Life was like a box of chocolates ◆hhzYiwxC1.
二度目の行為を終え、肩で息をしてベッドに横たわる海野裕也は、今ももちろん彼女である倉沢ほのかを裏切った事を後悔していた。
だが、何だろう?今更にして彼は気付く。
「…………ハァ……何だかんだ言って……ハァ……ちゃっかり…2回もヤっちゃったね。私ら」
樹里も同じく息が荒い。
そして頬も真っ赤で、なんて言うかその……可愛い。
「裕也……何とか言いなさいよ……」
耳元で甘い声。
海野裕也が抱いていた倉沢ほのかへの罪悪感が、欲望によって塗り潰される瞬間だった。
「ねえ樹里…………」
首の後ろから手をまわして、甘え口調で樹里の右の胸を揉む裕也に、樹里はこう返す。
「もうおあずけよ」
たった一言。
その一言の後に、胸を弄る裕也の手を退けさせた。
「今度は幻滅したりしないんだね」
「してほしかったの?」
「い……いや、そうじゃないよ」
「ふぅん…………」
場の空気が硬直し、樹里と裕也はしばらく黙りこくる。
しばらくは、その沈黙を二人とも破壊しようとは思わなかったし、寧ろその空気の中で二人は顔を見つめあい、頬を赤く染めて目をそらす。
「あ~あ…………二回もゴム使わずにヤっちゃったし…責任は取ってくれるわよね? もちろん」
「うん。当然だよ」
二人は再び口づけを交わす。
この時点で海野裕也の心は、欲望に支配されていた。
倉沢ほのかは、いつの間にか後ろから誰もいない事に気付く。
いない。
先ほどまで自分を追跡して来ていた間由佳の姿はもうどこにも。
警戒からか、しばらく辺りを見回したが、やはりもういない。
何で消え去ったんだろう?
彼女を撒けたのか?
ほのかはそうも思ったが、ひょっとしたらまだ近くにいるかもしれないと安心はできなかった。
すぐに歩みを再開させる。
楠森昭哉は殺された……間由佳に。
放送で名前を呼ばれる事は無かったが、自分が最も大切な人である海野裕也もひょっとしたら…………
「嫌……」
考えるだけで情緒が不安定になりそうだ。
そうだきっと裕也君は生きてる。
信じていたかった。
そして、これ以上自分が死を目の当たりにすることは無いと。
そんな折、ぐちゃりとした感触が、靴に伝わってきてふと、足下を見てみる。
落ち葉を被っていて、よく分からなかったが、そこには、いまほのかが最も見たくないモノがいた。
仲販遥…………
彼女の事はよく知っている。
クラス(ひょっとしたら校内全体)で一番スタイルが良くて、少し子供っぽい喋り方をする美少女だ。
だが、その美少女も、今や蝿が集り、腐臭のする、死体。
表情は穏やかだったが、明らかに死んでいる。
ほのかはそれを見た直後に、走り出していた。
どこを踏んだかは分からない。だが遥の死体を踏んだ。
骨が折れたかもしれないし、靴に血が付いたかもしれない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ………
「裕也君…裕也君……裕也くぅううううううん!!」
倉沢ほのかは、脇目も振らずにとにかく走った。
「……ねえ樹里。何か聞こえなかった?」
ほのかの事態も露知らず、海野裕也は、保健室のローラー椅子に腰かけて、ベッドの北沢樹理と、呑気に会話をしていた。
「ううん? 聞こえないよ」
裕也の問いかけに、樹里は簡単にそう返した。
裕也もすぐに納得し、口を閉ざす。
北沢樹里は、ウソをついた。
確かに、微かだが聞こえていた。
誰かが、割と大きな声で叫んでいた。
助けでも求めていたんだろうかな?まあどうでもいいんだけど。
樹里は、今自分が世界で最も不幸な女子高生だと思っている。
そんな彼女が、誰かの事の身を案じるなんてことはまずない。
そうだ。
もうみんな消えてなくなればいい。消えてなくなればいい……はずなんだけど―――
何でだろう?
海野裕也。最初に見た時とは少しだけ印象が違う。
ひょっとして…………
こいつは利用するためだけに、こいつとは倉沢ほのかを悲しませるためだけに寝ただけなのに。
惹かれてるのか? まさか
海野裕也は、今すぐにでもこの場から逃げたかった。
何故かと言うと、現時点で欲望よりも自制心の方が辛うじて勝った結果だ。微かに聞えた声に対する興味は、それほど高くは無い。
若い。という一言だけで片づけるにはあまりにも軽すぎるし、どこぞのブ厚い文庫本に羅列されているような古めかしい万の言葉を用いるほどのことでもない。
ようするに、裕也の欲望は、まだ鎮まっていなかったのだ。
どうしても、樹里をこれ以上傷つけることはしたくない。でもまた…樹里をこの手で壊したい。
そんな感情が幾時間かかき混ぜられた結果、自制心が欲望と言うスパイスの味を押さえた。
だが―――――
樹里の胸、尻、唇の感触、それに――――
忘れようとしても心の中に鉤爪のように深く喰い込んでいて忘れられない
「―――気持ちよかったなぁ…」
一瞬だけ、欲望の味が自制心を押しのけた。
だが彼は、樹里には聞こえないように、こっそりと“余韻”を味わうようにぼそりと溢し。
倉沢ほのかは、ようやく足を止めた。
自分はいつの間にか、先ほどまでとは違う。タイル敷きの床と強化ガラスが張られた押し戸がある。
だが、先ほどまで自分がいた映画館とは違う……ここはあの学校だろうか?
そうだ。
映画館でもロクなことがなかった。
朱広竜には人質に取られるし、長谷川沙羅には裏切られるし…………
この学校でも一番頼りになるであろうラトが若狭に殺された。
一瞬、入るのをやめようかとも思った。
どうせロクなことにならないのなら。
だが、ほのかの脚は、何故だか学校の中へと向かっていた。
吸い寄せられるようにだ。
ここに自分の思い人が。海野裕也がいるかもしれない。
もちろんいないかもしれないが、それでも今の倉沢ほのかは、何かに縋っていたかった。
そうでもしないと自分は……
しばらく、土足のままで廊下を歩く。
タップダンサーが奏でる軽快なタップダンスのようにとはいかないが、彼女が履いているローファーが廊下に響き渡る。
誰かいるの?
そう口に出したいけれど声には出ない。
変わりに、神様は彼女に“確実”を与えた。
“確実”な何かは分からない。映画『フォレスト・ガンプ』のキャッチコピーの一節を借りるならば、チョコレートの箱と同じで、中身を開けてみるまでは何が入っているか分からない。
この文章はオマージュなので“確実”にチョコレートが入っているという野暮なツッコミは抜きにして欲しい。
そう。倉沢ほのかの眼前。
保健室のドアから、声が漏れている。
聞き覚えのある声。いや、それ以上の声が聞こえる。
ツッコミは抜きにして欲しいと、先の文章では言ったが、『“確実”な何かは分からない。』と言う一節に対するツッコミは大いに受けつけよう。
確実に、ドアの向こうには彼が―――
チョコレートの箱には、確かに確実にチョコレートが入っているだろう。
だが、それは何チョコレートだ?
そう。本当に開けてみるまで分からない。
海野裕也と北沢樹里が、ほぼ裸の状態で添い寝しているなんて誰が想像できるだろうか?
突然の来客者に、裕也と樹里は戸惑いを隠せなかった。
「裕也…………君…? ウソ……それに北沢さんまで」
誤解しないほうがおかしいだろう。
と、言うか誤解どころの問題ではない。
実際にしてしまったのだから。
海野裕也と倉沢ほのかは、確かに付き合っていたが、肉体関係はない。
北沢樹里は、そうではない。
それだけのことだ。
「ほ……ほのか…………違うんだこれは…」
まず確実に、このような状況下に置かれた男はこう言うだろう。
まさに修羅場。そうとしか言いようがない。
「北沢さん。どうなの? ねえどうなの?」
ほのかからの問いかけに、樹里は、少しだけの沈黙を纏った後、まるで居直ったような表情で口を開く。
「違うって何? いつまで彼女面してんの?」
「へ? ちょっと樹里……」
「こんな女に気使う事ないよ裕也」
「裕………也? 樹里?」
ほのかは、驚いた。
クラス内ではほとんど接点のなかった二人が、何で、名前で呼び合っているんだ?
自分たちが名前で呼び合うまで何時間、何日、何週間掛かった?
それを経った数時間で。
「嘘…………嘘嘘嘘嘘………」
「はぁ? ヤンデレ気取りですか? ハッキリ言って裕也は迷惑してんのよ」
「消 え て」
その瞬間、ほのかの中の決定的な何かが切れ、それと同時に彼女の瞳から光が消えた。
「私は、裕也くんの彼女です」
淡々とした口調で、ほのかはデイパックからドスを取り出し、右手で握りしめ、裕也に寄り添う樹里に向けた。
「北沢さん。彼女でもないあなたは裕也君の傍にいないでください」
「それはこっちのセリフなんだけど」
一触即発の空気。海野裕也は何もできずに板挟みだ。
「ちょ…ちょっと二人とも………」
「今すぐ離れてください。私があなたを刺し殺さないうちに」
ほのかの口調は、やはりさきほどと同じ淡々としたものだったが、確固たる殺意は、確かに見え隠れしていたからだ。
「アンタにできんの? やってみなさいよ」
だが、樹里は相変わらず挑発をやめない。
「やりますよ」
「言ってないでやりなさいって」
「本当にやりますよ」
「やりなさいって」
文章だけではヘタレコントの台本にも見えなくはないが、二人とも表情は真剣だ。
ほのかは樹里に離れてほしい一心で。対して樹里はほのかの心を揺さぶるために。
「本当に刺します」
ほのかは、一歩裕也と樹里のいるベッドと距離を詰める。
5~6歩足を伸ばせば届く距離だ。
「そんなんじゃ刃が届かないでしょう? もっとこっちに来なさいよ倉沢さん。こっちに来て私を刺してみなさい!!」
「刺した瞬間アンタは人殺……」
「構 い ま せ ん よ」
「私 は 裕 也 君 の 為 な ら あ な た を 殺 せ ま す」
ほのかの口調は、相変わらず冷淡だった。
一気に樹里のいるベッドと距離を詰め、ドスを彼女目掛けて――――
だが、違った。
ほのかのドスが刺さったのは、樹里ではない。
「……」
海野裕也だ。
樹里を庇った裕也の胸の少し下に、ほのかのドスが刺さっていた。
「い…嫌!」
ほのかはドスを素早く裕也から抜く。
裕也はベッドから転げ落ち、べしゃりと床に落ちた。
傷口からは蛇口から水が流れ出ていた。
心臓に刃は届いていなかったようだが、深く刺さったため、血はかなり流れ出ている。
「………………」
しばらくは、ほのかも樹里も、ハリガネムシが中で暴れているカマキリのように痙攣し続ける裕也を、静観するしかできなかった。
「どうして…」
二人は、ほぼ同じタイミングで言い放つ。
だがそれを抱く理由は違えど、思う事は同じだったのだ。
その理由を聞く事は決してかなわないだろう。
海野裕也は、それからすぐにピクリとも動かなくなっていた。
「は………はははは!! ざまあみろっての!!」
樹里は、裕也の死を目の当たりにしても冷淡さを維持しているほのかを、嘲笑うように言い放った。
「たかが2回やっただけでもうメロメロかよ! チョロ過ぎだって!!」
「北沢さん。何をやったんですか?」
「何ってエッチに決まってんでしょ? トランプでもやったと思ったの?」
「トランプでも許しません。でもエッチなことしたんですね? やっぱり」
「そうよ………だから……だから…だから何だってのよ!!」
樹里は相変わらず冷淡なほのかとは対極を行くテンションを維持していた。
極めて熱い口調。
そして、極めて悲しげな、大粒の涙を浮かべた表情。
何故自分が涙を流すのか、よく分からない。少なくとも倉沢ほのかへの恐怖からではない。
今の異様な彼女からは不気味さは漂っていたが、全身全霊で恐怖するほどではない。
この涙………自分は海野裕也の死を悲しんでいるのか?
「泣かないでください北沢さん。涙で裕也君が汚れます」
「裕也は…………裕也はアンタだけのもんじゃないんだよ!!」
ベッドに置かれていた、開いたデイパックから銃を取り出そうとしたが、その時にはもう遅かった。
「さ よ う な ら」
ほのかは、樹里の喉元にドスを突き立てて抉った。
「エッチなことしたら、赤ちゃんできちゃいますよね」
ほのかの口調は、2つの死体を目の当たりにしても揺るぐ事は無かった。
彼女の精神は、確実に崩壊しているとしか言いようがなかった。
瞳には光がなく、首の抉れた樹里の死体を運ぶ手際も、非常に淡々としている。
窓を開け放ち、樹里の死体の胴体より上を外に出し、窓に掛けたほのかは、表情を変えることなく窓を閉めた。
当然、樹里の死体が障害となり、窓は閉まらない。
それでも、繰り返す。何度も何度も何度も――
窓が“閉まる”頃には、窓もほのかも返り血で真っ赤に濡れていた。
一体何度、窓を閉める作業を続けたかは分からない。
ドスによる助力も多少加わった結果、窓はキチンと閉まったのだ。
窓から落ちた樹里の下半身を蹴って部屋の隅に追いやったほのかは、武器が大量に入ったデイパックを肩に掛け、裕也の死体の右足を持ち、それを引き摺って保健室をあとにした。
「フフフ……裕也君? それはおしおきですよ。浮気をしたおしおきです」
【D-4 学校1F廊下/一日目・朝方】
【女子十三番:倉沢ほのか】
【1:わたし(達) 2:あなた(達) 3:○○さん、○○くん(達)】
[状態]:強いショックによる精神崩壊、右頬に痣、海野裕也の死体を引き摺っている
[装備]:ドス、ウィンチェスターM1873(4/4)
[道具]:支給品一式×2、P-90(150/200)、P-90の予備弾薬(200発×5本)、12ゲージショットシェル(8/12)
[思考・状況]
基本思考:クラスメイトを皆殺しにし、裕也と共に島を脱出する
0:クラスメイトを皆殺しにする
[備考欄]
※沙羅が主催側の人間ではないかと強い不信感を抱いています
※日向有人がゲームに乗っているかもしれないと強い不信感を抱いています
※楠森昭哉は死んだと思っています
※海野裕也の死体を引き摺っているため、移動速度はかなり遅くなります
【男子 四番:海野裕也(うんの-ゆうや) 死亡】
【残り24人】
※海野裕也の死体は、防弾チョッキを身につけています
【D-4 学校・保健室/一日目・朝方】
【女子 八番:北沢樹里(きたざわ-じゅり) 死亡】
【残り23人】
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最終更新:2009年05月24日 19:24