k――火曜日。
長門から、『喜緑さん』の末路を聞かされ、愕然としたその翌日の正午過ぎ。
『生徒会室』に、顔の知れた面々が揃っている。

――古泉。鶴屋さん。朝比奈さん。榎本さん。会長。そして、俺。


キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第12話『スタンド使いたちは集う』


室内には、分厚い沈黙の帳が下りている。
壁を背に、ひどく重たい表情を浮かべ、何も無い床を見つめているのは、威圧感のかけらも発さない生徒会長。
笑顔を浮かべることなく、本棚を背に、天井を見上げている古泉。
居心地が悪そうに肩をすくませ、生徒会員用であろう席についている、朝比奈さん。
そして、その隣では、場違いな檻に放たれてしまった小鹿のように退屈そうにしている榎本さん。
最後に、ドアの前に立つ俺の隣。つい今しがた到着した、鶴屋さんが、アルミ棚に拠りかかり、なにやら顎に指を当て、唸っている。

「……何か、あったんだね?」

しばらく、室内の様子を見たあとで、一言。小声で、俺にそう尋ねる。
たしかに。部屋中のどこをみても、『最近、何かありました』といった雰囲気が見て取れる。
……果たして、俺の口から伝えても良いものだろうか。

「んー……うん、わかったよ。ごめんね」

何も言えずにいると、鶴屋さんは何やらを察してくれたらしく、笑顔を浮かべ、俺の肩を数度叩いた。
……言わずもがな。この部屋に沈黙を齎しているのは、拭いようもなく、俺たちの心にくすぶる『喜緑さん』の死だ。
対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースである喜緑さんが、『死んだ』。
己に発生した『スタンド』の力を制御できず、生命活動を停止された。
……俺たちに、この現状の重さを知らせるには、十分すぎる出来事だ。

……その後、数分して。沈黙を破ったのは、スピーカーから響き渡るチャイムの音だった。
昼休みが終わったのだ。それぞれの教室で、授業が始まる。

「おい、どうなってんだよォ――!! あのイタリア人、人を呼んどいて姿も現さなね――ってのはよォ!
 授業始まっちまったじゃねェ――――かよ! 古泉ぃ、お前なんか聞いてねェのかよ!!」

それを合図とするかのように、会長が騒ぎ出す。

「そォ―――だよォ、あたしが卒業できなくなったら、責任とってくれるっての!?」

続いて猛るは、榎本先輩。
二人を前に、古泉が眉をハの字にし、弁明する。

「落ち着いてください、お二人とも。
 ……フーゴから何の話が有るかは知りませんが、皆さんの午後の授業は、皆、機関と繋がりのある教師が受け持っています。
 今朝方、授業の変更があることを知らされませんでしたか?
 ですから、このために授業が遅れても、皆さんの成績に影響は出ないように、ちゃんと連絡は取ってあります」

「ちっ……それにしたってよォ、イタリア人ってのは時間にルーズとは聞いたが……
 やっぱ職員室まで見に行ってやるか……コーヒーでも飲んでやがったら、廊下に引きずり出して、ブッ飛ばしてやるぜ――――!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

ついに待てないといった様子で、唯一の廊下との出入り口に向かって歩き出す会長を、古泉が引き止める。
その、瞬間。俺の背後で、ドアが開かれる音がした。
振り返ると……そこには、見知った三人の姿がある。

「全員、揃っているようですね。さすがジャポネーゼだ。
 みんな、僕らの『ボス』なんかより、よっぽどギャングに向いている」

飄々とした顔で軽口を叩く、パンナコッタ・フーゴ。
そして―――岸辺露伴と、森園生だ。どうやって校内に入ったのかは―――知らん。

「お分かりだとは思うんですが、万が一、『敵』にこの会話が聞かれていないかを想定して、授業時間中に君たちを呼びました。
 話を始める前に……鶴屋、でしたっけ? あなたは」

「あ、うん。鶴屋さんに何か御用かなっ?」

本来、生徒会長が着くのであろう席に座った『フーゴ』が、鶴屋さんを指差し、言う。

「あなたの『スタンド』の、小さいほうで……周囲に、僕ら以外の人間やスタンドが居ないか、確かめてください」

「うーんと、『FUN・Pちゃん1号』のことかなっ? それなら楽勝っさ、『1号』は耳がいいからねっ。
 この階に誰かがいるなら、その呼吸の音だって聞き取れちゃうよっ!」

言うが早いか、鶴屋さんが『スタンド』を出す。
『ファンク・ザ・ピーナッツ1号』。別々に発動することもできるらしく、今回は『2号』の姿は無い。

「……オッケーさ、みんな教室に納まってるよ。『スタンド』については、なんともいえないけど……」

「そこは『キョン』、君に頼みます。この部屋の近辺に潜んでいる『スタンド』が居ないか、あなたの『スタンド』で探知してください」

「あ、ああ……構わんが」

突然のご使命にいささか度肝を抜かれつつも、『ゴッド・ロック』を発動させ、『気配』に全神経を集中させる。
……グラウンドと、校外の一部を含む全域に、スタンド反応なし。ただし、ま隣の鶴屋さんを除く。

「ああ、問題ない。この近辺に、『スタンド』は存在しないぞ。鶴屋さんの『ファン・ピー』は別にして、な。」

「そうですか……でしたら、お話します。
 これは、万が一にも『敵』の派閥に含まれる連中には、聞かれてはならない情報です。
 ――――昨日の夜。『ボス』から僕らに、連絡が入りました。
 内容は―――『オノ』と思われる人物を知る人物との接触に成功した――――!!
 『オノ』の正体は――――フルネーム、『小野大輔』! 職業は、三年前の時点で、『声優』! さらに、東京近郊に住んでいた!」

「……何だとォ――――!?」

真っ先に叫んだのは、『会長』だ。

「おい、『フーゴ』ォ!! そりゃ、確実な情報なんだろうな!?」

「間違いありません。かつて、『小野大輔』という人物から、『麻薬』を買っていた人物からの情報です。
 『事務所』のデータにも、その人物が『事務所』からクスリを買っていたであろう記述が残っています。
 そして、『事務所』のデータからすっぽり抜け落ちている、おそらく、ある一名の人物を指すであろう空白……
 その『空白』に、その人物は『繋がる』!」

フーゴが一言を放つたびに、部屋に満ちた『緊迫感』が、割り増しになってゆくように思えた。

「『敵』は『小野大輔』! 職業は『声優』! 性別は『男』、年齢はおそらく『30前後』!
 その人物こそが、この西宮で『矢』を使っている人物!
 そして、『涼宮ハルヒ』の命を狙っている人物―――!!」

「ちょっ! ……ちょっと、ま、待ってね」

不意に、榎本さんが携帯電話を取り出し、その文字盤を弄る。おそらく、検索サイトに、その名前を放り込んでいるのだろう。

「……いないわ、そんな人。一件もひっかからない」

「それはそうよ。まさか、クスリの売人だった時代と同じ名前で、声優なんて目立つ仕事をやるバカは居ないわ」

言ったのは、森さんだ。

「おそらく、そいつは全く別の『名前』で『声優』をしている……
 その仕事は、多分今でも続けているんでしょうね。
 やつは矢を使う以外の曜日を、仕事に費やしている……でも、多分この町に住民登録はしていないわ。
 そんなのは『足』がつくから―――おそらく、住民票は、今も東京にある。あるいは、『どこにも』無い……」

「すみませんが、それと、もう一つ。『小野大輔』には、三年前の時点で『妻子』があります。
 独身で行動しているよりは、『細工』などもしやすいと思うのですが―――」

「……そんなのさ。『消しちゃって』るでしょ、当然」

次に口を開いたのは―俺にとっては意外なことに、榎本さんだった。

「『オノ』ってやつはさ。あたしに話しかけて連れ出して置きながら、それを忘れさせるようなスタンドを使っているんでしょ?
 そんで、その前には、『オアシス』……地面や物の中を自由に泳ぐスタンドを使っていた。
 たとえばだけどね、市役所とかに『オアシス』でもぐりこんで、一番重要な場所に行くでしょ?
 そこで『オアシス』から『洗脳スタンド』にチェンジして、自分や、奥さんとか子どもとかが存在した『跡』を洗い流させる」

「『帰り』はどうするんですか」

「何だってあると思うよ。たとえばさ。『洗脳スタンド』が、幾つもあったとしたら? 『オアシス』で乗り込んで、『洗脳スタンド』を使う。
 あとは、『脱出』ができるスタンドなら、なんでもいい。みくるちゃんみたいな、ワープができるスタンドとかね。
 そして、そいつで脱出した後で、新しい、あたしに矢を使ったときの『スタンド』に乗り換える……」

「あるいは。もしかして、敵はスタンドを『自由』に付け替えられるという可能性もあります。
 オアシスを使って、別のスタンドを使い、またオアシスに戻す……などと言ったような」

「いや、僕は、多分……榎本さんだったか。彼女の見解が正しいと思うな。
 『矢』を使うなら、『オアシス』を使い続けたほうが、ずっと効率がいい。わざわざ話しかけて、連れ出すよりはね。
 だが、『オノ』は今、オアシスではないスタンドを使っている。つまり、一度でも『洗脳するスタンド』に変えなければ為らない事情があったんだ。
 職員でなければ難しい、『戸籍』への細工が、その『事情』だと考えるのが、最も筋が通ると思う。
 そして、その後も『オアシス』に戻さず、『洗脳スタンド』を使い続けている……つまり、敵は同じ『スタンド』は、一度きりしか使えない」

榎本さんの仮説に対する、古泉の異論を、岸辺が切り捨てる。
……実際に戸籍を調べてみるまでわからないが、いずれにせよ、筋は通っている……か。

「つまり―――。その『敵』は『現在使用者の居ない』スタンド……
 『死んだ』スタンドを、一度だけ自由に『再現』できる。
 そして、そのスタンドの『概要』を知ることができる―――そうでなきゃ、再現する『スタンド』を選べません。
 そういう能力を持った『スタンド』の使い手――――っていう、ことですかぁ……?」

……これまた、意外な人物から発言が飛び出した。
居心地の悪そうにパイプ椅子に座る朝比奈さんが、俺の想定していたのと同じ概要の意見を放った。

「『ディ・モールト』その通り! 僕ら、『パッショーネ』と『SPW財団』が立てた仮説が、それです。
 そうでなければ、これまでの『敵』の行動に理由を見出せない―――」

指を鳴らすアクションを踏まえつつ、フーゴが言い放つ。
―――それと、同時に。ドアを開け放つ音が、部屋に転がり込んだ。

「『喜緑江美里』の記憶の解析が、完了した」

……この室内に存在する、全員の肝を冷やしたであろう、乱入を行ったのは、見知った無表情。『長門有希』だった。

「……『長門さん』。できれば、もうすこし穏便にやってきてくれると、僕らの心臓にも優しいんですが」

古泉が、苦笑しつつ、そう言う。

「……彼女の記憶は、情報統合思念体にとって認識不可能な『ウィルス』によって犯されていた。
 彼女が私に襲い掛かる以前に、どのようないきさつを経て来たかは、解析できなかった。
 しかし、彼女の記憶の中に、唯一―――
 ある、彼女のそれまでの経歴に無い『情報』が残されていた。
 ……おそらく、人名と思われる。『オノダイスケ』という言葉」

「……『長門』。あなたはとても間の良い人だ―――あなたのその言葉で。今、全てが繋がった!」

フーゴが、にやけ混じりに言い放つ。こいつ、なんか古泉と似てるな―――内に秘めてるドス黒さは、比較にならんほどドデカいが。

「あー、しかしな、フーゴ。小野とやらが、戸籍を弄繰り回す能力を持っている以上、敵の『本名』などは、たいした情報にならんのではないか?」

珍しく、俺の言葉を誰かが遮ることなく、語らせてくれる。

「たとえば、『小野』が、この西宮……いや、それ以外かもしれない。とにかくこの近郊に、拠点を構えているとして。
 そいつがそんなのを、市役所のデータを探れば分かるような状況に置くと思うか?
 俺が思うに、『家族』のデータを消した要領で、『居ない』人間であるかのように細工していると思うんだが……」

「ああ、確かにそうです。でも、此処は『朝比奈』の説を借りて、『敵』はスタンドを『自由に付け替える』能力はないと考えます。
 敵は『洗脳スタンド』と『隠密スタンド』をあわせて、初めて『戸籍』をいじくれる。と、考えます。
 そして……これはあくまで、『パッショーネ』に属する人々の見解ですが。
 『精神』に作用する『スタンド』というのは、とても希少なものなんです。
 現在、『パッショーネ』と『SPW財団』が確認している限りで、そういったスタンドで、『生まれつき』の能力として『精神』への干渉を行えるスタンドは……
 唯一。『ストレンジ・リレイション』というスタンドが当て嵌まるのみです。その本体の死亡は、SPW財団によって確認されています。
 つまり……『敵』が、一度でも、『潜入』→『洗脳』→『脱出』の流れを行っている以上。
 ならば、敵が再現することのできる『洗脳』の能力は、たった一つきりで、それ以外は存在しないと言っていい。そう、我々は考えています。
 ついでに言いますが、現在、行方が判明して居ない『矢』は、たった一つ。
 そいつがおそらく、『小野』の使っている『矢』です。つまり、『矢』によって、我々の知らない『スタンド』が生まれたというのは考えにくい―」

……まるっきり、言い伏せられてしまった。

「まあ、最も。貴方の『矢』に似た『スタンド能力』のように……
 『スタンド』を新しく『産み出す』能力を持つ『スタンド』が存在しないとは限りませんが。
 とはいえ、貴方のかつて持っていた『スタンド引き出し』の能力はとても希少です。
 その類似品が、容易くそこらに転がっているとは思えません」

……勝手に人のスタンドに、希少価値を付けられても、困るんだが。

「いいや、『キョン』。君のスタンドは十分に『希少』だ。その点では誇っても良いよ。
 君は……君の『スタンド』は、まるで『矢』のようだ。
 人を選び、そいつから『スタンド』を引き出す……
 面白い。とても面白いよ、『キョン』君。
 僕は君に出会えたことを、神に誇ってもいいね」

その神様とやらは、あの『ハルヒ』のことなんだろうか。
岸辺。てめぇ、一人で楽しんでやがるな?

「兎に角―――以後、我々は『オノダイスケ』という名前をキーワードとして、捜査を行う!
 『敵』に、人の心を操る能力は無い―――と、断定して!
 ホテル、施設、その他――――あるいは、『浮浪者』として存在している可能性もある!!
 僕ら『SOS団』は、その人物を『敵』とみなして活動する―――異論はないですね!?」

「……いいわ。『機関』もおそらく、同じ見解をするでしょうから」

森さんが言う。

「よくわかんないけど――――とりあえず、『ハルちゃん』を守ればい――――んだよねェ?」

榎杜さんが言う。

「早速、西宮市、兵庫県のデータを漁ります。貴方の言うことは、まず間違いは無いと思います。
 あとは、ホテル―――県内中のホテルを回り、『オノダイスケ』にまつわる情報をあたります!」

古泉。

「チッ……どこの誰だか何ざ知らねェ――――けどよォ――――
 喜緑を……『江美里』を狂わせた野郎には――――報復をくれてやるぜェ――――必ずなァ!!!」

……生徒会長。
……やれやれ。どうやら。
逃げ道は、ないようだ。

「やりゃァ―――ーいいんだろ!? やりゃァ!!」

やけくその己の叫び声が、まるで負け犬の遠吠えのように響く。
ああ―――なんでたって、俺は、こんな場所に居るんだろうな?


――――




……『小野』は、また、新幹線に揺られている。関西へと向かう新幹線の中で。
『西宮市』。再び帰るその場所で、一体何をしようか? そう考えながら――――

「分かってるよ、『スペクタクル』……付け焼刃の『スタンド』じゃ、難しい。それくらいは、ね――――」

『像』のないスタンドであれば、彼の本来の『スタンド像』を発現することも可能らしい。
『ストレンジ・リレイション』を再生して、初めて知った事実だ。……小野は、『ジャスト・ア・スペクタクル』の表紙を撫でながら、呟く。

「求めるものは―――自分で取りに行かなくちゃ、ね。そう言いたいんだろ―――『スペクタクル』。」

そう言って、車内販売から購入した、ビールを一口飲む。
……苦い。

ああ、『彼女』は――――小野は思う。
『彼女』は――――幸せに、なれたんだろうか?










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最終更新:2014年06月05日 01:13