しあわせギフト(中編) ◆j1I31zelYA
◆
七原と桐山を、白井と一緒に残してきて良かったのだろうか。
ヒデヨシの不安は、澱みのようにどんどん堆積していった。
危険人物がやって来たから避難するぞと教えると、あかりは心配げな顔をしながらも頷いた。
黒子をおいて逃げられないと言い出すかと思ったけれど、ずいぶんあっさりだった。
それとも、これが一般人の危機感というものなのかもしれない。
あまり走るのが早くないあかりのペースに合わせて、職員用通路を走る。
護衛として、左右を数十匹の犬たちが隊列をなして囲む。
その群れはきびきびとして頼もしく、ヒデヨシ一人が護衛するより、ずっと頼りになりそうだった。
むしろ……危険なのはどう考えても、白井の方ではないか?
引率の役目を任されたものの、あかりに説明をしたり、現場から遠ざかったりするうちに、新たな不安要素が湧きだしていた。
確かに、白井は強い。
ロベルトだって、一分間で制圧できると言ってのけた。
けれど、七原秋也と桐山和雄がいる。
考えてみれば、危険な能力者で殺し合いに乗っているロベルトは、『襲って来るやつは始末する』と言った秋也たちからすれば、処分の対象ということになる。
ロベルトをやっつけたとして、彼女と秋也たちで殺すかどうかを揉める展開しか浮かばない。
ロベルトと七原たち二人と、前門と後門にそれぞれ『敵』を相手にしなければならない状況で、白井黒子はそれでも勝てるのだろうか。
敵……そうなのだ。
秋也たちは黒子の正義と折り合っていくつもりなどなく、せいぜい利用させてもらうといった態度で接していた。
そんな秋也たちが、黒子に対して、穏便に済ませる保証などどこにあるのだろう。
(まさか……七原と桐山は、ロベルトを排除することにかこつけて、白井も始末するつもりじゃないのか?)
ヒデヨシたちと合流して、『白井はロベルトに殺された。助けられなかった』と悔しげな顔で嘘をついてみせる秋也たち。
ヒデヨシの想像力は、そこまで幻視した。
とうとう、我慢ならなくなった。
地下への長い階段を降りて、非常口が見えてきたあたりで、ヒデヨシは足を止めた。
「悪い……赤座。ここから先はテンコと二人で逃げてくれるか?」
「ヒデヨシくんは?」
「オレは、ぶっちゃけ白井たちが心配だから戻る。オレでも何かの役には立つだろ」
心細がるかと思いきや、あかりはこれまた素直に頷いた。
「うん。じゃあ危ないことしないで、ちゃんと帰ってきてね。
テンコちゃんも、わんわんもいるし、あかりは大丈夫だよ!」
「死ぬんじゃねえぞ。ヒデヨシ」
「ああ。ちゃっちゃと片付けて、桐山の『アレ』を使って追いつくからよ」
テンコは、唯一このグループの中でロベルトの強さを直に目の当たりにしている。
だからこそロベルトの脅威をより切実に感じていたし、黒子の方が危険な立場だと思っていた。
だからヒデヨシの言葉どおりに、三人が心配で援護をしに行くのだと疑わなかった。
ヒデヨシは全力ダッシュで来た道を逆走し、階段を駆けのぼる。
レストランまで戻ると、まず、携帯電話の通話ボタンを押した。
登録しておいたある番号にかけた。
開口一番に、叫ぶ。
「『無差別日記』の契約を頼む!」
◆
風紀委員として、少なくない数の犯罪者を確保してきた。
急激に能力を成長させたことで、増長して他者を虐げるようになった不良生徒。
能力のスランプに陥ったことで、諦めて拗ねてぐれた銀行強盗。
人間は、簡単に一歩を踏み外すということを知っている。
ましてや、それが殺傷の向きの力を持つ能力者ならば、小さな過ちでも大きな害悪になることも。
けれど、その中に死んでいいような人間なんて一人もいなかった。
たとえ、一歩道を踏み外して殺し合いに乗ってしまったからといって、誰にも殺す権利などあるはずない。
「いつもなら足腰が立たなくなるまで再起不能にして差し上げるところですけど。
あなたはずいぶん頑丈な体をしてらっしゃるそうですし、体で分からせるのは難しそうですわね」
拘束されたまま首だけを曲げて、ぎろぎろとした視線で見上げてくるロベルト・ハイドンを睨み返す。
テンコの話では『人類抹殺』などと大それたことを考えていたそうだが、なるほど、なかなかに死んだ目をしている。
黒子の耳が、カツンカツンと足音をとらえた。
桐山和雄が、機関銃を構えたまま黒子たちの元へ歩み寄ろうとしている。
「まだ近づかないでください。私はこの方とお話がしたいんですの」
問答無用でロベルトにとどめを刺すつもりではないか。
そんな疑念が湧きあがり、きっぱりと制止した。
一人でロベルトの相手を引き受けたのは、七原たちに『殺さずに殺し合いを止められる』ことを証明してみせるためでもある。
「それ以上、一歩でも近づかれたら、テレポートでこの方と二人きりになりますのよ」
その言葉に、桐山は歩みを止めた。
七原も、桐山の数メートルばかりうしろで大人しくしている。
野放しにするよりは、目の届くところで経緯を確認したいという判断が勝ったらしい。
やはり、ロベルト殺しを止めたからといって、すぐ撃たれるということはなさそうだ。
先ほどは突然の発言に動揺してしまったけれど、落ちついてみれば、この二人はそこまで短慮かつ過激な性格とも思えない。
たとえヒデヨシの言うように冷徹な合理主義だったとしても、『殺すには惜しい』と思わせるだけの力は、先の戦闘でアピールしたつもりだ。
「あの二人は、僕を殺したいのかな?」
首を曲げて見上げた格好のまま、ロベルトが問いかけた。
「心配しなくても、私がさせませんの」
「でもそれは、君に能力があって、僕を怖くないと思っているからだろう?
殺されるのが怖いから『殺人者は殺さなきゃ』と理由をつけて排除する。
彼らの方が、自分のクズさを隠そうとしないだけ、見ていてまだ気持ちがいいよ」
いちいちカンに触る言い方だが、自分から口を開いてくれたのはやりやすい。
学園都市の犯罪者も、個人差はあれど言いたいことを言わせた後は大人しくなる傾向があった。
「殺さずに済ませてくれるなら、感謝はするよ。
もっとも、そんなことで恩を売ったって、僕の憎しみを消すことはできないけどね」
今度はわりとカチンと来た。
どうやら、黒子が100パーセント打算でロベルトを助けたと思われているらしい。
「人間不信も、そこまでいくと厨二病だと思われますわよ?」
「なんだって……?」
おっと、ついはしたない言葉を使ってしまった。
「だってそうでしょう。自分の狭い視野で見たものを、世の中の真理みたいに決めつけているんですもの。
もし、人間がみんな臆病で、力あるものが問答無用で怖がられる社会なら、私の住む街なんてとっくに無法地帯になっていますわ。
そうならないのは、能力者が力を人の為に使って、無能力者も打算のない関係を築こうとする意思があるからですの。
あなたは、自分の能力が人の役に立たないか、考えたことがありますの?」
幼少期に迫害されたトラウマがあって、人間を憎んでいるという話はテンコからうっすらと聞いた。
しかし、この少年はもう子どもじゃない。いい年をした中学生なのだ。
まだ大人ではないけれど、ちゃんと怖がられない努力ができる年齢ではないか。
学園都市の学生ならば、まず強大な能力を人の役立つことに使って、力ある者の義務を果たそうとするだろう。
高レベル能力者の中には社会生活を苦手とする人間もいる。
しかしそういう者たちだって、自分の能力を生かした仕事をして、世の中と折り合って生きている。
能力を使って誰かを助けるといった自発的コミュニケーションをしていないのに、
怖がられたと人間を恨むロベルトは、危険思想家でも何でもない、甘えた子どもにしか見えなかった。
そんな恨み節を引きずって、貴重な青春時代を棒に振っていいはずがない。
黒子は、すでに学園都市の非行少年を見るような目で、ロベルトを見るようになっていた。
あなたを一人にしてはおけません。
私があなたを見張ります。そして、力持つものの責任というものを、叩きこんで差し上げますわ。
口を開き、そう言おうとした。
その時だった。
「七原ぁぁぁぁぁぁっ! 撃つなぁっ!!」
ここにいないはずの少年の、不可解な叫び声が放たれたのは。
◆
ロベルト・ハイドンを生かしておくつもりなど、秋也にはもうとうなかった。
改心の余地があるかどうかが、問題なのではない。
ロベルトの精神がとても不安定であり、簡単に人間を殺せることが問題なのだ。
佐野清一郎のような誤解ではなく、憎しみから人間を殺そうとしている。
その憎しみで心が不安定になり、その場にいる人間の言葉や行動で心境がころころと左右される。
仮にここで黒子が説教をして効果を発揮したところで、爆弾なのは変わらない。
自分に害をなそうとする人間があらわれれば『やっぱり人間ってこんなものだよね』と反転する可能性が高い。
現に、桐山に対して『怖がって殺そうとしている』などと、全く見当はずれな解釈をしているように。
腰にさしたグロックを、そろそろと抜き取る。
黒子は、秋也たちの足音にばかり気を取られていて、視線はロベルトに向いている。
秋也の一挙一動までは気づかれていない。
桐山が、アイコンタクトを送って来た。
ひとまず、行動を起こす時はオレから始めるという意味で拳銃を掲げてみせ、桐山も頷いて視線を黒子たちに戻す。
桐山の持つマシンガンでは、接近しなければ黒子ごと撃ってしまう。
黒子も、いくら何でも自分ごと撃たれることはないと分かったからこそ、『近づくな』と言ったのだろう。
秋也の持つグロックでは、黒子の体に遮られて、ロベルトを撃ち抜くことができない。
秋也がわざとハズレ弾を撃つなどして注意を逸らし、桐山に接射させる手もあるが、黒子のテレポートが早ければ最悪二人で離脱されてしまう。
黒子の生存率をできる限り高めようというのは、桐山との間にできた了解でもある。ロベルトと二人きりにするような真似はできない。
いずれにせよ、黒子がロベルトに情を移してしまう前に、行動を起こさなければ。
テレポートさせる隙を奪うような、何らかの演技をするか……。
策をめぐらしつつ、秋也はいつでも撃てるよう、グロックの安全装置を外した。
その時だった。
「七原ぁぁぁぁぁぁっ! 撃つなぁっ!!」
叫び声と共に、後ろからタックルを食らわされたのは。
◆
無差別日記と契約した宗屋ヒデヨシが、ひとつ、知らなかったことがある。
それは、未来日記の予知があくまで所有者の主観を基準にしているということ。
無差別日記の説明書にはこの点が書かれていなかった。
無理もない。本家本元の所有者である天野雪輝ですら、事前に説明されていなかったのだから。
しかも、秋瀬或のような知略に優れた人物ならば、自力で気づくことでもある。
あるいは、電話でムルムルから詳しい説明を聞けば、気がついたかもしれない。
しかし焦っていたヒデヨシは、開口一番に『契約する』と叫んでしまった。
あるいは、七原秋也に対して、疑心暗鬼に囚われていなければ、そんな未来は予知されなかっただろう。
しかし、ヒデヨシは冷静さを失っていた。
だから、そこに表れた予知は、ヒデヨシの主観まみれの予知になり、その予知をヒデヨシは『真実』だと錯覚した。
[09:24]
七原が、拳銃の安全装置を外して白井を撃とうとしている。
秋也はこの時点で、黒子に銃口を向けることさえしていない。
それでも、ちょうどこの時間帯に、玄関ホールに戻ってきたヒデヨシは。
まず、七原秋也の持つ拳銃を見てしまったヒデヨシは。
七原秋也が、人を殺そうとするかのような、冷たい目つきをしているのを見たヒデヨシは。
七原秋也の正面に、白井黒子が無防備な背中を晒しているのを見たヒデヨシは。
七原秋也なら黒子を殺すと、疑っていたヒデヨシは。
その光景を、そういう風に見ることになった。
だから、無差別日記はそういう未来予知をした。
無差別日記と契約して、まず最初にその予知を見たヒデヨシは。
激怒した。
――なんで、白井みたいな立派なやつが、七原みたいなヤツに殺されなきゃならないんだ……!
「七原ぁぁぁぁぁぁっ! 撃つなぁっ!!」
白井黒子が殺されることだけは、あってはならない。
仲間を守りたい一心で、ヒデヨシは秋也の背中に体ごとタックルをお見舞いした。
「なっ……!?」
逃がしたはずの人物から、動機も不明の襲撃を受けて、秋也は数歩たたらを踏み、倒れる。
グロック29の弾丸があらぬ方向に発射され、その発砲音を聞いた黒子が驚愕した。
「七原さん、何を……宗屋さん!?」
事態をはかりかねる黒子へと、ヒデヨシはタックルの勢いもそのままに、駈け寄る。
「逃げるぞ白井! こいつらはお前を狙ってる! テレポートで逃げるんだっ!!」
そう言われても、自分がロベルトを抑えてこんでいるのに、離脱できるわけがない。
ロベルトを連れてテレポートしたのではヒデヨシと桐山七原をこの場に残すことになり、危険な状況は変わらない。
「そんな……私が逃げれば、他の三人が殺し合いになりますのよ?」
「お前を殺そうとするようなヤツなんか、どうだっていいだろ!? お前は死んじゃいけねえんだよ!!」
逃がさなければ。
はやく白井を逃がさなければ、殺されてしまう。
もはやヒデヨシの頭には、それしかなかった。
彼女の右手をむんずとつかむと、強い力でロベルトから引きはがす。
思いがけない暴力に、黒子の瞳が驚きに見開かれ。
次の瞬間、それは怒りに転じる。
「あなた、何をおっしゃってますの! さっき誰も切り捨てないと、自分でそう言ったではありませんか!!」
ヒデヨシの顔から、表情が消えた。
誰も切り捨てない。
そんなことあってはならない。
かたくなにくり返してきた己の言葉を、そのまま返されたのだ。
一瞬だけ、誰もしゃべらない、音を立てない無音が起こって。
そして、均衡は崩れさる。
いくつかの出来事が、連続して起こった。
コマ割りに仕立てるなら、まず1コマ目。
最初に動いたのは、桐山和雄だった。
機関銃を構え、前方に走り出す。
その射線が狙うのは、ロベルト・ハイドン。
すぐ動かなかったのは、どちらを先に撃つか考えていたから。
黒子に邪魔されるリスクが常にあるので、下手すれば二人目は撃てないのだ。
ヒデヨシのしたことは裏切り行為だったが、黒子との会話からまだ攻撃性はないと判断する。
ならば、戦力の脅威を考えても、優先して殺すべきはロベルト・ハイドン。
七原秋也は、黒子が射線上にいて撃てない。だから自分がと、判断して。
数秒とかからず詰め寄れる距離を、桐山は駆ける。
――2コマ目。
「おやめなさいっ!!」
しかし、白井黒子はそんな桐山に反応した。
ヒデヨシの乱入であっけにとられたとはいえ、元より桐山らは警戒していたのだ。
けれど、不測のことで混乱した頭は、体ほど素早く反応ができない。
とにかく『桐山がロベルトを撃とうとしている』ことだけは理解して、『止めなければ』と動いた。
ヒデヨシに強くつかまれているので、ロベルトの転移は計算が複雑になって不可能。
それでもしゃがみ、陶器の『破片』に触れる。
――3コマ目。
元は花瓶だった破片が転移し、機関銃MP5のバレルを深く切断する。
桐山和雄の短機関銃は、破壊された。
ここまで強硬にロベルト殺害を止めようとするのは、桐山にも予想外のことで。
誰がどう見ても、ロベルトの目の前にいる黒子が危険だったからこその予想外で。
桐山の瞳が、予想外のことで、一瞬揺れる。
――4コマ目。
そして、ロベルト・ハイドンは起き上がった。
黒子の体重がはずれたことをいいことに、元より天界力は練っていた。
能力を使わなくとも、単純に体内にある天界力を肉体の強化に使うぐらいはできる。
それを用いて、残った『破片』の拘束を引きちぎった。
起き上がり、真っ先に殺しにかかる相手は決まっている。
床にはいつくばらされるという、酷い屈辱を味わったのだ。
隙を見せるその少女を“突き”の神器で貫くべく、ロベルトは右手をのばす。
その先には、白井黒子の無防備な胴体があった。
――5コマ目。
「“百鬼夜行(ピック)”!!」
どんっ
それは、桐山和雄にとっての、当然の判断。
機関銃は壊され、攻撃の手段はなくなった。
しかし、その体はかろうじて、黒子らの元に到達していた。
己の命と、白井黒子の命が、天秤にかかる。
なれば、どちらを生かすかは決まっている。
一つ目の根拠。ここで白井黒子が死んでしまえば、ロベルトに全員が殺されるリスクが大きい。
二つ目の根拠。己のすべき役割を代替できる人材は“もう一人”いるけれど、黒子の能力の代わりを見つけるのはおそらく難しい。
だから、横合いから突き飛ばした。
だから、“百鬼夜行”の前に飛び出した。
――そして、最後のコマには、ありふれた悲劇が描かれる。
殺された人間にとっては悲劇でも何でもない。
しかし関わった人間にとっては悲劇以外の何物でもない。
細長いドリル状の突起に胴体を貫かれた桐山和雄が、そのままホールの壁に叩きつけられる光景。
ドォン、と派手な激突音が鳴り響く。
それ自体の衝撃で、桐山の体からずるりと、ドリルが抜けた。
腹に空洞を空けた桐山和雄の胴体から、内蔵がずるりとむき出しになる。
「きり……やま……?」
まさか。
七原秋也に去来したのは、その一念。
一度は、しっかりと殺した。
それでも、あそこまで“不死身”だと思わされた人間は他にいなかった。
その桐山和雄が、真っ先に殺された。
次の行動より先に、ただ信じられないという衝撃で体が止まる。
「あ……あ……」
細い悲鳴が、白井黒子の口から漏れた。
間違えた。
一瞬の判断だった。
ロベルトを死なせてはいけないと、桐山のマシンガンを壊した。
桐山は撃てなくなって、ロベルトが助かった。
そのロベルトが、桐山を殺した。
黒子がロベルトを助けたから、桐山がロベルトに殺された。
仕事中に、ミスを犯したことならある。同僚を危険に晒したことも。
それでも己の過失で、誰かを死なせた経験なんて一度もなかった。
間違えた。
間違えた……!
足から力が抜けて、膝が床につく。
「なんで……?」
しかし、そんな2人以上に、殺害者が誰よりも震撼していた。
ロベルトは、少女を殺すつもりで“百鬼夜行”を撃っていた。
しかし、その“百鬼夜行”に貫かれたのは、桐山という男だった。
その男は、迷わず躊躇わず、“百鬼夜行”に身を晒していた。
ロベルトが、『恐怖に負けて他人を排除する弱虫』だと思い込んでいた、桐山だった。
だからそれは、ロベルトにとってあり得ない光景だったのだ。
「なんで……こいつもクズのはずだったのに……」
こんな人間が、いるはずない。
自分より他人を優先できるほど、人間は強くない。
『他人をかばって命を捨てる人間』なんて、あり得ない。
「しんだ……しんだ……しなせた……?」
そして、誰よりも恐慌状態に陥った少年は、宗屋ヒデヨシ。
人を、死なせた。
みんなを、助けるはずだったのに。
無差別日記の予知があれば、ヒデヨシにも力が手に入るはずだったのに。
“誰かを大事にする為に、別の誰かを大事にしない”という考えに反逆したかったのに。
まさに自分がその、“誰かを切り捨てる”ことを実行しようとして。
その“切り捨てた”人間が、死んだ。
こんなはずじゃ、なかったのに。
「う……う゛わあああああああああああっっっっ!!!」
宗屋ヒデヨシは、逃げ出した。
眼前に展開されている『こんなはずじゃなかった』現実と向き合うことに、恐怖して。
出て来たばかりの職員用通路を、逆走して。
その逃走する光景で、七原秋也もはっと我に帰る。
そう、事態は一つも、終わってなどいない。
すぐさま白井黒子の元へ。
肩を揺さぶる。
「おい、退くぞ! 俺たちまで殺されたんじゃ、桐山が無駄死にだ!」
「は、はいっ……」
手を引いて、少しでもロベルトから遠ざけつつ、叫ぶ。
秋也と黒子、二人分の重さなら、テレポートで逃げられるはずだ、と。
あかりの存在は知られていないし、ヒデヨシは勝手に逃げたのだから、これ以上粘る理由もない、と。
しかし。
黒子は、焦点の合っていない瞳で、秋也を見上げた。
「あれ……おかしいですの? ……計算が、上手く、いきませんの」
顔つきは真剣そのものなのに、瞳だけが上の空。
秋也は思わず、黒子の頬をはたく。
それで黒子も我に帰ったけれど、それでもテレポートは働かない。
「こんな、はずじゃ……こんなはずじゃ、ないのに……」
「そうだよ、こんなはずじゃなかったんだ……」
苦虫をかみつぶしたような声に、秋也はぞっとする。
「人間は、恐怖して、化けの皮をはがされて、自分の醜さを突きつけられて、そうやって死ななきゃいけないはずなんだ」
ロベルトの大きく見開かれた両眼からは苛立ちがむき出しになり、その鬱憤の対象は秋也たちに狙い定められていた。
その右腕に、再び“鉄”の黒い砲身が発現する。
「だから、絶望して死ね――」
「――終わった」
その微かな声は、この場にいる人間の中で、最も落ちついていた。
全員の目が、死んだと思われていた男に集まる。
壁にもたれるようにして四肢を投げ出しているところは同じで、
しかしその右手には、携帯電話が画面が開いたまま握られていた。
「まだ、生きていたのか?」
ロベルトの動転した声に遅れて、秋也は気づく。
「コピー日記……」
それは、赤座あかりが別行動を取りに行った時のこと。
ぞろぞろと付いて行く犬たちを見て、秋也は提案した。
何かあれば犬たちを通じて分かるように、飼育日記をコピー日記にコピーさせておこう、と。
殺人日記は飼育日記より予知範囲が狭い上に、桐山は殺人計画に頼らずともそれなりに計画的な行動ができる。
桐山も反対する理由がなく、『犬たちのもう一人の所有者』になった。
このメンバーが離散した時に、犬たちへの連絡を通じて合流できるメリットもある。
そして。
わんわんと、小さな鳴き声のかたまりが聞こえて来た。
小さな鳴き声の集合体は、どんどんその大きさを増して接近する。
大小さまざまの猛犬が数十頭、先を争うように大ホールへとなだれ込んで来た。
「な、何だ、この犬たちは……?」
いくら不思議なことに耐性のある能力者とはいえ、この局面で『犬』が乱入するなんて想像だにしていない。
犬たちは3つのグループに別れて隊列を整え、1つは秋也と黒子の周囲に、1つは瀕死の桐山を護衛するように取り囲む。
いま1つのグループはロベルトに吠えかかり、一様に威嚇行動を取った。
「よく分からないけど……時間稼ぎのつもりなのか? だったら無駄だよ」
戸惑いながらも、ロベルトは“鉄”の砲身を犬たちの向こう側にいる秋也に向けた。
(救援はありがたいけど……それで逃げられるかっていうと厳しいぞ、桐山)
今にも飛びかかりそうな犬たちに睨まれながらも、ロベルトは秋也と黒子から視線を外さないようにしている。
いくら数が多くとも、目線では人間の方が突きぬけている以上、壁の役割を果たしていないのだ。
ロベルトの神器は、単純な破壊力にかけてはとにかく強い。
犬たちが壁になっても、その彼らごと“鉄”の一撃で吹き飛ばされてしまうだろう。
わざわざ、あかりの元から犬を呼びもどした意味がそうあるようには――
――ゴトン、と。
犬の吠え声に混じって、鉄のかたまりが、地面に落とされるような音がした。
その音源は、壁ぎわの桐山とロベルトを結んだ直線距離の間。
どこか異質な、それでいて不吉な予感を抱かせる音に、注目がそこに集まった。
ひいては、その音の先にいる桐山にも視線が向く。
そこにある光景を見て、『ああ』と秋也は納得した。
桐山を囲んでいた犬たちが、ディパックの肩紐を噛みちぎって、その中身をぶちまけていた。
散らばった煙幕弾やら食料やらの中から、犬たちが運んできて、ゴトンと落としたのは、その中でもひときわ大きな支給品。
「……爆弾!?」
困惑していたロベルトの声に、初めて焦りが加わる。
兵器の知識がないロベルトにも、見ただけで脅威を感じさせる、鉄の装甲に包まれた重量感。
それの名前は、クレイモア地雷。
加害半径100メートルを誇る、最強の対人地雷。
天界人であろうとも関係ない。一瞬で放出される約700個の鉄球は、爆発と共に全方向に破壊を撒き散らし、かすっただけで人体を欠損させる破壊力を持っている。
(犬たちで取り囲んだのは、目くらましってわけか)
秋也は嘆息して桐山を見やる。
その男と、目があった。
唇が、動いた。
――七原、あとは任せた。
確かに、そう読みとれた。
秋也に見えたのは、そこまでだった。
視界が、黒くて毛むくじゃらのモノで一瞬にして閉ざされ、倒される。
秋也たちを守るように立っていた犬たちが、2人の体を押し倒し、すきまなく庇うように覆いかぶさった
「やめろっ……!」
おそらく起爆スイッチを押そうとした犬を、ロベルトが制止する声が聞こえた。
無論、手遅れ。
既に攻撃用の“鉄”を出しているロベルトには、それを引っ込めて盾の神器を出す時間が間に合わない。
『ピッ』と、小さな電子音が鳴りわたる。
爆音と、全てを切り裂く破壊の音が、高級ホテルの一階ホールを裂いた。
◆
数秒のことだったかもしれないし、十分ぐらい経過していたかもしれない。
とにかく、秋也は意識を取り戻した。
血でべとべとに汚れた犬たちの亡きがらを押しのけ、隣で倒れていた少女を揺さぶる。
「白井……おい、白井!」
少女はまぶたを閉ざしたまま。
しかし、呼吸はしている。気を失っただけで、生きている。
桐山の自爆に付き合った数十頭の犬たちの死骸で、そこは誰が見ても地獄の惨状を晒していた。
自動ドアや大きなガラス窓はことごとく吹き飛ばされ、朝の風が吹きこんでいる。
高そうだった壁にかけられた絵画やカーテンなどの装飾品、階段の手すりなどは鉄球に破壊され、床は亡きがらとがれきの山になっている。
その下にロベルトもいるのだろうが、ざっと見た限りでは見つけられなかった。
クレイモア地雷は、爆発の威力はそこまで大きくない。あくまで鉄球の破片による無差別殺傷を目的とした兵器だ。
だから秋也と黒子をかばった犬たちは体の各所を吹き飛ばされて即死し、桐山の遺体は『顔のない死体』と化している。
その姿に胸を痛ませつつ、秋也は黒子を背におぶった。
「これで、やったのか……やったんだよな……?」
「いや、まだ終わってないよ」
背筋をぞくりとさせる声が、絶望を再来させた。
床に落ちたタペストリーをめくりあげ、不気味な微笑をたたえた金髪の少年がゆっくりと立ち上がる。
手や顔に軽いやけどがあるぐらいで、これといった外傷は、ない。
ほぼ無傷。
「なんでだよ……」
震え声に応えるように、ロベルトのセーターから、音を立てて鉄球がこぼれ落ちた。
傷ひとつない衣服から、直撃したはずの鉄球が転がり落ちる。それはあり得ない事。つまり……
「服に、能力を使ったのか?」
「そうだよ。“絶対に破けない理想的な衣服”。頭部は袖でかばって守った」
もっとも、衝撃や爆風までは防げなかったけどね、と、軽いやけどを負った手のひらをかざして見せた。
複数の神器を同時に出すことはできなくとも、“神器”と“能力”を同時に使うことはできる。
衣服の理想を、“絶対に破けない”と定義することで、鉄球を通さない盾として機能させたということか。
それでも、衝撃は防げなかったから意識を失った。
あとは、秋也たちとどちらが先に目覚めるかの問題で――目覚めたのは、ほぼ同時。
ならば、桐山は、無駄死にだった――?
秋也が頭部のない死体を見ると、ロベルトもそちらを見て、どこか悔しげな顔をした。
「まただ。あの男は、死にかけの体で自爆攻撃をした……もちろん、それが無くても死んでた傷だったけど。
でも、最後まで仲間をかばうことを考えていた」
しかし、その感傷を振り切るように「でも彼は僕を止められなかった」と言い放つ。
「彼が人間の中で特殊だったのか、よく分からない」
ざり、とロベルトが、がれきの床で一歩を進める。
秋也も、その威圧感に飲まれて一歩を後退する。
「でも、だからって止まれるほど、僕の憎しみは生やさしくないんだ」
ちくしょう。
こうなったら、最後まで抵抗を貫いてやるかと秋也は片手でグロックを構え――。
たたたたたたたたたたっと軽快な疾走の音が、秋也の耳に届いた。
まるで、よく時間を稼いだなと、ほめたたえるように。
宗屋ヒデヨシの逃げた廊下から、新たなる人物の人影が飛び出した。
その人物は、ホールに姿を現すと大きく跳躍する。
それは、鉄のバネを踏み台にして、大きくジャンプする白い浴衣姿。
秋也は、その姿に見覚えがあった。
その男は、殺し合いに乗ったはずの人物だった。
でも、なぜだろう。
秋也はその男から、敵意を感じ取ることができなかった。
男は跳躍した状態のまま、鉄の刃物でロベルト・ハイドンに斬りかかった。
それを身軽に回避するロベルトを横目にみて、着地。
そして、大きな声で言い放つ。
「“元”ロベルト十団の佐野清一郎! 今この時をもって十団から抜けさせてもらうで!!」
その浴衣の帯には、どこから調達したのか手ぬぐいが何本も装備されていた。
「あんた、どうして?」
秋也の『敵でないことは分かった』という主旨の言葉に、佐野清一郎は、背中を向けたまま頷く。
そして答えた。
「赤座あかりに、頼まれた」
ててて、とマスクをかぶった犬が一匹、佐野の後を追いかけて走り寄ってきた。
どうしてだか、桐山が自爆をした時に駈けつけなかったらしいその生き残りは、佐野の傍に寄り添ってはたはたとしっぽを振った。
◆
予知どおり、赤座あかりは、たくさんの犬たちを引き連れて、広い地下駐車場に逃げて来た。
右腕に、猫のようなイタチのような、奇妙な動物を乗せていた。
もっと遠くに逃げた方がいいかなとか、犬たちが目立つからここに隠れていようとか、そんな相談をしている。
しかし、ほどなく犬たちが佐野の臭いを嗅ぎつけて唸り声を上げた。
「どうしたの? アカちゃんたち」
数十匹の犬が一斉に威嚇の唸り声を上げる様は、殺人日記であらかじめ予知していた佐野にも、ぞっとさせるものがあった。
犬たちの三分の一ほどが、佐野めがけて突進する。
「佐野っ……!」
猫のような生き物が声を上げたが、無視して群れの対処に集中。
最初に飛びかかって来た数匹を、鉄ブーメランを投げて牽制。
犬たちが驚いて後ろに下がったところで、佐野は前進した。
後退の遅れた一匹へと、素早く手を伸ばして喉元を捕らえ、もう一枚の手ぬぐいを鉄に変える。
一匹だけに狙いを絞れば、捕まえることはたやすかった。
「動くな!」
左手で犬の首元を締めあげると、右手に持った鉄のブレードをその首筋にあてがった。
ドラマでもよく見かける、『人質』を取ったというポーズ。
ただし、捕まえているのは人ではなく犬だった。
ここで、『殺人日記』に予知されていた通りの脅迫を口にする。
「この……ワン公の命が欲しかったら、下手な真似はするなよ。他の犬たちをさがらせろ」
白状しよう。
口にしていてすごく恥ずかしい脅迫だった。
というか、予知に従いながらも、半信半疑ですらある。
どこの世界に、犬の命惜しさに、殺人者の前で武装解除をする人間がいるのか。
「わ、分かりました。言う通りにするから、わんわんにひどいことしないでください!」
……………………いた。
いやがった。
涙声で、犬たちにさがるよう指示している。
犬たちの包囲網がぞろぞろと後退して、駐車場に輪をつくった。
まさかこんな手段で、数十頭の猛犬を無効化できるとは思わなかった。
「何やってんだ佐野! 頭でも打ったのかっ!!」
猫のような生き物が吠えた。
知り合いであるかのような態度が気になったけれど、無視する。
予知通りに行動すれば、赤座あかりを殺すことはできるのだ。
それはつまり、こいつの言うことに耳を傾けてはいけないということである。
「よし、犬はさがらせたな。ほな、俺の要求はひとつや。その、アンタが持ってる『飼育日記』を……壊せ」
「おいこら佐野! 話を聞けよ!! あかり、こいつなんかの言うことを聞くな!」
「えっ……? なんで飼育日記のことを知ってるんですか?」
喚き立てる生き物と、携帯電話を握りしめる赤座あかり。
これが、確実な殺害方法。
未来日記を壊せば所有者の命は失われるし、赤座あかりが率いている犬も無力化できる。
「そんなことはどうでもええんや。とにかく、アンタはその携帯を壊したらええ。
それで上の階にいる連中も見逃したるわ」
後半はハッタリである。元より、危ない橋を渡るつもりはない。
(ん……?)
怒鳴り続ける動物と、自殺を命じられて茫然とする少女の後ろ。
退がらせた犬たちが一様に身を翻し、少女に命令されたわけでもないのにどこかに走り出していた。
殺人日記の予知には書かれていなかったことだ。
きっと殺人計画には関係のないことなのだろうと、佐野は意識を戻す。
「この日記を壊すと、あかりが死んじゃうんですけど……」
「せやから、壊せってゆうとるやろ。オレは殺し合いに乗ってるんやで?」
要領を得ない会話に苛立ちながらも、その表情は本気で人質(犬質?)のことを心配している風だ。
あと一押しで殺せると、佐野は確信する。
その時、猫もどきがひときわ大きな声を張り上げた。
「こんなことして、犬丸が泣くぞっ! お前の友達だったんだろ!?」
聞き流すはずだった。
しかし、それが当の犬丸のこととなれば、話は別だ。
「別に、憎んでくれて構わん。最後の一人になれば、アイツを助けてやれるんやから」
初めて、聞き流せずに問いかけに答えた。
心のやわらかい部分、押し殺していた部分が、ずきりと痛む。
痛みにつられて、言うはずのなかった本音まで混じった。
「えっ……!」
「はぁ!? だからって植木たちまで殺すつもりなのかよっ!」
「えっ」と驚きの声をあげたのは、動物ではなく赤座あかりの方だった。
表情から、怯えがかき消える。
そこにはただ、純粋な驚きが宿っている。
何を呆けたような顔をしているのか。
聞こうとした時、上の階から、建物全体が揺れるような轟音が轟いた。
続いて、無数のガラスが割れるような音。
「な、何なのかな。今、すごい音がしたよ!?」
「上の階で戦ってる連中の音とちゃうんか?」
日記に予知されていなかった以上、この音は計画とは無関係なのだろう。
しかし、赤座あかりは食い下がった。
しごく真剣な顔で、問いかける。
「佐野さん、さっき、上の人たちを見逃すとか言ってたよね。
それって、佐野さんはすごく強いってことなんですよね!」
今さらハッタリですとも言えない。
それにしても、どういうことだろう。
ついさっきまで、戦いの『た』の字も知らない少女らしく、本当に怖がっていたはずなのに。
「ああ、まぁな……そこそこ強い方やとは思うで」
そして、今度こそ計画外の事態が起こる。
赤座あかりは、深々とお辞儀をした。
「だったら……お願いします! 黒子ちゃんたちを助けてくださいっ!」
「ハァ……!?」
その姿勢正しいお辞儀を見て、佐野はようやく、選択肢を間違えたのだと気づく。
おそらくそれは、つい本音を言ってしまった瞬間に。
◆
怖いのが本音である。
自分を殺そうとする人が目の前にいるなんて、真夜中にホラー映画を見るより、ずっとずっと怖い。
それに、赤座あかりは無類の犬好きでもあった。
だから、犬が傷付けられるなんて耐えられない。犬を傷つける人なんて怖い。
けれどこの人は、言った。
友達を助けてやれる、と。
友達、というとても身近な言葉が、あかりの耳朶をうった。
友達。
その言葉がすっとんと胸に落ちて、佐野という男を見る目が変わる。
事情はよく分からない。
けれど、この人は最後の一人になることで、友達を助けようとしている、らしい。
そこまでして助けたいというのは、きっと本当にせっぱ詰まっている事情があって。
それ以外の方法で、友達を助ける方法が思いつかなかったのだろう。
人を殺さなければ、友達が死んでしまう。
友達が、死んでしまうかもしれない。
それは、こんな状況だからこそ、あかりにも共感できる言葉であって。
目の前の男が、『殺人鬼』から『友達の為に人を殺さなきゃいけない人』に変わった。
ニュースに出てくるような、理解不能の殺人鬼ではないのだ。
怖いひとごろしだと思いこんでいた自分を恥じた。
この人は、あかりよりずっと困ったことになってるはずなのに。
なのに、あかりは死にたくないから、この人にあげられるものが何もない。
そう、死にたくはない。たとえあかりの命が、この人の友達のために必要なのだとしても。
あかりにも会いたい友達がいるから、死ぬことはできない。
あかりは皆のことが大好きだから、死にたくない。
すると、上の階からすごい音がした。
それは、皆が危ない目に遭っているんじゃないかと思わせるのに十分なもので。
ヒデヨシくんは生きて帰ると言ったけど、やっぱり大丈夫かなと不安になって。
そして、思いついた。
あかりには何もあげられなくても、皆なら何か方法を考えてくれるかもしれない。
皆はこの人を、もしかしたら助けられるかもしれなくて。
それにこの人なら、危ないところにいる皆を助けてあげられるかもしれない。
だったら、あかりがどうするかなんて決まっている。
自分を殺そうとしてくる人に助けを求めるなんて、やっぱり怖いけど。
でも、あかりは戦うことができない。
だからこそ、『戦う以外の仕事』から逃げちゃいけないんだと決意を固めた。
届けましょう。
この人にも、あかりだけのメッセージ。
最終更新:2021年09月09日 19:01