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冬の訪れ - (2007/03/19 (月) 23:06:18) の編集履歴(バックアップ)


 今年も冬がやってきた。
 俺の住むこの村では、冬はとても厳しい。一面真っ白な雪に重く包まれ、家族で寄り添って過ごす。
 欠かせない冬支度の一つに、漬物作りがある。短い夏の間に採れた野菜を、冬の間の栄養源として蓄えておくのだ。
 俺は、この準備が密かに楽しみだ。
 何故って、彼女に会えるから。

「よう、つーちゃん」
「あ、こんにちわ」
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 村の誰よりもよく働き、小さな体で漬物壷を抱えて走り回る彼女。俺らは『つーちゃん』と呼んでいる。
「今年も美味そうだなあ、一口……」
「食べちゃだめですよ、冬の蓄えなんですから。食いしん坊な所は、お父さんそっくりですよ」
 ふふ、と笑って俺に壷を渡す。
「よう、つーちゃん。今年のたくあんはどうだい」
「ええ、いい漬かり具合になりそうです」
「おやおや、つーちゃん、寒いだろ。これ被りな」
「はわわ、ありがとうございます」
 村の皆は、彼女と笑いあい、冬の支度を進めてゆく。
 ちらほらと降る雪が、村を覆いつくすまで。

 何年も、何十年も繰り返してきた行事。
 彼女だけが、変わらないのだという。
 不思議なものだと思うが、村の皆は自然と彼女を受け入れていた。
 彼女が何者なのか、とか、いつからここにいるのか、とか。
 そんな事は些細な事なのだと、楽しそうに働く彼女を見ている人は、きっとそう思うのだ。

「今年もつーちゃんのおかげで、冬が越せそうだなあ」
「皆さんが夏の間頑張って、美味しい野菜を作ってくれたからですよ」
 冬が深まり、村は眠りにつこうとしていた。
 彼女にまた会えるのは、来年の冬。
「……なあ、俺ん家に来ないか?」
「ふふ、私には、私のお家がありますから」
 毎年のことだが、一人雪の中へ消えてゆく彼女に、声をかける。
 はにかむように笑って、『つーちゃん』は帰ってゆく。
「……本当、お父さんそっくりなんだから」
 雪の中のつぶやきは、よく聞き取れなかった。
「また来年なー!」
 かすむ彼女の姿に手を振る。
 次の雪を、心待ちにして。


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