y「美夕紀?」

土曜の正午過ぎ。同行していた二人が、異常事態を察知し、対処に向かったが故に、一人時を持て余していた榎本美夕紀。
光陽園駅前のベンチにて、呆然と虚空を見つめていた彼女に、不意に、背後から声がかけられた。
とても聴きなれた、けれど、どこか懐かしい声。まるで、しばらく逢っていない、友人の声のような―――

「美夕紀だよね?」

再び掛けられた声と同時に、榎本は、声のする方へと振り返った。
肩ほどまでの茶髪と、すこしの驚きの成分を含んだ笑顔。榎本は、その人物に、確かに見覚えがあった。
つい半年ほど前まで、同じ軽音楽部にて、音楽活動に勤しんでいた、最高の友人であり、最高の先輩であった人物。

「貴子?」

かつて、榎本とともに、ENOZのメンバーの一角を担っていた、榎本の一学年上の友人。
エレキギター用のソフトケースと、トートバッグとを、両肩に携えた中西貴子が。榎本美夕紀の背後に立っていた。


キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第20話『小野大輔は幸せを願う①』


「やっぱり美夕紀だあ! ひっさしぶり、卒業式以来だよねぇ?」

中西は、榎本の顔を真正面から確認すると、糸を解いたように顔を綻ばせ、三度、彼女の名前を呼んだ。

「びっくりした、久しぶりだね、ホントに」

中西との遭遇に、榎本は、心からの驚きを感じた。
彼女は西宮北高校を卒業後、光陽園とは真反対の方角に在る大学へと進学してしまったが為、これまでの数ヶ月ほど、顔をあわせる機会がなかったのだ。
新たな大学生活に追われる中西と、高校三年生という重要な時期を迎えた榎本と、双方に、行楽に励む余裕がなかったこともあるのだが。

「元気にしてた? どうしたの? こっちに来るなんて、珍しいじゃん」

「うん。大学生活は好調ってとこかな。今日は、ちょっと……まあ、自主練にね。やっぱり、新しいとこより、ココのスタジオのほうがなじむっていうか」

左肩に背負ったギターケースを、くいと持ち上げながら、中西は言う。
メールでのやり取りで、彼女が大学でも、軽音楽のサークルに入っていたということは聴いていた。

「美夕紀は? そろそろ学祭の準備とかで、忙しいんじゃないの? うまくいってる?」

「えと……うん、まあ」

一瞬口ごもり、榎本は答える。
実のところ、ここ数週間ほどは、音あわせには参加する程度で、まともに軽音楽部のほうに顔を出していないのだが。
学祭のライブまでに曲が合わせられなくなるほどに怠けているわけではないが、SOS団と軽音部とを天秤にかけると、どうしてもSOS団を優先してしまう。
名目上は、スタンド使いである自分が、ハルヒの傍にできるだけ長くいたほうが、安全だという理由で。
その実は、単純に、愛しのハルヒと遊んでいたい。というのが大部分を占めるのだが……

「……ねえ、美夕紀さ。よかったら、お茶でもしながら話さない? 久しぶりだしさ、みんなのことも聞きたいし」

そう微笑みながら、中西が、ロータリーの一角を指差す。
示す先は、つい数時間前も訪れた、SOS団の本拠地になりつつある、あの喫茶店だ。
榎本は考える。時刻は十二時を回っており、予定ならば、既にSOS団は、あの店に招集をかけられているはずなのだが……
榎本を残して走り去った古泉と長門曰く、なにやら、涼宮ハルヒの周囲で異変が起きているらしい。先ほどから幾度か、二人に連絡を取ろうとしているが、反応はない。
だからこそ、もし誰かが、あの喫茶店に戻ってくることがあれば、すぐにわかるようにと、このベンチに腰をかけていたのだ。

「そうだね。久々に、あそこのケーキたべよっか」

すこし考えた後、榎本は、中西の申し出を受け入れた。
異常事態発生中。とはいえ、榎本は、それに対処することを誰かに命じられたわけではない。
ならば、この貴重な偶然を謳歌することで時間を潰したとして、文句を言われることもないだろう。
もしものことがあらば、誰かが連絡をしてくるはずだ。その時はその時で動けばいい。

冷房の利いた空間に再び舞い戻った榎本は、中西と共に、店の一番奥の、禁煙席に着いた。
休日の昼食時にしては、店内に客は少なく、禁煙席にて雑談しているカップルが二組と、喫煙席で、ぼんやりとコーヒーを啜っている若い男がいる位だった。

「ねえ、学祭でやる曲決まった? こないだ舞とメールしたら、すごい悩んでるって言ってたけど」

席に着き、程なくして運ばれた、アイスティーと、おのおのの好みのケーキをフォークで突きながら、何気のない会話を交わす。

「うん、やっぱりノーズやることにした。去年のままじゃくやしいし、もう一曲は、瑞樹の曲やろっかなって」

「ノーズかあ、いいなあ、私もやりたかった。美夕紀たちが、うちの大学に来てくれたら、大学の学祭で演れるのになあ」

イチゴのタルトのクッキー生地を砕きながら、中西が笑う。
その誘いは、卒業して以来、彼女がたびたび、榎本を主とする、ENOZのメンバーの前で口にしている。

「でもケッコー大変だよぉ、あたしがソロもしなきゃいけないし」

「……美夕紀、すっごくギターうまくなったんだってね。舞から聴いたんだけど」

ふと。ケーキを食べる手を止め、中西が呟く。
それと同時に、榎本が、抹茶シフォンの生地を切り崩す手も止まる。
彼女の言う通り。この数ヶ月で、榎本のギターの腕は、それまでとは比べ物にならないほどに上達している。
それは、単純に鍛錬を積んだが故に、というものではない。ある事象をきっかけに、まるで突然、スイッチが入ったかのように、呼吸をするのと同じように、ギターを操ることができるようになったのだ。
その事象とは、すなわち。榎本自身の記憶にない、『小野』との遭遇……そして、『スタンド』の発生。

「うん……がんばったからさ。今年こそは、絶対、悔いがないように決めなきゃいけないじゃん?」

「舞ったら、びっくりしてたわよ。美夕紀がいきなり、ノーミスでソロ弾いたって」

それはそうだろう。榎本は、矢に刺されてから、初めて音楽室を訪れた日のことを思い出す。
いつもどおりにギターを手に取り、ピックで弦に触れた瞬間。まるで決められた運命を忠実に辿るかのように、榎本の両手は、複雑なメロディを、容易く奏で出したのだ。

「……あのね、美夕紀。本気で、あたしの大学に来ない?」

崩されたタルトを、しばらく見つめた後。中西は意を決したように口を開いた。
そして、立て続けに。

「ねえ、美夕紀……『SOS団』に入ったって、ホントなの?」

中西の言葉と同時に、榎本の左胸が、鐘を打つように大きく鳴った。

「……あのね、美夕紀。涼宮さんには、もちろん感謝してるけど……でも、お願い。
 もう、あの人たちにかかわるの、やめてくれない?」

「え……?」

思わぬ言葉を紡いだ中西の顔に、空中に向けられていた榎本の視線が向けられる。

「だって、その……いくらギターが上手になったっていっても、今の時期に遊びすぎてたら、学祭も心配じゃない。
 それに……進学のことだって。私、できれば、本当に、美夕紀たちに、うちの学校に来て欲しいの」

「ちょ、ちょっとまってよ貴子、何言ってるの……あたしだって、わかってるよ。ちゃんとシメるところはシメてるし……」

「違うの!」

中西の、これまでより一回りほど大きな声が、榎本の言葉を遮る。
それと同時に―――榎本の背筋に。何か、冷たいものが走ったような気がしたのは、気のせいなのだろうか。

「……お願い、もう、『涼宮さん』とかかわらないで。そうでないと……あなたによくないの、美夕紀。
 美夕紀は……幸せになれるはずなの、だから、『そこ』にいたらだめなのよ」

「……貴子?」


気のせいじゃない。榎本は、中西の様子が、明らかに、これまで彼女が接してきた中西の其れとは異なっていることに気づいた。
今、榎本の目の前にいる、中西貴子は……榎本の思うような中西貴子ではない。
彼女はこう言った。『涼宮ハルヒ』にこれ以上かかわるなと。
彼女は……何かを『知っている』。

「……貴子、もしかして……ねえ」

「美夕紀」

再び、中西の声が、榎本の言葉を遮る。
先ほどよりもずっと冷たく、低い声。

「あなたがそこにいたら、あなたは幸せになれないのよ……
 せっかく、そんなに素敵な『能力』を手に入れたのに」

能力!
今、中西は、その言葉を口にした―――やはり、彼女は!

「貴子……あんた、やっぱり!」

「動かないで!!」

ハイポジションでのカッティングの如き、中西の張り詰めた声が、店内にこだまする。
まばらな客たちが、何事かとこちらを見る。
彼らの目には、ただ、二人の少女が、机を挟んで向かい合い、にらみ合っているようにしか見えないだろう。
しかし―――そこには。彼らには見えない、異形なる像が存在している。榎本と中西には、お互いの其れが『見えて』いる!!

「……お願い、美夕紀。あなただけは……あなたに、あの人の『敵』でいて欲しくないの」

全身を、白い糸で雁字搦めにされたかのような、上半身のみの『スタンド』を、頭上に浮かべながら。中西は言う。
中西の『スタンド』の腕は、榎本の手の中……ショッキングピンクのギターの姿をしたスタンド、『ネオ・メロ・ドラマティック』のネックを握っている。
忘れ去られたアイスティーのグラスの中で、氷が音を立てる。

「……お願い、聴いて、美夕紀」

『スタンド』の力を緩めないまま。中西は、ゆっくりと、言葉をつむぎはじめる。

「あなたは……あの人に、その『スタンド』を引き出してもらったのよね。
 そのスタンドは、貴方を『幸せ』にしたはず……そうでしょ?
 ギターの演奏力……それはきっと、この『スタンド』の力で宿ったものなんでしょ?」

中西の言葉が、ゆっくりと、榎本の頭の中へとしみこんでゆく。
その言葉に、間違いはない。榎本が突如として手に入れた、おそらく、他のどんなギタリストにも劣らぬであろう、巧妙なギター・テクニック。
原因として考えられるのは……榎本が『スタンド』を手にした事以外に考えられない。
榎本のスタンドを引き出したのは……明確に、榎本の記憶にはないが。『小野』。ハルヒの命を狙っている、『SOS団』の『敵』だ。
はじめは、榎本も、『SOS団』の敵として、『ネオ・メロ・ドラマティック』を手に、彼らの前に立った。しかし、今は違う。
『矢』の力から逃れた榎本は、今、その身に宿ったスタンドを武器に、『SOS団』の一員として、『小野大輔』と敵対している。

「考えてよ、美夕紀。あの人とあなたが戦う理由なんて、ないのよ。
 あなたは、その、夢みたいな『スタンド』を授かった……なのに、どうしてあなたが『あの人』の敵にならなきゃいけないの?」

「そんなの……ハルちゃんを殺すなんて許せないって、それだけで十分だよ!」

「……あの娘が、好きなの? 美夕紀は……
 あの娘をあなたが守ろうとしたら、あなたは……殺されちゃうかもしれないのよ?」

ゾクリ。と、榎本の背筋に、冷たいものが走る。
……『小野』は、ハルヒを殺そうとしている。そして、そのためならば、それを憚るもの全てをも抹殺するつもりでいるらしい。
これまで、榎本が、直接小野の刺客と敵対したことはなかった。小野自身と出会ったこともない。しかし、今後もしも、そのような機会があったなら……

「……あの人は、美夕紀のことを、まだ、『敵』だとは思ってないわ。
 でも、決して、『仲間』になれとも言わない。私もそういわれてる。私は、ただ、あなたを説得するために、ここに来たのよ」

中西と、その頭上のスタンドの口とが、同時に動き、同時に同じ台詞を発する。とても奇妙な光景。

「……だけどっ……ハルちゃんが殺されるのを、黙ってみてろっていうの……ッ!?」

「そんなもの、見なくていいのよ」

中西と、そのスタンドは、言う。

「美夕紀、もう、やめよう? このまま、もう二度と、『SOS団』なんかとかかわらなければ、それだけでいいのよ……
 学祭のために練習して……今の美夕紀なら、絶対失敗なんかしないわよ。
 それで、私の学校に来て……舞や、瑞樹と一緒に。それで、またENOZを組もうよ……
 お願い……そうじゃなかったら、あなたは……あの人に……」

一言一言をつむぐたびに。中西の声が、震えてゆくのがわかった。
……彼女は、涙を流しているのだ。
そこでようやく、榎本は気づく。中西は、決して、小野に心を染められたわけではない。
中西は―――心の底から。『小野大輔』を恐れているのだ。
そして、その脅威から、榎本を救おうとしている……

「……貴子、だめだよ……そんなの、絶対だめだよ」

凍りついたような喉の奥から、榎本は、声を絞り出す。

「あたしたちが、きっと……『小野』を倒すから! ハルちゃんたちだって無事で、そしたら、あたしたち、貴子の学校に行くから、そしたらまた―――」

「無理よォォォ!!」

榎本の言葉が、中西の声に遮られるのは、これが三度目だ。
中西は、其れまでの口調とは全く異なる……恐怖を吐き出すかのような、低く、ざらついた声を上げた。

「あんな……あんなのに、勝てるわけがない……今でも忘れられない、あんなふうに、人を、ゴミクズみたいに……ッ!!
 私も……私は、見ただけ、それでも……私は、『突かれた』……昨日の夜……それで、こんなっ……『スタンド』……
 私は、美夕紀を『救える』のは、私だけだって……そう言った……あの人……『小野大輔』はっ……!!」

中西の様子が、それまでとは明らかに異なる、我を失った子羊のような其れへと変わってゆく。
同時に、彼女のスタンドが、榎本のスタンドをつかむ手を開放する。
そして、その直後!

「あなたを、『救えなか』ったら……私は、私はぁ!!!
 おねがい、美夕紀、私と一緒に来てェ―――!!」

絶叫! 店内中に響き渡る強声と共に、中西のスタンドが、榎本に向けて、腕を振り下ろす!
かわさなければ―――榎本はそう考える。しかし、シートに腰を預けきった状態では、回避しきることは出来ない!

「『ロビンソン』!!」

中西が叫ぶと同時に。『スタンド』の手……その指先から伸びた『爪』が、榎本の左腕を裂いた!

「うううっ!!」

腕に痛烈な刺激を感じながら、榎本は『ネオ・メロ・ドラマティック』を振り上げ、そのボディを、中西のスタンドに向けてたたきつける!
しかし。中西のスタンドは、もう一方の腕で、その打撃を受け止める!
戦うしかない―――。榎本は、心中でそう呟いた。今の中西を、口頭で治めることは不可能だ。
だが、『ネオ・メロ・ドラマティック』の能力で、榎本の性別を換えようとしたところで、そんな攻撃には何の意味もない。
となれば、なんとかして。物理的に、彼女を再起不能にするしかない。できるならば、可能な限り痛みを伴わせない方法で……

「やああっ!!」

スタンドを逆手に握った左手に力を込めながら、右手でヘッド部分から『ピック』を取り出す。
彼女の言動から察する限り、中西がスタンドを得たのは昨晩のことだ。となれば、スタンドを支配し切れていない可能性は高い。
『ピック』で翻弄し、隙を見て、ドラマティックで殴りつければ、うまく気絶させることくらいならできるだろうか―――
取り出した『ピック』を指の間に挟み、それを眼前の中西に向けて投げつける―――投げつけようとした、直前に。
榎森の右腕の感覚が……突如、何かにつかみ上げられたかのように、ぐらりと揺らいだ。
そして、それと同時に。いましがた受けた右腕の傷に、痛みとは異なる、何か、奇妙な感覚を覚える。
自分の体に、何かが起きている―――これは、一体、何だ? 榎森は、左腕の傷を受けた部分に視線を移し―――絶句した。
傷口が。いや、傷を受けた周囲の腕全体が……『燃えて』いる!!

「何、これっ……『炎』ッ!? だけど―――『熱くない』!?」

榎本は、驚愕した。彼女の傷口を燃やしているのは、紛いなく『炎』……だというのに、熱を感じない。
それに、炎に包まれた腕が、焦がされてゆくこともない……長袖のカーディガンの生地にも、血こそは滲んでいるものの、炎に焦がされている様子はない。
熱ではない。痛みでもない。その『炎』が、榎本の体に齎している、この感覚の正体―――

「『冷たい』っ……!? なに、これ……腕がっ、動かない……『感覚』がないよぉっ―――!!?」

「……お願い……、私の言うことを聞いて……どうしても、あなたがSOS団から手を引いてくれないなら……
 私が、美夕紀を、無理やりにでも連れていくしかないわ……そのための力! この、私のスタンド……『ロビンソン』で!!」

中西が叫び、そのスタンド……『ロビンソン』が、感覚を失った榎本の左手から、『ドラマティック』を奪い取る。
まずい。このままドラマティックを破壊されたりしたら……榎本はおそらく、再起不能となるほどのダメージを受けてしまう!

「戻ってきて、『ドラマティック』!」

榎本の声に反応し、桃色ののボディが光り、中西の手の中から解放され、榎本の体の中へと帰ってゆく。
そうする間にも、榎本の左腕からは、どんどん『感覚』がなくなってゆく……それだけではない。『炎』はすこしづつ、榎本の腕を上ってきている。
そして、榎本の体中に広がってゆく、脳を、神経を揺るがされるような感覚……これは、一体何だ? 息苦しくて、意識が遠のく……

「ごめんね、美夕紀……あなたを、救うには、これしか―――」

遠のき始めた榎本の聴覚に、中西の言葉が届く―――その、言葉が。突然、椅子を蹴り飛ばすような音によって阻まれる。

「なっ―――!!?」

中西が声を上げ、直後に、少し離れた場所で、何かがたたきつけられるような音と、テーブルが倒れ、グラスが割れるような、けたたましい音が響き渡る。
店員が悲鳴を上げたのを皮切りに、店内に喧騒が広がり始める―――一体、何が起きたのだろうか。
ふと。榎本は、自らの腕を『燃やして』いた、あの炎が消え去っていることに気づく。
そして、同時に……榎本の意識に突き刺さる、低く、獣が唸るような覇気をはらんだ、男の声。

「『能力射程』は数メートルってとこみてェ――だな」

「ひっ」

その声の持ち主がいったい誰なのか―――思い当たるまでに、時間はかからなかった。
以前、プールにたたき落とされた件もあり、ある種、榎本のトラウマとなっている、人物―――
ぐらつく意識に鞭を打ち、眼前―――先ほどまで、中西が居たはずの場所をみる。
そこに立つ―――派手な半袖のシャツを身にまとい、前髪を下ろした、背の高い男。
先ほどから、喫煙席で、一人、ぼんやりとコーヒーを啜っていた男。そして―――

「会長……!!」

喜緑江美里の一件から、めっきりと顔を合わせる機会が減少した、その人物。
表向きの『SOS団』を蔭から守護する、『スタンド使いの団』の一員であり……榎本の知る限り、その中でも、屈指の戦闘員である。
その男は―――西宮北高校の『生徒会長』である!!

「く……仲間が、張ってたっていうわけ……?」

先ほどの轟音は、おそらく、会長が中西に不意打ちをかけ、遠方へと投げ飛ばし、榎本から遠ざけたのだろう。
反対側の壁際まで飛ばされた中西が、テーブルに打ち付けたらしき顔面を抑えながら、会長と榎本を睨む。

「『張ってた』だァ? うぬぼれてんじゃねぇぞ、タコが。俺はたまたまここにいただけだぜ……
 そこにお前らマヌケが、ノコノコとやってきて、おれの眼の前でナメた真似を始めやがった。だから『ブッ飛ばし』た……それだけだぜ」

眉間を寄せながら、そう言い放った会長は、突然の抗争にどよめく周囲の人々を一瞥し……

「何だ? お前らも『ブッ飛び』てーってのか? それとも、『ブッ飛ばし』てーかい?」

と、一際響く低音を、店中に響き渡らせた。
その一言で、まるでスイッチを切られたかのように、人々の声がやむ……
これが俗に言う、『スゴ味』だろうか。榎本は思う。いや、ただ『おっかない』だけか……

「……そうよ……こいつみたいな人がいるから」

暫く押し黙っていた中西が。体を震わせながら、ゆっくりと、呟くように言葉を紡ぎ始める。
体を小刻みに震わせながら……そして、スタンドの両手を、大きく振り上げながら。

「こいつみたいな奴らと一緒にいたら、あなたまで……美夕紀まで、あの人に殺されるッ……!
 そんなの、絶対にさせない……許さない!!
 美夕紀は……私が『守る』のよ!!」

囁きはやがて、咆哮へと変わり、中西は立ち上がる。
研ぎ澄まされた刃のような視線は、まっすぐに、腕を組んだ体制で立ち尽くす、会長へと向けられている。

「……だ、そうだぜ、『榎本美夕紀』君」

不意に、中西を見下ろしていた会長の視線が、榎本に向けられる。

「……君のセンパイは、相当君が大事らしいな。
 で、どうなんだ、榎本。君はあの女の言うとおりにしたいか?」

中西の言うとおりに。榎本は、先ほど中西に告げられた言葉を、再び、頭の中で繰り返す。
ハルヒを守る役目から逃れ、もう一度、ただの女子高生に戻る……『スタンド』によって得た演奏力を活かして、仲間たちとともに、軽音楽に励む……
だけど―――それでは。ハルヒを『守る』ことはできない。

「お前が抜けたって、SOS団は涼宮を『守る』ぜ」

「無理よ、絶対に……あの人には、勝てないわ」

中西が言う。……彼女はいったい、どんな恐ろしい有様を見たのだろうか。
小野大輔……その男は今、最強のスタンド、『ザ・ワールド』を所持しているという。
彼が『ザ・ワールド』の圧倒的な力を行使する姿を、中西は、どこかで見たのだ―――おそらく、昨夜のうちに。
そうでなければ、説明がつかない。小野が『ザ・ワールド』を再生したのは、昨晩の浅い夜、キョンたちと対峙したという際が初めてであるはずだ。

小野と対峙した面々が言うには、小野は今、大きなダメージを受けており、すぐに動くことは出来ない筈だという。
しかし―――彼女は。中西は、小野に出会ったというのだ。昨日の夜に。そして、『矢』でスタンドを得た……
おそらくその際に、小野は中西に、自分の目的と、榎本のことを話したのだろう。そして、榎本を救えるのは、中西しかいないと……そう唆したのだ。

「……違うよ、貴子……私は、救われる立場なんかじゃない」

榎本が、そう口にすると同時に。中西は、顔面を驚愕に染めた。

「あたしは……あたしを一度でも、ハルちゃんを殺すために『利用』した『小野大輔』を許さない!!
 そして、今……『小野大輔』は!! 無関係だった、あたしの大切な友だちを……貴子を、再び『利用』した!!
 ハルちゃんを殺すなんて、自分の勝手な『目的』のために、小野は何の関係もない人たちを『利用』しつづけてる! そして何より―――」

ふらつく意識を無理やりに抑えつけながら立ち上がり。
自分の周囲のすべてを吹き飛ばさんばかりの勢いで。持ち前の声量をいっぱいに振りかざし、榎本は叫んだ!

「あたしの大切なハルちゃんを殺そうとしてるやつを、黙ってほうってなんておけない!
 あたしは『守る』! 小野という『邪悪』から……ハルちゃんも―――貴子のことも!!」

「み……美夕紀いいいいいい!!!」

絶叫とともに、中西が、榎本に向かって駆けてくる。

「だめなのよ……絶対に! 小野には勝てないのよ! 『無駄』なの……私たちは、逃げるしかないの!! 美夕紀、私は―――力づくでも、あなたを『守る』!!」

中西の背後に浮かび上がる『スタンド』。それと戦うために、榎本は再び、『ネオ・メロ・ドラマティック』を発動しようとする……しかし。
スタンド発動が叶わぬうちに、榎本の立つ世界が揺れ、意識が再び、歪んでゆく……
その場に崩れ落ちそうになった榎本の体を、受け止める、太い腕があった。

「よく言ったぜ、榎本……今はお前は休んでろ。
 安心しな……お前の代わりに、俺がこいつを『守って』やる」

その言葉が耳に届いたのを最後に。榎本の意識は、深い深い闇の中へと吸い込まれていった。

―――

意味もなく、毎日のように、この喫茶店に通っては、コーヒーを啜る。
そんな堕落の空間に……二人の女がやってきた。
お互いをとても慕い合い……守りたいと願う、二人の女。
そして……同じ『邪悪』に出会ったという共通点を持つ、二人の女。

大切な友人を、邪悪の脅威にさらしたくない。そう願う女と。
大切な友人と、愛する人を、邪悪から守るために、戦いたい。そう願う女。

男は、知っていた。
愛する人が、邪悪に蝕まれてゆく、その耐えがたき憎さと、悲しみを。

「さて、中西センパイ……いや、もうテメーは、北高生じゃなかったな」

白き巨人の像を、自らの体から浮かび上がらせながら。
男は、目の前の女に向けて、言い放った。

「中西貴子……『覚悟』はできてるかよ? 俺はとっくに出来ているぜ。
 俺は今から、テメーを『守る』ために、テメーを『ブッ飛ば』す!」

西宮北高校・生徒会長――――完全復活!



本体名 - 中西貴子
スタンド名 - ロビンソン
能力 - ?

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最終更新:2014年06月05日 01:24