……怖い。
私に、一体、何がおきているんだろう?
雨が降っている。空からまっすぐに降りてきた雨の粒が、私の顔に降り注いでいる。
……私は、空を見ている。
背中が冷たくて、気持ち悪い。雨の降っている中、こんな風に仰向けに寝転んだら、濡れてしまうのは当たり前だ。
「ちっ、違うっ、この子がいきなり『飛び出して』来たんだァ―――!」
「おい、やべぇって……逃げよーぜ、早く!」
「バッ、馬鹿! 逃げたら俺たちが警察に追われるかもしれないぜ!?」
……すぐ傍で、いろんな人の声がする。
瞳だけを動かして、声のしたほうを見る―――私の周りを取り囲むようにして、知らない大人の人たちが、すごくあわてた様子で騒いでいる。
その中で、一人、見覚えのある人を見つける。
ああ―――そうだ、私は。この人に、路地裏で突然声をかけられて―――逃げ出して、あとは―――どうしたんだっけ?
私が体を起した途端に、周りの人たちが、まるで、魔法を目の当たりにしたみたいに、どよめき始めた。
……私がいるのは、道路の上。すぐ傍に、大きなバイクが倒れている。
「きっ、君、大丈夫なのか? 今、救急車が―――」
救急車?
男の人が、何を言ってるのかわからない―――その人は、私のお腹を見つめている。
……見ると、白いカットソーの、お腹の部分が……真っ赤に、染まっている。
何、これ? ―――もしかして、血、なの?
――――
……気がつくと、私は起き上がって、無我夢中で走り出していた。
お腹と背中の両方がびっしょり濡れてて、すごく気持ちが悪い。
知らない人が、私がバイクに轢かれたんだと言っていた。けれど、そんなはずはない。
だって、私は、こんなに早く走れるくらい、元気なのに―――
どうして、こんなに早く走れるのかな?
―――ふと。暗いお店のウィンドウに、私の姿が映ってる。
ああ、そうだ―――私は、何故か、『大人』みたいになってしまっているんだった。
ウィンドウに移る『私』。背が高くて、胸があって、手足が長くて……
その姿が、まるで、『ハルヒ』さんや、『みくる』ちゃんや、『ミヨキチ』と被る。
大人と同じ服を着て、綺麗な大人の女の人のような姿がよく似合う、私の記憶にある人たち。
私とは、ぜんぜん違ったはずの―――
「……違う……こんなの、『私』じゃないよ……!!」
わからない。私には、本当に何も『わからない』。
なんで、私がこんな姿に成っているのだろう……
小学三年生だったはずの私が……あれ?
違うよね? 私は、小学六年生で……
「……おい」
不意に。すぐ傍から声をかけられて、私の心臓が、とても強く動き出す。
ウィンドウに、私のすぐ傍に立っている、知らない男の人がいる。
背が高い―――『お兄ちゃん』や、お父さんよりも、もっと大きい。
ニットの帽子を被った、すごく派手な服を着ている、男の人。
「ジャポネじゃ、傘も差さずに雨の中をほっつき歩くのがはやってるのかよぉ―――?」
男の人は―――なんだか、顔が不思議な感じ。外国の人なのかな? ―――私に向けて、傘を差してくれている。
何でだろう? 私は思う。私は、今まで、こんな大人の人に話しかけられたことなんて、ないのに―――
もしかして。私が、『大人』みたいな姿をしているから―――なの?
じゃあ、この人は―――どうしよう。私は『大人』なんかじゃないのに――――!!
「『嫌』ぁっ!!」
「うおっ!? お、おい―――ちょっと!?」
怖い。大人の人が怖い。男の人が怖い。
私の頭の中で、このあいだ、クラスの友達が言っていたことが、頭をめぐっている。
大人の人たちがする、私には想像もつかないこと―――
「あ―――!!」
その男の人から、できるだけ離れたいと思ったがあまりに。
雨に濡れた歩道に、靴底を滑らせてしまった。
世界が暗転して、顔がすごく、すごく痛い。……転んでしまったのかな?
口の中が痛い。歯が、すごく痛い……
「大丈夫かよ、おいィ!?」
不意に、地面に倒れた私の体を、さっきの『男の人』が抱え上げる。
……大きな手。お兄ちゃんとは違う、すごくごつごつした手。
私の目の前に、その人の顔がある。私のクラスには、いや、学年には決していない―――『大人』な顔。
「! ……お、前……何だ、そりゃァ――――!!?」
不意に! 男の人が、叫ぶ! 私の顔より、ずっと上の、『何か』を見て!!
「嫌ぁぁぁ!!」
怖い。怖い。怖い。怖い。怖いィィィィ―――――――――!!!
私は男の人の腕を振り払うようにして逃げ出し、雨に濡れた歩道を走る。
この人から、遠くへ―――大人の人がいない場所に、行かなくちゃ!!
私の背中で、男の人の声がする――――嫌! 聴きたくない!
ざあざあ。周囲には、雨の音が鳴り響いている。
私は、雨の音以外の何もない場所を探して、真っ暗な街を駆けた。
――――
「……今度はなんだよ、『キョン』」
僕の前を走っていた背中が、突然止まり、僕は、その背中に尋ねかける。
目の前に立ち尽くしているその男は、ついさっき、僕の目の前で、突然腹を『裂かれた』男だ。
鬱陶しく降る雨の中。なんでったって、僕はこいつと二人で、傘もささずに全力で走り回らねばならんのか。
シャツもズボンも、パンツまでもびしょぬれだ。お気に入りのヘアバンドも、洗濯に出さなきゃあならんだろう。
まったく、僕の『ヘブンズ・ドアー』には、『他のスタンド使いに迷惑をかけられる』能力でも付いているんだろうか?
何しろ自分は読めないもので、実際にそんなものがあるかどうかは、永久にわからないわけなんだが。
「……こっちだ、岸辺!」
僕が、しばらく、そいつの背中を眺めていると。
そいつはまるで、たった今目覚めた、捕獲寸前の魚のように、これまでとは逆方向に走り出した。
「おい、待ちやがれキョン! 何が『こっち』なんだよ!? 『スタンド』の気配でも感じたのか!?」
「違う! だけど、わかるんだ……妹は、あっちにいる! 何故かは俺もわからんが、『予感』がするんだッ!!」
何だ、そりゃ? と、言いかけた直後。
二年前、『承太郎』から聴いた、あるフレーズが、僕の脳裏を過ぎる。
『――血縁関係にあるスタンド使いはな。何故だかわからんが、その存在を感じられるんだ。
原理はさっぱりわからんが―――おれも、『ジョセフ』のじじいが、近くにいることを感じ取ったことがある』
……今、探しているのは、目の前にいるこの『キョン』の妹だ。
なるほど。『孫』が『祖父』の居場所を感じ取れるぐらいなら、『兄』が『妹』を感じ取ることができてもおかしくはない。
……数分ほど、目の前の背中を追って、移動した先で。
道路の一角を占拠したパトカーと救急車、そして、なにやら十数人の人が群がっている、ある一角が目に入った。
キョンは、一瞬だけ僕を振り向き、何かを確認するように僕の目を見ると、一目散に、その人の群れに向かって走り出す。
まったく、奴が『チープ・トリック』に憑かれたら、そりゃあもう、秒単位の速度で干からびらされるだろうな。
「……うげっ!!」
目指す人だかりが、もう目の前に差し掛かったとき。突然、キョンが妙なうめき声を上げて、立ち止まった。
「おい、今度は何だ!?」
「かっ……顔が、痛ぇ!」
振り返ったキョンの顔面には……まるで、たった今地面とキスをしてきました。とでも言うかのように、でかい擦り傷が張り付いていた。
序でに、唇を切ったのか、歯が折れたのか、口からは血がどくどくと流れている。
そして―――その傷が、僕の目の前で、『消えて』ゆく!
「ちくしょう、こりゃぁ一体何だ!? 『傷つけて』は、そいつを『治して』く『スタンド』!?
そんなもんが何の役に立つってんだァ―――!!?」
「いいやっ、有り得んな! そんな意味不明なスタンドがあるはずがない!
何か、何かがあるんだ! お前が攻撃される『条件』がッ!!
とにかく、はやく『妹』を見つけるんだよッ!!」
程なくして、僕とキョンは、例の人だかりにたどり着く。
「すみません、此処で何が有ったんですかッ!?」
野次馬であろう、そこらの男を捕まえて、キョンがそう訊ねる。
サラリーマンらしき男は、突然現れた、傘も差さずに雨に打たれてる僕ら二人を見て、少し驚いた様子だったが
「ああ、なんか、女の子がバイクに撥ねられたんだよ。何かに引っかかったのか、腹が『裂け』ちまって、えらいことだったんだが
その女の子が、いきなり起きて、あっちに走って逃げて行っちまったんだよ」
と、言った。
キョンが僕を振り返る。ああ、間違いないだろうな。
「ありがとうございますっ!」
謝辞と同時に、男が指し示した方向へ駆け出そうとした時。
向かいから、まるで僕らのように、雨に打たれながら駆けてくる……見覚えのある、男の姿が見えた。
「おい、キョン! あれは―――『ミスタ』じゃぁないか?」
「何だって?」
『ミスタ』はどんどんこちらに近づいてくる。きょろきょろとあたりを見回しながら、まるで、誰かを『探して』いるかのようだ。
もしかして―――
「! お前ら、『キョン』に『ロハン』だったか?
気をつけろ、近くに『スタンド使い』がいるぜ。
ついさっき出会ったんだが、逃げられちまってよォ――!! そいつ」
「『女の子』なんだな!? 腹に傷のある、血まみれの女の子だったんだな!?」
キョンの言葉に、ミスタの顔色が変わった。
――――
曲がり角に気が付けば曲がり、私はそこらじゅうを駆け回った。
走っていないと、後ろから、さっきの男の人や、キョン君たちが追いかけてくるような気がしたから。
歩道橋も渡って、逃げ続けた。どこか、私が居られる場所は、ないの?
私の怖い物がない場所……そこに行きたいのに―――どこに行っても、『大人の人』が居る。
どれだけ走っても、どれだけ逃げようとしても、私は一人にはなれない――――!?
「きゃっ!?」
「おっとッ!?」
不意に。私は、何かにぶつかってしまう。
人だ。走るうちに、前を歩いていた人にぶつかってしまったんだ。
私は濡れた歩道の上に尻餅をつく。
それと同時に、地面に手を付いたとき。何か、鋭い痛みが、手のひらに走った。
「大丈夫かい? ……君、傘は? それに、その服……」
「ひっ……」
私がぶつかってしまった人が、私に話しかけてくる。
男の人だ。茶髪で、年齢は……いくつぐらいだろう。とにかく、大人だ。
その人は、地べたに座り込んだ私の前にしゃがみ込み、私に手を差し出してくる。
半ば条件反射のように、私はその手に、恐る恐る触れる。
「手のひらを怪我しちゃったのか……ごめん、僕がボーっとしてたからぶつかってしまったんだ」
男の人は、私に話しかけている。だけど、何を言ってるのかは、頭に入ってこない。
「あれ、君は……!」
その言葉とともに。男の人の表情が、変わる。
「……そうか、君は……『あの娘』なのか―――」
何? 何を言ってるの?
この人は、私を知ってるの? 怖い。私は、この人を知らないのに!
「放してェ――!!」
私は思いっきり、男の人の手を振り払って、でたらめに走り出した。
わからない。どうして、私は、こんなことになってるの―――?
もう――――嫌だ。怖い。こんなに怖いことが、いつまで続くの?
ずっと? 私は、大人になってしまったから―――このままずっと、このままなの?
いや、もう――――死んでしまいたい。
――――
「じゃあ、あんた、俺の妹の『スタンド』を見たのかッ!?」
「ああ、多分そうだろうってヤツを見たぜ。なんかこう、でっかいイルカみてーなのが浮かんでたなァ。
ただ、どんなスタンドかは分からないぜ。
……あ、そーだ。確かよぉ、その子は、俺の目の前で『転んだ』んだよ。
んで、歯が折れたのか、口から血が出てたんだけど……それが、『治った』んだよな。俺の前で」
歯が折れて、直った。
そいつはまるで、俺がさっき食らった『攻撃』のようだな。
それに、さっきの交通事故とやらの話。腹が裂けて、治ったってのにも覚えがある。
「キョン。どうやら、お前の妹のスタンドは……『自分と同じダメージを食らわせる』らしいな」
ああ、そのようだ。
しかし―――何でったって、俺が攻撃の対象になっているんだ?
それに、すぐさま治るというのも、なんとも意味がわからない。
「それは僕にも分からん。
とにかくだ。キョン、お前が頼りなんだぜ。『肉親』を感知するパワーと、お前のスタンドのサーチ能力。
そいつでさっさと、お前の妹をとっ捕まえるんだよ!」
さっきっからサーチはしてるがな。俺の『ゴッド・ロック』は、『発動中』のスタンドしか探知できんのだ。
妹が今どこにいるかなんか、パッパとわかるわけないだろ。
妹が『スタンド』を出しっぱなしのまま、駆けずり回ってるのなら話は別だが……
……その時だ。俺の右手のひらに、鋭い痛みが走った。
「ってェ―――! くそ、またかよ!」
……待てよ。
今の痛みと同時に、俺の感覚の端っこが捕らえた―――
「……『見つけた』! 妹の居場所―――しかし、ちっとばっかし『遠い』な―――!」
この『位置』だと、線路を越えた向こうか。
随分足が速くなったな、妹よ。まあ、アレだけ足が伸びれば、当然といえば当然か。
「なあキョン、やっぱ『急ぐ』よなぁ? 急いでる時はよぉ、しょうがないことってあるよな?」
ああん? 何だって?
そう言ったミスタの手には、なにやら『針金』が握られている。
そして、視線の先には……道端に止められた、明らかに違法駐車真っ最中の乗用車。
……ちょっと、俺には判断しかねる問題です。
「で、どこに行きゃー良いんだァ?」
「とりあえず、『駅』だ! 此処からなら、線路越えに一番近いのは、駅の傍の踏み切りだ!」
見知らぬ誰かの車に乗り込んだ俺たち三人は、ミスタの運転で、駅を目指し、道路を駆けた。
濡れた全身がなんとも気持ちが悪い。どうせまた濡れると分かりつつも、車内に転がっていたティッシュペーパーで、髪の毛の水分をぬぐう。
「なあ、ミスタ。俺の妹は―――どんな感じだった? なんつーか……怒ってたとか、そういうので」
「怒ってた、って感じじゃぁねーな。どっちかっつーと、やたらと『怖がって』たぜ。
まあ、俺もこんなナリだしよ。怖がられるのはしょうがねーと思うが……
あんなに思いっきりビビられると、ちょっと悲しくなるぜ――、さすがに」
怖がってた、か。
一体、妹に何があったというんだろう……自分の『スタンド』を見て、驚いたんだろうか?
いや、しかし、それならあのホテルのロビーで、俺が妹の『スタンド』を感知しているはずだ。
「に、してもよ――。お前の妹は、『矢』に射られたわけでもねーんだよな?」
本人はそう言ってたな。しかし、『オノダイスケ』は今、洗脳の能力を持っているんだろ?
だったら、『矢』に射られたことを忘れさせられてる可能性もある。
「いや、それは無いな」
そう言い切るのなら、根拠があるのか、岸辺露伴。
「『榎本』にしろ『菅原』にしろ、『オノダイスケ』が『洗脳スタンド』を使いはじめてからの『スタンド使い』はな
どいつも『矢』のことだけはきっちり覚えているんだ。矢に刺される前後のことは忘れちまってるみたいだがな。
つまり、『矢』という存在だけは、どんな『スタンド』を持ってしても『忘れさせる』ことはできないってことだ」
なるほど。つまり……
「お前の妹は、『キョン』。お前のスタンドがかつて持ってた『能力』によって、『スタンド使い』にさせられていたんだ。
お前がいつから『ゴッド・ロック』を持ってるのかは知らんが、『妹』ともなれば、おそらくえらく前からな。
しかしだ。その割には、『妹』はこれまで、今回みたいなややこしい事態を起さずに居たって事は。
お前の妹のスタンドが『変化』したってことだ。まさに、数週間前のお前みたいに」
変化。
俺が矢に射られて、ゴッド・ロックに像が発生したみたいに、か。
「『スタンド』は、ものにも寄るが、大体の場合『成長』をするんだ。その上で、能力が変化してゆくことはある。
僕の『ヘブンズ・ドアー』だって、最初は作品に宿る能力だったが、今では『像』がある。
その像だって、身長も伸びて、力だってそれなりに強くなったんだ」
……妹のスタンドが『成長』して、妹を『成長』させる能力に目覚めたってのか。
「むしろ、逆だな。今言ったのは、他からの干渉が無い場合だ。
『スタンド』ってのはな。血縁者に、多大な影響を与えるんだよ。
たとえば、ある男が矢によって、『スタンド』を得たとする。
すると、その男の血縁者にも、『スタンド』が『発生』することがあるんだ。
……お前が『矢』によって、スタンドに変化を齎された。その影響で、妹の『スタンド』にも変化が現れた……そういう事じゃないかと思う」
……言っている意味がよく分からん。
つまり、それで『成長』の能力が発生した。ッてことじゃ無いのか?
「お前の妹は、えらく『幼い』やつだったらしいな、キョン?」
「ああ……小3ぐらいのころから、身長もほとんど伸びてねえし……性格も―――」
……待てよ?
「……これは僕の憶測だ。お前の妹が持っていた『スタンド』は―――『成長』を『留める』スタンドだった!」
成長を……『留める』?
「ああ。そして、お前が『矢』にやられた影響で、その能力は『消えちまった』んだ。
すると……『留まって』いた、数年分の成長が、一度に来るだろうな。
だから、お前が成長した妹を見て、『スタンド』の影響だと考えたのは間違いじゃない」
「……にわかには信じられん」
「……まあ、何だっていいことだ。僕はただ、『スタンド増産スタンド』を持ってたお前と一つ屋根の下にいた妹が
今日まで『スタンド使い』にならずに済んでいたってのが、どうも腑に落ちないだけだ。
事実がどうだろうと、とにかく今は、お前の妹を見つけるのが先だ」
そう言ったきり、岸辺は退屈そうに、窓の外に視線を移した。
「頼むから、お前は『妹』が近くにいないかをサーチするのに集中しててくれ」
言われなくてもやっている。……そうこうする内に、ミスタの運転する車は、光陽園駅へと辿り着いた。
「着いたぜェー、キョン。で、駅の向こう側に行っていいのか?
あれから随分時間がたってるし、今、妹が向こう側にいるかどうか、わからねェ―――ぜ?」
ああ。行き違いにでもなったら溜まらんからな。
そう思って、さっきから『ゴッド・ロック』の目を光らせているんだが……
―――! その瞬間、俺の頭に、もはやおなじみとなった、あの感覚が飛び込んできた。
『スタンド』だ――――間違いない。さっき感じたのと同じ―――『妹』の『スタンド』だ!!
それも、かなり近い。
「『ミスタ』! ここらに妹が居る!! ……あっちだ、線路沿いに進んだ先……向こうへ行ってくれ!」
返事の変わりに、エンジンが噴かされ、タイヤが、雨に濡れたアスファルトの上を走り始める。
……間違いない。これは、『妹』だ!
ミスタの運転する車は、俺たちを乗せて、線路沿いの、人の居ない道を走ってゆく……
4・11の前を通り過ぎ、八百屋の店先を駆け抜け、質屋の前を掠めて……
近い。もうすぐそこに、妹がいるはずだ!
「ここだ、降ろしてくれ! このあたりに、居る筈なんだ!」
俺たちは再び、雨の中へと転げ出る。
ちくしょう。近くにいることは分かるってのに……見あたらねえ!!
「……おい、キョンよォ……お前の妹ってのは、もしかして、まさか、『あいつ』じゃねェ―――だろうな?」
ふと。ミスタが、道の先……その少し横の空中を指差しながら、言う。
その軌道の先―――あれは、歩道橋だ。線路の上に架けられた、この街の西と東を繋ぐ橋。
そして、その中ほどに―――手すりをよじ登り、今、まさに、空中へと旅立とうとしている――――腹の部分が赤い服を着た、少女の姿があった。
「何だってェ――――――――――!!?」
ああ、申し合わせたように。歩道橋の向こうから、電車がやってくる。
体が、俺の意思を無視して走り出す。妹が、空中へと投げ出されてゆく……
ゆっくり、ゆっくり。俺にはそう見える。電車が近づいてきて、妹が、その行く手の先へと落ちてゆく……
「ダメだァァァァ!! 間に合わねェ――――――!!!」
ミスタが叫んだ、その直後。
妹が、消えた。
歩道橋から零れ落ちた、木の葉のようなその体が……『消えた』のだ。
電車は、やかましい音を立てながら、光陽園駅へと入ってゆく……
今のは……何だァ―――!?
「ウソだろ、何だ、今のはァ―――!?」
俺と並走するミスタにも、今の異常事態は『見られた』らしい。
確かに、今。俺とミスタの目の前で、『妹』が『消えた』のだ。
一瞬で電車に撥ねられたわけではない。それなら、今頃俺の体もバラバラになっているはずだ。
……そして、歩道橋の傍までたどり着いたとき。俺はようやく、『それ』に気づく。
「……スタンド……スタンドが、『発動』してる……俺たちの、『すぐ傍』でッ……!!!」
……線路をはさんだ、向こう側の道路に。一人の男が立っている。
男は―――顔まではわからないが、茶髪の、穏やかそうな男だ。―――両腕に、力なく体を投げ出した『妹』を抱えている。
そして、その背後―――男の身長よりも頭二つ分ほど大きな、『バットマン』のような人型の像。
「……君は、とても『邪悪』だ―――」
ふと。男の背後の『スタンド』が、そう呟く。
その音は、十数メートル離れた俺たちにも届く―――『スタンド』が、その声を聴いているのだ。
「君は人を『不幸』にする―――この世で最も愚かな『スタンド使い』だ」
男が、呟く。
ああ、分かっちまった。この『男』が、誰なのか―――
何故こいつが、俺の妹を『助けた』のかは知らないが―――!!
「お前が……『オノダイスケ』なんだなァ――――!!?」
―――――――――――――――――――――――――
スタンド名 - 「ローテク・ロマンティカ(初期)」
本体 - キョンの妹(11歳)
破壊力 - - スピード - - 射程距離 - -
持続力 - A 精密動作性 - - 成長性 - A
能力 - 本体の肉体、精神の成長を留めるスタンド。像は無い。
本体が成長し、大人になることを拒んだ時に発現したスタンド。
―――――――――――――――――――――――――
スタンド名 - 「ローテク・ロマンティカ(変化後)」
本体 - キョンの妹(11歳)
破壊力 - B スピード - D 射程距離 - A
持続力 - A 精密動作性 - C 成長性 - C
能力 - 巨大ないるかのような像を持つスタンド。像自体に攻撃能力はない。
本体が決定した、あるいは、本体が最も意識している人物を対象に
自分の身に起きた事柄をそのまま感じさせる。
本体が痛みを感じれば、対象も痛みを感じる。
また、本体及び対象へのダメージを、かなり速いスピードで回復させる能力も持つ。
これは、本体の、自分を助けて欲しい・自分の痛みを知って欲しいといった
強い願望から生まれたものと思われる。
―――――――――――――――――――――――――
最終更新:2014年06月05日 01:14