第二回放送
『ゲーム開始からおよそ半日が経過した。
これより、二回目の定時放送を伝える。
まずは前回と同じく、この六時間で新たに死亡した者の名前を読み上げよう。
――相沢雅
――赤座あかり
――跡部景吾
――碇シンジ
――桐山和雄
――真田弦一郎
――佐野清一郎
――鈴原トウジ
――園崎魅音
――滝口優一郎
――月岡彰
――歳納京子
――中川典子
――前原圭一
――吉川のぼる
――ロベルト・ハイドン
以上、16名が舞台から退場した。
残った参加者は26名――もはや、殺し合いも折り返し地点まで到達したということだ。
ただひたすら生き残りたい一心か、あるいは叶えたい願いのためか。
およそ半数の犠牲者の上に生きながらえている諸君には、よく生き延びたと健闘を称えたい。
続いて、補足に移る。
生存者の中には、これほどまでに労苦を重ねて優勝する価値があるのかと、疲れを覚え出した者もいるかもしれない。
しかし、改めて保証しよう。優勝を果たした時、確かな報酬は支払われる。
この場に呼ばれた者の中には、不可能を可能にする奇跡を体験した者もいるだろう。
機会があれば、そういった者たちに尋ねてみることだ。
最後の一人にまで生き残った時に、君たちの願いは叶う。
失われた過去を、取り戻すことも。
『人間』になりたいという、望みでも。
逆に、人間を皆殺しにしたいという野望でも。
――たとえ、すでに亡き者の『蘇生』でさえも。
君は何を望むのか。
来たるべき時のために、よくよく考えておくといい』
◆
ただの部屋だった。
広すぎず狭すぎず、客人をもてなす応接室というよりは、客人を待機させておく待合室に趣きが近い。
ただひとつ異質なのは、壁に飾られるようにしていくつも並ぶ、長方形のモニター映像だった。
何もない中空にずらりと浮かび、どうぞ好きなチャンネルを見てくださいと言わんばかりに、『殺し合い』の様々な景色を映し出している。
ソファに腰かけてそれらの比較鑑賞をしながら、しきりと手帳に書き物をする男がいた。
「えーっと今のところ残り人数は男子13人、女子13人か。
うん、男女の検討ぶりは五分五分……いや、初期人数を考えれば女子の方が頑張ってるな。
ここいらは、うちの『プログラム』と変わらないとして……」
画面の方に視線をもどしがてら、ペンを持った右手で前髪を後ろへと掻きあげる。
そして、のびのびと一声。
「あー、いつもより仕事が少ないっていいなぁ」
くつろいだ姿勢でソファに座る男の容姿は、一度でも見ればなかなか忘れられないだろう。
背はやや低いががっしりとした体つきで、胴体のおまけに添えられたように脚が短かった。
地味なカーキのスラックスとグレーのジャケット、エンジ色のネクタイを締め、黒のローファーを履いているが、どれもくたびれた印象だ。
襟元には、とある世界のとある国の政府関係者であることを示す桃色のバッジ。
とても血色のよい顔。
そして、何より特徴的なのは、その髪型だった。
まるで妙齢の女性がそうするように、肩口まで、まっすぐ髪を伸ばしていた。
扉をたたく入室の合図に、筆記を中断して「どうぞ」と答える。
「退屈ではありませんか? ――坂持先生」
その男、大東亜共和国を祖国に持ついち教師、坂持金発。
「いえ、そうでもありませんよ。バックス市長」
入室してきた大柄な丸メガネの男に、朗らかな笑みで答えた。
その男、桜見市市長ジョン・バックスが向かいの席に腰かけるのを待って、ぺらぺらと感想をしゃべり始める。
「最初は、世界が違ってもやることはプログラムと変わらないんだなーって思ってましたけどね。
これで能力の高い奴らが多いから、戦闘シュミレーションとしても面白いし。
『皆殺しにしてから生き返らせよう』とか突飛なこと考える奴も出てきて、盛り上がってきたなぁってところです。
あー、でもウチから参加した連中がもう2人に減ってるのは残念だなぁ。桐山はこっちでもいいとこまでいくと思ってたんだけどなぁ……」
勝手な感想をつけていく坂持がどこか観客目線でいるのは、彼が『主催者』であると同時に『客人』でもあるからだった。
坂持の仕事は、『仲介人』であり『監察官』だった。
『桜見市』は『大東亜共和国』へと、異世界を介して入手した様々な『魔法』を提供する。
『大東亜共和国』は『桜見市』へと、それらの『魔法』を解析、改良した成果である『ゲームに必要なもの』を提供する。
互いの所属する組織が交わした取引は、それ以上でもそれ以下でもない。
その中には、坂持が『教員』として司会進行に携わってきた『プログラム』の
ルール、運営方法も含まれている。
ジョン・バックスとしては、ゲームに必要な各種の制限や道具を調達するために、国家規模のスポンサーが欲しかった。
大東亜共和国としても、極秘ルートでもたらされた『異世界』の情報を独占したかった。
「しかし、市長も太っ腹なことを言いましたねぇ。なんでも願いを叶えてやるとか……」
「ムルムルたちが独断で宗屋ヒデヨシを唆してしまいましたからな。
公平さを期すためにも全員に告げるしかないでしょう」
「あー、なるほど。そこんとこは公平にしないといけませんよねー。放送が少々事務的だったのも意識されてのことですか?
あそこはオレがやるとしたら、もっと熱血教師っぽくなってましたねぇ」
坂持のプログラム担当官としての職業意識は強く、客人でありながら一時は放送の司会をやらせてもらってもと立候補したほどだった。
しかし、それは却下された。
「それもありますが、あまり本家のプログラムに似せすぎても、いらぬ誤解を与えてしまいます。
先生にも放送をお任せしたくはありましたが、一部の生徒から『プログラムの主催者』として知られていましたからね。
先生が『神の力を与える』と説明しても信頼度が下がってしまうでしょう」
「そうでした、そうでした……もっともそれは、未来に起こることらしいんで実感はないんですけどね」
「実感がない割には、柔軟な考えをお持ちのようですね。己が本来ならば死んでいるはずだった、と聞かされても動じないとは」
「いや、うちの上司から吹き込まれたことをとりあえず鵜呑みにしてきただけですよ。本当に実感はないですね。
むしろ大東亜(ウチ)では技術部の連中がよっぽど頭柔らかいんじゃないかなぁ。
『ガダルカナル22号・改』もつくっちゃったし」
「ああ、あの首輪については『神』も大いに役立つと評価していましたね」
大東亜共和国の技術力は、特に軍部のそれはすさまじい。
国民1人あたりのGNPが世界で1位を誇るほどに、産業が発達しているのだ。
国土もさほど広くはなく、資源の産出量も決して多くはなく、あまつさえ反米体制を敷いており隣国との折り合いも悪いという極端に制限された国家で、この豊かさは本来ならばあり得ない。
そんな繁栄を成さしめているのが、あらゆる世界史上でも稀な全体主義国家として成功した統制の巧妙さと、もうひとつ。
重化学工業、精密機械工業を筆頭として発達した驚異的なほどの技術水準にあった。
ただし、その真価は開発力のみにあらず。
既存の製法を取り入れ、改良していく技量にあった。
驚くべきことに、きちんと近代国家の体を整えたのがたった七十六年前のことなのだ。
(もちろん、教育統制がしかれているので教科書には『現在の総統は三百二十五代目にあたる』と書かれている)
それ以前はまるきり封建時代のように武士がちょんまげを生やして完全な鎖国状態にあったというのだから、その発展速度は驚異的と言える。
とある世界の『学園都市』のように、単純な文明の水準だけならば、大東亜より発達した国や都市などいくらでもあった。
しかし、異世界の技術をちらつかせた際の食いつきの良さ。
そして、様々な世界の道具を複製ないし独自改造する速さ。
さらに、突如としてふって湧いた謎の力を、ごく一部の関係者だけに伏せておこうとする閉鎖的かつ秘密主義の体制。
様々な要素を加味してみれば、大東亜共和国ほどの協力者は存在しなかった。
提供された異世界の技術は、数多い。
例えば、『学習装置(テスタメント)』。
異なる時代から集められた学生にも、眠らせている間に『携帯電話』の使い方を教えこめる。
例えば、『樹形図の設計者(ツリー・ダイヤグラム)』。
本来は超能力にかかわる研究の予測演算に用いられている、『正しいデータさえ入力すれば完全な未来予測が可能』と評価されたスーパーコンピューター。
様々な制限の付加された未来日記の、精度向上に役立っている。
「しかし、真に『柔軟』だと言えるのは、我々ではなく彼らでしょう」
くい、とジョン・バックスが首をかしげて示した先には、殺し合いを映し出した映像があった。
坂持も得心したようにうなずき、同意する。
「確かに、過去をやり直すだの、世界の謎を解くだの、突飛なことを考える連中もいますからねぇ。
プログラムにはそういうことは無かったもんで、生徒って色んなことを考えるんだなぁと感心しましたよ」
同意を得たことに気を良くしたのか、ジョン・バックスはさらに長く話した。
「我々には、すでに規定された所属社会があり、立場があり、役目がある。
それゆえに、『状況』が設定された時に限られた行動しか選べないのもまた事実。
例えば私が未知なる技術を手に入れたとしても、『桜見市民を優れた民族にする』という目的にしか使わないでしょう」
「なるほど、我々が祖国に命を捧げているように、ってことですね」
「はい。しかし彼らにはそれが定まっていない。だからこそ、迷い、悩み、変化する素養を持っている。
サンプルのパターンとしても、非常に興味深いものがあります」
坂持は首をかしげて、市長が語るに任せる。
ただ殺し合わせるためだけに殺し合わせてきた坂持からすれば、市長と『神』の意図は想像の範疇を超えていた。
むしろ、正直言って坂持には市長と『神』の真意などはどうでもいい。
しかし、市長がそれを極上のエンターテイメントだと確信していることだけは理解して、ふんふんと相槌をうつ。
「突然に、予知能力を与えられた時。
人を殺さなければ己が殺されるという時。
神にも匹敵する力が手に入ると言われた時。
他人を犠牲すれば、夢が叶うやもしれない時。
死人が生き返る可能性を提示されてしまった時。
異なる世界に生まれた、様々な人間と出会った時。
盤上で、己の果たすべき役割について思い悩んだ時。
『僕達は大人になれない』という絶望を見せられた時。」
あたかも『神』の代弁を任された神父のように、確信に満ちた声で桜見市市長は問う。
「果たして、どんな変化を遂げるのか」
「どうなるんでしょうねぇ」
冷徹な目で口の端をゆがめるジョン・バックスに対して、坂持はにこにこと追従笑いを浮かべる。
なんにせよ面白いものが見られそうだと、確信しているから。
下界で殺し合う少年少女の姿を、大人たちは嗤いながら見下ろし続ける。
【一日目正午】
【残り26人】
最終更新:2021年09月09日 19:46