「…………あれ?」
俺、イルーゾォが真っ先に発したのは、そんな言葉だった。
確か俺は、フーゴの野郎のウイルスを断ち切るため、鏡に飛び込んだはずだ。
場所は確かにポンペイ遺跡。
なのに何で、こんな和テイストあふれるうさぎ小屋の中にいるんだ?
「うおあァァーーーッ! きったねェェェーーーーーッ」
足元を見ると、足が何かにはまっていた。
その形、俺は本で見たことがある。
こいつはジャポネーズ便器だッ!
そこに足がはまっていやがるっ!
「クソッついてねェーーーッ!!
実際にクソがついてねェだろーなオイッ!」
靴をじろじろ眺めながら臭いをくんくんと嗅ぐ。
便器に突っ込んだというのに、特に異臭はしなかった。
そこで、愚痴をこぼすのを中断し、何でこんなことになったのかを考えることにした。
(罠、か……)
それ以外に考えられない。
何かの狙いを持って、鏡の中に飛び込ませたのだ。
恐らく、人間ワープを使えるスタンド使いが潜んでいたというところだろう。
暗殺者の始末を優先していたためすぐにはワープさせなかったが、ウイルス感染させたので遠くに飛ばしてやろうとでもしたのだろう。
(何にせよ、任務は失敗か……)
しかし、不幸中の幸いもある。
向こうの不手際か、ウイルスは体から消え去っていたのだ。
ここに来て最初の違和感は、場所でなくそのことについてだった。
腕から忌々しいウイルスが消えていたのだ。
……俺が行ったウイルスの不許可が、相手のスタンド能力と混ざったりでもしたのだろうか?
「つーか、どこだここは」
とりあえず、相当遠くであることは分かる。
一端この民家を出て、適当な通行人にでも聞いてみよう。
そう考えていたのだが……
「何じゃこりゃ、ゴーストタウンか?
それともマイケル・ジャクソンのライブでもあって、総出でそっちに行ってるのか?」
しかしアテは外れた。
通りに出ても人っ子一人居やしない。
「お~~~~~~~~~~い」
試しに大声を出してみた。
反応は……あった。
「お、何だよ、いるじゃねェ~~~~か」
やや離れた民家から、大柄な男が現れた。
丁度いい、コイツに話を聞こう。
そう思い、歩み寄ったその時。
「おいアンタ~~~~ッ! ここが何処だか知らねーか!?」
男の方が、そんなことを聞いてきた。
なんてこったい。
「……どーなってやがんだ?」
頭に疑問符が浮かぶ。
いくらなんでも、この状況は些か妙だ。
ただ単に、ワープをしただけとは思えなくなってきた。
「俺のベイビーもいねーしよォーー。
何か事件か? だったらこの俺が解決して新聞でヒーローになってやるんだが」
分かったからお前はちょっと黙って――
「ん……?」
顎に手を添え、気がついた。
首に違和感がある。
ウイルスが消えた違和感があまりに大きく気が付いていなかったが、
いつの間にか首に何かが付いている。
「首輪、か……?
俺の首にも、それと同じ鈍色の筒っぽい首輪が付いてるのか?」
見ると、目の前の男も首に何かを巻いていた。
太陽の光に照らされて鈍く光その物質は、首輪と呼ぶのが最も適しているように思われる。
「何ィィーーーーーーーーッ!?
この
ブルートさまを犬扱いするってェのかァ~~~~~~~~~~!?」
「落ち着けよ、実際付いてるだろうが」
激昂する男の首を、人差し指で指し示す。
それからようやく、自分の首に本当に首輪が巻きつけられているのに気が付いたらしい。
そして、犬のような扱いが不服なのか、男は首輪に手をかけた。
「ふざけやがってェーーーーーッ! こんなもんッ!!」
正直言って、その行いは自殺行為だと思った。
思いっきり罠にはまったのであろうこの状況で、露骨に怪しい首輪に手を出す。
はっきり言って、自殺行為だ。
それを分かっているからこそ、ブルートと名乗った男が首輪を引っ張る行為を黙って見ていたのだ。
どうなるのか、知るために。
「おおう……」
しかしそれでも、思わず声を漏らさないわけにはいかない。
何せ、目の前で首が飛んだのだ。
文字通り、数メートルの大ジャンプ。
ブルート選手、顔面垂直跳び世界記録更新です、イェー。
「クソッ爆発すんのかよッ!」
なお、顔面垂直跳びには、イルーゾォ選手も登録されております。
ゼッケン代わりはこの首輪。
爆薬内蔵、いつでもゴキゲンに首をふっ飛ばします。
「ふざけやがって……」
同情は、少しだけする。
ゴミのように打ち捨てられた男に、同情しないわけがない。
だからといって、黙祷を捧げるわけではないけど。
「……まだ、誰かいやがるのか」
さてどうしようかと悩む前に、耳に飛び込むエンジン音。
どうやら、ここにはまだ人がいたみたいだ。
敵のスタンド使いなら、いっその事話は早かったのだけど。
「ふむ……爆音がしたと思ったが……」
死体に意識が真っ先に行くと考えて、視覚に隠れ奇襲の体勢を取った。
しかし、それは徒労に終わる。
相手の姿を見るや否や、こちらが姿を見せたから。
「まさかこんな所にお前がいるとはな、イルーゾォ」
「お前こそ、こんな所で何やってんだよ、メローネ」
バイクに跨るマスクの変態、もとい優男は、同僚であるメローネだった。
メローネはバイクを降りると、首無死体へと歩み寄る。
「これは、お前が?」
「いや……この首輪だ。無理やり外さない方がいいぞ」
「そんな迂闊なこと、言われなくてもする気はない」
言いながら、メローネは死体を観察する。
そして、予期せぬものに関する質問をしてきた。
「そのバッグ……コイツのか?」
「ああ……持ってくのか?」
自分達は誇り高き暗殺者であり、強盗ではない。
故に、遺品を持っていくのは気が引けた。
「このバッグ……さっき足元にあったものと同じデザインだ」
「なんだって!?」
「お前は気付いていなかったのか?
……もっとも、気付いていても怪しすぎたから置いてきてしまったけどな」
「まあ、これがスタンドって可能性もあるしな……バイクはパクってきたのか?」
「ああ、バッグの横に鍵付きで放置されていた」
言いながら、メローネはバイクをデイパックへと突っ込ませた。
自身は途中で飛び降りて、無人のバイクでデイパックを跳ね飛ばす。
デイパックは宙を舞うとぐしゃりと落ちた。
その飛距離、ブルート選手の首に及ばず。残念。
「爆発はしない、みたいだな」
「よしイルーゾォ、開けてみろ」
「何で俺が!?」
「アレに気付いてやっただろう?」
「せめてじゃんけんとかだろうが!」
「……仕方のないやつだ」
腕を捻り、手の間を覗き込む。
特に意味はないが、こうすることで勝率が上がる気がするのだ。
……不吉なことに、手の隙間からはブルートの上唇から下が千切れた無残な首が見えちゃったけど。
「ジャンッ!」
「ケンッ!」
「「ポンッッ!!!」」
勢い良く振り下ろしたのは、固く握りしめた拳。
対するメローネは、大きく広げた手のひらを差し出した。
「っがあああああああ!!」
「ベネ(よし)。分かったらさっさと開いてこい」
「わぁったよ! ……まあ、そこまで危険じゃなさそうだしな」
ブルートはデイパックに被害を与えられていない。
そのことが、安全性を保証していると言える。
……しかしそれでも、一挙一動が恐る恐るチキン全開なそれになったのは仕方のないことだろう。
だって今、罠の真っ只中なんだから。
「……なんじゃこりゃ」
「ふむ……見せてくれ」
表紙に『バトルロワイアルのしおり』と書かれた、ふざけた手折の小冊子。
それが、横になったペットボトルの水の上に置かれていた。
他にも、サバイバルナイフなんかが入っている。
「おいおい。野郎二人で顔寄せ合って見る気はねーぞ」
「自分のを取りに行けばいいだろう?
お前は徒歩ってことは、そんなに遠くに置いてきたわけじゃないだろうに」
「……面倒くさいことを言うな、オイ」
「全部のバッグが同じ中身か調べるにこしたことはないだろう?
それにジャンケンの敗者なんだ、逆らう権利があると思うなよ」
「……ちっ!」
確かに、メローネの言うことにも一理ある。
これがこの街に呼ばれた奴全員に配られているものなのか、
そして中身は全部同じなのかなど、知っておきたいことは多い。
それに、もし全部が同じ中身の場合、サバイバルナイフがもう一本手に入って大変お得だ。
「分かったよ、行って来ればいいんだろ」
「ディ・モールトベネ(大変よろしい)。よく分かっているじゃないか」
「ったく……」
ぶつくさ言いながら民家に戻り、トイレへと向かった。
見ると、便器の横に確かに同じデイパックが転がっている。
(これは爆発します、なんてことないだろうな……)
念のため遠距離からトイレットペーパーを投げつけて爆発しないことを確かめる。
特に何もないと判明したので、デイパックを担いでトイレを出た。
中身の確認はメローネの所に戻ってからでいいだろう。
トイレで中身を確認するのは、正直嫌だ。
「……お、なんだよ、鏡あるじゃねーか」
トイレの前、洗面所と思しき所に、ひび割れた鏡が設置されていた。
汚らしいが、スタンド能力の発言には十分だ。
スタンドが封じられているのか確かめておくのも大切だろう。
そう思い、スタンドを発言させ、叫んだ。
「俺の通行を許可するッ! だがこの首輪は許可しないィィィィィィィ!!!」
鏡にゆっくり体当たりをする。
勢いをつけすぎて怪我しましたじゃ笑い話にもならないので、それはもうスローペースで。
口では威勢よく叫んでも、そのへんは慎重である。
「……スタンドは使えるのか……勝ったッ!!」
スタンドを封じられていない。
ならば勝機は大いにある。
この無敵のスタンドがあれば、このクソ忌々しい首輪も――――
「な、ななななァァァ~~~~~ッ!?!?」
外れて、いなかった。
それどころか、早朝の目覚まし時計みたいな音を発している。
嫌な、予感がした。
「なんだってんだ、クソッ!」
とりあえず、メローネの所に行こう。
メローネの首輪も鳴っているのかもしれない。
そう考え、再び鏡へと飛び込む。
「俺だけを『許可』しろッ! 首輪は許可しないィィィィィィッ!!」
しかし、鏡の世界を脱しても首輪は首についている。依然変わりなく。
それどころか、電子音の感覚は短くなっていた。
そこから連想される単語は、カウントダウン。
何のカウントダウンだろうか?
(やべぇ、これは――――!!)
決まっている。
ブルートと同じ、顔面垂直跳びの競技開始へのカウントダウンだ。
恐らく間も無く競技開始のパンという音が鳴るだろう。
(何でだ!? そういう能力なのか!?)
だとしたら、回りくどすぎる。
さっき首を飛ばしてもよかったのに、何故今このタイミングで!?
(まさか――――)
そして、思い至る。
自分とブルートの共通点。
『首輪を、外そうとした』
それしか、考えられない。
「メローネ、この首輪はヤベェ!」
扉へ向かいながら、叫ぶ。
声は恐らく届いていない。
それでも、叫んだ。
せめて、最期に仲間に情報を残せるように。
「下手に外そうとすると、首が――」
よーい、ドン!
イルーゾォ選手、首から上が見事な垂直跳びをかましました!
しかし惜しいことにここは室内!
天井にあたってすぐさま落下してしまいましたね。
体の方は、まだ扉に向かって突っ込んでいっているようです。
……あ、力尽きましたね。
イルーゾォ選手、残念でした。
☆ ★ ☆ ★ ☆
イルーゾォが今際の際に伝えようとしたことを、メローネは大筋把握していた。
というのも、この『バトルロワイアルのしおり』に、ルールなるものが書いてあったのだ。
「殺し合い、ね……」
とある島での殺し合い。
首輪によって管理されていて、定期的に首輪爆破の対象となる禁止エリアが更新される。
その他諸々、細かいルールが記載されていた。
サバイバルナイフはランダムに配られたアイテムの1つらしい。
……ついでに、このバイクも自分に配られたアイテムのようだ。
「……それにしても、遅いな」
しおりを再読し終えた所で、イルーゾォが未だに戻ってこないことに違和感を覚えた。
それでも奴なら大丈夫だろうという楽観的な思考が、急ぐという選択肢を奪い去る。
やれやれなどと気楽なことを考えて、向かえに行こうとイルーゾォが消えた民家に向かい、メローネは歩み始めた。
【ブルりん(ブルート)@2部 死亡】
【イルーゾォ@5部 死亡】
【残り???人】
【主催 不明】
※参加者は最初からランダムに配置されており、殺し合いのルール説明はパンフレットにおいてのみなされています
最終更新:2011年10月30日 14:13