しあわせギフト(前編) ◆j1I31zelYA
\アッカリ~ン/
「はーい! バ縺薙・繝。繝シ繝ォ縺」
(※文字化け失礼いたしました)
【赤座あかり@概念】
[状態]:これからすぐ出
ぱたぱたとせわしなく、ホテルの広い厨房を動き回る。
「部室だとちなつちゃんがすぐお茶を入れてくれるけど、初めての場所だと時間がかかるものなんだね~」
まず、厨房からポットを見つけだすのがひと苦労だった。
ドリンクバーも設えられていたけれど、あかりには本格的すぎて使い方が分からなかった。
器具を収納する棚は数が多すぎて、テンコや犬達にも総出で探してもらった。
ティーカップや、コーヒーメーカーや、お菓子なんかも必要だよねと、ぴかぴかの厨房をあちこちに動きまわる。
赤座あかりが作業をしている間にも、ホールでは大事な話し合いが進行中のはずだった。
調理場からホールまでは一本通路とはいえ、間にレストランをはさんでいるから、話し声は届かない。
あの時の黒子ちゃんはかっこよかったなぁ、としみじみ思い出す。
誰も殺さず、この殺し合いを開いた悪人を逮捕してみせる。
黒子がそんな宣言をしてから、急に空気が変わった。
どこがどう、とは言えないけれど。
みんな言いたいことがあるのに言えないような、そんな空気に。
だからあかりは、言ってみた。
七原くんたちは歩きづめで疲れてるだろうし、お茶を淹れてこようか、それともみんな夜中から起きてるからコーヒーがいいよね、と。
あかりなりに、空気を良くしようと思ってのことだ。
テーブルにお菓子の大皿と、あったかい飲み物がある空間だと、それだけでずっとなごやかになれることを知っていたから。
黒子は単独行動は良くないと言ったけれど、秋也はむしろ勧めてくれた。
何十匹もの犬たちが護衛しているのだし、目つけ役にテンコもいるのだから大丈夫だろう、と。
それにもう一つ、安全を高めるために『あること』をしてくれた。
もし、あかりがもう少し、場の緊張を重く受け止めていたら。
その態度が『聞かせたくない話を、当人のいない間にできる人間のそれ』だと見抜けたかもしれない。
幸福なことに、赤座あかりはそれに気付かなかった。
ポットのスイッチを押す。お湯が沸けるまで、ひと休み。
調理場の隅っこにある丸椅子に座る。
背もたれがないから壁にもたれた。
わんわん達が、自然とあかりに寄り集まって、丸くなって座る。
ぼうっと。
人間のいない空間は、体から緊張をほどいていく。
「みんな、すごい人たちだよねぇ……」
「そうだな。みんなガキだってのに、こんな状況で何かしようって思えるんだから」
子どもたちよりずっと大人だと自負するテンコは、出会ったばかりの七原たちをすぐに信頼できるほどお人好しではない。
それでも、あかりの気だるげな、気疲れしたような顔を見て、同調してやることにした。
「うん。黒子ちゃんも友達が……死んじゃったのに。それでも、がんばってるもん」
あかりって、わるい子なのかな。
あかりはその言葉を、口に出さずに心の中にしまっておいた。
七原や桐山や黒子は、殺し合いを止めるために何ができるかを話し合おうとしていた。
宗屋ヒデヨシは、自分にできることがあったんじゃないかと後悔していた。
だから、黒子も七原たちもヒデヨシも、『すごい人』だと思う。
あかりと違って、『対処する』ことができるのだから。
『違って』とは、戦力がないとか、戦う勇気がないとか、そういう問題ではない。
もっと、それ以前の問題なのだ。
あかりは、生き物を傷つけることができない。
蚊を殺すことだってできないと具体的に言えば、いつも驚かれる。
常識で蚊は殺すものだと分かっていても、可哀想で、どうしても叩くことができない。
その話をすると、みんな決まって『どんだけいい子なんだよ……』と言う。
例えば、推理漫画でよくあるように、襲って来る人殺しを格闘技でボコボコにする、なんて真似は論外だ。
そういうことができる人間はカッコいいし憧れるけど、絶対にできない自信がある。
他人がやるのは全然OKだけど、自分はやりたくありません。
これでは、とても身勝手な人間だ。
自分ができないから友達に蚊を殺してもらうのと、殺人犯を止めてもらうのとでは、まるで大変さが違うのに。
「あかりも、してあげられることがあればいいのになぁ」
「あかり……考えごとしてるところ悪いけど、お湯とっくに沸いてるぞ」
「いっけない! 遅くなってみんな心配してないかな。っていうか、いつもみたいに忘れられてないかなっ?」
◆
「白井。さっきの発言についてだが――」
「桐山」
赤座あかりが姿を消すと、桐山が会話を再開しようとした。
しかし、即座に秋也は牽制を入れる。
桐山がもの申すのは、予期していたことだ。
『いつでも契約を破棄して非協力的な人間を殺せる』と言った桐山からすれば、白井黒子は『非協力的』になりかねないのだから。
「お前の言いたいことは分かってる。けどまずは、俺に話させてくれないか?」
「分かった」
桐山は素直に頷いて、話し合いを秋也に預ける。
これもまた、秋也には予測済みだった。
いくら何でも、白井黒子を排除するような早まった行動はしないだろう、と。
なぜなら、まだ情報交換を終えていないのだ。
黒子を殺したところで、得られるはずだった情報が失われるだけ。
桐山和雄は非情だが、決して非合理な行動はしない。
そういう風に、秋也は桐山を信頼している。
「誰も殺さずに逮捕する。それはつまり、殺し合いに乗った人間でも殺さないってことだな」
「その通りですわ。それ以外にどんな意味がありますの?」
「なら、聞かせてもらいたい。白井は『乗ったヤツ』に、どう対処するつもりだ?」
黒子の顔つきは、真剣そのもの。
どんな意見が来ても揺るがないぞと言わんばかりのしっかりした声で、答える。
「恐慌に陥っているだけの参加者は落ちつかせます。説得の通じない危険人物ならば、適度に痛めつけますわ」
「やっつけた後はどうするつもりだ? そいつらを生かしたままにしておけば、他の参加者を殺して回るぞ?」
詰問する形になってしまうのは、黒子がどの程度のレベルで現実を見据えているのかを、きっちりと確かめるためだ。
『殺さずに殺し合いをとめる』という甘い考えの持ち主にだって、色々いる。ただの楽観論者か、それとも信念を曲げない頑固者なのか。
その認識しだいでは、対応が変わる。
また、秋也自身にも、ここで黒子をきつく牽制しておきたいという個人的思考があった。
黒子の考えは、――言わせてもらえば、殺し合いでは通用しない。
絶対に、通用しない。
「監禁場所を設けて、殺し合いが終わるまで隔離すれば済むことですの。
どの道、赤座さんのような一般の方を保護するには、長く滞在する拠点が必要になりますわ」
「拘束具を引きちぎられたり、監禁場所を壊して逃げられたらどうするつもりだ?
そして赤座さんみたい子を人質にされたりしたら?
それができる連中が、ここにはいるんだぞ」
黒子の顔が、わずかにこわばった。
秋也の言葉が、誇張でも何でもない、現実に起こり得る危険だと知っているからだ。
二人は、まだ詳しい情報を共有していない。
しかし秋也たちはヒデヨシから、黒子はテンコから、それぞれ知り合いの情報を引き出している。
ロベルト・ハイドンやバロウ・エシャロットといった、『殺し合いに乗ると予想される強者』の能力を聞いている。
「もちろん、そんなことをさせない為には、戦力を結集せねばなりませんわ。
幸い、この場には私の同僚や敬愛するお姉さま、テンコさんのおっしゃった植木さんたちもいます。
いずれの方々も、決して殺し合いに乗らない、信用できる人物ですわ」
「そいつら戦力が集まるまで、どれだけ時間がかかるか分からないんだぞ?
たとえ集められたとして、その中に何があっても揺るがないと言い切れる人間は何人いるんだ?
現に、宗屋が言ってた、佐野ってヤツは乗ってたじゃないか」
ヒデヨシが、何か言いたそうに身を乗り出しかけた。しかし、反論はちゃんとした言葉をなさずに終わる。
佐野清一郎が乗っていることは、テンコに対してヒデヨシが真っ先に報告していた。
ヒデヨシには、秋也が推測した『違う時間から連れて来られた』という仮説を伝えているので、『俺たちと出会う前の佐野がここにいるみたいだった』という言い方になった。
繰り返し異をとなえ続ける秋也に対し、黒子の眉が不審そうにしかめられた。
「つまり七原さんは、殺さずに対処するなんて不可能だとおっしゃりたいんですの?」
「そういうことになるな。もちろん、邪魔者はみんな殺しちまえってわけじゃない。
話が通じるやつとは協力するし、戦力を結集すべきだって点については同意見だ」
だから桐山とだって組んでる、と心の中だけでつけ加えて。
「でも、問答無用で襲いかかって来るヤツらに関しては別だ。
オレは、下手なリスクを冒して味方を失ってから後悔するより、敵を殺して禍根を断つ方を選ぶ。
白井が殺したくないってんなら、手を汚せとは言わないさ。トドメを刺すのはオレや桐山みたいなのがやる」
この一点だけは譲れない。
そう主張するように眼力をこめると、黒子もまた、相応の頑固さを持った目で秋也を睨み返した。
「認められませんわ。私は、これ以上の犠牲者を出すつもりがないのと同じように、これ以上の殺人者を出すつもりもありませんの」
宗屋ヒデヨシも口を開き、白井黒子に同調する。
「ぶっちゃけ、オレも白井に同感だ。その方が難易度が上がるからって、誰かを切り捨てるのはおかしいだろ。
お前らみたいに、冷酷に気持ちコントロールできる人間ばっかりじゃねーよ!」
ヒデヨシが黒子の味方をするのは、これまでの言動からもあり得たことだった。
それでも、『冷酷』という言葉を使われるほど見放されていたとは……正直、頭の痛いものがある。
秋也とて、彼らが極めてまともな感性を持っているのは分かっているつもりだ。
人を殺して争いを解決するなんて、解決策の中でもとびきり後味が悪いものだろう。
けれど、ここは『まとも』な場所じゃない。
それは、言葉を尽くして説明したところで、嫌と言うほど『殺し合い』の空気に浸からなければ分からないものだろう。
秋也は、四十二人の中の四十人を犠牲にして生き残った。
『誰も殺さない』なんていう考えでは、絶対に生き残れなかった。
発狂した学級委員長に殺されかけた。
信頼し合っていたはずの仲良しグループが、たった一人の疑心暗鬼を火種にして互いに殺し合った。
アイツらは殺し合いに乗らないし死んだりしないと信じていた友人たちが、次々と放送で呼ばれていった。
今、自分のすぐ隣に座っている男と、死闘を演じた。
『あの時ああしていれば』や『もっと力があれば』と引きずり続けていては、とても正気でいられない。
そんな地獄の中で、『誰も殺さない』と口にすることと、それを実行することの間に、どれほどの落差があることか。
それは、誰よりも率先して汚れ役を引き受けてくれた、川田章吾に対する侮辱でもある。
「ひとつ、口をはさんでも構わないか」
実質的に、二対一の対立を呈してきた時だった。
それまで、交渉を秋也に預けていた桐山が、ここで初めて会話に割り込んだ。
口にされたのは、素朴な疑問だった。
「さっきから、白井は敵を拘束する段階まではまず可能だろうという前提で話している。
なら、現実問題として白井はどの程度の戦力を持っている?
ロベルトやバロウのような異能者が襲ってきても、対抗できるのか?」
それは、もっともな問いかけでもあった。
同時に、『どれほど戦力があっても、主催者も含めて殺さないなんて不可能だ』と断じていた秋也が、確認を遅らせていたことでもある。
確かに、黒子が己の力量に自信を持っているからこそ理想を掲げられるのだとしたら、その戦力は把握しておかなければならない。
黒子と無事に協力できた場合にも、逆に今後敵対することになった場合にも。
「そうですわね。仮に『天界人』レベルの参加者が、万全の状態で襲いかかってきたとしますと……」
黒子は、戦闘パターンをシミュレートするかのように、真剣な顔つきをして考えこむと、
「およそ一分もあれば、制圧が可能ですの」
四本の指を折り曲げて、人差し指をたった一本だけ立ててみせた。
「おいおい、いくら何でもそれはおおげさってもんじゃ――」
ヒュン、と音がすると同時。
秋也は、押し倒されていた。
着座していた背もたれなしの椅子がダルマ落としのように転ばされ、仰向けに倒れた腹の上には黒子の右膝が動きを封じる。
首筋には手刀が、刃物の代わりとしてあてがわれていた。
桐山が即座に立ち上がり、機関銃を構えたが、
「――失礼。とまあ、こういう風に」
黒子はすでに、ソファの元の位置に着座していた。
「飛距離80メートル前後、質量130キログラム以内の手に触れた物体なら、あらゆる空間転移(テレポート)が可能。
これが私の能力ですの。
転移先の物体を押しのけてテレポートしますから、例えばプラスチックの板で銃器を切断して無力化したり、敵を地面に生き埋めにすることもできますわ。
殺さず制圧することには適した能力と言えますのよ」
わざわざ『実演』までしてもらうとは。
ずいぶんと負けず嫌いかつ、誇り高い性格のようだ。
「すげぇ……」とヒデヨシの口から、素直に賞賛の言葉が漏れる。
「いてて……ああ、頼りになるのは分かったよ」
椅子を立たせ直しつつ、秋也は素直に認めた。
触れただけで、物体を転移させる能力。
確かに、強力かつ魅力的な能力だろう。
特に――首に巻かれた首輪などを、一瞬で外したい時には。
痛む後頭部をおさえつつ、秋也はそのことを考慮する。
もっとも、いきなり首輪解除を提案するつもりはない。
口にしたらヒデヨシが実行しようと言い出しかねないし、黒子にとってもリスキーすぎるから試さなかったのだろう。
白井黒子が拉致されているのだから、主催者が『超能力』に対策をうっていないはずがない、と。
しかし逆に言えば、首輪の構造を調べて『超能力を使えるようになった』と判断された場合に、黒子の力は解除の鍵となり得るのだ。
それに、その単純な戦闘力は、能力者との戦いに慣れていない秋也たちにありがたくもある。
秋也が椅子に腰かけなおした時、桐山が目線を送って来た。
秋也は、それに応えるアイコンタクトを返した。
それは、桐山もまた、同じ考えに至ったということだ。
すなわち、『白井たちと協力するにせよ決裂するにせよ、白井は首輪解除要員として死なせないようにしよう』という了解である。
これで少なくとも、桐山が『契約』を破棄する恐れはだいぶ軽減されたと言える。
秋也は、ひそかに胸を撫でおろしていた。
だが、それでも。
「白井がすごいのは認める。それでもオレは“ぬるい”と思う」
黒子の顔が、こわばる。
白井黒子は“制圧する”という言い方をした。
『風紀委員』という肩書もそうだが、黒子はおそらく“制圧すれば足りる”という戦い方しか知らない。
もちろん、犯罪者を相手にすることに慣れているらしき応対からも、彼女がそれなりに危険な目に遭って来たことは分かる。
しかし、ひとたび捕まえれば、あとは司法が取り計らってくれる。そういう環境での戦いしか知らないのだ。
だから、どこか認識が甘い。
「私の超能力は、あくまで人を守る為にみがいてきたものです。それでも七原さんは足りないとおっしゃいますの?」
「白井の能力は立派だよ。その白井が信頼する『お姉さま』って人もそうなんだろうさ。
けど、そういう人たちだって体はひとつだろ?
敵が懲りずに何度も襲ってきたら、そのたびに殺さずに叩きのめすのか?」
「そうですのよ。何度やっても無駄だと分かれば、どんな馬鹿だって、徒労だということぐらい理解するはずですわ」
「それは、守りたい人たちも、そのたびに殺人の標的にされるってことだぜ?
まさか白井は、一般人に『悪人も救いたいから、あなた達もリスクを冒してくれ』なんて強要させるつもりじゃないよな」
「それは……」
黒子が初めて応答をつまらせた。
その動揺に、秋也は手応えあったと確信する。
これまでの応答で分かったことだが、白井黒子はただの楽観論者ではない。強い責任感や信念から『殺さない』と言っている。
だから、『仲間とはいえ、民間人にも共に命を賭けさせる』という選択をおいそれと選べないだろう。
そういう意味で、出会う参加者が誰も彼も中学生しかいないこの環境は、白井黒子にとって頭が痛いはず。
うっすらと聞いた『風紀委員』という職務から判断すれば、黒子にとって『学生』とは『保護対象』なのだから。
先ほどから口にするお姉さまや植木耕助たちだって、信頼していたり強い能力者だからこそ戦力に数えているのだろうが、本当なら『民間人』のくくりに入れたいはずだ。
「それでも、殺人を肯定していい理由にはなりませんのよ……」
「その気持ちも分かるよ。俺だって、犠牲者が少なくすんだらどんなにいいかとは思ってる」
一応、嘘は言っていない。
実は、秋也は黒子たちの同意を求めて、論を重ねていたわけではない。
ヒデヨシのような感覚を持つ人間が他にもいることは分かっていたのだから、決裂だって視野に入れていた。
しかし決裂するだけならば構わないが、別れた後の黒子たちが『七原秋也たちは危険な思想の持ち主だ』と吹聴して回るような展開だけは避けたい。
その後がやりにくくなるのはもちろんのこと、桐山が『やはり非協力的な人間とはやっていけない』と、気を変えてしまう恐れがある。
だから、秋也の狙いは、黒子を説得することではなく、論破することにあった。
言い返せなかったという意識があれば、おおっぴらに悪評を伝えることはできない。
会話から判断するに、黒子は基本的に頑固な性格のようだが、他者の意見は聞く。
偏った悪評を誇張して伝えることはないだろう。
考え方は相容れないだろうし、理解は求めない。
しかし少しでも戦力や情報は欲しいから、最低限の協力ラインは維持する。
それが、秋也の交渉プランだった。
おおむね上手くいきそうだと、秋也は安堵の息を吐き出し、
「嘘だっっ……!!」
乱暴に音を立てて、宗屋ヒデヨシが椅子から立ち上がった。
拳を強く握りしめ、その額には青筋を浮かべて。
憎々しげに、叫ぶ。
「七原は、最初っから殺さずに終わらせるつもりなんかないんだろっ…!
だって、全部が終わったら、桐山を殺すって言ってたじゃねぇか…!」
◆
白井黒子の言葉に、宗屋ヒデヨシは感銘を受けていた。
殺し合いに乗った人間も主催者も、誰も殺さずに解決する。
誰も切り捨てたりしない。
誰かを大事にする為に、別の誰かを犠牲にしたりしない。
こいつと力を合わせれば、皆を助けることができる。
この時点でヒデヨシは、六時間以上も同行していた秋也の言葉より、出会ったばかりの黒子の言葉に大きく寄りかかっていた。
そもそもヒデヨシは、話し合いが始まってからずっと苛立っていた。
秋也たちは、都合の悪いことを黒子たちに話そうとしないのだ。
例えば、桐山和雄と七原秋也が、最終的には殺し合うつもりだということ。
例えば、桐山和雄が非協力的な人間は殺すと宣言したこと。
例えば、その言葉どおりに、桐山和雄が赤座あかりの友人である船見結衣を撃ち殺そうとしたこと(厳密には、結衣を連れて逃げた真希波とレナを殺そうとしたのだが)。
仲良くやっていこうと声をかけているのに、相手を信用しようともせず、善人ぶっている。
赤座あかりを仲間にするなら、特に後者のことは誠実に謝罪をすべきはずだ。
どうしてこいつは、赤座あかりの友達を見殺しにしようとしたばかりなのに、何くわぬ顔で話しているのか。
『自分は無差別日記のことを隠している癖に、秋也が隠しごとをしていると責めている』という矛盾にヒデヨシは気づいていない。
そもそも植木チームの仲間は、いずれも裏表のない人間ばかりだった(約一名、二重人格の少女がいることはいたが)。
出会ったその日から信頼して共闘して、すぐに元からの友人のような関係になった。
ヒデヨシは、そういう仲間関係しか知らない。
彼にとって、仲間を信用するというのは、余りにも当たり前のことだった。
その当たり前ができない二人に、だから否定的な意識を持つ。
まして、腹のうちを読ませない人種であれば余計に怖い。
だから、本当のことを黒子たちに言えないでいた。
ヒデヨシからすれば、桐山和雄は理解できない存在であり、理解しようとも思えない。
文字どおりのいつ爆発するか分からない爆弾だった。
桐山が黒子たちに何かしでかさないか、いきなり七原との『契約』を破棄して危害を加えないか、ずっと戦々恐々としていた。
下手なことを言えば、白井と七原たちの対立がより深刻になるかもしれない。
そうなったら、桐山が黒子を撃ち殺すかもしれない。
それが我慢できなくなったのは、正しいことを言っているはずの黒子の方が、七原に云い負かされようとしていたからだ。
七原の追及は執拗で、『皆を助けるなんてできるはずないんだ』という独善に満ちていた。
どうして殺そう殺そうと言っているこいつの方が、正論のような顔をしているのか。
それが我慢ならなかった。
何より、黒子の能力を目の当たりにしたことが、ヒデヨシのタガを外した。
相手が銃器を持っていても、先に無力化できる圧倒的な力。
これなら、例え桐山が暴れたとしても、黒子の力で制圧できる。
要するにヒデヨシは、味方である(と思っている)黒子が強者だと分かったから、強気になったのだ。
硬直した三人を前に、ヒデヨシは更なる真実を暴露する。
「それだけじゃない……! 桐山は、赤座の友達の船見って子を、殺し合いに乗ったやつをかばったからって撃ち殺そうとした!
だから船見は俺たちから逃げ出したんだ! そして、七原はそのことを白井に隠してる!」
黒子は、茫然としている。
(馬鹿……!)
秋也も今回ばかりは、ヒデヨシを殴りたくなった。
主義主張が相容れないことは、分かっていた。
しかし、これほど軽率な言動を取るとは思っていなかった。
前後に何があったかも明かさず、桐山の行動方針が変わっていることさえ説明せず、また秋也はむしろ桐山を止めようとしたことさえ言わずに。
『桐山たちは意見が対立しただけで一般人の少女を殺そうとする』と言わんばかりに、偏った事実を突きつける。
これでは集団に亀裂を入れるだけで、何も良い方向に運ばない。
第一、桐山を刺激することは、黒子の安全にも関わるのだ。
桐山が契約を破ったら、真っ先に狙われるのは黒子なのだから。
撃つ前に銃を無力化できるから大丈夫、という問題ではない。
上手く誘導して背中を向けさせたところを撃つなど、能力が問題にならない手段はいくらでもある。
そもそも、強い能力者がいるだけでは乗った人間を殺さず制圧できないというのは、先ほどから秋也がずっと説いていたことだった。
ヒデヨシは、ちゃんと耳を傾けていたのだろうか。
「どういうことですの? そんな理由で、人を殺そうとしたって……」
不信とも困惑ともつかぬ感情で、黒子はひどく動揺していた。
黒子からすれば、七原秋也たちの言い分は認められないものだった。
しかし、あくまで彼らは合理的な考えで反論していた。
そんな人物が、『乗った人間を殺そうとしたのを止められた』ぐらいで、人を撃ち殺そうとしたなどとは。
七原もまた「違うんだ!」と誤解を解こうとする。
しかし、最も過激な部分から暴露されてしまったせいで、印象は最悪だ。
どう説明したものかとじれったさを噛みしめる。
そして、桐山和雄は。
立ち上がり、即座に機関銃を撃発可能な状態で構えた。
ただし白井黒子でも宗屋ヒデヨシでもなく、ホテル正面の自動ドアに向かって。
「へぇ。四人もいたんだ。やっぱり弱者は一か所に集まるものなのかな」
ホールに入って来たのは、金色の髪に虚ろな瞳をした少年。
ヒデヨシの顔色が、即座に青ざめる。
「アノン……いや、ロベルト、なのか?」
「へぇ……君も僕の名前を知っているんだね。
あ、そう言えば、十団のメンバーがサル顔のヤツと戦ったって話を聞いたことがあるよ。確か……」
考え込む素振りを見せながら、ロベルトがその右腕を変化させる。
一瞬で、その腕には自身の体よりも大きな砲身が姿を現す。
「ヒデヨシさん、ここは私に任せて裏手に! 『わんちゃんたち』と一緒に、職員用通路から逃げてください!」
闖入者の放つ明確な害意を見て、黒子が叫んだ。
テーブルの上の花瓶を倒して割ると、その破片を投擲武器のように構える。
桐山は機関銃を構えたものの、黒子に無力化されることを警戒して発砲は控えている。
秋也も、ベルトに差したグロックをそっとおさえた。
「お、おう。ぶっちゃけ分かった!」
ヒデヨシも、こんな言い回しをされたら気づく。
黒子は、厨房にいるあかりを保護して逃げろと指示している。
そして『もう一人いる』ことを悟られまいと、こんな言い方をしたのだ。
「七原さんと桐山さんは――」
黒子は、言葉を詰まらせた。
秋也は舌打ちする。
ヒデヨシによる発言が、尾を引いていることは明らかだった。
船見結衣を殺そうとしたという、ただ一点の、しかし看過するにはあまりにもただならない疑惑。
だから黒子は、『あかりを秋也たちに任せる』ことができない。
襲って来た殺人者は殺すという方針を宣言した為、共闘することも選べない。
「――お二人は、私のやり方を、見ていてください。
巻き込むような真似も、手を出させるような無様も晒しませんわ」
言い放たれた指示は、戦闘に介入するなという、禁止。
『殺人者を殺そうとするかもしれない二人』が見ている前で、殺さないと決意した少女はロベルトに宣戦布告する。
「風紀委員(ジャッジメント)ですの。あなたのお相手は私がします」
◆
ホテルにいる集団に佐野清一郎が気付いたのは、放送が終わって少しの時間が経過したころだった。
それは、殺人日記のおかげだった。
山沿いに身を隠しつつ進んで行くと、予知に次なる犯行予告が表れたのだ。
殺害の対象は、奇しくも最初に殺すつもりだった少女、赤座あかりだった。
犯行現場は、ホテル。
しめたと思いホテルを目指したが、その予知画面はすぐに書き変わることとなる。
『未来日記』を持った参加者を含む別のグループが、新たにホテルを訪れたのだ。
よりにもよって、あの桐山和雄らのグループだった。
(桐山たちがおる以上、乗ってない振りをして情報を聞き出そうとするのは不可能か)
赤座あかりを殺そうとした場合、問答無用で桐山和雄に撃ち殺されるらしく、『DEAD END』が予知される。
最初に殺す標的を、赤座あかりから桐山和雄に変更して、予知の変化を調べてみた。
しかし過程が変わるだけで『DEAD END』の結果は覆らない。
他のどの人物に標的を変えても、同じだった。
桐山和雄か、もしくは彼と共にいた長身の少年。
どの予知でも、最終的にはこの2人のどちらかに殺されることになっている。
その過程で、グループメンバーが内紛を起こして桐山以外を殺せるルートもあったけれど、自分まで死んでしまっては意味がない。
どうやら、あの集団には実力者が複数人いるようだ。
頭を悩ませた。
どう足掻いても死んでしまう未来なら、突撃は見送るしかない。
けれど、あの集団にいたサル顔の男は佐野のことを詳しく知っていた。
そんなグループを看過しておけば、今後の行動がやりづらくなるだろう。
そんな状況を打開したのは、時間の経過だった。
第三者がホテルにやってくることを、殺人日記が予知したのだ。
その人物名を見て、心臓がどきりと反応する。
[09:20]
ロベルト・ハイドンがホテルに近づいて来るのが見える。
それを確認して、ホテルの地下駐車場に向かう。
ロベルト・ハイドン。
最強の能力者であり、殺し合いに乗るだろう危険人物であり、ロベルト十団のリーダーでもある男の名前だ。
[09:22]
ホテルの地下駐車場に到着。
ガソリンを抜かれた車が何台か停車している。
その車の影に身を隠して、職員用非常口から逃げてくる生き残りを待ち伏せする。
なるほど、いくらロベルトが相手でも、どさくさにまぎれて一人か二人は逃げのびるかもしれない。
そいつらを確実に仕留めて、生き残りの口封じを行う殺人計画であるようだ。
ロベルトが桐山らを仕留めてくれるならもうけものだし、集団の中でも強者はロベルトとの戦闘に割かれるだろうから、佐野には弱者が回ってくる確率も高い。
時刻が[9:20]を示したころ、ローラースケートのような乗り物を走らせて、見覚えのある少年がホテル前に到着する。
予知通りに、現れたのはロベルト・ハイドンだ。
ロベルトはスケートを止めると、徒歩になって悠々と正面入り口に歩いて行く。
それを確認して、佐野はホテル裏へと走り出した。
にたりと、口もとに笑みがこぼれる。
感情が笑わせたのではない。これから行うことを、肯定する為に必要な笑いだった。
ロベルト十団にいた時に、悪人ぶった態度を取るために浮かべていた笑みでもある。
強い参加者が集団を狩って行く様子を傍観して、自分でも仕留められそうな獲物が来たら漁夫の利をかっさらう。
こんな手口を犬丸が見たら、きっと自分を侮蔑するのだろう。
しかし、それでいいのだ。
憎みたければ憎めばいい。
罵りたければ罵倒すればいい。
正義の心を捨て去っても、親友は死なせないと決めたのだから。
◆
「聞けば、あなたは『最強の能力者』と呼ばれていたそうですけれど、それは異世界の『能力者』にも通用しますかしら?」
不可解な挑発と共に、ツインテールの少女がロベルトの前に進み出る。
御手洗清志が使った謎の『能力』も、『異世界』とやらに関係しているのだろうか。
「へぇ……僕のことを知っている割には、ずいぶんと強気じゃないか」
「ええ、あなたのことは知っていますわ。人類を滅ぼそうとしているらしいことも。
ここで取り逃がしてはならない人物だということも」
先に逃げた宗屋ヒデヨシから殺しても良かった。
けれど、己に強い自信を持っている人間を殺すのもまた一興だと思われた。
そういう相手ほど、自信が引き剥がされ、恐怖のなんたるかを知った時の顔に見ごたえがありそうだったから。
「それは、僕の能力を知った上で言っているのかな?」
少女との距離は十数メートルしか離れていないので、“鉄”の砲身の大きさは小さめに設定する。
ロベルトが本気を出せば、このホテルごと崩落させかねない。
「これは“絶対命中”の神器だよ……そんなものを、どう攻略するつもりだい?」
――ドオォン!
砲身から衝撃派が迸り、人間の身長より大きな鉄球が一直線に弾道を描く。
“理想を現実に変える能力”で具現化した神器は、ロベルトが願った通りの動きをする。
当たるまで追尾し続ける高速の鉄球に追われて、どんな絶望を味わうのか――。
「どこに撃っていますの?」
声が、背後から聞こえた。
ロベルトのすぐ後ろに立ってにっこりとほほ笑む少女が、振り返った視界に写る
(位置を変える能力か……!)
部下の一人が似たような能力を持っていることもあり、即座にそれと察するが、状況は一瞬で逆転した。
ロベルトの“鉄”は、追尾機能があるから――
真直ぐに撃ち放った“鉄”が、バックスピンでもかかったようにロベルトに向かって高速で逆走を始める。
確実に、少女だけでなくロベルトをもはね飛ばす勢いで。
「くっ……!」
口から“青いシャボン”を吐き出し、“鉄”にぶつけた。
まさに激突する直前で、鉄球は“理想的に軽くなるシャボン”に包まれて上方にそれる。
ロベルトがホールの入口付近にいたことから、“鉄”はそのまま自動ドアやや上の壁を突き抜けていった。
「あら、よそ見をしていていいんですの?」
立て続けに少女の回し蹴りが襲いかかり、かろうじてそれを肘で受け止めた。
そのまま“百鬼夜行”(ピック)で串刺しにしようとしたものの、ヒュンと音を立てて少女の姿は消える。
今度の出現地点は、真上だった。
ドロップキックをギリギリで回避。
しかし次なる神器を出す余裕は与えられず、花瓶の破片を握りしめた拳が襲う。
頬をかすり、血のラインが残る。
元より、神器主体の戦い方をしていたロベルトである。徒手空拳は得手ではない。
(神器が……出させてもらえない!)
相性が悪すぎる。
少女の能力は、それに尽きた。
いくら理想的な神器といっても、用途があるからには使えない局面がある。
“鉄”(くろがね)も、“快刀乱麻”(ランマ)も、“波花”(なみはな)も、攻撃用の神器はどれも射程が長すぎて、ふところに入りこまれると無力になる。
そのゼロ距離を楽々と確保する手段を、少女は持っている。
伸縮自在である“百鬼夜行”(ピック)はかろうじて射程に入るが、動きが直線的すぎるだけに、瞬間移動の回避には歯が立たない。
“旅人(ガリバー)”や“唯我独尊(マッシュ)”に至っては論外だ。密着した状態では、自分も攻撃に巻き込んでしまう。
少女の連続的な攻撃が、じわじわとロベルトを焦燥に追いやる。
もちろん少女の拳と蹴りだから男性能力者のそれより“軽い”けれど、それでも並みの人間よりは“重い”。
セーターを“理想的な毛糸”にして衝撃吸収性を高めてはいるものの、ジリ貧に陥りつつあることは明らかだった。
(どうにかして、距離を取らないと……!)
天界人には移動用の神器である“電光石火(ライカ)”や“花鳥風月(セイクー)”もある。
敵と距離をとってから神器を撃つのがセオリーなのだ。ただし――
敢えて、少女の顔面蹴りを受けにいった。
嫌な感触を立てて鼻っ柱が歪み、相応の痛みを返す。
しかし、おかげで少女はロベルトの真正面にいる。
その少女に向かって、青いシャボン玉を吐き出した。
少女は慌ててテレポートで前面から退避。それがまさにロベルトの狙いだった。
(今だ、“電光石火”――!)
両の足に、車輪付きの靴が生える。
“理想的な電光石火”は、一瞬で最高速度に達して、ホールを壁づたいに半周し、
――距離を取るのがセオリー。ただし、それは神器以上の速さを持つ敵がいた場合には通じない。
「線の移動では、点の移動に追いつかれますわよ」
眼前に、少女は舞い降りた。
その右手が、ふわりとロベルトの肩に触れる。
その一瞬で、見えている景色が変わった。
人質に取ろうとしていた観戦する少年二人の姿が視界から消え、
代わりに視界一面に写ったのは、大理石の――
――ゴツンッッッ!!
「がっ……!」
視界に火花が瞬き、額が割れて血がにじむ。
(自分だけじゃなく……他者の転移まで……?)
方向を転移させられた結果の衝突事故だと理解したのは、少女の手が再び、ロベルトの肩をとらえるのと同時。
くるりと。
上下感覚が、逆になった。
頭から床とお見合いをさせられて、割れた額から出血がひろがる。
天界人と言えども、頭部から出血して三半規管が混濁すればすぐには動けず。
「ここまで、おおむねシュミレーション通りですわ」
次に聴覚が少女の声をとらえた時、ロベルトは後ろ手に拘束されて、床に抑えつけられていた。
少女が持っていた破片は衣服の各所に突き刺さり、体を床に縫い止める。
「あなたが次の『神器』とやらを出すよりも、私のテレポートの方が早そうですわね」
心の底からの屈辱感を味わった時には、何も言葉が出なくなるのだと、ロベルトは知った。
最初に“鉄”が発射されてからの所要時間、約一分。
とても簡単に、圧倒的に、決着はついた。
最終更新:2021年09月09日 19:00