子どもたちは毒と遊ぶ  ◆j1I31zelYA





ぐしゃり



そんな音がしたかどうかは定かではないが。
そこには目を覆いたくなるほどの損壊を果たしたモノが『二人』、仲良く転がっていた。

『仲良く』というのは、その二人が密着して絶命を果たしていたからだ。
太陽の光をさんさんと受ける白いセメントのタイルに、少年があおむけになって。
その上に緑髪の少女が、覆いかぶさるようにして。
その少女は、御坂美琴らも知っている人物だった。
知っているどころか、別れてから数時間しかたっていない。

「ぅぇ……」
「――っ!」
「園崎さん…………よね……?」

デパートの屋上へと足を踏み入れた五人は、監視カメラに映っていた通りの死体と対面を果たした。
さっきは『転がっている』という言葉で表現されたけれど、適切ではない。
遠目に見ても、セメントに『貼りついている』と言った方が正しい。
セメントに密着した少年の後頭部は、半分ぐらいが真っ平らに潰れてぺったりとタイルに吸着している。
その部分の頭蓋骨は砕けているらしく、付近に脳髄の飛沫をピッピッと描いていた。
首から下は体の各所が凹んだり折れ曲がったりして、壊れたマネキンのような有様だった。
おそらくは頭からセメントに叩きつけられ、そこを起点として首から下を幾度か屋上にバウンドさせたのだろう。
少年を後頭部から激突させた原因は、その顔面を鷲掴みにしていた少女の右手であるらしかった。
万力をこめて少年の顔に食い込ませていたそれは、死後もなお少年の皮膚にがっちり食いこんで彼の死に顔を隠す。
こちらは上半身から先に『転落した』らしく、服の下からのぞく肌が皮下出血によるすさまじい紫色のまだらを見せている。
なぜ、付近で最も高い建造物の屋上に、『転落』死体が存在するのか。
その答えは、少女が背中に背負ったジェットエンジンのような機械(半壊)がうっすらと説明していた。

「何があったって言うのよ……」

別れて間もないうちに、死体になって帰ってきた園崎魅音。
その変わり果てた姿に美琴はそれ以上の言葉を失い、握った両手をわななかせる。
悪い夢のよう。
そんな言葉が似合った。
放送で佐天涙子の死を聞いたときは、悲しんだし、怒ったし、許せなかった。
でも、逃避したいという感情だけはなかった。
けれど、今この場にあるこの『死』は違う。
目をそむけたくなるほど無残で、目をそらしてはならないと理解させるほどに理不尽な、見知った少女の残骸だった。

「交戦して、揉み合いになって、落ちた。そういうことじゃないかしら」

式波・アスカ・ラングレーはそう言って、園崎魅音だったものへと一歩、また一歩と歩み寄っていく。
いつもの落ち着いた尊大さを保とうとする声も、元同行者のグロテスクな遺体を前にしてはややこわばっていた。
それでも真っ先に動こうとするのは、御坂美琴よりも弱い部分を見せまいとする意地やプライドであったり、ここで怖がるような人間がいざというときに殺せるはずがないという内心の叱咤であったり。

「それって、一緒に落ちてきた人に……ころ、されたってことですか?」

アスカとは対照的にじりじりと後退しながらも、それでも屋上を離れる気を見せないのは吉川ちなつだった。
ゲーム開始直後に、殺されかけたのは覚えている。最初の6時間で9人の人間が死んだことも知っている。
それでも、最初に目撃した死体が知り合いのものだなんて、しかもこんな唐突に『落ちてくる』なんて。
ひどい。こわい。どうして。
感想は単語という形でしか、浮かびあがってこない。
そして、ついさっきまで一緒にいた少女の死を悲しむよりも、むごたらしい死体が気持ち悪い、離れたいという嫌な感情さえ先行してしまう。
それでもなお、己を律するのは御坂美琴を守るという誓いを立てたから。

しかし、誰もがそんな決意をもって死者と向き合ったわけではなかった。

「――ごめんなさいっ」

口元を手でおさえ、耐えられないとばかりに屋内へと駆け戻ったのは相馬光子だった。

「追いかけてくるよ」

そして、そんな少女の背中を追うことを買って出たのが、この場にいる唯一の少年、御手洗清志。
目覚めた当初は、放送前に起こった「殺し合いに乗っていたんじゃないのか疑惑」から、光子以外の全員から疑いの目で見られもしていた。
しかし、目覚めた彼自身が『白髪で赤い異形に変身する悪魔みたいな男に襲われた』と証言したこと。
そして、その『悪魔』のことを語る彼の様子がひどく怯えたように生々しく、真に迫っていたこと。
何より、彼を疑っている筆頭であったアスカ・ラングレーが、てのひらを返したようにあっさりと嫌疑をといたために、うたぐる人間がいなくなってしまったこと。
そして、彼のことを介抱していた相馬光子に、ひどく感銘を受けたらしく何度も礼を言っていたことがあった。
御手洗が光子に向ける視線は、とても穏やかなものだった。
そんなことから『まだ完全に信用はしきれないけれど、相馬さんを害することは無さそう』という枕詞付きで、アスカをのぞいた一同の警戒を解いていた。

そんな光子たちの反応を受けて、美琴はちなつの方を気づかわしげに見やる。

「吉川さんも、無理することないのよ。相馬さんたちと下で――」
「いえ、私はここにいます」

声が震えないように硬い声で、ちなつはかたくなさを表明する。
御坂美琴をサポートすると決めたからには、彼女が目をそむけずに踏みとどまっているものから、己が逃げ出すわけにいかなかった。
この死体発見までに進行していた話し合いでも、御坂美琴はグループを分割して行動することを渋っていた。
それは『私があなたを守る』という吉川ちなつの約束を尊重してくれたからでもあり、それ自体はとっても嬉しい。
しかし、それはちなつたちをそばにいて守ろうとするためであり、パートナーとして認められたからではないのだ。

必死の意気ごみに、アスカが冷淡な声をあびせる。

「見ない方が身のためだって言ってるのよ。あんたに遺体をあらためるなんてできないでしょ?」

すでに魅音だったもののそばにしゃがみこみ、手がかりがないか観察しようという姿勢だった。
さすがに美琴もその言いようをとがめる。

「ちょっと式波さん、そんなこと」
「じゃああんたは、死体の観察を見学させたいわけ? 一般人が好きこのんで見るものじゃないでしょ」
「それは……」

言い分自体は、『ちなつのため』という風に聞こえるし、だからこそ美琴は困った風になる。
それはつまり、美琴自身もちなつに『見せたくない』ということ。
ちなつはうつむき、唇を小さく噛んだ。
ここで、食い下がる言葉を思いつけない自分自身を痛感する。
死体をこうして直視することにさえ生理的嫌悪感でたまらなくなる女子中学生が、何かをできる領分などない。

「だったら、後ろむいて座ってます。園崎さんたちに何があったのかは聞きたいですから」

『これ』は、ちなつには無理だ。
ほかのことを頑張るしかないと切り替えて、後ろを向く。
それでもアスカに対する少しの反発と、言いようのない悔しさがあった。



「これでよしっと……どうしたの御手洗くん?」
「いや……死体の男の方が着てた服に心当たりがあってね。ほら、あの『悪魔』と一緒にいたヤツに似てるなって思ったんだ」
「ふぅん……でも、その彼だった方が好都合ね。あなたの正体を知ってる人間が一人減ったってことだもの」
「でもあの連中、僕の話を鵜呑みにしすぎやしないか? いくら僕が『領域(テリトリー)』を伏せているからって、女子と2人きりにするのを止めもしないなんて」
「だってあなた、ひとつも嘘は言ってないもの。『先に襲いかかったのはどっちだったか』を言わなかっただけだわ」
「それもそうだな」
「それに、おバカさんたちならこう考えるものよ。
『この人は乗ってない。だって殺し合いに乗っていたらか弱い相馬さんと2人きりでいた時に、何もしないはずがない』ってね」
「なるほど」
「おかげで、手に入ったわね。あなたの欲しがってた、たくさんのお水」
「ああ。でもどうしてトイレなんだい? デパートの売り場にボトル入りのがいくらでもあるだろう」
「なるべくカメラに映らない方がいいと思ったのよ。『プログラム』の時は小さなミスが命取りになりかけたから」
「ふぅん、慎重派なんだな。じゃあ光子、次はどうする?」
「そうそう、人前では『光子』って呼んじゃダメよ。こんなに短い間に親密になり過ぎても、かえって不自然だからね」
「うん、分かってるよ。『相馬さん』」
「そうね……いったん管理室に戻ろうかしら。あたしの勘では、そろそろアスカさんが焦れて――」




ボロボロになっていたジェットエンジンのような機械は、軽く動かしただけで自壊して、魅音の肩から外れた。
そろそろと、少年の顔に食い込んでいた魅音の指を剥がす。
そうしなければ、園崎魅音の遺体をうつぶせから解放してやれない。
べっとりと屋上とお見合いさせたまま転がしっぱなしにしてしまう。

「うっ……」
「ずいぶんと、撃たれてるようね……」

触れた遺体にまだ『あたたかさ』が残っていることにぞっとして。その『ぞっとした』ことに、罪の意識を覚えて。
そろそろと仰向けに寝かせると、赤黒い血まみれの腹部が剥き出しになった。
その凶器が、少年の手に握られたブローニング・ハイパワーであることは分かった。

「どうやら……こいつに襲われて逃げようとしたけど、落とし合いになったとみてよさそうね」

言葉だけは、せいいっぱいに冷静。
しかしそう語るアスカの視線は、それを直視できずに屋上のタイルへと落ちていた。
美琴も似たようなもので、仰向けに晒された死に顔が思いのほか安らかだったことに、力が抜けそうなほどほっとしてしまう。 

「相沢さんは……無事かしら?」
「知らない……仮に生きてたとしても、居場所がつかめないんじゃどうしようもないわよ」

振りしぼるようなアスカの言葉が、胸につきささる。
『相沢雅の消息がつかめない』ことを招いた責任は、まぎれもなく美琴自身にあったから。



(私は……園崎さんたちが出かけようとしたのを、止めなかった)



死体発見のショックと、怒り悲しみが通り過ぎてしまえば、生まれたのは罪悪感だった。
なんで、2人きりでの行動を止めなかったのだろう。
どんな危険人物がいるかもわからない場所で。

魅音ら自身が危険を承知で決行したのだから、その意思を尊重した。
いてもたってもいられない魅音らの気持ちを、止めることはできなかった。
それはそれで、お互いに悔いを残さないための理由だった。
けれど、いくら危険を覚悟していたって、彼女らがこんな結末まで望んでいたわけがない。


もう、誰も犠牲にしたくないと言ったそばから『これ』か――


「あのね。そういう顔、やめなさいよ」

沈思しかけていた意識が現実に戻る。アスカの苦い顔があった。

「愚民を助けてやるのはエリートの義務だけど、どうしようもない範囲で起こったことにまで責任はないのよ。
そんな顔されたら、自分のために戦ってきたあたしがバカみたいじゃない」

フン、と鼻を鳴らして、少年の遺体からディパックを外しにかかる。
さすがに全身の骨がボロボロに砕けた体からディパック脱がせるのは心理的な抵抗が強かったらしく、美琴から借りたナイフ(元は相馬光子の支給品だったもの)を使って肩紐のところを切断していく。

彼女なりの励ましなのだろうか。
美琴が驚きをもって受けとめると、アスカはさらに言った。

「ミヤビだって、ミオンと離ればなれになったのなら、ここに戻ってくるかもしれないじゃない。
だからアタシが言ってたとおり、この先は二手に別れるべきだわ……ん、しょっと」

切断を完了すると、ディパックを引きずり出して中身を探り始めた。

その言葉に、美琴も改めて考えさせられる。
二手に別れる。
御手洗清志の尋問を終えたあと、アスカが言い始めたことだった。
PC(PDAでも可)を探す組と、デパートの待機組に別れようということで、話し合いはまとまりかけていた。
相馬光子と御手洗清志は特に反対もなく同意した。というより、御手洗は相馬が同意するのを見て従うように賛同した。
ちなつは、美琴について行きたがった。
アスカは、ちなつの同行を渋った。どうも、アスカは『一般人だから』という一点にこだわる傾向があるようだった。
しかしちなつが断固として食い下がったので折れた。
美琴は、バラバラになるのはかえって危険じゃないかと渋った。『私がみんなを守る』と誓ったこともある。

しかし『こんなこと』が起こってしまえば、『外』は危険であり『籠城』した方が安全だというアスカの言葉が身につまされる。
何より、相沢雅がたった一人でここに引き返してきたとして、デパートに誰もいなかった時の精神的な痛手は計り知れないだろう。

「そうね……病院に行けば、危険人物だっているかもしれないし」

選択肢は病院と図書館の二択だったけれど、距離の近さから病院が目的地に選ばれた。

「でしょ? 『これ』が終わったら、さっさと栄養補給を済ませて出発するわよ」

アスカは素早く基本支給品を己のディパックに移し替えると、少年から目をそらした。
死相にありありと恐怖を宿している、少年の首から上。
園崎魅音を殺した相手だと思えば好感情は持てそうにないけれど、それでもこんな死にざまを晒しておくのは忍びない。
そろそろ少年の顔に指先をのばして、瞼を閉じさせた。

「そういえば、本当に公算はあるんでしょうね? ……アレ」

ひととおりの検分を終えると、アスカが思い出したように切り出した。
アレ。
何を指しているかは察することができた。
情報交換の際にも、そこに関してだけは筆談によってやり取りしていたからだ。

「過信するのは危険だけど、できないことじゃないと思ってるわ。理由はさっき説明したとおりよ」
「なら、いいんだけど」

その一言で、アスカはあっさりと話を切り上げた。少し意外な反応だった。
アレ――『電気的なセキュリティ突破による首輪の攻略』を提示したとき、アスカだけが渋そうな顔をしていたからだ。
すぐに信用できなくても無理はないと、美琴は納得する。
美琴は自身の能力に自信を持っている。
けれど、初めてその能力について説明される側からすれば、ピンとこない話だろう。

全参加者を殺し合いへと強制させるための、爆発する首輪。
遠隔操作による爆破が可能である以上、そこには起爆スイッチからの信号を届ける『電波』がなければならない。
また、50余人もの学生について調べ上げて拉致するからには、膨大な情報を管理するだけの『コンピュータ』が絶対に必要になる。
電波と、電気製品が介在するフィールドならば、御坂美琴に敵は無い。
ならばなぜ、すぐにでも首輪を外そうとしないのかとアスカは筆談で追及した。
なにも起爆スイッチを無効化しなくとも、首輪にある信号受信器さえ壊してしまえば、恐れるものはないはずだ、と。

『悪党の考えそうなこと』を理由に、美琴は『できない』と反論した。
己の首輪について電波傍受を行ってみたところ、確かに何らかの『機械』が動いている感触はあった。
数秒間隔ごとの一定刻みに、『信号』が発信されていることも確認している。
参加者の居場所を補足する発信機。
参加者を監視するための盗聴器。
あり得る可能性としては、そんなところだろう。
だからこそ『筆談』を用いて相談をした。
それは同時に『首輪は美琴のまったく手に負えない装置ではない』という確証にもなった。
もし拉致されたのが美琴だけだったならば、すぐにでも破壊を試していただろう。

しかし、ここにはまだ数十人の人間が生存している。
仮に、ここにいる五人の首輪を外せたとしよう。
悪党である主催者が、『ゲームをリタイアしようとした不届きものが複数いるので、見せしめにその友人たちの首輪を爆破する』と言い出せばどうなるか。
その仮説を聞けば、一同は重苦しく黙りこむしかなかった。
特に四人もの友人が囚われている吉川ちなつは、青い顔をしていた。

「不安要素が見つかったら、ちゃんと開示してよね。
能力があるからって、別にあんたがあたしたちの保護者じゃないんだから」
「別に保護者ぶってたわけじゃ……。あたし、そんなに仕切ってたように見えたかしら、っと」

屋上にあった焼きそば売りの屋台から、2人で力を合わせて青いビニールシートを剥がしにかかった。
死体をこの場に転がしておきたくはなかったけれど、かといって死体を地上まで運んで埋葬するだけの余裕はない。
妥協案として、適当な大きさのシートで遺体を覆っておくことにしようと一致した。
一緒にシートを引きずって歩くアスカの顔は、例によってどこか不機嫌そうだった。
美琴はずっと皆を守らなければと思ってきたけど、もしかして傍目には一人で抱え込んでいるように見えたのだろうか。

そう言えば、以前にも『抱えこまないで相談してください』と言われたことがあった。
今は亡き、佐天涙子に。

ブルーシートに2人の遺体が隠れると、アスカは終わったとばかりに背を向けた。

「ついた血は落としてから戻りなさいよ。あたしはミツコたちも気になるし、先に戻ってるから」

赤いまだら模様になった美琴の手をじろりと一瞥して、早足で歩き去っていく。
最初に魅音の遺体をつかんで仰向けにした分だけ、美琴の血の汚れは目立っていた。

(心配……してくれたのかしら?)

まだ知り合って数時間の集団でも、アスカ・ラングレーは特に分からない人物だった。
言葉の端々に人を見くだしているところがあって、正直なところお近づきになりたくないタイプの臭いがする。というか、普段の美琴なら苦手としているタイプだった。
しかし、御手洗清志への疑いをあっさりと解いたり、さっきも美琴を励ますようなことを言ってくれたり、はかりかねている部分も多い。
それに、いくら戦闘機乗りだからといって、彼女も美琴と同い年ぐらいの少女である。
殺人死体を見たことだって初めてのはずだろうし、ショックも大きかったはずなのに。
それを態度に出すまいと遺体の検分を手伝ってくれた。
その頑張りだけでも、彼女のプライドが自惚れではなく、努力に裏打ちされたものだとは察せられる。
ただの高慢な少女ではないと、そう思えた。

「御坂さん、大丈夫ですか……?」

アスカと入れ替わるようにして、ちなつがパタパタと駆け寄ってきた。
つり目がちの青い瞳が、気づかうように上目づかいになっている。

「ええ。正直、ショックはあったけど大丈夫よ。……血を、洗わなきゃね」
「あ、それならあっちの売店に水道が……お疲れ様、でした。戻ったら、お茶淹れますからね」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして、です」

そう言えば放送が終わった直後も、彼女はこうやって様子を見にきてくれた。
なんだか妙にベタベタと絡んでくるところが黒子を彷彿とさせるけれど、おそらくは人懐っこいだけなのだろう。
まさか黒子のような百合ぎりぎりどころかアウトに近い少女が、そうそういるとは思えない。
ともかく、裏表のないごくごく良い子に見える。
そんな彼女の信頼が、知り合ったばかりの集団の中で、救いになっているところは確かにあった。今ではそれが自覚できる。

でも、そんな彼女に甘えるままでも良くないのだろう。
アスカに指摘されたこともあるし、もうちょっと美琴自身も、周りの皆を見てみよう。
友達と呼んでもらえるほど距離は縮んでいないにせよ、運命共同体には違いないのだから。




すたすたと、ずんずんと、早足になって廊下を歩く。
ちょっと優しさを見せすぎたかな、と後ろ髪を引かれるような衝動がこみあげる。
まぁいいや、と割り切る。
『情報は開示しろ』というのは、それはそれで本心だったし。それで美琴たちから信頼を引き出せるなら、むしろ占めたものだし。
いざ始末をするその瞬間さえ、勇気を出せればそれでいい。

エレベーターが到着するや乗り込み、ドアが閉まる時間も惜しいとばかりに開閉ボタンを連打する。
エレベーターが、下階へと動き出す。

美琴の能力を使って首輪をどうにかしようという脱出策を、アスカはあまりアテにしていなかった。
仮に彼女自身が主催者だとしたら、そんな脅威を持った人物を最初から参加させたりしないからだ。
自明の理としか思えないそのことを、しかし口に出すつもりはない。
『こんなこと無駄だから止めよう』と言い出せば『じゃあアンタはどうしたいの?』と代案を求められるだろう。
いわゆる『人の仕事にはケチをつける癖に、自らは案を出そうとしないうっとうしい無能』には収まりたくなかった。
とはいえ、このままみすみすハッキングとやらを決行させるのもいただけない。
主催者は殺し合いを拒んだ者の首輪を爆破すると言っている。
そんなことを言うからには、首輪をどうこうしようとして失敗すれば、それ相応のペナルティがあるかもしれない。
べつに美琴自身が主催者に目をつけられて首輪を爆破されるのはいい。願ったり叶ったりの結果だ。
しかし表面上は協力しているアスカまで、仲間としてそのペナルティを食らっては困る。
いまだに1人も殺さずに対主催派に潜んでいるアスカが、同罪を食らう確率はゼロではない。

(それに……自分から何も行動しないで、どさくさに紛れて生き残るようなスタンスじゃダメだわ。
そういう甘い考えのままだと、土壇場になってミオンみたいに……)

エレベーターが到着し、二階の廊下を早足で進む。
歩きながら肩のディパックを外した。
立ち止まる時間ももどかしいとばかりに、速度を落とさないまま目当ての『秘密兵器』を手探りする。

事を起こすなら今のうちだと、そう決める。

外に出て行った園崎魅音は、殺された。殺人者たちの悪意の渦中にとびこんで。
一方のアスカは、ゲームが始まってからだれも殺していない。
デスゲームの進行から、ぽつんと蚊帳の外に身を置いてしまっている。
あの死体を見てしまったら、実感せずにはいられなかった。
別に、キルスコアを挙げてそれを誇りたいというわけではない。
労せずにして残り人数が減るなら、それに越したことはないのだから。
これはアスカにとって生き残るための戦いであり、あんなグロテスクな死体を生み出して良しとする異常性癖などは持ち合わせていない。

でも、ほんのちょっと前まで、仲良しごっこをしていた魅音が死んだ。
平和ボケした腹立たしい愚民だったけれど、そこそこ使えそうな駒程度にしか意識していなかったけれど。
悪い人間ではなさそうと思えた、能天気な少女が。
いくら殺し合いに乗ったアスカでも、あんな最期はかわいそうだと哀れみを覚えたりもして。
そして、『こんな自分はダメだ』と内心で首を左右に振る。
使い潰すはずだった少女が先に死んだことに、胸を痛めるようでは負けてしまう。
アスカは、他者を押しのけてでも生きなくてはいけないのだから。

静かにドアを開け、管理室を見回す。
相馬光子と御手洗清志は、まだ戻っていなかった。
ずらりと並んだ監視カメラをチェックして、御坂美琴と吉川ちなつがまだ屋上にいることを確認。
ごくりとのどを鳴らし、管理室のさらに奥にある給湯室へと直行する。

ガスレンジ付きの流し台へと歩み寄り、基本支給品のペットボトルをどんと置く。
これは、万が一見とがめられた時のための準備である。水がなくなりそうなので補充するところだったというそぶり。
本当に用があるのは、流し台のすぐ横に置かれているもの。
湯を沸かされる途中で火をとめられたヤカンと、その隣に並べられた大きめの弁当箱だった。
弁当箱は御坂美琴に支給されたおにぎりの詰め合わせであり、出発する前に腹ごしらえをしようと広げられたもの。
そして沸かされるところだったお湯は、吉川ちなつが食事に併せてお茶を淹れようと準備していたもの。
つまり、各自がそれぞれに支給されている水や食料とは違う、『みんなで食事する』ためのものだ。

汗ばんだ手を、ぐっと握ったり、ゆるめたりする。

急いで戻ってきたにも関わらず、しばらくの時間をじっと動かないまま無駄にした。
なぜならこれからすることは、覚悟を必要とする行為だから。

きゅぽ、と小さな音を立てて、『秘密兵器』の栓を開封する。
そして、その中身を、『みんなで食事する』ものへとふりかける。
さらさらと、やわらかい砂でも流しいれるかのように、白い粉が容器からこぼれ落ちていく。
青酸カリという、アスカの殺意をにぶらせないための、その秘密兵器。
凶器を開けてしまえば、後戻りはもうできない

キィ、とドアの揺れる小さな音が、背後で聞こえた。
背筋を凍りつかせるには、十分な音。

「あ……」

目元をこすりながら、相馬光子が猫のようにそっと給湯室に入りこんできた。

落ち着け、落ち着け、落ち着け。
焦るのと同時、すでに右手は用意していたボトルをつかみ、怪しいことはしていませんよという演技に徹している。
青酸カリはすでに使い切っていたから、ポケットの中に隠している。

「御坂さんも、戻ってきてたのね……」

おずおずと、光子が微笑する。
その顔に浮かぶ表情は、逃げてしまったことを気まずく思うような、ちょっと申し訳なさそうな顔。

(大丈夫? 見られて、ない……?)

後に続くように、御手洗清志も入ってきた。
見つめ合ったままの光子とアスカを交互にみて、尋ねる。

「どうかしたのかい?」
「別に……あなたたち、ずいぶん仲が良いのねと思っただけよ」

そんな言葉に、いかにも初々しく光子は目をそらす。
その様子は、しらを切っているようには見えなかった。
いや、たとえわずかに見られていたとしても、『こいつら』なら大丈夫。
そう判断して、アスカは計画を続行した。




「お茶が入りましたよ~」

売り場から持ち出した丸テーブルへと座る一同のもとに、ちなつが湯のみを乗せたお盆を運んできた。
本来ならば、病院に出発する前の腹ごしらえを済ませる時間だった。
しかし、あんなものを見た後で『食べよう』と言いだせる人間などいるはずもない。
死体と対面した気疲れもあり、誰が言い出すともなくお茶だけでも飲んで出発しようという流れになる。

それでもお湯を沸かし、茶葉を蒸らした当人であるちなつは、ムードメーカーたろうとするように明るくなっていた。
仕事を持った嬉しさもあってか、わざわざデパートの売り場へと往復して茶葉を厳選してくるような気合いの入れようだった。
すぐに出発しようとしていた美琴も、彼女なりの英気充填なのだろうと何も言わなかった。

「吉川さん、ずいぶんと手馴れてるわね。さっきから動きがテキパキしてるし」
「えへっ。実はわたし、茶道にはけっこう自身があるんですよ~」

全員の前に湯気のたつ湯のみを置くと、いそいそと美琴の隣の椅子に座る。
褒められた嬉しさをいっぱいに表情であらわし、得意げに解説を始めた。

「美琴先輩っ。実はこのお茶には、ちょっとした工夫がしてあるんですよぉ」
「工夫? そう言えば、普通のお茶より黄色っぽい色をしてるわね」

本来の気さくな性格から、ちなつの話題に乗っかる美琴。
殺伐とした空気を晴らしていくような2人の会話を、内心の企みを気取られないように見守る3人の少年少女。

誰が最初に湯のみに口をつけるかうかがう、ひとつの視線があった。

「じゃ~んっ。このお茶は、デパートの売り場から持ってきた最高級玉露茶なんです。100グラム2万円もしたんですよっ」
「玉露茶って……確か甘い味がする日本茶だったかしら」
「あたりです。日光が当たらないようにして育てると玉露茶になるんですよ。って、茶道部だったお姉ちゃんが言ってました」

怪しまれないように、凝視することはせず。
その少女はただ、湯のみに注がれた液体を最初の人物が口にする、その瞬間を待っていた。
他者から見れば利己的な考えで、自らが安心を得るために。

ゆっくりと湯のみが傾けられ、その人物が中の液体を口に含もうとする。
もう少し。
もう少し。
もう少し。

「玉露茶は苦くならないように、普通のお茶よりもお湯の温度を低くしないといけないんです。だから……」

そして。



――『そいつ』が、飲んだ。



「ずいぶん詳しいのねぇ……あたしなんて、いつも自販機やティーバックのお茶だから」
「え? お嬢様学校のひとでもそうなんですか?」

ほんの少しの間だけ、それまでと変わらない平穏が続く。
しかしその破壊は、確定的に訪れた。



「――ウッ!」



ガシャン、と。



テーブルに湯のみが落下して、黄緑色のお茶がさっと水たまりを広げる。

口もとを手でおさえて、顔面を蒼白にしたのは――御手洗清志。

色をうしなって彫像のようになった顔を、だらだらと大量の汗が流れ、滑りおちてゆく。
それを目の当たりにして、四人の少女全員が尋常ならざる事態を感じ取った。

「ど、どうして――?」

アスカが、本当に『心の底からの』疑問を口に出す。

「どうしたの! 病気の発作? それとも、何かの異物でも……」

御坂美琴が顔色を変える。

「ま、まさか毒が入ってたんじゃ!」

吉川ちなつが、己の注いだ湯のみを見下ろす。

「『違う』っ! そんなはずが――」

それに対して、アスカはつい『本音』を口走り、ちっと舌打ちする。

相馬光子は、ただただ目を丸くしている。

御手洗はそれら一切の問いかけに答えることもできず、かっと目を見開いていた。

誰もが、その手で強くふさがれた口からの吐血という最悪の想像をした刹那。

乱暴に、椅子が蹴倒すように転がされた。
苦しみのあまりたたらを踏むように、よろよろと席を立ち。



「ぐほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



毒を盛られた人間ならば『絶対にありえない』ような。
まるで『ものすごく刺激的な味のする飲料水』を口にしてしまったかのような絶叫をあげて、御手洗は、給湯室の蛇口へと全力で突進していた。





告白すると、アスカはお茶ではなく食べ物の方に毒を持った。

さきの死体を見た後では誰も食欲が湧かないことは予想できたし、そうなれば食事をするのは時間差をおいてからになるだろうと、見越してのことだ。

情報交換やらデパートで起こった様々の事柄から、美琴らは栄養補給する機会を逃している。
しばらくデパートを離れてから正午にでもなれば、再び食事を勧める機会はあるだろう。
デパートを出発するのはアスカ、美琴、ちなつのたった3人なのだから、御坂美琴を狙って毒殺できる成功率はぐっと高くなる。
ちょっとちなつの注意をそらすなどして、先に美琴に口をつけさせてしまえば、それで終わり。
あとは一般人のちなつだけ、それも美琴が倒れて動転しているところをつけば、容易に2人を仕留めることができる。
その後デパートに引き返し、2人は襲撃に遭って殺されたと光子たちをごまかせばいい。
光子らはアスカを疑うかもしれないが、光子も元より少なからず美琴を警戒しているうえに、それなりの協力関係は成立している。
光子たちを同盟相手として利用することはできると見こんでいた。

だから、何もしていないお茶を飲んで、しかも御手洗清志が倒れたことで、一番に驚いたのはアスカだった。
しかし、その原因を理解するや憤激する。



あまりにもくだらない、原因に。



「うぅ……」
「ずいぶんと衰弱してる……よっぽど酷い飲み物だったのね」
「ごめんなさい……私が、ちゃんと管理してなかったから」
「吉川さんのせいじゃないわ。主催者が悪趣味なせいよ」
「私と御手洗君はデパートに残る予定だったけど……この体調じゃ、どのみち動くのは無理そうね」

しばらく前に気絶から目覚めたばかりだった御手洗清志は、またもといたベッドの上で寝込んでいた。
顔は蒼白から土気色へと変わり、病人のようにうんうんと唸り続けている。
事情を知らない人間が見れば、たった一口の飲料水を飲んだだけで、この重篤な症状が引き起こされたとはとても思えないだろう。

吉川ちなつに支給された支給品。

『乾汁』と題されたシリーズのひとつ、イワシ水。

ぱっとみは無色透明な水の入った、ただのペットボトル。
よくよく調べてみれば、それが『水』ではなく、『イワシの体液、そして余計な隠し味的な何かの混入物』だと分かる。
DHAと、DHAと、それから親の仇のように搾り取られたイワシのDHAがふんだんに含まれる、とても刺激的な健康ドリンク。
それが、くだんの『飲料水』の名前だった。

一般に、軟水の日本産ミネラルウォーターは日本茶に向くとされている。
だからちなつは、茶葉を売り場から持ってくるついでに、ペットボトルのミネラルウォーター(500ml)もいくつかディパックに放り込んでおいた。
ここでアクシデントが発生する。
ディパックの中にいれて運ぶうちに、元から入っていた支給品のペットボトル――乾汁セットA、という名前でひとまとめにされていた500mlのボトル3本――と混ざり合ってしまった。
普通なら市販の水と混ざっていたところで見間違えようのない『乾汁シリーズ』だけれど、イワシ水に限ってはそうではない。
複数ある『乾汁シリーズ』の中でもイワシ水の悪辣なところは、よく観察しなければただの真水にしか見えないということだ。
たいてい毒々しい原色をしていたり、ふたを開けてみるだけで刺激臭を感じたりすることの多い同シリーズだが、このイワシ水はミネラルウォーターと間違われて誤飲する危険が起こり得る。
加えて、『乾汁セットA』は誰かの自作したドリンクらしく、市販のラベルが付いたままのペットボトル容器に密封されていた。
ぱっと見には、市販の軟水と見分けがつかない状態だった。

偶然に起こってしまった取り違い。
しかしその真相を究明して、憔悴して倒れた御手洗を見て、美琴は考え、決断をした。

『栄養ドリンク』として支給された飲み物にこんな恐ろしい作用があった。
『ランダム支給品』として配られた飲食品は口にしない方がいい、と。

「だから、これも手をつけないようにしましょう」

(ちょっと……!)

声に出して止めさせたい衝動を、ぐっとこらえる。
捨ててはならないと主張する理由が考えつかない以上、ここで反対するのは不自然だった。
内心で歯噛みするアスカをよそに。
青酸カリを混入した弁当箱は、ぽいっと給湯室の隅っこに追いやられた。
御坂美琴を毒殺しようという企みが、実行する前におじゃんになった。

(こいつが……余計なことしたせいで……!)

どんな使徒に対して感じたよりも強い敵意を、何も知らずに落ち込んでいる吉川ちなつに対して抱く。
そんな苛立ちなど露知らず、ちなつは女子力を見せようとして盛大に失敗したことを落ち込んでいるようだった。
美琴も申し訳なさそうに、相馬光子へと手をあわせる。

「ごめんね、相馬さん。一人で看病をお願いすることになっちゃって……」
「大丈夫よ、御手洗くんが危ない人じゃないって分かったもの」

結局。
アスカのはかりごとが台無しになっただけで、一同の計画には何も変更なかった。
再び倒れた御手洗を光子と置いていくことには不安もあったけれど、かといって御手洗を動かせそうにもない。
そもそも毒物を飲んでしまったならともかく、とてつもなく不味い飲み物を飲んだからといって病院に連れて行ってもどうしようもない。

「じゃあ、やることが失敗しても成功してもここに戻ってくるから、留守番をお願いするわ。絶対に3人そろって帰ってくるからね」
「ええ、私も」

苛立ちを顔に出すまいと、両手をぶるぶると握りしめる。

まだだ。
これから、美琴とちなつと3人で移動することになるのだから。
状況は、何も悪くなっていない。チャンスはまだある。




「…………その、すまない」
「拍子抜けしたけど……まぁ、いいわ。あんなの予想できないものね。それより、体調はどう?」
「まだ気持ち悪いかな……でも、もう動けるよ。すぐにでも出発できる」
「あら、回復が早いのね。さっきはあんなに顔色が悪そうだったのに」
「さすがに次の放送まで寝たままやり過ごすようじゃ、無能呼ばわりされても仕方ないからね」

気まり悪げに視線をそらしつつ、御手洗はむくりと半身を起こした。

「それより、光子こそあいつらを見逃して良かったのか?
確かに僕が倒れたのは痛かったけど、逆に言えばあいつらだって油断してたんだ。
不意を打つことだって不可能じゃなかった」
「放っておいても壊れそうだったから、敢えて手を出さなくてもいいと思ったのよ。
あの様子だと、アスカさんはまた別の手で御坂さんの背中を狙うはずよ」

わざわざ、リスクをおかして美琴を殺そうとしてくれる人がいるのだ。
黙って見守らない手はなかった。
毒を入れる現場を見なかったことにしたのも、そういう理由からだった。
……ただ、アスカが毒を混入しなかったからと油断して、お茶に口をつけたのは完全なミスだったけれど。
御手洗が倒れた以上、光子らが手を下すのはリスクが上回った。

「その女ひとりに任せて大丈夫なのか? ただの一般人なんだろ」
「問題は戦力じゃないわ。集団の中に、火種が紛れ込んでるってことよ。
例えば、殺し合いに乗った強い人たちとつぶし合いをしてくれるかもしれない。
御手洗くんだって例の『赤い悪魔』がまた襲ってきたら、倒せる自信はないんでしょう?」

からかうように悪戯っぽく笑いかけると、ますます拗ねたようにむっとする。

「そりゃあ……僕もアイツとは、もう二度と会いたくないし、倒してくれるならその方がいいけどさ」

拗ねても、『悪魔』への恐怖を正直に認めてしまうあたり、御手洗はやはり『いい人』だと思う。

「それに、あの3人は今でも、あたしたちを殺し合いに乗ってないと勘違いしてる。
だからほかの人たちにも、あたしたちが安全な人物だって伝えてくれるはずよ。その方が有利になるわ」

デパートに残るとは言ったが、光子らは言いつけどおりに籠城するつもりなどかけらもなかった。
御手洗清志という『牙』を使って最後の一人を目指すためにも。
そして御手洗の『人間を殺す』という望みを満足させてやるためにも、獲物を探しに行かなければならない。

「情報をつかまされた奴らが、油断してるところを殺すってわけか。ずいぶん姑息に立ち回るじゃないか」
「あら、あなたはそこに惚れたんじゃなかったかしら?」。

小首をかしげ、御手洗を見上げるようにする。
そっと、少年の鼻先が髪に触れるかどうかまで顔を寄せた。
御手洗は狂おしげに、深く重たい息を吐いた。

「まったく、お前はずるいヤツだよ」
「ふふ、ありがとう」

甘えるように、少年の肩に頭をもたれさせつつ、光子は冷静に思索を練る。
さて、これからどこに行こう。
御手洗はロベルトという少年と学校で待ち合わせているらしいけれど、あまり気乗りがしない。
聞いたところでは、ロベルトという参加者はとにかく『人間』に対して容赦しないらしい。
相馬光子という一般人の少女を殺さず連れ歩いているのを見れば、絶対に良い顔はしないだろう。

「これから、どうする?」
「そうねぇ――」


【F-5/デパート/一日目・昼】

【相馬光子@バトル・ロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、、乾汁セットA(甲羅、シンジャエール、イワシ水)、おにぎり(毒入り)のお弁当箱@テニスの王子様、不明支給品×0~1(武器じゃない) 
基本行動方針:どんな手を使っても生き残る。
1:学校に向かうか、別方向に向かうか……。
2:御手洗清志に奉仕し、利用する。

【御手洗清志@幽遊白書】
[状態]:全身打撲(手当済み)、まだ少し気持ち悪い
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(ペットボトル全て消費)、ブーメラン@バトルロワイアル、ラムレーズンのアイス@ゆるゆり、鉄矢20本@とある科学の超電磁砲、水(ポリタンク3個分)@現地調達
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:相馬光子と共に参加者を狩り、相馬光子を守る。そして最後に相馬光子を殺す。
2:ロベルトと中学校で待ち合わせ?
3:皆殺し。ただしロベルト・ハイドンと佐野清一郎は後回しにする。
4:あかいあくま怖い……。
[備考]
※参戦時期は、桑原に会いに行く直前です。
※ロベルトから植木、佐野のことを簡単に聞きました。




――もし、この飲み物に×がはいっていたら。



吉川ちなつにとってのきっかけは、そんなたわいもない想像だった。

別に、本当にそれが混入されたと疑ったわけではない、はずだ。
そんなことが起こるとしたら、ヤカンから目を離したすきに、4人の中の誰かが犯行をしたことになるのだから。
いくら一度は殺されかけたとはいえ、現在進行形で運命を共にしているグループから疑心を抱くほど、ちなつも猜疑心が深くはない。

ただ、ちょっと怖くなっただけ。

たとえば、怖い怖いホラー映画を見た日に、オバケなんていないと頭では分かっていても夜中のトイレに行くことを怖がるような。
あるいは、親の手伝いをしたがる子どもが、たとえ手伝わなくとも親の労力が変わらないような些末な仕事さえ、とにかく自分でやってみたがるような。
そういう、『ないだろうけど、もしあったら怖いもの』に対する、自分自身にも説明のできない予防線だった。

御坂美琴を、守りたい。
誰から守るのか、何から守るのか。
その答えは、すぐそこに提示されていた。
園崎魅音らをあんな姿に変えてしまうような、『あれ』を生み出す連中から守る。
『あれ』から、御坂先輩を守らなければいけない。
『あれ』を生みだすモノと、戦わなければいけない。

正直なところ、敵う自信などなかった。
人より意思の強さと固さに自負はあるけれど、惨たらしい『あれ』の凶悪さに比肩できる何かが己にあるかというと、とても心もとない。

そもそも、御坂美琴は吉川ちなつよりずっと戦う力がある。
戦うとかの次元で『守る』を考えても役立たないかもしれない。
これが映画なら、か弱いお姫様でも、いざという時は王子様をつき飛ばして悪漢の刃からかばったり活躍するのだろうけど。
守りたい王子様は、背後からナイフで襲い掛かっても、余裕で察知して防いでしまうような人だった。

じゃあ、そんな彼女の命が危なくなるのは、どんな時だろうと。
そこで思いついたのが、『毒殺』だっただけ。
美琴の前にお茶を置いたあの瞬間に、ふっと閃きが落ちてきただけ。

お茶を飲もうとした美琴に話しかけて、注意を引いた。
美琴より先に、ほかの誰かがお茶を飲むのを待った。
もう少し、もう少しと、そんな目であの集団を見ていた。

別に、美琴のために他の人間を犠牲にしても良かったかったわけじゃない。そこは強調したい。
とっさに湧きだした妄想じみた恐怖が、そんなアドリブを選ばせたのだ。
もし現実的に『毒が入っている可能性が……』とか考えていたら当然、お茶を飲むことを止めさせただろう。

それでも、否定できないことはある。
ちなつには確固とした『優先順位』があるということ。

そしてそれは、本質的な意味では、御坂美琴でも、船見結衣でもない。
結衣先輩のことは、いちばんに大好きだった。
でも、ちなつがいちばん好きなことは、結衣先輩と一緒にいることじゃない。


(わたし……本当は、ごらく部のみんなといるのがいちばん…………好き、だから)


危ない場所に結衣先輩がいるだけでは、ここまで不安になったりしないだろう。
いくら一般中学生とはいえ、ちなつは、船見結衣のことを『それって人間なの!?』と赤座あかりから突っ込まれるぐらいの完璧超人として美化している。
『自分よりもずっとしっかりしているはず』ぐらいには、安心していた。
ただ、ごらく部の『みんな』が揃ってここにいるとなると、『みんな』の分だけ不安の総量だって膨らんでしまう。
つまりは、そういうことだ。

「美琴先輩っ。やっぱりお嬢様学校だと、真夜中のお茶会があったりとか――」
「ないないっ。いくらなんでもそこまで漫画みたいなのはないわよ……あー、でも、少女漫画みたいな呼び方をする後輩ならいたわね……引いちゃうようなのが」

御坂美琴と、他愛ない会話をする。
これも楽しいし、不安はやわらぐ。
これは、これでいい。
無垢にふるまうのは、乙女のつとめだから。
でも、気を抜いてはいけないことがある。


――ま、まさか毒が入ってたんじゃ!

ちょっと、失言すぎた。
『もう少し』という目で見てしまったから、あんな言葉が出た。
いくらなんでも、おおげさで不自然すぎる発言。
これが推理漫画で、本当に毒殺事件だったなら、あんなことを口走ったちなつは真っ先に疑われてしまっただろう。
でも、もっともっと不自然なことを言った人がいた。

――ど、どうして――?
――『違う』っ。そんなはずが

そんなはずが、と言いかけて止めた、アスカ・ラングレー。

お茶に毒が入っているはずがない。
毒を仕込む人間なんているはずない、という意味にもとれる。
でも、引っかかった。
美琴は御手洗のことを心配するあまりにスルーしたけれど。
『そんなはずがない』なんて、まるで計画していた別のことが失敗したかののようだ。


(式波さんは……御坂さんと、2人きりになりたがってた……)


アスカと2人で会話した時に感じたこともまた、邪推を深くさせた。
最初は、ちなつを足手まといだと除きたがっているのかもなどと、むっとした。
しかし今になって思えば、あそこまでしつこく美琴以外の人間を排除するなんて、どうにも違和感がぬぐえない。

ちらりと、後ろを見る。
美琴とアスカが並んで、会話をして歩く少し後ろから、アスカがついてくる。
考えすぎかもしれない。
過敏になっているだけかもしれない。

それでも、アスカから目を離さないようにしていようと心に留めた。


【F-5/デパート付近/一日目・昼】

【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:仲間と一緒に生きて帰る。人殺しはさせない。皆を守る。
1:病院に向かい、PC機器を探す
2:初春さんを探す。黒子はしばらくは大丈夫でしょ
3:越前リョーマ、綾波レイを警戒

【吉川ちなつ@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:釘バット@GTO
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~1
基本行動方針:皆と一緒に帰る。
1:御坂先輩と共に行動し、絶対に彼女を守る。
2:アスカさんから目を離さない

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)
[装備]:ナイフ、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)
[道具]:基本支給品一式×2、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。他の連中は知らない
1:御坂美琴は、どうにかして排除したい。
2:他の参加者は信用しない。1人でもやっていける。
[備考]
参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。


【乾汁セットA@テニスの王子様】
吉川ちなつに支給。
中身は甲羅(コーラ)とイワシ水とシンジャエール(各500ml)。
見た目で判断したり名前をさらっと聞いただけでは、普通の清涼飲料水やスカッシュだと誤解しやすいドリンクばかり入っているのが特徴だろうか。
ちなみに『シンジャエール』とは番外編にて登場した立海の柳蓮二との共同制作飲料であり、
あの真田ですら白目をむいて泣きながら『たまらんスカッシュだな……』と立ち往生するほどの逸品。

【おにぎりの差し入れ@テニスの王子様】
御坂美琴に支給。
竜崎桜乃が全国大会の準決勝直後に、青学部員に差し入れした大量のおにぎり。
味の感想はリョーマと金太郎で異なるが、その発言を総合するに少なくとも不味くはないらしい。



Back:悪魔にだって友情はあるんだ 投下順 Next:第二回放送
Back:悪魔にだって友情はあるんだ 時系列順 Next:第二回放送

相馬光子という女(前編) 御手洗清志 錯綜する思春期のパラベラム(前編)
相馬光子という女(前編) 御坂美琴 ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-
相馬光子という女(前編) 吉川ちなつ ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-
相馬光子という女(前編) 相馬光子 錯綜する思春期のパラベラム(前編)
相馬光子という女(前編) 式波・アスカ・ラングレー ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-


最終更新:2021年09月09日 19:02