……フーゴの車に乗り込み、俺の『探知能力』を宛てに、闇雲に町内を駆けずり回りだし、十数分が経ったとき。
俺の携帯電話が、けたたましく鳴り響きだした。
ディスプレイに映るのは、『榎本先輩』の四文字。
緊張しつつ、通話ボタンを押す。同時に、車内に響き渡る金切り声……

「ど、どうしよう、『キョン』くん~~~っ!! 涼宮さんが、『死んじゃった』よォ~~~ッ!!」



キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第7話『岸辺露伴は目覚められない②』



……ふと気がつくと。
部室に居るのは、あたしただ一人になっていた。

……たしか、私は、美夕紀さんのギターを聴きながら、団長席に座ってて……
なんだかゆったりとしたアルペジオを聴いてたら、なんだか眠くなって……それから、どうしたんだっけ?
眠ってしまったのかな。どうして誰も居ないんだろう。もしかして、団長たるあたしを放置して、みんな帰ってしまったのかしら?
あれ、でも、時計を見ると、それほど時間はたっていない。外も明るいままだ。

……有希と美夕紀さん、どこいっちゃったんだろ。
それに、みくるちゃんを送っていった古泉君とキョンも、そろそろ帰って来てもいいはずだ。
まさか、本当に『ヘンな事』してるんじゃないでしょうね……あの『フーゴ』とかって先生も、なんか『軽そう』な感じがしたし。
……怪しい。様子を見に行ったほうがいいかも……

――――

学校中が、奇妙なほどに静かだった。
誰の声もしなければ、誰の気配もしない。物音の一つも聞こえない。
……ふと。私は、去年の今頃にみた、あの『夢』を思い出す。
私とキョン以外に誰も居ない、あの灰色の学校。
あの時と少し似ている。今度は、真夜中でもなく、空が灰色でもないけれど……

「夢……あたし、夢を見てるのかしら」

そうかもしれない。
きっと私は、美夕紀さんのギターを聴いてるうちに眠ってしまって、今、夢の中に居るのだ。
こんなふうに、眠る一瞬前のことまで、はっきりと覚えている夢なんて、初めてだけど……

「キョン、古泉君……?」

保健室の扉を開く。しかし、やっぱりそこには、誰の姿もない。
……無人。
やっぱり、私は夢を見ているんだ。去年に見た、あの夢と良く似ている、けれどすこし違う夢。

……あの夢と同じなら。
私はこの学校から、一歩も出られないのだろうか?
ふと、そんなことが気になり、私は無人の校内を駆け、昇降口へ向かった。
上靴をローファーに履き替え、正門へと向かう……門は、開いている。

「……あ」

再びあの見えない壁に、行く手を阻まれることを覚悟していた私は、何事もなく門の外に出られたことに、軽い驚きを覚えた。
……『街』へ、出られる。
学校の外も、やはり、『無人』なのだろうか?

――――

『朝比奈みくる』。彼女と合流できたのは、非常に運がいい。
その運が僕のものか、園生のものかは分からないが……。
彼女は『スタンド』を解して、『現実』に居る奴らと連絡を取ることができた。

「『…………』」

後部座席に腰をかけた彼女は、おそらく、スタンドに神経を移して、『キョン』たちと会話をしているのだろう。
どうやら、あちらで何か『動き』があったらしい。

園生は『ヘブンズ・ドライブ』の動きを止め、彼女の『通信』が終わるのを待っている。
できるなら僕もその『通信』に参加し、会話を聞きたかったが、どうやら現実世界においては、僕の『スタンド』は、あくまで眠る僕の元にあるらしい。

「……た、大変ですぅ~~ッ!」

『会話』を終えた朝比奈みくるさんが、突如、血相を変えて叫ぶ。

「どうしたの、朝比奈さん?」

「えっと、その……『涼宮さん』が、向こうの世界で、『私と同じ状態』になっちゃったって……」

「何ですってェ!?」

『彼女と同じ状態』。それはつまり、この世界に迷い込んだ僕らの、現実での状態……『心肺停止状態』のことか。
つまり……『涼宮ハルヒ』が、この世界に迷い込んだ―――ッ!

「おい、それはまずいなッ! 彼女が『スタンド』がらみのことを知るのは、かなりまずい事なんだろ?」

「まずいなんてもんじゃないわ、『世界』がどうなるかわからないわよ!」

つまり、僕らと同じ例なら、彼女は今、『この世界の北高』に、たった一人で居るわけだ。
『古泉一樹』が調べたところ、現在、北高内に存在している『スタンド使い』で、睡眠状態(つまり、この世界に来ている)にあるのは、朝比奈さんだけ。
その朝比奈さんは、今、こうして僕らと共に行動をしている。
彼女が誰かと出会い、面倒なことになる心配は、とりあえずは無いか。

「大丈夫だ、園生。『彼女』に遭ってしまったら、僕のこの『ヘブンズ・ドアー』で『眠らせて』やればいい。
 そうすれば、『目覚めた』時には、ただの『夢』だった。で済ませられるだろう?」

スタンド像を浮かべながら、僕が言うと、園生は僕をギロリと睨み付け

「ええ、確かに私もそれでいいと思うわよ。だけどね、露伴。私が一番心配しているのは、『目覚め』がこのまま訪れなかった場合のこと、よ」

と、言い放った。
……理解にすこし時間が掛かったが、言いたい事はわかった。

「今はまだ、『スタンド』が生きていて、外と連絡が取れる以上、私たちは『生きている』と言えるわ。
 だけど、もしこの世界が私たちごと『消えてしまった』ら……
 私たちはこのまま『死んでしまう』のよ。『涼宮さん』も一緒にね!」

『矢』の持ち主の目的は、『涼宮ハルヒ』を殺すこと。
つまり、なんとしても僕らはこの『スタンド攻撃』から抜け出さなくてはならない。

「……あ、あの、露伴先生! 今、またキョン君と『会話』していたんですけどっ
 今、『スタンド』を出しましたかっ?」

ふと。後部座席の朝比奈さんが、僕にそう尋ねる。
出しましたか。も何も、今も僕の傍らに、『ヘブンズ・ドアー』の像が浮かんでいるじゃないか。

「………………あ、えっと。今、キョン君たちの前に『救急車』が居たそうなんですが……
 その『救急車』から、スタンドの反応を感じたらしいんです。それで、その場所が、『光陽園第一ホテル』の傍らしくて……」

スタンドの反応。……そうか、そういうことか。

「多分、キョンたちの想像通りだ……向こうでの『僕』が、心臓も呼吸も止めて、『居眠り』こいてるのを、誰かが見つけやがったんだッ!
 大方、編集部のヤツらが電話をしても出ないから、ホテルのヤツらが、何ごとか起きてんじゃないかと『確認』に来たんだろう。
 こいつは面倒な事になったな……『心肺停止』と『死亡確認』の境目は知らないが
 もしこの世界から出られたとして、目が覚めたら、霊安室で、鼻と口に綿を『詰められていた』なんてのはごめんだぞッ!?」

たまたま僕を乗せた『救急車』が、キョンの乗った車と接近したとき、たまたま僕がこっちでスタンドを出した。
その反応を、キョンのスタンドが感知した。えらい偶然だな。僕の作品には、非現実的すぎてちょっと登場させられないエピソードだ。
事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。何にせよ。

「おい、『朝比奈』ッ! 今すぐキョンたちに、その『救急車』を追いかけるように言えッ!
 とにかく何だっていいから、『僕』の『霊安室行き』だけは阻止させるようになッ!」

「ひぇえッ!? わ、わかりましたァっ!!」

「ちょっと、露伴! 少し落ち着きなさい!」

これが落ち着いていられるか。お前は『機関』とやらの後ろ盾があるから、間違ったってそこらの病院で、死に装束を着せられやあしないだろうが……

「……病院、だと?」

……ふと、その言葉が、僕の頭に引っかかる。
スタンド攻撃と、病院。僕の記憶にある、忌まわしい出来事。

「……園生、僕らもその『病院』を目指すんだ! もしかしたら、其処に『敵スタンド』がいるかもしれない!」

「はぁ? 向かうのは構わないけれど、どうして?」

「前にもあったんでね。町中が射程距離のスタンドの本体が、『病院』に入院していたってパターンが!」

それに……もう一つ、たった今思いついた仮説がある。
『眠ったものが訪れる世界』。そんな世界を作り上げるスタンドが居るならば……その『スタンド使い』も、『眠っている』んじゃあないか?

「『眠っている』スタンド使い……そうか、『そういうこと』ね!」

こんな中途半端な時間に眠っているヤツらが、一番多く集まっている場所。
それは『病院』だ。間違いないとは言えないが、行ってみる価値はあるだろう。

「…………あ、あの、キョン君が! 『救急車』を追ううちに、別の『スタンド』を感じたって言ってます!
 どうも、病院に近づくにつれて、その反応が大きくなっているらしくて……」

ああ、前言撤回。どうやら、間違いないと言っても問題なさそうだ。

「その病院が『どの病院』か、今すぐ訊くんだっ!」

「は、はいぃ!」


――――


救急車が、病院の敷地内に飛び込む。それに数秒送れて、フーゴの運転する、俺たちを乗せた車が、同じ門を潜った。

「安心してください、この病院は『機関』と繋がっています。『救急車を止める』には間に合いませんでしたが、露伴先生の処置については問題ありません。
 それより―――」

ああ、分かっている。優先すべきは、このビンビンに感じる『スタンド反応』だ。
間違いない、この病院の建物のどこかで、『スタンド』が発動している。

「朝比奈さんは車内に置いていきましょう。さすがに、『この姿』の朝比奈さんを背負って、病院内に乗り込むのはいささか厄介です。
 『フーゴ』さん、すみませんが、彼女を見ていて貰えますか? 向こうの彼らも、まもなくこの病院と同じ場所を訪れるはずです。
 彼女と『会話』する役を買って欲しいのです。それと、彼女にしばらくスタンドを仕舞わないように言ってください」

フーゴの返事を待たず、俺と古泉は車を降り、病院の入り口へと走った。

「こっちだ」

スタンドが感じるままに、リノリウムの床を駆ける。

「……ちょっと待ってください、そっちは」

「何だよっ!?」

「『入院病棟』ではありません! この方向は……『集中治療病棟』です!」

……何だって?



――――


「入院患者のデータのコピーを持ってきました。
 ……『観音崎スミレ』、11歳。七年前、父親から刃物による暴行を受け、姉と共に病院に搬送されましたが、姉は傷が深く、既に亡くなっていました。
 観音崎スミレは、手術によって一命を取り留めました。しかし、その後意識が戻らず、七年間、眠り続けていました。
 それが、今日の正午になって、突然容態が急変し、ICUにて治療を行っています。
 しかし、状況はよくなく、明日を迎えられるかどうかは厳しい状態……だ、そうです」

……スタンドの反応を感じたときから、何か違うとは感じていた。
こいつは『スタンド攻撃』をしているんじゃない。なにか、もっと別な『気配』を感じたんだ。
……何てことだ。

「キョン、イツキっ」

ロビーにて、古泉が持ってきた一枚の用紙を眺めていると。
車内に残ってもらったはずのフーゴが、俺たちを見つけ、こちらへかけてきた。

「何をボサボサと休憩してんですかッ! 『敵スタンド使い』は見つけられなかったんですかっ?
 ああ、とりあえずそれより。『朝比奈さん』たちが、『敵スタンド』を見つけたんですよ! はやく車に戻ってきてください!」

向こうの世界に、その観音崎という少女のスタンドが居たってのか。

「詳しい話は、『露伴』本人から聞いてください! それと、その露伴が言っていたそうですが……
 いちいち朝比奈さんを通すのが面倒だから、『露伴』の『死体』を持って来い、だそうです!」

……もうちょっと言葉を選ぼうな、イタリア人。
ロビー中の人が、どよっとなったぞ。今。


――――


「よし、『聞こえる』な」

「ああ、聞こえてる。お前のスタンドは、しっかりこっちに『見えてる』ぜ」

僕の体が運び込まれた先が、古泉たちの息が掛かっている病院で本当によかった。
意識の無い僕の体を、ガキどもに運ばせるというのも、あまり気分のいいものではないが、この際は仕方ない。
さて、どこから説明したものか。
ここは四階のはずれの病室。僕と園生と朝比奈が立っている。そして……窓際のベッドの上に、巨大な獏のような『スタンド』が横たわっている。

「スタンドは四階の病室に居た。ヘブンズ・ドアーで見たところ、スタンド名は『ラ・ディ・ドゥ・ダ』
 こいつの能力は、本体が眠ったときに発動する。『自分の夢』に、『世界』を作る能力。
 そして、発動中に周囲の『スタンド使い』が眠ったとき、そのスタンド使いをその世界に引きずり込む。
 引きずりこまれたものは、現実世界では心肺停止状態となる。ご覧の通りね。」

ここまではいい。大体、僕が想定していた通りだ。

「それで、解除の方法はわからないんですか?」

古泉が言う。

「簡単だ。本体が目覚めればいい。夢の世界は消滅して、僕らは元の体にもどる。心臓もちゃんとまた動き出す。
 えらく『無害』なスタンドだよ。周囲のスタンド使いが、好きに夢を見れなくなるという弊害を除けばね」

「やはり……ですか……」

……分かっている。どうせ、えらく『無害』なスタンドでは済ませられない状況なのだろう。

「こちらも、そのスタンドの『本体』を発見しました。
 ……ですが、その『本体』は、七年前から眠り続けています。
 そして、今日の正午、容態が悪化し……現在治療中ですが、とてもよくない状況にある、そうです」

「……えぇぇぇぇっ!?」

古泉の言葉に、朝比奈が声を上げる。
ああ、僕もできれば、そんな具合に喚きたいところだ。

「……岸辺、『本体が死んだ』ら……『夢の世界』は、どうなるんだ……ッ?」

「……『ヘブンズ・ドアー』で読めるのは、生きた能力だけだ。死んだらどうなるかは書いていない。
 だが……『消えちまう』んじゃないか? おそらく」

「そんな……馬鹿な!」

……この『岸辺露伴』が、あろうことか、生きているとも死んでいるともつかないやつに『殺され』されちまうってのか。

「……運が無いな、僕は。もし、僕が『そっち』にいたら、その本体に『目覚めろ』とでも書き込んでやるんだがね」

「……ちょっと待て、岸辺」

ふと、何かに気づいた。とでも言うような、キョンの低い声がする。

「そっちに『スタンド』がいるんだな? なら……『本体』も!
 『観音崎スミレ』も、そこに居るんじゃァ無いのかッ!?」

……なんだって?
僕は慌てて、『ラ・ドゥ・ダ・ディ』のページを捲る。

「……『本体』の見る夢で『世界』を作る……そうか……
 夢を見ているのは『本体』だッ! ならば、この世界のどこかに、『本体』が居るはずなんだ―――ッ!」

こんな簡単な事に気づかなかった。この岸辺露伴ともあろう者が……

「『探す』んだ、岸辺露伴! 『観音崎スミレ』が死んじまう前に!
 『観音崎スミレ』を探し出すんだァ―――ッ!!」



――――



……街には、本当に誰もいなかった。駅前にやってきても、人っ子一人居ないんだから、もう確定だ。
自販機にお金を入れれば飲み物も出てくるし、信号機も動いてる。だけど、誰も居ない。
夢だとしたら、本当にリアルな夢だ。ちゃんとサイダーは泡立つし、甘い。

「……あれ?」

誰も居ない、無人の街。その中に―――一瞬、動くものが見えた気がする。

風で、落ち葉か何かが飛んだんだろうか。でも、もっとゆっくりだった気がする。

「……」

気になる。私はすかさず、小走りで、何かが動いた方へと走った。
いつもの喫茶店の前を横切り、ビルとビルの間の、薄暗い路地を覗き込む。

「あっ」

やっぱり、間違いじゃなかった。
無人の街で、私は始めて、『人間』を見つけた。

「……」

それは、年齢にして、8歳くらいの女の子だった。
綺麗な白いワンピースを着ていて、髪の毛を後ろで一つにまとめている。
肌が白くて、どこか人間離れした雰囲気の―――ああ、そう、有希みたいな感じ。

「ね、ねえ、あなた、ここって、夢なの?」

『夢の中の住人』。私はその子をそうだと決め込み、たずねた。

「そう」

多分、答えてもらえ無いだろうと思っていた私にとって、その返答は意外だった。

「そっか。やっぱり、私、夢を見てるのね」

「……お姉ちゃんの夢じゃない」

女の子が、首を横に振る。

「私の夢じゃ、ない……?」

この子は何を言っているんだろう。
すると。少女は何も言わずに、すーっと後ろに後ずさり始めた。
歩いている、っていう感じじゃない。まるですべるみたいに、私に背中を見せずに、後退してゆく。
ま、まあ、なんでもありよね。夢なんだし。

「ちょっと、そっちは壁……あれ?」

……私の記憶だと、この路地は『行き止まり』だったんだけど。
少女は私の知らない『道』を、すいすいと後ずさってゆく。なんか、『ゼルダの伝説』でこういうのあったなぁ。

「ちょっと、待ってよ!」

見逃してなるものかと、私はそれを追いかける。

「……夢を見てるの……ずっと……かわいそう」

「待ちなさいって言ってるでしょ!」

「聞こえるでしょ……怖いよ……って……」

「ちょっと―――」

女の子は、要領を得ない事を呟きながら、すいすいと遠ざかってゆく。私は必死で其れを追いかけた。
そして、ある角を曲がったところで。

「あっ……」

女の子の姿は、そこにはなくて。
変わりに、一軒の、古い平屋の家が建っていた。

「……この中に、入ったのかしら」

私は少し考える。ここは『夢』の中なのは間違いない。あの子も言ってたし。
だから、仮にこの家に入り込んでも、まあ問題はないだろう。
でも、私の夢じゃない……って、どういうことかしら?
それに、怖いって……

―――どたん、どたん。

……心臓が飛び出そうになった。
目の前の家の中から、何か物音がする。
……続いて、まるで、小さな子どもの泣き声のような声。

「な、何よ、何が起きてるのっ!?」

分けは分からないけど、とにかく、行ってみるしかない。どうせ、夢なんだから!
私は意を決して、その家の戸を開いた。
外観と同じく古びた内装。踏むとキシキシと鳴る廊下を歩み進める。

「『痛い』よぉぉおおおっ!」

突如、耳に飛び込む叫び声。さっきの子どものものだ。

声がしたのは、居間らしき部屋からだ。私はその戸を開ける。
……其処には。私の想像を絶する光景が広がっていた。

男が、笑っている。30台ぐらいの、痩せた男だ。
そいつの目の前で、女の子が泣き叫んでいる。その首の後ろから……間違いじゃない。血があふれ出している。
そして、男の手には……赤い血に濡れた、包丁が握られている。

「な、何よ、これっ……!? ちょっと、あんた―――!!」

「『すみれ』っ!? ……お父さんッ!! なにしてるのォォォォ!?」

そのとき、私が見たものは。
私の後ろから、『私の体をすり抜けて』部屋に飛び込んでゆく、見覚えのある少女の姿だった。

「へへっ……ふへへ、『美和』かあ」

男が、焦点の会わない目で、私をすり抜けていった少女を見る。
そこで、気づく。ああ、これは『現実』に起きている光景じゃない。ただ、この場所に『映し出されている』だけの光景なんだ、と。

「おねえちゃああああん! 痛いよおっ、いたっ、うっ」

首の後ろに傷を作った少女が、激しくむせ返る。其れを見た『美和』と呼ばれた少女は、一目散に『すみれ』に飛び掛かった。

「『すみれ』、逃げて! 逃げて、助けてって言って!」

『美和』はそう叫びながら、すみれの体を抱き、ちかくの壁にあった窓にしがみついた。そして、それを一目散に開く。
僅かに開いたドアの隙間から、『すみれ』の体が、外へと投げ出される。

「なに……何やってんだ、『美和』あああああ!!!」

なぜか、ぼんやりとした目つきでその光景を見つめていた男が、不意に顔面をこわばらせ、絶叫しながら、『美和』に飛び掛った。

「きゃああああっ!? ぐっ、あぐっ、おどっ、いだああああいぃぃぃ――――ッ!」

……気が遠くなる。気分が悪くなる。目の前がぼんやりする。
男が、美和の背中に、何度も何度も、包丁を叩き付けている。
血があふれ出して、肉がちぎれて、それでも、何度も何度も、『美和』が何も言わなくなってからも……

「『嫌』あああああァァァァ!!!」

……たまらず、そう叫んだ、次の瞬間。
男と美和の姿は、目の前から消え去っていた。
……今のは、何? 何だったの?

「……ひっく……ひっく……」

不意に。さっきまでの物音とは違う、別の『声』が、部屋の奥から聞こえた。
でも、姿は無い、いったい何処に居るんだろう?

「誰か……いるの?」

たずねかけても、答えは無い。ただ、しゃくりあげる声が聞こえるだけだ。
……目に留まったのは、『押入れ』だった。
ゆっくりと、閉じられた押入れに近づく。……開け放った目の前に。うずくまる、『少女』の姿があった。

「ぐす……う゛う゛……ひっく……」

……年齢は、10歳くらいだろうか。
女の子は、歯を食いしばり、目を強く閉じて、耳を両手で思いっきりふさぎ、押入れの中でうずくまっている。
直感的に、分かる。

「あなた……『すみれ』なの?」

……私の声にようやく気づいたのか、少女は耳をふさぐのを止め、ゆっくりと、私を見上げた。

「『すみれ』なのね?」

少女が、わけのわからないものを見るような目で私を見上げながら、一つ、肯くような動作をする。
……よかった。助かったんだ。『美和』のおかげで。

その、瞬間。

どたん。どたん。

聞き覚えのある物音が、私のすぐ傍でした。

「ひっ!」

目の前のすみれが声を上げ、再び耳をふさぐ。
振り返ると……また、さっきと同じ『光景』が繰り広げられている。まるでビデオテープのように。

「『痛い』よぉぉおおおっ!」」

「やめてぇ……やめてぇぇぇ……」

押入れの中の『すみれ』が、体を震わせながら何度もそう呟く。
私の目の前で、小さな『すみれ』が男に刺され、そこに『美和』が現れる……
そこで初めて、私は正面から『美和』の顔を見た。
――――あの女の子だ。

「『すみれ』っ!? ……お父さんッ!! なにしてるのォォォォ!?」

やめてよ。まさか、こんなことを……ずっと繰り返しているの?
さっき、『美和』は私に言った。

――……夢を見てるの……ずっと……かわいそう

……『すみれ』は、ずっとずっと、この『夢』を見ているの?
ここは『すみれ』の夢の中なのね?

「へへっ……ふへへ、『美和』かあ」

「おねえちゃああああん! 痛いよおっ、いたっ、うっ」

やめて。このままじゃ、『美和』が、また。
そっか、だからあの子、ずっと背中を見せずに―――

「やめてええ! 助けて、助けてよぉおおおお!!」

押入れの中の『すみれ』が、そう叫ぶ。
なんて―――なんで、こんなことが。



「……――――『やめなさい』よおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!!」



私がそう叫んだ瞬間。
目の前の『映像』が、途中で消え去って―――
同時に。私の体から、何かがあふれ出すような感覚があった。
それは、少しだけ暖かくて―――ちょっと、『怖い』。

振り向くと。青白い光の中で、『すみれ』が、私を見上げていた。不思議そうな表情で。
気がつくと、私たちの居た『家』が消えていっているのが分かった。
その向こうにあった『街』も消え、『空』も消えてゆく。
そして、真っ黒になった『空』に、明るい『出口』が見えた。


ああ、よかった。
すみれの『夢』が、終わるんだ―――

――――



「うおおおおおおォッ!!?」

「うわっ、びっくりしたっ!?」

俺の隣でうなだれていた古泉が、突然の絶叫に飛び上がる。

「ちょっと、何ですか!? ここ、病院のロビーですよっ!?」

肩をどつきながら、古泉が俺を諌める。確かに、ロビー中の人々が、俺を奇異の視線で見ている。しかし、それどころじゃないんだ。
何だ、この異常なまでの―――『スタンド反応』は。
正直、失神するかと思った。

「『未だ感じた事の無い、強大なスタンド反応』だ! ……感じられる、ここからでも! これは―――
 『北高』だ、古泉! 『北高』で、とんでもない『スタンド』が――――」

……あれ?

「……スタンド反応が、何ですか?」

「いや……とんでもないのを『感じた』んだ。しかし、それがいま―――消えちまった」

「……何かの気のせいじゃないんですか?」

いいや、違う。今のは―――なんだろう。初めて感じたのに、何か懐かしい。
あの『スタンド』は―――

「おい、『キョン』! 『古泉』!」

その瞬間。俺に続いて、病院にふさわしくない大声を上げながら、入り口から入ってくる人物。
―――岸辺露伴に、朝比奈さん!

「あ、露伴先生……露伴先生!? それに、朝比奈さんもっ!?」

「こ、古泉君に、キョンくぅん~~~ッ!! 怖かった、もうだめかと思いましたぁ~~~ッ!!」

「え、何で……それじゃ―――『スタンド』は、解除できたんですかッ!?
 『観音崎スミレ』を、見つけられたんですかっ!?」

「いや、分からない。ただ、僕らが街を『走って』いたら、突然世界が『壊れ』出したんだ! ついに『タイムオーバー』かと、『ビビリ』まくったぞ! この岸辺露伴が!」

……しかし、岸辺も朝比奈さんも、無事―――と、言うことは!

「古泉、観音崎は!」

俺の声と同時に、古泉が集中治療病棟に向かって駆け出す。
それに、岸辺も続く。
あ、朝比奈さん。あなたはできれば、フーゴの居る車に戻っておいてくれますか?
いや、その『格好』だと、あらゆる意味で目立ちますし、患者さんの目にね、ほら。毒なんで。


――――


古泉の伝で、『特別』に面会を許可された俺たち三人は、揃って集中治療室に足を踏み入れた。
……部屋の中央に、たった一つあるベッドの上で。
短い髪の毛の、幼い少女が、まるで何も見ていないかのような空ろな瞳で、空中を眺めていた。

「……何が起きたのか分かりません。ですが、まさにさっき、突然に、心拍数も血圧も正常値となり……
 七年間眠っていたはずの彼女が、『目覚め』たんです」

目覚めた。

「誰かが……『彼女』に、遭ったんでしょう」

誰か。あの世界を訪れていた、ほかの誰か?
そりゃ、まさか……

「あなたがさっき感じた、『強大なスタンド』。……『繋がる』と思いませんか?」

……あれが、あいつの『スタンド』の発動だった?
ってことは、あいつは―――スタンドの存在に、気づいちまったのか!?

「いえ、おそらく、まだ無意識下のことではあると思います……」

そう言うと、古泉は、『観音崎スミレ』を見た。

「……彼女は、薬物……『麻薬』を乱用していた父親によって、傷を負わされました。
 彼女が一命を取り留めることができたのは、彼女の『姉』、『観音崎美和』が、彼女を『窓から逃がした』からです」

「!」

一瞬。その言葉を聞き、岸辺の表情が変わる。

「幼い彼女には、あまりにも強烈な出来事だったのでしょう。
 彼女は其れきり、目覚めずに居ました……おそらく、彼女の精神は、その『出来事』に縛られ続けていたんです。
 ……彼女の『スタンド』は、その束縛から、自分を助けて欲しい……そんな無意識下の欲求が形になって、生まれた」

「……『涼宮ハルヒ』が、それを叶えた。そういうことか」

「はい」

……しかし、そういうことなら。

「『スミレ』は、目覚める事ができた。けれど……その『出来事』を覚えているのに、代わりは無い。
 しかも、時間ばっかが、七年も経っちまって……」

と、俺がそう口にしたとき。
俺の真隣で、『スタンド』の発動を感じた。
見ると、岸辺がヘブンズ・ドアーの指先で、『観音崎スミレ』の額に、指を当てている。

「……?」

スタンド使いである『スミレ』には、ヘブンズ・ドアーが見えている。不思議そうな顔で、その指先を見つめるスミレ。

「露伴先生、待ってください。しかし―――」

「そんなモンはなァ――! ……『忘れちまう』べきなんだ。そうでなけりゃ、生きていくことなんか出来ない」

古泉が躊躇するのを構わず、岸辺はスミレの額を『捲り』―――

「『ヘブンズ・ドアー』……
 『父親にまつわる全ての事を―――忘れる』ッ!」

―――そう、刻み込んだ。

――――

「……麻薬、ですか」

ハンドルを握りながら、フーゴが僅かに顔をしかめる。

「…………で、その『観音崎スミレ』は、この後どうなるんです?」

「とりあえず、しばらく病院で、体力が回復するのを待ってからは―――
 ……事情が事情ですから、どうなるかは分かりません。親族の方とは、連絡がつかないそうですし……
 どこかの施設へ送られるか―――」

其処まで言い、古泉は言いよどむ。

「……『スミレ』さんは、助かったんでしょうか?」

不意に口を挟むのは、後部座席に座るバニーさんだ。

「あ、いえ、変な意味じゃなくて……なんていうか、そう。彼女が『矢』に刺されたのは―――悪い事、だったんでしょうか?」

「……朝比奈。『いい』か『わるい』か何てことは、相対的であやふやな物だ。固執するべきじゃない」

「は、はあ」

朝比奈さんの疑問に答えるのは、病院を出てから嫌に寡黙な岸辺だ。

「……『スミレ』が悪く長い夢から目覚めたのは悪い事じゃないかもしれない。
 しかし、『矢』が使われるのは、誰にとっても、死ぬほど迷惑な事だ……『僕』は、そう思う。それだけだ」

と、言ったきり、岸辺は一度も口を開かなかった。

――――


翌日、木曜日。の朝。

「次の『不思議探索』だけど……ちょっと、行きたい場所があるのよね、みんなで」

などと、後ろの席のハルヒが呟いた。

「ほう、そりゃ何処だ」

「昨日、不思議な夢見てねー……その夢に出てきた場所、ほんとに無いかなーって」

…………
それは『やめといた』ほうが良いのではないでしょうか。



「ああ、そうそう。『スミレ』さんですが」

部室へ向かう道すがら、古泉が微笑みながら話しかけてきた。

「『養子』の貰い手がみつかりましたよ。とりあえずは安心です」

もうかよッ!? あんまりにも早いだろ、それ。
いったい何処の誰だよ、『スミレ』を貰ってくれるってのは。

「あなたも良く知っている方ですよ」

……ふむ?
予想が、つくような、つかないような。とりあえず―――俺は、黙っておいた。

――――

  • 涼宮ハルヒ - なんだか夢うつつな気分。

  • 岸辺露伴 - なんだか複雑な気分。

  • 榎本美夕紀 - 彼女が死んじゃった! のにキョンにも古泉にも完全放置されてご立腹

  • 森園生 - クーラーつけっぱの部屋で死んでたら翌日風邪引きました。




本体名 - 観音崎スミレ
スタンド名 - ラ・ドゥ・ダ・ディ 再起可能


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スタンド名 - 「ラ・ドゥ・ダ・ディ」
本体 - 観音崎スミレ(10歳)
破壊力 - E スピード - E 射程距離 - A(最大)
持続力 - A 精密動作性 - E 成長性 - E

能力 - 本体と一体化している。本体が眠りにつくと同時に発動。
       現実世界と酷似した世界を、自分の夢の中に作り上げる。
       本体を中心とした半径数十キロほどの範囲に存在するスタンド使いを
       その人物が眠った場合に、夢の世界に引きずり込む。
       ただし、効果の範囲は最大で、普段の睡眠時には
       せいぜい同じ家の中の人間に作用する程度の様子。
       夢に引きずり込まれた人物は、現実世界では心肺停止状態となる。
       本体が目覚めると同時に、夢の世界は消滅し
       夢の中に居た人物も元の世界に戻る。
       夢の世界に別の人間を取り込んだ状態で、本体が死亡した場合
       夢の世界はその時点で本体ごと『消滅』する。
       その際、取り込まれていたものは消滅してしまう。

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スタンド名 - 「天国への扉(ヘブンズ・ドアー)」
本体 - 岸辺露伴(24歳)
破壊力 - C スピード - A 射程距離 - B
持続力 - B 精密動作性 - A 成長性 - A

能力 - 本体の作品、『ピンクダークの少年』の姿をしたスタンド。
       触れたり、攻撃したりした対象を『本』に変えて
       内容を読み取る・書き込む・ページを破りとるなどの細工を行う。
       最近だんだん自意識を持ってきた気がする。
       本体の雑用に使わされるのが不満そうに感じるときがあって微妙な気分。
       ちょっと頭身が伸びてきたりして、破壊力も人並みにはなって来たりと
       まだまだ進化の余地のあるスタンド。時期にロボっぽくなるかも。


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最終更新:2014年06月05日 01:08