天体観測 ~愛の世界~ ◆j1I31zelYA



パラリと、ページをめくる。
1ページにつき、1人。
顔写真と、名前と。そして学校の名前に、何年何組と。

支給品の学籍簿には、まだ生きている中学生と、もう死んでいる中学生がかわるがわるに登場する。
常盤愛にとって、知らない顔も、知っている顔も。
ページをめくり、再会した。

中川典子。
香川県立城岩中学校、三年B組。
写真うつりが良い方なのだろう、きれいな笑顔で写っている。
とびきりの美人さんではないけれど、純朴そうだとか、愛らしいという言葉が似合いそうな女の子。
いかにも男の子が守りたいと思うような、お姫様。
大嫌いだと、最初はそう思った。
でも、殺してもいいはずなんて、決してなかった。
ページをめくる手が止まりそうになるのをこらえて、次のページに進む。

七原秋也。
癖のある茶色っぽい長髪に、猫のような瞳が印象に残る、そんな写真。
同じく、城岩中学校の三年B組。
中川典子が、いちばん信頼していた男子生徒だった。
いや、信じていただけじゃない。きっとそれ以上の、いわゆる『恋人同士』だったのだろう。
まだ、放送で名前を呼ばれていない。
つまり、今でも生きている。
常盤愛のせいで恋人を殺されて、生きている。

もしかすると、これから出会うことになるかもしれない。
そんな可能性が頭をよぎり、弱気が常盤愛を蝕みかける。
こんなんじゃ、ダメ。近くで見ている浦飯に悟られないよう呟き、さらにページを繰った。

探している人物に辿り着くまでに、知っている顔が次々と現れた。

秋瀬或の顔と名前を見て、こいつもいちおう中学生だったのかと嘆息し、

天野雪輝と我妻由乃の名前がすぐ後のページに出てきたのを見て、やっぱり秋瀬と同じ学校だったかと頷き、

宗谷ヒデヨシのソレが出てきたことで、それは盛大に顔をしかめ。

雪村螢子の肖像を目にしたことで、この人があの螢子さんかと、切なくなり。

神崎麗美のすまし顔を見たら、胸が苦しくなり、

そして、菊地善人の澄ました顔を見て、言いようのない苦々しさに襲われた。
憎悪しかない目で見られたことだとか、弁解らしい言葉のひとつも言えなかったことが辛いのは間違いなく。
けれど、ひっかかるのは、辛かったことそれ自体ではない。
菊地なんかに憎まれようが嫌われようが、痛くもかゆくもないはずだったからだ。
学校で楯突いてきたから軽く蹴散らしてやっただけの、どこにでもいる男子生徒Aだった。
イケメンだからとか、格闘技をちょっとぐらいかじっているとか、成績がいいとか、クールで女受けが良いからとかいった漠然とした自信にあぐらをかいて、
『僕は猿みたいな他の男どもとは違うんです。卑猥なことなんか考えてません』と言わんばかりの取り澄ましたポーズをしていたことが、あの時は気に入らなかったのかもしれない。
どっちにしても、菊地だって常盤のことは苦手にしているはずだと思っていたから、さも『信じていたのに裏切られた』という顔をされたことは意外だったし驚かされた。

――こんなことが無かったら、あのクラスに馴染むこともできたのだろうか。

「おい、大丈夫か?」
「平気だってば。ムカついたのがぶり返しただけよ」

浦飯には不毛な想像しかけたことは誤魔化して、立て続けにページをめくった。
何も、感傷にひたって座りこむためだけに『学籍簿』を開いたわけではない。
久しぶりにその名簿を広げた最大の理由は、『ある人物』の顔を確認して記憶するためである。



「――いた。こいつ。杉浦綾乃」



その名前を名乗った者から届いたメールが、二人の携帯をブルブルと震わせた。
殺し合いに乗った『御手洗清志と相馬光子』にデパートで襲われていると、救けを呼ぶものだった。

「こいつが『助けてくれ』って言ってきたやつみたい」

ひょっとしたら偽名かもしれないけどね。
そう言って浦飯幽助にもそのページを広げたまま見せた。
杉浦綾乃。
富山県にあるらしい、七森中学校なる女子中学校の二年生。
外見から分かることは、せいぜい髪を染めているとかガングロだとか濃い化粧をしているような分かりやすい不良生徒ではない、ということぐらいか。
生徒写真なんてたいていは少しむっとしたようにも見える無表情で写っているから、生真面目そうな性格であるようにも、その逆の性格にも見えてしまう。

「大人しそうな女に見えるぜ? この制服は『相沢雅』って女子が着てたのと同じだし、学校のダチじゃねえの?」
「『相沢雅』ならアタシとも同じ学校だってば。知らない制服だし、たまたま相沢サンが似たような服着てただけでしょ。
宗屋だって見た目からは『猿っぽい』以外分からなかったじゃん。
もしかしたら、こいつがこっそり殺し合いに乗ってて、御手洗と誰かを同士討ちさせるために仕組んだのかもしれないし……。
あ、でも、ひとつだけ分かったかもしんない」

ありふれたバストアップの証明写真を見て、あることを確信した。
浦飯が写真をより近くで見ようと身を乗り出してくる。

「なんだ、やっぱ見覚えがあったか?」
「そうじゃないんだけど。あのね、この写真から推理したんだけどさ」
「おう、言ってみろ」
「この子は――」

しごく真面目な顔をつくり、言った。



「――あってBカップってとこね。脱いでもギリギリ谷間あるかってところだわ」



『ちょっと待て、お前は誰だ、何を言っている』と言わんばかりの眼で見られた。

「……ナニよ。あんたならこういう話題に鼻の下のばすんじゃないの?」
「男子ならともかくオメーの口からそんなん言われたらビビるわ! 性格変わってんじゃねぇか!」

昔はこういう冗談も言える性格だったけれど、言ってみると恥ずかしくなった。

「ちょ、ちょっと頭を切り替えようって言ってみただけだってば!
時間が無いのにいつまでも写真見て疑ってるわけにいかないし!」

事実、『襲われている』話が本当のことだとしたら、杉浦綾乃にとっては一刻を争う問題になる。
隠れて携帯でメールをポチポチするぐらいの余裕はあるようだけれど、杉浦綾乃が何の力もない女子中学生だとして、御手洗とやらが浦飯の言うような『能力者』だとしたら、その少女が自力で切り抜けられるはずもない。

「そもそも、『御手洗』と『相馬』とかいうのがつるんでたとこはレーダーで見たんだ。
御手洗のヤローなら殺し合いにも乗ってるだろうし、このメールは真実(マジ)ってことでいいんじゃねぇか?」
「だから、その『相馬』って女が『杉浦綾乃』の偽名を使って、デパートに獲物を集めようとしてるのかもしれないじゃん。
あたし、最初の放送が終わった後に似たようなメールもらったけど、その時はガセだったもん」

このメールが天使隊の『天使メール』と同じものだとすれば、むしろ誤情報を送られている可能性の方が高いとも言える。

「だとしても、デパートに御手洗たちがいることは間違いねーんだろ? なら行かない手はねぇよ」
「ま、そうなるのよね。お腹いっぱいで全力疾走した後に戦うのはちょっときついかもだけど」
「おい。オメーも来るのかよ。いつでも電話できるようになったんだし、留守番しててもいいんじゃねえか?」

躊躇いがちに、浦飯は尋ねてきた。
御手洗との戦いが危険だから、という理由だけでないことは察しがついた。
ついさっきまで打ちしおれていた常盤が見ず知らずの誰かを救けるために立ち上がろうとするなんて、まるで無理をして何かしようという自棄にも写ってしまうだろう。
事実。
何もできないまま、罪でできたドブの中に沈んでいくなんて、怖いというのが本音だった。
『中川典子たちに償うことができないから、誰かを代わりにして償っているつもりか』と問いつめられたら、否定しきれる自信もない。
しかし、

「もう、『自分』のことだけ考えるのは止めたから」

自己満足ではないかと躊躇ったり、自棄になってみようかと思ったり、結局は『自分』しか見えていない。
それは、天使隊で人を傷つけていた頃と変わらない。
世の中を良くするだとか、悪い人間を裁くことに夢中になったつもりで、自分の傷口のことしか見ていなかった。
怖くて、弱くて、誰かに頼らなかったから。
ぜんぜん見えていなかった。写真付きの名簿を広げてみて、やっと気づいた。
顔と名前を持った中学生が、51人いる。
殺し合いに巻き込まれた時には、51人がいた。
今はもう、放送を信用するならば18人しか残っていない。
常盤の他にも50人の中学生が、怖がったり悩んだり死んだりしていた。
51人いれば、51人の世界があった。
そんな当たり前のことを、ずっと忘れていた。

「それに、やれることもやろうとしないで『生まれ変われる』かどうかなんて、分かるわけないじゃん」
ニッと笑みを広げて、白い歯を浦飯に見せる。
上手く笑えたのかは分からないけれど、その表情を見て浦飯もにやりとしてくれた。

浦飯こそ大丈夫なの、と尋ねようとしてやめた。
とりあえず御手洗清志をぶっ飛ばすというのは、亡き桑原がそいつを気にかけていたという話を聞けば分からなくもない。
しかし、その桑原と雪村螢子を取り戻せないと理解してしまって(常盤が理解させたようなものだが)、生きていく甲斐も何もないとさっき打ち明けたばかりだ。
大丈夫なはずがないに、決まっている。
それでも動くのかと尋ねたら、きっと例によって単純にあっけらかんと答えるのだろう。
「何もやらんよりはマシだ」とか何とか。
浦飯が、そういう馬鹿で良かった。

「まっ、アタシじゃさっきみたいな超人バトルについて行けないのはよーく分かったから無茶はしないよ。
御手洗ってヤツは任せるから、アタシは相馬光子の相手か、一般人の避難か……あとは菊地たちが来たときも何とかしなきゃだし」
「は? なんでそこで連中が出てくるんだよ」
「あのねぇ。このメールは他の連中にも届いてるかもしれないの。
アドレスを知られてないアタシと浦飯にメールが来たってことは、皆に一斉送信されてるかもしれないでしょ?」

最初の放送後に送られてきた『天使メール』は全員が受け取ったわけではなかったけれど、このメールもそうだとは断言できない。
本家『天使メール』は、全校生徒への一斉配信だったのだから。

「菊地たちもデパートにいれば、『アタシと浦飯は殺し合いに乗ってます』ってことにされてるかもしれない。
あの二人には絶対に信じてもらえないだろうし、最悪あたしたちが来たせいで、敵が有利になっちゃうかもよ?」

喋っているうちに、菊地たちの集団に冷たい眼で見据えられ、問答無用とばかりに凶器を持って追われる未来を嫌でも想像した。
先行するように歩き出そうとしていたのに、その足が三歩目で止まってしまう。
また自分は、失敗しようとしているのではないか。
宗屋ヒデヨシを躊躇せずに蹴りに行った時のように、また裏目に出るのではないか。
しかし、すぐ後ろに追いつく少年がいた。

「ココロの準備が要ることは分かったけどよ。
今から悩んどけばどうにかなるもんでもねぇだろ」

その声は、三歩の距離を一歩で縮めて並ぶ。

「信じてもらえようがもらえまいが、有りのままオメーを見せるしかねぇさ」

言うなり、ばしんと背中を浦飯の平手で叩かれた。

「きゃっ……」

たぶん彼なりに手加減はしたのだろう。
それでも、かなりの衝撃が身体を走りぬけた。

「少なくとも、『天使』とかいうのやってた頃のオメーよりはマシになったんだろ?
だったらいい加減、『今の自分』に腹ぁくくれ」

背筋を、強制的にぐっとのばされたような感覚がした。
腹をくくる。
その一言で、なけなしの意気地がさっと集まって『やるしかない』という意思に固まった心地がする。

「そうだね。行こっか」

眼がしらが熱くなるほどの嬉しい気持ちと、悔しいという想いが同時に来た。
浦飯には借りを作ってばかりいるのに、
彼が喪った大切なものを、常盤愛では埋めることができない。
何かを、したかった。
自分たちは色々と間違ったことをしてきたけど、
せめて、皆が浦飯には優しくしてくれるように、どうにかしたかった。
そういうことは、男の友情だろうと女の友情だろうと違わないはずだから。



「――んじゃ、急ぐか。乗れよ」



腹をくくった常盤愛は、しかし眼前のソレを見て再停止した。

気が付けば浦飯が進行方向に回りこんでいて、
身体を前かがみにしゃがみこませ、常盤へとその背中を差し出していた。
その背中におぶされと言わんばかりに、両腕を背後へと伸ばして。

「何よそれ。なんでおんぶなの」
「一刻を争うんだろ。二人で走るより担いで走った方が速い」
「あ、あたし、そんな遅くない」
「お前に体力があるのはさっきの戦いで分かったけどよ。それでも俺が担いだ方が速いだろ」

その通りだった。
放送前の戦いでいともたやすくなぎ倒された木々のことを思い出す。
浦飯の力があれば常盤を背負ったまま走るのも、ディパックを背負って走るのと大差ないだろう。
しかし、正しいことと、それを躊躇なくできるかどうかは別だ。

「だ、だからってそんな恥ずかしい運び方しなくたっていいじゃない」
「けどよ、ひと一人運ぶとなったらおぶさるか……こうなるぞ?」

浦飯は立ち上がり、大きな荷物でも抱えるように両の腕を体の正面で曲げてみせた。
女性の背中と太ももの裏をホールドして運ぶときの……いわゆるお姫様だっこのそれだ。

「もっとダメ」
「なら、こうするか?」

そう言って、右腕を体の横で半円を描くように曲げた。
いわゆる『小脇に抱える』と表現される抱え方だ。
おそらく、抱えられるのは常盤の腰のあたりだと思われる。
そして浦飯は気付いていないのだろうが、腰のあたりで抱えられたら、スカートの丈からいっても『見える』。
もっと言えば、今日のパンツはイチゴ柄である。

「……おんぶでいいです」

観念して、浦飯に体重を預けた。
生暖かく、少し汗のまじっている体温が、しがみついた手のひらとお腹のあたりに伝わる。
男の子の身体だと、思った。
浦飯がひょいっと立ち上がる。それによって常盤の視界が上方向へと傾く。
その一瞬で、突き抜けるような夜空が視界に入った。

「つかまってろよ」と、声がかけられる。浦飯が走り出す。

――空には、ちょうど一番星が輝きはじめていた。

【F-6/一日目 夜】

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0~6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:デパートに向かい、メールの送信者を助ける
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※浦飯幽助とアドレスを交換しました

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: デパートに向かい、御手洗をぶっ飛ばす
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する
[備考]
※常盤愛とアドレスを交換しました

最終更新:2021年09月09日 20:17