皆に聞くまでもなかったことなんだが――つい最近まで勘違いしていたことがあってね。
『エニグマの紙の中では意識があるのかどうか?』という問題について。
冷静に考えればなんてことはなかった。
意識があれば体を動かそうとする、自力で紙から脱出しようとする。
だが、それはできない。そういうスタンド能力だ。
しかもだ……体は動かせないのに恐怖やら痛覚やらは意識として存在する、だなんて。
とてもじゃあないが“そんな訳がない”だろう。きっとショックや疲弊で死んでしまう。人質としても使い物にならない。
つまり、エニグマの紙の中に閉じ込められた人間に意識はないという訳だ。ずっとあるものだと思っていたんだ、恥ずかしい。
では――紙の中の人間は何もできないのか?と聞かれれば、必ずしもそうではないようだ。
今回はそんな話をしよう。
*
浮遊感があるようで、しかし地面に寝転んでいるようで――いや、立っているのかもしれない。
真っ暗なブラックホールが目の前にあったかと思えば、次の瞬間に視界すべてが極彩色でいっぱいになる。
これはアレだ。風邪ひいて寝込んでる時に見るやつだ。だが、なんでまた……
どのくらいの時間が経ったのだろうか。一瞬かもしれないし、二週間かもしれない。
「神ってよォ~~、どんなカッコウしてると思う?」
不意に響いてきたその声がした方を――どこから聞こえたかわからない。
振り向くべきなのか見上げるべきなのか……?
「白いローブでよォ、ヒゲ生やして?革表紙の本とか持ってんのか?」
こちらの様子を知ってか知らずか話を続ける声の主。
「でもよォ、ロベルト・バッジオの神業シュートとか、『マディソン郡の橋』の神懸かり的なカットとかよ。
“そういう神”が“そういう外見”には思えねェんだよな、俺には。
意外とさァ、Tシャツにジーパンとか?バッシュとか履いてたりして?
居てもいいと思うんだけどな、そういう神がよォ~~」
パリパリと貼りついた唇がうまく動かない。
だが、動いたとて何を言えば良いものか……
「まっ、どっちも見たことねぇんだけども。会えるもんかね、俺らみてえな連中が」
言いたいことを言い切ったのか、迷っているうちに声が遠ざかり、そのうち聞こえなくなってしまった。
……
「話したことはなかったが――俺は『重力』ってもんに一目置いているんだ。
落ちに落ちて、堕ちまくった人間が言うと説得力あんだろ」
さっき、と言っていいのか。どれくらいかわからない時間が経ったのち、違う質感の声が響いてきた。
やはり正確な位置は分らない。ふわふわした体感と意識を両足に込めて姿勢を正し、思い切って口を開く。
想像以上にスッと声を発することができた。
「いい加減にしろよッ!
さっきのミスタといい、人の夢に出てきておいてなんなんだアバッキオ!
なんの暗喩だ!?言いたいことがあったらハッキリ言えッ!」
――言葉の中身は全然スッキリしたものではなかったが。
そして、アバッキオの名を出したとたん、パッと周囲の景色が一変した。
いつか立ち寄ったリストランテの一角に似ていた、ような気がする。
「……」
声の主、アバッキオの顔が窓からの日差しに照らされる。
相変わらずムッツリとした、機嫌が良いんだか悪いんだか、そんないつもの表情だった。
返事はない。
「そうだぜェ~アバッキオよぉ~、俺にもわかるように説明しろって!
いや?俺がバカだとかそういう訳じゃねえぜ?5歳児にもわかるように説明できなきゃいいプレゼンじゃねェって読んだことあるぜ~?」
いつの間にか居たミスタが手元でカチャカチャと食器を奏でつつ口を開く。
ちらりと目をやると、こちらにバチンとウインクをしてきた。“どうだ?いいアシストしてやったろ?”と言わんばかりだ。
「……」
そんなミスタを一瞥しつつもアバッキオは口を開こうとしない。
沈黙は嫌いではないが、質問に答えてこないというのは気に食わない。
ちっ、と短く舌打ちをしたのは僕か、ミスタか、それともアバッキオ自身か――
「全員落ち着け。俺の意見を聞かせてやる」
チリン、とドアのベルとともに聞こえてきたその声は。
もう二度と聞くことはできないとあの時決意し嘆いた、あの声だった。
「つまり『どうしようもない力(パワー)はどうしようもなくこの世に存在する』ということだろう。
避けることのできない事象。重力、時間、太陽の輝き、そして死」
最後の単語が耳に入ってきたとき、堪らなくなりそちらを向く。
凛々しくもどこか乾ききったような、かつて見ていたその目と視線がかち合った。
「ということは僕は死んだと?だからここで皆と再会して会話が出来てるって?
そういうことですか、ブチャラティ」
「相変わらず頭の回転が速いな」
その言葉に理解した。そうか、そういうことだったのか――
フンと鼻を鳴らすアバッキオ、大ゲサにあーあ、とため息をついて僕を見やるミスタ。
頭が重い。それこそ重力に逆らえなくなり、ゆっくりとうなだれた。
「だが違う」
「……」
アバッキオは何も言わなかった。
「……」
ミスタも何も言わない。
「……え?」
長い長い沈黙の末にあげた声は、今までにないほど素っ頓狂なものだった。
「だが違う、と。そう言ったんだよフーゴ」
それが当然とばかりに手をひらひらとさせるブチャラティ。
理解が追い付かない。喜ぶべきなのか惜しむべきなのか、それとも恐怖すべきなのだろうか。
「さっき自分で言っただろう。そうフーゴ、これは君自身の夢の中だ。明晰夢ってヤツだな。
そこで死んだはずの人間と会話している。つまりオレ自身も死んじまったんだ、だからこうして会話できているんだ、と」
狼狽する僕の様子から言葉に困っていると察してくれたのか、ブチャラティが続ける。
「だとしたら“なぜここにジョルノがいないのか”?気にはならなかったか?
おまえはジョルノが死んだと考え、絶望し、恐怖したからこそ今ここにいるんだろう?」
ハッとする。弾かれたように上げた顔を風が吹き抜ける。いつの間にかミスタが窓を開いていたようだ。
「つまりそれって」
「さてアバッキオ、レコードをかけてやってくれ」
「ああ」
やっとのことで口を開いた僕の言葉を遮ったブチャラティと、それを聞きテキパキと準備をするアバッキオ。
ブチャラティがレコードをかけるとき。それはつまり一人にしてほしいという合図。
だが“かけてやってくれ”ということは……
「ま、待ってくれブチャラティ。僕はいったいどうすればッ」
慌てて言葉を繋げる。行ってほしくない。いっそこのまま、と思ってしまったのだ。
ついて来いと言ってほしかった。もう休んでいいと肩を抱いてほしかった。
「どうすれば、いったな――なら『準備』をしておけ」
言いながらドアに向かうブチャラティ。アバッキオはさっさと、ミスタは手を振りながら……すでに向こうに行ってしまった。
「『覚悟』をする、その準備な」
ちらりとこちらを振り返ったその目は少し細められたように見えた。
憂いたのか呆れたのか――いや、きっと笑ってくれたんだろう。そう信じたい。
レストランに残された僕の視界がゆっくりと暗転していく。
遠くなるレコードから流れてくるトランペットの音がいつまでも耳に残っていた。
*
そう――意識のない人間が出来ること。それは夢を見ることだ。
もっとも、これはあとになって聞いた話だし、見た夢の中身なんて本人にしか知りようがない。
これが事実かどうかはフーゴ自身にしかわからないことだろう。
ともあれ、フーゴはこれから覚悟の準備をすることができるのだろうか?それはまた別の話になりそうだ――
【??? 紙の中 / ??? 1日目 夜~深夜】
【
パンナコッタ・フーゴ】
[スタンド]:『パープル・ヘイズ・ディストーション』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』終了時点
[状態]:紙化、右腕消失、脇腹・左足負傷(波紋で止血済)、大量出血、恐怖(?)
[装備]:DIOの投げたナイフ1本
[道具]:
基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、DIOの投げたナイフ×5
[思考・状況]
基本行動方針:"ジョジョ"の夢と未来を受け継ぐ
0.???(思考不能)
1.『覚悟』の『準備』をする……?
※フーゴの容体は深刻です。危篤状態は脱しましたが、いつ急変してもおかしくありません。
ただし『エニグマ』の能力で紙になっている間は変化しません。
※第三放送を聞き逃しています。
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最終更新:2023年11月21日 06:23