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**【Scene.1 『E』の意味】 「君は……何も聞かないのだな? 私について……」 数刻前のシーラEの質問に対し、老人は矛盾した質問を返す。 シーラEはロバート・E・O・スピードワゴンの名に含まれる「E」の意味を問うた。 だが、彼女が自らに課した復讐の「E」と違い、彼のそれは単なるミドルネームである。 アメリカで一斉を風靡した石油王の彼のことだ。自らの名に『泊』を付けるため、意味もなく冠した名前かもしれない。 別にシーラE自身も、意味のある問いを投げかけたかったわけではない。 自分の覚悟を示しつつも、老人に口を開かせるきっかけを作りたかっただけだ。 目論見は半分成功、しかし力のない言葉を聞くに半分は失敗といったところか。ため息をつきながら、シーラEは救急車を路肩に停車させた。 移動にも明確な目的があったわけじゃあないし、運転+警戒+情報交換の3つを同時に行うのはシーラEにとっても無駄な披露を蓄積するだけだからだ。 車を停車させたシーラEは、助手席に座るスピードワゴンの顔を黙って見つめる。 その心底疲れた様子の彼女の沈黙に耐え切れなくなり、スピードワゴンは目線を逸らし、後部座席のストレッチャーで眠るジョージⅡ世の遺体に目をやった。 ジョージにはスピードワゴンに支給された大きめの赤いマントが被せられ、顔は見えない。 スピードワゴンの問うた『何も』というのは、もちろん彼のことである。 何もなしに人は死にはしない。悲しみはしない。 ましてはその『作品』の死因は、喉を掻っ切られた失血死かショック死―――― 鋭利なナイフか剣か、はたまたスタンド能力によるものかはわからないが、少なくとも明確な「殺意」をもって殺されたことは確かなのだ。 それらはこのゲームを戦い抜くためには得難い情報であるに違いない。 しかしだ―――― 「株で大損扱いたサラリーマンか自殺志願者みたいな今のあんたには、何を聞いても無駄だと分かっているからね」 スピードワゴンは顔を伏せて項垂れる。とてもじゃあないが、シーラEの表情を見ることはできない。 シーラEの言わんとしていることを、スピードワゴンは理解した。 つかぬところ、前を向いていないスピードワゴンから得のある情報は得られないだろうということだ。 スピードワゴンの生い立ち。 JOJO(ジョセフ)が自分の身内であったこと。このジョージが何者であるか。 自分とジョージの関係。 そして、泣いている理由。 仮に彼女に問われたとして、スピードワゴンが答えたであろう情報(与太話)は、こんなところだ。 そしてシーラEは、そんな話は望んでいない。 状況が落ち着き、情報交換が飽和し、スピードワゴンが落ち着きを取り戻したあとならば、そんな身の上話も聞いてやらないでもないわけだが……。 彼女が望むのは、より実のある生の情報。 彼が、誰に、どのようにして殺されたか。その理由は。 そう言った生き残るため、戦うための情報でなければ、シーラEは聞く必要がないのだ。 改めて、スピードワゴンは実感した。 自分とこのシーラEという少女は住んでいる世界が違う。 物を考える価値観が違う。 おそらくJOJOやシーザーならば、そしてジョナサンやツェペリならば…… 素早く頭を切り替えて、彼女とともに戦いに赴くのだろう。 だが、自分には無理だ。 こんなくたびれた老人には ―――いや、若い時からそうだったな――― 戦いの場において出来ることなど何一つなかった。 私はいつも見ているだけで蚊帳の外よ。 「すまない…… 君の、邪魔をしているな、私は……。確かに、今の情けない私に、君のためになるような話は、できそうもないよ」 ヤレヤレといった風に頭を振り、シーラEは再び救急車を走らせるべくシフトレバーに腕を伸ばした。 イタリア人の彼女は右ハンドルに慣れていないらしく、不便な手つきで車を操作する。 そんな彼女を横目にスピードワゴンは目を瞑り、なんともなしにシーラEの投げかけた初めの質問について頭を働かせた。 Robert Edward O Speedwagon それが彼の正確なフルネームだ。 「E」。すなわち「エドワード」は英語圏ではごく有り触れた男性名だ。 もともとの由来(言われ)は、古典英語のead(幸福)とweard(守り手)にある。 しかし、幸福の守り手とは名ばかり…… 彼のの人生は他人に守られてばかりだった。 50年前の戦いでは、ジョナサンやツェペリに何度も命を助けられてきた。 5年前の誘拐事件の時は、初めて波紋を見せたJOJOの機転により助けられた。 ついさっきは、彼の代わりにジョージが犠牲になってしまったのだ。 そして、彼の命を助けたものはみな悉く死んでしまっている。このスピードワゴンという老いぼれ一人を残してだ。 こんな私に「幸運の守り手」などという名なんて。などと頭を抱えるスピードワゴン。 そこまで思案して、スピードワゴンは自分にもうひとり『恩人』がいることに思い当たった。 「…………エルメェス!!」 スピードワゴンに突然肩を捕まれ、ハンドルを取られたシーラEは車を急停止された。 老人に対して何度目ともわからない溜め息をつき、シーラEは彼に怒りの含んだ声色で話し始める。 「あのなあ、おじいちゃんよ…… 私はあまり運転が得意じゃあないんだよ。いくらゴーストタウンとはいえ事故らせるような真似――――」 「――――――頼みがあるッ!!」 そんなシーラEの言葉を遮り、スピードワゴンが声を荒らげた。 その真剣な眼差しに、シーラEも目付きを変えた。 「私の命を助けてくれた娘がいる! 君とよく似た、勇気ある強い少女だ!! その娘(こ)はついさっき、私を逃がしてくれた…! だが、その相手に、今にも殺されてしまうかもしれない!」 シーラEは大切な人を殺され、しかし前を向いて、このゲームを影で操る者と戦おうとしている。 だが、リサリサは――――ッ? 有無を言わさず手刀を振り下ろした、スピードワゴンを殺そうとしたリサリサはッ! 『優勝者には何でも……文字通り何でもだッ! 願い事を叶えることを約束しようッ! 』 ゲームの頂点に立つべく、殺人を行っているのではないのかッ!? 他ならぬ、JOJOを生き返らせるために! 止めねばならない。リサリサを―――― そして、エルメェスを死なせるわけには行かない。 「ったくッ!! なんでそんな大切なことを早く言わないッ!!」 シーラEは老人を怒鳴る。だが、その語調は前より明るかった。 「それで―――― 手ごわいのかい。その相手は」 「彼女は… 私では、とてもじゃないがどうしようもない。だが、どうしても助けたいのだ」 その言葉に、シーラEは一転して笑みを漏らした。 そしてエンジンをかけ車を急発進させると同時に高速でUターンし、来た道を逆走し始めた。 「まったく、景気は一向に良くなりそうにない…… だがアンタ、さっきよりはなかなかマシな瞳(め)になったな! そこへ案内しろッ! スピードワゴン!!」 まだ吹っ切れたわけではない。立ち直ったわけではない。 だが、この時のスピードワゴンは少なくとも前を向いていた。 ☆ ☆ ☆ **【Scene.2 戦う女 VS 泣けない復讐者】 この女……強いッ!! 「……………………」 くっ! なんてヤツだ! この女(スピードワゴンは『リサリサ』とか呼んでいたが)、こちらの攻撃を軽く去なしてやがる。 それも無言で、淡々と作業しているような立ち回り。 さらに相手はあたしのスタンドを相手に『生身』で打ち合っているのだ。 まあ、こちらのスタンドの動きが言えていること。 相手の手足が、なんというか、生命力に満ちた光のようなものを放っていることから、まったくの生身というわけではないのだろう。 おそらく、像のないタイプ。肉体を強化するスタンド能力か何かだろう。 だが、それにしてもだ。 あたしのスタンド、『キッス』はパワー、スピード、持久力とともに自信がある。 徐倫の『ストーン・フリー』と腕相撲で勝負したこともあるが、つい力を入れすぎてあいつの肩を外しかけてしまった(後で涙目になった徐倫に怒られたのはいい思い出である)。 だがこのリサリサには、さっきから一発もまともに攻撃が当たっていない。 蹴りも、手刀も、拳の連打も、まるで小洒落た社交ダンスでも踊っているような華麗なステップで受け流されている。 ほとんど不意打ちに近かった最初の一撃ですら間一髪のところで回避され、サングラスを弾き飛ばしただけであった。 「クソッタレェ!! このアマァ!!」 「……………………………………………………」 無言であたしの攻撃を受け流し続けるリサリサ。 ひたすら打ち合っていた攻防は、途中から少し変化していた。 初めは数発の蹴りを見舞ってきていたリサリサだったが、途中からはスタイルを変え、回避と防御のみに徹していた。 特に、拳での攻撃に関しては一発も「受け」ず、わざと全てを回避する動きだった。 そしてリサリサの動きの全てが、あたしの動きを観察しているようだった。 こちらは本気で倒すつもりで攻撃しているのに、リサリサの奴はまるでボクサーを指導しているトレーナーのような余裕の動きだった。 このリサリサ、「喧嘩」という土俵の上では、間違いなくあたしの数段上にいる存在だ。 「クソッ! 舐めるなァ!!」 リサリサの顔面を狙い、大振りの左正拳を叩き込む。 余裕を持って右へ回避するリサリサ。だが、パンチを交わされるのは計算の内。 そこへ、今度は『キッス』の全力の右蹴りを叩き込む。これも読まれている。リサリサは左の小脇にスタンドの脚を挟み防御する。『キッス』は脚を取られ、動きを封じられた。 「ッ!?」 だが、ここまでは想定内。 スタンドの攻撃姿勢を一瞬解除する。するとリサリサは、小脇に抱えていたあたしのスタンドが突如消えたことにより、若干体勢が崩れた。 スタンドはスタンドでしか触れることができない。たとえ本体がスタンド使いであったとしてもだ。 こちらのスタンドが本体を狙った攻撃をする場合、スタンドは半実体化して相手に物理的ダメージを負わせることができる。 その反面、相手もスタンドに触れて攻撃を防御することも可能だ。 だが、スタンドの攻撃姿勢を解いた場合、スタンドは精神的なエネルギーへと戻り、物理的な干渉は不可能となる。像を持たないスタンド使いにはできない発想だ。 そしてこの現象を利用し、リサリサに隙を作らせた。 「かかったな! 余裕カマしているからそうなるんだよッ!! 頭かち割ってケツの穴から火ィ吹かしてやるぜぇ!!」 体勢を崩し前のめりになるリサリサに、再び臨戦態勢となった『キッス』の手刀を叩き込む。 ベストなタイミング! 防御することも、ましてや回避することもできっこない。 勝負あった! これで決まりだ―――――――― 「がふッ!!」 そう思ったのも束の間だった。 リサリサの鋭い蹴りがあたしの腹を抉り、吹き飛ばした。 あたしの体は5~6メートルは宙を舞い、制限時速30マイルを示す道路標識に背中から思い切り叩きつけられた。 あたしの策に嵌り、体勢を崩したリサリサ。普通の人間ならばバランスを崩したとき、なんとか転ぶまいと踏ん張るものだ。 だがリサリサは勢いに逆らわずそのまま転ぶことを選んだ。 そして地面に両の手を付き、逆立ちの姿勢で勢いのついた蹴りを叩き込んできたのだ。 カポエイラだ。 こんな特異な体術まで使いこなすとは。何者か知らねえが、この女、やはり只者じゃあない。 「ウッ…… オエぇ!!」 たまらずあたしは嘔吐した。刑務所で食わされた不味い飯が目の前にリバースされる。 腹に貰った一撃がモロに効いている。 それに、標識に叩きつけられた背中もおそらくアザになっているだろう。 「……汚いわねえ。あなたのその言葉遣いと同じくらい下品だわ。 ちゃんと掃除しておきなさいよ。あなたのゲロなんてバクテリアだって餌にしたりはしないわ」 顔を上げると、リサリサがこちらを見つめている。相変わらずのサングラスで表情は読めない。 だが腕を組み、火の灯ったタバコがある指先を見れば、大体の予想はつく。 あたしは舐められている。 攻撃の手を休め、一服する暇なんていくらでもある。あたしなんぞ、いつでも殺せるというのだ。 こんな屈辱は初めてだ。 「初めはさっさと殺してあげるつもりだったけど、考えが変わったわ。私の質問にいくつか答えてくれたら苦しまずに殺してあげるけど、どう?」 「へっ! ずっとだんまりだったクセに、口を開くとギャーギャーと文句をつけて自分勝手なババアだなッ!! あたしの問いかけには何も答えなかったから、耳をママの腹ン中に忘れてきちまったのかと思ってたのによォ!」 「本当に下品なグリーザーね。人種差別なんて趣味じゃあないけど、ここまで教育が悪いとすると、一度移民センターに苦情を言ってみてもいいかもしれないわ」 なるほど…… さっきの攻防で攻撃の手を休めたのはそういう理由か。あたしに拷問をかけて情報を引き出すつもりか。 あたしに対し初めて口を開いたかと思えば、挑発的な態度を示すリサリサ。 対抗して挑発で返すあたしだったが、リサリサは全く気にする素振りも見せずにさらに悪態をつく。 そしてリサリサは先刻のあたしの問いに、明日の天気の話をするかのようにしゃあしゃあと答え始めた。 「……スピードワゴンさんを殺そうとしたのは、あの白い車が欲しかったのよ。いい足になると思ったから」 は? 「それから……。殺し合いに乗ったのは、優勝するためよ。望みとやらを叶えてもらうため、片っ端から殺していくことにしたわ」 この女……。 「望みは息子を生き返らせること。どう? あなたが思っているほど私は母親失格というわけではないと思うけど…… これで満足した?」 ふざけるな…………。 「ふざけるなァァァァァ!!」 飛び起き、再び『キッス』を出現させて突進するあたし。 頭に血が昇っていて、さっきまでとは全く違う、弾丸のような正面からの特攻だった。 「何が気に入らないの? あなたの質問にはちゃんと答えてあげたつもりだけれど……?」 「てめえのその幸せな考え方の全てにだよ!! ゲームの黒幕連中が本当に、素直にあたしらの願い事なんて聞き入れるとでも思っているのかあッ!!」 タバコを投げ捨て、迫る『キッス』の拳を大きく飛び越えて避けるリサリサ。 軽く15メートルは跳躍した彼女は、あたしの背後の建物の外壁に着地し―――― 「波紋乱渦疾走(トルネーディオーバードライブ)――――――ッ!!」 「ぐわっ!!」 きりもみ回転しながらあたしの脇腹を襲った。 『キッス』の射程距離のはるか外側からの飛び蹴り。冷静さを欠いたあたしには、回避できない。 あたしは衝撃に襲われ、地面に倒れ伏せる。先刻とは比べ物にならないほどの激痛。 カポエイラキックの時とは違う、異常な痛みを身体が訴えていた。 「あまりに聞き分けが悪いから、軽く『波紋』を流してあげたわ。直接『神経』に『痛み』を送り込んでいる。気絶しなかったことを褒めてあげるわ」 ハモン………? こいつのスタンド能力か? 奴の肉体に時折、強力なエネルギーの存在を感じる。 それが、こいつの異常な体術の秘密―――――― 単純な威力は並みのスタンドに引けを取らないッ! 「確かにあなたの言うとおり。あの老人の言った『望みを何でも叶える』という言葉が嘘である可能性もある。 その場合の私は惨めな道化師(ピエロ)、奴の手の上で踊らされる飼い犬に過ぎないのかもしれない。 でもね―――― それでも私の息子ジョセフが死んだという現実は、ハッピーなエイプリルフールの嘘なんかじゃあない、どうしようもない事実なのよ。 例え望みが低くても、ジョセフを生き返らせる可能性があるのならば私はそれにすがるまで……」 ハァ……ハァ…… なるほど、多少の誤解はあったかもしれない。訂正するよ。 ある意味で、この女は母親の鏡かもしれない。 このリサリサとスピードワゴンのじいさんとがどんな関係かは知らないが、何を切り捨ててでも、たとえ修羅になったとしても、僅かな可能性にすがり―――――― すべては、たったひとりの息子のために。 だけど―――――― そんな愛情は間違っている。 間違っているんだ。 「さて。私が聞きたいのは、あなたの『それ』のことよ。一体何の手品なの? その……あなたの『人形』―――?」 なんだと!? 「初めは、あなたの思うように動かせる『操り人形』かと思った。けれど、ちょっと拳を交えてみて感じたのは異なる印象だった。 まるでそれは『あなた自身の分身』―――。あなたのかわりに代理で格闘を行う、もう一人のあなたの姿に見えた。そこに興味を持った」 この女、スタンドを知らない。つまり、無自覚のスタンド使い。 少なくとも、自分以外のスタンド使いを見るのは今日が初めてなんだ。 今のこいつは、あたしの手のひらから初めてシールが出たとき――― いや、マックイイーンの奴を倒した時のあたしに近い(あたしはエンポリオの話を聞いた後だったから順序は逆になるが)。 だが、そのくせ推理はほとんど正解に近い。スタンドについて、誰にも教わらずにここまで分析するとは―――― なんて奴だ。 「実際に攻撃を受けてみてわかったことは、その人形は破壊力、スピード、リーチの長さ、どれをとっても常人の数倍以上の力を持っている。 まともに喰らえば、私だってただじゃあ済まない。でも、あなたはその力を満足に扱えていない。 動きがチンピラの喧嘩と同レベルなのよ。動作に無駄が多く、攻撃も直線的。だから、たとえパワーやスピードがあっても、私には当てられない。 要するに、あなたは戦い方が非常に醜い。女の子ならば、もう少しエレガントに戦ったらどう? おそらく、あなたがその能力(ちから)を手に入れたのは、ごく最近ね」 それも正解だ。当たっているよ。 たった数分の戦いの中で、あたしの攻撃を軽く受け流すだけに留まらずそこまで分析しているとは。 いや、この女にとって、さっきまでのは「戦い」じゃあない。「組み手」も同然だ。 「でも… もしもあなたと同じその『人形の能力』を格闘の達人が持っていたとしたら…。その人形を操る修行を何年も積んだ熟練者だ相手だったとしたら。 そして、波紋の達人や吸血鬼、柱の男のような超人がその『能力』を持っていたとしたら………。 かなり厄介な相手になるのは必死。だからこうして、秘密を聞いている。」 リサリサのいる対岸の歩道までフラフラと歩き、立っている道路標識を杖にして体重を支える。 さっきまでとは立場が逆転して、リサリサの問いに、あたしは答えない。 サングラスの奥にあるであろう冷たい瞳を、あたしは黙って見つめ返す。 そうさ、あたしはスタンド能力を持って間もない。パワーやスピードは強力でも、戦闘技術という面ではあたしは全くの素人なのだ。 スポーツ・マックスに復讐を果たすのだって、念入りに作戦を練り、ハメて殺すつもりだった。 真っ向な戦闘については素人同然。生身の人間とはいえ、本物の達人を相手にして優位に戦えるほど強くはない。 だが、これはただの戦闘ではなく『スタンドバトル』。 あたしのスタンドにできるのは、単純な殴り合いだけなんかじゃあないッ。 だんまりを決め込むあたしに対し、リサリサは口元だけの笑みを浮かべ、さらに語りかける。 「まあ、あなたが答えなくとも『人形』については大体想像通りでしょうね。では、これについてはどうかしら?」 そう言って、リサリサはコートの懐からあるものを取り出した。 「『これ』……。さっきそこで拾ったのだけれど、これは私のものよね。でも、同じものを2つ持っていた覚えはないわ。これはどういうカラクリなの?」 取り出したのは、リサリサのサングラスである。現在、リサリサの掛けているサングラスと全く同じもの。 最初の不意打ちの時、『キッス』の拳で弾き飛ばし、そのとき『シール』によって2つに増やされていたのだ。 「これだけは、他の現象と比べてもかなり特殊で秘密が見えない。ただ、最初の攻撃の時、あなたの人形の拳から『何か』が出てきたような気がする…… だから拳からの攻撃は受けずに回避するよう徹していたんだけど。この現象のの秘密は、あなたの『人形』の拳にある。 どう? 私の推理は当たっているかしら?」 「……フフフフフフ、フフフフフフフフフ」 リサリサに対し、あたしは不敵に笑う。 一瞬の出来事でそこまで見極めていたとは、恐れ入った。 あんたの推理は正しい。拳での攻撃を『受け』ずに『回避して』いたその判断もな。 だが、あんたの読みもここまでだ。 「あら? このサングラス……… これは何?」 あたしの笑いの意図が掴めていないリサリサがふと、手元にあるサングラスの異変に気が付いた。 自分が現在掛けてあるそれにはない『シール』の存在を確認し、リサリサの視線が一瞬、あたしから外れた。 今だッ! 「ねえ、この『シール』みたいな物。これは一体―――――」 「これがその『答え』だッ!! 喰らってくたばれ! 『ザ・キッス』ッ!!」 リサリサの注意があたしから逸れた隙を狙い、あたしの体重を支えていた道路標識に貼られた『シール』を勢い良く剥がした。 その瞬間、道路標識は勢いよくリサリサ目掛けて飛来する。 「―――ッ!?」 そう。あたしの切り札はこの、制限時速30マイルを示す道路標識。 さっきリサリサにカポエイラの蹴りで叩きつけられたとき、シールを貼って増やしておいたのだ。 道路の対岸の歩道に全く同じ標識を出現させた。 そして、リサリサが2つの標識の線分上に乗った瞬間を狙い、シールを剥がしたのだ。 拳から出現する『シール』を貼ったものを2つに増やす。 そして『シール』を剥がした時、増やされた物体は引かれ合い、高速で元に戻る。 それがあたしのスタンド『キッス』の真骨頂だ。 あたしのスタンド格闘技術では、リサリサを捉えることはできない。 だから、あたしが勝つためにはこの方法以外なかった。 この物体の元に戻る際のスピードは、パンチやキックより数段上なのだ(測ったことはないけどね)。 「くっ」 ここまで不意をついても、飛来する鉄の棒をとっさに横っ飛びで直撃を避けるリサリサは流石である。 それでも、鉄の牙は回避しきれなかったリサリサの左腕に喰らい付いた。 そしてリサリサの左腕を飲み込んだまま、彼女の背後にあるオリジナルの道路標識と一体化したのだ。 「――――――くぁぁァァッ!!」 小さな声で、しかし明確に痛みを訴える悲鳴を上げるリサリサ。 リサリサは左肘を道路標識の支柱に突っ込み、身動きが取れなくなってしまった。 鉄製の棒から伸びる肘から先は力なくダラリと垂れている。 おそらく骨が折れているのだろう。 「形勢逆転……だな」 「やって……… くれたわね………」 片腕を固定され身動きの取れなくなったリサリサの姿を確認し、あたしは声をかける。 リサリサはサングラスを懐にしまいながら、明らかな怒気を含んだ返答を行った。 ここまで感情を表に出したリサリサは、初めてである。 そしてあたしにとって、これ以上の勝機はない。 「なるほどね。『シール』を貼ったものが増える。そして『シール』を剥がすと元に戻る、か。 相変わらず理屈はわからないけど、そういう能力だって理解するしかなさそうね。 それにしても、いつの間にこの標識を増やしたの? 全く気が付かなかったわ」 「増した物体を出す場所はある程度指定できるんだ。その標識はあたしがそこに叩きつけられた少しあとに、あんたの背後に出したんだ。 ここ(カイロ)の街並みはどこも似たようなものだし、旅行者同然のあんたやあたしには、標識のひとつやふたつ増えてもそうそう気付けるものでもねえだろうな」 軽口を交わしながら、リサリサに歩み寄る。 リサリサも左腕を取られた不格好な体勢ながら、あたしと向かい合う。 『キッス』の射程距離のギリギリ外側で一度立ち止まり、再びリサリサに話しかける。 「あたしはあんたとは違う。だから殺しはしない。あんたとスピードワゴンのじいさんがどんな関係かもわからないからな。 でも、あんたを放っておいたらその左腕を切断してでも殺人を繰り返すんだろうな。だから、今ここで確実に、あんたを戦闘不能にする」 「下品な言葉遣いは最後まで治らなかったわね。左腕を切断? 馬鹿言わないで。 あなたみたいなスパゲッティ頭のお間抜けさんを相手に、腕を捨てるようなもったいないことするわけがないでしょう?」 『キッス』ッ!! スタンドを出現させ、左腕の手刀をリサリサの肩甲骨めがけて振り下ろす。 その攻撃に対し、リサリサは自由な右腕を掲げて防御する。 そう、リサリサは『防御』するしかない。 いままでのリサリサはパンチや手刀といった攻撃はすべて「回避」し、「受け」てはいなかった。 だから今まで、リサリサの手足が増やされるようなことがなかった。 だが、リサリサは今、左腕を道路標識に固定され動けない。 もうヒラヒラと滑稽なフラダンスを踊って、あたしの攻撃を回避することはできないのだ。 防御したリサリサの右腕に『シール』を貼り付ける。リサリサの右腕が肩口から二股に別れ、増やされた。 「終わりだリサリサァッ!!」 素早くリサリサに貼り付けた『シール』にスタンドの手を伸ばす。 『キッス』の能力のもうひとつの秘密。増えたものが元の1つに戻る際、対象には破壊が伴われる。 これで一度増やされたリサリサの右腕は破壊される。流石のリサリサも両腕を潰されては、戦闘は不可能と言っていいだろう。 『キッス』が指先で『シール』を弾き飛ばし、リサリサの右腕は1つに―――――― ――――戻ら、ない!? 何故だ――――――!? 「元に戻る際に破壊が生じることは、この道路標識の修繕具合を見て分かっていた」 リサリサが静かな声で語りながら、右腕であたしの首根っこを掴んだ。 「だから、今度あなたが私の右腕にシールを取り付けて破壊しようとしてくるのもなんとなくわかった。 私の左腕はこんな状態だし、あなたの『人形』の攻撃を避けることも、動きについていくことすらもできない。 でも、『波紋の呼吸』ならばいつでもできる」 リサリサの馬鹿力で首を絞められ、意識が遠のいていく。 そんな中、あたしはリサリサの右肘に貼り付けられたままの『シール』を見た。 確かに、『シール』の貼付部位は『キッス』が弾き飛ばした。あの『シール』は水を掛けられた程度で剥がれるほど、粘着力は弱いのに……。 あれで、剥がれていないはずはないのに……。 「『くっつく波紋』って言うのよ。あなたが『シール』を狙ってくることは分かっていた。 だから『シール』の粘着力を高め、あなたに剥がされないようにした。 私は『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』を5分で登り切ることができる。『くっつく波紋』は、私の十八番(オハコ)のひとつなの。 要するに、あなたの『人形』と同じように、私にもいろいろ秘密があるということ」 また……ハモン………? なんてことだ…… 形勢…再逆転じゃないか。 「さて、そろそろ終わりにしましょうか。どうせあなたは何も喋らないだろうし。 あなたの敗因はその下品な戦い方の全て。さっきも言ったでしょう? エレガントに戦いなさい、と」 リサリサは右腕であたしの首を絞めている。 しかし、今のリサリサには『シール』によって増やされたもう一本の『右手』が存在していた。 破壊するために貼った『シール』が裏目に出て、せっかくの思いで左腕をつぶしたのに、リサリサにもう一本自由な腕を与えてしまったのだ。 リサリサは右腕であたしの首を絞めながら、もう一本の右手で懐からサングラスを取り出し、貼り付けられた『シール』を指で弾き飛ばす。 リサリサの掛けていたサングラスが彼女の手元に引き寄せられ、破壊され、地面に落ちた。 久々に見た彼女の素顔は、いままであたしが見たどんな女性よりも美しかった。 「やれやれ、このサングラス高かったのに……。ところでこの『シール』………。 『あなた自身の身体にも効果はあるのかしら』―――――?」 ニヤリと笑うリサリサの表情に、背筋がざわついた。 次の瞬間、『シール』を持ったリサリサの右腕があたしの胸を突く。 感覚でわかった。今、あたしの心臓は2つに増やされた。 「クソ………タレ………」 「バイバイ。ヒスパニックの下品なお嬢さん」 リサリサが『シール』を引っぺがす。 あたしは口から血を吐き、視界は真っ暗になった。 ごめん徐倫……。あたし、負けちまったよ………。 ☆ (なるほど。この子自身がくたばれば、『シール』の効果も消えるわけか) 倒れたエルメェスの身体を蹴り飛ばしたリサリサ。彼女の右腕は、破壊もなく元通り一つになっていた。 リサリサは最後までエルメェスの名前を知らなかったが、彼女との戦いはリサリサにとって非常に利のあるものだった。 おぼろげではあるが、スタンド能力というものの存在を知れただけでも大きな収穫である。 (さてと、この左腕をどうやって開放するかな? 骨折は波紋で治療できると思うけれど……) 未だに鉄の棒と一体化したままの左腕を見ながら、リサリサは今後について考える。 下手に引っこ抜けばさらにダメージが残ってしまう。 無理やり標識をへし折れば、左腕ごと切断されてしまうかもしれない。 さっさとスピードワゴンを殺害したいという思いもある。 救急車も魅力だが、それ以上に自分のネガティブキャンペーンを展開されることがまずかった。 しかし、彼が現在どこまで行ってしまったかも、わからない。 それに、エルメェスとの戦闘も楽なものではなかった。 どこかで身体を休めるのもいいかもしれないな、なんてことをボンヤリと考えていたリサリサの耳に、重く響くエンジン音が聞こえてきた。 スピードワゴンの救急車と同じエンジン音だとすぐにわかった。 音源は、彼の走り去った方向。轟音は次第に大きくなっていく。そしてリサリサの目に、引き返してきたであろう救急車の姿がはっきりと映った。 何か様子がおかしい。 よく見れば、運転席に座る人物は、リサリサのよく知るスピードワゴンではなかった。 運転手は、エルメェスよりもさらに若いであろう少女。 救急車はどんどん加速してくる。 (まずいっ!) 左腕は未だ標識に突き刺さっていて動けない。 リサリサは回避行動を取ることはできなかった。 重さ3tを超える金属の塊が、時速100キロ以上の猛スピードでリサリサの身体を吹き飛ばした。 衝撃の瞬間からひと呼吸あいた頃より、救急車のけたたましいサイレンの音が辺りに鳴り響き始めた。 ☆ ☆ ☆ *投下順で読む [[前へ>Requiem per Mammone (後編)]] [[戻る>本編 第1回放送まで]] [[次へ>BLACK LAGOON ♯02]] *時系列順で読む [[前へ>Requiem per Mammone (後編)]] [[戻る>本編 第1回放送まで(時系列順)]] [[次へ>BLACK LAGOON ♯02]]
**【Scene.1 『E』の意味】 「君は……何も聞かないのだな? 私について……」 数刻前の[[シーラE]]の質問に対し、老人は矛盾した質問を返す。 シーラEは[[ロバート・E・O・スピードワゴン]]の名に含まれる「E」の意味を問うた。 だが、彼女が自らに課した復讐の「E」と違い、彼のそれは単なるミドルネームである。 アメリカで一斉を風靡した石油王の彼のことだ。自らの名に『泊』を付けるため、意味もなく冠した名前かもしれない。 別にシーラE自身も、意味のある問いを投げかけたかったわけではない。 自分の覚悟を示しつつも、老人に口を開かせるきっかけを作りたかっただけだ。 目論見は半分成功、しかし力のない言葉を聞くに半分は失敗といったところか。ため息をつきながら、シーラEは救急車を路肩に停車させた。 移動にも明確な目的があったわけじゃあないし、運転+警戒+情報交換の3つを同時に行うのはシーラEにとっても無駄な披露を蓄積するだけだからだ。 車を停車させたシーラEは、助手席に座るスピードワゴンの顔を黙って見つめる。 その心底疲れた様子の彼女の沈黙に耐え切れなくなり、スピードワゴンは目線を逸らし、後部座席のストレッチャーで眠るジョージⅡ世の遺体に目をやった。 ジョージにはスピードワゴンに支給された大きめの赤いマントが被せられ、顔は見えない。 スピードワゴンの問うた『何も』というのは、もちろん彼のことである。 何もなしに人は死にはしない。悲しみはしない。 ましてはその『作品』の死因は、喉を掻っ切られた失血死かショック死―――― 鋭利なナイフか剣か、はたまたスタンド能力によるものかはわからないが、少なくとも明確な「殺意」をもって殺されたことは確かなのだ。 それらはこのゲームを戦い抜くためには得難い情報であるに違いない。 しかしだ―――― 「株で大損扱いたサラリーマンか自殺志願者みたいな今のあんたには、何を聞いても無駄だと分かっているからね」 スピードワゴンは顔を伏せて項垂れる。とてもじゃあないが、シーラEの表情を見ることはできない。 シーラEの言わんとしていることを、スピードワゴンは理解した。 つかぬところ、前を向いていないスピードワゴンから得のある情報は得られないだろうということだ。 スピードワゴンの生い立ち。 JOJO(ジョセフ)が自分の身内であったこと。このジョージが何者であるか。 自分とジョージの関係。 そして、泣いている理由。 仮に彼女に問われたとして、スピードワゴンが答えたであろう情報(与太話)は、こんなところだ。 そしてシーラEは、そんな話は望んでいない。 状況が落ち着き、情報交換が飽和し、スピードワゴンが落ち着きを取り戻したあとならば、そんな身の上話も聞いてやらないでもないわけだが……。 彼女が望むのは、より実のある生の情報。 彼が、誰に、どのようにして殺されたか。その理由は。 そう言った生き残るため、戦うための情報でなければ、シーラEは聞く必要がないのだ。 改めて、スピードワゴンは実感した。 自分とこのシーラEという少女は住んでいる世界が違う。 物を考える価値観が違う。 おそらくJOJOやシーザーならば、そしてジョナサンやツェペリならば…… 素早く頭を切り替えて、彼女とともに戦いに赴くのだろう。 だが、自分には無理だ。 こんなくたびれた老人には ―――いや、若い時からそうだったな――― 戦いの場において出来ることなど何一つなかった。 私はいつも見ているだけで蚊帳の外よ。 「すまない…… 君の、邪魔をしているな、私は……。確かに、今の情けない私に、君のためになるような話は、できそうもないよ」 ヤレヤレといった風に頭を振り、シーラEは再び救急車を走らせるべくシフトレバーに腕を伸ばした。 イタリア人の彼女は右ハンドルに慣れていないらしく、不便な手つきで車を操作する。 そんな彼女を横目にスピードワゴンは目を瞑り、なんともなしにシーラEの投げかけた初めの質問について頭を働かせた。 Robert Edward O Speedwagon それが彼の正確なフルネームだ。 「E」。すなわち「エドワード」は英語圏ではごく有り触れた男性名だ。 もともとの由来(言われ)は、古典英語のead(幸福)とweard(守り手)にある。 しかし、幸福の守り手とは名ばかり…… 彼のの人生は他人に守られてばかりだった。 50年前の戦いでは、ジョナサンやツェペリに何度も命を助けられてきた。 5年前の誘拐事件の時は、初めて波紋を見せたJOJOの機転により助けられた。 ついさっきは、彼の代わりにジョージが犠牲になってしまったのだ。 そして、彼の命を助けたものはみな悉く死んでしまっている。このスピードワゴンという老いぼれ一人を残してだ。 こんな私に「幸運の守り手」などという名なんて。などと頭を抱えるスピードワゴン。 そこまで思案して、スピードワゴンは自分にもうひとり『恩人』がいることに思い当たった。 「…………エルメェス!!」 スピードワゴンに突然肩を捕まれ、ハンドルを取られたシーラEは車を急停止された。 老人に対して何度目ともわからない溜め息をつき、シーラEは彼に怒りの含んだ声色で話し始める。 「あのなあ、おじいちゃんよ…… 私はあまり運転が得意じゃあないんだよ。いくらゴーストタウンとはいえ事故らせるような真似――――」 「――――――頼みがあるッ!!」 そんなシーラEの言葉を遮り、スピードワゴンが声を荒らげた。 その真剣な眼差しに、シーラEも目付きを変えた。 「私の命を助けてくれた娘がいる! 君とよく似た、勇気ある強い少女だ!! その娘(こ)はついさっき、私を逃がしてくれた…! だが、その相手に、今にも殺されてしまうかもしれない!」 シーラEは大切な人を殺され、しかし前を向いて、このゲームを影で操る者と戦おうとしている。 だが、[[リサリサ]]は――――ッ? 有無を言わさず手刀を振り下ろした、スピードワゴンを殺そうとしたリサリサはッ! 『優勝者には何でも……文字通り何でもだッ! 願い事を叶えることを約束しようッ! 』 ゲームの頂点に立つべく、殺人を行っているのではないのかッ!? 他ならぬ、JOJOを生き返らせるために! 止めねばならない。リサリサを―――― そして、エルメェスを死なせるわけには行かない。 「ったくッ!! なんでそんな大切なことを早く言わないッ!!」 シーラEは老人を怒鳴る。だが、その語調は前より明るかった。 「それで―――― 手ごわいのかい。その相手は」 「彼女は… 私では、とてもじゃないがどうしようもない。だが、どうしても助けたいのだ」 その言葉に、シーラEは一転して笑みを漏らした。 そしてエンジンをかけ車を急発進させると同時に高速でUターンし、来た道を逆走し始めた。 「まったく、景気は一向に良くなりそうにない…… だがアンタ、さっきよりはなかなかマシな瞳(め)になったな! そこへ案内しろッ! スピードワゴン!!」 まだ吹っ切れたわけではない。立ち直ったわけではない。 だが、この時のスピードワゴンは少なくとも前を向いていた。 ☆ ☆ ☆ **【Scene.2 戦う女 VS 泣けない復讐者】 この女……強いッ!! 「……………………」 くっ! なんてヤツだ! この女(スピードワゴンは『リサリサ』とか呼んでいたが)、こちらの攻撃を軽く去なしてやがる。 それも無言で、淡々と作業しているような立ち回り。 さらに相手はあたしのスタンドを相手に『生身』で打ち合っているのだ。 まあ、こちらのスタンドの動きが言えていること。 相手の手足が、なんというか、生命力に満ちた光のようなものを放っていることから、まったくの生身というわけではないのだろう。 おそらく、像のないタイプ。肉体を強化するスタンド能力か何かだろう。 だが、それにしてもだ。 あたしのスタンド、『キッス』はパワー、スピード、持久力とともに自信がある。 徐倫の『ストーン・フリー』と腕相撲で勝負したこともあるが、つい力を入れすぎてあいつの肩を外しかけてしまった(後で涙目になった徐倫に怒られたのはいい思い出である)。 だがこのリサリサには、さっきから一発もまともに攻撃が当たっていない。 蹴りも、手刀も、拳の連打も、まるで小洒落た社交ダンスでも踊っているような華麗なステップで受け流されている。 ほとんど不意打ちに近かった最初の一撃ですら間一髪のところで回避され、サングラスを弾き飛ばしただけであった。 「クソッタレェ!! このアマァ!!」 「……………………………………………………」 無言であたしの攻撃を受け流し続けるリサリサ。 ひたすら打ち合っていた攻防は、途中から少し変化していた。 初めは数発の蹴りを見舞ってきていたリサリサだったが、途中からはスタイルを変え、回避と防御のみに徹していた。 特に、拳での攻撃に関しては一発も「受け」ず、わざと全てを回避する動きだった。 そしてリサリサの動きの全てが、あたしの動きを観察しているようだった。 こちらは本気で倒すつもりで攻撃しているのに、リサリサの奴はまるでボクサーを指導しているトレーナーのような余裕の動きだった。 このリサリサ、「喧嘩」という土俵の上では、間違いなくあたしの数段上にいる存在だ。 「クソッ! 舐めるなァ!!」 リサリサの顔面を狙い、大振りの左正拳を叩き込む。 余裕を持って右へ回避するリサリサ。だが、パンチを交わされるのは計算の内。 そこへ、今度は『キッス』の全力の右蹴りを叩き込む。これも読まれている。リサリサは左の小脇にスタンドの脚を挟み防御する。『キッス』は脚を取られ、動きを封じられた。 「ッ!?」 だが、ここまでは想定内。 スタンドの攻撃姿勢を一瞬解除する。するとリサリサは、小脇に抱えていたあたしのスタンドが突如消えたことにより、若干体勢が崩れた。 スタンドはスタンドでしか触れることができない。たとえ本体がスタンド使いであったとしてもだ。 こちらのスタンドが本体を狙った攻撃をする場合、スタンドは半実体化して相手に物理的ダメージを負わせることができる。 その反面、相手もスタンドに触れて攻撃を防御することも可能だ。 だが、スタンドの攻撃姿勢を解いた場合、スタンドは精神的なエネルギーへと戻り、物理的な干渉は不可能となる。像を持たないスタンド使いにはできない発想だ。 そしてこの現象を利用し、リサリサに隙を作らせた。 「かかったな! 余裕カマしているからそうなるんだよッ!! 頭かち割ってケツの穴から火ィ吹かしてやるぜぇ!!」 体勢を崩し前のめりになるリサリサに、再び臨戦態勢となった『キッス』の手刀を叩き込む。 ベストなタイミング! 防御することも、ましてや回避することもできっこない。 勝負あった! これで決まりだ―――――――― 「がふッ!!」 そう思ったのも束の間だった。 リサリサの鋭い蹴りがあたしの腹を抉り、吹き飛ばした。 あたしの体は5~6メートルは宙を舞い、制限時速30マイルを示す道路標識に背中から思い切り叩きつけられた。 あたしの策に嵌り、体勢を崩したリサリサ。普通の人間ならばバランスを崩したとき、なんとか転ぶまいと踏ん張るものだ。 だがリサリサは勢いに逆らわずそのまま転ぶことを選んだ。 そして地面に両の手を付き、逆立ちの姿勢で勢いのついた蹴りを叩き込んできたのだ。 カポエイラだ。 こんな特異な体術まで使いこなすとは。何者か知らねえが、この女、やはり只者じゃあない。 「ウッ…… オエぇ!!」 たまらずあたしは嘔吐した。刑務所で食わされた不味い飯が目の前にリバースされる。 腹に貰った一撃がモロに効いている。 それに、標識に叩きつけられた背中もおそらくアザになっているだろう。 「……汚いわねえ。あなたのその言葉遣いと同じくらい下品だわ。 ちゃんと掃除しておきなさいよ。あなたのゲロなんてバクテリアだって餌にしたりはしないわ」 顔を上げると、リサリサがこちらを見つめている。相変わらずのサングラスで表情は読めない。 だが腕を組み、火の灯ったタバコがある指先を見れば、大体の予想はつく。 あたしは舐められている。 攻撃の手を休め、一服する暇なんていくらでもある。あたしなんぞ、いつでも殺せるというのだ。 こんな屈辱は初めてだ。 「初めはさっさと殺してあげるつもりだったけど、考えが変わったわ。私の質問にいくつか答えてくれたら苦しまずに殺してあげるけど、どう?」 「へっ! ずっとだんまりだったクセに、口を開くとギャーギャーと文句をつけて自分勝手なババアだなッ!! あたしの問いかけには何も答えなかったから、耳をママの腹ン中に忘れてきちまったのかと思ってたのによォ!」 「本当に下品なグリーザーね。人種差別なんて趣味じゃあないけど、ここまで教育が悪いとすると、一度移民センターに苦情を言ってみてもいいかもしれないわ」 なるほど…… さっきの攻防で攻撃の手を休めたのはそういう理由か。あたしに拷問をかけて情報を引き出すつもりか。 あたしに対し初めて口を開いたかと思えば、挑発的な態度を示すリサリサ。 対抗して挑発で返すあたしだったが、リサリサは全く気にする素振りも見せずにさらに悪態をつく。 そしてリサリサは先刻のあたしの問いに、明日の天気の話をするかのようにしゃあしゃあと答え始めた。 「……スピードワゴンさんを殺そうとしたのは、あの白い車が欲しかったのよ。いい足になると思ったから」 は? 「それから……。殺し合いに乗ったのは、優勝するためよ。望みとやらを叶えてもらうため、片っ端から殺していくことにしたわ」 この女……。 「望みは息子を生き返らせること。どう? あなたが思っているほど私は母親失格というわけではないと思うけど…… これで満足した?」 ふざけるな…………。 「ふざけるなァァァァァ!!」 飛び起き、再び『キッス』を出現させて突進するあたし。 頭に血が昇っていて、さっきまでとは全く違う、弾丸のような正面からの特攻だった。 「何が気に入らないの? あなたの質問にはちゃんと答えてあげたつもりだけれど……?」 「てめえのその幸せな考え方の全てにだよ!! ゲームの黒幕連中が本当に、素直にあたしらの願い事なんて聞き入れるとでも思っているのかあッ!!」 タバコを投げ捨て、迫る『キッス』の拳を大きく飛び越えて避けるリサリサ。 軽く15メートルは跳躍した彼女は、あたしの背後の建物の外壁に着地し―――― 「波紋乱渦疾走(トルネーディオーバードライブ)――――――ッ!!」 「ぐわっ!!」 きりもみ回転しながらあたしの脇腹を襲った。 『キッス』の射程距離のはるか外側からの飛び蹴り。冷静さを欠いたあたしには、回避できない。 あたしは衝撃に襲われ、地面に倒れ伏せる。先刻とは比べ物にならないほどの激痛。 カポエイラキックの時とは違う、異常な痛みを身体が訴えていた。 「あまりに聞き分けが悪いから、軽く『波紋』を流してあげたわ。直接『神経』に『痛み』を送り込んでいる。気絶しなかったことを褒めてあげるわ」 ハモン………? こいつのスタンド能力か? 奴の肉体に時折、強力なエネルギーの存在を感じる。 それが、こいつの異常な体術の秘密―――――― 単純な威力は並みのスタンドに引けを取らないッ! 「確かにあなたの言うとおり。あの老人の言った『望みを何でも叶える』という言葉が嘘である可能性もある。 その場合の私は惨めな道化師(ピエロ)、奴の手の上で踊らされる飼い犬に過ぎないのかもしれない。 でもね―――― それでも私の息子ジョセフが死んだという現実は、ハッピーなエイプリルフールの嘘なんかじゃあない、どうしようもない事実なのよ。 例え望みが低くても、ジョセフを生き返らせる可能性があるのならば私はそれにすがるまで……」 ハァ……ハァ…… なるほど、多少の誤解はあったかもしれない。訂正するよ。 ある意味で、この女は母親の鏡かもしれない。 このリサリサとスピードワゴンのじいさんとがどんな関係かは知らないが、何を切り捨ててでも、たとえ修羅になったとしても、僅かな可能性にすがり―――――― すべては、たったひとりの息子のために。 だけど―――――― そんな愛情は間違っている。 間違っているんだ。 「さて。私が聞きたいのは、あなたの『それ』のことよ。一体何の手品なの? その……あなたの『人形』―――?」 なんだと!? 「初めは、あなたの思うように動かせる『操り人形』かと思った。けれど、ちょっと拳を交えてみて感じたのは異なる印象だった。 まるでそれは『あなた自身の分身』―――。あなたのかわりに代理で格闘を行う、もう一人のあなたの姿に見えた。そこに興味を持った」 この女、スタンドを知らない。つまり、無自覚のスタンド使い。 少なくとも、自分以外のスタンド使いを見るのは今日が初めてなんだ。 今のこいつは、あたしの手のひらから初めてシールが出たとき――― いや、マックイイーンの奴を倒した時のあたしに近い(あたしはエンポリオの話を聞いた後だったから順序は逆になるが)。 だが、そのくせ推理はほとんど正解に近い。スタンドについて、誰にも教わらずにここまで分析するとは―――― なんて奴だ。 「実際に攻撃を受けてみてわかったことは、その人形は破壊力、スピード、リーチの長さ、どれをとっても常人の数倍以上の力を持っている。 まともに喰らえば、私だってただじゃあ済まない。でも、あなたはその力を満足に扱えていない。 動きがチンピラの喧嘩と同レベルなのよ。動作に無駄が多く、攻撃も直線的。だから、たとえパワーやスピードがあっても、私には当てられない。 要するに、あなたは戦い方が非常に醜い。女の子ならば、もう少しエレガントに戦ったらどう? おそらく、あなたがその能力(ちから)を手に入れたのは、ごく最近ね」 それも正解だ。当たっているよ。 たった数分の戦いの中で、あたしの攻撃を軽く受け流すだけに留まらずそこまで分析しているとは。 いや、この女にとって、さっきまでのは「戦い」じゃあない。「組み手」も同然だ。 「でも… もしもあなたと同じその『人形の能力』を格闘の達人が持っていたとしたら…。その人形を操る修行を何年も積んだ熟練者だ相手だったとしたら。 そして、波紋の達人や吸血鬼、柱の男のような超人がその『能力』を持っていたとしたら………。 かなり厄介な相手になるのは必死。だからこうして、秘密を聞いている。」 リサリサのいる対岸の歩道までフラフラと歩き、立っている道路標識を杖にして体重を支える。 さっきまでとは立場が逆転して、リサリサの問いに、あたしは答えない。 サングラスの奥にあるであろう冷たい瞳を、あたしは黙って見つめ返す。 そうさ、あたしはスタンド能力を持って間もない。パワーやスピードは強力でも、戦闘技術という面ではあたしは全くの素人なのだ。 [[スポーツ・マックス]]に復讐を果たすのだって、念入りに作戦を練り、ハメて殺すつもりだった。 真っ向な戦闘については素人同然。生身の人間とはいえ、本物の達人を相手にして優位に戦えるほど強くはない。 だが、これはただの戦闘ではなく『スタンドバトル』。 あたしのスタンドにできるのは、単純な殴り合いだけなんかじゃあないッ。 だんまりを決め込むあたしに対し、リサリサは口元だけの笑みを浮かべ、さらに語りかける。 「まあ、あなたが答えなくとも『人形』については大体想像通りでしょうね。では、これについてはどうかしら?」 そう言って、リサリサはコートの懐からあるものを取り出した。 「『これ』……。さっきそこで拾ったのだけれど、これは私のものよね。でも、同じものを2つ持っていた覚えはないわ。これはどういうカラクリなの?」 取り出したのは、リサリサのサングラスである。現在、リサリサの掛けているサングラスと全く同じもの。 最初の不意打ちの時、『キッス』の拳で弾き飛ばし、そのとき『シール』によって2つに増やされていたのだ。 「これだけは、他の現象と比べてもかなり特殊で秘密が見えない。ただ、最初の攻撃の時、あなたの人形の拳から『何か』が出てきたような気がする…… だから拳からの攻撃は受けずに回避するよう徹していたんだけど。この現象のの秘密は、あなたの『人形』の拳にある。 どう? 私の推理は当たっているかしら?」 「……フフフフフフ、フフフフフフフフフ」 リサリサに対し、あたしは不敵に笑う。 一瞬の出来事でそこまで見極めていたとは、恐れ入った。 あんたの推理は正しい。拳での攻撃を『受け』ずに『回避して』いたその判断もな。 だが、あんたの読みもここまでだ。 「あら? このサングラス……… これは何?」 あたしの笑いの意図が掴めていないリサリサがふと、手元にあるサングラスの異変に気が付いた。 自分が現在掛けてあるそれにはない『シール』の存在を確認し、リサリサの視線が一瞬、あたしから外れた。 今だッ! 「ねえ、この『シール』みたいな物。これは一体―――――」 「これがその『答え』だッ!! 喰らってくたばれ! 『ザ・キッス』ッ!!」 リサリサの注意があたしから逸れた隙を狙い、あたしの体重を支えていた道路標識に貼られた『シール』を勢い良く剥がした。 その瞬間、道路標識は勢いよくリサリサ目掛けて飛来する。 「―――ッ!?」 そう。あたしの切り札はこの、制限時速30マイルを示す道路標識。 さっきリサリサにカポエイラの蹴りで叩きつけられたとき、シールを貼って増やしておいたのだ。 道路の対岸の歩道に全く同じ標識を出現させた。 そして、リサリサが2つの標識の線分上に乗った瞬間を狙い、シールを剥がしたのだ。 拳から出現する『シール』を貼ったものを2つに増やす。 そして『シール』を剥がした時、増やされた物体は引かれ合い、高速で元に戻る。 それがあたしのスタンド『キッス』の真骨頂だ。 あたしのスタンド格闘技術では、リサリサを捉えることはできない。 だから、あたしが勝つためにはこの方法以外なかった。 この物体の元に戻る際のスピードは、パンチやキックより数段上なのだ(測ったことはないけどね)。 「くっ」 ここまで不意をついても、飛来する鉄の棒をとっさに横っ飛びで直撃を避けるリサリサは流石である。 それでも、鉄の牙は回避しきれなかったリサリサの左腕に喰らい付いた。 そしてリサリサの左腕を飲み込んだまま、彼女の背後にあるオリジナルの道路標識と一体化したのだ。 「――――――くぁぁァァッ!!」 小さな声で、しかし明確に痛みを訴える悲鳴を上げるリサリサ。 リサリサは左肘を道路標識の支柱に突っ込み、身動きが取れなくなってしまった。 鉄製の棒から伸びる肘から先は力なくダラリと垂れている。 おそらく骨が折れているのだろう。 「形勢逆転……だな」 「やって……… くれたわね………」 片腕を固定され身動きの取れなくなったリサリサの姿を確認し、あたしは声をかける。 リサリサはサングラスを懐にしまいながら、明らかな怒気を含んだ返答を行った。 ここまで感情を表に出したリサリサは、初めてである。 そしてあたしにとって、これ以上の勝機はない。 「なるほどね。『シール』を貼ったものが増える。そして『シール』を剥がすと元に戻る、か。 相変わらず理屈はわからないけど、そういう能力だって理解するしかなさそうね。 それにしても、いつの間にこの標識を増やしたの? 全く気が付かなかったわ」 「増した物体を出す場所はある程度指定できるんだ。その標識はあたしがそこに叩きつけられた少しあとに、あんたの背後に出したんだ。 ここ(カイロ)の街並みはどこも似たようなものだし、旅行者同然のあんたやあたしには、標識のひとつやふたつ増えてもそうそう気付けるものでもねえだろうな」 軽口を交わしながら、リサリサに歩み寄る。 リサリサも左腕を取られた不格好な体勢ながら、あたしと向かい合う。 『キッス』の射程距離のギリギリ外側で一度立ち止まり、再びリサリサに話しかける。 「あたしはあんたとは違う。だから殺しはしない。あんたとスピードワゴンのじいさんがどんな関係かもわからないからな。 でも、あんたを放っておいたらその左腕を切断してでも殺人を繰り返すんだろうな。だから、今ここで確実に、あんたを戦闘不能にする」 「下品な言葉遣いは最後まで治らなかったわね。左腕を切断? 馬鹿言わないで。 あなたみたいなスパゲッティ頭のお間抜けさんを相手に、腕を捨てるようなもったいないことするわけがないでしょう?」 『キッス』ッ!! スタンドを出現させ、左腕の手刀をリサリサの肩甲骨めがけて振り下ろす。 その攻撃に対し、リサリサは自由な右腕を掲げて防御する。 そう、リサリサは『防御』するしかない。 いままでのリサリサはパンチや手刀といった攻撃はすべて「回避」し、「受け」てはいなかった。 だから今まで、リサリサの手足が増やされるようなことがなかった。 だが、リサリサは今、左腕を道路標識に固定され動けない。 もうヒラヒラと滑稽なフラダンスを踊って、あたしの攻撃を回避することはできないのだ。 防御したリサリサの右腕に『シール』を貼り付ける。リサリサの右腕が肩口から二股に別れ、増やされた。 「終わりだリサリサァッ!!」 素早くリサリサに貼り付けた『シール』にスタンドの手を伸ばす。 『キッス』の能力のもうひとつの秘密。増えたものが元の1つに戻る際、対象には破壊が伴われる。 これで一度増やされたリサリサの右腕は破壊される。流石のリサリサも両腕を潰されては、戦闘は不可能と言っていいだろう。 『キッス』が指先で『シール』を弾き飛ばし、リサリサの右腕は1つに―――――― ――――戻ら、ない!? 何故だ――――――!? 「元に戻る際に破壊が生じることは、この道路標識の修繕具合を見て分かっていた」 リサリサが静かな声で語りながら、右腕であたしの首根っこを掴んだ。 「だから、今度あなたが私の右腕にシールを取り付けて破壊しようとしてくるのもなんとなくわかった。 私の左腕はこんな状態だし、あなたの『人形』の攻撃を避けることも、動きについていくことすらもできない。 でも、『波紋の呼吸』ならばいつでもできる」 リサリサの馬鹿力で首を絞められ、意識が遠のいていく。 そんな中、あたしはリサリサの右肘に貼り付けられたままの『シール』を見た。 確かに、『シール』の貼付部位は『キッス』が弾き飛ばした。あの『シール』は水を掛けられた程度で剥がれるほど、粘着力は弱いのに……。 あれで、剥がれていないはずはないのに……。 「『くっつく波紋』って言うのよ。あなたが『シール』を狙ってくることは分かっていた。 だから『シール』の粘着力を高め、あなたに剥がされないようにした。 私は『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』を5分で登り切ることができる。『くっつく波紋』は、私の十八番(オハコ)のひとつなの。 要するに、あなたの『人形』と同じように、私にもいろいろ秘密があるということ」 また……ハモン………? なんてことだ…… 形勢…再逆転じゃないか。 「さて、そろそろ終わりにしましょうか。どうせあなたは何も喋らないだろうし。 あなたの敗因はその下品な戦い方の全て。さっきも言ったでしょう? エレガントに戦いなさい、と」 リサリサは右腕であたしの首を絞めている。 しかし、今のリサリサには『シール』によって増やされたもう一本の『右手』が存在していた。 破壊するために貼った『シール』が裏目に出て、せっかくの思いで左腕をつぶしたのに、リサリサにもう一本自由な腕を与えてしまったのだ。 リサリサは右腕であたしの首を絞めながら、もう一本の右手で懐からサングラスを取り出し、貼り付けられた『シール』を指で弾き飛ばす。 リサリサの掛けていたサングラスが彼女の手元に引き寄せられ、破壊され、地面に落ちた。 久々に見た彼女の素顔は、いままであたしが見たどんな女性よりも美しかった。 「やれやれ、このサングラス高かったのに……。ところでこの『シール』………。 『あなた自身の身体にも効果はあるのかしら』―――――?」 ニヤリと笑うリサリサの表情に、背筋がざわついた。 次の瞬間、『シール』を持ったリサリサの右腕があたしの胸を突く。 感覚でわかった。今、あたしの心臓は2つに増やされた。 「クソ………タレ………」 「バイバイ。ヒスパニックの下品なお嬢さん」 リサリサが『シール』を引っぺがす。 あたしは口から血を吐き、視界は真っ暗になった。 ごめん徐倫……。あたし、負けちまったよ………。 ☆ (なるほど。この子自身がくたばれば、『シール』の効果も消えるわけか) 倒れたエルメェスの身体を蹴り飛ばしたリサリサ。彼女の右腕は、破壊もなく元通り一つになっていた。 リサリサは最後までエルメェスの名前を知らなかったが、彼女との戦いはリサリサにとって非常に利のあるものだった。 おぼろげではあるが、スタンド能力というものの存在を知れただけでも大きな収穫である。 (さてと、この左腕をどうやって開放するかな? 骨折は波紋で治療できると思うけれど……) 未だに鉄の棒と一体化したままの左腕を見ながら、リサリサは今後について考える。 下手に引っこ抜けばさらにダメージが残ってしまう。 無理やり標識をへし折れば、左腕ごと切断されてしまうかもしれない。 さっさとスピードワゴンを殺害したいという思いもある。 救急車も魅力だが、それ以上に自分のネガティブキャンペーンを展開されることがまずかった。 しかし、彼が現在どこまで行ってしまったかも、わからない。 それに、エルメェスとの戦闘も楽なものではなかった。 どこかで身体を休めるのもいいかもしれないな、なんてことをボンヤリと考えていたリサリサの耳に、重く響くエンジン音が聞こえてきた。 スピードワゴンの救急車と同じエンジン音だとすぐにわかった。 音源は、彼の走り去った方向。轟音は次第に大きくなっていく。そしてリサリサの目に、引き返してきたであろう救急車の姿がはっきりと映った。 何か様子がおかしい。 よく見れば、運転席に座る人物は、リサリサのよく知るスピードワゴンではなかった。 運転手は、エルメェスよりもさらに若いであろう少女。 救急車はどんどん加速してくる。 (まずいっ!) 左腕は未だ標識に突き刺さっていて動けない。 リサリサは回避行動を取ることはできなかった。 重さ3tを超える金属の塊が、時速100キロ以上の猛スピードでリサリサの身体を吹き飛ばした。 衝撃の瞬間からひと呼吸あいた頃より、救急車のけたたましいサイレンの音が辺りに鳴り響き始めた。 ☆ ☆ ☆ *投下順で読む [[前へ>Requiem per Mammone (後編)]] [[戻る>本編 第1回放送まで]] [[次へ>BLACK LAGOON ♯02]] *時系列順で読む [[前へ>Requiem per Mammone (後編)]] [[戻る>本編 第1回放送まで(時系列順)]] [[次へ>BLACK LAGOON ♯02]]

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