嫌な感じだ。
服が体に張り付いている。今日はこんなに湿度が高かったか。
早く森の中から出た方が良いな。
そんな事を考えながら三人の死体に背を向けた、まさにその時だった。
「何処に行く気だ」
耳を疑った。
確かに私は人体の急所である左胸と腹に風穴を開けたはず。
なのにどうして、青年は立ちあがれるんだ?
「これからようやく、俺がお前を叩きのめそうっていうのに」
寝言を言うにはまだ少し早い時間ぞ。
どうして立ち上がれるかは知らないが、致命傷を加えたのは事実だ。青年はもう追ってくる事すら。
「寝言?寝ぼけてるのはどっちだろうなぁ」
死にかけの癖によくしゃべる男だ。
そこまで元気があるなら止めを刺しておいてやろう。
振り向いた先には。
「さて、第三ラウンド開始ってとこかな」
立っていた。
殺したはずの青年が無傷で。
見覚えの無い化け物が青年の傍に。
どういう事だ。全く理解できない。
いくら人間が進化しようと胸や腹に空けた穴が塞がるものなのか。
それだけではない。隕石は確実に彼の左肺と肝臓をブチ破った筈だ。
肺を貫けば呼吸困難、肝臓周辺を貫けば心臓や頭に比べれば血が噴出することなく失血死へと持ち込める。
はずなんだが。
「やはり分野外になるといけないな。生物学者なら一撃で仕留められていただろうに」
面倒だから今度は一撃で決めるか。先ほどの男との戦いでいい事も分かったし。
流れ星のイメージはもう一瞬で練れる。この戦闘で私も成長したって事か。
狙うは一点。必殺の、本体もしくはスタンドの頭だ。
先のモグラ君の友人との戦いで分かった事は一つ。
私や男の傍に立つ者(スタンドの像とでも呼ぼうか)へのダメージは本体と共有されているという事。
超能力の像を掻き消そうと思っただけだったのだが予想の上を行く効果をもたらした。
青年がこちらに歩いて来る。一撃、ただの一撃でいい。
確実に当てられる距離まであと五歩。
「それ以上は近付かない方が身のためだと思うがな」
青年のスタンドが一歩踏み出してくる。残り四歩。
狙うなら無防備なスタンドの方か。
「近付かなきゃあアンタを殴れないだろう」
あと三歩。
青年はじりじりと距離を取りつつ先に始末した一人と一体の方へと近付いている。
無駄だ。あの二人は傷も深いし、もう助かるはずがない。
「死ぬ事になるぞ?」
二歩。
「断言してやるよ。死なないね、俺は」
一歩。
「あんた程度で死んでちゃ、命がいくつあっても足りないさ」
青年のスタンドが私の領域に踏み込んで来る。なにも気づいていないのか、それともただの蛮勇か。
私の呼んだ流れ星は吸い寄せられるように青年のスタンドの頭部をくりぬいた。
「世の中にはさ」
信じられないな。
「自分達の体を繋ぎ合わせて巣を作る蟻っつーのが居るらしい」
情報が間違ってたのか?そういうわけじゃないだろう。
現に私のスタンドが先ほどの攻撃で受けた傷は私にフィードバックしている。
じゃああの青年が例外なのか?
「そいつ等はよ、すごく統率がとれてるらしくてな。巣の一カ所が傷付いてもすぐに他のやつらでその傷を塞ぐんだと」
「それがどうかしたかい?」
「いや、凄いと思わないか?」
信じられないついでにもう一つ信じられない事が起こった。
傷が塞がっているのだ。モグラとその友人の。
傷が無かった?そんなはずはない。
最初の一撃、私は確かにモグラ君の傷口に攻撃した。記憶違いなはずが無い。
どういう事なんだ。理解不能とはこの事だ。
「つまりこういうのを『全は一』って言うんだろうな」
青年のスタンドの拳撃が私に向かって放たれる。
捌けない攻撃ではない。
しかし頭の中では青年の言葉が何度も反響し、私の反射神経を蝕んでいた。
三発。私の肩、スタンドの腹と胸にそれぞれ一発ずつ、彼のスタンドの拳がめり込む。
やはりひと思いに本体の頭をぶち抜いてやるべきだったか。
そうすれば必殺。生存なんてありえない。
流れ星のイメージを描くのは、いつにもまして容易なことだった。
成長している、彼らとの出会いから、モグラやその友人との戦闘から、確実に。
確実に、着実に。元来の物からそれ以上の物へと。
今の私の前にあるのは、満点の星空と輝かしい未来だけだ。
空が三度青年を照らす。
ほらな、予想通りだ。
最初は危害を加えようとする俺のスタンドを攻撃、それが無意味だと知ると俺を攻撃。
こうも計画通りだと相手がこっちの思惑分かっててやってるんじゃないかって疑いたくもなるね。
そしてお前は挑発する俺に目玉をひんむいてこう言うのさ。
なんで死なない?ってな。
『おいおい、今のが攻撃か?蚊でも止まったのかと思ったぞ』
「ど、どういうことだ!?『なんで死なない!!?』頭を、頭を撃ち抜いたんだぞ!?」
はい、これも予定調和。
しかしこれはほぼ100%この返答が返ってくるって分かってたからな。
俺の目の前のキチガイ眼鏡の目にはこういう図が写ってるはずだ。
『頭を半分くりぬかれながらもどこ吹く風な顔して挑発を続ける俺』
普通の人間なら気を失ってもおかしくないレベルのスプラッタな光景だが、今あいつの常識は無いに等しい。
超能力があるならゾンビだって居るかもしれない、そういう思考に陥ってしまってるんだ。
ろくに周りを調べることも無しに。
男の頭に、俺と俺のスタンドの拳が触れる。
どうやら男も気づいたみたいだ。ま、今頃肩を震わせても手遅れだがな。
言っただろう?
近付かなきゃあ、お前を殴れないって。
「オラァッ!!」
側頭部に衝撃が走る。衝撃、それ以外の何にも例える事が出来ない。
痛みでも、熱でもない、ただただ脳を揺らす衝撃。
視界がドロドロに溶ける。生まれたての小鹿のように手足が震える。
なんで隣に居るんだ、双子なのか、頭が痛い、くりぬいて喋る事が出来たのは、それが能力か、吐き気がする、畜生。
ミキサーでシェイクされたような脳内に、先ほど殺したはずの青年の声だけが静かに響く。
「悪いが、アンタにはこれ以上付き合ってられない。こっちにゃあ瀕死が二人もいるんだからな」
マズイ、駄目だ、逃げなきゃ、これじゃあ、夢が、星が、私の、ゆめ
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!!」
気がついたら、なんかキョンが鬼のようなラッシュ繰りだしてた。
ラッシュを喰らっているのは……あの、白服着た隕石ヤローだった。
えっとなんだったっけな……
工房、方々、逃亡……そうだ、養蜂。因果ヨーホーって奴だ、ザマーミロ。
オレを攻撃するからそんな事になるんだよ。
そう言えばオレは結構な深手を負っていたはずなんだが、不思議と傷跡は残ってない。
でも、痛む。どういう事よ、コレ。
「何だ、セッコ。もう気がついたのか?」
キョンが男をスタンドで引っ張りながらオレの方へ歩いて来る。
男の顔は、見るも無残。なんつーか鼠に食われたチーズの方がましなんじゃないかって顔になってた。
「傷、どうだ?出血は防げたが、痛みは取れてないだろ」
そうだ、傷だ。
オレの傷は、どういう原理で埋まってるんだ。
「簡単に言えば、俺の能力……って奴だな」
キョンが照れくさそうに鼻の頭を掻きながら答える。
傷を埋めるのが能力か、不便なもんだな。
「違う違う。俺の能力はな、微生物を……あー、プランクトンとか、その辺を操る能力だ」
ビセーブツ、ってのは良く分からねーが、きっとチョコラータの操るカビみたいなもんだろう。
そう言えばチョコラータもよく応急処置っつって傷口にカビを付けてたっけか。それと同じ要領で俺の傷口を塞いだわけだ。
上手く出来てるもんだなァ、世の中って。
「だな。もし俺がこんな能力じゃなきゃあ、お前も神父も死んでたんだぞ。感謝しろよ」
神父。そうだ、神父の野郎も来てたんだっけか。
よくよく隣の茂みを見てみたら、神父が寝てた。つまりコイツもあの白服にしてやられたっつーわけか。
じゃあもしかして、キョンが一人であの隕石野郎を倒したのか。
「ああ、途中までは結構ギリギリだったけどな」
そういうとキョンはいつものように肩をすくめてこう付け足した。
「もっと平凡に暮したいんだが、こんな能力まで付いちまったらもう無理だろうな」
これは、どう反応するべきなんだ?とりあえず満面の笑みを返しておこう。
しかし、キョンもスタンドか。
キョンのスタンドは何だか、ジャッポーネの貧弱な男代表みたいなキョンのイメージとはかけ離れた容姿をしている。
実はキョンのスタンドじゃない、とかいう冗談、はないだろうし。
そう言えば自立ナントカ型とか言うのを聞いた事があるな、形が本体とはかけ離れるっていう。
ポ……ポル……ポルポル、だったか。そいつのスタンドがそうだったはずだ。
つーことはこれもそういうタイプのスタンドか。
オレがそう聞くとキョンは苦笑いをしながらこう答えた。
「当たらずとも遠からずだな。確かに、こんないかめしいのは俺っぽくないさ。ああ、本体は別だ」
そういうと、キョンは自分のスタンドに腕を突っ込む。
ん?腕が突っ込めるって事は実体を持ってるのか。
「これが本体だ。どうだ、これならお前も納得いくだろう」
キョンがこっちに突き出した手を見て、オレは思わず声をあげて笑った。
そこには、ちっぽけなスタンド像が一匹だけのっていたのだ。
つまりキョンの能力は『小さなスタンド像(ビセーブツ)を操る能力』
なるほど、歯車社会のジャポネーゼらしいスタンド像だ。
「笑ってんじゃねぇよ、ったく。コイツのおかげでお前助かったんだぞ?」
そうは言われても、ここまで小さいなんて流石のオレも想定外。
「それで、そいつには名前を付けたのか?」
キョンにとってはオレのこの言葉が想定外らしく、眉間にミミズを走らせた。
「名前?必要なのか?」
「心の問題だ、自分に気合入れたいときなんかにゃスタンドの名前を叫ぶのが一番手っ取り早いからなァ」
オレがもっともらしくそういうと、キョンは大きく頷き、しばらく考え込んだ後、こう答えた。
「そうだな。フーファイターズ、コイツの事を呼びたいならそう呼んでくれ」
何だか、キョンが一回り大きくなったように感じた。気のせいかな。
流星の夜が終わり、俺たちは夏休みを迎えた。
ハルヒはあの日、どうも天文部から天体望遠鏡を借りてこようとしていたらしい。
らしい理由だ。
ハルヒはあの日の事を相当悔しがっている。
まあそうだろう。宇宙からのメッセージを受け取る事が出来なかったんだし。
夏休みになっても俺達は変わらない。
ハルヒはいつものように無理難題をけし掛け、俺はいつものようにハルヒをなだめすかし。
朝比奈さんはとばっちりを受け、古泉は笑いながらそれを見つめ。
長門は我関せずと本を読み、セッコは長門の隣で長門が時々投げてよこす角砂糖を待ち。
神父は何故かいつもついて来る妹と遊び、妹は神父やハルヒの間をちょこまかと走り回り。
俺は、無性にうれしくなった。
今俺が居る現実は、確かに非現実的だ。昔の俺が見たらふざけるなと叫ぶくらいに。
でも、これが俺の日常。あの日俺は俺の日常を守れたんだ。
「ちょっと、キョン、聞いてるの!?」
ハルヒの金切り声が耳を突く。どうせ無茶をする気なんだろう、分かってるさ。
ちゃんと傍に居てやるよ。世界が俺に望むなら、世界が俺に飽きるその日までな。
そして
終わらない夏休みが始まる。
act15-I will stand by you ―― A ver
to be continued…
最終更新:2009年06月28日 18:41