鉱物の不純物質除去、高度な乾燥技術による賞味期限の十倍以上の延長、農作物の収穫量を飛躍的に増大させる新肥料など他国には無い技術が我が国には溢れています。尤も、その殆どが我々にとっては既存の技術であるわけですが」
榊原が横から九条の発言に追加するように言葉を加える。
それに九条は頷きつつ、ふと思い出したように言葉を発する。
「それはいいとして、人材育成の方は大丈夫なのだろうな?」
「軍の方の人材は十分です。異世界人の指揮官もかなりの粒揃いになっています。これについては期待して宜しいでしょう」
「元々、数で圧殺するつもりだが、それでも優秀な指揮官がいて困る事は無い。その調子で頑張ってくれ」
黙って頷く榊原。
今、インビンシブル大帝國に最も必要なものは優秀な人的資源に他ならない。
軍の方は榊原が言うように問題は無いが、政治においてはまだまだ人材不足なのだ。
出来うる限り、早急に人材を揃え、国力の更なる増大を成し遂げたいのが現状である。
「それでは今回の会議はここまでとする。各々期待以上の成果を出すためにも努力を怠らぬように心掛けよ。それでは以上で解散とする。全ては大帝國と人民のために」
「「「「「全ては大帝國と人民のために」」」」」
インビンシブル大帝國
第三軍総司令部 総司令官執務室
「開戦は七月になりそうです、閣下」
桐山はノックもせずに入室するなり、ソファーの上でグッタリとしている紫芝にそう声をかける。
紫芝は眠そうに大きく欠伸をして、ゆらりと上半身だけを起こし、入ってきた桐山をチラリと横目で見る。
じっとそのまま桐山を穴が開くほど見続け、カチカチと時計の鳴る音だけが室内に響く。
しばらくの間、その状態が続き、五、六分経過したところで流石に沈黙に耐えられなかったのか、ようやく紫芝は一言だけ言葉を発した。
「……ダルい」
「おい」
再びソファーにその身を沈める紫芝に桐山は青筋を三本ほど浮かべる。
まぁ、それだけ紫芝の態度がいい加減だったからだが。
「早く仕事してください。閣下が働いてくれないと書類が溜まって色々な部署が迷惑するんですから」
「……ここ二週間ばかり全く眠れてないんだよ。幾ら化け物でもベースは人間なんだから昨日までが限界だ……」
覇気が全く感じられない。
睡眠不足が主な原因らしいが『鬼人化』されている肉体に影響を与えるのはそれだけでは無理だろう。
他にも原因があるはずだ。それも相当厄介なものが。
「それだけでは無いんでしょうに。他に何やったんですか?」
「…………言えない」
あからさまに視線をあさっての方角にやる。
……何か不味い事でもやってたな?
そう思う桐山だったが、紫芝は絶対に喋らないだろう事も分かっているため、早々に話を打ち切る。
「まぁ、いいですけどね。で、どうします? こっちの準備は?」
相変わらずソファーに寝転がったままの紫芝はそのままの体勢を変える事無く、悩んだ表情で考え込む。
「……正直今やる事は無いな。練度は十分、装備も充実、弾薬などの物資も五年分はある。後々動員された兵士たちの訓練が必要になるだろうが、それは今ではないからな」
敢えてやるとしたら増員を求めるくらいか? と、呟く。
確かに早急にやらなければならない事は無い。あるとすれば人事部の連中だろう。
動員令によって新しく入ってくる者たちの数は洒落にならないほどなのだから……事務要員を増やすように言っておくか。
「で、話はそれだけか? だったら、早く出て行ってくれ。少しでもいいから眠りたいんだ……」
そう言うなり、紫芝はとっとと目を瞑って眠りに入る。
桐山はそれを見て、内心不満で一杯になったが、ふと面白い事を考え付いたらしくニヤッと笑って、すぐに部屋を出て行った。
しばらくして紫芝が起きた時には部屋の中が書類で埋められていたと言う……。
飛鳥島 地下兵器研究所
科学技術総監執務室
「閣下も無茶なこと言ってくれるよ、本当に」
氷室は眉間に皺を寄せて、困ったように手に持つ書類を見詰める。
その書類の表紙には『帝國における人工衛星打ち上げ計画』とストレートなタイトルが書かれていた。
「確かに無茶ですが……人工衛星は様々な面で必ず必要となります」
「分かってるよ、大林君。だけどね、色々と問題と言うのがあるんだよ……まぁ、それをどうにかするのが僕の仕事って事だけど」
本当、面倒事ばかり押し付けてくれるよねぇ、と続けた。
氷室はヘラヘラと軽薄な笑みをその顔に浮かべているが、内心どうしようか悩みで一杯だった。
自分の貴重な研究員を割かなければならないし、必要な資材に、打ち上げ場所の確保など軽く考えただけでも問題は大いにあるのだ。
「色々と私どもも御手伝いさせて頂きます。そう、ご心配なさらぬよう」
「ありがと。じゃあ、まず資材の獲得から始めよう。収集した資材は……そうだな第二十八格納庫にでも置いておこうか」
「はっ、早速作業に取り掛かります。それと必要書類は膨大な量になると思いますが……」
「特権でゴリ押ししちゃえ。こっちは元帥閣下…いや、皇帝陛下からの直接の御命令なんだ。どうとでもなるでしょ」
意外と強引な氷室の発言に大林は「了解しました」と疑問の欠片も無く素直に聞き入れた。
それに氷室は頷きつつ、両手を天井に向けて背筋を伸ばすと、
「さあて、嫌になるくらい忙しくなるなぁ……と、忘れてたよ。大林君、アレは何発出来た?」
妙な事を口にした。
その言葉の意味を知っているらしい大林はニヤリとした笑みを浮かべると、非常に愉しそうに答えた。
「今までに製造したのと合計して十八発です。それにしても皇帝陛下は本当にやるつもりのようで……」
「一気に勢力を拡大したいんでしょ。この大陸を早期に統一するなら、使っちゃった方が効率がいいし……その分、死者は湯水の如く出ると思うけど」
そう言うと氷室は自分の机の引出しから一つのファイルを取り出した。
そのファイルを丁寧に扱って開き、肝心の中身を取り出す。
そして、その中身を確認するとニヤニヤとした顔に変わる。
「『敵軍の効率的な殲滅用の核兵器の開発』。僕が作ったのは使いやすい小型のクリーンな純粋水爆。威力を抑えるのに苦労したけど、それでも20ktクラスの威力を誇る。まさしく人類の最終兵器だね」
「数字の上では広島原爆の大体1.5倍の威力ですな」
「そして、それが今のところ十八発存在するわけだね。ま、この世界にある科学に対抗できそうな魔法も対人用の攻撃しか出来ないみたいだから、個人的には核なんて無くてもいいと思うけどね」
「無いよりはあった方がよろしいと私は思いますが……?」
「備えあれば憂いなしってこと?」
「はい、そういうことになります」
二人とも軽い口調で最終兵器についての事を語る。
それはまるで今日は暑かったとか寒かったと話すくらいの軽さであった。
彼等にとってはその程度なのだ。人類が手に入れた神の火に対する認識は。
但し、兵器に対する魅力に彼等も魅せられていないというわけではない。でなければ、狂気の沙汰に部類される研究などしてはいなかっただろう。
「……さて、ではそろそろこの辺りで……」
「もう行くのかい?」
「はい、仕事も増えましたので」
「そう……じゃ、今度はゆっくりとお茶でも飲んで話そうか」
「機会がありましたら是非に。では」
そう言うと大林は一礼して部屋から出て行った。
パタン、と閉められた扉の音は、何処か寂しそうに聞こえたような気がした。
最終更新:2007年10月30日 20:33