0417:放送前のちょっとした出来事(前編) ◆6xc12amlNk




「……あのう、一つ聞きたいんですが」

歩けども歩けども辿り着かない目的地。
そもそも「そうだ、東に行こう!」などという発想自体が、前を歩く男―――ヤムチャの単なる思いつきに過ぎない。
今さら抗議などしても手遅れだということはわかっていた。
それでも遂に限界なのか、恨みがましい瞳で睨み、世界で最も運に見放された少年、洋一が口を開く。

「本当に……この道で正しいんですか……?
 さっきから道とは思えないよーなとこばっかり通ってるますけど……」
「なんだ洋一、この俺を信じてないのか?ちゃんと地図を見て確かめたんだ。
 この道を真っ直ぐ行けば絶対に東京に着くハズなんだよ。間違いない」
「……………」

ヤムチャはポケットからクシャクシャの地図を取り出して洋一の前に突き出した。汚くて読めない。
洋一はため息をついて押し黙る。
ヤムチャの機嫌を損ねるのは怖かったし、会話が長引いて体力を消耗するのは避けたかった。
体調は相変わらず最悪で呼吸すら辛い状態だ。地理確認のために休憩タイムをとってくれるかも、なんて、
一縷の望みを託した問答があっけなく終わり、洋一は甘い期待をしていた自分に落ち込んだ。

「安心しろ、俺もちゃんと考えてんだ。悪いようにはしねえよ」
「………う、うん……
 (……これ以上、何が悪くなるって言うんだ………もう身体中痛くて死にそうなのに………)」

洋一を追い詰めているのはこの『仲間』だけではない。
この最大級の不幸イベントを作り出した主催者チーム、彼らの定例放送である。
正午の放送では雨の降る最中、浸水による首輪の故障の危険が示唆され、洋一は震え怯えた。
いつ誤作動を起こすかわからぬ爆弾が自分の首に巻きついている恐怖。
その異常事態にも関わらず雨の中を移動しなければならない苦痛。
傘や合羽を探そうとしてもヤムチャは協力せずにさっさと先に進んでしまうし
(今まで散々血や泥が付いても壊れなかったくせに、水ごときで故障するのはおかしいぜ!というのが彼の言い分だ)、

そんなわけで洋一はここまで絶えず不安を掻き立てられ、精神的にも肉体的にも疲れきっていた。
対照的にヤムチャは疲れるということを知らないのか(一体どんな人生を送ってきたんだろうか)、
出会って以降ロクに休憩も取らず元気満々で歩き続けている。
変な薬でも隠し持ってるんじゃなかろうか、洋一はそう思わずにはいられない。
痛みや疲労を消す薬があれば後でどんな副作用があってもいい。俺にくれ。そうじゃないと俺、もう死ぬ。
酷い頭痛と耳鳴りが、骨折や火傷が洋一を交互に、または一斉に責める。
たまらず立ち止まれば
ヤムチャの「遅い」だの「のろま」だの、「それっ位の怪我で死ぬわけねーだろ、バカ」と罵声が飛ぶ。
もうずっとその繰り返しだった。

「おい、グズグズするな、早く来い!」
「……………」

この地獄はいつまで続くんだろう。洋一の視界が霞んだ。ぬかるみに脚をとられ歩みはますます遅くなる。
そんな自分を叱咤する声は段々遠くなった。このままでは置いていかれる。
しかし、急ごうという気力ももはや湧いてこない。
全身が石になったように重い。
ふと、洋一は自分の腕が、骨折した部分が異様な色に染まり膨らんでいることに気付く。
傷口からはとんでもない異臭がし、思わず目を背けた。

(死ぬ……このままじゃ死ぬ……死んじゃうぅ……)

自分は一体何を期待していたんだろう。
死にたくない一心で仲間にして下さいと頼んだのに、このままでは間違いなく、
『殺される』
ただ暴行を受けて殺されるのではない、疲労と苦痛の末に野垂れ死にさせられるのだ。
そもそも仲間になれたからといって安心したのが大きな間違いだったのだ。
いくら相手に殺意がなくとも(いや、このオッサン参加者減らすとかわめいてるけどね)、
この怪我を放置したまま強制行軍すればどうなるかなんて、結果は目に見えているじゃないか。
倒れたら終わり。参加者減らしに情熱を燃やす人間が自分を介抱するとは思えないし、
ラッキーマンの話だって信じているのか疑わしい。

助かるにはどうすれば。洋一は考えた。この地獄から抜け出す方法を。
もー歩けません、休憩お願いしますと正直に頼んでみるか?
しかしたかだか10分20分の休憩で、この怪我が跡形もなく治って疲労もどこかに消し飛んで、
は~~ありがとうございました、もうバリバリですよ、これからはこの洋一に任して下さい。
なんて展開は絶対にありえない。中途半端に休めば二度と起き上がれなくなる気がする。

(ミジメだ……)
洋一は心底そう思った。

生きていて何千回と自分の運の無さに泣いてきたけれど、この一連の出来事は度を越えている。
行動の全てが裏目に出て酷い結果だけが残された。自分は死や不幸を撒き散らす疫病神なのか。
だとしたら……

これが潮時なのかもしれない。とうとう覚悟するべき時がやって来たのだ。
洋一が暗澹たる最悪の気分で死を考えていたとき、ヤムチャの能天気な声が降って来た。

「ま、なんだかんだ言ってアレからヤバイ敵に遭遇するわけでもなかったし、
 お前の不幸とやらも口ほどにもないよな」

(…………………)

その言葉を聞いた瞬間、憤りやら怒りやら憎しみやら悲しみやら、
その他言い表せない感情の渦が幾つも洋一の心に渦巻いたけれど、
反論するだけの気力は心の中にもう残っていなかった。
機嫌を損ねたくないという打算があったわけでもない。
何もしたくない、という虚しさが一番大きかったのだ。

以前、洋一は一度だけ死んだことがある。冗談みたいな話だが実話だ。
むしろ、それまで死ななかった事の方が不思議だ。
とにかく交通事故で昇天した自分はラッキーマンと出会い生き返った。
それを考えれば死は幸運の象徴だろう。

そうでも思わなければ――――気が狂う。
あと数時間、いや、数分歩き続ければ自分は死ぬのだから。
ああ、いつの間にか眠るように死ねたら楽だな。洋一は心底そう思った。
あと少しでこんな痛んだ厄介な肉体を捨てて、自由な魂だけの存在になれる。
苦しいのは今だけ。痛いのは今だけ。涙が出るのも今だけだ。今さえ堪えれば楽になれる。
そう思えばまだ歩ける。

殺されるのが恐ろしくてした、ヤムチャへの決死の命乞い。
思えばあれが苦痛の元凶だ。おかげで余計な苦痛が長引いたのだ。
こんな、こんな無神経な男に頭なんか下げるんじゃなかった。畜生。なにが地球人最強の男だ。
背中に亀なんて書きやがって。
無性にヤムチャが憎らしくなってきたが、洋一は黙ってのろのろと歩き続けた。
(ここにデスノートがあればなぁ……いや、でも)

もしも一つだけ願いが叶うなら、目の前の無神経な男の死なんて欲しくはない。ただ帰りたい。
元の世界でも不運なのは変わらないけど、同じ不運なら好きな女の子や両親のいるあの場所がいい。
敵がいくら出てきたって毎日出てきたって構わない。あの世界ならラッキーマンになれるし仲間もいる。

(でも駄目なんだ……帰れないんだ………だって俺不幸じゃん……不可能じゃん……)

鬱々たる想いが加速し、洋一の目の前はぐちゃぐちゃに揺れた。

死のう。

足掻けば醜態を晒すだけ。ケンシロウの時にように恩を仇で返すだけ。
だいたい今回のフリー…なんとかザ様だって自分の不運が呼び寄せたのではないか?
全ての元凶は自分で、他の参加者はみんな自分のとばっちりを受けただけではないのか?
洋一は呻く。これから先、万が一の確率で生き延びて香に再会できたとしても、自分の不運は彼女を殺す。
それは自分を見捨てたLだろうが変わらないだろう。

ましてや自分は人殺しを手伝おうとしているのだ。
いくら必死こいて隠したって物凄いスピードで皆にバレて軽蔑されて……また捨てられる。
自分の望みなんて望んだその瞬間に、間逆の方向で叶えられてしまうのだ。

死のう。死のう。死のう。うん、どう考えたって死んだ方が特だ。
死ぬときくらい潔く死んだっていいじゃないか。
怖くなんかない。この痛みから介抱されるんだ………良いことだらけじゃないか………

怖くない。怖くないぞ。
洋一の目から涙が、鼻から鼻水がこぼれる。なんでこんなに胸が締め付けられるんだろう。
こわくない。こわくない。いいことなんだ。悲しくなんてない。

しななきゃ。しななきゃ。しななきゃ。しななきゃ。
瓦礫につまずき、洋一は転んだ。鈍い衝撃が全身を貫き、意識が遠くなった。
洋一は薄れていく意識の中でヤムチャの足音が遠ざかっていくのを聞き、なぜだか無性に寂しく思った。






(………うー……やっぱ、嫌だぁ………)
洋一の意識は途切れた。




――――


昼の放送が流れてからヤムチャは上機嫌だった。
厄介なブチャラティの死と、サクラの生存を知ったからだ。
あの目から光線を出した変なオヤジから彼女は無事に逃げられたらしい。

考えてみれば、あの時の自分は酷かった。
いくら後で生き返らせてやれるという裏事情があるにしろ、
仲間を見捨てて逃げるなんて我ながらカッコ悪いことをしたものだと、ヤムチャはその点だけは素直に反省した。

このまま東を目指せば東京。そして東海、近畿、四国、中国、九州と続く。

(……そういやぁ、斗貴子は名古屋城に行くとか言ってたっけ……
 でも約束の時間はとっくに過ぎちまってるし、今更行ってもいるわけがないな。
 洋一の話じゃケンシロウって奴も怪我人で、そこまで行ける身体じゃねーみたいだし、向かったって無駄だよな。
 えーと、確か……名古屋城の次は東京に向かうって話だっけ?……うーん、うまく思い出せねえな。
 ここにサクラがいたら聞けるんだがなー。
 ……あいつメチャクチャ記憶力いいし……ん~~。
 ………兵庫、兵庫……だったかな。サクラの仲間がいるって場所は)

斗貴子のいる可能性が高いのは東京である。ヤムチャはただ闇雲に東を目指していたわけではないのだ。
けして後付設定ではない。たまたま向かってる途中で思い出しただけだよ。
バスケットボールのお導きは正しかった。

しかし、ヤムチャは斗貴子を探そうとは考えていなかった。
味方がいればそれだけ悟空探しが楽になるが、それでは面目が立たないような気がしたのだ。
その理由は名誉挽回……いや、罪滅ぼし。この場合どんな言葉が当てはまるか知らないが、
仲間(サクラ)を置き去りにしてみっともなく逃走してしまった事実を覆すような活躍を見せなければならぬと、
ヤムチャは勝手にいきり立っていた。
今頃、自分に対して怒り狂っているであろうサクラを想像し、ヤムチャは身震いした。
彼女の拳骨は痛いのだ。とにかく挽回だ。
二死満塁逆転サヨナラホームランのような大活躍を見せれば、彼女だって自分を少しは見直すだろう。
そのためには悟空。
計画に必要不可欠な人材であり、ヤムチャの最も信頼できる友人を見つけなければならない。
一度は合流できるチャンスを逃し、いまだ彼の行方は知れない。
あの時、なぜ悟空は自分を素通りして行ってしまったのだろうか?
きっと戦いに夢中になりすぎて気が付かなかったのだろう。
そうだろう、そうに違いない。でなけりゃ説明がつかない。

とにかく悟空が仲間になれば全ては好転する。ヤムチャはそう信じきっていた。

(よしっ、今行くぜ、悟空!)
そう結論をつけてから、ふと、ヤムチャは後ろの少年のことを思い出した。
あまりにフラフラなので頻繁に振り向いては気に掛けていたが、そういえば何十分か、思案に熱中して存在すら忘れていた。
貧相な顔つきに貧弱そのものの身体。おまけにあちこち怪我をして亀のような歩みである。
それでも大して文句も言わずについて来るところが、ヤムチャは少し気に入っていた。
泣き虫だが中々根性のある奴じゃないか、今度亀仙流の戦い方でも教えてやるかな。ふふん。

長い間タフな仲間に囲まれ、化け物相手に戦ってきたヤムチャは一般の人間の耐久力というものを完全に失念していた。
このデリカシーの不足がブルマにふられた要因の一つかもしれない。
とにかく再び振り向いたら洋一は消えており、さては逃げやがったなあいつ、と慌てて来た道を戻ったら、
倒れて道と一体化した洋一を踏んずけた。


――――


数十分後、道の真ん中で、仁王立ちのヤムチャと土下座する洋一がいた。

「……まったく、その程度の怪我で倒れるなんて情けない奴だぜ。なんで黙ってたんだ?」

「……ご、ごめんなさいぃ~~……ぞ、ぞんなごど言ったら、こ、殺されちゃうと思ったんですぅ~!
 後で必ず、必ず役に立ちますから、こっこっこっ……こっ、殺ぉざないでぐだざい……!
 やっば、やっばり俺っ、じにだぐないんでずぅ~~~……!」
「ばっ、馬鹿野郎! 俺がそんなことくらいで人殺しする小さい男だと思うかッ!?」
「ひぃぃ~~、ごべんなざい、ごべんなざい許じでぇ~!」

洋一は殴られると思い、咄嗟に頭を守り丸くなった。ギュッと目を硬く閉じ、恐怖から少しでも逃れようとした。
しかし、いつまでたっても拳は来ない。
恐る恐る目を開けると、呆れ顔のヤムチャがじぃっと洋一を見下ろしていた。

「………まあいい。疲れたならもっと早く言え。ほら」
くるっ、とヤムチャが洋一に背を向け屈んでいる。

「………(な、なんだ、なんのポーズ?こ、これ、なんかの必殺技?
 ひょ、ひょっとして、背中からビーム出して俺を殺すの?)」
「なにしてんだ、早く乗れよ」
「……ええっ!?」
「お前の鈍足に合わせたら何時間かかるかわからねーからな、運んでやるっつってんだよ。早く乗れって」
「………」

(こ、この人って、実は本当にお人好しなの……?
 いや、でも、殺人計画とか立ててるし……ゆ、油断しちゃ駄目だ……!
 自分の不幸を甘く考えたら駄目だ、とにかく、何でも言うとおりにして機嫌を損ねないようにしないと……!
 ……うう……情けねーけど、やっぱ死ぬのは怖えーよぉ………)

ヤムチャは洋一を背負ったまま、風のような速さで走った。
風圧に耐えながら再び洋一は考える。この人はいったい何なんだろう、と。

参加者減らしが目的のくせに、役に立つどころかまともに動けもしない人間を背負っている。
支離滅裂だ。ラッキーマンのことを本気で信じてるのだろうか?
だとしたらほんの少し延命できるかも。洋一は少しだけ期待した。
が、他の参加者と出会った時の囮とか人質とか、物騒な作戦の材料に使われる可能性もある。期待は打ち切るに越したことはない。

(ま、この人が良い人でも悪い人でも、オレは恩を仇で返すことしかできないんだけどさ。
 ……ラッキーマンに変身しない限り……はは、ここでラッキーマンになったらどうなるんだろ……
 皆、勝手に改心したり自滅したりするのかな………)

しかし、如何せん目指す目的地までの距離は長く、ヤムチャの背中はお世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。
一時間ほど走ったところで事件(というほどのものでもない)は起きた。

ただでさえ最悪に近い体調の洋一に耐えられる「揺れ」ではなかったのである。

洋一の顔色が蒼白からドドメ色に変化し、全身がぷるぷる震え始めた。
しかし走ることに夢中になっているヤムチャは気がつかない。
むしろ俺はなんて良い奴なんだと己の善行に陶酔している節もちょっとあった。
雨は上がったし邪魔者は消えた。良い事尽くしだと上機嫌で浮かれていた。

「……ごふっ、ぶっ…………うおええええええぇぇ~~~~!!」
「ギィャアアアアアアアッ!!!」

突然、ヤムチャの首筋に生暖かく、非常に嫌な感じの粘液が大量に降り注いだ。

前日から何も食っていない洋一の胃の腑は当然空っぽである。では何が出たかというと、飲み込んだ食べ物を溶かすアレである。
形容するのも嫌な酸っぱい粘液が首から背を伝い、腰、尻、腿と、星の重力に従って、
ヤムチャのマル亀と書かれた道着を侵食していく。たまらずヤムチャは叫んだ。

「よ、よ、よっ、洋一ッ、テメェッ!!ひ、人の背中にっ……
 信じられねぇーー!!テメっ、今すぐ降りろっ!すぐ落ちろ!!」
「ぶべっ……おぷ、ぐ、むぐ……(やめで……揺すらないで……だ、第2弾が……あ。第3弾が……)
 ぶふげえっ!!」
「ぎィやあアアアアアアアッ!!やめて、すまん!俺が悪かったッ!!もう勘弁してくれぇぇ!!」





――――食事中の方々、大変失礼いたしました。地獄絵図が終了するまでしばらくお待ち下さい――――





またもや数十分後、例の2人は道のど真ん中でさっきとは違うポーズで対峙していた。
ヤムチャの足元には異臭漂うマル亀道着。
そして当の本人は異臭の元凶である汚物を洗い流そうと、貴重な水を勿体つけて使っていた。
それを横たわったまま絶望の表情で見つめる洋一。

「あーー、クッソ……! 臭いが全然とれねーぞ。どっかここら辺に湖か川はないのかよ」
「………ず、ずいまぜん……ごべんだざいぃ……ころざないで………」
「あーもういい!!クセーから俺に近寄るな!………はーあ、ついてねーな。ついてねーよ!」

衣服は下着を除いて全滅。いや、正直に言えば下着すら臭いを放っているが、
これを脱いでしまえば、これから出会うであろう他人に与える第一印象が最悪のものになるとみて間違いない。
いかに臭いといえども最後の良心まで脱ぎ捨てるわけにはいかなかった。それ位の分別はある。

「あーー、風呂に入りてーなー……クソッ…………おい、洋一、飯にするぞ」
「ええええッ!?なんでぞーなるのー!!?」
言った瞬間ジロリと睨みつけられ竦む洋一。怒っている、いや、ここまでされて怒らない方がおかしいのだが。
だが、ヤムチャは長いため息をついただけで洋一を殴りはしなかった。

「……気分転換だ。言っとくがな、オレは今非常に気分が悪い……身体が汚れて風呂は駄目。
 それなら飯しかないだろうがっ!!」
「ひいぃっ!お、おっしゃるとーりですっ!」
「…………」
平伏する洋一を見てヤムチャはまた長いため息をついた。

「……ムカつくがお前を叱ったって仕方ないからな。
 なんかお前を見てると怒りと同情が同時に湧き上がって無性に妙な気分になるんだよ。
 その徹底的にヘたれた態度、何をやっても駄目な方に転ぶ運の無さ。
 まるで暗黒期のオレを見ているようでな。
 ……おっと、勘違いするなよ?オレはお前と違って気持ちは常に前向きだった(ハズだ)。
 ま、お前だって自信を持てばきっと変わる。だから情けない顔で泣くのは止めろ。
 少しでも罪悪感があるなら肉を全部オレに寄越せ」

「………はぃ(……そんなこと言われたって……食欲なんかでねーよ……)。」

地面にへたり込んだまま、洋一は眠ってしまいたかったが、目の前の男は許してくれそうにない。
ゲ●の臭いに囲まれた状況でよく食欲が湧くものだと(そして、その原因を作った自分に対する自己嫌悪に浸りつつ)、
猛烈にげんなりした。

カプセルから出てきた食料はカレーパン。
袋には「激辛爆発地獄巡り勇気ハバネロ100%」と目を背けたくなるような煽り文句が印刷されている。
どうしてコンビニは特定の人しか喜ばない新商品を毎回のように売りだすんだろう―――
そんな事を頭の片隅で考えながら、この目の前の危険物をどう腹に収めようか、洋一は呆然としていた。

鼻に酷い怪我を負い、空腹状態にある洋一にとって刺激物の摂取は致命傷である。
まず油と香辛料を含んだ皮を剥ぐ。次に中心部、辛味の元凶たるカレーを捨てる。
そして、そのカレーを囲んでいた生地も当然のごとく辛味が沁み込んでいるからこれも取り除く。

「…………食う……ところが……ねー…………」

結局、洋一の胃に入ったのは鼻を突き刺す刺激臭だけであった。
隣であっという間に乾パンを食べ終えたヤムチャが欠伸をしている。

「あー、乾パンなんてシンプルな飯は飽きたぜ。また焼き魚が食いてぇなー」
「………」

ひとこと言えば交換してくれたかもしれないのに。
洋一はカレーを取り除くことに腐心するあまり彼の存在を忘れていた。
よくわからない敗北感に包まれて洋一はそのまま寝込んだ。


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最終更新:2024年07月30日 14:30