56四歳半ばまでを過ごした街。とはいえ、ジョルノにとって、この街に、『思い出』ことなどはひとつもなかった。
ジョルノの母は、幼いジョルノをどこかへ遊びに連れ出したりなどは、多分、一度としてしてはくれなかった。
自分の住む『街』が、いったいどんな『街』であるのかさえ。知らないままに、ジョルノはイタリアへと連れて行かれてしまった。
『事務所』の跡地を視察に来た帰りに、何故、この『街』を訪れる気になったのかは、ジョルノにもわからない。
……強いて言うなら。ジョルノは、引き寄せられてしまったのだ。
『本当の故郷』という、薄っぺらな『印象』に。


キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第11話『汐華初流乃は故郷の街を歩く』


ネアポリスのケーブルカーとは比べ物にならないほど、人口密度の高い、『糖武本線』の車両に揺られ、鷹宮駅で下車する。
ジョルノが育った街に最も近い駅。
母親から貰った、かつて暮らしていた家の『住所』によると、此処がその駅のはずだ。

「北葛飾郡鷹宮町……ぼくの故郷、か」

月曜日の、よく晴れた日だった。駅前に下り、目の前に広がる光景を見回す。
11年前のままの光景が残っているはずはないと思うが、それを差し引いても、やはり見覚えはない。
現地を訪れれば、何か記憶をくすぐられるような物に出あうか。とも思っていたのだが……
汚い町だな。実際のところ、感じるものはそんな事ばかりだった。
あの『東京』に比べればましだが……

「にしても、こうして一人で『街』を歩くというのも、久々だな」

ぼんやりと、目の前に立ち並ぶ建物を眺めながら、誰にともなく呟く。
『ボス』になってからと言うもの、幹部どもがやすやすとジョルノを外に出してくれないのが、ジョルノにとって最も面倒に感じる点だった。
ディアボロが異常なまでの引きこもり野郎だった所為なんだろうか。ヤツらは、ジョルノに異常なまでに『誰も知らない人間』であることを求める。
ヤツらはわかっていない。物事というのは、抑えるところを抑えればいいのだ。
『ジョルノ』が『ボス』だと知らない人間がどれだけジョルノを見かけようと、どこかの一般人だとしか思わない。
それすらをも恐れて、隠れおおせようとするのは、『無駄』なのだ。ジョルノにとって、もっとも我慢ならないものだ。

……その町を訪れて、はじめにジョルノが感じたこと。

「……腹が減ったな。そういえば、もうチエーナの時間じゃないか」

時計を見ると、時刻は正午。日本にしてみれば昼食の時間だが、イタリアならば午後八時。立派に夕食時だ。
駅前をぐるりと見回すと、飲食店らしきものはいくつか見当たるが、ジョルノが求めているような『手軽』な施設は見当たらない。
唯一目を引くのは、ウィンドウ越しに、立ち並ぶパーネの数々が見える、駅に最も近い店舗。

「パネッテリアか……ピッツァが食べたかったけど、ここでいいか」

さすがに、日本でピッツェリアを本気で探そうとすることが、『無駄』な努力であることくらいは想像できる。
片開きのガラス戸を押し開け、店内へと立ち入る。同時に、酵母とバターの焼ける匂いが、ジョルノの鼻をくすぐる。
ふうん、悪くないな。そんなことを考えながら、店内へと歩み入る。

「おっ」

適当に立ち並ぶパネを眺めていると、その中に、チーズとトマトソースを使った、平焼きのパネが目に入る。
なんだ、わかってるじゃないか。日本も未だ捨てたものじゃないな……
そんなことを考えながら、その『ピッツァ』に近いパーネを手に取る。……持ちにくいな。
バジルが入っていないが、この際仕方ないだろう。そのパーネをふた切れ手に取り、レジへ向かう。

「500円になります」

用意しておいた日本の硬貨を支払い、店を出る。
その際に、入り口脇に用意された、プラスティックのトレイと、トングが目に入る。
……先に言えよ。


――――


……日本の故郷で、イタリアの故郷の食べ物に近いものを探している。そんな自分に気づき、すこし自嘲気味に笑う。
結局、要するに、ジョルノの心は、どこまでも『イタリア人』なのだ。
わざわざこの町を訪れるために、業務を割いて時間を作った自分が、果てしなく馬鹿げて思える。

「ピッツァはマズイし」

二切れ目のピッツァ・パーネを食べながら、ぶつくさと不満を漏らす。この国のピッツァの認識は、イタリア人であるジョルノに言わせれば正しくない。
まず、チーズがまずい。トマトソースはいいとして、この生地は何だ? ぶくぶくと膨れていて、食いづらい上に、酵母の味がしない。
ジャポネーゼはこいつを食って、ピザを食った気になっているんだろうか? だとしたら、とんでもないことだ。
ジョルノが焼いたほうが、数倍うまいピッツァが作れる。全く持って気に食わない。
駅前の木に背を預け、そんなどうだっていい思考をめぐらせていると―――

「コロネ――――!!」

「!?」

突如として、ジョルノの足に突進を食らわせてくる、小さな人影があった。
咄嗟の出来事に、ジョルノはバランスを崩し、木の根の上にしりもちをつく。

「な、何だァ―――ッ!?」

まさか、敵スタンド使いが、この街に居るってのか―――?
……そんなわけはない。ただ、血迷った小さな男の子が、ジョルノの足に突進をかましてきただけだ。。

「ご、ごめんなさいっ! もうっ、なにやってるの! いきなり走り出したりしてっ!」

直後に、おそらく、男の子の母親であろう女性が、ジョルノと、突進の勢いでその場に転んだ子どものもとへと駆けてくる。

「ああ、えっと……『いえ、大丈夫です』」

脳内から、なつかしの日本語の素養を引っ張り出し、その母親に向かって放つ。
紫色の髪の毛を、肩ほどまで伸ばした、日本人の女性。年齢は、ジョルノよりも2、3下に見える。

「うー、コロネー」

「コロネ?」

聞き慣れない単語を耳にし、ジョルノが、男の子の言葉に疑問符を返す。
ふと見ると、地面に、袋に包装された、奇妙な形のパーネが転がっている。やたらに長いコルネートを半分に切った様な代物だ。
先ほど、そこのパネッテリアで見たものと同じものだ。まるで巻貝のような……

「コロネがどうしたの……あっ」

「?」

ふと、母親が、男の子の指差す先―――丁度、ジョルノの頭のあたりだ―――を見て、声を上げる。
何だ? 僕に何かおかしいところでもあるんだろうか? ジョルノはそう思い、自分の服装を見る。
日本であまり目立たないよう、シンプルな紺色のシャツと、ストライプのジーンズを纏った姿に、大して問題はないはずだ。

「あ、あの、いえ……違うよ、もう、あれはコロネじゃないでしょ? コロネなら、買ってあげたじゃない」

母親は、僕の頭を見て何かを言いよどんだ後、手早く地面に転がった巻貝パーネをかき集め、男の子の持っていた紙袋にしまった。

「あ、すいません。あの、怪我とか、大丈夫ですか?」

木の根の上に座り込んだままの僕に向かって、母親らしき女性が手を差し伸べる。

「あ、大丈夫です……すみません」

日本語で返答しつつ、厚意として、女性が差し伸べてくれた手を取りつつ、立ち上がる。

「わぁ……おっきいんですね」

ふと、立ち上がった僕を見て、女性が呟く。

「は? ……ああ、ええ、まあ」

ジョルノを見上げるその女性(この身長差だと、少女にすら見えるが)は、おそらく、ジョルノの身長のことを言っているんだろう。
15歳までは175センチほどだったジョルノの身長は、ジョルノが18歳に成長する二年半ほどの間に、15センチほど伸びている。
190センチ。たしかに、日本では珍しい部類の長身になるんだろう。

「コロネー! コロネー!」

足に違和感を感じ、足元を見ると。そこに、さきほどの『子ども』が、僕の脛辺りにしがみついている、なんとも奇妙な光景が広がっていた。

「こ、こらっ! 違うんだってば、コロネは買ってあげたでしょっ? ご、ごめんなさい、この子、ちょっとあの、なんていうか、人懐っこくて……」

「え、ええ、構いませんけど」

「ほら、行くよ? 公園でコロネ食べるんでしょ?」

「コロネー!!」

「だから、このお兄さんは『コロネ』じゃないの!!」

……なにやら、もめている様子だ。母親がいくら急かそうと、男の子は僕の足から離れるつもりはないらしい。
いったい、ジョルノのどこに、この男の子を、これほどまでに引き止める何かがあるというのだろう。……ジャポネはよくわからないな。

「あの、よかったら、『公園』まで付いていきましょうか? ぼくはたいして予定もないんで、この子がそれで満足するなら、構いませんが」

少し考えた後、ジョルノは、目の前で困り果てている母親らしき女性に、そう告げた。
ジョルノは今日一日を、異国での『余暇』として設けているものの、この町にたいした興味も持てず、時間を持て余していたところだった。

「え、えっと……えっ、でも、いいんですか?」

「はい、別に構いません。丁度、暇を持て余していましたから。この子、何故かわかりませんが、ぼくから離れたくないようですし」

そう言ってから、しまったな。と、ジョルノは少し後悔する。
日本は、イタリアのそれと比べて、見知らぬ人付き合いというものが、あまりオープンでないということは、分かっていたというのに。
とくに、日本の女性は、日本の見知らぬ男性が、無駄に親密に接してこようとするのを嫌うという。
下調べをしていたからこそ、電車内でも、変に他人に話しかけずにいたというのに……まあ、実際そういう雰囲気でないのは、車内の空気でわかったが。

「あ、えっと……ねえ、お兄さんが一緒に公園に来てくれたら、ちゃんとさよならできる?」

「うんー!」

……ジョルノの心配を遮るように。目の前の女性と、その子どもは、短いやりとりを経て、ジョルノの提案を『肯定』した。
なんだ。聞いたほどじゃあないじゃないか。ジョルノは少し拍子抜けを食らう。

「すみません、じゃあ、すぐそこの公園なんで」

「いいですよ、行きましょう」

ピッツァのまがい物の空き袋をポケットに押し込むと、ジョルノは足にまとわりつく男の子と、その母親と共に、歩き始めた。
……幼い子どもがジョルノを『コロネ』と読んだ意味をジョルノが知るのは、もう少しだけ後のことである。


――――


「コーロネ―――」

ジョルノと母子が、『公園』のベンチにたどり着くと。男の子はなにやら嬉しそうに、ジョルノの膝の上によじ登り、そこで例の『巻貝パネ』をほおばり始めた。

「ああ、もう……ほんとにすみません」

「いえ、大丈夫ですよ。子どもは嫌いじゃあありませんから」

眉をハの字にしながら笑顔を浮かべる母親にそう返しながら、膝の上に乗った子どもの頭を撫でる。母親と同じ、コスモス色の頭髪だ。

「ママー、コロネはどっちがあたまー?」

「えっ? ……ふふ、そうだなー、お母さんは、さきっぽの細いほうだとおもうなー」

「あたまあたまー」

ジョルノは、反対側が頭だと思う。なんとなく。だが、特に口は出さずにおいた。

「あの、よかったらお一つどうですか? みっつ買ったので」

と、隣に腰をかけた母親の女性が、微笑みながら、僕に例の巻貝パーネを差し出してくる。

「あ、どうもすみません……じゃあ、お言葉に甘えて」

会釈しながら受け取ったそのパーネは、巻貝の空洞部分に、チョコラーt……こう言うとむかっ腹腹が立つので、チョコクリームと、日本風に呼んでおくか。
とにかく、そいつを詰め込んだ、ようするに、コルネートと大して変わらないものだった。
一口口に含むと、バターの香りとチョコの香りが鼻を抜ける。なかなかうまい。なんだ、ピッツァはまずいが、ほかのパーネは美味かったのか。

「あのお店、とってもおいしくて、評判いいんですよ~。特にコロネはおいしくて……私のお友達も、昔はよく、通ってたんです」

「確かに、おいしいですね。日本のパー……パンははじめて食べましたけど」

「あ、もしかして、外国のかたですか?」

やっぱり。とでも言いたそうな表情で、母親の女性が言う。

「ああ、えっと……母親が日本人で、子どもの頃、日本に住んでいたんです」

「あ、やっぱり。ちょっと不思議な話し方だなーって思ったから」

女性はふやけたような微笑を浮かべながら、僕を見る。
ジョルノの日本語の話し方は、やはり、生粋の日本人からすれば、おかしな話し方だったのだろうか。

「ううん、ただ、なんだか丁寧だなーと思って。
 えっと……じゃあ、この町が、昔住んでた町なんですか?」

「ええ。えっと……じつは、僕、交換留学で東京の学校に来ているんです。
 それで、それで、もうすぐ帰国するので、せっかくだから、故郷の町を見てみようと思って……
 だけど、あんまり覚えていることもなくて、拍子抜けしていたところです」

「へぇー、そうなんですか~。……って、あれ? それじゃ、未だ高校生……?」

「はい、三年生です」

「わぁ~、じゃあまだ18歳なんだぁ。私、絶対年上の人だと思ってたよぉ。
 私とふたつしか違わないんだねぇ」

学生。などといったが、すまん、ありゃウソだ。
中卒でギャングのボスやってます。などと言えるわけもないから、まあ仕方がない。

って、それより。……つまり、彼女はまだ20歳ということか?
……ジャポネーゼは若く見えるとは聞いていたが、これは予想外だ。
正直、まだ15だとか、その程度だと思っていた。えらく幼い顔立ちをしている。
まあ、ジョルノが余計に年を食って見える顔をしているのかもしれないが……
考えてみれば、子どもをもつ母親が、15だの14だのなわけがないか。
……20でも、ずいぶん早い子どもだとは思うが。

「コロネ~~」

母親と少し似た、ゆったりとした口調で、男の子が膝の上で笑う。

「ぼくはコロネじゃないぞ、ジョルノだ」

「……じおるの~?」

「うん、ジョルノ・ジョバァーナ……いや、ハルノ。汐華初流乃。そのほうがわかりやすいかな?」

「はるの?」

「そう、ハルノだ」

「初流乃さん……あっ、ごめんね、すっかり忘れてた。わたし、『柊つかさ』です。この子は、『こなた』って言います」

不意に、母親―――つかさと言うらしい。彼女が、姿勢を改め、ジョルノに名前を名乗る。
そういえば、日本では、少なくとも昼食を共にするほどの間柄なら、名前くらいは名乗りあっているのが当然……だったかな?
柊つかさ、柊こなた。
――――なんだろう。何かが、ジョルノの中で引っかかる。
つかさ。こなた。……その名前を、ごく最近目にしたような――――

「ママー、トイレー」

「おおっ、自分で言えたねー、こなちゃん。あ、ごめん、ちょっと待っててくださいね」

「ああ、はい」

『つかさ』は『こなた』を抱き、公衆トイレの方へと走ってゆく。
……まさか、な。そう考えているのに反し、ジョルノの手は、脇に抱えた鞄へと伸びる。
カギ付きのファイルに納められた、数枚の書類。昨日、『事務所』の跡地で手に入れた、『事務所』の行っていた商売のデータをコピーしたものだ。

目に留まったのは、『事務所』の傘下にあった、計三軒の売春施設のデータだ。
三年前に、そのうちの一軒が摘発されてからは、ほかの二軒共々撤退している。
店に勤めていた女性たちは、主に、『事務所』の売った薬の中毒となった、未成年の少女たち。
ジョルノの手元のデータには、その少女たちの『名前』が連ねられている。
本名は書かれていない。皆、下の名前をひらがなで綴ったのみの、所謂源氏名というやつだ。
……三店舗のうちの一つに見つけた、その名前。

『こなた ちゃん』
『つかさ ちゃん』

「……まさかッ―――こんな、出来すぎた話が―――ッ!!?」

データによると、二人の『従業員』は、店舗が摘発される数ヶ月前に、『業務』に出かけた後、そのまま『脱走』したと記されている。
……『麻薬』の中毒となり、売春施設に勤めた後、『脱走』した少女。
そして、それと同名の、若い母親……更に、もう一人の少女と同名の、彼女の子ども。
『こなた』は、せいぜい3歳か4歳と言ったところだろう。
20歳の『つかさ』が『こなた』生んだのは……『つかさ』が今年に21歳になる場合もあるから、おそらく17歳から18歳の頃……
……全てのつじつまが、合う。

「コロネー!!」

不意に、幼い声がして、ジョルノは『ファイル』を鞄に押し込んだ。
見ると、こちらへ駆けて来る『こなた』と、その後ろで苦笑する『つかさ』の姿がある。

「こーら、こなちゃん。お兄さんはコロネじゃないって言ってるでしょ?」

『つかさ』は、長袖のカーデガンを着ている。……その腕の中ほどに、視線が行ってしまう。
今は初夏だ。今日は日差しも強く、暑い。単なる日除けかもしれない。しかし……

「……あの、つかささん。実は―――ぼくは、ある人を探しているんです」

……この少女の過去の『傷』をえぐることになるかもしれない。しかし――――

「探している人? それって、初流乃君の親戚の人とか?」

データにある二人の少女を『獲得した』のが、『事務所』の『誰』であったかは、記されていない。
そのほかの『従業員』たちの名前には、『斡旋者』として、誰かしらの名前が記されているというのに。
そう―――『事務所』のデータには、ところどころに『穴』があった。
まるで意図的に、ある人物のデータだけを削除したかのように―――

「えっと……母親の、知り合いの方らしくて。昔お世話になっていたそうなんですが、見当たらないんです。
 ただ、通称しかわからなくて……」

もしかしたら―――


「……『オノ』さん。その名前しか、わからないんですが」

「―――オノ、さん……?」


……ジョルノがその名前を出した瞬間。
まるで瞬時に凍りつかされたかのように、『つかさ』の表情が、固まった。

「お……の…………小野……え、ええっと、ね……それだけじゃ……うんと……よくいる、苗字だし……あっ……」

突然、『つかさ』の口調がおかしくなる。
……うろたえているとか、驚いているとか、そういうのとは違う。まるで、何かの『発作』に陥ったかのような様子だ。

「お、の……い、いや……あ、ああああああああ……!!?」

「つかささんッ!? だ、大丈夫ですか―――ッ!?」

やはり―――この『少女』はッ―――ッ!

「ママッ!!」

「!」

突然。何かにおびえるように、体を震わせ、頭を抱えるつかさの膝の上に、『こなた』が飛び乗った。
こなたは、震えるつかさを宥める様に、彼女の体を撫でる。
子どもの手つきではない―――まるで、母親のような手つきで。

「こ、こなちゃん……こな、ちゃん……」

「ママ……ここだよー、ママ」

その、瞬間。

「ッ……これは―――ッ!?」

『こなた』の背後に浮かび上がる、青い人影。
その手が、つかさの両肘を、包み込むように抱いている。
―――『スタンド』だッ! この男の子……『こなた』が『スタンド使い』!!

「はっ、あ……う……」

それと同時に。苦しんでいたつかさの表情が、ゆっくりと和らいでゆく。

「はあ……ありがとう、こなちゃん。もう大丈夫だよ」

「うん!」

額に浮かんだ汗の粒をぬぐいながら、つかさがこなたに微笑みかけ、その頭を撫でる。
こなたは嬉しそうに、つかさの体に抱きついた。
『スタンド』は、消えている。……この男の子の『スタンド』が、彼女を落ち着かせたのか……?

「……初流乃君。『小野』さんを、探しているんだよね?」

こなたの頭を撫でながら、つかさが言う。
その表情は、先ほどまでとは違う。何かを『決心』したかのような、『気迫』を感じる。

「……『小野』さんを探しに、わたし……『柊つかさ』に会いに来た……そうなんですね?」

「……はい」

本当は、そうではない。
今、ジョルノがこうして、『オノ』の正体を突き止める鍵と為り得る女性と顔をつき合わせている。
これは全て、偶然なのだ。まるで、何かに引き寄せられるかのように、ジョルノはこの場所を訪れた。
かつて、『ポルナレフ』を通じて、会話をした、『承太郎』が口にした言葉が、脳裏をよぎる。
ジョルノは……この『少年』に呼ばれて来たのだ。
あの青く、優しい『スタンド』を持つ、小さな『こなた』に呼ばれて。

「……あなたは、『誰』なんですか?」

つかさが言う。
……答えるしか、ないか。

「ぼくは、汐華初流乃。……イタリアの、ある組織に属するものです。
 かつて、その組織から脱却し、日本で麻薬の売買を行っていた、『事務所』を追っています。
 『事務所』は既に壊滅しました。ですが……ただ一人。
 『事務所』から抜け、身を隠している人物が居ます。
 その人物の名前は―――わからない。ただ、『オノ』という短い手がかりしか、見つけられていません。
 ぼくらは、その人物を見つけなければ為らない。なんとしても……」

「……『麻薬』……」

つかさが、何かを憂うように、空中を見つめ、目を伏せる。

「……あの人は……私の、とても昔の『友人』です。……私とこなちゃん……わたしの友達の『こなちゃん』に、『薬』を教えてくれた人です。
 ……『小野大輔』。それが、その人の名前です」

小野、大輔――――――!
……矢の男。『オノ』の正体が……ついに、分かった!

「私たちは、えっと……そういうお店で働かされて……
 でも、あるお友達のおかげで、助けてもらえて、こうして、街に戻ってくることができたんです。
 だけど……『こなちゃん』は、病気で……
 私の所為なんです。私が、こなちゃんを、あの人の店に誘ったから……」

「……この子は」

ジョルノの視線の先には、いつの間にか、母親の体に抱きついたまま、寝息を立てている、『こなた』が居る。

「こなちゃんからの、お願いだったんです。こなちゃんが、私を恨んでなんかいないっていう証に……
 私の赤ちゃんに、こなちゃんの名前をつけて欲しいって。
 ……この子、私が『禁断症状』を起すと、こうやって、私を慰めてくれるんです。
 そうすると……まるで魔法みたいに、治まっちゃうの」

目の端に涙を浮かべながら、つかさは、眠るこなたの頭を撫でる。
……つかさには、スタンドが見えてはいないのか。

「ご、ごめんね、なんだか暗い話しちゃって。
 ……だいちゃん……小野大輔さんについて、私が知ってるのは……
 三年前に、あの人と、大宮で会ったとき。あの人が、もう『事務所』を抜けて、『声優』をしていると言っていたことだけです。
 それと……あの人には、奥さんと、子どもがいた。……それくらいしか、お話できません」

「……ありがとうございます、つかささん。すみません、悪いことを思い出させてしまって」

「ううん、大丈夫。私は……あのことを背負ったまま、生きるって、決めたから」

そう言って、つかさは目の端の涙を拭う。

「この子となら……きっと、それでも、幸せに生きて行けると思うから。それが、私の夢なの」

……ふと。つかさとこなたの二人の姿に―――幼い頃のジョルノと、母親が被った気がした。
馬鹿な。あの母親は、ジョルノをこんな風に、いとおしそうに撫でてくれたりはしなかったじゃあないか―――
ああ、そうか。
ぼくは、初流乃は―――こんな―――二人を、『羨んで』いるというのだろうか?
……馬鹿な。ありえないことだ。『無駄』な感傷だ。

「……こなちゃん、眠っちゃったし。ごめん、わたし、そろそろ帰らないと。私から話せるのは、本当にこれくらい」

「いえ、ありがとうございます。……とても、大きな情報を頂けました」

立ち上がったつかさが、ふと、表情から笑みを失くす。

「初流乃君。……あの人は、『小野大輔』さんは―――今、どこかで、人に『夢』を見せているんですか?」

……その言葉に、どう答えればよいのか……答えを見つけることはできなかった。


―――

一人となった公園で、初流乃は、食べかけになっていた『コロネ』を齧る。
甘い。

……『夢』を売る。
泡沫の様な、ひと時の夢。
其れがたとえ、その先の全てを壊すものだったとしても―――

……もしも――――この言葉を『彼』が聞いたら―――
一体、何と言うだろうか?

夢。
初流乃には、『夢』があった。
そして、初流乃は、その夢を叶えたのだ。

悪魔の薬を使って、ひと時だけ見る『夢』。
それは――――正しいものではない。
では、初流乃が見た、かなえた『夢』とは――――


――――

  • SOS団 - 『小野大輔』の情報を、ジョルノから入手。



本体名 - 柊こなた
スタンド名 - ナーサリィー・ライム

to be contiuend↓
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スタンド名 - 「ナーサリィー・ライム」
本体 - 柊こなた(3歳)
破壊力 - E スピード - E 射程距離 - C
持続力 - D 精密動作性 - E 成長性 - A

能力 - 全身が青色の、全長1mほどの、小柄な人型のスタンド。
       他者の精神を安定させる能力を持ち、本体が近くに居るだけで
       その周囲の人々は、精神の安定効果が得られる。
       また、スタンドによって触れられると覿面に作用し
       あらゆる精神の乱れを沈静化させる。スタンド精神安定剤。
       本体の成長に伴い、この先、能力や像が変化してゆく余地は無数にある。


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最終更新:2014年06月05日 01:12