残酷な天使のアンチテーゼ ◆j1I31zelYA
――ずっと、君と一緒だ。
そう約束した男の子がいる。
いきなり殺し合いを宣告されたというのに、当たり前のように彼女を信じてくれた。
熱を出して足手まといになっても、それで彼自身の身を危うくしても、嫌な顔ひとつせずに助けてくれた。
彼女もまた、彼を助けたいと思ったし、彼は彼女を必要としてくれた。
一緒に、あの生まれ育った国をぶっ壊そう。
あの『バトルロワイアル』から逃れ、終わりのない逃避行を始めた最初の日に、彼と彼女はそう約束した。
――お互いを信じ敬い、これを助けてくれ。
そう言い残していった友達がいた。
痙攣する体で、小さな声で、それだけが望みだと言い残した男の子は、最後まで彼女と彼のことを守り続けてくれた。
彼に向かって、彼女を守ってやれと激励してくれた。
彼女にもまた、彼のことを守ってやってくれと頼んでいた。
今はいないその友達のおかげで、2人はあの悪魔の島から逃げられた。
2人がいたから、生き残ることができた。
2人を信じられたから、あんな島でも笑いあうことができた。
信じられる相手がいたから、生き残ることができた。
だから、今度もあたしは人を信じる。
信じることで道が開けると信じる。
信じあえることを信じる。
「安心して。あたしは殺し合いに乗ったりしてないわ。あなたも、殺し合いなんてしたくないでんしょ?」
「ほ、本当……ですか?」
鉢合わせた少女は、こわごわと言葉を返した。
がたがたと震えて、じりじりと後ずさる姿は、とても戦いと縁のある人間には見えない。
未だ警戒を解かずに、両手で握りしめた鉈を、牽制するように掲げている。
同じだ、と思った。
かつての『プログラム』で起こったことと、そっくり同じだ。
この子も、死んでいったクラスメイトたちと、何より昔の自分と同じだ。
殺されるかもしれないのが怖くて。
1人でいるのが怖くて。
けれど、仲間をつくるのも怖いのだ。
果たして信用できる仲間がいるのか、分からなくて。
そういう気持ちは、誰よりも自分が、よく分かっていた。
こう言う時、パートナーである七原秋也ならどうするだろう。
あの、ポジティブで思いやりがあって、よくも悪くもお人好しの、彼なら。
決まっている。
中川典子は、その少女を安心させる為に、所持していたサブマシンガンとディパックを地面に落としてみせた。
にっこりと、精一杯の逞しい笑顔をつくる。
「あたしは、このプログラムからの脱出を考えているの。
あなたが殺し合いに乗るつもりがないなら、あたしと一緒に行動しましょう。
あたしたち、きっと力を合わせることができるわ」
+ + +
女の子の手をひいて、路上に立っていた大きな売店の中に入る。
特産品らしい野菜が陳列されているその売店は、いわゆる『道の駅』というお店だろう。
死角の多いそこは、当座の作戦会議をするには適していた。
「じゃあ、考えを整理しましょう。
『白井さん』は、前回のプログラムから行方不明者が出たことを知らない。
……それだけならまだ『ニュースを見なかった』で済むとことなんだけど、
『プログラムそのものを知らない』っていうのはちょっと不可解ね。
もちろん、白井さんを疑ってるわけじゃないのよ。
あたしが、アメリカ行きの船にいたはずなのに拉致されていたこともあるし、常識を外れたことが起こってるってこと」
『白井黒子』と名乗った小柄な少女を相手に、典子は考えを打ち明けた。
「はい。あたしも、普通に学校で友達とおしゃべりしてたはずなのに、ここにいたんですぅ。
だから、爆弾とか神様とか言われて、パニクっちゃって。
中川さんの知ってる『プログラム』にも、そういう言葉が出て来たんですか?」
黒子は瞳をウルウルとさせて、すがるように典子を見つめる。
「ううん、あたしの参加した『プログラム』は、あくまで軍の実験だったわ。
原因は分からないけど……あたしたちの知識に食い違いがあるみたいね。
あたしの支給品にも、『天界』がどうとか、よく分からない説明が書いてあったもの。
もしかしたら、『神様』について知ってる人だって参加者にいるのかもしれないわ」
混乱しそうになる頭を制御して、分かっている事実を元に、考えを組み立てる。
中川典子は、もう大東亜共和国の『どこにでもいる中学生』のままではいられない。
この手で銃を打ち、信念の為に手を汚す覚悟も決めた。
七原秋也と共に、国を壊す革命家を目指すと決めた。
かつての『プログラム』で助けてくれた少年のように――とまではいかないが、
彼の不在を補う為にも、考える力を身につけないとはいけない。
「そうなると……情報を集める為にも、他の参加者との接触が第一になるわね。
それに、秋也くんとはできるだけ早く合流しておきたいの。
死んだはずのクラスメイトが名簿にいることも話し合いたいし、何より彼は頼りになるしね」
「あの……その七原さんって、中川さんと一緒に殺し合いを生き残った人なんですよね」
「ええ。でも、助けてもらったって言う方が正しいかもしれないわ。
あの時の私は、足を撃たれて、ほとんどお荷物になっていたから。
秋也くんと川田くんがいなかったら、絶対に死んでたと思う……どうしたの?」
白井黒子は、泣きそうな顔をしていた。
言おうか言うまいか迷うようにもじもじして、やがて小さな声で言葉にする。
「えっと……ごめんなさい。中川さんのお話を疑ってるわけじゃないんです。
ただ、あたし、男の人が苦手で。だから、信用できるって言われても、やっぱり怖いと思っちゃうんです。
七原さんはのぞいても……ここにいる男の人は、みんな知らない人だから、接触するって言われて、不安になって。
もしかしたら、人を殺そうって考えてる人がいるかもしれないし。『桐山さん』っていう人も、そうだったっていうし。
他の人を信じられないって思っちゃったんです……あたしって、嫌な奴ですね」
「そんなことないわ。それは、当たり前の気持ちだと思う」
典子は強く否定する。
あの、クラスメイト同士を集めた殺し合いでさえ、男子を信頼できないと固まってしまった女子はいたのだ。
後から聞けば、典子と仲が良かった内海幸枝でさえ、七原以外の男子生徒に声をかけられなかったという。
「あたしもね、最初の『プログラム』が始まった時は、すごく怖かったの。
クラスのみんなだからって安心できなかった。毎日同じ授業受けてるだけで、ほとんど何にも知らないんだもん。
でもね、そうやって信頼できなかったからこそ、みんなが殺し合うようになっちゃったの。
いつもは大人しい性格だったのに、皆が『やる気』になってると勘違いして、怖がって真っ先に乗ってしまった人がいたり。
仲良しグループだったのに、ちょっとした誤解から毒を盛ったって疑心暗鬼になって、殺し合いになってしまった集団もいたらしいの。
確かに、危険な人もいるかもしれない。でもね、信じ合えば回避できた争いだっていっぱいあったはずよ」
それに、秋也と典子を助けてくれたのは、ろくに話したこともなければ、むしろ危険人物と噂されていた、意外な男子生徒だった。
「川田くんはね、不良っぽいってクラスの皆から遠巻きにされてたけど、本当はとっても優しくて、友達思いの良い人だったわ。
きっかけはすごく小さなことだったのに、ずっと助けてくれたの。
脱出方法を考えてくれたし、怪我の手当てをしてくれたし、見張りもしてくれたし、ずっと守ってくれた。
その人もね、『お互いを信じていてほしい』って言ったのよ」
そして、典子は七原秋也のことも話した。
何の疑いもなく信じあえたこと。ずっと行動を共にしていたこと。
殺し合いなんてできるはずないと、クラスメイトを信じていたこと。
プログラムが行われている間も、目に届く限りのクラスメイトを、助けようとしていたこと。
それでも、典子を守る為に、命の取捨選択をしてくれたこと。
桐山との戦いのことや、2人でアメリカへと逃げた時のこと。
政府からの逃避行を続けるうちに、ずいぶん逞しく成長したこと。
黒子に、七原という少年を信用してほしくて、典子はたくさんの出来事を語った。
「へぇ。じゃあ中川さんには、王子様がいるんですね」
童顔の中学一年生はにこにこと笑って、典子を茶化した。
『王子様』という幼い言葉に、典子の口元もほころんでしまう。
赤面した典子を見て、黒子はクスリと笑い、
「――その七原さんって、ウェーブのかかった長髪で二重まぶたの、いかにも女の子にモテそうな感じの人ですよね」
「――え?」
言葉の不意打ちだった。
なんで知ってるの。
そんな疑問で頭が埋まり、周囲への警戒を忘れる。
その一瞬だけ、典子は無防備になった。
無防備に、動転してしまった。
ヒュオ、と何かが鋭く風を切る音。
どすっ
重い衝撃が全身を貫き、意識がそこで刈り取られた。
+ + +
ギチッ……ギチッ……
テープで何かを固定するようなギチギチという音で、典子は目覚めた。
「ああ、目が覚めたの?」
さきほどまで話していた少女の、しかし、さきほどとは打って変わって冷たい声。
身を起こそうとしたものの、後ろ手に拘束されたガムテープのせいで動きを封じられる。
何をやってるの。
声を出して制止するしかなかった。
「もっちろん、戦う準備をしてるんじゃない。
よく分からないモノも出てくるって分かった以上、備えは万全にしておかないとね」
奇妙に明るい声でしゃべりながら、ギチギチを音を立てて、『それ』にガムテープを巻きつける。
清掃用のモップの柄をへし折ったような長い棒に、大きな鉈を括りつけていた。
完成品を予想するなら、それは西洋のハルバードという大斧に近いだろうか。
馬鹿なことはやめなさいと、我慢できずに叫んでしまう。
典子がこうして拘束されているのだから、少女が覚悟を完了させていることは明白。
それでも典子は、少女が見せていた恐怖の、全てが演技だったとは思えなかった。
要するに、あなたも生き残りたいだけでしょうと、呼びかける。
だったら、そんな風に孤立する必要はないと、言葉を重ねる。
少女が、作業の手を止めた。
「ねぇ、中川さん。裏切られたことって、ある?」
表情の無い顔が、典子を見下ろす。
「あたしはあるよ」
唾を吐きつける相手を見るような、冷めた嫌悪を叩きつけられた。
畳みかけるように、言葉の嵐。
「信じることから始めましょうって、中川さん言ったよね。
でもさぁ、それって裏切られたことがないから言える台詞だよね。
あたしは裏切られたよ。しかも、殺し合いでも何でもない、フツーの学校生活でさ。
女を欲情の対象としか思ってないバカな男たちに、何度もがっかりしてきたよ。
あたしに言わせりゃ『分かった風に言うな。男を信じられるわけないだろ』って感じだよ。
学校でも平気で裏切るような生き物が、『殺さなきゃ生き残れないぞ』って言われて、裏切らないと思う?」
違うと、言い返したかった。
少なくとも秋也くんは絶対に違うと言いたかった。
そして、気づかされる。
川田章吾のことを、七原秋也のことを話した時。
この女の子は、どんな気持ちでそれを聞いていたんだろう。
「正直、だいぶがっかりしたかな。
殺し合いをたくましく生きのびたすごい人かと思ったら、実際は男の子に守られてる箱入りのお姫さまじゃん。
そういう世間知らずの箱入りが一番うざいんだよ。
だいたいさー、典子さん、思い出を美化しすぎだよ。
その七原ってひとだって、あんたを守りながら『女の子を守るオレかっこいー』とか浸ってたんじゃないの?
あたしが前に通ってた学校にもいたよ。
そういう、くっだらない優越感に浸ってるバカ」
何だそれは。
反射的に、牙をむいていた。
秋也くんのことを、分かったふうに言わないで。
「分かったふうに言ってるのはあんただよ。
男はね、女を自分より弱いと思ってる生き物なんだよ。
ちょっと誘ってやるようなポーズしただけで、あっさり引っかかって襲ってこようとするし。
眼の前でちょっとパンチラしただけで顔真っ赤にしてハァハァするし。
女の子の靴下渡したら、臭いをかいでクンクンしてるし。
そんな生き物のどこをどう信用しろっていうの?
あんたは信じられるのかもね。男のキレイなとこしか見てないんだから。
でもね、あたしは無理。
男を信じるのなんて絶対に無理。
死にたくないけど、男と協力するのなんて死んでも嫌。
あんたみたいに男にすがってる女と一緒にいるのも嫌」
叩きつけるように喋って、息を切らして肩を上下させた。
どうするの、と典子は尋ねた。
眼の前の女の子は、殺し合いに乗ったと思っていいはずだ。
けれど、だとしたら、典子がこうして生かされているという一点が不自然になる。
「さぁね。あたし、こう見えても学校では『正義の天使』をやってるからさ。
こっちが悪者になるようなやり方でやっつけるのは、主義じゃないんだよね。
でもさ、出会う男がみんな『オレが守ってやるぜ!』って優越感丸出しの偽善者だったら
――そういう奴はさ、制裁を加えられても仕方ないと思わない?」
仕方ないはずがない。
そんな理由で、人を殺していいはずがないでしょう。
典子の叫びが、店内に虚しくこだました。
「どこが間違ってるの?
あたしたちは『殺し合いに乗らなきゃ爆弾で殺す』って脅されてんだよ?
殺し合いに乗らなきゃ死んじゃうから人を殺したとして、誰があたしを裁けるの?
勉強のできないあたしでも知ってるよー?
これって、『正当防衛』とか『キンキュー避難』ってやつになるんでしょ。
警察の人だって、裁判所の人だって、あたしの罪を問いただしたりできないよ。
あたしは、何も間違ったことをしてないよ」
間違ってるに決まっている。
そう叫んでも、冷たい瞳は少しも揺らがなかった。
「間違ってるって決めたのはだれ?
あんた? 警察? まさか『先生が言った』とか言わないでよね。
教科書に書かれていることを黒板に移してるだけの人の『正義』に、どうしてあたしが従わなきゃいけないの?」
ずきり、と心が痛んだ。
永久に失われた、中学校での生活。
典子は、本当は、教師になるのが夢だった。
「だいたいさぁ……あんた、自分の立場分かってる?」
少女は鉈を床に置いて、二つのディパックを持ちあげた。
元から持っていたディパックと、典子のディパックだ。
取り出したのは、小さな注射器。
小さなピストンを押しこむと、針の先からピュッと赤黒い血液がこぼれでた。
「これ、あんたの支給品でしょ?
あんたがいない間に、あたしが『使わせて』もらったわ。
説明書は読んだって言ってたから、どういうものかは知ってるよね」
悲鳴をあげそうになった。
その注射器は、『あの支給品』の、付属品。
覚えている。
説明書に書かれている事が信じられなくて、何回も読み返したから、覚えている。
『死の蛭(デス・ペンタゴン)と専用の麻酔針
天界に生息する吸血生物。
人間の血を混ぜた麻酔針を注射することによって、その持ち主を飼い主と認める。
麻酔によって血を覚えさせた状態で、他人の肌に押し当てると、その人物に寄生する。
一度寄生させた蛭は、血を覚えさせた飼い主の手でしか取り除くことができない。
寄生させた状態で、飼い主が『殺せ』と強く念じた場合、麻酔から目覚めて寄生主を吸血し、十秒以内に失血死させる。
(この念による指令は遠隔操作でも発動する)
寄生した蛭はぱっと見には五角形の黒子にしか見えない上に、触った感触などから違和感を持たれことはない。
よってうなじなど死角に寄生させた場合、寄生主に気づかれる恐れはほとんどない。』
――一度寄生させた蛭は、血を覚えさせた飼い主の手でしか取り除くことができない。
『使った』と、今、この子はそう言った。
誰に使ったのか?
決まっている。使える相手は、一人しかいない。
少女は、楽しそうにこう言った。
「男をさ、三人ぐらい、殺して来てくれないかな。
そうしたら、うなじに付いた蛭を取ってあげる。
別にいいでしょ。前の殺し合いだって、クラスメイトを見殺しにして自分たちだけ生き残ったみたいだし」
……嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
そんなことしたくない。
「うん、そう言われるかもしれないって思ったんだ。
中川さん、お人好しの箱入りお姫さまだし。
だからさ、もう一人、『人質』を取ることにしたよ
……どうして、あたしが七原さんのことを知ってたと思う」
あっという間に、血の気が引いた。
「この携帯電話、あたしの支給品でさ。『逆ナン日記』っていう特別な機能がついてるんだ。『未来予知』ができる魔法の日記なんだよ。
会いたい男の顔と、居場所が分かるっていうすごい日記。本当だよ?
だから、七原さんの顔も分かったし、これから会おうと思えば会いに行けるってこと」
未来予知とか日記とか、典子の頭はとっくに飽和状態で、受け入れる余裕などなかった。
しかし典子には、彼女が何を言おうとしているのかが、はっきりと分かってしまった。
やめて。
それだけは、やめて。
「もし、あたしの命令に逆らったら、七原クンを殺す。
それを邪魔しようとしたら、あんたを殺す。」
女の子は、天使のような笑顔で笑っていた。
典子には、天使の笑顔を持つ、悪魔に見えた。
「――――!」
何と言う言葉を叫んだのかは、覚えていない。
眼の前が真っ暗になった。
比喩ではなかった。
典子の頭は現実に耐えきれなくなり、失神という逃げ道を選んでいた。
+ + +
拘束したガムテープをビリビリと破いて解放すると、気絶した少女を放置してさっさと店を出る。
中川典子の支給品のうち、マシンガンは残しておいた。
素手で人を殺せというのはいくら何でも酷だし、近接戦闘を主体とする彼女にはあまり必要ないものだ。
「んーっ……さて、どこ行こうかな」
『常盤愛』は、大きくのびをしながら道の駅を出た。
仕草は余裕を気取ってみせながらも、その小柄な体には緊張感をみなぎらせている。
手には中川典子から奪い取った鉈から作った武器。
そして、肩に背負うのは、基本支給品のディパックと、これまた中川典子の支給品だったショルダーバッグ。
ショルダーバッグの中には、暴漢撃退用の『トウガラシ爆弾』が、計7個入っている。
個数が中途半端なのは、中川典子が袖口に1個隠し持っていて、ひじ打ちを入れた拍子に割ってしまったからだ。
武器を捨て、襲ってくれと言わんばかりの対応をしていたようで、実は襲撃を受けた時の用心もしていたわけだ。
なかなか抜け目がないのは、やっぱり弱くとも殺し合いの経験者というとことか。
七原秋也の情報を口にして、動転させたのは正解だった。
「どうしよっかなぁー。七原秋也って奴。……そんなに強いんなら、『コレ』を使ってもいいかもしれないけれど」
『死の蛭』を手のひらで弄びながら、思案する。
それは、中川典子のうなじではなく、依然として、愛の右手の上にあった。
全てはハッタリだ。
中川典子のような、格闘技の心得もない女の子1人を隷属させたところで、何の戦力にもならない。
それよりは、ある程度腕が立ちそうな男を捕まえて隷属させた方が、よっぽど生き残る助けになるだろう。
――そういう男が、命を握られて絶望的な顔をするのを、見てみたいという欲求も大きい。
それに、実のところ、中川典子を煽ったのも、あまり期待はしていなかった。
誰かにうなじを見てもらえれば蛭がついていないことはすぐばれる。
それに、ただ『三人殺せ』と言っただけで合流時間も場所も決めていないのだ。
そんな条件で人を殺せと取引すること自体に無理があるし、中川典子が『三人殺した』と嘘の申告をすれば済むことでもある。
そういう不審点に気づかれればすぐばれてしまうし、そもそも中川典子に人を殺す度胸なんてないのかもしれない。
汚れ役はだいたい川田とか七原とかいう男がやっていたみたいだし。
つまりあの女を脅迫したのは、ただの個人的嫌がらせだったのだ。
中川典子も、傷つけばいい。
守ってくれる人のいない場所で、ガタガタ震えていればいい。
見たくなかった。
この世に、信頼に値する、女を守ってくれるナイトのような男がいるなんて。
そんなものを見せつけられたくなかった。
中川典子には、命も心も、全てを信頼して預けられる男がいる。
そう思った瞬間、黒くて熱いものが、愛の胸を焼きつくしていた。
うざい。うざい。うざい。うざい。うざい。
ムカつく。ムカつく。ムカつく。ムカつく。
貧困な語彙をせいいっぱい使って、あの少女に毒を吐く。
男なんかに守られてるお姫様のくせに、分かったようなこと言いやがって。
どうにかその黒い感情に見合った言葉を探す。
胸を焼きつくしそうなこの感情は、憎悪だ。
守られている少女への嫉妬でなんか、あるはずがない。
優れていて強いのは、典子ではなく愛の方なのだから。
全く知らない他人に――ましてや男なんかに――『信じる』というキレイな言葉で、簡単に命を預けるのと。
自分が持てる全ての力を尽くして、演技や知恵も使って、自分だけの力で生き延びるのと。
どっちが利口な選択かなんて、目に見えている。
どっちかを選べと言われたら、答えは決まってるじゃないか。
そうだ、あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
あたしは悪くない。
悪くない悪くない悪くない悪くない。
それにあたしは、強いんだから。
あたしは強いから、ちゃんと生き残ってみせる。
その証拠にちゃんと中川典子を騙しきることができた。
手持ちの支給品を上手く使って、手札を隠しつつ、怯えさせることができた。
『会いたい男の居場所が分かる』という説明は、中川典子を脅迫する為のハッタリだった。
任意で会いたい男の居場所が分かるほど、『逆ナン日記』は便利な道具じゃない。
本当の『逆ナン日記』の効力は、『次に会う男性を予知する』というもの。
先ほど、七原秋也の外見を言い当てることができたのも、『もうひとつの支給品』を活用したからにすぎない。
「途中で……腰を落ちつけられる場所があったら、しっかりと『名簿』を暗記しておかないとね。
さっそく役に立ってくれたんだから」
七原秋也の特徴を教えてくれたのは、青いファイルに綴じられた紙の束。
それには、『学籍簿』という名前がついていた。
名前のとおり、51人全員の、『所属する学籍』が書かれていた。
ありがたいことに、写真付きで。
つまり、この殺し合いに呼ばれているメンバーは、全員が中学生ということらしい。
(写真を見た限り、どう見ても中学生じゃない容姿の男も何人かいたが)
ざっと読んだ限り、51人から参加基準みたいなものは読み取れなかった。
同じ学校の同じクラスから6人も呼ばれている生徒たちもいれば、外国のよく分からない学校から1人だけ参加している女の子もいる。
同じ学校の同じ学年から5人も集められているのに、5人の中で1人だけ違うクラスの子がいたりする。
特に、城岩中学校という学校と、愛の所属する吉祥学苑からは、多くの生徒が集められているようだった。
まぁ、『学籍簿』という名前の通り、顔と名前と学籍しか分からないのだが……それでも、ハッタリをかます上では便利だろう。
さっきみたいに、知り合いの情報をチラつかせてもいい。
逆にクラスメイトが殺し合いに乗ったと誤報をまくのもいいかもしれない。
あの『天使メール』で、噂をばらまいたみたいに。
白井黒子という偽名も、この学籍簿の中から選んだ。
『女性の名前』で、『同じ学校、同じ学年の知り合いが少なく』て、『マリリンとかイラストリアスとか、国籍不明な名前はアウト』という消去法をかけた結果。
(園崎詩音という女子がピンで参加していたけれど、双子らしく同じ顔をした『園崎魅音』が、別の学校にいたからやめた)
ついでに言うと、写真の髪型が、愛と同じく『ツインテール』だというところも、いい感じに紛らわしい。
制服もセーラー服ではなくブレザーで、愛の着ている吉学のそれと少し似ている。
もちろん、本物の『白井黒子さん』の知り合いと遭遇する可能性だってゼロじゃないけれど、そこまでリスクのある行為でもないはずだ。
『名前を教えるのが怖くて、名簿にある名前を使っちゃいました』と嘘泣きしながら告白すれば、たいていの相手をごまかす自信はある。
『常盤愛』の本名を名乗るリスクに比べれば、ずっと少ない。
『常盤愛が殺し合いに乗った』と聞けば、あの鬼塚派だったクラスメイトたちはたぶん敵に回るだろうから。
敵に回ったとしても全員ぶちのめす自信はあるけど、それでも数の力を使われるのは痛い。
なにより、『常盤愛』の名前で悪評が流れたりしたら、いつものぶりっ娘作戦が使えなくなってしまう。
「だいじょうぶ。あたしは賢く立ちまわれる。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
優しく自分に言い聞かせて、愛は立ち止まった。
車道に出ると、そこにはT字の別れ道。
GPSによれば、どの道の先にも施設はある。
三方に別れた道の先は、それぞれ『病院』と『ビル』と『ゲーセン』に向かっている。
病院とビルはやや近く、ゲーセンは少し遠い。
まぁ、生き残りを目指したいなら、まずは病院に行った方がいいのかもしれない。
傷の手当てができる道具があるだろうし、上手くすれば毒薬だって手に入る。
しかし、同じことを考える参加者はもちろん他にもいるはずであり――、
「どうしよっかなぁ……予知が来てるんだけど」
『逆ナン日記』が、渋谷翔の存在を予知していた。
病院に行けば、出会うことになる。
予知と反する行動――病院に向かわなければ、回避できる。
別に仲が悪いわけではない。一応は、同じ『天使隊』の仲間だ。
ただ、彼には愛の本性がばれているというのが問題だった。
旧知の仲である分だけ扱いやすくは思えるが、信用のおける相手というわけではない。
しかも、テコンドーの腕前は愛より優れている。普通に戦えば、たぶん勝ち目はないだろう。
病院に行かないなら、近場の施設には『ビル』がある。
しかしこのビル、いったいどういう施設なのかが全く分からない。
そういう意味では、ゲーセンを目指したほうがまだ手堅い選択でもある。
病院に行ってみるか、それともビルないしゲームセンターに向かうか。
降ってわいた選択肢に、愛は少しの時間、悩む――
+ + +
ところで、
これは、神の視点でなければ知りえない事。
常盤愛には、小さな誤算がひとつだけあった。
それは、『中川典子が、一度バトルロワイアルを経験している』という事実を軽視していたこと。
『男に守られていた』という一点に憎しみを向けるあまり『人を殺す度胸なんてないだろう』とタカをくくっていたこと。
中川典子は、既に1人を殺している。
生き延びる為に桐山和雄と戦い、彼に致命傷を与えた経験を持っている。
川田章吾に『容赦なく殺す』ことを教わってもいる。
だから少なくとも、『容赦なく殺す』覚悟なら持っている。
しかし、その誤算が結果に影響したのかどうかを知るには、しばしの時間が経過しなければならない。
昏睡から、彼女が目覚めるまで――。
【Hー4/T字角/一日目 深夜 】
【常盤愛@GTO】
[状態]:健康
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]:基本支給品一式、死の蛭(常盤愛の血を記憶済み)@ うえきの法則、
学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り7個)@GTO、ガムテープ@現地調達
基本行動方針:生き残る。手段は選ばない
1:病院に行く? それともビル? あるいはゲーセン?
2:出会う男性は利用する。自分の基準で許せないと思ったら殺す。ただし、殺す時はなるべくばれないように、こっそりと殺す。
3:男に従属するような女性も同様に。
4:適当に強い男がいたら、死の蛭(デスペンタゴン)を寄生させて隷属させる。
5:中川典子に対する、強い憎悪と無意識の嫉妬。
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※死の蛭(デスペンタゴン)の専用麻酔針は既に壊されて、道の駅入り口のゴミ箱に放り込まれています。
【Hー4/道の駅/一日目 深夜 】
【中川典子@バトルロワイアル】
[状態]:気絶中
[装備]:イングラムM10サブマシンガン@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式
基本行動方針:???
1:気絶中
[備考]
※死の蛭(デスペンタゴン)に寄生されていると思い込んでいます。
【死の蛭(デス・ペンタゴン)と専用の麻酔針@うえきの法則】
中川典子に支給。
ロベルト十団のカール・P・アッチョが、佐野清一郎を脅迫する為に、犬丸に取り付けた蛭。
天界に生息する吸血生物。
人間の血を混ぜた麻酔針を注射することによって、その持ち主を飼い主と認める。
麻酔によって血を覚えさせた状態で、他人の肌に押し当てると、その人物に寄生する。
一度寄生させた蛭は、血を覚えさせた飼い主の手でしか取り除くことができない。
寄生させた状態で、飼い主が『殺せ』と強く念じた場合、麻酔から目覚めて寄生主を吸血し、十秒以内に失血死させる。
(この念による指令は遠隔操作でも発動する)
寄生した蛭はぱっと見には五角形の黒子にしか見えない上に、触った感触などから違和感を持たれことはない。
よってうなじなど死角に寄生させた場合、寄生主に気づかれる恐れはほとんどない。
【竜宮レナの鉈@ひぐらしのなく頃に】
常盤愛に支給。
竜宮レナが鬼隠し編や罪滅ぼし編で装備していた鉈。
柄はやや短く、女性の腕力でも充分に取り回しがきき、その切れ味も確かなもの。
レナと言えばこの鉈を持った姿で思い浮かべる人も多いはず。
【トウガラシ爆弾@GTO】
中川典子に支給。
神崎麗美お手製の爆弾。
タマゴの殻に小さな穴をあけ、そこから唐がらしの粉をたっぷりと注入したもの。
顔面に食らうと猛烈な刺激臭を伴い、しばらくは目をやられる。
割れないように、麗美のショルダーバッグに入った状態で支給。(計8個)
【イングラムM10サブマシンガン@バトルロワイアル】
中川典子に支給。
本家バトルロワイアルで桐山和雄に支給された。
『ぱららららら』という独特の発砲音でおなじみ。
【逆ナン日記@未来日記】
常盤愛に支給。
日記所有者7th美神愛が、本来の未来日記である『交換日記』とは別に携帯していた孫日記。
愛が次に行う逆ナン行為を予知し、逆ナン相手の顔と逆ナンを行う場所、相手へのコメントを表示する日記。
(しかし、この日記で予知した雪輝には、実際に逆ナンを行っていないので、必ずしも予知した相手に逆ナンをかける必要はないらしい)
予知対象へのコメントは、あくまで逆ナンの印象がメインであり、対象の詳しい情報は分からない。
このロワでは、所有者が次に出会う男性の顔と居場所を表示する。
【学籍簿@オリジナル】
常盤愛に支給。
全参加者51名の『在籍学校』及び『在籍クラス』が書かれた五十音名簿(写真付き)。
あくまで『在籍学校』でひとくくりにしたものであり、同じ作品世界出身の参加者でも、括りが違うということもあり得る。
『学籍』(と顔写真)以外の情報は書かれていない。
また、写真はなぜか制服で映っているため、写真から同じ部活動に所属していることなどは読み取れない。
順番は学校ごとにひとくくりにされているので、次の通り。
※()内はあくまで作中で判明している学校名であり、実際の名簿には全ての参加者の学校名と在籍クラスが書かれている。
[(城岩中学三年B組)桐山和雄/相馬光子/滝口優一郎/月岡彰/中川典子/七原秋也]
[(青春学園中等部一年)越前リョーマ/(同学三年)手塚国光]
[(立海大付属中学二年)切原赤也/(同学三年)真田弦一郎]
[(氷帝学園三年)跡部景吾]
[(四天宝寺中学一年)遠山金太郎]
[(吉祥学苑中等部三年四組)相沢雅/神崎麗美/菊地善人/渋谷翔/常盤愛/吉川のぼる]
[(火野国中学一年)植木耕助]
[(一年)宗屋ヒデヨシ]
[(三年)佐野清一郎]
[(二年)ロベルト・ハイドン]
[(一年)バロウ・エシャロット]
[(二年)マリリン・キャリー]
[(梅里中学二年A組)我妻由乃(同学二年C組)秋瀬或/天野雪輝/高坂王子/日野日向]
[(七森中学校一年)赤座あかり/吉川ちなつ(七森中学校二年)杉浦綾乃/歳納京子/船見結衣]
[(第3新東京市立第壱中学校二年)綾波レイ/碇シンジ/式波・アスカ・ラングレー/鈴原トウジ]
[(二年?)真希波・マリ・イラストリアス]
[(常盤台中学一年)白井黒子/(同学二年)御坂御琴]
[(柵川中学一年)初春飾莉/佐天涙子]
[(雛見沢分校)園崎魅音/前原圭一/竜宮レナ]
[(輿ノ宮中学三年)園崎詩音]
[(皿屋敷中学)浦飯幽助/桑原和真/雪村螢子]
[(三年)御手洗清志]
最終更新:2012年07月10日 04:41