0351:役者三対、開幕舞台



 目の前に佇む同年代の少年を見据え、大きく吸い込んだ息を吐き出した。
 高鳴る心臓とは裏腹に、頭の中は恐ろしいほどクールだ。
 冷静に動く頭の中を、全力で稼動させ分析する。
 先ほどの発砲を思い出し、自分の狙いと実際の着弾位置の誤差を修正。
 その上で、自分の銃の腕を推定、この少年の動き全て差し引いて計算。
 多く見積もって、当たる確率は3%といった所だろう。
 残弾は29発。全弾撃ち尽くして一発当たる計算だ。
 もちろん、生きている間に撃ち尽くせればの話だが。
 とにかく動け、ジッとしていてはダメだ。
 動き回れば鵺野先生のいる場所からコイツを遠ざけることができるし。
 動き回ればより広い範囲に、危険を知らせる事が出来る。
 何より動かなければ、死ぬ。

 先手を取って、全力で乾は駆けだす。
 目の前のナルトとは逆方向に。

「どうしたんだってばよッ! オレを殺すんじゃねぇのかよッ!」
 追ってくる少年の動きは野生の獣のように速い。
 自分と少年の機動力には雲泥の差がある。
 いや、それは機動力に限った話ではない。
 戦闘経験、格闘能力どれをとっても勝ち目などない。
 懐に入り込まれたら、それで終わる。

 走りながら、後方から迫り来る少年目掛け引き金を引く。
 一発、二発。銃声が夜に響く。
 少年は獣の機敏さでその射撃を回避するが、それでいい。
 詰められようとしていた間合いが、先ほどの回避行動により再度開いた。
 勝機を見出すためにはこの距離を維持するほかない。

 逃げる乾に追うナルト。少年二人、夜の追いかけっこが始まった。




「悪いが説明している時間はないんだ、これを読んでくれないか。大体の事情はわかる」

 現れた鵺野という男は、そう言って手帳をコチラに手渡すと、こちらに脇目も振らず駆け出し始めた。
 それを追い駆けながら片腕で手帳を開き、月明かりを頼りにその内容に目を通す。

「……………これは真実でござるか?」

「間違いない。とは言い切れないが。そのメモを書いた乾くんは信用に足る少年だ。
 彼がわざわざ虚言を残すとは考えにくい、手帳も彼の物だ。少なくとも俺は事実だと思っている」

 力強く彼はそう断言するが、その内容は、少なくとも自分にはにわかに信じがたいものだった。
 手渡されたメモの中には、うずまきナルトは殺人者とある。
 これが真実ならば、状況から蛭魔を殺した下手人もナルトである可能性が高い。
 否。それだけではない、メモによればナルトは少なくとも数名は殺しているらしい。ともすれば………
 己の中で、ナルトを探す理由が変わり始めているのがわかった。

「メモを残せたという事は乾くんはまだ生きているはずだ、必ず助ける。必ず……!」
 必死で駆ける彼の目は、それしか見えていない。
 手帳を閉じ、青年に返す。
「状況は理解できたでござる。ならば手遅れにならぬよう急ぐでござるよ」
 大切なものを守ろうとするその目に、僅かな羨望と嫉妬を抱きながら。
 剣客は青年に続き、少年を捜し神速の速さで駆け抜けた。




「さて、追い詰めたってばよ」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………!」
 何度付いて離れてを繰り返し、どれだけ走っただろう。
 酷く荒れる大海を背に、追いかけっこは終焉を迎えようとしていた。

 この少年の能力がコチラの推測を超えていたのか。
 自分に最悪なまでに射撃の才能が無かったのか。
 走りながらの射撃で手元がぶれたのか。
 それとも他に原因でもあるのか。
 原因はどうでもいい。
 結局、銃弾は一発も少年を捉える事は出来なかった。

「鵺野先生を何処にやったんだってばよ?
 それに、サクラちゃんはどこに向かったんだってばよ?
 なあ。教えてくれよ、乾」
 少年の笑みを顔面に張りつけ、敵がジリジリと距離を詰める。
 後方には遠く海と闇が広がり、逃げ場は無い。
 残弾はシリンダに込めた6発のみ。
 撃ったところで銃弾は当たらない。
 追い詰められる。

「黙れ。死んでもお前に話すつもりなんてない」
 いや、そうじゃない。銃弾を当てる手段ならある。
 だがその方法は勝率の低い、酷く矛盾した手段だというだけだ。

「ふ~ん。じゃあ――――――死ね」
 少年の気配が変わる。
 獲物をいたぶる残虐な気配は消え、冷徹に獲物を駆る獣の気配に変わる。
 両手の爪を掲げるように広げ、重心を低く今にも弾けだしそう。
 溜めに溜めた瞬発力を、バネのように弾かせ敵が駆ける。
 それと同時に、乾も走り始めた。
 これまでと違い、逃げるのではなく、敵に向かって。

「は。血迷ったのかってばよッ!」
 その行動を愚考だと、少年の顔をした敵が笑う。
 それは、全くもってその通りだ。
 データテニスを信条とする自分がこんな勝率の悪い賭けにでるとは、自分でも笑ってしまう。
 それは単純な方法だ。
 距離が広がれば広がるほど、命中率は落ちるのは道理。
 ならば、銃弾を確実に当てたいのならば、近づいて撃てばいいだけの話だ。
 それこそ銃口の触れる距離で引き金を引けば、どんな素人だろうと、どれほど照準の壊れた銃でも、狙いを外すことなどありえないだろう。
 だが、少年に近づけば死ぬ。
 それは変えようもない事実だ。
 酷い矛盾だ。相手を殺すためには、自分は死ななければならない。
 そこまでしても、相手を仕留められる確率は9%。
 とても命を賭けるに見合わない選択肢だが、他の選択肢は残されていなかった。

「うおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」
 叫びを上げ夢中で引き金を引く。
 同時に撃ち出せた銃弾は4発。
 狙いに気付いた敵も弾丸を回避しようと身を翻す。
 半分の弾丸は外れた。
 だが、半分の弾丸は、今まで掠りもしなかった敵を捉えた。
 一発は左脇腹を掠め。
 一発は右肩に命中した。
 だが致命傷ではない。
 敵の疾走を止めるにも至らない。
 このまま敵は自分を捕え、三秒後に自分は死ぬ。
 それが乾貞治の結末だ。
 だが、この結果はむしろ出来すぎだといえるだろう。
 散々走り回ったし、戦闘音も響かせた。
 ここいら一帯に危険を知らせる程度はできただろう。
 それに、化物相手に手傷を負わせただけでも上出来すぎる結果だ。
 乾貞治に出来るのはこれが限界。


 ――――それでも。
 それでも、これ以上の成果を望むのならば。


「――――――――――鬼の手よ」


 それは、乾貞治以外の力が介入するしかないのだろう。


「飛天御剣流―――――――」
「今こそその力を―――――」

 響く声はナルトの後方から。
 もう一つは二人の上空から。
 広範囲に銃声と戦闘音を響かせた結果が彼等に位置を知らしめたのだ。
 ならばこの結果は、彼が呼び込んだ奇跡なのだろう。

 ナルトは響く声に構わず乾にトドメの一撃を放つ。

「―――――――――龍槌閃!!」
「――――――――――示せ!!」

 夜の闇を切り裂きながら、異型の手が伸びる。
 ナルトの放った一撃は、この異型の掌に受け止められた。
 それと同時に上よりの襲撃。鉄槌が振り下ろされる。
 ナルトは咄嗟に大きく後方に身を引き、その一撃をかわしきる。
 着地した剣心はナルトに対峙する。

 九尾は尋ね人と会いたくない人物が同時に現れた事に、面倒な事になったと内心で舌を打つ。
 その内の会いたくない人物は鋭くコチラを睨み、一歩前に踏み出る。

「ナルト殿。蛭魔殿を殺したのはそなたでござるか?」

 十字傷の剣客は単刀直入に核心に触れる。

「そんなわけねぇってばよ。俺が蛭魔の兄ちゃん殺す訳ねぇじゃんかさ」
「ならば蛭魔殿は誰に殺され、共にいたナルト殿は何故無事なのでござるか?
 それに、今。乾殿を手にかけようとしたのは何故でござるか?」

 はぐらかそうとするも、剣客は間も空けずに言葉を続ける。
 既に半ば確信があるのか、その瞳は既に敵対者のそれだ。
 どうやら、誤魔化しは通じそうにない。

「………あ~あ。面倒くせぇなあもう。
 ああそうだよ。俺が蛭魔の兄ちゃん殺したんだってばよ。
 で、ならどうするんだってばよ?」

 猫かぶりを止めた狐は本性の面を見せる。
 その豹変に、剣客は慌てるでも動じるでもなく。

「どうもこうもござらんよ。ただここで退場願うのみでござる」

 酷く冷徹な声で告げ。正眼に構えをとった。


「鵺野先生…………どうして」
 立ち尽くす乾は、現れた人物を呆然と見つめ呟きを漏らした。

「バカヤロウ! 一人で無茶しやがって!!
 子供を置いて逃げられるわけがないだろうが!」
 怒声を上げ、鵺野は乾を責める。
 本をただせばこの事態は、玉藻の死に自分が取り乱したのが原因だ。
 そんな自分に彼を責める権利はない。
 けれど、言わずにはいられない。

「どうして! どうして、こんな命を粗末にするような………」
 これ以上、誰かを失うのはイヤだった。
 不甲斐ない自分への怒り。
 守れなかった誰かへの悲しみ。
 自分のために命を懸けた乾への思い。
 様々な思いが詰まり言葉にならない。
 思わず涙が滲む。

「………すいませんでした」
 その涙を見つめ、彼の思いを理解したのか、素直に乾は頭を下げた。

「これは返す。越前君には自分で渡せ」
 少しばつが悪そうに涙を拭きながら、押し付けるように手帳を乾に返した。
 乾はそれを受け取り、小さく、はい、とだけ答えた。


「では、ここは拙者が、二人とも下がっているでござるよ」
 剣心は二人を護るように踏み出し鞘を構える。

「いや、そういう訳にはいかん。憑き物落としなら、俺の仕事だ」
 一見し少年の状況を看破したのか。
 譲らず鵺野も前に進み、鬼を封じし異形の左手を差し出す。

「俺も、戦います」
「ダメだ。君はどこかに避難していろ」
 前に出ようとする乾を鵺野は片手で制す。

「……でも! オレも何か、」
 力になりたいと、強い決意で少年は食い下がる。
「…………では乾殿、拙者の頼みを聞いてくださらんか」
 その思いに答えたのは剣客の方だった。

「生憎と、拙者の今の武器はこの鞘のみ、これでは思うように戦えぬでござる。
 出来るなら、刀を一振り探して来てくださらぬか?」
 そう言って手に持った鞘を乾に見せるように傾ける。

「刀、ですね。わかりました。必ず用意します………えっと」
「緋村剣心。ただの、流浪人でござるよ」
「わかりました、緋村さん。必ず刀を用意し戻ってきます」

 そう強い決意を見せ、乾は走り出した。
 剣心は走り去る乾を見つめ、心で詫びる。
 乾の決意は引けと言われて引ける程、軽い物ではなかった。
 だから、乾を戦場から遠ざけるための、詭弁をうった。

「あ~あ行っちゃった。まぁいっか。オレが用事あんのはそっちの先生だし」
 鵺野を、否、その中の鬼を指差し、ナルトはその顔に似合わない邪悪な笑みを貼り付ける。
「そんじゃま。オレと遊んでくれってばよ!」




 青雲剣のあるダム施設を目指して、一目散に乾は駆ける。
 先ほどのナルト追いかけっこで随分と走ったが、あの程度の走りこみでバテるほどやわな練習を積んではいない。
 これまで走った道順も、現在位置も全て頭の中にデータはある。
 そのデータを参照し最短距離を駆け抜ける。

 そして、たいした時間もかからず、そこにたどり着いた。
 だが、扉を目の前にして僅かに入室を躊躇われた。
 その中に、何が待っているか知っているから。
 それでも、意を決して重い扉に手をかける。
 ドアノブを捻って押せば、思った以上に簡単に戸が開く。
 予想もしていたし、直接ナルトから聞いた。
 だが、その光景は予想を超える凄惨さだった。
 この世の物とは思えぬほどの美しさを誇っていた顔は血に塗れ。
 右腕の欠けたその体は血溜まりの中に倒れこんでいた。
 部屋は一面の朱。厳かな線香の香りは、むせ返るような血の香りに染まっていた。

 込み上げる吐き気も涙も、歯を食い縛って飲み込んだ。
 手厚く葬ってやりたいのは山々だが、今は他にやるべき事がある。
(すいません、公主さん…………)
 心で一言侘びをいれ、部屋の散策を開始した。
 そして、それは程なく発見された。
 赤い部屋の中で異彩を放つ青い剣。
 宝貝『青雲剣』 。
 一振りで幾重もの刃を生み出し、無数の斬撃で敵を切り裂く剣型宝貝。
 これを届けることが出来れば、あの剣客の助けになるはずだ。
 拾いあげようと、その剣の柄に触れる。


 その瞬間。意識がグラリと歪んだ。

 触れただけで、生気が吸い取られる。
 まるで、命そのものが奪われているかのよう。
 これまで走り通しの体は非常に重い。
 その上に、数キロを全力疾走でもしたかのような疲労感が加わる。
 意識が遠く退いて行く。

 それも当然、本来宝貝は仙道以外には扱えぬ宝具。
 全国級とは言え乾の能力は中学生のそれだ。
 まして人外には程遠い。
 いくらゲーム下においてその効果が軽減されようとも、それは彼が容易く扱える代物ではない。

 だが、それがどうした。

 離れた場所には、自分を待ち戦っている人がいる。
 そこには、守らねばならない仲間がいる。
 そして目の前には、自分を守ろうと命を賭した人がいる。
 この程度の問題がなんだ。
 気力を振り絞れ。
 意識を奮い立たせろ。
 気を失っている暇などないのだ。
 遠退く意識を、気合一つで無理矢理引き戻す。
 呼吸を整える。
 少しは意識がハッキリとしてきた。
 強くその柄を握りなおす。

「…………よし」
 後は、これを届けるだけだ。
 気合を入れなおし、その赤い部屋を後にする。
 その前に、最後に横たわる彼女を一瞥し。

「弔いは必ず。それまで待っていてください」
 小さな約束を残し、乾は仲間の元へと走り始めた。


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最終更新:2024年06月22日 23:39