第1話『岸辺露伴、涼宮ハルヒと会う』
京都だの、奈良だの、大阪だのと、良いものの良い見方も、そもそも良いものを見分ける能力もない連中がこぞって行く場所に、僕は興味はなかった。
岸辺露伴が旅というものに求めるもの。それはどこかの誰かが用意した下らない文化物だのなんだのを拝むことなどではない。
そんなものには『興味』をそそられないのだ。それは『体験』ではないし、そんなものを拝んで回って、少しでも何かを『経験』したつもりになっている連中は馬鹿としか言えない。
僕はそんな『体験』を求めて、この度与えられた短い休暇、『兵庫』を目指して、杜王町からはるばるやってきたのだ。
この世に杜王町よりも面白い場所が果たしてあるのかどうかは、僕にとっては疑問だった。
しかし、杜王町で何か新しい体験をしようにも、あのクソ仗助だのが邪魔をしやがって、うまくいかない。
下手をすればボコボコにされちまうと来たものだ。
あの町はすばらしい。景観や町の様子のどこをとっても、あれほど僕にしっくりとくる町もほかにないだろう。
しかし、やはり物事には革新が必要だ。同じ町の同じ家で、同じようなものを見ていたのでは、面白い漫画は描けない。
僕はガソリンを呷るように、この三日間を、兵庫中の道路を走って過ごした。
所々で降りては、何か自分の心を突き動かす何かが、そこらに転がっていないかを探す。
そんなことを繰り返しているうちに、太陽はさっさと東から西へ駆けていってしまう。
そして、旅行四日目の正午。僕は中心地から少し外れた郊外の駅前の喫茶店で、大して美味くもないコーヒーを飲みながら、ボサボサと歩く人波を眺めていた。
「おかわりはいかがですか?」
黄緑色の髪の店員が、僕の返事も待たずに、空になったティーカップにモカを注ぐ。
とりあえず、休暇の半分をこの兵庫県で過ごした感想として。僕は自分を沸き立たせるような何かなどには、一つも出逢えていない。
むしろ、あまりにも代わり映えもしなく、面白みもない人間どもの面を延々と見せられて、自分が削られてしまったような気概さえ覚えている。
まったく、この世の中には、どこにでもつまらない連中というものが溢れかえっているものなのだ。
僕は大して時間をかけずに二杯目のコーヒーを飲み干すと、勘定を払い、ロータリーに出た。
と、同時に。強い風が吹き、日差しを避けるために被っていた帽子が風に舞った。
帽子は台本どおりに演目をなぞるかのように、ふわりと上昇していき、やがて、そこらにぼんやりと突っ立った電柱の中ほどに引っかかる。
僕の身長では届かないし、風向きの関係で、黙っていれば降りてきてくれる様子もない。
かといって、電柱をよじ登るのもみっともなさ過ぎる。
「……仕方ないか」
こんなことに使わされると言うのも、『奴』にすれば不快なことかもしれないが。
何、ちょいとあの帽子のところまで浮かんでいって、ひっかかっているのをヒョイと外してくれればいいのだ。
「頼むよ」
小声で呟くと同時に。僕の身体から、半透明の小柄な少年が、湧き出るように姿を現す。
僕の『ピンクダークの少年』の主人公とすっかり同じ姿のそいつは、僕のほうをちらりと無表情に見ると、僕の望んだとおり、空中をふわふわと浮かんでいき
電柱に引っかかった帽子を、指先でちょいと弾いた。
帽子は電柱からはずれ、くるくると回りながら、僕の元へ落ちてくる。
よしよし。僕はその帽子に手を伸ばす――
瞬間。何が起きたのか。
僕の手の中に舞い戻るはずだった帽子を、直前でひったくった奴が居た。
「ちょっと! あんた、あれ、何よ!?」
僕の目の前に噛り付き、上方を指差しながら、もう一方の手で、僕の帽子を引っつかんでいる女が居た。
年齢は、精々16か17と言った所か。黒髪のセミロングヘアーで、黄色のカチューシャをしている。
その様相が、僕に一瞬、あの杉本鈴美を思い出させる。
女は爛々とした目を丸く見開き、僕をまっすぐに見つめている。
この女は何を言っているのだ。
と、次の瞬間。僕はある考えに思い至り、あわてて女の指差す先を見上げた。
その軌道上に浮かび、おそらく僕と似たようなほうけ面で、女の後頭部を見下ろしている、僕の『スタンド』
まさか。この女には、僕の『スタンド』が見えているって言うのか。
と、言うことは。
この女も。『スタンド使い』なのか。
「ちょっと、何とか言いなさいよ! あの小さいのは何!? あれ、まるで『ピンクダークの少年』みたいじゃない?」
ああ、決まりだ。やはり、こいつには僕のスタンドが見えている。
しかも、どうやら察するに、この女は自分が『スタンド』を見えている。つまり、『スタンド使い』であることに自覚がないらしい。
今までにないパターンだ。
しかし、公の場で騒ぎ立てることに抵抗というものはないのだろうか。僕を見上げたこの女は、あたりに気遣わず口を荒げている。
周りの連中には、僕のスタンドは見えてない。傍から見れば、こいつが頭の温かい奴だと思われているだけだぞ?」
「すまないが、君が何を言っているのか僕には分からないな。
僕は『帽子』を風に飛ばされて、どうしたものかと呆けていたら、たまたま帽子が落ちてきてくれた。それだけだろう?」
僕は手早く『スタンド』に戻ってくるように指示し、そ知らぬ顔で目の前の少女にそう告げる。
「ちょっと、とぼけたって無駄よ! 今、あんたの身体に、あれが戻っていったじゃない! アンタ、『超能力者』なの!?
それとも『デビルサマナー』!?」
声を潜めるということを知らないこの女は、大衆の目の前で『超能力者』等という突拍子もないセリフを平気で吐き出した。
もっとも、実際に『超能力者』と称するのがふさわしい存在である僕にとっては、それは突拍子のないセリフでも何でもないのだが。
何しろ。もしかしたら、この女は僕がこの旅に求めていた『不思議な体験』であるかもしれない。しかし、この大衆の面前で絡まれるのはいささか迷惑だ。
周りをぐるりと見回すと、つまらない面をした連中が、一様に僕を……その目の前で騒ぎ立てる、この喧しい女を凝視している。
……止むを得ないか。
「君。確かに君が言うとおり、僕は『超能力者』だ」
僕が小声でそう言うと、少女は目を輝かせて
「本当っ!? やったわ、ついに見つけた! ねえ、見せてよ、『今の奴』をもう一度!」
と、叫んだ。
「あわてないでくれ、お嬢さん。僕もこの『能力』を持つ……いや、『見ることの出来る』仲間を見つけられたのは嬉しく思う。
けれど、ほら、見たまえ。ここでは少し目立ちすぎるだろう。だから、あの『路地裏』についてきてくれないか。
そこで思うさま、僕の『能力』を君に見せてあげようじゃないか」
彼女に言ったことは嘘ではない。僕にとって、杜王町をすばらしい町へと変えている要素の一つである『スタンド使い』と、この旅先で出会えたのだ。
この出会いを無駄にしたくはない。それは、この岸辺露伴の間違いなき意思だった。
「本当ねっ!? いいわ、行きましょう! やったわ……ついに見つけたのよ! この町で、『超能力者』をっ!!」
少女は僕の言葉を丸ごと信用し、駆け足で、僕が指差した路地裏へと駆けて行く。
まったく、僕がそこらの少女を狙う『スタンド使い』の異常性癖者か何かだったらどうするのか。
幸いなことに、僕は異常性癖者などではない。僕が興味があるのは、あの女の『スタンド』だけだ。
自覚を持たずして覚醒している『スタンド使い』。今まで僕のであったことのない存在だ。あの女がどんな『能力』を持っているのかと考えると、心が沸く。
最も、あの『間田敏和』のように、スタンド使いでありながら、つまらない思想しか持たない人間も居る。まだぬか喜びは出来ないのだが。
「ねぇ、早く見せてよ! ここなら誰だって見てやしないわよ!」
路地裏にたどり着いた僕に、少女が目を輝かせながら言う。
しかし、僕は確信を持っている。この少女は、あの間田のようなつまらない人間ではない。
きっと、彼女の『心』を『読む』事は、僕にとって喜ばしい結果を呼ぶだろう。これは僕の『経験』から来る直感だ。
「まあ、すこし落ち着こう。まずは自己紹介をしようじゃないか。それが初対面の人間同士の常識という奴だ。
僕は『岸辺露伴』という。君の言った、『ピンクダークの少年』を少年ジャンプで連載している。職業は、漫画家だ」
「『岸辺露伴』? それなら知ってるわ、そういえば、新年号の表紙で見た顔だわ!
あの『岸辺露伴』が『超能力者』っ!? すごいわ、信じられない!」
「ああ、落ち着いてくれ。それで、よければ、君の名前も教えて欲しいんだ。『能力』を見せる仲間なんだから、それぐらいはいいだろう。
それに……もしもあるなら、君の『能力』も見せて欲しいな」
「? ……『能力』? 私にはそんなのないわよ。そんなのがあったら、わざわざ不思議を探す手間なんか要らないじゃない」
なるほど。やはり、この女は自分が『スタンド使い』であることを知らないのだ。『スタンド』は『スタンド使い』にしか視認できない。
「ああ、自己紹介だったわね。私は『涼宮ハルヒ』よ、この町で『不思議探し』をしているのッ!
そんなのはいいわ、はやくあなたの『能力』を見せてよ!」
「ああ、見せてあげるよ……僕の『能力』をね……」
容易いものだ。いくら『スタンド使い』とはいえ、この少女の思考力は、そこらの一介の女と何も変わらない。
「『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』!!」
「!?」
一瞬。僕の身体から飛び出したヘブンズ・ドアーが、少女……『涼宮ハルヒ』の身体に手刀を刻み込む。
その一閃が切り口となり、『涼宮ハルヒ』の身体が切り開かれ、『本』へと変わる。
それと同時に『涼宮ハルヒ』の意識は失われる。
「さあ、『読ませて』もらおうか。『涼宮ハルヒ』の全てを……」
僕は色めいていた。あの日、広瀬康一君を『読んだ』時のように、心が沸き立っていた。
この少女の心に、一体何が『在るのか』? 僕は一体、この地から何を『持ち帰れる』のか?
考えるだけで、体中に電光が走った。
しかし。
「これはッ……何だッ!?」
僕の期待は、見事なまでに裏切られた。
いや、『間田』の時などとは違う。まったく別の形で、僕の期待は裏切られた。
「これは……『絵』ばかりだっ!! 写真……色んなヤツの写真が、『アルバム』の様に貼られているッ!!
しかし……一つも『文章』が無いッ!! 僕はこの女……『涼宮ハルヒ』から何一つ『読み取れない』ッ!!」
それだけではない。『絵』で埋め尽くされた彼女の心には、僕が『書き込む』隙間すら無いのだ。
「馬鹿な……此れでは『ヘブンズ・ドアー』で『無かったこと』にすら出来ないッ!!
こんな……こんな心の持ち主は初めてだ……ッ!?」
困惑した。当たり前だろう。いくら僕がそれなりに『経験』を積んだ『スタンド使い』だとは言え、こんなのは初めてだ。
地面に横たわる『涼宮ハルヒ』に、一つでも書き込む『空白』か、『文章』が無いかと、僕が彼女を『捲っている』時。
「お、おい、ハル……ヒ?」
背後に、聞き覚えの無い声がかけられた。
僕は柄にも無くあわててそちらを向き直る。
其処には、見覚えの無い……まるで、日本人のつまらないところを凝縮したかのような、味気の無い面をぶら下げた少年が居た。
「ッ! お前……誰だ、ハルヒに何を―――」
「くそ、ヘブンズ―――」
この少年は、どうやら『涼宮ハルヒ』の知人らしい。
致し方ない、この状況を切り抜けるために、この少年も『本』に―――
と、僕が『決断』したその時。
ビシュ。
ドス。
「うぐぅぅッ!!?」
そ知らぬ方向から、『矢』が放たれ―――
その『矢』が、少年の胸を貫いた。
「なっ、何ィッ!!? 矢……だとッ!!?」
「う……グ……ッ!!」
『矢』によって胸を貫かれた少年は、くぐもったうめき声を一つ上げた後、その場に蹲った。
ああ、そういえば。あの日、『ヘブンズ・ドアー』を得た日。僕も、この少年のように、大地に寝そべったものだった。
…………待てよ。『あの日』のように、だと?
あの『矢』は。仗助どもが丁重に圧し折った筈じゃあ無かったのかッ!?
「誰だッ! 今、『矢』を射ったのはッ!?」
僕がその『矢』の放たれた方角を振り返ったとき。既に其処には、誰の姿も無かった。
少年は小さなうめき声を上げながら、路地裏のアスファルトに身体を委ねている。
こいつは僕のようには成れなかったのか。
「誰だ! 誰が『矢』を射ったんだァッ!!」
僕の声に反応したのは、少年の後ろからやってきた、薄汚い嗄れ声だった。
「お前……『涼宮ハルヒ』を……渡せ……そいつを殺すからよォ……」
声に振り向くと、其処に、アロハシャツとチノ・パンツを着込んだ、典型的なチンピラ野郎と言った男が立っていた。
『涼宮ハルヒ』を渡せだと? この男は、何を言っている? この少女……『スタンド使い』であるこの女を、渡せというのか。
僕の背筋に、嫌な予感が走る。
ああ、これは『同じ』だ。杜王町で起こったあの事件と『似ている』のだ。
「涼宮ハルヒを……渡せえぇぇぇ!!」
絶叫と同時に。男の身体から、五つの黒い影が湧き出した。『スタンド』だ。
「貴様の言うとおりにされる筋など無いッ!!」
断じて言うが。僕は、自分の好奇心を満たし得る存在を手放したくなかっただけだ。
決してこの少女を守りたかったわけではない。
男が身体から黒い影を湧き出した瞬間―――ほぼ間違いなく、それは『スタンド』だろう。
僕は『本』となったままの『涼宮ハルヒ』を抱きかかえ、男の傍らを走り抜けていた。
『矢』に『射られた』少年はひとまず後回しだ。僕が知っているのはこの『涼宮ハルヒ』という少女だけだ。
人目もわきまえずにロータリーを駆け抜け、歩道沿いに止めた車へと走る。
後部座席に乱雑に『本』と為った『涼宮ハルヒ』の身体を放り投げ、運転席へ座る。何を待つ暇も無い。我武者羅にエンジンをまわし、アクセルを踏み込む。
僕の車が稼動し始める頃。五つの影は、明らかな形となり、僕の車のフロントガラスへと襲いかかっていた。
それを気に止めず……止めたら、終わりだ。……、僕はアクセルを踏み続ける。動き出した車体が『影』を弾き飛ばし、後方へと追いやる。
僕はそのまま、ロータリーから伸びた横道へと車体を滑り込ませた。目指すのは、郊外だ。フロントガラスに映る、ゴキブリのような乗用車の群れの居ない場所だ。
喧しいクラクションを軒並み無視しながら、僕はハンドルを切る。加えて、バックミラーを見る。
其処には僕の予想通り、あの男の身体から湧き出た黒い影が五つ見て取れる。
「『カラス』だッ……!!」
そいつらは、まるで羽毛を持たずに生まれてしまった、奇形のカラスのような様相をしていた。
なるほど。承太郎の言うところの、遠隔自動操縦型というところか。
おそらく、一瞬か見たであろう、この後部座席の『涼宮ハルヒ』を標的としているのだろう。
こいつらはおそらく、どこまでも追ってくる。僕の車はもう、限界ギリギリまでの速度で行動を飛ばしている。しかし、それでも、黒いカラスたちは一定の速度で僕を追ってくる。
『ハイウェイ・スター』よりもいくらか、追跡能力は上らしい。
畜生。なんでったって僕が、こんな目に会わなければ為らないのだ。
逃走劇を数分ほど続けた時だろうか。
フロントガラスの向こうから、聞き知らぬ女の声が、車体へと転がり込んだ。
「そこの車、止まりなさい!!」
行く手を見ると、大小を入り交えた無数の車が、僕の行く先を閉鎖している。
警察か。僕は一瞬そう考えた。思えば、僕は傍から見れば、少女誘拐犯であるのだ。
しかし。結果として、僕の走行をせきとめたそいつらは、警察でなく……言うならば。僕の『味方』だった。
命令どおり、止まる他無いだろう。何しろ、僕の行く手を、ありとあらゆる車が遮っているのだから。
僕はブレーキを踏み、柄に合わないドリフトで車を止めた後、背後に迫るカラスのスタンドどもを見た。
距離は数十メートル。まもなく追いつかれるだろう。後部座席には、ヤツらの標的と思える『涼宮ハルヒ』が居る。
「あなた、どこの所属!? 『涼宮ハルヒ』をどうする気!」
僕の前を遮る数台の車のどいつからか、澄んだ女の声が響く。所属だと?ちくしょう、どう答えればいい。
僕が返答に困っている内に。響き渡る女の声が、豹変した。
「! ……状況は変わった! 道を空けなさい、私が同行するわ!!」
何だ? 女の声が周囲に響き渡るや否や、僕の右斜め前のトラックらしき車のドアを開けて、セミロングの頭髪を二つに括ったスーツ姿の女が飛び出してきた。
年齢は……わからない。20代のどこかというところだろうか。女は僕の座る助手席側のドアをこじ開け、叫んだ。
「『状況は分かっています』! あの『カラス』から逃げればいいのね!?」
言葉が僕の脳髄に染み渡るのに、少し時間が掛かる。
インプット完了。なるほど、この女も、『僕』や『涼宮ハルヒ』の仲間だというのか。
「あなた、攻撃は!?」
女が叫ぶ。先ほどとは大きく異なる、ぶっきら棒な口調だ。
「『得意』じゃぁないな! 得意だったら、あんなヤツらはさっさと片付けてる! 『得意』じゃあないから逃げてるんだ!」
「なら、逃げるわ! どこかにしっかり捕まっていて!」
女が叫ぶや否や。僕の車は、僕がハンドルに触れてもいないにもかかわらず、開かれた新たな逃走路に向けて動き出した。
「『箱船(ヘブンズ・ドライブ)』!! 」
これがこの女のスタンド能力だというのだろうか。車が『走っている』のではない。まるで『すべる』かのように道路の上を駆けてゆく。
僕はハンドルは愚か、アクセルさえ踏んでいない。女はというと、開かれたままの助手席のドアに捕まった体制のままで
車内に足をかけるわけでもなく、平然と其処に『存在』している。
「『確認』するけど、あなたはあの『カラス』から、『涼宮ハルヒ』を『守って』いる! それで間違いないわね!?」
違う。僕はただ、自分のためにこの『涼宮ハルヒ』を『確保』したいだけだ。
僕がどう説明しようかと考えあぐねていると、女は僕の『沈黙』を『肯定』と受け取ったらしく
「さっき、『得意』じゃあないと言ったわね? それは『不可能』ということ?」
と、僕に向けて、無礼なことに、人差し指を突きつけながら訪ねてきた。
そんな問答をする間にも、僕の車は道路の上を『動いて』いる。
車が斜めを向いていようと、真横を向いていようと、構わずに道路の上をまっすぐに『動く』。まるでカーリングのストーンにでもなっちまったかのようだ。
さて、女の質問だ。僕はあの敵の『スタンド』を、『攻撃できる』か?
僕は『ヘブンズ・ドアー』で、真っ向からの『戦闘』を行った経験は少ない。
やるとしたら、ヤツらを一匹づつ『ヘブンズ・ドアー』でとっ捕まえて、『本』にしてそこらに放り捨てることくらいだ。
余裕があるならば、『電線を食いちぎって感電しろ』だの『共食いをしろ』だのと書き込んでやってもいい。
あるいは、そもそもヤツらの首を圧し折ってやることぐらいなら、僕の『ヘブンズ・ドアー』の力でも可能かもしれない。
運転をしながらでは難しいが、車を動かすのはこの女に任せればいいというなら、『不可能』ではない。
「いいだろう、僕の『ヘブンズ・ドアー』があのスタンドを『攻撃する』!」
僕は運転席を離れ、バックガラスから『敵スタンド』を見た。
距離は大分離れている、50mといったところだろうか。この女が、常識外れのスピードで車を『動かしてる』からだ。
しかし、どれほどスピードを上げても、この『敵スタンド』は確実に、この車に『着いてきて』いる。
振り切ることは出来そうに無い。やはり、『攻撃する』しかない。
僕はいつの間にか運転席に乗り込んでいる女を振り向き、言った。
「おい、駄目だ、遠すぎる! 僕の『スタンド』はあそこまでは届かない、精々10mだ! スピードを落とせ!」
すると、女は
「良いわ。いい、最優先事項は『涼宮ハルヒの安全確保』よ!」
そう言って、車体をぐるりと反転させた。僕が見つめていたバックガラスの向こうに、前方の光景が広がっている。
「後部座席で、私は『涼宮ハルヒ』を守る! あなたは『攻撃』しなさい!」
「何度も言わんでも、分かっている!」
僕は運転席へと移り、女は後部座席へと移った。フロントガラス越しに、こちらへの距離を狭めてくる五体の敵スタンドが見える。
先に『ヘブンズ・ドアー』を待機させて、届く範囲に入ってきたやつをふん捕まえてやる。
「『ヘブンズ・ドアー』!! 奴らを捕まえろ!」
運転席のドアを開け、その隙間から『ヘブンズ・ドアー』を車外へと飛び立たせる。
『ヘブンズ・ドアー』は車体から10メートルほど離れた位置まで飛んで行き、両手を構えて静止する。
車のスピードが徐々に落ちると同時に、『ヘブンズ・ドアー』と敵スタンドの位置が狭まってゆく。
カアア。とけたたましい声を上げながら、カラスのうちの一体が軍制の中から飛び出してきて、『ヘブンズ・ドアー』に襲い掛かった。
「『掴め』!」
僕の掛け声と共に、『ヘブンズ・ドアー』が手を伸ばし、迫り来るカラスのスタンドを捕らえようとする。
しかし、スピードは敵スタンドのほうが上だ。手の動きには自身はある僕のスタンドですら、それを捕獲することは容易ではない。
ならば仕方ない。『本』にして動きを封じてやる。
「『ヘブンズ・ドアー』! そいつを『斬れ』!!」
『ヘブンズ・ドアー』が両手で手刀を作り、目の前で羽ばたくスタンドに向けて振り切った。
『掴む』ほど精密な動作ではない。手刀は命中した。切り裂かれた敵スタンドの身体が、無数の『ページ』となり、風に煽られてバラバラと捲れる。
『書き込む』時間は残念ながら無かったが、無力化には成功したようだ。『本』になったスタンドがその場で停止し、アスファルトに落下する。
「よし、そのまま…………ッ!?」
おそらく、次々と襲い掛かってくるであろう敵スタンドたちに立ち向かうべく、『ヘブンズ・ドアー』が再び構えを取ったとき。
空中を舞っていた四体のスタンドが、僕らを追うことを止め、突然アスファルトへと急降下をし始めた。
何だ。倒したのか?
……いや、違う。ヤツらは、アスファルトに落ちた『何か』に群がり、それを『啄ばんで』いる!!
「あれはッ……僕の倒した『敵スタンド』を、残りの『敵スタンド』が『喰って』いるゥーッ!!?」
時間にして、数秒の出来事だった。えらく手早く『食事』を済ませた、残り四体のスタンドが、再び僕の車目掛けて飛び立ち始める。
その姿が、先ほどよりもいくらか大きくなっている。
「こいつら、『倒せば倒すだけ、残りのやつらが成長している』のかッ!!」
早くも食事に掛かった時間分の距離を狭め、敵スタンドは更に『ヘブンズ・ドアー』に襲い掛かる。そのスピードが、先ほどよりも速い。
「おい、スピードを落としすぎだ! 加速しろ!」
「分かったわ……気をつけなさい、そいつら『速くなってる』わ!」
バックガラスから行く手を見つめつつ、女が言う。
でかさだけじゃあなくて、『スピード』も上がってると言うのか。
「『ヘブンズ・ドアー』!」
でかでかと嘴を開き、二羽が同時に襲い掛かってくる。そいつらに向かって手刀を繰り出す。
「ギィ!」
二発放ったうちの一発が命中し、一体のスタンドが『本』になる。もう一体が『ヘブンズ・ドアー』の手刀を回避し、どす黒い嘴で、『ヘブンズ・ドアー』の左肩を穿った。
スタンドと連動して、僕の肩が裂け、血が噴出す。
「ぐぅ!」
鋭い痛みが、肩から全身に染み込む。『スタンド越し』の痛みが、僕は何か嫌いだ。直接のものとは違う、妙な後残りがある。
その痛みを振り切るように、えぐられた肩の辺りに右手を突き出す。その手が、敵スタンドの首を掴んだ。
ダメージは食らっちまったが、この距離なら外さない。
「『ヘブンズ・ドアー』!!」
まったく、今日ほど『ヘブンズ・ドアー』を連呼した日はない。
『スタンド』で『戦う』というのはえらく疲れるものなのだな。
これで三体を倒した。残る敵スタンドは二体。しかし、その二体は……
「やっぱり、『喰っている』……そして『成長』しているッ!!」
もう、カラスなんて代物じゃあない。僕らを追っている二体のスタンドのは、鷹だの、鷲だの、そういった猛禽類の類の姿をしている。
そして、そいつらは、初めの頃とは比べ物にならないほどにでかい。そして、速い。
「おい、スットロイんだよ! 追いつかれるぞ、スピードを上げろォー!!」
「無理よ、これ以上は! 『ヘブンズ・ドライブ』にだって限界速度はあるのよ!」
「くそ……『ヘブンズ・ドアー』!!」
迫り来る猛鳥に向けて殴りかかる。鳥の身体は、僕の思惑の通りに『本』へと変わる。しかし、今までのように、意識を奪うことが出来ない。
「馬鹿な……もう『ヘブンズ・ドアー』では敵わないと言うのかッ!?」
メキ。と、耳に障る音が頭上に降り注ぐ。
見上げると、外側からつるはしで殴られたかのような穴が、天井にぽっかりと空いている。
奴らの『嘴』に『攻撃』されているのだ。
「うぐぅっ!!」
それと同時に、後部座席(今は前部だが)で『涼宮ハルヒ』に寄り添っていた女が声を上げる。
見ると、女の背中から血が噴出し、スーツを赤く染めている。
女のスタンドは『一体化型』で、今、この車と『一体化』しているのだ。車へのダメージは、そのまま女へのダメージになるということか。
そんなことにも構わず、怪鳥どもは容赦なく、嘴だの爪だのを車体に叩きつけて来る。フロントガラスが割れ、破片が僕の身体に降り注ぐ。
女の全身に次々と傷が『発生』し、そのたびに女が呻く。
ちくしょう、何てことだ。この岸辺露伴が、何故、こんな下らない旅行先で、わけのわからないことに巻き込まれなければいけないのだ。
「このド畜生がァー!!」
怒りに任せて、腹からそう叫んだ瞬間。
「ギギィャーイ!!」
頭上で、けたたましい鳴き声が二つ響いた。
何だ。僕はあわてて、穴だらけになった天井から、声のした方向を見る。
しかし、其処には何も無い。虫食いになった天井から、無駄に天気のいい空が見渡せるだけだ。
あの怪鳥スタンドどもの姿も無い。
同時に、僕の車が『動く』のをやめる。まさか、女が『死んで』しまったのか?
「倒した……の?」
僕が嫌な予感に襲われた直後に、体中に傷を作った女がそう呟いてくれたおかげで、僕は救われた。
「駄目……『ヘブンズ・ドライブ』を維持できなくなったから、止まってしまったわ……敵は、倒したの?」
分からない。としか、僕には答えようが無い。僕のスタンドはヤツらに『攻撃』しなかった。しかし、奴らの姿はどこにも無い。『涼宮ハルヒ』も無事だ。
―――――
「遅ぇな、『パニック・ファンシー』……何モタモタしてやがんだよォ、畜生ォ」
……生乾きの意識を擽るように、遠くで声がする。
ここは何処だろう。俺は何をしていたんだったか? ……周りは薄暗い。
「さっさと殺して来いよォ……あの女……『涼宮ハルヒ』をよォ……」
俺はコンクリートの上に倒れているようだった。
どこかのビルとビルの間の路地裏と言った所か。
そうだ。俺は確か、いきなり駆け出したハルヒを追って来て……
……今、何て言った?
「殺せ……さっさと『殺す』んだよォ、『涼宮ハルヒ』を『殺す』んだよォオオ!!」
……俺の目の前で、アロハシャツを着込んだチンピラが、声を荒げながら、コンクリートの壁に蹴りを入れている。
何だって? 今、何て言った?
「あァ? テメェ、生きてたのかよォ……っ!? て、テメェ……なんで、そんなの『出して』んだよォ……!?」
ハルヒを殺すだって?
何がなんだかわからん。お前がいきなり何に驚いているのかも分からん。お前が誰かも知ったことじゃない。
しかし。
「『ハルヒ』を『殺す』なんてのは……俺が『許さねー』!!」
何だ。この黒い『腕』は。
……なんだか知らんが。こいつは『味方』なんだな?
「ヒッ、テメェー!! 俺を『攻撃』するってのかァー!!? その『スタンド』でェー!!」
男が喚く。スタンド。耳に馴染みの無いその言葉が、何故かしっくりと来た。
この『黒いの』は、スタンドってーのか。
「お前が『ハルヒ』を『殺そうとしている』なら……俺は絶対に『ハルヒ』を『殺させねー』!!」
俺が叫ぶと同時に。『黒いの』が両腕を振り上げながら、男に向かって飛び出す。
「ヒィィイ!!! 戻って来い、『パニック・ファンシー』いい!!」
「『ヤレ』ぇ!!」
俺の『命令』と共に。ドゴォ。などという音がしそうな、見事なフックが、男の顔面に叩き付けられる。
「ヤレヤレヤレヤレヤレヤレヤレヤレヤレェッ!!」
其処から、続けざまに、何発もの拳が、男の身体を殴りつける。
男は拳の雨の中で呻いているようだが、もはやその声は、俺の耳には聞こえないほど小さなものだ。
『黒いの』はほんの数秒ほどラッシュを続けた後で、男のアゴに強烈なアッパーカットを決めた。男の身体が、浮く。
「『やっちまえ』!」
空中に舞った男のボディーに、渾身の一撃。
男は数メートルほど吹っ飛び、コンクリートの上に身体を打ちつけ、そのままぐったりと倒れこんだ。
本体名 - 不明
スタンド名 - パニック・ファンシー 再起不能
最終更新:2014年06月05日 00:54