0215:生きる瞳





野上冴子は狂ってはいない。
(まだ、追い付ける。私はあの少年たちを殺す、殺さなければ、絶対に)
髪を振り乱して街中を駆けるその姿は狂人そのものであったが、彼女は決して狂ってなどいなかった。
(必ず殺してみせる)
左手に毒牙の鎖を持ち、右手で荷物を引き摺るようにして走りながら、
果たして自分が彼らを追っているのか、それとも自分が『彼女』から逃げているのか、冴子は分からなくなっていた。
二人を殺せ、まもりから逃げたい、どちらの心も紛れない冴子自身の心である。
しかし彼女をここまで追い立てているのは、自身も自覚していないもう一つの感情であった。
(もう一度殺せば、きっと楽になれる。もう苦しまずにいられる)
最初に殺した少女の影を追い払うために。
狂った者なら感じることない罪悪感を、まもりから教えられた狂気で覆い隠そうと。

まもりは確かに悲しい少女であった。けれどそれ以上に、彼女の狂った精神を冴子は求めていた。



新八の体はもうぼろぼろで、走ることすら出来ぬほどに消耗しきっていた。
かなりの距離を走ったような気がするが、実際のところは少しも分からない。
目に入った大きな木の陰にどっと倒れこむと、そのまま額を木に押し付けて彼は泣いた。
(僕が人を殺したと言ったから、あの人は僕を殺そうとした・・・
あの人はここに連れてこられて、色々なことがあって、絶望して、人間は汚いものだと思ったんだろう。
だから人を殺してしまったんだ。でも、それでも迷ったようにこっちを見ていたのに・・・
もしかしたら、僕が救えたかもしれないのに・・・)
自分も、人を殺してしまったから。罪を、犯したから。新八は火口を殴り殺したときの鈍い感触を思い出す。
先ほど響いた放送で呼ばれた名。自分が殺したあの男も入っていたに違いない。
(あのとき僕は、僕自身をも殺してしまったんだ。誰も僕を信じてはくれない。
銀さんと神楽ちゃんに会っても、僕は何もできない・・・)
くしゃりと顔を歪ませながら、何度も嗚咽を溢して。
お前は悪くないと、そう言ってくれる越前がいないことが、新八の何もかもを混乱させていた。
疲れきった精神と肉体では、一度決めた覚悟を取り戻すことは難しい。





「見つけた」

カツッ。靴音を鳴らして、否が応にも時間は進む。





澄み切った冴子の声に、一瞬で新八はその身を固めた。背を向けた道の方から、靴音が近付いてくる。
「ずっと真っ直ぐ進むなんて、あなた愚直すぎるわ」
まもりに回復魔法をかけられた冴子と比べ、残された体力すら僅かの新八には分が悪すぎる状況である。
けれどそれでも、新八は目の前に光を見た気がした。
(僕は、この人を救いたい)
混乱した脳が冴子の出現で一つの回路を作り出していく。愚直だと笑うなら笑えばいい。
罪を犯した自分に何かできることがあるとすれば、この人を救うことしかないんだ。



「僕はッ僕は人を殺しました・・・!男の頭を何度も殴って、無我夢中で!!
越前君を助けたいと思った。でも、もしかしたらあの男は、越前君を殺そうなんて思ってなかったのかもしれない。
僕は、あなたの言うとおり罪を犯したんだと思います。

・・・でも、こんなこと、絶対に終わらせなきゃって思うから・・・僕はまだ死ねないんだよォ!!」



なけなしの体力を振り絞り、新八は冴子に向かって走り出す。
(この人は迷ってた。僕を殺せば、この人は絶対に救われない!)
ほんの数秒でゼロになるほどの二人の距離、縮む。どんどん縮んでいく。


冴子の目には、新八の動きがスローモーションのように映っていた。
(何を、言っているの?)
その目は、何を伝えようとしているの?

黒の章で見た死にゆく人間の目とも、狂気に囚われたまもりの目とも、何もかもが違う。
こんな生きた人間の目を、冴子は久しぶりに見たような気がした。



  ニンゲンは汚い。
  セナ以外の人間は私が殺す。

 それならば、生きようとする人間は、この世界に不要だろうか。



大きな衝撃が冴子の体に走り、左手から毒牙の鎖がはらりと落ちる。
自身の体をもって彼女にぶつかっていった新八の黒い髪が、視界の中で揺らめいた。

二人雪崩れこむようにして地面へと。

「お姉さん、もう殺しちゃ駄目だ・・・!!」
これ以上誰かを、自分を、殺さないで欲しい。
硬い地面に傷付き汚れた右手を押し付けながら、新八は全身で冴子を押し留めようと力を込める。

(どうか、どうか・・・)
「・・・生き、て」
柔い腿に走った微かな痛みを押し殺し。その瞳は虚空を彷徨っていたが、確かな光を宿していた。

締め付けられるような冴子の声に、新八が驚き体を飛び起こす。
数時間前に見た、あの凍りついた笑顔とは違う、確かな笑顔がそこにはあった。


生きるべき人間がここにいたのだと、冴子は笑う。
人を信じることができて、もう何も苦しむことはない。

ごめんなさい、最後にもう一度あの少女に。
ありがとう、思いのすべてを込めて目の前の少年に。

・・・どちらの言葉も、届きますように。



黒の章、そしてまもり。どちらの呪縛からも解き放たれて、『自分』として生きることのできた一人の女。
その最期は眩いほどの笑顔に包まれていたという。





【奈良県中部/1日目・日中】

【志村新八@銀魂】
 [状態]:重度の疲労、全身所々に擦過傷、特に右腕が酷く、人差し指・中指・薬指が骨折
 [装備]:拾った棒切れ(木の陰に放られている)
 [道具]:荷物一式、 火口の荷物(半分の食料と水を消費)(同上)
 [思考]:1、女性(冴子)を救いたい(冴子の死にはまだ気付いていない)。
     2、越前と琵琶湖で合流する。
     3、藍染の「脱出手段」に疑問を抱きながらもそれを他の参加者に伝え戦闘を止めさせる。
     4、坂田銀時、神楽、沖田総悟を探す(放送は信じていない)。
      (現在無我夢中なのでほぼ1のみ)


【野上冴子@CITY HUNTER 死亡確認】
【残り94人】


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178:試験 野上冴子 死亡
178:試験 志村新八 244:サムライスピリッツ、燃ゆ

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最終更新:2024年03月09日 23:08