とある七人の接触交戦【エンカウント】(前編) ◆j1I31zelYA
『以上が、お主の未来日記に関する説明じゃ。何か分からないことはあるかの?』
「いや、正直、突っ込みたいところは色々とあるんだけど……『日記』の、
ルールを覚えるだけはできた」
「おお、今回はみな日記の理解が早いようで、ワシとしても助かるのじゃ。
それで、どうじゃ? お主も所有者となるのか?」
「えっと……本当のところ、遠慮したいと思ってた。だって、日記が壊れたら契約者も死んじゃうんだろ?
水没したり、携帯をいじってる間に寝ちゃって潰したりすると危ないじゃないか」
「お主、殺し合いというのに庶民的な思考よのう……なら、契約は見送りということで良いのか?」
「いや……それでも私は、その『契約』っていうのをしたい」
「ほう。つまり心境の変化があったということかの?」
「もし、秋瀬さんに携帯を見せてもらわなかったら……拒否してたかもしれない。
でも、アレを見た以上、日記があるのとないのでは、すごく違った結果になるように思えるから」
「了解じゃ。では、これでお主も、『The wacther』の所有者と『みんなーっ! 七森中学一年生の、赤座あかりだよーっ!』
「あかり!?」
「……っていう経緯で、私は『所有者』になったんだ」
「へー、じゃあキミは、最初に拡声器を使った方の子の知り合いだったんだ」
とっぴな話を信じてもらえるかどうか不安だったけど、同行者は恐いぐらいあっさりと納得してくれた。
真希波と名乗ったその女の人もまた、秋瀬さんと同じく独特の雰囲気を持っていた。
大人びた容姿をしているけれど、たぶん私たちと歳は変わらない。
すらっとしたスタイルで、真っ暗な山道をスイスイと猫みたいに歩いて行く。
しかも鼻歌まで歌っている。
機嫌が良さそうにすら見える。
つまり、このヒトもあの秋瀬という男の子と同じで、『非日常』の側にいる人間なんだろうな、という匂いがある。
そんな場馴れした感じの真希波さんに、ほてほてと付いて行くように歩く私の姿は、傍目にはきっと頼りなく見えただろう。
最初に声をかけてきたのは真希波さんの方だったけれど、『不安だから一緒に来て』という風ではなかった。
『付いて来たいなら別にいいよ』という感じ。
同行することになったいきさつは、簡単なものだ。
出会って、のん気に自己紹介なんかを交わして。
とにかく、詳しい話は目的地に向かいながらしましょうということになって。
なんて無警戒な、と人が見たら呆れそうなぐらい、わたしたちは簡単に組んでしまった。
いや、声をかけられた時は緊張したし、人並みに警戒もした。でも、真希波さんの持つ、ほにゃーんとした空気に呑まれてしまったところがある。
もちろんそれだけで連帯したわけじゃない。
真希波さんもわたしも、おおげさな言い方をすると『同じ目的』を持っていた。
しばらく前に聞こえた、二つの『呼びかけ』が気になっていて、それが聞こえてきた方に向かっているところなんだ。
「じゃあ、キミが山小屋の方に向かってるのは手がかりを集めたいから? 『あかり』っていう子は、呼びかけたのにいなくなっちゃったみたいだし」
「うん……桐山っていう人の話だと、近くにあかりの……その、殺された跡はないようだし、たぶん無事なんだとは思う」
『遺体』という言葉を使うには、まだ抵抗があった。
そのうち、嫌応にも慣れるのかもしれないと思うと怖いけど、今は、まだ。
「うん、あの呼びかけは、嘘をついてなさそうだったしね~。
皆殺しをするために人を集めたいなら、『協力しないやつは殺す』とか物騒な脅しをつける必要はないもんね。
……ただ、あんまり平和的な人とも思えないな。月岡クンも、桐山って人は危険だって言ってたし」
「はい、私の『予知』にも、かなり危険なことが書かれてます」
私があかりの声に反応したのに対して、真希波さんは二度目の呼びかけ主に興味を示したらしい。
私と会う前に会話した人から、『桐山和雄』のことを聞いていたそうだ。
その人は『桐山和雄には近づかない方が……』と忠告してくれたそうだけど、真希波さんは『だからこそ気になるじゃない』と言ってのけた。
そんな彼女は、やっぱり『非日常』を楽しめる側の人間みたいだ。
もっとも、私も同じ場所に行こうとしてるんだから、人のことは言えない。
……だって、あかりは大事な後輩で、幼なじみなんだから。
「『予知』って言えば……その『日記』で、桐山と『手ぬぐいの人』のことは何か分からないの?
ほら、本当に殺し合いに乗っているかとか」
「残念ながら、そこまでは。……どうも『2人の日記』は、『相手を殺すこと限定の予知』に特化してるみたいです。
今のところ、互いに『いかに殺すか』の予知しか出てません。……だからこそ『手ぬぐいの人』が乗ってるのは間違いなさそうですけど」
「ふ~ん。それでもそこに行くんだ。あたしが見たところ、キミは戦うことが好きってタイプじゃなさそうだけど」
「それはそうなんですけど……でも、その『手ぬぐいの人』が、あかりのことを知ってるかもしれませんから。
ましてや、その人があかりに何かしたかもしれないなら、見過ごせません」
自分で言ってて、かなり『未来日記』の情報に踊らされてるな、と思う。
逆に言うと、支給品のおかげで行動方針が固まった、ということなのだけど。
あの自称探偵という男の子の助言に従って、私は支給された道具にすがった。
そして契約したのが、『ある程度の未来を予知する力』。
漫画みたいだけど、私の身の上におこっていることだ。
とはいえ私の未来日記である『wacther(正式名称The watcher)』自体には、予知能力がない。
『wacther』は、他人の未来日記を読むことができる未来日記だった。
『それってチートじゃん!!』という京子の歓声が聞こえてきそうだ。
『他人の日記を読める日記』が出て来るからには、『未来日記』を支給された人はたくさんいるのだろう。
……などと感心している間もなく、山小屋の方に近づくにつれて2つの予知が来た。
片方の日記には、『手ぬぐいを鉄に変えて、桐山和雄という人物を殺す方法』が、
もう片方の日記には『鉄の槍を回避しながら、その男を殺す方法』が、
それぞれ、予知されていた。
もちろん、『桐山和雄』という名前には聞き覚えがあるわけで。
しかも『手ぬぐい』という言葉は、その桐山和雄が放送で口にしていた単語でもあるわけで。
どう見ても、『殺し合いに乗った手ぬぐいの人』と、『殺し合いに乗った人を殺すつもりの桐山和雄』が、殺し合う光景を読んでいた。
そんな2人の間に割って入って、何ができるかというと困るのだけど……でも、あかりの手がかりを見過ごすことは、それ以上にできない。
……せいぜい考えて決めたのが、こっそり近づいて状況を見守り、割って入るかは状況次第、ということ。
「あ……」
「どーしたの?」
「『手ぬぐいの人』の方の日記が予知から消えた……このエリアから、外に出ちゃったんだと思います」
ちょっと聞いたところ反則気味な『wacther』だけど、制限もかかっているらしい。
同じエリア内にいる参加者の未来日記しか、覗き見できないそうなのだ。
日記の所有者が死ぬと『DEAD END』という予知が出るそうなので、『手ぬぐいの人』は死んだのではなく逃げたのだろう。
「う~ん、なら手ぬぐいの方が逃げて、戦いは終わったってことなのかな。」
「それで桐山さんの方はまだこの辺にいる、と……あ、山小屋が見えて来た」
「よし、じゃあ用心して、こっからはライトを消してと。
……あれ? でも、人影は複数いるみたいだよ。ほら、携帯の灯りが2つ」
なるほど、そこには確かに、3つの人影があった。
携帯を持って――そして銃器らしい形の塊も持って――立っているのが2人。
座っていて、銃を向けられているのが1人。
会話を交わしているみたいだけど、ここからは聞き取れない。
でも『膠着状態』に陥っている事はよく分かった。
……どうしよう。
迂闊に割り込んだら、どっちかの持っている銃器がこっちを向くことは想像に難くない。
何より、2人の行動が『wacther』に予知されていないことが私には不利だった。
桐山和雄からすれば、あの行動は予知するまでもないことらしい。
これじゃあ、状況を見極めて情報を聞きだすことができない。
「よし。んじゃー、あたしが確かめて来よう。あたしも、どうしてああいうことになったのかは知りたいからね」
「ええっ。そこまでしてもらうわけには……」
いくら真希波さんが楽しげでも、真希波さんだけに任せるのは遠慮したい。
あかりの安否が気になるというのは、私の都合なんだから。
私の都合で、危険な役目を、出会ったばかりの真希波さんに背負わせたりはできない。
「大丈夫だよ。あんな危ない放送をした人がすぐに殺さないなら、むしろ交渉の余地がありそうでしょ。それに、こっちにだって武器はあるのだよ」
真希波さんは、支給された銃器を頼もしげに掲げてみせる。
その笑顔からは、何の恐怖も気負いも見てとれなかった。
「それにさ……自分の目的に人を巻き込むのって、気おくれしない?」
一転して、真希波さんの表情が切り替わった。
温から冷に。
ニマニマした笑顔から、真剣かつ悟りきった表情に。
その独特の空気に引き込まれて、私は頷く。
「あたしもそうなんだ。だから、それって逆も然り、だよね。
他人の目的に巻き込まれて、他人に気おくれさせるのも気が引けるでしょ?
だからあたしは、『そこまでしてもらう』とかじゃなくて、自分の興味からこうするの。
そこんとこ、よろしくね」
ウインクする人をカッコいいと思ったのは、初めてのことかもしれない。
◆◆◆◆◆
落ちつけ、七原秋也。
ひとつ間違えれば、宗屋は死ぬぞ。
俺はそう肝に銘じて、桐山にかける言葉を探した。
桐山の銃口が、宗屋に向いている。
そこにいる桐山和雄は、俺の知らない桐山和雄のようだ。
第68回プログラムで俺と殺し合ったりしていないし、この殺し合いに乗っているわけでもないらしい。
けれど、おそろしく冷たい目をして、淡々と人間に銃口を向ける姿は、かつて殺されかけた桐山和雄という人間そのものだった。
このままだと、桐山は宗屋を撃つ。
俺がひとつ間違えても、桐山は宗屋を撃つ。どころか、俺さえも撃つ。
「待て、桐山。俺も宗屋も、お前に危害を加える意志はない。
だから宗屋を撃つ前に、俺の話を聞いてもらえるか」
この状況で、桐山を撃つというのは無謀だ。
桐山和雄の強さを、俺はよく知っている。
1対1の撃ち合いで俺が有利に立てるとは思えない。
仮に立てたとしても、桐山の性格上、間違いなく宗屋を盾にするだろう。
果たして桐山は、俺の方を向いた。
銃口は、宗屋へと向けたまま。
「話を聞こうか」
感情の欠落した透明な瞳に睨まれながら、俺は考える。
桐山の人間性について、オレが知っていることは多くない。
一度殺し合った仲ではあるものの、オレたちとこいつは会話らしい会話もしたことがなかった。
でも、見当ぐらいはついている。
と言っても、オレが考えたことではなくて、川田の分析をそのまま鵜呑みにした考察だけどな。
川田が言っていた。
桐山和雄には、『理由』がない。
自分が何の為に何をしたいとか、何をしたくないとか、何をしてはいけないとか、何をすべきだとか、そういう価値基準がない。
そしてオレも、それが本当のところだと思っている。
「まず前提を確認したいんだが……俺は、お前に協力する意志がある。だから、できるだけ穏便に話を進めたい。
俺が知る桐山和雄は、殺し合いに乗っていた。だがお前は脱出を目指している。
しかし、殺し合いに乗った人間は殺す。非協力的な人間も殺す。
そしてお前は、宗屋を『非協力的な人間』と見なして銃を向けた。そうだな?」
頷き、肯定する桐山。
聞いただけでは、過激な独裁者のような振舞いだ。
しかし、きっと大した理由なんてないんだろう。
コイントスの結果とか、棒を倒した方向とか、じゃんけんで負けたとか、そんな小さな気まぐれで。
「違うんだ! 佐野はぶっちゃけ、殺し合いに乗るような奴なんかじゃねえ! さっきは俺のミスで逃がしちまったけど、もっと上手く説得すれば、頼もしい仲間に――」
「宗屋、今は少し黙ってて欲しい。この男には、そういう話をしても無駄だから」
『佐野』という男を殺さずに止められる、と言ったところで、桐山相手に意味はないだろう。
桐山は、『殺し合いに乗った人間を殺す』と決めただけだ。
別に、犠牲者を減らそうだとか、殺し合いに乗った人間を説得できるかとか、そういう人並みの『理由』があってそうしてるわけじゃない。
だから俺は、違う角度から反論した。
「宗屋はあの男を逃がそうとして逃がしたわけじゃない。お前に非協力的な態度をとったりしてないぞ」
「しかし、その宗屋という男には、佐野という男を殺す意志がなかった。それは、俺のやり方に反したことになる」
桐山の主張は、痛いところをついていた。
ようするに、桐山はこう問いかけているわけだ。
宗屋は、『殺し合いに乗った男』の仲間なのか、と。
『殺し合いに乗った男』を助けるつもりなら、敵と見なすと。
どうする。
宗屋の愕然とした視線と、桐山の静かな視線を同時に的にされて、俺は冷や汗を流した。
たとえこの場で「仲間じゃない」と言ったところで、あの佐野という男と再び遭遇すれば、宗屋が今回のようなことになるのは目に見えている。
かと言って、宗屋に仲間のことは諦めろと言うわけにもいかない。
納得するような奴じゃないだろうし、もし俺が同じ立場で典子のことを諦めろと言われたとして、そんなことできるはずがない。
宗屋が『桐山に否定的な人間』であることは、隠しようがない。
ならば――
「桐山、俺に1つ『提案』があるんだが――」
「ちょっといいかな。あたしもまぜて欲しいなー」
実に無造作に、第三者が割り込んできた。
少し長めの髪を2つに縛った、眼鏡の女だった。
特に緊張した風でもなく進み出たその手の中には、小型拳銃が光っている。
桐山のマシンガンが、女の方に向く。
奴のことだから、女の接近には薄々感づいていたのかもしれない。向こうから接触をして来ない限りは宗屋の対処を優先したってとこだろう。
どっちにしても、俺たちにとっては不味いことになった。
この女の子が、大人しく殺し合い否定派を名乗って、桐山を刺激しなければそれでいい。
しかし、そうじゃなかった場合は――
「銃口を降ろせ。指示に従わない場合は、敵対する意志があると判断する」
「それはお互い様じゃないかな。あたしはキミの放送を聞いてここに来たけど、キミが危険人物じゃないという確証をまだ得てないよ。
……例えば、キミは一度殺し合いに乗ったことがあるんでしょ? 月岡クンから聞いてるよ」
月岡クンから聞いている。
つまり彼女は、俺たちのクラスメイトである月岡彰と接触したらしい。
それも、俺と同じく『第六十八プログラムに参加した』月岡彰と。
「そっちがここに招待してくれたんだから、まずはそっちが信頼を得られるように証明なり弁明なりをすべきじゃないかな」
少しだけ安堵した。
どうやらこの女の子、思いのほか、『情』より『利』で物事を判断するタイプみたいだ。
そして桐山には、そういうタイプの方がよほど相性がいい。
俺は宗屋に向かって声を出さず、今のうちに近くに来いと手ぶりで合図する。
女の子と桐山の対応次第では、俺はリスクを冒してでも桐山を撃たなきゃならない。
「なるほど、お前の言うことに一理がある。しかし、『プログラムに乗った件』については、俺に弁明のしようがない。
というのも、俺はそのプログラムに参加した桐山和雄ではないからだ。
ここにいる七原の弁明を信じるならば、『プログラムに参加した桐山和雄』はおそらく存在する。しかし、それは俺ではない。
現時点では、それが時間操作によるものか、あるいは並行世界の理論を持ち出すか、いずれにせよ超常現象として説明する他はない」
「ぎにゃあ……その説明は、いくら何でも、苦しいにもほどかあるんじゃないかな~……。
でもあたし、『並行世界』って言われると、心当たりがないこともなかったりするんだよにゃ~」
俺も心当たりがあると言われて驚いたけど、宗屋と佐天から聞いた学園都市やら神様やらの話を思い出す。
きっとこの子もまた、2人と同じ様に『大東亜共和国のない世界』から来たんだろう。
「じゃあ尋問の方向を変えるよ。最初に呼びかけた『赤座あかり』って子がいなくなったのは本当? その子に危害を加えたりはしてないの?」
女の子は追求の矛先を変えた。
もしかすると、その赤座という子の知り合いなのかもしれない。
「その2つの質問には『そうだ』と言うしかないな。俺は手ぬぐいの男に、赤座あかりの居処を問いただした。
しかし奴は、赤座あかりを知らないと言っていた。手ぬぐいの男が殺し合いに乗ったと認めた以上、やつがその点においてのみ嘘をついたとは考えにくい」
「ふ~む。それもそうだねえ。それに、同じことはキミにも言えそうだ。協力しないヤツは殺しにかかると宣言したのに、赤座さんの一点で嘘をつくのも不自然だし……」
「納得してもらえたか? ならば――」
「ちょっと待って、一番気になる問題が残ってるってば。キミたち、今の今までどうして銃を向けたり――」
「全員、武器を捨てな!」
狂った怒声が、全員の危機感を駆り立てた。
その叫び声が鳴り響いたのは、メガネの女の子が出て来た灌木のさらに奥。
聞き覚えのある声に、俺は舌打ちする。
案の定、そいつは口の裂けたような笑みを浮かべて姿を現した。
そして、そいつの抱えた『モノ』を見て、全員の動きが止まる。
畜生。
『これ』は俺のミスだ。
桐山の呼びかけを聞いたのは、『あの女』から逃げて間もない時だった。
拡声器の呼びかけに、『この女』が反応する可能性だって考えておくべきだったのだ。
さっき俺たちを襲った緑髪の女が、黒い短髪の少女を連れて現れた。
左腕で首を締めて、拘束していた。
◆◆◆◆◆
「うぐっ……」
捕まえた女の首を左腕で締めながら、私は優越感に浸っていた。
何せ、1対6――人質にしたこいつを戦力外としても、1対5だ――という圧倒的不利の中で、場の主導権を握っているのだから。
普通に奇襲をかければ、まず失敗していただろう。
これだけ人数差があれば、1人2人を奇襲で仕留めたとしても、残りの人数から一斉に銃撃を受けてしまう。
でも、私には大きなアドバンテージがあった。
ひとつは、こっそりと首尾よく捕まえた人質。
そして、最初に殺した女のディパックに入っていた、拳銃と、必殺の支給品。
「おっと、妙な真似をするんじゃないよ」
携帯電話を取り出そうとした桐山(拡声器で呼んでくれた男)に警告して、あたしは右腕に抱えていたものを地面に置いた。
「ほら、これが何か見れば分かるでしょ。下手に攻撃したらドッカンだよ! あはははははは!!」
桐山を含めて、銃を構えようとしていた全員が動きを止める。
見た目はただの、台座つきの平べったい箱だ。
しかしそれの危険性は、誰しも映画とかで見たことがあるだろう。
「クレイモア地雷の有効加害範囲は50メートルだ。
爆発すりゃ、ここら一帯がズタズタになるよ! あたしも死ぬけど、あんたたちも道連れさ!」
空いた右手でスカートに差していた拳銃を抜き取り、威嚇として一度発砲する。
女を拘束した左腕の先には、手の中でしっかりと起爆スイッチのリモコンを握りしめる。
下手にあたしを撃てば、はずみでスイッチを押すだろう。
心が鬼になっているのに、頭はとても冴えていた。
桐山なる男が持っているのはマシンガンだ。リモコンを持った手だけを狙うような、ピンポイントな狙撃はできまい。
悔しげに歯噛みしてる長髪の男が抱えた散弾銃だって、精密狙撃に向かないところは同じだ。
一番に近くにいるメガネの女が持っているのは、そういう射撃に向いてそうな小型拳銃だけども、おそらく女本人が射撃に慣れていない。
銃口がやや不安定にぶれている。
おまけに、人質という『盾』までいる。
つまり、状況は私にとって圧倒的有利!
なんて冷静! なんて抜け目ない! なんて万能感!
これで6人殺せる! 悟史君にまたぐっと近づく!
「なんでだよ! なんでそんな簡単に人を殺せるんだよ! 死にたくないなら、みんなで力を合わせて脱出すりゃいいじゃねえか!」
声を上げたのは、さっき取り逃がした男の、サル顔の方。
その義憤に満ちた声を聞いて、私はすぐ理解した。こいつは、私とはすっかりかけ離れた人種のようだ。
「決まってるじゃないか。欲しいんだよ。神の力ってやつが。
だって私には、会いたい男がいるんだから! 会える会える、皆殺しにしたら会える!!」
サル顔が信じられないという顔をするのが、すごく爽快だった。
さて、どいつから撃ってやろうかな。
サル顔の男も見てて苛々するけど、先に仕留めた方がよさそうなのは、桐山っていう男かな――
「おっと、妙な真似をするんじゃないよ」
背後から、さっきの私と同じ声がした。
背筋がぞわりと寒気に襲われる。
その声には心当たりがある。
私と同じ声をした人間など、この世に1人しかいない。
――お姉……魅音?
憎むべき半身、魅音の声。
眼前の獲物たちを頭から捨て置いて、私は振り返った。
振りまわされた格好の人質が、小さく悲鳴を上げて、
誰もいなかった。
――やられた!
一度、同じ手に引っかかっていたのに!
それが私の声だったばかりに、魅音の存在を感じ取ってしまった!
偶然のイタズラに苛立つ間もなく、前方を向き直ると同時に次の攻め手は襲って来た。
――バシッ!
左手の甲に激痛が走った。
衝撃の正体は、小さくて冷たい。
まさか、桐山の持っていたコインか?
そんなチャチな玩具とは思えないぐらい、鋭い痛みが刺さった。
手がしびれる。起爆スイッチがあっけなく手のひらからこぼれ落ちた。
それが地面にぶつかるより早く、散弾銃を持った影が飛び込んでくる。
銃のバレルでしたたか殴りつけられた。
昏倒しかけたところに足払いを食らわされる。
倒れこんだのは、地雷を置いたのと逆の位置だ。長髪の計算だとしたら、抜け目ない。
気づけば長髪が、リモコンと人質の女とをその腕に抱え込んでいた。
「大丈夫か?」
「はい……あの、ごめんなさい」
もう片方の手には私の頭を照準した散弾銃がある。
私が持っていたグロック26は、少し離れた位置に転がっていた。
どれを取ってもそつのない動きだった。実戦に対する備えを積んでいることは明らかだ。
精密な動きに自信があるんだろう桐山がリモコンを排除し、その間にもう一人の方が人質を助けつつ私を取り押さえる。
何の合図もなくやってのけるとは、腹が立つぐらい見事な連携じゃないか。もしかして、昔からの知り合いだったのか?
私は射殺さんばかりに長髪を睨み上げながら、腐葉土の臭いを近くに嗅いでいた。
桐山が、私のグロックを拾い上げた。
「七原、そのまま撃て」
静かだけれど、有無を言わせぬ調子があった。
こいつらの関係を知らない私でも、ニュアンスが汲みとれる。
こういうことだ。
ここで敵を仕留めて見せなければ……分かっているな。
サル顔の男が、反論しかけるように口を開いた。
しかし七原なる男は、やむを得ず、という顔をした。
やられる。
畜生、畜生、畜生、畜生畜生畜生畜生畜生――
「詩ぃちゃんを殺さないでっ!!」
でも、七原は撃つ機会を逸した。
――ピシィッ!
糸のようなワイヤーが、頭上をしなるのが見えた。
それはひゅうんと唸り、七原の銃身に叩きつけられた。
「うおわっ」
七原はすぐさま後方に飛び、銃身を取り落とさないように抱え込んだ。
別に七原が非力だったせいじゃなくて、糸の材質とかが特殊だったんだろう。
糸をぶつけたとは思えないぐらい、鋭い音が出たのだから。
私の命を救ったワイヤーが眼の前でぷらぷらと揺れる。
その鞭の使い手が、七原のいた空間に割り込んで立ちはだかった。
「レナ、さん……」
釣り竿のような形をしたムチを持った竜宮レナが、そこにいた。
助かった、と思うより先に。
どうして、という驚きが先行した。
確かに魅音を介しての交友はあったけれど、まさか命がけで割って入ってくれるほど、親しく思ってくれていたとは。
私は、部活動メンバーの仲をほほえましく思いこそすれ、竜宮レナという個人には、そこ知れない苦手意識を持っていたけど……。
さっきまで私の獲物だった聴衆の注目を集めて、レナは説得を始めた。
そんなに簡単に殺そうとしないで、それこそ主催者の思うつぼだ、とか。
信用できないようなら、詩ぃちゃんが何かした時に私が止めてみせるとか、何とか。
桐山が竜宮レナに銃口を向けようとして、七原がその銃身をつかんで止めた。
ずいぶん甘ちゃんの主張だったけど、レナはある程度の勝算を持って勝負しているようだった。
まあ、レナは来たばっかりだから、桐山の怖さを知らないしね。
人数だって6対1だ。少しでも頭が回る奴なら普通は抵抗じゃなく命ごいを選ぶだろうし、レナもそう見越してるから、私に隙だらけの背中を見せられるんだろう。
そして、積極的に私を殺そうとしてるのは見たところ桐山だけなんだから、自分が空気を変えさえすれば、赦免は無理でも拘束に持ち込めるんじゃないか、と読んでいるのかな。
なんだかんだで、レナさんは計算する女だから。
まあ、それでも桐山なら、問答無用でレナもろとも撃つ気がするね。何かアイツだけ、纏ってる空気が違うもん。勝算は薄いよ、レナ。
でも、そういう計算を差し引いても、レナの取った行動は勇敢だった。
だってそうだろう。銃口が三つも私を向いてるのに、そこに割りこめる胆力は尋常じゃないよ。
何を考えてるか分からない、食えない女だけど、基本的にイイ奴だ。
本当に、イイ奴。
泣きたくなるぐらい、イイ奴だ。
でもね、もう私は、レナの知ってる詩音じゃないんだよ。
私、鬼になっちゃったもん。
私――人を殺しちゃったもん。
ここに来てから殺した、髪の長い女の子だけじゃないよ。
あんたの友達の――沙都子を。
殺しちゃった後だもん。
悟史君から『沙都子を頼む』ってお願いされたのに、沙都子を殺しちゃったんだよ。
だから私、もう、悟史君に会う資格が、無くなっちゃったんだよ。
だからさ、私はもう、『神様の奇跡』のおすがりするぐらいしか、ないんだよ。
何人殺しても後で生き返らせればいい、とは思わないけど、せめて、沙都子ぐらいはね。
罪滅ぼしとか、そんなキレイゴトじゃない。
私はただ、悟史君に会いたいだけ。
どんなことをしても会いたいだけ。
だから、レナさん。
――死んで。
最終更新:2011年12月22日 14:36