女神の鎮魂歌 第一楽章(2)



一度目の発砲で仙道が撃たれた。
二度目の発砲の瞬間、リョーマがラケットで打った石がミサの顔面に直撃した。
そして香が銃を抜こうとした刹那、誰かが前に飛び出した。
分かったのはそこまでだった。

何かが落ちてきて、轟音と共に全てが白く染まった。
何も見えない。何も聞こえない。果てしなく永い一瞬が終わり、香はそれを見た。

「―――?」

黒焦げの像が、ダイ達と香達との間に屹立していた。

「―――し・・・」

その顔から眼鏡がずれて落ち、像が構える雷神剣にカツンと当たった。

「新八、くん?」
「―――ぐあああああああ」

回復した聴覚に壮絶な悲鳴が押し寄せてきて、香は自分を取り戻した。
足から血を撒き散らし、仙道がのたうち回っている。
新八がやられた。仙道が撃たれた。
事態を把握して愕然とする香達に、更なる危機が襲い掛かる。

「ぐっ、このガキが。ダイくんっ、やって」
「うん。お前達、よくもミサさんを」

へたり込み、石が当たった頬の辺りを抑えてミサが喚く。
すると、頷いたダイの周囲の空気が明らかに変わった。
肌が粟立った。来る。また新八ように雷撃で打たれてしまう。
やらなければ、やられる。

「にゃろう」
「よっ、よくも新八くんを」
「駄目、みんな逃げてーー!!」
「ダイくん」
「分かった」

ダイの背後にミサが転がり込む。
サクラの抑止を蹴って、香がトリガーを引いたのと、
リョーマがラケットで石を打ったのはほぼ同時だった。

「なっ?」
「うそ」

撃った直後、二人は驚愕に声を上げた。
香が二発、リョーマが一発。それを体で受けてしかし、ダイはただ立っていた。

「その銃という武器は、オレには効かないよ」

何処か申し訳なさ気にダイが言う。
香は見た。ダイの体が金色に輝いている。それも神々しい程に。

「それと」

更にダイは何か言いかける。
その顔に包帯が巻かれていることに、香は気がついた。

「不意打ちも」

甲高い金属音が響き渡った。
突如、ダイの背後に現れたサクラ。その目がまさかという驚きに見開かれている。
ダイの剣の鞘と、サクラの短刀がしゃがみ込んだミサの頭上で交錯していた。

銃声。我に返ったミサがサクラに発砲した。
だが、その時サクラは既に離脱し、香達の前に立っていた。

尚も剣を抜こうとするダイと、その後ろに隠れるミサ。
その二人に向かって、香は銃を構え直す。
すると眼前に、サクラの手がすっと伸びた。

「私が時間を稼ぎます。その間に仙道くんを連れて退いて下さい」
「でも」

反論しようとして、香は言い淀んだ。
感情を押し殺した声と、場違いなほど落ち着いた表情とは裏腹に、
サクラが香を制す手は、微かに震えていた。

「ごめんなさい」
「え?」
「こんなことになってしまって。私がもっとしっかりこの二人を観てれば、新八くんも」
「サクラちゃん」
「お願いします」

そう言って、サクラが飴玉のような物(兵糧丸)を呑み込んだ。
たちまちサクラの目の色が変わり、雰囲気まで一変したような錯覚に捉われる。
瞳だけがこちらに向いた。香は思わず息を呑む。

そう、相手は銃も、リョーマのテニスも効かない。
自分達は足手まといだった。

「分かったわ。行くわよリョーマくん。仙道くん」
「ういっす」

返事のした方を見ると、
撃たれた仙道の左足に、ちょうどリョーマが布を縛り終えていた。
香は駆け寄り、仙道の腕を首に回し、そのまま一気に持ち上げた。
重い。香の体に、ずしりと仙道の巨体がのし掛かってくる。
仙道が顔を歪め、熱い息を吐きながら言った。

「つっ、香さん。オレはもう歩けない。オレを置いて逃げて下さい」
「バカ、何を言ってるの」

仙道を叱咤して歩き出す。
戦闘音が響き始めた。サクラとダイの戦いが始まっている。
一瞬だけ目を向けると、凄まじいスピードで二人が飛び回っていた。

「バーカ、行かせないわよ」

罵声と共に、ミサが銃口をこちらに向ける。
瞬間、リョーマのラケットが風を切り、ミサの脳天に石が命中した。
ミサが昏倒する。

「まだまだだね」

呟き、香と反対側の仙道の腕にリョーマが入った。
それで少し軽くなった。香とリョーマで、両サイドから仙道を支えて進んでゆく。
一歩歩く度に、ふらつきそうになるのを必死で堪えた。
香より小柄なリョーマも耐えている。自分が弱音を吐くわけにはいかない。

「ちくしょう」

顔を歪めて仙道が呟く。胸が痛んだ。
仙道は悪くない。銃弾は香にも、リョーマにも当たっても不思議は無かった。
それを考えた時、香の全身に戦慄が奔った。

そう、もしも、新八がいなければ。
そしてもし新八が、落雷の直前に、香の前に飛び出していなければ。

(死んでいた。間違いなく、あたしが死んでいた)

だが死神は自分を選ばずに、代わりに新八を連れて行った。
新八は香を護り、みんなを護り、敵の前に立ちはだかった。
いまも立ちはだかっている。

振り返りたい。もう一度、自分を助けてくれた新八の姿を目に焼きつけたい。
だが、香は前に足を踏み出して、言った。

「さあ、いくわよ」

リョーマが頷く。帽子のつばに隠れて表情は読み取れない。
仙道も、もう何も言わなかった。

それでも瞼の裏にちらつく新八とサクラの後姿。
何もかも同じだった。リョウ、三井、デスマスク、太公望、アビゲイル
唇を噛んだ。こんな思いを、あと何度繰り返すのだろう。

かつてリョウが言った。
自己犠牲なんて、最低の愛の表現だと。
いまなら分かる。残された者達の気持ちが、痛い程に。

そう、みんな最低だ。
でも一番最低なのは、分かっていても何もできないあたしだ、と香は思った。

トンネルが近づいてきた。

≡ ≡ ≡

# E #


―――忍者は裏の裏を読め。

「何でっ?あんた勇者なんでしょ?」

「黙れっ」

「お願い話を聞いてっ。私達はあんたの味方よ」

「煩い煩いっ、Lの手先め」

「L?Lなんて私達会ってない」

「嘘だっ」

「くっ」

(なぜ疑わなかったの。なぜ油断してしまったの。なんで新八くんは)

≡ ≡ ≡

何故、何故。
押し寄せる自責の念を、無理矢理押さえ込んだ。
いまは、時間を稼ぐことに全霊を傾けなければ。

戦いが続いていた。喋る余裕も既になくなっている。

切っ先が脇腹を霞めた。
そして追撃。早い。返す刀の斬撃を、サクラは咄嗟に短刀『マルス』で受けた。
金属音。マルスが弾かれる。力負けして体が開いた。

「でやあああっ」

体勢を崩したサクラに再び黒い刀身が迫る。
この姿勢では受けられない。サクラは仰け反ったまま後方に跳躍した。

そのまま宙で反転し、地に手を着いて着地する。
マルスを構え、迎撃体勢を取ろうとした瞬間、サクラは瞠目した。
ダイが目前まで迫っていた。まるでサクラが跳ぶのを読んでいたかのように。

黒刃が閃く。かわせない。その時、頭ではなく体が動いた。
刀が空を切った時、サクラは一足飛びにダイの脇を抜けていた

ダイが驚いた声を上げる。
チャクラを足に使い、瞬間的に脚力を高めたのだ。
攻撃を喰らわない。その訓練は、医療忍者になる為に嫌という程してきた。

振り向き、互いに武器を構え直す。
ダイの長刀が黒く光る。それはダイが出した二振り目の剣(クライスト)だった。
結局、一振り目は抜刀できなかったようだ。

事情は分からない。
だが、もしあの時抜かれていたら、チームは全滅していたかもしれない。
それ程みんなが、いや自分自身に気の緩みがあった。

呼吸を必死に整えた。
痛みが奔る。致命傷はないが、既に無数の裂傷を負っていた。
チャクラの消費も激しい。それでも防戦一方だった。

しかし、ダイも大きく息を吐いていた。粘れば勝機はあるかもしれない。
暫しの膠着。だがそれは予期せぬ場所から破られた。

「あのガキ~~~。死刑っ、絶っっ対に死刑」

突如、最初に発砲した女・ミサが金切り声を上げて起き上がった。
リョーマの石を顔面で喰らい、顔中血まみれになって怒りに震えるその姿は、
かつてのガアラや大蛇丸を髣髴とさせる程に凄惨で、猟奇的だった。

「ミサさん駄目だ。まず手当てをしないと」
「煩いっ」
「うわっ」

駆け寄ったダイをミサが振り払った。
そして何を思ったのか、着ていたタンクトップ状の上着を乱暴に脱ぎ出す。
露わになった肌の白さと、均整の取れた下着姿にサクラは不覚にも目を奪われる。

「ダイくん。あたしはガキ共を追う。ダイくんはその女をやれ」

頭に、鉢巻きのようにその上着を巻きながら、ミサが続けて喚く。

「で、でも」
「でも、何?今度はあたしに逆らう気?
 一人で突っ走った挙句、誰一人守れなかったお前が。勇者の癖に」
「・・・」
「もう一つ言っておくわ。絶対にそいつらの言うことには耳を貸すな。
 みんな嘘、みんな敵、みんな殺す。分かったわね」

言い放つと、ミサは銃を手にふらふらと走り出す。

行かせない。サクラは地を蹴った。
しかし、ミサへの攻撃は、間に割って入ったダイに止められる。
刃と刃が激突し、剣戟が響き渡った。そのまま戦いが再開される。

「くっ、どいてよ」
「ごめん。それは、できない」
「ざまー見ろ。あたしとライトの邪魔をするヤツらは、みんな殺してやる。あはははっ」

ミサの哄笑が遠ざかってゆく。
焦る気持ちを抑え、ダイの怒涛の攻めを紙一重で捌きながら、
サクラは懸命に突破口を探していた。

一連の攻防で、判明してきたことがある。
幻術は効かない。分身の術も、変わり身の術も通用しなかった。
身体能力、実戦経験、剣技、リーチ。全てに大きな差があった。
その差を要所でチャクラを使うことで、ここまでは辛うじて凌いできた。
だが、それも長くは持ちそうに無い。

一方、ダイも盤石ではない、とサクラは見ていた。
恐らく疲労度はサクラ以上。
しかも失明しながら戦っている。だがそれは驚くべきことだった。
気配、音、或いは写輪眼や白眼のように、チャクラの流れすら感知できるのかもしれない。

だが、つけいる隙はそこにある。
策は出来ていた。

「でやああっ」

何撃目かのダイの攻撃。
胴への薙ぎ払いを、サクラは身を屈めて回避した。
風の音、前髪が切られ空を舞う。

互いの位置が入れ替わる。
振り返り、サクラは迷わずダイに向かって踏み込んだ。
距離を取っても雷撃が待っているだけだ。ダイも受けて立つ。

「しゃーんなろー!!」

火花が散った。鍔迫り合いになる。

「うおおおっ」
「きゃ」

だが、やはり膂力で勝るダイに押し切られる。
サクラは吹っ飛び、高速道路の内壁に背中をぶつけた。

壁に背にするサクラに、ダイが肉薄する。
サクラはダイをぎりぎりまでひきつけ、チャクラを使って一気に横に跳んだ。
衝突音。止まりきれずにダイが壁に接触し、呻き声を上げる。

「ぐっ」

それでサクラは更に確信を深めた。
やはり見えているのは人の気配か、動くものだけだ。

ダイが肩をさすりながらこちらを向く。殆ど効いていない。
まともに壁にぶつかったと思ったが、寸前でブレーキをかけていたようだった。
恐ろしい程の戦闘センス。
盲目で戦いながら、既に地形を把握しかけている。

(まさかこれ程の・・・)

汗を拭うと、視界が一瞬朦朧とした。
チャクラを使い過ぎている。もう限界が近い。

ダイが腰を落とした。
来る。覚悟を決める時だった。全ては、みんなを救う為。

(でも、それをすると私は)

だが頭に浮かぶのは、その決意とは裏腹の言葉。

『いいか、サクラ。医療忍者は、敵の攻撃を絶対に喰らってはならない。
 医療忍者が死んだら、誰が隊員を治療する』

『私は必ず、必ずあなたたちの元に帰ってきますから』

『サクラさん。これだけは言っておきたい。無茶はしないでください』

(ごめんなさい。ごめんなさい)

(でも!)

ちらりとサクラは背後に目をやる。
そこには仁王立つ新八。みんなを護り、全身に雷撃を浴びても尚、
雷神剣を正眼に構え、前を見据えたままの姿で。

いい場所じゃない、とサクラは笑った。
ここなら新八を巻き込まなくて済む。何より自分の勇姿を見せてやれる。
心は決まっていた。

(新八くん。私の後姿を)

ダイが地を蹴った瞬間だった。
サクラは拳と共に、ありったけのチャクラを足元に叩きつけた。

(しっかり見ていて)

「桜 花 衝!!」

≡ ≡ ≡

激震が奔った。
道路に無数の亀裂が生まれ、あるパーツは隆起し、あるパーツは陥没してゆく。
サクラとダイを呑み込んで、二人のいる高架が崩壊しようとしていた。

「ぐあっ」

ダイが急激にそそり立った路面に躓き、倒れ込んだ。
しかし起き上がる。本格的な落下が始まる前に、こちらに跳ぼうとしている。
唇を噛む。まずは、ダイだけを高架下に落とすのは失敗した。
ただ、それは想定通りでもあった。

サクラは僅かに残ったチャクラを振り絞り、ダイに向かって跳んだ。
心の中で、みんなに謝りながら。

(ごめんなさい、みんな)

凄まじい轟音と地響きの中、それでも自分の接近を察知し剣を向けるダイに、
サクラは渾身の力を込めてマルスを投げた。

(新八くん、殴ってごめんね)

体勢を崩しながら、辛うじてダイがマルスを弾く。
間隙。そこにサクラは飛び込んでいった。
ダイが再び刀を向けようとする。だが、もう遅い。

激痛が奔る。灼熱が体に喰い込んできた。
斬撃を浴びて、全身が引き裂かれるような痛みに襲われる。
意識が途切れそうになった。その中で、サクラは確かに声を聞いた。

―――お前ら覚えておけェェェ!

(新八くん?)

―――侍はァァ!!一旦護ると決めた物はァァ!!

(新八くん、ありがとう)

笑っていた。消えかけていた力が甦る。
そのままダイに掴みかかりながら、サクラは、新八と一緒に叫んだ。

「『―――死 ん で も 護 る !!』」

ダイに組みついた、その刹那だった。
上下の感覚が無くなり、体が宙に放り出された。
高速道路の倒壊が始まった。

≡ ≡ ≡

# F #


『ふう』
『リョーマくん?どうしたの、いきなり立ち止まって』
『苦手なんスよね。重いのって』
『え?』

『行きなよ、二人共』

『何を言っているのリョーマくん』
『そうだ、それならオレを置いて行ってくれ。頼む香さんも』
『嫌っす』

リョーマは話した。
全滅は免れなければならない。その為に足止めが必要だということ。
そしてそれは自分でなければならない。
小柄な自分では、仙道の体重を支えて移動できないからだ。

我ながら正論だった。二人は反論できない。
ただ、代わりに条件を出された。

『ひとつ約束して。危なくなったら、これで逃げること』
『何でしたっけコレ?』
『GIカード『漂流』よ。使えば、行ったことの無い所に瞬間移動ができる』
『ふーん』
『それとこの遊戯王カードも渡しておくわ。もうすぐ使用可能になる筈だから』
『りょーかいっス、んで使い方は?』
『もう、アビゲイルさんが教えてくれたでしょ。まずこっちは―――』

≡ ≡ ≡

轟音、そして少し遅れて雷鳴が鳴り響いた。
地面が小刻みに揺れ、トンネルが軋みを上げる。

目を開ける。サクラとダイの戦いで、何かが起きた。
雷鳴は、恐らくダイの技だろう。するとサクラは。
だがその思考は、まもなく中断された。

リョーマはラケットを手に、トンネルの中心地点に立っていた。
視線の先、闇に空いたアーチ状の空間には、
星の瞬く夜空と月の残照だけが、いまは静かに覗いていた。

そこに、影法師が現れた。
風に靡く髪、千千に乱れた装束、銃撃体勢に入る痩躯。
顔は見えなくとも、明白だった。

(ミサ、だっけ?)

銃声が響いた。
リョーマは微動だにせず立っていた。当る訳がない。
先程のような、より至近距離の射程でも仕留め損なう程度の腕だ。

グリップを握り直す。その手が熱かった。

≡ ≡ ≡

『あ、そーだ。二人共、はいっ』
『何?』
『アビゲイルさんの真似っす』
『もう、この子ったら』
『しっかり念を込めて下さいよ、仙道先輩も』
『こいつめ』
『いてっ』

パン、パンっと立て続けに、二人とタッチを交わす。
手がじーんとした。

『そうそう、仙道先輩』
『?』
『邪魔者は消えるから、ちゃんと男を見せるんスよ』
『フッ。全く、生意気な後輩だ』
『それが売りっすから』

『じゃっ、青学一年―――』

≡ ≡ ≡

銃声で、再び追憶が途切れた。
弾丸が顔を霞め、遅れて暖かいものが頬を伝う。

トンネルの入口付近に立つミサ、中心部に立つリョーマ。
両者の間隔は20m程。テニスコートの長さと同じ位だ。

心が満ちてくる。世界が、懐かしい風景に変わってゆく。
リョーマはゆっくりとラケットをミサの方に向け、口を開いた。


「You still have lots more to work on・・・(まだまだだね)」

その瞬間、全身から何かが迸る。
試合が始まる。リョーマは一つ息を吸い、心の中で呟いた。

(―――青学一年、越前リョーマ。行ってきまーす)

≡ ≡ ≡

「何で、何で当らないのよーーっ」

ヒステリックに叫びながら、ミサが駆け始めた。
既にミサは銃を納め、長い槍を出していた。それでも殺傷力はある。
少なくとも、この壊れかけのテニスラケットと石ころよりは。

ただ、負ける気はしなかった。

ミサが突進してくる。
遅いな、と思いながらリョーマもゆっくりとラケットを構えた。

テニスで戦うと決めた。
ラケットは砲。弾は石。そして自分は狙撃手だ。
覚悟はできている。全ては生きて、帰るべき所に帰る為。

一方で、心に何かが引っかかっていた。
しかし、リョーマはそれ以上考えるのを止めた。
ただ無心になってゆく。

足音が、息遣いが大きくなってくる。
ミサの双眸と、槍の穂先だけが、闇の中で爛々と輝いていた。
燃えてきた。心の中で独りごつ。早くかかってきやがれ、できるものならね。

トスを上げた。
放られた石が、普段より何テンポも速く最高点に達する。
その時既に、リョーマはスイングに入っていた。いわゆるクイックだ。

※クイックモーションサーブ。
サーブのトスを敢えて低く上げ、通常より早いタイミングで打つサーブ(by乾)。

「つあっ」

打った。直後、石がミサの左足の脛に激突した。
完全に虚を突いた。ミサは命中するまで反応も出来なかった。
声を上げ、ミサが派手にすっ転ぶ。

「ぐっ、い、いったあああい」

転げ回るミサを見下ろしながらリョーマは冷たく言った。

「いまのは仙道先輩の分」

自然と、想いが言葉になって溢れてきた。

「そして、次は」

言い掛けて、リョーマは思わず言葉を詰まらせた。
不意に、熱いものが、凄まじい勢いで心の底から湧き上がってきたのだ。

「次は、新八さんの―――」

新八の名を出した瞬間、ドクン、と胸が鳴った。
何かが自分の中で目覚めてゆく。

「くっそおおお」

憎しみを撒き散らすように喚きながら、ミサが再び銃を抜いた。

≡ ≡ ≡

異変は突然起きた。

(何、これ)

『きみ・・・いい人だね』
『・・・・・・どーも』

(これは最初に出会った時?)

『ノォォォォーーー!!』

(これは、一緒にウエイバーに乗った時)

『……オレもさ、人を殺したんだ』
『……へ?』

(これは再会した時の)

『どうして……笑っていられるのさ』
『……あの女性はさ、死ぬ間際に僕にこう言ったんだ。『生きて』って』

(何で、いまになって)

記憶がフラッシュバックしてゆく。
新八との出会いと別れ、再会、泣き顔、真っ直ぐなサムライの瞳。

(あ・・・)

そして最後に映った光景は、
雨の中、新八を背負い、とぼとぼと歩いてゆく自分の姿だった。
重さに歯を食いしばる自分。一方で、安らかな寝顔の新八。
そのまま後ろ姿が遠ざかってゆく。手を伸ばしても、もう届かない。

いつしか魂が震えていた。
リョーマは自覚する。ようやく気がついた。
喪失感、心にぽっかりと空いた穴から、ずっと目を逸らしていたことに。

何処で何を間違えたのだろう。
いつも一緒にいるのが当たり前だと、
心の何処かで思い込んでいなかったか。

ただ、幾ら問い掛けて見ても遅かった。
新八は、もういない。

「はぁーっ、はぁーっ」

顔を歪め、激しく息を吐きながら、ミサがトリガーに指を掛けた。
視界の隅でそれを捉えながらも、リョーマはまだ茫然としていた。

何で、こうなった。全部、この女のせい、なのか。
ぼんやりとそう思った瞬間に、再び心臓がドクンと鳴って、

目の前が真っ赤になった。

≡ ≡ ≡

目がチカチカする。
血が、ラケットが乱れ舞っていた。
石礫が、容赦なくミサの体を打ちのめしている。

(あ、オレ、何、してんの)

(この人を、殺したって、新八さんは、帰ってこないのに)

(でも、感情が、止まらない)

(また、オレ、人、殺すのかな、テニス、で)

(声が、聞こ、る。オレ、笑っているの?泣いて、いるの?)

(何、これ。肌が、真っ赤に、なって)

(違う?これは、血?それ、とも)

(痛、い、心が、痛、い)

(オレは、ただテニスを、したかった、だけ、なのに)

(何で、こんな、苦しいこと)

(誰、か、教え)

(も、意、識、が)

―――ラケットは、

(部、長?)

―――人を傷つける為にあるんじゃない。

(・・・・・・)

≡ ≡ ≡

# G #


真っ暗だった。加えてこの大音響。
何も見えない、聞こえない。

光を失い、音と気配だけを頼りに戦うには限界があった。
敵は追えても、地盤の凹凸や障害物までには対応できない。
敵はまさに、そこを突いてきた。

その中でダイの聴覚が、微かに風を切る音を拾う。
分かった時には目と鼻の先だった。
刀(クライスト)で投げられた刃を弾く。間に合った。

「えっ?」

だが気がつくと、敵の気が目の前にあった。
斬った。だが浅い。恐らく肩の辺りだ。
密着される。敵の体が覆い被さって来きて、押し倒された。

「ぐあっ」

路面に頭を打ち、声を上げた。
そして更なる轟音が耳を劈き、同時に平衡感覚が消えた。
高速道が本格的に崩れ始めたのだ。

落下が始まる。
ダイはサクラを振り解こうともがいた。

「くっ、離せ、離してくれ」
「離さない。絶対に離さない、がむっ」
「ぐああっ」

肩に何かが喰い込んできて、ダイは苦悶の声を上げた。

「ぐむむっ、へっらいにはらはらい!」
「や、止めろっ。このまま落ちればお前だって」

だが幾らジタバタしても、
サクラの手足(と口)はがっちりとダイの四肢を捕えていた。
凄まじい力、そして気迫だった。

サクラを引き剥がし、落下から脱出しようともがきながら、ダイは混乱していた。

敵をLに与して、ミサの恋人を奪った悪者達だと信じてきた。
だがこのサクラは、完全に自分を捨てて戦っている。
悪人にそんな真似が出来るのか。

そして戦いを拒み続けている、ダイの剣と星矢の聖衣。
何れも悪を倒す為の、気高い魂の宿る武具だ。これも偶然なのか。
だが、逡巡をダイは振り払った。いまは、躊躇している場合ではない。

(そうだ、この人だけじゃない。
 仲間達の想いを背負って戦っているのは。
 オレにだってみんながいる。
 死んでいったみんなや、ミサさん、ポップも、だからっ)

「オレは、負けられない」

叫んでいた。
みんなの想いの強さを証明するためにも、ここで負ける訳にはいかない。

ダイは気力を奮い立たせた。
血肉を振り絞り、残り僅かな魔力をもう一度かき集める。

「うおおおお、ライデイーーン!!」

≡ ≡ ≡

闇に、一条の閃光が奔った気がした。
痛みには耐えた。激痛も、死も恐れはしない。
志半ばで果てたみんなのことを思えば、怖がってなどいられない。

(だけど―――)

≡ ≡ ≡

落下する路面を蹴って、ダイは跳躍した。
だが届かない。しがみついたサクラの重みと激痛で、飛距離が出せなかった。
落ちる。咄嗟にダイは叫んだ。

「ト、トベルーラァ(※浮遊する呪文)」

(頼む、持ってくれ)

それで浮いたのは一瞬だった。
だがその一瞬の差で、ダイは崩壊を免れた地点に辛うじて届く。
着地した。なんとか元の高架上に戻れた。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・くっ」

次にダイは、堅くしがみついていたサクラを無理矢理引き剥がした。
サクラはダイの肩に噛みついたまま意識を失っていた。
とてつもない執念だった。

どさり、と路面にサクラが横たわる音がした。
そして、ダイも崩れ落ちるように地に手を着いた。

「うっ、ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

激しい動悸、朦朧とする意識、そして全身に奔る火傷の痛み。
同時に襲いかかってきた苦痛に耐えながらダイは思う。
危なかった。そして運もあった。

それは半ば自爆行為だった。
サクラに組み着かれ、瓦解する道路と共に落下しながら、
ダイはライデインによる召雷を、自分もろともサクラに落としたのだ。
刀を体で止められ、完全に相手に密着された状態では、他に打つ手がなかった。

しかも発動できたライデインは、本来のものより数段弱い威力だった。
ただ、ダイにとって僥倖だったのは、その予測以上の効果だった。

落雷は自身も巻き込む形になったが、
予期していたダイと、不意を突かれたサクラのダメージが違うのは当然だった。
加えて電撃はサクラの体に喰い込んだ刀を伝い、彼女の体内を蹂躙。
それは彼女に、意識を一瞬で吹っ飛ばす程の激痛を与えたようだ。


動悸が収まってきた。
ダイは、足元に落ちていたクライストを取り、ふらりと立ち上がった。
仲間が、ミサが一人で先に向かっている。
もたもたしている時間は無いのだ。

≡ ≡ ≡

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

果てしない闇の中を、冷たい壁に寄りかかって一人歩き続けた。
一歩踏み出す度に、膝を着きそうになる。
朦朧とする。痛みが邪魔をする。魔力も底を着いていた。

だが、痛みには耐えられる。激痛も、死も恐れはしない。
志半ばで果てたみんなのことを思えば。

(だけど・・・)

そう、いまはただ、失うのが怖い。
その期待が、重圧が辛い。

いつからこうなったのだろう。
勇者って恰好良いなあと、憧れているだけなら幸せだったのに。

その時、ダイはぴくりと顔を上げた。
道の先の方に、膨らんでゆく気を感知したのだ。
それも、こちらを圧倒してくるような邪悪な気だ。

(ミサさん?)

自然と歩調が早くなる。
挫けそうになった心に、甦ってくるものがあった。
それは失われかけた闘志と、胸に刻まれた友の言葉。

『ダイ、オレ達はいままでずっと誰かの為に頑張ってきたよな。
 でも今ではもう、それだけが戦う理由じゃねえ筈だ。
 みんなの為だけじゃない。自分自身の為にここで戦いを投げちゃいけねえんだ』

『そうさ。これはもう、オレ達自身の戦いなんだ。
 だから、自分のことは自分で決めな。オレは、戦う』

『そして、オレはお前を信じてる。
 お前が本物の勇者かどうかなんて関係ねえ。
 お前がダイだから信じてるんだ』

『勇者がなんだ?竜の騎士がどうした?』

『オレにとって、ダイはダイだ』

流れる声を聞きながら、ダイは自問する。
仲間を救いたいと思うのは、自分が勇者だからなのか。
悪を倒したいと思うのは、自分が竜の騎士だからなのか。
違う。始めから、答えなんて一つだ。

だから迷うな。迷っては、駄目だ。
足を前に踏み出しながら、ダイは声の主に語りかける。

(ポップ。オレの、最高の友達)

(オレ、もう一度、君に―――)

≡ ≡ ≡

「ミサ、さん?」

立ち止まって、ダイは声を掛けた。
目が見えなくても、状況は直ぐに理解できた。

感じる気配は二つ。
消え失せそうに小さくなってしまった、ミサの気。
呼んでも反応はない。恐らくは瀕死だった。

そしてミサの傍らに立つ、もう一つの気。
先程感じた、禍々しい気は彼が放ったものなのだろうか。
ただ今は静かで、むしろ悲しみに似た気配が漂っているように感じられた。

「お前が、ミサさんをやったのか?」
「そうだけど」

あっさりと返ってきた肯定。怒りで我を忘れそうになる。
だが、迂闊には動けない。いま、ミサの傍にいるのは相手の方だ。
ミサは、人質ということか。

「ねえ、少し、話がしたいんだけど」
「な、何だ?」

話すな、と言われていた。
だが、言った本人を守る為に、いまは仕方がない。

「何かさ、分かんなくなったんだよね」
「?」

即、前に出られる体勢で、次の言葉を待った。
敵の目的は何だ。武器か、情報か、或いはダイ達の命か。
だが、返ってきたのは、予想もしなかった問いだった。

「あのさ、勇者って楽しい?」

(えっ?)

ダイは暫し、言葉を忘れて茫然としていた。

≡ ≡ ≡


―――聞こえる。


『ふっ、ふざけるな。オレは、遊びで勇者をやっている訳じゃないぞっ』

『ふーん、まだまだ、だね。お互いに』


『アレ、銀さんにみんなぁ、何でこんな所にいるんですかぁ?ムニャムニャ』

『私、守れなかった。悔しい、悔しいよ』

『誰?そこにいるのは、ライト?』


『フッ、この足じゃもう、バスケはできねえな』

『自己犠牲なんて最低、か。リョウ、あたしは』


『見えましたか?ポップさん』

『ああ、あの閃光はもしかすると。待っていろよ、ダイ』

『戦が、近いな』

≡ ≡ ≡


「―――レクイエムが聞こえる」

≡ ≡ ≡

<第二楽章に続く>


補足
リョーマに起こった現象は、『悪魔化』(原作の切原、海堂)です。
しかし、現在は平常時に戻っています。

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最終更新:2011年01月14日 19:42