0244:サムライスピリッツ、燃ゆ





「――ハッ――ハッ」

青空に、暖色が混じり始めてきた。

「――ハッ――ハッ」

新たな死者を告げる、悪魔の声が迫ろうとしていた。

「――ハッ――ハッ」

男は走る。街を、山を、森を、関西を爆走する。

「――ハッ――ハッ」

特に意味などない。こんな無茶な走りこみは、トレーニングにもならない。

「――ハッ――ハッ」

ただ、走りたくて、この怒りを疲れで吹き飛ばしたくて、全力で疾走する。

「――――ハッ――ハッ」

――疲れた。

「……ちくしょう」


その男、若島津健は、サッカーという分野で活躍するプロのスポーツマンである。
多少の運動で疲れを見せるようなやわな体力は持ち合わせていないが、
さすがに鳥取からここ、奈良まで全力で走ってくれば、疲労の色は隠せない。
しかも、彼は知人二人の死という精神的ダメージも負っている。
もう、いいかげん休みたいところだった。

「うっ……」

足を止めた瞬間、猛烈な吐き気が込み上げてきた。
昼間からの無茶な全力疾走と、脳にしっかりと植えつけられてしまった、友の死体。
双方が重なって、急激に気分が悪くなった。
が、

「う……ぇ」

口からは、胃液しか出ない。
それもそのはず、若島津は、昼間からろくに食事も摂っていない。
食事も摂らず、今まで走り続けてきたのだ。
石崎の死体が脳内に残り続けている状態で、食べ物を口にする気などとても起こらなかった。
しかし、それもそろそろ限界。
身体と精神の疲労、加えて空腹。
脳が命の危機を感じ、自然と支給された食料に手を伸ばさせていた。


軽い休憩を兼ねた食事を済ませ、若島津は再び進みだす。
当てもなく、残ったただ一人の仲間、大空翼を捜して。

そして見つけたのは、二人の人影。
残念ながらそれは彼の探し人ではなく、それを知った若島津はまず、警戒した。
彼はこのゲームに連れてこられてから、おかしな警官に友の死体と、ろくな出会いをしていないのだから――



もう、何時間経っただろうか。
棒立ちの新八の目に映るのは、笑顔を浮かべたまま倒れ、決して起きることのない、冴子の死体。
誰が、彼女をこんな風に?

『誰だよ……いったい、誰がこんなことしたんだよ!』

新八の心の叫びは、誰に届くこともなく――

『なに言ってるの? あなたがやったんじゃない新ちゃん』
『――え?』

聞こえたのは――いや、目に映ったのは、自分が愛し、同時に恐れた――唯一の肉親である、姉の姿。

『え? え? 姉上……なんで!?』

自分は幻でも見ているのだろうか?
たしかこのゲームには、新八の姉、お妙は参加していないはず。
それがなぜ今、目の前に……?

『え? え? じゃないわよ。私、新ちゃんがこんなことする子だなんて思わなかった。
こんな、人を殺して「うぇっへっへ、うぇっへっへ」なんて言いながら死体を観察する趣味があったなんて』
『ええ!? ちょ、違いますよ姉上!? たしかに僕は人を殺したかもしれなかったけど、あれは知り合いの身を守るためで――
てかそんな、本気で危ない行為してねぇぇぇ!!』
『嘘つくんじゃないアルよ、このウソメガネ』

今度は後方から聞こえる、聴き慣れたエセチャイナの口調。
振り向くとそこには、放送で死を宣告されたはずの、自分が捜し求めていた少女の姿が――
『か、神楽ちゃん! やっぱり……やっぱり無事だったんだね!?』
『よんな殺人メガネ!』
『ぶほぅっ!!?』

いきなり神楽にドロップキックをお見舞いされた(ような気がした)。
『な、なにするんのいきなり!?』
『私、新八がそんなやつだとは思わなかったネ。女性ばかりを狙う快楽殺人者だったなんて、これだからメガネは』
『だからちげぇー!! てかメガネ責めすぎじゃない!?』

『『違わない』』

二人の声が、重なった。
『じゃあ、新ちゃんの足元にあるそれはなんなのかしら?』
『きっと大人の玩具ネ。新八は殺人と変態という二つの犯罪に手を染めてしまったに違いないヨ』
『ち、ちがう……』

『『それは、お前が殺したんだろう?』』

再び合わさる、二人の声。

『違う……ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう
 ちがうううううううううううううううううううううううううううううううう』

新八は、もう何時間も瞬きをしていない。
新八は、もう何時間も目を逸らしていない。
自分が殺してしまった、冴子の死体に、完全に意識を奪われて――

『僕は、この、人を』

――――――救いたかったんだ――――――



若島津は、困惑していた。
視界に映るのは、倒れる女性と棒立ちの少年。
これはいったい、どんな図式なのか?
しばらく観察していたが、どちらも動きを見せない。
その観察の結果、誰もが考えるであろう、最悪の図式であることを理解した。
それを確かめるべく、若島津は少年に声をかける。

「おい……おまえ」

微かに反応を示したのは、少年のほう。
倒れている女性は……反応なし。
こうなれば、結果は明白。

「その女性……おまえが、殺したのか……?」

誰がどう見ても、そういう図式。
声をかけると同時に少年に近づく若島津。そして見た。
少年――志村新八の、異常なまでに虚ろな目を。

「……!」

その目で自分の憶測は真実であると確信し、同時に激怒した。
こんな……こんな見るからに普通そうな少年までもが、このゲームに乗っているという事実に。

「くそったれ……!」
「……ちがう……ちがう……ちがう……」

新八の力ない呟きは若島津に届くことなく、
また若島津は死体を前につっ立ったままの新八に激怒し、
その頬っ面を、思い切り殴り飛ばしていた――



突然、頬に激しい衝撃を感じた。

『え? え?』

理由もわからぬ痛みに狼狽える新八は、同時にさっきまでいたはずの姉と神楽が消えていることに気づいた。
そして、代わりに見たのは……

『あれ、は』

忘れることのできない、光景。
布団に横たわる男と、そのそばで悲しげな瞳を浮かべる男の子と女の子。
確かに知っている、その光景。

『侍の刀はなァ、鞘におさめるもんじゃねェ。てめーの魂におさめるもんだ』

――忘れるはずのない、あの言葉。

『時代はもう侍なんざ必要としてねェがよ、どんなに時代が変わろうと、人には忘れちゃならねーもんがあらぁ』

――それは、あの人が、死に際に放った言葉。

『たとえ剣を捨てるときが来ても、魂におさめた真っすぐな剣だけはなくすなっ――』

『――父上!!』

志村新八は、侍の子だ。



若島津はこの少年が許せなかった。
横たわる女性の死体。そばに放置された武器。この少年の異常な目。
その全てが、殺害現場であることを物語っている。

「おまえが、おまえみたいなヤツが、石崎を、キャプテンを……!!」

若島津は少年が危険であることわかった上で、それでも彼を追いやる。
少年がまったく抵抗しないからか、はたまたそれ以上に正義感が彼を動かすのか。

――いや、ただ単にやり場のない怒りをぶつけているだけかもしれない。

自分の拳で吹っ飛ばした少年の身体を無理やり起こし、胸ぐらを掴み、再び殴る。
殴る、殴る、殴る。

理不尽な怒りを込めた、その拳で――



『銀さん……』
『なんだ』

新八の隣には、いつの間にか銀髪天然パーマの男が座っていた。

『銀さんいつか言いましたよね。侍が動くのに理屈なんか要らない。そこに護りたいものがあるなら剣を抜けばいい。って』
『言ったかそんなこと?』
『言いましたよ。銀さんと初めて会って、姉上が連れ去られた時。具体的に言うとコミックス第1巻40ページの2コマ目で』
『細かいなおい。おま、漫画キャラとしてそういうこと言うのはご法度だろうが』
『ギャグ漫画だから問題ないですよ。てかこれ原作じゃないし』
『おぃぃぃぃぃ!? なにはっちゃけちゃってんのぉぉ!? おまえそんなキャラだっけ!?』
『それはそうと……もし、護りたいものが護れなかった場合は、どうすればいいんですかね?』
『……ああ、そりゃああれだな。反省すべきだな』
『反省?』
『ああ。例えばジャンプ買うのを発売日の三日後くらいまで我慢するとかだ』
『それあんただけだろうがァァ! いい加減捨てろよ少年の心ォォォ!?』

新八と銀時の会話は、誰にも邪魔されることはなかった。
現実で誰かが自分を殴っていようが関係ない。
今、新八はこの世界にいるのだから。

『てかよう、おまえが護りたかったヤツってのは最後なんて言ってた?』
『え……』
『最後の言葉だよ。なんか言ってただろうが』

冴子が最後に、自分に向けて言い残した言葉。
そんなものあったのだろうか。自分は、彼女を殺そうとしたのに。
そんな、わざわざ言葉を言い残すなんて――

『殺そうとした? 新八、おまえさっき護りたかったって言ってたじゃねぇか』
『いや、言いましたけど、僕は彼女を殺してしまって……あれ?』

どうにも辻褄が合わない。
自分は彼女を救おうとしたのに、彼女は死んでしまって。
殺そうとかそんなことは、決して思っていなかったわけで。

『新八よぉ、世の中には「勘違い」って言葉があるんだぜ』
『でも彼女は死んで、僕は生きてて――』
『それだよ』『それよ』『それネ』

三者の言葉が重なって――

『・・・生き、て』

――答えは、出た。



「……いてぇ」

今までたこ殴りにされていた少年が、唐突に声を発した。
しかし、そのか細い声は、怒りの若島津の耳には届かず。
胸ぐらを掴まれたまま、空手経験者の拳を顔に浴びせられる新八。
その顔は膨れ上がり、歯は何本か折れ、眼鏡はとっくのとうに地に落ちている。

「こいつが、こんなヤツが……!」

なんで僕は殴られているんだろう?
なんで? ちょっと理不尽じゃないですかこれ?
痛っ! ちょ、痛いってば! 口んなか血の味だよこれ!?

「こんな――」
「いてぇっつってんだろうがァァァァァァァ!!!」

新八が、吼えた。

それは、空手とか格闘とかそんなもん全然意味がない世界。
漫画キャラであれば誰もが回避することができない、特定の人物のみに使用を許可された、一撃必殺の最大奥義。
その名を――ツッコミ。

「がっ……!?」
さっきまでたこ殴り状態だったはずの少年に、いきなり殴られた。
咄嗟に反応することができなかったのは、必然。むしろ、お約束。
豪快にぶっ飛ばされた若島津は、その一発で前歯を砕かれ、地面に転がった。
突然変異した少年に驚きを隠せないまま、それでもなんとか立ち上がって身構える。

「な、なんなんだおまえ!?」
「僕か? 僕はな……」

若島津の問いかけに、新八ははっきりとした意識で答える。
天人が江戸に襲来しても、なお侍の心を忘れなかった新八は、堂々と名乗りを――

「僕は――」

誇り高き侍の子、志村新八と――いや、否。

「――寺門お通ちゃん親衛隊隊長 志村新八だァァァァァァ!!!」

自分が一番誇れる肩書きで――名乗りを上げた。



新八ぃ、おまえ俺や神楽がボケてた時どうしたよ?

――ツッコんでました。

新八ぃ、おまえテロリストに間違われたり、えいりあんに襲われた時どうしてたよ?

――キレてました。

じゃあおまえよ、こんなわけわかんねーゲームに連れてこられて、いつものおまえならどうするよ?

――そりゃあキレるでしょうね。連れてきたやつらに。

じゃあいつもどおりキレろよ。そんでツッコんでやれ。俺や神楽や、その姉ちゃんの分も。

――当然ですよ。だって、

  僕がいなかったら、誰がツッコむっていうんですか?――



「L・O・V・E・お・つ・う!!」
「声が小さい!! もっと大きく!!」
「L! O! V! E! お! つ! う!!」

――俺はなにをやっているんだ!?

若島津の疑問はもっともだった。
彼は今、新八の指導の下、どこかのアイドルへ送る声援の練習をさせられている。

新八が意識を取り戻した後、若島津は得意の空手を生かし、果敢にも攻めにいったのだ、が、
自慢の空手で鍛えた拳も、新八が放つ『神速のツッコミ』のスピードを上回ることはできなかった。
新八はいったい何者なのか? 寺門お通親衛隊隊長とはこれほどまでに強いものなのか?
ひたすら意味不明な新八の言動に混乱し、果てはこんな意味不明な行動に付き合わされ、いつの間にか若島津の怒りは消え去っていた。

少なくとも、新八の瞳が先ほどの異常で虚ろなものではなく、希望を感じる生気の満ちた瞳――だということだけはわかった。

「ようし! おまえなかなか筋がいいな! 今だけ親衛隊のナンバー2にしてやる!!」
その言動はいつもの弱々しいものと違い、彼が親衛隊の制服と鉢巻きに身を包んだ時にだけ見せる、活き活きとしたもの。
彼の指揮する親衛隊はいかなる時もお通ちゃん絶対。
たとえ彼女が間違った方向性のアイドルになってしまっても、陰ながら見守り続ける。
そんな名誉ある親衛隊の、ナンバー2。若島津もさぞ光栄であろう――

「――って、なんじゃそらぁ!!」
キャラじゃないのはわかっていたが、さすがにつっこまずにはいられない。
若島津は新八が殺人者であるということも忘れ、危機感など全く持たずに言い寄った。

「おい、志村とか言ったな!?」
「隊長と呼べぇぇぇ!!」
「隊長ォォォォォ!! あなたはいったいなんなんですか!? この女性あんたが殺したんじゃないの!?」
若島津は、もうほとんどヤケだった。

「断じて違う! 彼女は僕を殺そうとした! だから僕は彼女を救おうとした! でも誤って殺してしまった! 正当防衛だァァ!!」
「逆ギレェェ!!? 逆ギレだろそれェェェ!?」
「ナンバー2ぅぅぅ!」
「若島津健だァァァ!」
「僕達が一番やらなきゃいけないのは、彼女の分も生きることだ!」

また、新八の瞳を見た。
あの、自分が尊敬して止まない、日向小次郎と同質の活力を秘めた――侍魂の込められた瞳を。

「隊長……」
「僕は、仇をとる! 死んでしまった銀さんや神楽ちゃんの分も、その人の分も!
こんなゲームを企画したやつら全員を、必ずぶっ飛ばす!」

――新八がやらなければ、誰がこんな馬鹿げたゲームにツッコミを入れる?
父や銀時に教わった侍魂。
彼が持つ、天性のツッコミセンス。
双方が合わさり、新八は、覚醒したのだ。

「若島津ゥゥゥ! おまえはどうしたい!?」
「俺は……キャプテンを、石崎を殺した奴らを、許せない! この手で……仇をとる!」
「なら決まりだ! 一緒に行くぞ、ナンバー2!」
「はい、隊長!!」

若島津が新八に感銘を受けたのはなぜなのか。新八に人の心を動かすカリスマなど皆無であるというのに。
しかし、今の新八は新八にしてあらず。侍魂を忘れぬ、寺門お通ちゃん親衛隊隊長としての新八なのである。

歩き出そうとした新八は、倒れる冴子の死体に顔を向け、別れ際に一礼した。
(すいません、今はろくに弔うことができなくて。でも、約束します。あなたの分も生きるって)
次に顔を上げ、オレンジ色を帯びてきた空を見る。
(銀さん、神楽ちゃん、みんなの分も。ボケ二人がいないと僕が成り立たないんだから、こんなゲーム早く終わらせる)
新八はもう認めていたのだ。冴子の死を目の当たりにし、あの二人もまた、どこかで同じように――
それを理解したうえで、彼は進む。とりあえず、越前と合流するために琵琶湖へ。

主催者の打倒という、ヤケっぱちとしか思えない使命に目覚めてしまった新八と若島津。
彼らは(結果などわかりきっている気もするが)、今後このゲームにどのような影響をもたらすのか?
それは(誰もが同じような予想をするかもしれないが)、誰にもわからない――





【新! 寺門お通ちゃん親衛隊】

【奈良県中部/1日目・夕方】

【志村新八@銀魂】
[状態]:重度の疲労、全身所々に擦過傷、特に右腕が酷く、人差し指・中指・薬指が骨折
    顔面にダメージ、歯数本破損、キレた
[装備]:拾った棒切れ
[道具]:荷物一式、 火口の荷物(半分の食料と水を消費)、毒牙の鎖@ダイの大冒険
[思考]:1、越前と琵琶湖で合流する。
    2、藍染の「脱出手段」に疑問を抱きながらも、それを他の参加者に伝え戦闘を止めさせる。
      新八本人は、主催者打倒まで脱出する気はない。
    3、沖田総悟を探す。
    4、銀時、神楽、冴子の分も生きる(絶対に死なない)。
    5、主催者につっこむ(主催者の打倒)。

【若島津健@キャプテン翼】
[状態]:重度の疲労、拳に軽傷、顔面にダメージ、前歯破損、寺門お通ちゃん親衛隊ナンバー2
[装備]:なし
[道具]:荷物一式(食料一日分消費)、ベアークロー(片方)@キン肉マン
[思考]:1.新八についていく。
    2.翼と合流。
    3.主催者の打倒。


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0203:慟哭そして…… 若島津健 0289:踊る少年少女
0215:生きる瞳 志村新八 0289:踊る少年少女

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最終更新:2024年04月06日 01:26