冷たい。
口の中に鉄の味がひろがっている。どうやら頬の内側が傷ついているらしい。
だが、それ以外に痛みは感じない。
生きてるのか、俺。
「オイ、オイキョン!無事か!?」
馬乗りの状態でセッコが俺の上体を揺らす。
どうやら生きているようだが、セッコが俺の体を揺するために掴んでいるのはあろうことか俺の首。
このままじゃせっかく助かったのにセッコに殺されちまう。真っ青な顔で文字通り必死に俺を掴む腕をタップする。
「ん、おお。起きてたのか」
起きてたのかじゃないだろ、ったく。何が悲しくてお前に殺されかけなくちゃならんのだ。
「ああ、つい昔の癖でな!!」
もし死んでたら謝って済まされないぞ、これ。
そう言って首を絞めていた手を払いのけ、立ち上がる。幸い内頬以外に傷は無いようだ。
その傷ももうほとんど塞がっている点を考えると、そんなにひどい傷でも無かったらしい。
傷の酷さでいえばどう見てもセッコの方が上だ。コイツ、あんなに右肩が抉れてて大丈夫なのか?
「そこが一般人とギャングの違いって奴だ!!」
セッコは嬉しそうに胸を張るが、今はそのいつも通りの自信過剰ささえむなしく見える。
能力のスケールが違いすぎるのだ。こちらと向こうでは。
流れ星を敵に当てる能力、射撃能力ってだけならまだサッカーの時と五分五分レベルだ。
しかしその弾丸の大きさと正確さ、そこから換算される威力はそれの5倍はいってるだろう。
対してこちらの能力。
セッコの泥化があるが、あれは意識外からの攻撃に対してはほぼ無意味と言える。なぜなら泥化をするしないはセッコの意志一つだからだ。
俺についてはスタンドの像は見えるもののそれだけ。神父やセッコと特訓(という名の虐待)を受けたが片鱗も見えてこない。
腕の像だけでも出そうと必死になろうと手には少し汗が浮き出るだけだ。
つまり、あれだ。センスがないって奴だろう。
そんな手も足も出ない状況でどうやって勝つって言うんだ。神でも味方につけるか?
そいつぁ出来ない相談って奴だ。なんてったって神様はここに呼んじゃあいけないんだからな。
俺がこの状況を打破する手をあれこれ画策しても、命のやり取りの経験の無い俺には最善策なんて思い浮かばない。
セッコに聞いたところで『敵をぶっ殺しゃあ勝ちじゃねェか!!』とか言うだけだろう。
つまり、こうやって考えている時間は。
「まったく、逃げないのなら避けないでくれればいいのに」
無駄だったって事だ。
振り向かなくても分かる。さっきの白衣で眼鏡のキチガイだ。
どうする、今から逃げるか?
駄目だ、あいつの視界の中に居る限り俺達は隕石に狙われている。あいつが合図を出せば一発でおジャンだ。
戦うか?勝機が見えないのに戦いに行くなんて愚の骨頂だ。
じゃあどうする、死ぬか、ここで。
「オイオイ、自分から接近してくれるとはなァー。感謝するぜ、まったくよォ!!」
セッコはすぐに声のした方に拳を突き出す。しかしいつものような鋭さや速さがその一撃には感じられない。
案の定、白衣の男のスタンドによって弾き落とされてしまう。
「足りないなぁ……」
そのまま男のスタンドは逆の手を引き上げ。
「圧倒的に、速さが!!」
傷ついたセッコの肩目掛けて腕を振り下ろした。
セッコが漫画やらアニメやらの主人公ならここでカッコよく敵の攻撃を避けるんだろうが、現実はそんなに甘くない。
敵の振り下ろした一打はもろにセッコの傷跡を抉る。
「ッッつあァァァア!!」
耳をつんざくようなセッコの悲鳴。
3センチほど抉れているんだ、神経に直に触れられた可能性が高い。
セッコの悲鳴を聞きながら、男は嬉しそうに腕を上にあげる。予備動作だ、あの男が隕石を呼ぶ時の。
危ない、何とかしなければ。
「心配するな、殴りかかってこない所を見ると君は『スタンド』とやらを持っていないのだろう。このモグラ君を始末した後にゆっくり料理してやるさ」
絶体絶命ってこういう時に言うんだろうな。
男が腕をセッコの方へ向けようとする。セッコはまだ右肩を押さえたままの状態だ。
もう間に合わない。
計算通りに行くと思っていた。
モグラが動くまでは。
「ッ痛ってェーーーだろォが糞野郎ッ!!!!」
そう言って地面についていた右手で私に泥を投げてくるモグラ。やはり弱った右腕ではそれが限界か。
しかし、それをただの泥と見たのが私のミスだった。
うまく操れるようになった『スタンド』の左腕で私の顔へと迫ってくる泥を弾き飛ばそうとする。
が。
弾こうとしたスタンドの左腕に泥が纏わりつき、そのまま私のスタンドの胸と左腕を接着する。
どういう事だ。先ほどまで泥だったはずなのに、今私の胸元では泥は土、というよりは岩と同じほどの強度になっている。
つまりあのモグラは土の高度を変える事が出来るのか。しかし、そんなクズみたいな能力では私の夢は。
『一手、遅レタナ……!』
聞こえてくるのは、新しい無機質な声。と同時に背後からの強烈な一撃が私の体へと叩き込まれる。
どういう事だ、モグラと青年以外にもまだ私の夢を邪魔しようとするやつが居たのか。
もう駄目だと俺が覚悟を決めた瞬間、神は手を差し伸べた。
『一手、遅レタナ……!』
眼鏡の男の後ろから聞こえる、聞き覚えのある無機質な声。まるで、シューシューと唸る蛇のような声。
声と同時に眼鏡の男が俺とセッコの間を通り、俺達の後方へと吹き飛んでいく。
「セッコ君の叫び声を頼りに来てみれば、どうやら丁度良い瞬間だったようだね」
見覚えのある黄色と黒の警告色の大男とその傍に闇に溶け込むように佇む黒の聖人服。
神様は俺達を見捨てなかった。こうして神の忠実な使いである神父をここまで引き寄せたんだからな。
これが神父の言っていた『運命』やら『引力』という奴なのかもしれない。
ちょっと神を信仰したくなるな、この瞬間の救世主は。
「気をつけろ、神父!!どっかに隕石が着弾するはずだッ!!!!」
左手を地面に付いていたセッコが神父に警告を出す。
そうだ、あいつの攻撃はもうセット状態に入っていた。発動していてもおかしくない。
「隕石、それが能力」
そこまで言って、神父の言葉は止まる。隕石は綺麗に着弾した。
神父の太ももとセッコの脇腹を抉って。
どういう事だ。
確かにあいつの能力は隕石を呼ぶ能力。ここまでは変わらない。
しかし今の軌道、もし眼鏡があの場に残っていたらあいつの太ももを抉っていた事になる。
そんなことがあり得るのか?自分を傷つけるスタンド能力なんてものが。
……違う、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
神父は右太股をかすめただけだがセッコは先ほどまでの右肩の負傷に加え、右脇腹にも傷が増えた。
パッと見で分かる。脇腹の方は致命傷だ。
「ここまで強力なスタンドとは。こんな場所で、想定外だった」
そうだ。まさかここまでのスタンド使いだなんて誰が予想できた?
セッコはもう駄目だ、ここから動かそうとすれば失血死しちまうだろう。
俺は、ガタガタ震えている事しかできない。頼みの綱はもう神父だけ。
神父の能力ならばなんとかなるだろうが、それでも、奴に接近するまでに撃ち殺されてしまったら終わりだ。
「ハルヒ君たちを帰しておいてよかった。ここに来られていたら色々と厄介になっていただろうからな」
そいつはありがたい。やっぱりあんたは頼りになる。
しかし今は目の前の敵について考えてほしかったな。
「そうだな、死んでしまって天国に向かえなくなったら困る」
……こいつ、死なずに天国へ行く気なのか?
違う、それは今は問題じゃない。敵なんだ、敵を倒さなければ。
まず、なにを伝えればいい?
能力、これはいい。スタンド像、必要ない。本体の情報、なに一つ分かってない。
能力発動の時の状況か。必要なのは。
「敵を指差して流れ星を流す、か。軌道についてはなにも?」
ああ、分からない。
「そうか。まぁ、そこまで分かっていれば対策のしようがあるさ。もしそれが」
「それが本当に信じられる情報なら、か?」
どうやら、俺達が焦っている間に向こうは体勢を立て直せてたようだ。
「遠くへ行くとモグラ君の能力は効力を失うのかな?」
グジュグジュという夜露を浴びた草を踏みしめる音がいやに大きく四人の間に響く。
「それとも、致命傷……いや、モグラ君の意識が飛んだら消えるのかな?」
中指で眼鏡を持ち上げ、ゆっくりとこちらとの距離を詰める。
神父が俺の腕を掴み立ち上がらせる。足は震えているが問題はなさそうだ。
「さぁな。そんな事は関係ない。大切なのは、『お前は私の友人を傷つけた』ってトコだけだ」
「モグラが友人、寂しい男だな君も」
膝を付き、男を見上げていたホワイトスネイクが立ち上がる。
男は指で天を突き、神父の方を見据える。
一目では分からない二人の臨戦態勢。
距離にして十メートル弱。勝負は一発だ。
一発が大きい分、当たってしまえば男の勝ち。しかし男の一撃を避けられさえすれば神父の勝ち。
神父の目が細くなる。大丈夫だ。神父は頼りになる男だ。
きっと神父が何とかしてくれる。
「ホワイトスネイク!!!!」『RUUUUOHHHHHHH!!!!』
「降ってこい、流れ星ィィィィ!!!!」
ホワイトスネイクが走り出す、と同時に男の指が神父の方を突く。
タイミングはほぼ同じ。神父の方が若干速かったはずだ。
神父は同時に男の指の直線状から逃れる。
飛来する隕石は、ホワイトスネイクに。
当たらなかった。
『RUUUUUUUUOHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』
そのまま、ホワイトスネイクのラッシュが男の胸倉に叩き込まれ、勝負あり。
「フフフ」
どう、なってるんだ。
「惜しかったな。もし最初に出会った時の私なら、今ので負けていたさ」
なんで男が立っているんだ。
「誰が、一回の予備動作で呼べるのは星一つと言った?」
なんでホワイトスネイクが膝をついてるんだ。
「そもそも、予備動作が必要なんていつ言った?」
なんでホワイトスネイクの右胸と腹に穴があいてるんだ。
「この勝負、私の勝ちだ」
神父が血を吐いて倒れる、胸と腹に隕石が突き抜けたような跡を残して。
やられたのか、神父が。あのエンリコ・プッチが
「さて、君一人になったな」
俺一人?そんなはずない。
セッコが助けてくれるはずだ。
「モグラ君は放っておけば数分で失血死」
神父だって助けてくれるさ。
「モグラ君のお友達は胸と腹の穴。助かりようもない」
長門がいる、古泉がいる、朝比奈さん、ハルヒ、皆が助けて。
「一人ぼっちじゃ寂しいだろう。すぐに二人の元に送ってやるさ」
星が二度瞬き。
俺の胸、腹を貫いた。
さて、邪魔ものは始末した。
しかし。
「やはり、流れ星をこの手に取る事は出来なかったな」
まぁ、二人と一体じゃあ足りないだろうとは思っていたし、ある意味予定調和だ。
そういえば、あのモグラ君の友人は誰かを帰してきた、と言っていたな。
「という事はそいつらはまだ近くに居るはずだな」
狙うならそいつらだ。
名前は確か……ハルヒ、だったか。
急速に体温が下がっていく。
心臓への直撃は無かったが、肺の下の方が吹っ飛ばされてしまったようだ。
息が苦しい。
もう駄目だ。
こんな事なら、あの時、動かずに待っていればよかった。これが所謂やぶ蛇なんだろうなぁ。
飛び出てきたのは蛇じゃなくて隕石だったがな。
もうこんな皮肉に笑ってる余裕もねぇよ。
「―――――流れ星――――――」
男が何か言っているが、もう耳には入ってこない。意識がもうろうとしてきた。そろそろ俺も終わりか。
今度はもうちょっと平凡に。
「――――ハルヒ―――――」
なんだって?
まさかコイツ、俺達だけじゃなくてハルヒまで狙おうっていうのか。
自然と指先に力がこもる。まだ力がこもるなんて自分でも驚きだ。
このキチガイ眼鏡には分からないかもしれないが、あいつは死んじゃならない存在なんだ。
傷口が疼く。触れた夜露の冷たさを打ち消すように急速に熱が回りだす。
脳内を駆け巡る脳内物質、β-エンドルフィン、チロシン、 エンケファリン、バリン、リジン、ロイシン、イソロイシン。
そして浮かび上がる。
涼宮ハルヒを守る、守り抜くための、俺のイメージ。
今、はっきりと分かった。なんで俺がスタンドを使えなかったのかが。
甘えてたのさ、自分の境遇に。
どんな敵が来ようときっと誰かが助けてくれる、心の中でそう思い込んでた。
現に今まで、長門に助けられ、古泉に助けられ、セッコに助けられ、神父に助けられ。
俺は震えて見てるだけで十分。でも、それじゃあいけないんだ。
あいつの事だ、どうせこの先も厄介事に巻き込まれる。
こんな風にスタンド使いが絡んで来る事もあるだろう。
もしも誰もいない状況でハルヒが厄介事に巻き込まれたらどうするんだ?
誰も助けてくれなかったからって諦めるのか?傍に長門やセッコが居なかったからってそいつらを責めるのか?
そうじゃない。俺が守りゃあ良いだけの話じゃないか。
気付けば、手放そうとしていた意識は先ほどよりもはっきりとしている。
そうだ。その時にハルヒを災難事から守るのは長門でも、セッコでも、神父でも無い。俺だ。
粉々だったイメージが一点に集まる。小さな粒は頭を作り、握った拳に像が重なる。
身体の奥底からふつふつと力が湧きあがってくる。体中に血と微粒子のように小さなイメージの群が巡る。
隣に膝をつく何者かが腕を突き、立ち上がる。痛みは感じるが、もう傷口は塞がっていた。
別に不思議な事じゃない、これが俺の能力。言葉では言い表せないが、心で理解した。
俺の腕とは違った腕に引かれ、立ち上がる。恐怖は無い。
今俺の心にあるのは覚悟だけだ。
誰の助けも借りられないこの状況から奴に勝たなきゃあ、守れるわけない。
有り体に言えばこれは俺の節目。助けられる側から助ける側への。
こいつを乗り越えなきゃ平穏な生活なんてない。なんてったって世界が崩壊するんだからな。
act14―awaken(目覚め)
to be continued…
最終更新:2009年06月28日 18:37