「はぁ~~~ァ!? キョンがインフルエンザぁ―――!?」
キョン君たちが激戦を繰り広げた夜が開けて、本日、土曜日。
私たちSOS団(-一名)が終結した、いつもの集合場所で。
町中に響き渡らんばかりの声で、涼宮さんは叫びました。
「はい。どうも、今流行しているヤツだそうで。感染の恐れもあるので、しばらく安静に、ということです」
「ハァ―――。あのヌケサクッ! 仮にもSOS団の団員が、ウイルスごときにへばってどうすんのよ!
そんなもん気合で跳ね返しなさいよ! 次の合宿で、とことんシゴいてやるわ」
……私が種明かしをするのも、なんだか申し訳ないんですが。
キョン君の容態は、実はインフルエンザなんかではなく……昨晩の戦いによる気疲れで、今日ばかりは行動不能。ということだそうです。
なんでも、キョン君たちは―――あの、『小野大輔』と、真っ向からぶつかりあってしまったそうで……
外傷こそは、長門さんの力で回復したものの……小野のスタンドと戦い、結果として、惨敗してしまったことと……
それと、妹さんのこと。
小野とともに姿をくらませてしまった、キョン君の大切な妹さん……
私には計り知れません。彼がどれだけ、心に錘を抱えてしまっているのか……
「まあ、いいわ。今日は前みたいに、2:3で分かれましょ。行きたいところもあるしね」
何が何でもお見舞いに行くわよ! なんてことにならなくて、本当によかったと思います。
涼宮さんが常識をわきまえてくれて助かりました。
―――
そして、くじ引きの結果。わたし、朝比奈みくると涼宮さんは、西宮の中央街にあるデパートを訪れています。
「今年の学園祭で、あたしたちがバンドをやるのよ! 美夕紀さんとも話はついてるわ、ENOZとSOS団のコラボレーションよ!」
なんでも、そのために、私の衣装を買うそうで……でも、涼宮さんの訪れるお店が、どれも、パンキッシュな衣装ばかりを扱っているお店なのが気になるんですが……
「あー、もう! アレもいや、コレもいやじゃ話にならないじゃない!」
涼宮さんが、私に怒鳴りつけます。
だって、仕方ないじゃないですか。涼宮さんが私に勧めてくるのは、どれも露出度の高い……なんていうか、とってもセクシャルな衣装ばかりなんですから。
あんな服を着て、文化祭の舞台になんか、とても立てません。
って、去年の映画で、バニーガール姿を公衆の目に晒している私が、どの口で言うかっていう気もしますけど……
リアルタイムでみなさんの前に立つのとは、また、話が別です!
「いいわ、もう。あたしが選んでくるから、みくるちゃんは、そこらをブラついてて!」
そう言い捨てるのを最後に、涼宮さんは、とっても特殊な衣装を専門とするお洋服やさんに、吸血馬のごとく突貫していってしまいました……
数ヵ月後の文化祭、私はどんな辱めを受ける羽目になるんでしょうか。考えるだけで、あたまがゆらゆらします。
「……怖いなあ」
この『怖い』には、ふたつの意味があります。
一つは、さっき言ったとおり。涼宮さんが私に着せるために買ってくる衣装が、どえらいものだったらどうしよう? という恐怖。
それと―――もう一つ。
これは、言わなくてもわかりますよね?
でも、念のため、お話しておきます……もし、今、ここに『スタンド使い』が現れたら? っていう怖さです。
古泉君は、言っていました。小野は今、おそらく、最強の戦闘能力を持つ『スタンド』を再生している。
小野は、ほかのスタンドを再生して、傷を癒すことはできない。キョン君とミスタさんとの戦いで受けた傷を癒すために、しばらくの休養をとるはずだ、と。
でも。わたしの臆病な性格が、どうしても、よくない考えをくすぶらせるんです。
もしも、今。万が一、敵スタンド使いが現れたら。私は、そのスタンド使いを倒せるでしょうか?
とても強くて、頼りになるけど、私には制御できない……『メリミー』で、涼宮さんを守れるでしょうか?
「あの、抹茶とキャラメルを……」
だめですね、ネガティヴな考えばかりで。こういうときは、少し落ち着きましょう。
そう思って、私は、ビルの一階、食品売り場にある、アイスクリーム屋さんを訪れていました。
私の好きな二つのフレーバー。本当は、もうひとつ重ねたいけど、それはちょっと、お金が掛かるし……
そんなことを考えながら、私は、アイスクリーム屋さんのお兄さんに、二段の注文をしました。
その時です。私のすぐ後ろから、男の人の声がしました。
「それに、ストロベリーを重ねてください。あと、僕は、ストロベリーとバニラの二段で」
「……えっ?」
私は、その声に振り返る。そこには、私より頭一つほども身長の高い、男の人が立っていました。
一瞬、私は、その人を、見覚えのない、他人だと思いました。でも、私の記憶の奥底に、その人の顔が存在していることに、すぐに気づきます。
「ふ、フーゴさん?」
「気にしなくていいですよ」
私が、その人物の名前を呼ぶと。その人は、ちらりと私の目を見た後で、まるでなんでもないように、アイスクリーム屋さんの店員さんに視線を移しました。
程なくして、私の手元に、抹茶、キャラメル、ストロベリーの、なんだかミスマッチな三種のアイスを載せたコーンが渡されます。
「向こうで話しませんか?」
私のすぐあとに、ストロベリーとバニラの二段の乗ったコーンを手にした男の人……『パンナコッタ・フーゴ』さんが、備え付けのベンチを指差し、言います。
「は、はい」
流されやすい性格。っていうのは、よく聴く文句ですが、それはつまり、まさに、私みたいな性格のことを表すんでしょうね。
私は、突然現れた知人のいざなうとおりに、彼の背中を眼前に携えながら、プラスティック? 製のベンチへと、足を運びました。
「忘れてたわけじゃあないと思うんですが。彼女、涼宮ハルヒには、いつも監視がついているんですよ」
ベンチに座り、バニラのアイスを食みながら。フーゴさんは、私に眼を向けることなく、言いました。
「当然、彼女と行動をともにしている貴方にも、少なからず監視はついてます。
……きっと、あなたはこう思っていたんでしょう?
『私ひとりで、涼宮ハルヒを守れるかな?』とか」
フーゴさんは、淡々と言葉をつむぎます。……その概要は、なんていうか、あれです。図星です。
「みくるさんでしたっけ。もうちょっと安心してください。リラックスってやつです。僕ら……『機関』は、つねに彼女と、その周囲の人々を見守っています。
まあ、機関の監視ったって、『スタンド』を視認できるヤツは少ないので、頼りなく思っちまうのは仕方ないとおもいますけどね」
その言葉で、やっと、フーゴさんが私に接触してきてくれた理由がわかりました。
涼宮さんとふたりきり、いつスタンド使いが襲ってくるかもわからない現状に、私はとても臆病になっていました。
それを見て、フーゴさんが、私を落ち着かせるために、こうして私のところに来てくれた。
「……ごめんなさい、私、ちょっと神経質になってました」
「いいんですよ。あなたは場数を踏んでいる人じゃない。僕らにだってそれはわかってます。
涼宮ハルヒ同様、あなたも、僕らが守るべき対象なんです」
フーゴさんは決して笑いませんが、私の目を見て、そう言いました。
その言葉に……とっても失礼なことですが、私は少し、不甲斐なさを感じます。
私は、長門さんや、古泉君に助けていただいてばかりでした。本来なら、彼らと同じ、涼宮さんの力を監視するために、この時代にやってきたはずだというのに。
なのに、私は。あらゆる人に、守っていただいてばかりで――――
その、瞬間です。
私の目前。もう、センチメートルという単位は必要ないほどの、目の前に。
私の知らない―――とても、邪悪な顔をした、男の人が現れたんです。
「ヒヒヒヒヒヒヒ」
その人の目は――右目と左目が、それぞれ別の方向を向いていますが――少なくとも、その左目が。私を、見つめ、笑っていました。
「きゃあああああああっ!!?」
「っ――何ィ――――――!!?」
私のすぐ隣で、フーゴさんが声を上げました。
……何ですか、これ? 私、どうなっているんですか? 私の前にいる、この人って―――誰、ですかっ!?
「ウリャァァァァァァ!!!」
立て続けに聞こえたのは、フーゴさんの絶叫。
同時に。私の目の前の、その男の人の顔の前に―――紫色の、歪な手が現れました。
いくら鈍い私でもわかります。フーゴさんの『スタンド』です。
「しゃああぁぁぁぁ!!」
その『手』が、私の前にあらわれた男の人の顔をえぐるように、前方へと振り払われます。
ぐしゃ。きっと、そんな音がすると思いました。
でも、実際に聞こえた音は、フーゴさんのスタンドの手が、空中を引っかく、ブオン。という、野太い音だけでした。
「『見ぃ―――つけた』……オレ好みだぁ、この子は……」
次に、聴き知らぬ声が聞こえたのは―――私たちの頭上。
私とフーゴさんが、同時に、声のした方向を見上げます。
そこには――私の前に現れた、先ほどの男の人が。
天井に、身体の半分を埋め込みながら……半分だけになった顔で、私たちを見下ろしている光景が広がっていました。
……ああ。私の悪い予感は、当たってしまったんです。
「『スタンド使い』――――!!」
私のすぐとなりで、フーゴさんが叫びます。その視線は、当然……天井に『減り込んだ』、その男の人をにらみつけています。
周囲の人たちが、私の悲鳴と、フーゴさんの声を聞きつけ、何事かとどよめきはじめました。
でも、不思議と……私たちよりもよっぽど不思議で、奇妙なはずの、天井の人に視線を向けている人はいません。
―――それもそのはずでした。私が再び、天井を見上げたとき。そこには、さっきまで居たはずの、あの奇妙な男の人は、いなくなっていました。
「ガァァァァ!!!」
私が天井に視線を戻したのと、ほぼ同時に。フーゴさんのすぐ傍に居た、『スタンド』……紫色の体をした、大きな男の人のスタンドです。そのスタンドが、叫びました。
そして、まるで猫が、高い垣根へと飛び乗るかのような軽い動きで、床をけり、先ほどまで男の人が減り込んでいたあたりを、思い切り引っかきました。
壁全体を通じて、店内中に響き渡るような重い音と、蛍光灯が割れる、切り裂くような音とが混じりあい、周囲に響き渡ります。
「きゃあああっ!?」
集まってきた人たちが、突然の騒動に声を上げ、それを皮切りに、店内に、騒ぎが起こり始めます。
「逃げられた―――何処だ、何処に行ったっ!?」
どよめく人々をけん制する様に、フーゴさんが声を上げながら、周囲を見渡します。
私はというと……どうしたらいいんでしょう。私も探さないと。でも、もし私がさっきの人を見つけても……倒せるのかな?
―――なんて、スットロいことを考えてる場合じゃあないことが。今、ようやく分かりました。
「いいなぁ、この『髪』……栗毛色で、銀座のレストランのスパゲッティみてーでよぉ……クヒヒヒ」
耳元で、粘つくような声。そして、私の髪の毛の一部が、ふわりと持ち上げられる感覚―――
「きゃあああっ!?」
振り返ると――そこに。さっきのように、壁に体の半分を減り込ませた、あの男の人がいました。
そして―――私の髪の毛を手にとって、その毛先に頬擦りをしていたんです。
「いやあああっ!! 『メリー・ミィ―――――――ッ』!!!」
絶叫とともに。私の体から飛び出した、白い右腕が。私の髪の毛を弄る男の腕を掴みました。
「MMMMAAAAARRRYYYY!!!」
『メリミー』は、私と良く似た―――だけど、わたしよりもちょっと低い―――声で、猛獣が吼える様な声を上げながら、男の腕を引っ張り、壁から引き摺り出そうとします。
だけど―――
「ヒヒヒヒィ」
男が笑うと同時に、『メリミー』が、強烈な力で、逆に引っ張られてしまいます。
だめです、私じゃ、敵いません! 男はずぶずぶと、体を壁の中に埋めていきます―――これ、どういうスタンドなんですか?
「『パ―――プル・ヘイズゥ―――』!!」
フーゴさんのスタンドが、壁に減り込んだ男に向かって、蹴りを放ちます。
細くとがった爪先が、壁を穿つ―――しかし、またもや。男は壁の中へと、逃げ込んでしまいました。
男につかまれていた私の髪の毛が、ばさりと重力にしたがって流れ、メリミーの右手から、男の腕の感触が消えてしまう……
がしゃん。どかん。電灯の砕ける音と、壁がえぐられる轟音とが、周囲に響き渡ります。
すごい力です。フーゴさんのスタンドは、『メリミー』よりも、更に高い破壊力を持っているみたいです……この人が敵じゃなくてよかったなあ。
「に、逃げられちゃいました、また……どうしましょうっ!? 涼宮さんが危ないんじゃ―――!?」
涼宮さんは今、四階に居るはずです。ここは一階。
あの男がどんな能力で移動しているのかわかりませんが、私たちには予想も出来ないやりかたで移動をするようです。
「みくるッ! あなたはハルヒのところへ行ってください!」
フーゴさんが、私を振り返り、いつもの落ち着いた風とは違う、真に迫った語調で、私に向かって叫びます。
ああ、周りの人がどよめいています……大丈夫なんでしょうか、これ? こんな、公にやらかしちゃって……
「早く行ってください!!」
「ひゃいっ!!?」
フーゴさんの怒声が、私の頭の中から、迷いを吹き飛ばします。
ああ、もう。『敵』が来ちゃった以上、しょうがないじゃないですか! やるしかないんです!
私は、アリのように群がる人々の波の中に、まるで、面白いものを見つけた涼宮さんのごとく、突撃しました。
野次馬の人たちが、私の体を避けるように、道をあけてくれたのが幸いです。
周りから見れば騒ぎの中心の一人になっていた私が、いきなり駆け寄ってきたら、こうなって当然ですね。
「おっと、そうは行かないんだなァ―――」
―――私が、エスカレーターを駆け上がろうと(あ、マナー違反ですね……)した、その瞬間。
私の前に……あの男の人が、だらりと。天井から、『さかさまに垂れ下がって』来たんです。
「いやあああっ!!」
この悲鳴は、私のほか、あたりに居た、何人かの人のものです。
それは驚きますよね。いきなり、なんだか、その……明らかに、気持ちの悪い男の人が、さかさまに垂れ下がってきたら。誰だって驚きます。
「逃がさねーよぉー、お前さんみたいな玉はそうそう居ないからなぁ―――……ン? こっちのお前も悪くねーなァー」
「ヒイイッ!?」
現れたその人は―――私の目を、見たあと。ふと、思い立ったように、私のすぐ傍に立っていた、女性を見て。
さっき、私にしたみたいに、その人の髪の毛―――腰くらいまで有る、ロングヘアーです―――の一束を手に取り、その『におい』を嗅ぎました。
「クンクン……いや、オメーはダメだッ! トリートメントがなってねぇ、しかもストパーかけてやがるなァー!!?
それにっ、テメー、シャンプーのあと、クシつきの『ドライヤー』使ってやがるなッ!? それでも女か、ボゲッ!! ドライヤーは30cm放して乾かしやがれ!」
「な、は、はいっ? ご、ゴメンナサイ……」
……さかさまの男の人は、その女の人に、そう言い放つと。手に取った髪の毛を、捨てるように振り払い……私に向き直りました。
「やっぱオメーだよ……こりゃ10年に一度の逸材だよぉ。いいなぁ……欲しいなぁ、この髪……」
とろん。と、目を細めながら、男の人が、私の髪の毛に手を伸ばします―――!!
「いやあっ、『メリー・ミー』!!」
「RRRYYYYY!!!」
再び、私の体から、『メリー・ミー』の腕が飛び出し、目の前の男の、さかさまの顔面に、こぶしを突き出します。
「おっと」
しかし。男の人は、まるで、釣り糸をリールで巻き戻すように。するすると、天井の方へと巻き戻り、メリミーのパンチをかわしてしまいました。
「ヒヒヒ……やっぱお前に決めたぜェー。『みくる』っつったかーァ? 『みくるちゃァん』。ヒヒ……逃がさないぜェー、み・く・る・ちゃ・ん?」
ぞぞっ。生まれて初めて、その擬音を、頭でなく、心で理解できました。
気持ち悪い! この人、普通じゃない――――私は、この人に、なにかされる!!
「MAAAAAAAAAARYYYYYYYYYYYYY!!!」
私の恐怖に反応して、『メリミー』が、天井からぶら下がる男の人に、がむしゃらにこぶしを放ちます。
しかし、男はそのこぶしが、体に叩き込まれる前に、するすると『天井』へと吸い込まれていってしまいました……
いや。何なんですか? もしかして――
「『狙われてる』のって―――わたし、なんですかァ―――!!?」
「『みくるゥ』――、おちつけェ――!!」
これまでに体験したことのない、異様な恐怖。押し寄せる濁流のような不安から、フーゴさんの言葉が、私を引きずり戻しました。
「いいかっ、みくる! 今回狙われてるのはあんただ、それが怖いのは分かる!
だがあんたには『スタンド』がある! あんたは『戦える』んだ! 忘れたわけじゃねェ―――だろうな、みくる! お前は『スタンド使い』なんだぞ!?
SOS団の一員なんだぞ、忘れてんじゃねぇ―――だろうなァ!?」
「わっ、わかってますけどっ!! でも、あの人のスタンドは、何なんですかぁっ!?
だって、わけのわからないところから、いきなり出てくるんですよぉっ!? 戦えるわけ、ないじゃないですかァ――!!!」
「落ち着けつってんだろうがァ―――!! いいから見ろ、天井を!
今あの野郎がぶら下がってきたとこだ! 『蛍光灯』があるだろうがァ―――!!!」
フーゴさんに言われて、初めて気づきました。私の頭上……よりも、少し前方にある……店内を照らす、蛍光灯。
そういえば。さっき、二度、あの男の人が、私の前に現れたときも。
フーゴさんのスタンドが、男の現れたあたりを破壊したときに、確かに聞こえました。
『蛍光灯が割れる音』が。
「『照明』だ!! このデパート中の明りを消せ! 今すぐにだ!!
……そして、テメーら!! 命が惜しかったら、さっさとこのビルから出て行け! 今すぐに、だァ――――ッ!!!」
「ひ、きゃあああっ!」
フーゴさんが、人ごみのほうへ向いて叫びます。其れと同時に、周囲に群がっていた人々が、一様に、出入り口の自動ドアへと駆けていきます。
何しろ、さっき、男の人が天井から現れたのを目の当たりにしたのですから、当然といえば当然ですね。
「いいか、みくる! ヤツは『光源』の中を移動しているんだ! 『光源』さえなければ、ヤツは動けない!
そこを狙うんだよぉ―――――!!」
その、瞬間。私たちの居る空間が、突然、闇に包まれました。
つい今さっきのフーゴさんの指令が、もう遂行されたようです。なんていうか、『機関』ってすごいんですね……
でも、これは……真っ暗です。すぐ傍に居るフーゴさんのことも、よく見えないくらい。
これ……戦えるんでしょうか?
――――
人間の感覚の中で、失われた場合に、もっとも恐怖を覚えるのは、視覚だという。
僕は今、まさに。それを、全身で体験している。
すぐ傍らで、頼りなさげに体を竦ませているみくるの姿さえ、まともに視認することはできない。
ああ、クソ。こんなときに、あの『キョン』とかいう少年が居てくれたなら、敵のスタンドの位置を計ることができるというのに。
それに、もう一つ。光を失ったこの空間では、僕のスタンド能力は、あまりにも危険なものだ。
生物の細胞を壊死させる、『ウイルス』を発生させるスタンド。空中に発散したウイルスは、室内灯の明りに照らされることで、数十秒で死滅する。
しかし、この暗闇の中では……ウィルスは死滅することなく、フロア中に充満してしまうだろう。
そうなれば、本体である僕の命すら、危険に晒されることになる。
そして――僕の傍らの、みくるの命ををも、脅かしかねない!
「みくる! あなたのスタンドで、誰かのもとへワープすることはできますかっ!?」
「ふぇっ!? は、はい……ここから、涼宮さんのいる四階まででしたら、なんとか!」
「では、行ってください! そして、逃げてください! 『敵』は僕が、なんとか、この一階で食い止めます……ヤツに攻撃される前に、早く!」
「わっ、わかりました……『メリー・ミ―――』!!」
僕の言葉のとおり、スタンドを発生させるみくる。白いドレスを纏っているはずのスタンド像は、暗闇と入り混じり、まるで、灰を被ったように見えた。
「すみません、お願いしますっ!!」
その言葉を最後に、僕の目の前から、灰のドレスを纏ったスタンドが消え去る。……これで、この一階に残っているのは、僕一人。
「ヒヒヒヒヒ……『フーゴ』ぉ! それでオレを、『みくるちゃん』から遠ざけたつもりかよォ?」
其れと、ほぼ同時に。闇の中から、あの粘ついた声が聞こえてくる。
―――居る。僕のすぐ傍に、あの男が――!
「だがよォ、フーゴ……お前はとんでもないミスを犯しているんだぜェ……
オレの『エンドリケリ・エンドリケリ』は……ただ、光の中を移動するだけじゃねェ」
「何だと……ッ!?」
男の言葉が、僕の中の男の『スタンド能力』の概要を覆す。
男のスタンドは―――本体と一体化し、『光源』を繋いで移動することのできる、近距離型のスタンド。
僕の想定していたのは、そういったスタンドだった。しかし、それは『間違っていた』!?
「オレの『エンドリケリ・エンドリケリ』は……『闇』を『泳ぐ』!」
その言葉と同時に。僕の右の二の腕に、何かが噛み付いた!
鋭い無数の牙が、僕の衣服を、皮膚を食い破り、肉へと突き刺さる!
「ぐゥゥ!!?」
なんてこった―――僕の憶測、間違っていた!
このスタンドは―――近距離型のスタンドではない!
おそらく、『自動操縦型』……僕の腕に喰らい付いている、この『スタンド』は――――
「『魚』……ッ!! こいつは――僕の射程外から、喰らい付いてきた!!」
『魚』は、更にそのアゴに力を込めて、僕の二の腕を食いつぶさんばかりに、強く、猛烈に歯を立てる―――!!
「『パープル・ヘイズゥ―――』!! こいつを叩き落せェ――――!!!!」
僕の絶叫とともに。眼前に浮き出た、紫の巨体が、両腕を振るい上げ、僕の二の腕の『魚』に、手刀を叩き込む。
ぐしゃり。生々しい音と共に、僕の腕を蝕む痛みが和らぎ、『魚』が霧散する。
しかし―――こいつが『自動操縦型』なら。本体にダメージは生じない!
「甘いぜ、フーゴォ!! オレの『魚』は、何度でも、何匹でも! オレから『生まれる』んだ!!」
男の言葉と同時に。闇の中から、再び『魚』が、僕に襲い掛かる……
「ギャアァアァ!!」
鳴き声の数で分かる―――今度は、『二体』だ! 二体の『魚』が、僕に襲い掛かっている―――!!
「『パープル・ヘイズ』!!」
「クァァァ!!」
右から迫り来る、一体の魚に向けて。『パープル・ヘイズ』が、こぶしを突き出す。
手ごたえはある。同時に、右の腕の中ほどに、僅かな痛み。『パープル・ヘイズ』のこぶしが、『魚』の口の中に押し込まれたのだ。
「食らわせろォ――――!!!」
『魚』の体内で、『パープル・ヘイズ』の手の甲のカプセルが砕ける。
入った! この『魚』の全身に、ウィルスが染み渡ってゆく……これで、一体は潰せた!あとは、もう一体……僕の左側からせまり来る、風を切る音!
「このドグサレがァ―――!!!」
「GRRRRRRYYYYYY!!!」
ウィルスに犯された、一匹目の魚を、こぶしに喰らいつかせたままの、『パープル・ヘイズ』の鉄拳が、もう一体の『魚』を殴り潰す!
しかし―――同時に。『魚』の体が砕け散る―――まずい! このままじゃ、『ウイルス』が、このフロアに解き放たれてしまう!
『光』だ! 『光』が要る―――僕はポケットを探り、『光』を探す―――指先に触れたのは、古臭いジッポー・ライターのみ。
「燃えろおお!」
床に落ちた二体の魚に向けて、僕は、炎を点したジッポー・ライターを放り投げる。
ウィルスに犯され、アンチョビ・ソースへと変わり始めた『魚』が照らし出される……しかし、これっぽっちの光じゃぁ足りない! もっとだ、もっと『光』が要る!
瞬間。僕の目に映ったのは、僅かなライターの光に照らされた……眼前に並べられた、蒸留酒の瓶の山!
「『パープル・ヘイズ』! 叩き割れェ――!!!」
ウィルスの蔓延する空間をつきぬけ、『パープル・ヘイズ』が、並べられたウィスキーの瓶を掴み取り、ジッポー・ライターの炎に向けて投げつける!
同時に、爆音とともに炎が巨大化し、あたりの空間を明るく照らし出す。ウィルスを死滅させるには、十分な量の光だ。
「ヒヒヒ、掛かったな、ダボがァ……なら、こうするまでよォォォ!!!」
男の声とともに―――僕の発生させた炎が、さらに巨大化し、あたりの空間を埋め尽くす。
その原因は、考えるまでも無い。男が、僕と同じ手段で。炎を更に巨大化させたのだ。
周囲は、アルコール飲料の瓶で溢れかえっている。炎が届けば、爆弾が連鎖して発火するかのごとく、炎は巨大化してゆく。
数秒後には。フロアは火の海と化していた。―――同時に。それは、『光の檻』でもあるッ!!
「テメェをなぶり殺した後によォ――ゆっくりと『みくるちゃん』をめでることに決めたぜェ、フーゴォォォォ!!」
その声が聞こえたのは、僕の真後ろ――炎の中からだった。
振り返ったときには、もう遅い。『男』は僕の首根っこを掴み上げ、空中へと浮かび上がらせた。
……ダボはテメェだ。こいつは、オレのスタンド能力を知らないのか!
この至近距離なら、この男の体をミート・ソースにすることなんざ、クソガキの手をひねり上げるぐらいに簡単なことなんだぞ!?
「おっと……『パープル・ヘイズ』とやらで、オレをブチ殺そうなんて考えないほうがいいぜェ?
そんなことをしたら……『みくるちゃん』と『涼宮ハルヒ』が、どうなっちまうか、わからねェぜ?」
「――何、だとォッ!!?」
――しまった、うかつだった。この男は――あの魚の『スタンド』を、無尽蔵に発生させる事ができる!
この暗闇の中なら――僕の目を盗み、上階へと『魚』を向かわせることも、できたのだ―――!!
「フーゴォ! テメーは詰めが甘ぇなぁ……自分の『予測』を過信しすぎてんじゃねェかァ――!!?」
最終更新:2014年06月05日 01:18