Wake up! dodo ◆7VvSZc3DiQ


「……で、だ。俺たちはその『未来日記』ってのを巡って、あれやこれやの大活劇を繰り広げてたってわけだ!」
「ふーん……で、そのケータイがあんたの『未来日記』……えーっと、高坂日記?」
「ノンノン。Neo高坂KING日記! この俺様と、俺の周りの奴が輝いていた瞬間を予知する日記だぜ!」
「あー、はいはい。カッコいい名前でちゅねー。でさ、あんたってそれをあたしにペラペラ喋ってよかったわけ?
 そのケータイってどう考えてもあんたの生命線じゃん。もしそれをあたしに奪われたらとか、考えなかったの?」
「……あ」
「……はぁ。最初に会ったのがこんなバカって、あたしってホント不幸」

『ゲーム』開始から数十分後、高坂王子と神崎麗美の二人はばったりと出くわした。
この『ゲーム』の目的は、他者を一人残らず殺害し最後の一人になることだ――
そんなことを言われても、よし分かったと殺し合いを始める人間がどれだけいるだろうか。
そしてこの二人も様子見を選んだ参加者だったわけだ。
最初こそ互いに牽制し合っていたものの、危害を加える様子がないことからだんだんと警戒を解いていき、結局二人は行動を共にすることにした。

こんなものは悪質な悪戯に決まっている。
もし本当に殺し合いなんて始める素振りを見せれば異常者扱いされて病院送りにされるかもしれない。
そこらの建物の陰から黒服の男たちが大勢現れて殺人鬼候補者を何処かへ連れていってしまう光景が簡単に想像できると、二人は冗談交じりに話していた。
とはいえ――本当に殺し合いを強制されているというならば。
今は笑い合っている相手とも、いずれ命を賭けた戦いをせねばならないということだ。

「それに……このケータイの名簿が本当なら」

携帯電話のアドレス帳には、高坂と麗美の級友たちの名前も載っていた。
昨日まで仲間として過ごしていた親友たちとも殺し合わなければならない――考えただけでも胸糞悪くなる話だ。

「だいたい、なんで俺たちがこんなことやらなくちゃいけねーんだよ。
 確かに雪輝たちは神の座がどうとかでバトルロイヤルやってたけどよ――」
「あんたはただの一般人Aで、こんな殺し合いに巻き込まれるなんて思ってもなかった……でしょ。
 さっきから何回言ってんのよ。だいたい話を聞いてる限りじゃあんたたちだって相当その話に噛んでるみたいだけど」
「そりゃ確かに流れで俺たちも色んなことやったし、死にそうになったこともあるけどさ……
 俺は一度だって自分が神様になろうなんて考えたことなかったぜ。俺なんかより呼ばれるべき奴がいっぱいいるはずなんだけどな」

雨流みねね、上下かまど、ジョン・バックス――高坂の知る未来日記所有者のほうが、よほどこの殺し合いに向いているはず。
だが彼らの名前はアドレス帳には登録されていなかった。

「そういうこと言うんなら、あたしたちのほうがよっぽど心当たりないわよ。こちとら善良な一般学生貫いてるんだから。
 そんなマンガやアニメみたいな設定なんてじぇーんじぇん知りましぇーん」
「……とにかく、こういう時に頼りになるやつを俺は知ってる。とりあえず秋瀬に任せればどうにかなる……はずだ」
「どんな事件でも解決する名探偵ねぇ……金田一少年かっつーの。みんな殺されてから事件解決しましたなんて、全然解決じゃないんだからね?」

あーあ、とため息をつく麗美だった。
しかしここで愚痴をこぼしていたところで事態が好転するわけでもない。
未だ真実とは信じられないが――この首に巻かれた鉄の感触は、紛れも無い現実であるのだから。

「で、もし途中で他のやつに会ったらどうするつもりなんだ? 俺らみたいに話が通じる相手ならいいけどよ」
「問題は、本気で殺し合いやるつもりの奴よね……あんた、そのケータイの他に武器持ってないの?」
「見ろ、このバットを! ハッハッハッ、こいつで一発逆転大ホームランだぜ!」
「見ろ、この銃をー、ばきゅーん」
「……って、えええええええええ!? そ、それってまさか本物か……!?」
「そうみたいね。試し撃ちしてみる?」

麗美の手に握られていたのは鈍色に光る拳銃だった。
添えられていた説明書によると、銃の名称はベレッタM92。
銃器にさほど詳しくない麗美にとってはベレッタという名前を聞いたことがある程度だったものの、これが人の命を簡単に奪える武器であるということは分かっている。
まさか実銃まで支給されるとは――もし本当に殺し合いをやるつもりなら、相当な当たり武器だろう。

(これが必要になる事態ってのは、ちょっと勘弁したいんだけどね……)

銃を、人に向けて撃つ――たとえ殺意がなかろうと、一歩間違えれば相手の生命を奪ってしまう行為だ。
そういう意味では高坂が持つバットのほうが扱いやすい武器なのだろう。
だが、どこかでこの銃が必要になる場面がある――殺し合いに対して半信半疑でありつつも、麗美の直感はそう告げていた。

「お、俺に貸せるような武器はないのか!?」
「ないわよ。あたしに支給されたアイテムってこれだけだもん」
「ちっくしょおおおおおおおお!! それじゃ俺が輝けねーじゃねーか!」
「知るか、バカ……ほら、バカやってないでさっさと行くわよバカ」

麗美たちが今いる地点は、GPSソフトによるとG-2らしい。
知り合いとの合流を考えるなら、彼らが向かいそうな場所へ自分たちも足を運ぶのが一番良いだろう。
この携帯電話の通信機能が使えれば話は早かったのだが、アドレス帳に載っていたのは名前だけ。
電話番号もメールアドレスも載っておらず、連絡をとる術は現在のところないようだ。
あの『声』が言うには通信機能はオミットされているらしいから、たとえ番号が分かったところで役に立たなかったかもしれないが……

「この中で秋瀬って奴が行きそうな場所ってある?」
「うーん……どうだろうなぁ。この中なら、タワーかビルか」
「タワーにビル? なんでよ」
「ここに連れてこられる前、俺たちはツインタワービルってところに乗り込もうとしてたんだよ。
 だからこの二つは、そのまま目印になる可能性がある。問題はタワーとビルがまったく別のところにあるってことなんだけどな」
「ふーん……なるほどね。確かにタワーにビルなら、他のランドマークに比べて他の人たちが優先的に向かう確率も低いだろうし」

まずは近場のタワーの方から行ってみることにした二人は、歩みを北の方へと向けた。
だが、その歩みはすぐに止まることになる。二人の前に、一つの影が現れたのだ。
影の正体は軍服らしき服を来た、三つ編みの少女だった。
音もなく二人の前に姿を現した少女は、

「ごきげんよう。私の名前はマリリン・キャリーと申します」

と、自己紹介。マリリンに釣られる形で、

「あ、どうも。高坂王子です」
「王子さん。素敵な名前ですわね!」
「だろ?」
「何が『だろ?(ドヤァ』よ。……で、マリリンさん? あなた、私達にどういうご用件で?」
「ああ、たいしたことではないですわ。あなた達にお聞きしたいことがあって声をおかけしましたの。
 ――あなた達は、“神様候補”と“能力者”、“空白の才”という言葉に聞き覚えがあるかしら?」

二人ともそのような言葉に心当たりはない。
確かに未来日記の所有者は神様候補と言えるかもしれないが、あくまで予知は日記に依存しているため能力者というには微妙だ。
空白の才という単語にいたってはまるで聞き覚えがなかった。
そのことを素直に話すと、マリリンは眉をひそめ困ったような表情を浮かべた。

「そうですか……それは残念ですわね」
「わりーな、力になれなくて。……それで、もし良かったらなんだけどさ、お前も俺たちと一緒に行動しないか?
 俺たちはどうにかしてここから逃げ出そうと思ってるんだ。今は仲間を探してるところでよ――」
「いいえ、御心配には及びませんわ。だって私――ここから逃げ出すつもりなんて、さらさらありませんもの」

マリリンの言葉に即座に反応できたのは、会話をしていた高坂ではなく麗美のほうだった。
高坂の腕を取るとマリリンに背を向け、全力で走りだす。

「お、おい、どうしたんだよ!?」
「バカ、わかんないの!? あいつ、ここから逃げ出すつもりがないってことは――殺し合いの席に、自分から座ったってことじゃないの!」

あるいは自殺志願者か、単なる脳天気か。
だが、麗美の直感はマリリンの正体がそんな生やさしいものではないと言っている。
目だ。マリリンが高坂と麗美を見ていた時のあの目には、友好の色はなかった。
まるでこちらを値踏みするような、人を人とも思わない目だ。

「あっち! とりあえず、あそこらへんの建物に入ってやり過ごす!」

出会ったのが市街地で助かった。
もし開けた土地だったならマリリンを撒くのに手間取っただろうが、市街地ならば視界を遮る障害物はいくらでもある。
ちらりと後ろを振り返ると、マリリンはこちらを追いかけ始めてすらいない。
これだけの距離があるなら、逃げ切るのは難しくないはずだ。

    !?

「あら、随分察しがよろしいのですね……ひとまず、危害を加えるつもりはありませんわ。
 あなた達の支給品――それがいただければ、悪いようにはいたしません」

                   !?

そう思っていたはずなのに――マリリンは、二人の目の前に立ちふさがった。
距離を詰められたことも追い抜かれたことも知覚できないうちに、いきなり結果だけが発生した。
どれだけの超スピードを出せばこのような芸当が出来るのか。
恐ろしいことに、当のマリリン本人は汗一つ流さず、息一つ切らさずに二人の前に立っているのだ。

「“能力者”……なるほどね。どうやらここがあたしの知ってる常識が通じないってのは、本当みたいね」
「あらあらあらあら、本当に鋭いのですね! ああ、あなたが能力者でないことが残念でしょうがありませんわ。
 あなたに能力があれば、きっと私を楽しませてくれたでしょうに……
 さて、もう一度お願いいたします。あなた達の支給品を、私に譲っていただけませんか?」

満面の笑みを浮かべ、マリリンは二人に詰め寄る。
対する二人は冷や汗を滲ませながらマリリンの出方を伺っていた。
支給品さえ渡せば危害を加えるつもりはないとマリリンは言う。しかし、その言葉を素直に信じる訳にはいかない。
マリリンに銃をはじめとした武器類を全て渡してしまえば、マリリンがその武器を使って殺しにかかってきた場合対抗することが出来ない。
いざとなれば武力行使も辞さない態度のようだが、すぐに行動に起こさないということは今の状態なら二人を相手にしては無傷で済ますことが出来ないということを表している。
この支給品を渡せば、天秤は確実にマリリンの側へ傾いてしまう。
だが、逃走という手段は既に一度阻止されている。
先の様子を見る限り、少なくとも何らかの手段を用いてマリリンの足止めをしない限りは何度試みたところで追いつかれるだろう。
しかし、魔法か超能力かというべき超スピードで行動できるだろうマリリンを相手に、如何なる手段が取れるだろうか?

「……高坂。そのケータイ使ってどうにか出来ないの?」
「まだ駄目だ。Neo高坂KING日記には俺が輝く未来が書かれてない……」
「……確かさぁ、その日記って、所持者であるあんたの行動次第で記述が変わるのよね?
 あんた今からどうするつもりだった? 逃げるつもりだった?」
「あ、ああ。そのつもりだったけど……」
「だったら逆に……戦う未来を選んだ時、日記はどうなるの?」
「はぁーっ、本気かよ!? あんなスピードで動く相手に……って、え?」

『マリリンの手刀を右斜め後ろに跳んで華麗に回避! 俺って輝いてるぜっ!』
『マリリンの足払いをジャンプしてかわしたぜ! 俺って輝いてるぜっ!』
『マリリンのタックル! まるで闘牛士のようにヒラリと舞う俺……輝いてるぜっ!』

高坂の持つ携帯電話に表示されていたのは、マリリンの攻撃をかわし続ける高坂の未来。
理屈は分からない。だが、高坂はマリリンに対してまったく戦えないというわけではないようだ。
未来日記によって予知されているのは、全て高坂の回避行動だった。
攻撃の予知が表示されていないということは、高坂の方から仕掛けてもマリリンに対して有効打を与えられないに違いない。
しかしそれでも時間稼ぎならば出来る。時間が稼げるなら――!

『麗美がマリリンの能力の正体を暴く。俺程じゃねーが輝いてるぜっ!』

「予知が……来た!?」
「――よし! 高坂、その予知通りに動いてっ! あたしがなんとか方法を見つける!」
「く、くそぉっ! やぁってやるぜっ!」

携帯電話を片手に、バットを逆の手に構え、高坂はマリリンに飛びかかる。
マリリンの腕を狙って振り下ろされたバットは、しかし空を切った。
先ほど二人の前に回りこんだ時のように、マリリンは高坂の背後に回る――!

「お粗末ですわね。――あなたじゃ、お話にもならない」

高坂の背後から振り下ろされた手刀が首元へと直進する。本来ならば絶対に反応できない死角からの攻撃だ。
だが、高坂はマリリンの方を振り返ることなく、右斜め後ろへジャンプ。すんでのところで手刀をかわす。
息を吐きながらマリリンと距離を取る高坂の姿を見ながら、マリリンは怪訝そうな顔を浮かべた。
高坂の動きはどう見ても素人のそれ。ならば、今の回避はただのラッキーなのか?
――いや、違う。今高坂が浮かべている表情は、攻撃を偶々かわせたときの安堵の表情ではない。

「……なるほど。無謀さ故の特攻とは違うということかしら。
 いいですわね……ゾクゾクしてきましたわ! あなたは――私をどれだけ楽しませてくれるのでしょうか」
「へへっ……! かかってこいよ! ……今の俺って、輝いてるぜ――っ!」

マリリンと高坂が再び接近し、攻撃と防御を繰り返すさまを麗美は少し離れたところから観察していた。
高坂が時間を稼いでいる今、麗美は少しでも早くマリリンから逃げる術を考えなければならない。
しかしそれは決して簡単なものではない――それどころか、正解が存在しない問題であるかもしれない。
それでも、答えがないなら無理矢理にでも答えを創りだす。そうやって無理難題に体当たりし続けた男を、麗美は知っている。

(先生なら、こんなのジャーマンスープレックス一発で解決しちゃいそうだけど……
 そんなのあたしのやり方じゃない。あたしは、あたしの力でこの問題を解決しなくちゃね)

麗美にはこの状況を力技で解決するだけのパワーはない。だが麗美には、力の無さを補うだけの頭脳を持っている。
神崎麗美はIQ200を超す天才児である。そんな彼女が持つ特技の一つに、一度見た映像を決して忘れないというものがあった。
それを駆使すれば、まるでアルバムに収められた写真を一枚一枚眺めるように、記憶の細部までも鮮明に思い出すことが出来る。
麗美は今マリリンの動きを懸命に目に焼き付けながら、同時にあらゆる可能性を一つ一つ検討しているのだ。

(まず一つ、分かったことがある。マリリンは回避や移動では超スピードを使ってるけど、その速度を利用して攻撃することはない。
 そのまま攻撃すれば、たとえ未来が読めている高坂だってかわしようがないはずなのに――)

マリリンが超速度で移動するとき、その速度は麗美の眼力では到底追い切れないレベルに達している。
記憶の中の映像を一枚一枚コマ送りに近い形で再生することで、ようやくマリリンが超速度で動いていることが確認できるほどだ。
人間をやめ人外にでもならなければ出せないのではないかと思われる速度だが、マリリンは高坂を攻撃する際、その速度では決して攻撃しない。
十分に速いものの、鍛錬さえ積めば出来ないことはないのではないかと思わせる程度の速度でしか攻撃しない。
これが高坂がなんとか戦えている理由の一つなのだが――どうしてマリリンは、あえて攻撃の手を緩めるような真似をしている?

(考えられるのは、攻撃『しない』んじゃなくて『出来ない』理由があるんじゃないかってことだけど――
 もしそうなら、マリリンとあたしたちの戦力差は、きっと思っているよりずっと少ないはず。
 だけど――あたしたちが逃げたところでマリリンはただ追いかけてくればいいだけの話だから、決して状況が良くなったわけじゃないのよね。
 あの超速移動を繰り返してもそう疲れている様子は見えないし。ああもう、どうしろってのよ!?)

どこか違和感を感じながらも、麗美は逃走のための打開策を見つけきれずにいた。
何かがどこかでひっかかっている。
喉に刺さった小骨のようにすっきりとしないこの感覚が取り除かれた時、麗美にとってのジャーマンスープレックスが炸裂するはずなのに。
違和感の正体はどこにある? この数十分の記憶を再び洗いざらい調べてみる。

マリリンの姿に――何かある――? もっと。もっと鮮明に。脳の血管が切れてもいい。集中するんだ。
足――違う。腕――違う。胴――これも、顔――これも違う!
ならば逆に、高坂の動きに何かあるのかと考え、マリリンのとき同様に再び記憶を見返していく。
しかし、見つからない。気持ちばかりが焦っていく。未だ疲労の色を見せないマリリンと違い、高坂は明らかに疲れ始めている。
いずれはマリリンに捕捉され、打ち倒されるだろう。そうなってしまえば麗美一人で逃げ切る事は難しい。

その時、逸る麗美を制するように、風が一つ吹いた。麗美の金の長髪が風になびき、視界を遮る。
大事なときになんでこんな邪魔が――と、その瞬間。閃きが麗美の脳内を走り。

「おい、麗美! まだなのかよ! あと一二分ならまだしも、十分二十分延ばせってのはさすがの俺様でも無理だぜ!」
「延ばす――? そっか! 高坂、あんたバカだけど輝いてるよ!」

高坂の一言で、閃きは脳天からつま先まで貫くように駆け巡った。
この閃きが正しいなら、マリリンから逃げ切れる――間違いない!
麗美の呼ぶ声に、高坂はマリリンの攻撃を避けながら麗美の方へと近づいていく。
麗美は高坂の耳元に口を持っていくと、小声でなにやら指示を出した。

「……よし、分かった! 麗美、お前も俺程じゃねーけど輝いてるぜ!」
「はいはいどうも。……んじゃ、タイミングが一番大事なんだからね。失敗するなよー」

すぐに離れると、再び高坂はマリリンの方へと突進し――

「うおおおっ!」
「馬鹿の一つ覚えという言葉を知ってらして? そんな見え見えの攻撃――」

マリリンが再び高坂の眼前から消え失せようとしたその瞬間。

「今よ高坂! 目と耳ふさげぇっ!」

麗美の声と共に、轟音と閃光が炸裂した。一瞬の拡散、そして収束。
爆発したのは、麗美に支給されていた閃光弾(フラッシュバン)だ。
轟音と閃光で殺傷することなく相手を無力化することを目的にした武器である。
一瞬のうちに暴力的なほどの音と光を炸裂させ、一時的な失明、難聴などの状態にすることで無力化するこの武器。
事前の打ち合わせで使用の合図をもらっていた高坂はタイミングを合わせ光に背を向け、耳をふさぐことである程度の威力軽減に成功していた。
とはいっても、軍事用に開発された爆薬を素人対策で完全に防ぐことが出来るはずもない。
距離を取って防御していた麗美に手を引かれる形で、二人はマリリンから離れていった。

「……ってー、まだ耳がじんじんするぜ。で、マリリンのほうはどうだ?」
「まだショックが抜けきってないみたい。このまま一気に離すわよ!」
「しっかしよー、お前もあんなもの持ってたんなら早く言えよ! 銃出したときにもらったのはこれだけだって言ってなかったか?」
「生命線になる道具について他人にペラペラ喋るなんてバカだって言ったでしょ。
 それに、あのタイミングだったから逃げられたんだし。あたしに感謝しなさいよねー」
「そうそう、それだよ。どうしてあのタイミングだったんだ?」
「あー、それはマリリンの能力の正体が関係してくるんだけど……」

麗美が説明するにはこうだ。
麗美が推測したマリリンの能力の正体――それはずばり、時間を操る能力。
マリリンは超スピードで動いていたのではない。おそらく、時間を引き延ばすか遅くすることにより、相対的に自分の動きを速くしていたのだ。

麗美がそこに辿り着いたきっかけは三つ。

一つは、戦っていたマリリンの髪がまったくなびいていなかったことだ。
あれだけの速度で動いていれば、髪はざんざばらばらになびいているのが普通。しかし、マリリンの髪はまったくなびく様子がなかった。

二つ目は脳内映像をコマ送りした時の違和感の正体――それは、言うならばマリリンと高坂でコマ数が合っていなかったことに起因する。
高坂の動きとマリリンの動きはそれぞれ単独で見ればなんら不自然なところはない。しかし組み合わせたときに違和感が生じる。
この違和感は一体どうして発生するのか。これは、マリリンが時間を引き延ばしながら行動していると仮定すれば説明出来る。
例えるなら、一秒あたり六コマのフィルムと六十コマのフィルムを無理矢理に組み合わせたような不自然さ――
フォトグラフィックメモリーという特殊能力を持っている麗美が何度も同じ映像を再生したからこそ気付くことが出来た違和感だった。

最後の三つ目の鍵は、高坂の「一、二分を十分に引き延ばす」という言葉。
この言葉が契機となり、麗美の中に漂っていた正解へのピースが瞬時に組み上がったのだ。
無論、本来の麗美ならばこんな絵空事のような推測は馬鹿げていると仮説を捨てていただろう。
高坂の持つ未来日記という、麗美の常識の範囲外にあるアイテムを既に見ていたからこそ持てた発想である。

そして麗美が選んだ対抗策は閃光弾の使用。
これを選んだ理由はただ一つ。マリリンが、時間を引き延ばすというのなら――こちらの反撃も、その引き延ばしに便乗させる。
マリリンが時間を引き延ばす中で自在に動けるというのなら、マリリンにとっての主観や感覚もそれに合わせて変化しているはず。
仮に麗美たちにとっての一秒がマリリンの十秒になるとしたら。
麗美たちの感覚では一瞬だけ炸裂するはずの閃光弾の轟音と爆発も、マリリンにとっては数秒、数十秒に引き延ばされるということだ。
本来の数倍の威力になった閃光弾をくらえば、マリリンだって無傷ではすまないはず――その間にこちらが逃げる時間は十分に稼げるはずだ。
その目論見は見事に成功し、マリリンはショックに倒れている間に麗美たちは逃走のチャンスを得たというわけである。

「なるほどな……すげーじゃねーか、麗美! やっぱりお前輝いてるぜっ!」
「ま、それほどでもないわよ。あたしにかかればこの程度の謎ちょちょいのちょいで解決ね」


「ええ――素晴らしいですわ。相手が一般人だと油断していたのは認めますが、あなた方の問題解決能力は称賛に値しますわね」


「なっ……どんなタフネスしてんのよっ!?」
「だけど、まったく無傷ってわけじゃなさそうだぜ……!」

走る二人の前――再びマリリンが立ちはだかる。
しかしマリリンとて決して無傷ではない。閃光弾によるショックは抜けきらず、疲労困憊の様子だ。
眼の焦点も合っていないことから視力も未だ回復し切っていないことが伺える。
だが、その身に纏う気配といったものは、先ほどまでのそれとはまるで違う。
さっきまでは、どこかに二人を試すような気配があった。今のマリリンにそのような緩みや余裕はない。
獲物である二人に狙いを定め、確実に狩ろうとするハンターと化していた。

「……もしかして、今のこいつなら俺でも勝てるんじゃねぇのか……!?」

先ほどまでと違い、手負いとなったマリリンならば自分でも戦えるのではないか。
そう考えた高坂が、バットを振り上げマリリンへと突撃する。
だが先ほどまでの交戦と同様にバットは空を切り――高坂は、そのまま吹き飛ばされた。
バットがカラカラと音を立てて転がり、高坂は無様に地を舐める。

「ぐっ……!? 超速度のままじゃ攻撃できないんじゃなかったのかよ……!?」
「……どうやら“一秒”を“十秒”に変える能力をあなた方に使っても、才が減ることはないようですわね。
 本当に才に関するルールが改正されているのか、他の能力者の方に実験してもらうまでは慎重に行くつもりでしたが……
 あなた方は私の能力を見破り、一時的にとはいえ私を追い詰める寸前まで行きましたわ。そんな方に会ったのは初めてです。
 あなた方となら――私は、今までにない戦いを……生きているという充実感を得ることが出来るでしょう!」

まずい――麗美は心の中で舌打ちする。
マリリンと対峙しながらもどうにかやり過ごせそうだったのは、マリリンが能力を攻撃に使うことがなかったからだ。
もし超速度での攻撃がマリリンから繰り出されるのなら、今度こそ勝負の天秤はマリリンの側に傾いてしまう。
支給された閃光弾はさっき使った一個だけ――同じ手はもう使えない。
麗美たちの勝機は、完全にゼロになる――もし、このまま何もしないのならば。

(――仕方ない。覚悟決めるっきゃないかぁ)

「マリリン。今から一つ、勝負をしましょう。私は――あんたから全力で逃げる。
 あんたがあたしを捕まえられたらあんたの勝ち。逃げ切れたらあたしの勝ち。単純でしょ?」
「……私がそうやすやすと逃げさせると思いまして?」
「思ってない。だけど――あたしにはまだ、未来が残っている。他の誰にも決められない、あたしだけの白紙の未来がね。
 それが残っている限り、あたしは諦めない。あたしの未来は、あたしが決める!」

 だってそれが――あたしが先生に出会って、教えてもらったことだから!

「高坂! 集合、タワーじゃない方!」
「おい、何やってんだよ麗美ぃ! お前一人でって……逃げ切れるわけないだろうが!」
「任せなって、高坂。なんたってあたしは、あんた程度には輝けるんだぜっ。ぶいっ」

くっくっくっと、マリリンが笑う。

「なるほど……あなたが囮となることで、王子さんは逃がすことが出来る……とんだ甘い考えですわね。
 自分一人の身さえ守ることができないあなた達が単独行動を取ったところで、どちらにせよその行動は無駄になりますわよ」
「無駄になるかどうかなんて、やってみなくちゃわかんないでしょ?」
「いいえ、言い切れます。――あなたの行動は、仲間を救うことでヒーローになった気分でいるだけのただの自己満足に過ぎません。
 ですが……そうですね、私の能力を見破った報酬代わりに、そのゲームに乗りましょう」
「……よし、言ったわね。女に二言はなし。あたしが逃げ切ったら素直にあたしも高坂も諦めるコト。OK?」
「了解ですわ。それで……ゲームの開始はいつから?」
「あー、ごめん。その前に、少しだけ時間もらっていいかな?」


「――これは、本当に最後の切り札にするつもりだったんだけどなぁ」

麗美は制服の内ポケットに入れていた携帯電話を取り出すと、とある番号を打ち始めた。
十一桁の番号を打ち込み、通話ボタンを押す。
通信機能は制限されているはずなのにと怪訝そうな顔をするマリリンを尻目に、麗美は携帯を顔の横へもっていき、通話を始めた。

「――もしもし? 神崎麗美よ。ええ、契約するわ。――未来日記・『逃亡日記』の所有者登録をお願い」
『――よかろう。神崎麗美よ――お前はこれから、逃亡日記の所有者じゃ! 詳しい説明は必要か?』
「今、取り込み中なの。あとでお願いね、えーと――」
『ムルムルじゃ。それでは新しい日記所有者よ。おぬしの健闘を祈っておるぞ』

通話を終えると、麗美は携帯の画面を注視し、

「言っておくけど――あたしは別に、玉砕覚悟でゲームを持ちかけたわけじゃない。やるからには、勝たせてもらうわよ」
「それは楽しみですわね。――どうか私を幻滅させないでくださいましね?」
「それじゃ。3――」
「2――」
「1――」
『0!』

神崎麗美の逃走が始まる。


【G-2/市街地/一日目・深夜】

【高坂王子@未来日記】
[状態]:疲労、軽い打撲とすり傷
[装備]:携帯電話(Neo高坂KING日記)、金属バット
[道具]:基本支給品
基本行動方針:秋瀬たちと合流し、脱出する 
1:俺って……輝けるのか!?

[備考]
参戦時期はツインタワービル攻略直前です。

【神崎麗美@GTO】
[状態]:健康
[装備]:携帯電話(逃亡日記@未来日記)、ベレッタM92
[道具]:基本支給品
基本行動方針:菊地たちと合流し、脱出する 
1:マリリンから逃げ切る

[備考]
逃亡日記@未来日記の支給は、登録のための電話番号を書いた紙が支給される形で行われました。
指定番号に電話をかけ登録すると基本支給品である携帯電話が逃亡日記となります。
予知の効果範囲や他者が登録する場合の条件などについては後続の書き手に任せます。

【マリリン・キャリー@うえきの法則】
[状態]:一時的な視力、聴力の低下(時間経過と共に治ります)
[装備]:特になし
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3(戦闘に使えるものではありません)
基本行動方針:装備を整えつつ状況に応じて行動
1:麗美を追いかける

[備考]
参戦時期は三次選考開始直前です。



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START 高坂王子 バトロワの王子様
START 神崎麗美 重なり合う死をかわして
START マリリン・キャリー 重なり合う死をかわして


最終更新:2012年04月04日 23:07