男は空を仰いでいた。
天に輝く無数の星々を、中央に位置する月を、それらを包み込む闇を。
その全てを敬し、愛し、欲した。
男が天に突き出していた腕を振る。描かれるのは彼の愛する三日月のようなきれいな弧。
すると、ひとつの星が彼の腕に導かれるように天から零れ落ちた。
彼はまるでどこかの民族の踊りの様に手を、足を、身体全体を使い星を導く。
星はそれに従うように夜空という器から溢れ出し、次々に降り注いだ。
男の踊りは止まらない。

その日、日本で季節はずれの流星群が確認された。

act12―団長からの第二指令:「流れ星を手に入れろ!!」

オレの日記抜粋
●月☆日 雨のち快晴所により流れ星
今日から日記を日本語で書いてみる事にした。
神父が信者の死体を埋葬するときに日本語のディスクを抜いてくれたから、楽に読み書きができる。
どうせこの日記はオレとチョコラータが見るくらいだから日本語で書いてても問題ないだろう。
今日は流れ星がキラキラ綺麗だった。
しかしスタンドッつーのは奥が深いと思う。まさか星を降らせるなんて能力があるなんてなァ。
きっとチョコラータが聞いたら涎垂らして喜ぶだろうな。
しかし、微生物ってのはカビとは違うのか?
キョンの説明じゃあその当たりがよくわからないんだよなァ。

俺が教室に入ろうとした瞬間いきなり制服の襟首がつかまれた。
まぁ犯人は言わずもがなあいつだろう。
「おっそーーい!!!なんでアンタは重要な日に限って遅れてくるのよ!!!!」
案の定、振り返った先に居たのは我等がハルヒ様だった。
どうやら何か思うところがあるらしくその表情は怒りと喜びをミキサーにかけたような言いようのない物だ。
ハルヒはギャーコラ騒いでいるが、時計はまだHR開始十五分前を指している。
十分早いと思うがな、という俺の正論も、暴走状態のハルヒには山火事に水鉄砲くらいの効果しかもたらさない。
「うっさい!!私が来るより30分早く来てろっていってんでしょうが!!」
俺はお前の来る時間を事前に知ることはできないだろ。電話でもしろっていうのか?
「私が言いたいのはそういう事じゃなくて、『誠意を見せろ』って事!!
あんたは『三つのU』って聞いたことないの?」
これまた初耳だな。っていうかそんな言葉本当に存在するのか。
「あーもう、アンタはいちいちいちいち!!」
どうやら俺はまたハルヒの常人よりも異常に短い感情の導火線に火をつけてしまったようだ。
これはまた頭にたんこぶができるかな、とも思ったが。
「まぁいいわ。なんていったって今日は我らがSOS団にとってすごく重要な一日になる予定なんだからね」
どうやら今日はよっぽど気分がいいらしい。
ハルヒはつかんでいた襟首を離し俺を黒板の方へ突き出すと、満面の笑みで俺に紙を突き出してきた。
紙、というか新聞だな。
ぱらぱらとめくるが宇宙人が侵攻してきたという話題や未来からタイムマシンに乗ってロボットが訪ねてきたなんて話題は乗っていない。
しいてそういった類の物をあげるとするならば、テレビ番組欄にあるこの時期によくあるガセネタばかりの宇宙人特番くらいか。
「どう?」
ハルヒは新聞を眺める俺を見ながら感想を尋ねてくる。
どうかと聞かれても、こんな番組の内容を信じる奴は馬鹿だとしか言いようがない。
「……アンタ、なに読んでるのよ」
これまたおかしな質問だ。この新聞を渡したのはハルヒ、お前じゃないか。
「そういうことじゃなくて……読んでる場所が違うじゃない。こっちよこっち」
ハルヒは柄にもなく俺の持っていた新聞をすっと手に取ると、ぱらぱらとめくってあるページを開いた。

手渡された新聞はちょうど地方欄が開かれていた。
地方欄と言えば「○○の何々が豊作」だの「○○事件解決」だのその地方でしか伝わらないマイナーなネタが書いてあるもの。
しかし、ハルヒに突き出された新聞の地方欄は様子が違う。
ブチ抜き一面、一つの記事について延々と書いてあるのだ。
こういう場合、どうも嫌な予感しかしないが見なければ見ないで悲惨な結果が待っているのは自明の理。
進むも地獄、止まるも地獄。ならば選ぶ道は一つだ。
意を決して新聞の煽り文に目を向ける。
【降り注ぐ億万の星屑!!
(本文抜粋)昨日深夜、○×町東部の森に数え切れないほどの流れ星が落ちて行ったのが目撃された。
(中略)学会によるとこれは前例の無い事であり何らかの天変地異の前触れかと懸念する学者も少なくない。
(中略)しかし現場には星の欠片、クレーターともに残っておらず奇妙なこともあるものだと著名な天文学者のC氏は首を捻っている】
ざっと目を通したが肝心な所はこの辺りだろう。
言いたいことはたぶんだが分かった。
きっと俺が今考えている最悪のシナリオこそがハルヒの考えだ。
「きっとこれはね、宇宙人からのメッセージだと思うの!」
ハルヒはにっこりと微笑み、俺に背を向けて続ける。
「まさに天の思し召しってやつね。あんた今日が何の日か知ってる?」
今日は……
別に今日は特別な日ではない。
確かに盆前で何かと忙しい時期ではあるが、それとこれとは関係ない。
「今日は旧暦の七夕。そんな日に宇宙人からのメッセージの流星群。
これを神の思し召しと見ずにどうするのよ!!」
単なる偶然じゃないのか、という意見は聞き入れてもらえるわけがない。
「今日の活動は夜八時から裏山で天体観測よ!キョン。あんた、学校が終わったらすぐに神父連れてきなさい!!」
この指示にはさすがに首を傾げるしかない。
どうしてSOS団の活動に神父を呼ぶ必要がある?
「神父はこの前の試合を通して見事SOS団郊外団員に抜擢されたんだから当たり前でしょ」
聞いてないぞ。
「ええ、言ってないもの。
それじゃあ、今日の夜八時に裏山の神社までちゃんと連れてくるのよ」
俺はハルヒに分からないように表情を変えないまま心の中で手を合わせた。
勿論神父への謝罪の意をこめて。

と、言うわけなんですが。
俺の話を聞きながら神父は口元を隠してくつくつと笑った。
「そうか、私も団員か」
笑いながらもそう呟く神父は、どことなく嬉しそうだ。
そんなに嬉しいものだろうか?
そりゃあ人に必要とされるっていうのは喜ばしい事と言えるかもしれない。
神父のような奉仕者ならばなおの事。
しかしそれは状況が状況ならば、じゃないのか。
ハルヒの暴挙についてはもう嫌というほど伝えてある。
SOS団に入るという事は神父もまたその暴挙の渦に巻き込まれるということだ。
俺としてはこんな活動に参加せず、冬のナマズみたいにおとなしくしておきたい。
それでも?
「夜の八時に裏山の神社だね。分かった。七時に迎えに来てくれ」
それでも神父は嬉しそうに笑っている。
不思議なもんだ。
俺の表情に考えが表れていたらしく、神父は笑ったまま言葉をつづけた。
「青春を謳歌するのは悪くない事だよ。キョウ君」
「私は……私『も』そういったものとは無縁だったからね」

神父はとても優しく笑う。
時々、本当に時々であるが。
その優しい表情の奥に、暗い影が見えるのはきっと気のせいではないはずだ。

じっと空を見つめてみる。
少し山に登るだけで結構星って見えるもんなんだな。
現在、八時二十五分。
SOS団メンバー(+セッコ、神父)は一人を除いてみんな集まっていた。
そう、一人を除いて。
「にしても、涼宮さん遅いですね」
何と此処には言いだしっぺが来ていないのだ。
これには流石の神父も苦笑いを零すしかない。
まぁ、結構空を見上げているだけで時間がつぶれるし、今回ばかりは気にしてないがな。

しかし空に浮かぶ星たちはこちらの予定など関係ない。
ヒュンと一つの星が尾を引いて流れる。
続きふたつ、みっつ、よっつと次々に盆から水があふれる様に流れ落ちる。
その光景に、俺たちの眼はすぐに釘付けになった。
「ふぁぁああ」
朝比奈さんが声を上げるのも頷ける。
どれだけ奇麗な言葉を並べたって、この光景は表しきれないだろう。
強いて言うなら長門が本から顔をあげ見とれるくらいに奇麗ってところか。
「これはこれは」
「うおぉぉお……」
「なんと言うべきか……」
言いようがない、と神父に続けようとした俺の言葉は、寸前で大きな音に掻き消された。
ドゴォォンという、まるでジェット機が墜落したような音。
そして当たりに漂い始める物の焼けたにおい。
「な、ななななんですかぁ?」
この幻想的な風景には全くそぐわない異質が辺りを包みこんだ。

「何かが落ちてきた、と考えるのが妥当でしょうか」
「なんだそりゃ。だがもしそうなら、ものスゴく変じゃねえか?こンな所にセスナでも突っ込んで来るッつゥーのかよ」
「……セスナ機じゃなくて隕石」
「ほう。あり得ない話と思いたいが、本当にありえないかどうかは分からないのがこの世の不思議。だったか」
めいめいその異質に大して考えを述べるが、そこにはたいして焦りは感じられない。
特にセッコと神父は音のした方を一瞥しただけでもう何もなかったかのように空を見上げている。
流石と言うべきか。
「セスナが落っこちても判断間違わなきゃ生き延びられるからな」
「キョウ君たちに危険が及ぶようなら焦るかもしれないけどね」
この二人は本当に一般人の感性と一線を画しているな。
しかし単なる高校生には大問題。
「いいいい隕石ですかぁ!?」
見ての通り朝比奈さんは極限状態だ。
俺だって結構キテるものはある。
この場にセッコ達が居なければ長門を抱えて朝比奈さんの手を引き走って逃げだしていただろう。
この場にハルヒが居なかったのがせめてもの救いか。

そこまで考えて、また嫌な予感が頭をよぎる。
もし、今ここにハルヒが来たら?
間違いなく隕石を拾いに行こうとか言いだすだろう。
直接の被害はなかったがもし山火事にでもなっていればそれこそ最悪だ。
神を失った世界がどうなるのかは知らないが、もの凄い悪影響を及ぼすのだけは確かだ。
それこそよくて日本沈没、悪ければ地球消滅クラスの。
それだけは何とか避けなきゃならない。
だからと言って今ここから離れればハルヒは俺たちを探して危険な森の中を歩き回ることになる。
さて、どうした事か。
こういう時に限って良い案は思い浮かばない。
考えられる方法としては、一つだけ。

「流れ星を取りに行くゥ?」
ああ。
「先ほどの音のした方に、かい?」
「だ、大丈夫なんですか?」
ここで大きく頷けたならどれだけいいか。しかし何が待っているかが分からない状況だ。
俺は曖昧な苦笑いを返すしかできない。
「おやおや、貴方にしては積極的な行動ですね」
古泉がいつものニヤニヤ顔で俺の顔を覗き込んで来る。こいつ分かってて言ってるだろ。
「ふふ、止めませんよ。涼宮さんにはこちらから言っておきます」
やっぱり分かってて言ってたみたいだ。
俺はいつものように息をつき、セッコに声をかける。
「俺も行くのか?」
この場合、セッコと一緒の方が都合がいい。
セッコをここに置いていけばいつぼろが出るか分からない。
それにこいつの能力があれば山火事の場合逃げる道の心配をしなくてもいいしな。
俺はセッコの腕を掴み、音のする方へと向かう。
「違うぜ、コッチだ」
分かるのか?
「焦げ臭いにおいがコッチからしてるンだよ」
うん、流石はセッコというところか。この鼻も俺が同行を願った理由だ。
セッコの鼻の良さはサッカー大会の時に分かっている。こいつがいれば現場まで迷う事はない。
「じゃあ、僕たちはここで涼宮さんを待っています」
「何も無ければすぐに帰って来るんだぞ」
古泉と神父の声を背に、いつものように二人で歩きだす。
さて、何も無ければいいが。

「きぃらぁきぃらぁひぃかぁるぅーー!!」―キラキラ星か?
「おう!」―イタリアにもあるんだな。
「キョンの妹に教わったんだよ!」―……そうか。

to be continued…

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最終更新:2009年06月28日 18:30