月曜日。団活が終わり、帰宅した長門は、室内に、何か異質な空気が漂っていることを感じた。

「……」

うまく説明ができない。それは、明確に『何であるか』を認識出来ないような、漠然とした『何か』だった。
瞬時に解析を行う。気温。問題なし。気圧。これも問題はない。異質な空気振動が起きているということもない。
……室内に、長門ではない、有機生命体の反応が、一つだけ確認できた。
『人間』の反応だ。

「お帰りなさい、長門さん」


キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第10話『喜緑江美里は幸せになりたい - プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』


「『喜緑江美里』。何故、あなたががここに」

ちゃぶ台の横に正座している喜緑に、長門が、フローリングの上に立ったまま、そう訊ねる。

「遊びに来ちゃったんです、とっても退屈だったから」

長門は、喜緑その表情を見て―――去年の、繰り返しのことを思い出す。
喜緑と長門は共に、594年にわたる『夏』を生きた経験を持っている。
喜緑はその年月の間に、幾度となく『エラー』に見舞われていた。
今、長門の目の前にいる喜緑から、どことなく、そんな『エラー』を起した時の彼女に通じるものを感じる。
もしや。また。『エラー』が発生しているのか。喜緑江美里に。
しかし、彼女の精神は、既に、情報統合思念体によって、『制御』されているはずだ。

「……長門さん、一緒に遊びませんか?」

不意に、喜緑が立ち上がる。

長門は、喜緑江美里の解析を行う。
しかし、別段、普段の彼女と異なる要素は確認出来ない。

「喜緑江美里、あなたに何があったのか、説明を求める」

「わかっちゃいますか? 今、私、とっても幸せな気分なんです」

喜緑は微笑み続けている。おかしい。やはり、彼女は長門の知る喜緑江美里ではない。
何かが起きている。長門や、情報統合思念体には感知出来ない何かが、喜緑の中に発生しているのだ。

「長門さん。私は、救ってもらえたんですよ。もう、『自由』なんです」

もう一度。解析を行う。パーソナルネーム喜緑江美里。身体年齢17歳。身体能力、人並み。許可されている情報操作は、思念体との『通信』のみ。
やはり―――『かわらない』。エラーは検出されない。
……違う!

「アクセス―――不可能」

喜緑江美里に、それ以上アクセスが出来ない。情報統合思念体の力を持ってしても。
ああ。これはエラーではない……『ウィルス』だ!

「長門さん」

喜緑が、僅かに首をかしげながら、その名前を呼ぶ。
其れと同時に。長門の体が、空中に浮かび上がった。

「っ……」

何かが、長門の首を締め上げている。しかし、その何かが、長門には『見えない』。
これは―――!

「私の『スタンド』……見えませんよね? 長門さんには」

「スタ…ンド…」

長門には決して発生することのなかった、その異次元の能力。
しかし。長門にはない人間らしさを持ち、かつ、『情報統合思念体』の概念から遠ざけて作られた、彼女なら……

「『スタンド』は、別の『概念』に属する『宇宙』の産物……私は、その『スタンド』に『救われた』。
 私を束縛し続ける、終わりのない役目から……『喜緑江美里』を、救ってくれた」

空中に持ち上げられた長門を、喜緑は、微笑を絶やさぬままに見上げ、喋る。

「とっても素敵な『能力』なんですよ。私のスタンドは……長門さん。あなたにも、分けてあげようと思って。
 びっくりしないでくださいね? じゃ、行きますよ―――
 『プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』!」

喜緑が、その名前を口にすると同時に。

「…………――!」

長門の体中に、何かが迸った。
全身の細胞の一つ一つが研ぎ澄まされてゆくような感覚。視界に入るビジョンの全てに、強烈なシャープネスが掛かる。
ぞわり。と、寒気のような―――しかし、決して不快ではない震えが、体の奥底から湧き出してくる。

「あ……ぁ……これ、は……ッ」

解析を行う。今、長門の身に起きている現象の解析を行う。早く。
解析、完了。一部の神経伝達物質の分泌に異常が発生している。また、その再吸収が阻害されている。
シナプス前終末から、神経伝達物資の異常な分泌を確認……C8H11NO2……これは、快楽物資だ。

「ね? 夢みたいな能力でしょう、長門さん?」

喜緑は、笑っている。
長門は、続けて、情報操作を行う。この、脳の異常を修正するのだ。

「! これ……は……できない……情報操作……不可能」

『スタンド』の力が作用して発生した異常。
スタンドに干渉出来ない情報統合思念体では……その修正が、出来ない!

「無駄なこと、考えないほうがいいですよ?」

どさり。と、音を立てて、長門の体が床に落ちる。喜緑の『スタンド』が、長門を解放したのだ。

「長門さん、気分はどうですか? 肉体的には人間と同じなんですから、ちゃんと気持ちよくなってますよね?
 私のスタンド、すごいと思いませんか? 誰にでもこんな素敵なものをプレゼントできるんですよ?
 それに、自分自身はちゃんと……好きなときに、好きなように調節できるんです」

長門は床に倒れ、無表情のまま、瞳孔の開いた瞳で虚空を見つめている。
何度も情報操作を試みる。しかし、この『異常』を修正することが出来ない。

「―――あは……あはははははははははははは」

不意に、喜緑が笑い出す。『調節』を行ったのだ。

「長門さん長門さん長門さんッ、私はもう『自由』なんですよッ
 あなたの言いように使われるだけの人形じゃないんです―――ッ!!」

喜緑は、荒く息をつきながら、床に倒れた長門の上に馬乗りになる。

「ふーっ、ふーっ、ね、長門さん……長門さんっ! あなたの所為で、私はどれだけ……長門さんっ、聴いてますかァ―――ッ!?」

振り上げられた喜緑の拳が、長門の顔面を殴りつける。

「あなたがっ、悪いんですよねっ、そうですよねっ、長門さんッ!?」

頭の中を駆けずり回っている脳内物資の所為か、殴られる痛みはあまり感じなかった。
喜緑は、十数度ほど長門を殴りつけたあとで、ふと、手を止める。

「はーっ、はーっ、でも、ね、長門さん。許してあげます。私はこれから、自由ですからァ―――。
 長門さん、祝ってくれますよね? ね、長門さぁん?」

やはり、これは『スタンド能力』によるものだ。情報操作で解除はできない―――
ならば。『喜緑江美里』の情報連結を―――

「パーソナルネーム……喜緑江美里の……情報連結を……」

小声で呟きながら、喜緑に向かって手を向ける。しかし、その手が突然、何かに『掴まれる』。スタンドだ。
そして、次の瞬間。右腕に、燃えるような痛みを感じる。ゴキン。という音が、研ぎ澄まされた耳に届く。

「あっ――――!!?」

『折られた』のだ。長門には見えない喜緑の『スタンド』が、長門の腕を折ったのだ。

「長門さん……まだ足りませんか? じゃあ、もっと『気持ちよく』なります?」

スタンドで長門を捉えたまま、喜緑が笑う。
まずい。これ以上、快楽物資を分泌させられたら―――
喜緑のスタンドが、能力を発動しようとした、その直前に。

「何……やってんだ、お前ら……?」

突然。二人のものとはちがう、男性の声が、その空間に転がり込んできた。
喜緑が、いつの間にか其処に立っていた、その人物を見上げる。

「……『会長』?」

―――

今、会長の目の前で繰り広げられている、この光景。
会長がその『意味』を理解するまで、少し時間が掛かった。
床に倒れている『長門有希』。この家の主だ。そして、彼女に馬乗りになっている『喜緑江美里』。
『会長』は、何の断りもなく、学校を休んだ『喜緑』の様子を見るために、彼女の自宅であるこのマンションにやってきた。
しかし、部屋を訪ねても反応はない。それで不審に思い、同じマンション内にあるという、長門の部屋を訪れたのだ。
部屋の前まで来ると同時に、室内から不審な物音がする。誰かの叫び声がする。
そして……これだ。

「お前、それ……」

会長の視線の先。喜緑の両の肩の後ろから伸びた、一対の巨大な腕。
真上に振り上げれば、天井など楽に突き抜けてしまいそうなほどに巨大な腕が、長門有希の腕を掴んでいる。会長には、それが『見える』―――!

「会長……会長ォォォ―――ッ! これ、みてください、これ、これ!」

不意に。それまで、ぼんやりと会長を見上げているばかりだった喜緑が、目をいっぱいに見開き、『会長』に飛びついてきた。
同時に、背中の腕が、長門有希の腕を掴むことを止める。解放された長門の腕は、あらぬ方向へと圧し折られている。

「お前……『矢』かッ!? 『矢』にやられちまったのか、お前もっ!?」

「見てください、会長! 私、自由になったんです! 素敵なんです、見てください! 私、私ッ!」

こんな風に、声を張り上げ、まるで子どものような表情で話す喜緑など、初めて見る。
同時に、会長は気づく。喜緑の、焦点の合っていない目に。そして、奇妙なほどにせわしない話し方と、挙動。

「まさか、お前ッ……『キマッちまって』んのかァ――!? 馬鹿野郎、何やって―――!!」

「違うんです、これ、これです、これっ!」

喜緑が指しているのは……背中の腕。おそらく、『スタンド』だ。

「ね、いいですか、会長、これ、触ってもいいですかぁ?」

喜緑が何を言っているのかわからない。その言葉と同時に、背中の『腕』が戦慄く。

「大丈夫ですから、痛くないですからっ」

その腕が、ゆっくりと下りてきて、手のひらで、会長の頭部に触れようとしている。

「―――やめろ!」

咄嗟に、喜緑をその場に残し、背後に飛びのく。
喜緑のスタンドの正体はわからないが、あの『手』は、何かまずい。直感的にそう感じる。
ふと。床に倒れた長門を見る。……長門は、激しく呼吸をしながら、折れた腕を押さえ、血走った瞳で虚空を見つめている。
単純に、痛みに震えているという風とは少し違う。……そう。喜緑と同じ『もの』を感じる。
……まさか、この『手』に触れられると……ああなってしまうというのだろうか?

「会長……違います、私、会長のこと、『攻撃』なんてしないです。
 会長に、幸せになってほしくて、だから、お願いします、触らせてください!
 『プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』!!」

再び、『会長』に向けて、喜緑の『手』が振り下ろされる。
止むを得ない。『恋人』を攻撃することなど、果てしなく気は進まないが……

「『ジェットコースタ――――・ロマンスゥ』!! 走れェ!!」

声と同時に、会長の体から『スタンド』が飛び出し、猛烈なスピードで、喜緑の懐に飛び込んだ。
そして、すばやく、その腕を掴み上げる。

「『ボラーレ・ヴィ――ア(ブッ飛べ)』!!」

そして、華奢な体と、其処から続く背中の巨腕とを、まとめて天井に向けて『投げつけた』!

「きゃあっ!?」

叫び声は、喜緑が『天井』へと吸い込まれると同時に、会長の耳には聞こえなくなった。
喜緑は『屋上』に待たせるとして。あまり時間はない。会長はすぐさま、『長門』のもとへと駆け寄った。

「おい、お前、大丈夫かよッ!?」

間近で長門の顔を見て、確信する。やはり、長門も、喜緑と同じ『状態』に陥っている。
やはり、これがあの『スタンド』の能力なのだ。

「……喜緑江美里は……もう……駄目」

「何だ?」

細い喉を震わせて、長門が言う。

「……屋上に……崩壊因子を……時間を……稼いで……」

そう言うと、長門は目を閉じ、なにやら、聞き取ることの出来ない早口で、呪文のようなものを唱え始めた。

「……『屋上』にあいつを繋ぎとめておけばいいんだなァ……チッ、仕方ねえ、頼まれてやるぜ」

言葉と同時に、J・ロマンスの腕が、会長の襟を掴み上げ、天井に向かって放り投げる。そして、その直後、自分自身も天井に向かって飛び、吸い込まれてゆく。
室内には、傷だらけの長門だけが残った。

「……パーソナルネーム……連結解除……申請…………エラー……当該対象の構成情報に……干渉不可な情報を確認……」

……言葉が途切れ、しばらくの間、長門の荒い呼吸の音だけが、辺りに浮かべられた。
やがて。長門は再び、口を開く。

「……パーソナルネーム……活動……停止……申請…………機能の停止……申請…………」

――――


屋上に出ると、真っ先に、コンクリートの上に仰向けに寝そべった喜緑の姿が目に入った。
あの『腕』も見当たらない。『気絶』しているのだろうか。
一瞬、最悪の状況が会長の脳裏をよぎり、その予感が、会長を喜緑に近づかせてしまった。

「……捕まえた」

喜緑の瞼が、突然、ぱっと開き、同時に、満面の笑みを浮かべる。

「ッ!? うおおおお!?」

次の瞬間。喜緑の脇の『地面』から、『腕』が飛び出し、それが会長の体を『掴んだ』!
そのまま、まるで人形のように持ち上げられる。
まずい。『手』から抜け出さなければ―――

「『ジェットコースター・ロマンス』、走れ!」

声と同時に、体から打ち出されるかのように、『J・ロマンス』が放たれる。
高々と翳された巨腕を『滑り降りる』かのように、白い体が『すり抜けて』ゆく。
その攻撃の矛先が向かう先は、喜緑本体。手荒だろうと、とにかく、一度気絶してもらうしかない。

「『マイナス・ラブ』!」

喜緑が叫ぶと、その右肩から、あの腕が生える。
どうやら、像を肩に発現させるか、そこらに生やすかは、自由に選べるらしい。
兎も角、喜緑の肩に現れた腕が、振り下ろされる『ジェットコースター・ロマンス』の拳を受け止めんと、喜緑を覆うように手のひらを突き出す。
しかし、その手のひらに飛び込んでいくことは出来ない。『ジェットコースター・ロマンス』は、攻撃をやめ、地に下りる。

「会長、わかってくれましたっ……? わたし、会長と傷つけあいたくなんて、無いです」

「……ああ。ひとつ、分かった事があるぜ」

天高くから、会長は、喜緑の頭上へと叫ぶ。

「お前よォ――どうやら、このデカイ腕のほうじゃ、人を『キメ』れねえみてーだなァ―――!」

「……会長、鋭いですね」

喜緑の言葉と同時に。会長を拘束する腕が消え去り、会長の体は、空中に投げ出される。

「『ロマンス』!」

会長の体が、屋上の床に投げ出される直前。『ジェットコースター・ロマンス』が、会長の体を受け止める。

「ねえ、会長……私、本当に、会長にこの幸せを、教えてあげたい、だけなんですよ?」

「……情けねえなァ、喜緑。お前はもっと、骨のある女だと思ってたぜ」

会長は、スタンドの腕の中から降りながら、ため息と共にそう呟いた。
その視線の先。其処には、相変わらず、焦点の合わない目つきのまま、ふらふらと体を揺らしながら、薄ら笑いを浮かべている喜緑の姿がある。
……違う。喜緑江美里は、こんな醜い生き物ではなかったはずだ。

「……一回『ブッ飛ばされ』て……目、覚まさなきゃァ――――わからねー様だな」

言葉と同時に。『ジェトコースター・ロマンス』が駆け出す。

「ジェット! 『めくれ』!!」

「ッ! 『マイナス・ラブ』!!」

一直線に向かってくる『ジェットコースター・ロマンス』に向かって、喜緑は両肩の腕を突き出し、防御の構えを取る。

「ラァァァァァァ!」

『ジェットコースター・ロマンス』は、逃げない。両腕を振りかざし、突き出された腕に向かってまっすぐ突進する。
衝突する。喜緑がそう察知し、その体を『捕らえようと』した瞬間。
『ジェットコースター・ロマンス』が、視界から消え去った。

「!」

どこへ逃げたのか。と、喜緑が探す暇も無く。
『床をすり抜けた』ジェットコースター・ロマンスが、喜緑の『背後』に現れるッ!

「ボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラァ!!」

「っ!?」

狙うのは、肩から突き出した『腕』の付け根だ。
『ジェットコースター・ロマンス』の両拳が、流星の礫のごとく、その異形の存在の大本を、連続で殴りつける。

「『ボラーレ・ヴィーアァ―――(ブッ飛ばす)』!!」

最後に、両手の拳を一度に叩き込まれ、喜緑の体が、前方に向けて、まっすぐに殴り飛ばされる。
その軌道上には、『会長』の姿がある。その背後は、もう『塀』だ。
喜緑と会長が衝突する―――事は、ない。

「『すり抜ける』……ッ!!」

『喜緑』は、会長の体と、塀とを一度にすり抜け、『外界』へと放り出される―――!!

「――――『プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ』!!」

会長が振り返ると。其処には――――
マンションの『外壁』から生えた巨大な『右腕』と、その手のひらに受け止められた、『喜緑』の姿があった。

「……やっぱり、『骨』はあるじゃァね――――か」

「会長……ふふ、うふふふふ、わかりました、会長」

巨大な手のひらの上で、喜緑が身を震わせて笑う。

「私、会長のこと、『お仕置き』してあげますね……ね? 会長、ね?」

「面白れェ―じゃね―――か。俺はマゾじゃねェぜ―――!!」

会長の言葉と同時に。目の前から続く右腕の上を、『ジェットコースター・ロマンス』が駆け出す。
『腕』は喜緑を抱えている。ここで『会長』のスタンドを迎え撃つことは出来ないはずだ。

「『マイナス・ラブゥ―――』!!」

手のひらの上で、喜緑が叫ぶ。
同時に。喜緑を受け止めた腕のすぐ横から『左腕』が現れ、『右腕』の中ほどを駆ける『ジェットコースター・ロマンス』に握りこぶしを撃ち放った。

「『すり抜けろ』! ジェットォ――――ッ!!」

拳が差し掛かった瞬間。『ジェットコースター・ロマンス』が、『右腕』をすり抜けて、『左腕』の攻撃を回避する。
『右腕』の下にすり抜けたジェットコースター・ロマンスは、片手を『右腕』の上方に回し、『腕』に留まる。

「会長、浅はかですよォ―――」

手のひらの上で、喜緑が笑う。

その瞬間。『右腕』がひじを折り、手のひらの上の『喜緑』を、屋上に向けて放り投げた。

「うおォ――――ッ!?」

すると、右腕の中ほどにぶら下がっているJ・ロマンスの体は、猛烈な勢いで『引き上げ』られる。
しかし、問題は無い。喜緑同様に、旨く空中へと飛び出せば、『屋上』へ戻ってくることができる。
『ジェットコースター・ロマンス』は、跳び箱を飛ぶような気持ちで、『右腕』にぶら下がる腕を引き寄せ、そのまま一気に空中へと飛び立った。
反動は十分。『ジェットコースター・ロマンス』は放物線を描きながら、『屋上』へと戻ってくる。
しかし。その起動を追って、握りこぶしを作った『右腕』が、『ジェットコースター・ロマンス』に近づいているゥ――――!?

「『すり抜けろォ』――――!!」

体を震わせて叫ぶが、遅い。宙を舞う『ジェットコースター・ロマンス』の体が、巨大な鉄拳に打たれ、屋上の床に『たたきつけられる』!!

「うぐはァ―――ッ!!」

ダメージはそのまま、『会長』の体へと伝わる。
……まずいな、こりゃ。『骨』がいったかもしれない。

「会長……これは、私の『勝ち』ですよね?」

ゆっくりと、喜緑が歩み寄ってくる。
畜生。『腕』にジェットコースター・ロマンスを走らせたのは、間違いだったか。
会長が『諦め』かけた、その時。

「……あれ?」

喜緑が、呟いた。
先ほどまでのような、荒れ果てた口調ではない。どちらかといえば、会長にも聞き覚えのある、ゆったりとした語調で。

「あれ……お、おかしい、です……如何して……」

右肩の腕を動かし、喜緑は、自分自身に、『能力の発動』を試みている。
しかし。さっきまでなら、思い通りにあの『状態』になれたはずだというのに。それが、できない。

「……あなたの心機能を、停止させた」

「!?」

……喜緑が、この方向を振り返ると。
屋上と屋内を繋ぐ扉の前に、長門の姿がある。

「……あなたの能力は、脳が機能していなければ意味を成さない能力。
 あなたの情報連結を解除することは、『スタンド』に妨害されて、不可能だった。
 しかし、心機能を停止させ、脳を停止させることならば、可能だった」

「……なに、言ってるんですか? それじゃ、私、死んじゃってるじゃないですか
 だったら―――……私は、なんで、生きているんですか……?」

「スタンドと一体化した精神が、あなたの魂を肉体に留めている……と、思われる。
 一種のエラー。おそらく、長くは続かない」

「……私、『死ぬ』んですか?」

「そう」

長門の、冷たい言葉が、屋上の空間に、ゆったりと染み込んでゆく。

「……『生徒会長』の肉体を再構成」

ぽつりと、長門が呟く。
其れと同時に、会長の体を蝕んでいた痛みが、姿を消す。

「おい、長門ォ――――……何か、無かったのかよ、ほかに……」

「……不可能。彼女の能力は、存在し続けてはいけない能力」

「だからって、こいつが死んでも良いってーのかよ……『スタンド』なんざ、勝手にあの犬ヤローだの矢だのに引っ張り出されちまったもんだろォ!?」

「……会長」

長門に掴みかかる勢いで声を荒げる会長に、喜緑が声をかけた。
つい数分前の様子からは、想像も出来ない、落ち着いた声で。
会長が振り返ると、喜緑は、微笑を浮かべながら、言った。

「いいんです。私は―――やっぱり、『救ってもらう』ことが、できましたから」

「……喜緑? お前、何言って……」

「私はですね、会長」

一呼吸を置き―――

「『人間』じゃ、無かったんです。
 でも。あの『スタンド』のおかげで、私は『人間』として死ねるんです。
 私は、今……とっても幸せです」

「おい……冗談のつもりか、そりゃァ―――」

喜緑は、首を二度だけ横に振った後で……

「さよなら、会長。大好きでした」

その言葉を言い終えた瞬間。―――まるで、スイッチが切れたかのように、『喜緑』はその場に崩れ落ちた。

―――――




本体名 - 喜緑江美里
スタンド名 - プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ 死亡


―――――――――――――――――――――――――

スタンド名 - 「プラス・ミリオン・バット・マイナス・ラブ」
本体 - 喜緑江美里(?歳)
破壊力 - A スピード - B 射程距離 - B
持続力 - A 精密動作性 - C 成長性 - D

能力 - 巨大な腕の形状をしたスタンド。
       本体の体(主に両肩)から発現させる場合と
       地面などから発生させる場合と、二種類の発動のさせかたがある。
       本体の体から発現させた場合、スタンドの手のひらが触れた生き物の
       快楽物資(ドーパミン)の分泌を促し
       更に再吸収を阻害させることで、相手に多幸感を齎したり
       精神的なダメージを発生させることが可能。スタンド麻薬。
       地面から発生させた場合は、体から発生させた場合よりも
       最大十数倍の大きさで発現させることができる。
       しかし、この場合、ドーパミンに作用する能力は発動できない。
       また、本体の脳内のドーパミン量は、本体の自由に調節することができる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年06月05日 01:12