しあわせギフト(後編) ◆j1I31zelYA
◆
「何言ってんだよあかり!? こいつはお前を殺そうとしてる男なんだぞ!」
「うぅ……やっぱり無理かなぁ」
仲間の動物にさえ突っ込みを受けるあかりに、佐野も努めて冷淡な声で答えた。
「当たり前や。だいいち、オレはこのゲームの優勝を考えとるんやぞ。
他のヤツらは全員敵やないか。助けるはずが――」
――ぶっ倒れるまで、植木の盾にでもなったるか。
助けたことが、あった。過去に、植木耕助と出会った時に。
いやいや、あの時はまだ、ロベルト十団に入っていなかったからだって。
胸中にデジャブした、清々しい思い出を押し殺した。
「敵じゃありません! 桐山さんも、七原さんも、ヒデヨシくんも、黒子ちゃんも、殺し合いを止めたいって言ってくれました。
だから、佐野さんのお友達のことだって、話したら力になってくれるはずです」
「事情を何も知らんくせにいい加減なこと言うな! だいいち、優勝さえすれば助けられるって分かってるのに、何を迷うことがあるねん。
正しいことして友達を守れんぐらいやったら、正義感なんて意味ないやろ!」
そうだ。親友の命ひとつも守れない正義に、意味なんてない。
だから、ロベルト十団に入った。
だから、十団の命令に従って、他の能力者を潰した。
だから、殺し合いに乗ることだってできると思った。
だから、桐山とも、木刀の男とも、殺すつもりで戦った。
「それ、違うと思う」
しかし、赤座あかりは、しっかりとした声で否定した。
「何が違うねん?」
「えっとね……黒子ちゃんは、あかりが襲われたら駈けつけて、戦ってくれるって言ったんです。
そんな黒子ちゃんはかっこよかったし、あかりもそれが『正しい』と思います。
でも、それが正しいことでも、あかりには同じことなんてできなくて……うー、何て説明したらいいんだろう」
相当に緊張しているのか、顔を紅潮させて言葉をつまらせる。
こんな不毛な会話をしていないで、さっさと殺してしまえばいい。
そんな悪魔のささやきが聞こえたけれど、『違う』という否定には、しっかりとした根拠を以て発言されたような確信があった。
「そう! あかりは、人を傷つけるのがダメなんです。
誰かを守る為には戦わなきゃいけないのも分かってるし、それが『正しい』んだって思うけど。
それができる黒子ちゃんも、カッコいいって思うけど!
殴るのも、蹴るのも、血を流させるのも、相手が痛いだろうなって思うと、できないから。
だから、あかりは『正しい』とか考えてるわけじゃなくて、嫌だからできないんです! そういうキャラなんです。
正しいかどうかと、やりたいかどうかは別なんです。
でも、こういう時って、頭で考えるんじゃなくて心で決めるんじゃないですか?
佐野さんは、人殺しがやりたいんですか? やりたくないですよね!」
それはお人好しの言い分だ。そう言い返そうとした。
何人もの能力者と出会って来た佐野は、喜んで人を殺したがる人間がいることを知っている。
世の中には悪い人間なんていくらでもいる。そう言って否定するのは簡単だった。
「やりたいかって聞かれたら……」
しかし。
それは心から納得して決めたことなのかと問われたら、言い返せなかった。
――ホンマ……損な性分やで。
――僕も同じ性分なんですよ。死ぬかもしれない人を目の前にして、見すごすことなんてできない。
佐野は別に、それが正しいことだからと考えて、人助けをしていたわけじゃなかった。
ただ、助けられないのが嫌だったからだ。
そして、親友もそんな自分と同類だと分かったから、神候補という立場だけでなく、友人としての関係を持つことができた。
人が死んでいくのに、何もできないのが、本当に嫌だったから。
ああ、そうだ。
佐野は、人を殺すのなんて『嫌』だ。
その『嫌』だという感情を無視してしまうために。
『正義で親友の命は救えないから、捨てればいい』というもっともらしい理屈をつけたに過ぎない。
正義など捨てると考えながら、その思想は理屈による正当化。
だから、桐山和雄も、木刀の男も、殺そうと思うことができた。
自分の正義にこだわって、大切な親友を失う方が『間違っている』のだと言い聞かせていたから。
ロベルト十団に入った時も捨てられたのだから、できるはずだと。
負けても相手を殺す必要のない能力者バトルと、『殺し合い』では、『嫌だ』のレベルが違いすぎるというのに。
何も言い返せない佐野を、渋っていると解釈したのか。
あかりは、自らの携帯電話を佐野に差し出してきた。
「これ、持って行ってください」
「お前……何で、それをオレに?」
「これで話せば、わんわんたちにも手伝ってもらえるから。
危ない場所に行ってくださいってお願いしてるのに、あかりだけ逃げてるなんて悪いと思って……。
本当は、わんわんたちにも危ない目にあってほしくないけど。
あかりが力になれることってこれぐらいしかないし……って、わんわんがいない!?
どこ行っちゃったの~?」
とろそうな仕草で、あたふたと犬たちを目で探している。
しかし佐野の目には、携帯を持った手が小さく震えていたのが見えた。
「それを渡す意味が分かってるんか? オレがそいつ壊したら、お前は死ぬんやぞ」
「はっ、はい。さっき壊せって言われたし。
でも、これを持ってれば、あかりの命を握ってるってことですよね。
だったらひとまずそれで、あかりを殺したのと同じってことに、しちゃダメですか?
ぜんぜん足りないかもしれないけど、これしかあげられるものが無いんです」
この期におよんで『あげる』と言う。
自分を殺そうとしている佐野に対して、それでも『できることをしてあげたい』という気持ちで接している。
あくまで、いい子だった。
「なんで、そこまでできるねん……」
「だって、あかりも友達に会いたいから。
だから、死にたくないから、何もしないままではいられないんです」
佐野にとって犬丸が親友であるように、誰だって失いたくない友達がいる。
そんな、誰かの『大事なひと』を何十人と奪って、たくさんの悲劇を生みだして。
そうまでして親友を救ったとして、それで自分は満足なのか。
友達を失って悲しむ人が、たくさん生まれる。
佐野は、やりたくもない殺人でその手を汚し、心を殺す。
そうまでして助けたとして、親友は絶対に喜ばない。
それで、いったい誰が幸せになれる――!
「だあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
抱えていた犬を、投げるように手放す。
ガリガリガリと頭をかきむしり、腹の底から絶叫を上げた。
猫のような動物と、赤座あかりとがただ仰天する。
「もう、やめややめ! 俺の負けや。俺にはあんたを殺すことはできん。傷つけるんも、無理そうや」
飼育日記を持つ赤座あかりののばした手を、ぐいと突き返した。
「それって……」
意味を理解するにつれて、あかりの瞳に、喜びが宿り始める。
「あんたの案に乗ろうやないか。
どうせアイツを助けるなら、優勝して助けるよりか、『神の力』とやらをぶん取って助ける方が胸がすくっちゅうもんや」
まったく、馬鹿な選択である。
こんなに簡単に心変わりするなら、何の為に殺し合いに乗ると決めたのか。
それでも、きっと後悔はしないだろうという感触は確かにあった。
「この、バカ佐野っ! 目を覚ますのが遅ぇよ!! 一瞬ひやっとしたじゃねーかこの野郎!」
テンコが佐野にしがみついて、短い前足でその肩をばしばしと叩いた。
「よ、良かったぁ~……本当に死んじゃうかと、思っちゃった……」
あかりは、花がさいたような笑顔を見せた。
その笑顔だけで、『ああ、この選択は間違ってなかったんや』と、信じることができた。
「うし、ほな、ちゃっちゃとその黒子って子らを助けに行ってくるか。
……って、ちょっと待った。一応聞くけど、手ぬぐいとか持ってないか? オレにとっては武器になるんや」
「手ぬぐい? それならあかり、いっぱい持ってます!」
「ほんまか!」
はい、とあかりのディパックから取り出されたのは、手ぬぐいが大量につまった箱。
「よっしゃ! これさえありゃ、百人り――」
ころころと、黒い煙幕弾が足元に転がって来た。
ドンッ、と派手な爆発音が地下に響き、あかりと、佐野テンコの二者を大量のスモークが分断した。
急に視界を真っ白にされたあかりは、よろけて後方に尻もちをつく。
刑事ドラマでしか見たことがない目くらましに、何が起こってるんだろうと、見えない目で左右を見回した。
「なんや、あかり、どこに行った!?」と叫ぶ佐野に返事をしようとした時、聞き覚えのある声が、より近くで聞こえた。
「赤座、助けに来たぞ! こっちだ!」
「ヒデヨシくん? ヒデヨシくんいるの?」
どうしてヒデヨシが戻ってきたのだろうか。
疑問はわいたが、とにかく一番近い位置にいるのだからと、あかりはその方角に手探りで歩いた。
前進した体が、どんと自動車の窓ガラスにぶつかる。
声が聞こえた方向に、ヒデヨシはいなかった。
まるで誘導されたように、行き止まりがあった。
何かを蹴飛ばすような音が聞こえて、足元にいたわんわんが「ぎゃん!」と悲鳴をあげた。
遠くに蹴り飛ばされてしまったように、わんわんの影が見えなくなった。
直後に、ぐいと乱暴に肩をつかまれる。
誰なの、と理解する間もなく、体がぐるりと反転する。
とても強い力で捕まえられた左肩を起点にして、あかりは車体に背中を押しつけられていた。
「きゃ――!」
◆
逆走の果てに、宗屋ヒデヨシは職員用トイレに逃げ込んでいた。
皆を、助けたかった。
でも、桐山は死なせてしまった。
違う、殺したのだ。
あの時のヒデヨシは、別に桐山なんて死んでも構わないと、そう思っていたのだから。
皆を助けるなんて無理なのだと、自分で証明してしまった。
取り返しのつかないことを、してしまった。
こんなはずじゃなかった。
皆を助けたくて、誰かを切り捨てなくては終わらないという主張を否定したくて、その為に無差別日記と契約したはずだったのに。
お前はうそつきだ、人殺しだと、聞こえない声がヒデヨシを責め立てた。
それは、七原の声だったし、植木の声で聞こえたことも、佐野の声だったこともあった。
(だって、飛び出すしかなかったじゃないか! 七原は白井を撃とうとしたんだぞ! 危険だったんだぞ!)
『危険なヤツだったら殺していいのか。それなら七原が言ってたことと同じだな』
(違う! 俺は本当に、みんな助けたかったんだ! こんな結果望んじゃいなかったんだっ!)
『お前は白井にもそう弁解するつもりなのか? 白井はお前を軽蔑の目で見ていたぞ。植木たちだって、お前には失望するはずだ』
(じゃあどうしろって言うんだよ! もうやり直せないのか! 取り返しはつかないのか! あんなに簡単に人が死んでいいものなのか!?)
『だからそうなんだよ。認めてしまえよ。お前はいない方が良かったんだよ』
自分は間違っていたのかと考えれば、間違っていたようにしか思えない。
ならば、皆を救おうという考えは間違っていたのか。
要らないと見なした誰かを殺し続けて生き伸びるのが正解なのか。
だとしたら、取り返しのつかない間違いをした自分は、もはや既に切り捨てられる対象なのか。
答えがほしくて。
どうしたらいいのかを、教えてほしくて。
ヒデヨシは、無差別日記の画面を開いた。
しかし、そこには何も書かれておらず、ヒデヨシを救うことはあり得ない。
この道具があれば救えたはずなのに、どうして何も役立ってくれなかったのか。
我慢できなくなって、ヒデヨシは再び同じ番号に電話をかけた。
契約をした時と同じ電話の主、ムルムルという少女が応答に出る。
『またおぬしか。何か分からんところでもあったのか?』
「おいっ、この日記おかしいぞ。ちっとも未来が読めないじゃないか」
『そりゃ、無差別日記は自分の周囲を予知する日記じゃからの。何も起こらん場所におれば、予知が来るはずなかろう』
「どうしてだよ!? 未来日記を見ればどうしたらいいか分かるはずだろ! 皆を助けられるはずだろっ……!」
『そんなことは一言も説明しておらんよ』
「なんでだよ。じゃあ佐天の時も助けられなかったっていうのかよ。それじゃ七原の言ってることと同じじゃねえか、オレは誰も助けられなくて、ならオレはいない方がいいのかよ、今まで、皆助けるぞって、植木の言った通りにやってきて間違いはなかったんだぞ上手くやれてたんだぞ、仲間で力を合わせればできないことなんかないだろ、仲間ってのはあんな利用し合うようなもんじゃないだろもっと楽しいもんだろあんな連中の言うことなんて――」
はっ、と。
受話器の向こうで、呆れたような、それでいておかしがるような溜息が聞こえて来た。
『あー、宗屋ヒデヨシよ。人助けがお前の願いだというなら、もっと上手い叶え方があるんじゃないかの?』
ムルムルの声の調子が、変わった。
「…………どういうことだよ」
『最初の会場で説明したではないか。優勝者には、神にも匹敵する力が手に入るのじゃよ』
ほそぼそと、通話器の向こうで、小声の相談が聞こえる。
『これって、ここで言っても良かったかの』とか、『佐野清一郎にも最初に言ったことだしいいんじゃないのか』とか。
そしてムルムルは、ヒデヨシに教えてくれた。
全てをやり直せばいいではないか、と。
※
死にたくなければ殺し合え。最後の一人しか脱出することはできない。
こんな命令をされた後に、『ただし優勝者は、死んだ人間を生き返らせることができる』と言わたら。
人はどんな反応をするだろうか。
普通なら、よほど事態を呑みこめない馬鹿でもなければ、胡散臭さを抱くだろう。
死んだ人間が生き返るという荒唐無稽な宣告もさることながら、前提条件がおかしいのだ。
最後の一人しか帰れないぞ、などと言いながら、全員を生き返らせるとうそぶいているのだから。
しかし『神様決定バトルロワイアル』に参加経験のある、宗屋ヒデヨシにとってはそうではない。
能力者のバトルは、『次の神さまを決める』という目的がはっきりしていた。
『99人が脱落する』ことはあくまで優勝者を決めるための手段でしかなかった。
ひとたび神様と『空白の才』の獲得者が決まってしまえば、参加者はそれ以上
ルールに縛られない。
『空白の才』を人類の為に使おうが、悪用して人類を滅ぼそうが、優勝者の自由だった。
七原秋也のように、優勝者をのぞいて全員を死なせる目的の殺し合いとして、ルールを押し付けられたわけではなかった。
だから、この殺し合いだって『空白の才』のように『優勝賞品を誰かに与える為の催し』なのだと先入観を持つ。
ひとたび『神の力』の担い手が決まってしまえば、その力を使って何をしようとそいつの自由だろう、と。
だから、主催者の話だって疑わない。
イベントを開催する側なのだから、自分たちで決めたルールは、守ってくれるはずだと。
※
「それ、ぶっちゃけ本当なのかよ……」
『能力者のバトルロワイアルに参加したお主なら分かるのではないか? 優勝賞品は確実に保証される。でなければ、皆が奮起して戦うことなどできんじゃろ』
“こんなはずじゃなかった”という袋小路で最後に求めたのは、ご都合主義に満ち溢れたしあわせな奇跡。
『宗屋ヒデヨシ、お前が優勝すればいい。お前が全てを殺し、お前が全てを救え』
“すべてを0(チャラ)にする”という、思考の放棄だった。
◆
「きゃ――!」
その悲鳴に、佐野清一郎は、“取り返しのつかないことが起こった”という虫のしらせを味わった。
「……おい、あかりっ! どないした! そっちにおるんか…!?」
「ヒデヨシか!? お前、そこにいるのか…!」
とにかく悲鳴の方に駆けより、そこで、どん、と誰かにぶつかる。
制限された視界のなかで、タンクトップを着た人影だと判別できた。
(こいつが犯人か――!?)
どうして“犯人”なんて言葉が無意識に出てきたのか、ともかくこの事態はこいつのせいだと直感して、捕まえようと腕をのばす。
しかし、そいつはまるで“佐野とぶつかることをあらかじめ予知していた”かのような動きで、ひらりと腕をかわした。
佐野の腕は空ぶりして泳ぎ、しかしほどなくして、その腕に何かあたたかいものが触れる。
どさり、と。
赤座あかりの小さな体が、佐野の腕に、くず折れるように倒れ込んできた。
温かい体温と、“ぬるりとした感触”とが、佐野の手のひらに触れる。
「あかり!? おい、何かされたんか!? あか――」
赤かった。
その左胸のやや下に、高級レストランの厨房で使うような、大きい包丁が生えていた。
その生え際から、じわりじわりと、赤い液体が着ぐるみパジャマを染めている。
「おいっ――」
何を叫ぼうとしたのだろうか。
大丈夫か、しっかりしろ。
大丈夫だ、いま助けるから。
大丈夫だよな、冗談だよな。
とにかく、大丈夫と叫びたかったはずだ。
そうであって、ほしかった。
急いで包丁を抜いてやろうとして。
しかし、これを抜けば、それこそ大出血が起こるのではないかと気づいてしまう。
目の前に、絶望が見える。
言葉にならない佐野を代弁するように。
テンコの絶叫が、地下駐車場に轟く。
「なんでだよっ……!! さっきのヒデヨシそっくりなヤツは!?
ヒデヨシの姿を騙った誰かなんだよな!? そうじゃなきゃおかしいだろ!
どうして、あかりがっ――」
どうして。
なんでだ。
その答えとなるのは、タンクトップを着た“ヒデヨシ”に決まっている。
なんでだ。
仲間だったはずだろう。
なんでだ。
今からお前を、カッコよく助けに行くはずだったのに。
なんでだ。
赤座あかりは、お前を心配していたんだぞ。
「あの……クソッたれっ……!!」
人を殺したいと、思った。
殺さなければではなく、殺したいと。
駐車場の出口方向を見据え、追いかけようとして。
くい、と。
弱弱しい、けれど確かな力が、浴衣の袂をつかんでいた。
なぜ止める。あいつがお前をこんな目に。
怒りのままにそう叫ぼうとして、けれど、その力があまりにも弱かったから。
その弱さが怖くなって。
この命が消えていく命なのだと理解する。
理解、してしまう。
薄く目をあけて、赤座あかりはおっくうそうに言葉を発した。
「さの、さ……みんな、を……」
苦しそうに、ゆっくりと口を動かして。
「いって……なにか、あったの、かも……うえの、かい……」
恨みごとを、何も言わず。
ただ、刺される前と、変わらない言葉を口にする。
許せなかった。
同行者のことを心配していた少女が、その同行者に殺されることが、許せなかった。
いきなり裏切って、善良な仲間を殺した、ヒデヨシという男が許せなかった。
道を正してくれた少女の命が、あっけなく奪われることが許せなかった。
しかし。
誰よりも、さっきまで『これ』と同じことを実行するつもりになっていた、自分自身が殺したいほど許せなかった。
「テンコ……あかりのこと、頼む」
だから佐野は、あかりの願いを叶えないわけにはいかない。
怒りのままに動きたいけれど。
少女を殺した男に、同じ痛みを味あわせてやりたいけれど。
助けに行かなければ。
あかりを、安心させなければ。
そうしなければ、もう二度と、自分を許せそうにない。
「大丈夫、大丈夫や……オレが何とかしたる……みんな助けたるから、安心せえ……!」
涙声で宣言すると、赤座あかりは、花が咲くように笑ったのだった。
◆
「赤座あかりから頼まれたんや。とにかく、今は何も聞かんと逃げてくれ」
絞り出すような声で、佐野は言った。
「分かった。でもひとつだけ聞かせてくれ。赤座さんの安否は?」
少女をおぶさった同い年くらいの少年は、そう問い返してくる。
その言葉には、確かにあかりという少女を心配している響きがあった。
少なくとも、この男はちゃんとあかりの『仲間』だったのだと安心する。
『無事だから逃げてくれ』。
そんな逃がす為だけの残酷な嘘をつけるほど、佐野は腹芸が得意ではない。
それが表情に出たらしく、あかりから『七原さん』と呼ばれていた男は歯噛みした。
それでも七原は、「ありがとう」と言って黒子を背負う。
割れた窓ガラスをくぐって、身を隠しやすい山麓の方角へと走り出した。
一目散に駆けていく姿に、ふう、と息を吐く。
良かったな、赤座あかり。アンタの仲間は助かったで。
俺がここに来たおかげで助かったんやから、アンタが仲間を助けたと言えるんやないか?
もっとも――。
「佐野君も、そうやって人をかばうんだね……」
――もっとも、俺の方は助からんかもしれんけどな。
ロベルトの腕から、一撃必殺の威力はありそうな大砲が生えているのを見て、そう本音を漏らした。
まったく。
損な性分をしているものだ。
ロベルトは、佐野の行動を観察する。
天界人には、高速移動の神器である“電光石火(ライカ)”も、飛翔の神器である“花鳥風月”(セイクー)もある。
佐野をスルーして逃げた2人を仕留めることは容易いと思われたが。
「追いかけたかったら、その前に俺と付き合ってもらうで。
それができんなら、ロベルト十団のボスは団員の一人にも逃げるような小物っちゅうことやろ?」
安い挑発を口にする、佐野清一郎が癇にさわった。
十団のメンバーとして、ロベルトの能力は知らなくとも実力差は充分に理解しているだろうに、それでも恐れる様子を見せない。
その不可思議さが気になった。
けれど、それも何かの気まぐれだろうと割り切る。
人間の正義面が仮面でしかないことは、ロベルトが誰よりもよく分かっているのだから。
佐野は、携帯電話を取り出して、『殺人日記』を確認した。
そこには、真っ白な画面があった。何の予知も表れていない。
それは、佐野が殺人の意思を失ったから機能を果たさなくなったのか。あるいは、佐野ではどう足掻いてもロベルトを殺すまで追い詰めることができないという意味なのか。
たぶん後者ではないかと思えてくる。
自分の『能力』だけが頼みの綱というわけかと腹をくくり、戦略を練ろうとした。
(いや、待てよ……)
しかし、気付く。
殺人日記には、『DEAD END』の予知が、表示されていない。
ムルムルによれば、どんな未来日記でも、これだけは共通して表示されるはずなのに。
それはつまり、佐野の死亡を未だ確定させない、『何か』があるということなのか。
一陣の風が、先触れのように玄関ホールに吹き込んだ。
七原が逃げたのとは別方向、ホテルの入り口から、新たな役者が惨劇跡地の舞台にあがる。
◆
ガラスが割れて枠だけになった自動ドアが、音をたてて開く。
全面のサッシは壊れているのに、律儀に正面玄関からその男は姿を現した。
佐野とロベルト、双方の視線にとまるや、男は持っていた『木刀』を、出陣の合図のように掲げる。
「双方とも、聞けぇぇぇぇぇぇぇい!!」
高らかな大音声(“だいおんせい”ではなく“だいおんじょう”とルビを振るべきだろう)が、半壊したホテル一階に反響した。
続けてその声量をそのままに、男は朗々と名乗りを上げる。
「我こそは、立海大附属中学三年テニス部副部長、真田弦一郎!
殺し合いという戯けた遊戯に加担する不届き者を誅罰すべく、この戦場(いくさば)に馳せ参じた!
双方とも、武器をおさめて事のあらましを告げろ!
それが出来んようなら、先に仕掛けた方を下手人と見なすがよいか!!」
――お前はいつの時代の人間なんだ(や)。
佐野とロベルトの心が、初めてひとつになった。
あっけにとられること数秒、我に帰った佐野は、そこでようやく思い出す。
「……って、アンタ、人さまの家で死体隠してた男やんけ! なんで乗ってたはずのアンタが、正義の味方みたいに出てくるんや!」
「なっ……! 貴様こそ、殺し合いに乗っていた男ではないか! あの監禁場所からどうやって脱走をはかった!」
「あの時は乗ってたけど今は乗ってないわい。だいたい“チュウバツ”とか中学生には分からん言葉を使うなや!」
「な――言葉づかいは関係ないだろう」
「あぁぁぁぁぁもうっっっ!! まどろっこしいっわねっ!!」
いがみ合いに発展しかける両者に、更に割って入る新たな登場人物。
背の高いオカマ口調の男が、木刀の男を追いかけるようにして駆け寄ってきた。
ぜえぜえと、だいぶ息が乱れている。
どうやら木刀の男の仲間のようだが、足の速さから落伍しそうになったらしい。
このホテルは、山のふもとの小高い丘の、つまりそこそこ見晴らしのいい位置にある。
そこの玄関ホールで爆発が起こり、窓ガラスという窓ガラスが割れたりすれば、周囲にいた参加者の目にもとまるだろう。
この2人も、それを見て駈けつけたというわけだ。
「何があったのかは知らないけど! アンタたちは今、どっちも乗ってないんでしょ? そうなのよね?」
「「おい、こいつはともかく、俺は乗ってないぞ(で)」」と異口同音に2人は答える。
「なら、敵はセーターの男の子しかいないじゃない。手を組まない理由はないわ。
それとも、アンタたちは漁夫の利でどっちかの背中を狙いにいくヤツなの?」
「「誰がそんな真似をするか!!」」と2人の答えが重なる。
「なら組めるじゃない。そうでしょ?」
「せ、せやな……」
「それは……そうなのか?」
「はい、決まりね」
そういう風にまとまった。
その一方で。
濃い外見をした二人組の乱入を、ロベルトはぽかんと眺めている。
「まぁ、そんなに死にたいなら殺してあげるけど……しかし、次から次へと」
後半はどこか、疲れの混じった声だった。
【C-6/ホテル内ロビー跡地/一日目・午前】
【佐野清一郎@うえきの法則】
[状態]:胸部に打撲、後頭部にこぶ
[装備]:殺人日記@未来日記、手ぬぐい×10@うえきの法則 、月島狩人の犬@未来日記
[道具]:基本支給品一式、ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:もう殺さない
1:ロベルト・ハイドンを食い止める
2:赤座あかりの遺志を無駄にしない
[備考]
殺人日記の日記所有者となったため、佐野の携帯電話が殺人日記になりました。
殺人日記を破壊されると死亡します。
『強くなりたい』という願望が芽生えつつあります。
月島狩人の犬は、ある程度の指示に従う模様。ただし飼育日記を介していないので、犬からの意思は伝わりません。
【真田弦一郎@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:木刀@GTO
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様
基本行動方針:殺し合いには乗らない。皆で這いあがる道を探す
1:眼の前の殺し合いに乗った男を叩きのめす
2:知り合いと合流する。特に赤也に関しては不安。
3:秋瀬或の『友人』に会えたら、伝言を伝える。
[備考]
手塚の遺言を受け取りました。
秋瀬或からデウスをめぐる殺し合いのことを聞きました。(ただし未来日記の存在や、天野雪輝をはじめ知人の具体的情報は教えられていません)
【月岡彰@バトルロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2、
警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達
基本行動方針:アタシは――手塚クンの意思を継ぐわ
1:眼の前の戦いを乗り切る
2:手塚の意思を汲み、越前リョーマ、跡部景吾、遠山金太郎、切原赤也と合流する。
3:桐山クンにはあんまり会いたくないわ…。
[備考]
秋瀬或からデウスをめぐる殺し合いのことを聞きました。(ただし未来日記の存在や、天野雪輝をはじめ知人の具体的情報は教えられていません)
【ロベルト・ハイドン@うえきの法則】
[状態]:神器十数発(寿命十数年分)消費 (新たに8年分消費)、動揺(中)、全身に打撲と軽度の火傷、額から出血
[装備]: 衣服に能力発動(決して破損しない)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1) 、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:目の前にいる3人を殺す
2:桐山の行動に動揺
3:今までより本腰をいれて参加者を狩る。第二放送の時間に、御手洗と中学校で待ち合わせ。
4:能力を節約する為に、殺し合いに乗っている手ゴマは増やしておきたい。
5:皆殺し。ただし、寿命を使い切らないように力は節約する。
[備考]
※参戦時期は、ドグラマンションに植木たちを招く直前です。
※御手洗から浦飯幽助、桑原和真のことを簡単に聞きました。
※何らかの理由で十ツ星神器“魔王”が出せないと知りました。(能力制限には気づいていません)
[備考]
ホテル内ロビーは半壊しました。
桐山和雄の支給品全ては、爆破により破壊されました。
飼育日記の犬は、一匹をのぞいて全滅しました。
◆
白井黒子を背に担ぎ、七原秋也は逃げ続けていた。
もし、あの時ああしていたら。
もし、もっと上手くやれていたら。
そんなことを引きずっても仕方ないと割り切っている秋也でさえ、苦い思いが後から後から滲んでくる。
なぜなら痛手が、あまりにも大きすぎた。
5人いた集団は崩れ去り、戦力としても頭脳としても頼りになった桐山和雄は殺された。
(考えるな)
ああしていればと悔やみ続ければ、心が持たない。
それを秋也は知っている。
(『殺し合い』ってのはこういうもんだ……分かってたはずだろ、七原秋也)
今、考えるべきことは、とにかくあの場から逃げ切ることだ。
協力者も失ったし、意識を失った少女を背負っている。
どこか人気の少ない施設に隠れて、今後の方針を練り直さねばならない。
秋也自身、修羅場と緊張の連続で少なからず心身が疲労しており、休息を取る必要にもかられていた。
(桐山と回収した首輪の分解も試したいしから、工具の見つかりそうな場所。
……ここから近い場所で、腰を据えるなら、海洋研究所だな)
首輪のことに考えが及んで、連鎖的に、二人で首を切り落とした時のことが思い出された。
緊張感を保ちながらも、どこか面白さに浸っていた時間。
七原秋也と桐山和雄の関係は、決して友人などではない。
信頼していたが、最終的には殺すつもりだった。
桐山も幸いにして秋也の能力を買ってくれたけれど、いつ殺されるか分からない関係だった。
しかし、桐山和雄は最後に『任せた』と言った。
秋也は、その言葉から情を汲み取らない。
桐山和雄は、無念だったわけでも、対主催に燃えていたわけでも、仲間意識からその言葉を残したわけでもない。
そういう人間なのだから、そんなことはあり得ない。
だから、秋也は事実だけを汲み取る。
七原秋也は、あの怪物のような男から、後のことを『任せ』るに足る人材だと、認められたのだという事実のみ。
(やってやるよ、桐山。こっちが勝つまで、続けてやる)
【C-5/田舎道/一日目・午前】
【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、疲労(中)
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾9)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:ひとまず海洋研究所へ。
2:今後の方針を練り直す。首輪の分解も試したい。
3:白井については、どこまで同行する…?
【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:気絶、精神疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0~1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)
基本行動方針:正義を貫き、殺し合いを止める
1:……………。
2:私は、間違えた……?
3:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
◆
テンコが、しきりに話しかけながら、あかりの意識を保たせようとしている。
テンコだって、助からないことは分かっているだろうに。
それでも声を出し続けてくれる、その優しさが嬉しかった。
思えば、ずっと優しい人たちに囲まれていたのだ。
どうしてごらく部には二人しか部員がいなかったのかと、結衣ちゃんに聞いたことがある。二人で遊んでいてもできる遊びなど限りがあるし、もっと部員を増やせば良かったのに、と。
すると、結衣は言った。
さも、当たり前という顔をして。
三人目の部員は、あかりにすると決めてたから、と。
それまでも、ごらく部で遊ぶのは楽しかったけれど。
赤座あかりという存在を、ごらく部のみんなが必要としてくれたのだと実感したのは、あの時だったように思う。
あかりが入学するのを、待っていてくれたのに。
ごらく部のみんなは、まだ放送で呼ばれていないのに。
みんなは生きているのに。
(もう、一緒に遊べなくてごめんね……)
「死にたくないよ……」
一生懸命に死にたくないと思っていた少女は、たった一つの安堵を抱いて、死んだ。
最後の言葉は、ごく当たり前の、誰もが思っているはずの言葉だった。
[備考]
ホテル地下一階に、赤座あかりの死体が放置されています。(支給品一式、および胸部に肉切り包丁@現地調達)
テンコ@うえきの法則は、あかりのそばにいます
◆
吐いた。
吐いた。
吐いた。
胃から食道へと逆流した胃液が、のどをヒリヒリと痛めつける。
人を殺した手が、痙攣して止まらない。
「最悪、オレじゃなくてもいいんだ……植木か佐野だったら、きっと死にゃしない。
そうだ、最後までやれる。やれるはずなんだ」
殺せるはずだと繰り返して、ヒデヨシはホテルから一歩、一歩、離れる。
足を前に進める為の言い分を、己に言い聞かせながら。
「誰も死なせないハッピーエンドにするには、それしかないんだ」
だって。誰かを守るために誰かを犠牲にするなんておかしいって。
みんなが生き返ったのを見た後なら、誰だってそう言うはずだから。
【C-6/エリア南西部/一日目・午前】
【宗屋ヒデヨシ@うえきの法則】
[状態]: 一応は冷静
[装備]: 無差別日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式(携帯電話は他に1機)、『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0~2
基本行動方針:植木チームの誰かを優勝させて 、神の力で全てをチャラにする
1:人を殺した……。
[備考]
無差別日記と契約しました。
【桐山和雄@バトルロワイアル 死亡】
【赤座あかり@ゆるゆり 死亡】
【残り 35人】
最終更新:2021年09月09日 19:01