つい先ほどまで、榎本が腰をかけていたシートに、榎本の体を横たえると、会長は、中西を振り返った。
中西の記憶にある、『会長』とは、幾分か異なる、軽薄なその様相。
以前に装着していた、厳格さの象徴とも言えた、角ばった眼鏡の姿もない。
しかし。見た目こそは軟派であれど、その身体と、中西を見据える、研ぎ澄まされた瞳からは、かつての会長以上の覇気と、『スゴ味』が放たれている。
……つい、先日までの中西ならば。その威圧感の前に、あっけなく恐れを抱いたことだろう。
しかし。今の中西は違う。なぜなら―――

「あなたは……本気で、『小野』と戦うつもりなの……?
 あの人の『スタンド』に……勝てる方法があると、本気で思っているの?」

中西は、思い出していた。昨晩、中西の目の前で繰り広げられた、圧倒的な『殺戮』を。


キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第21話『小野大輔は幸せを願う②』


自主練が長引きすぎてしまい、いつもよりも遅くなってしまった帰路。週末の深夜という時間帯を、中西は侮っていた。
人気のない路地で、中西は、三人の男と遭遇した。街灯に照らされた男たちのにやけ面からは、どす黒い欲望と邪悪が、中西に向けられてた。
中西は、その男たちとの出会いに。男たちからかけられる声と、男たちが一歩づつ、こちらへ近づいてくるたびに、肌で感じられる邪悪に、恐怖を抱いた。
しかし、中西が本当に恐怖したのは―――次の瞬間。男たちの背後に現れた、もう一人の男。

「なんだ、テメーはァ?」

男たちのうちの一人が、その存在に気づき、背後を振り返ったのと同時に。『それ』は行われた。
『それ』が何であったのか、中西には、今でもわからない。
けれど、中西が瞬きを一度するほどの間に。三人の男たちは、『壊されて』いた。

思い出せる限りで、一人は、胴の中ほどに穴をあけられ、そこから、無理矢理引きちぎられたかのように、半身が引き裂かれていた。
また、もう一人の男からは、頭部と両腕が消失しており、両肩から胸の中ほどにかけてが、掘削機で削り取られたかのように抉られ、上半身が三つに分かれていた。
最後の男の身体は、中西のすぐ脇のビルの壁にあった。頭部がトマトのように破裂しており、コンクリートの壁には、巨大な彼岸花のような文様を描かれていた。

「君を……捜していたんだ」

一秒か、一分か。目の前に、三つの人間『だったもの』がある。その事実を理解するのに、どれほどの時間が掛かったか、中西は覚えていない。
とにかく、目の前に残った、最後の『男』が、中西に声をかけるまで。体中が凍り付いてしまったかのように、中西は、その場から動くことができなかった。

「君は……榎本美夕紀さんを知っているね?」

声を発そうとした。しかし、中西の喉からは、一切の音が発せられなかった。
身体が震えだし、両足が力を失い、その場に座り込んでしまう。
目の前が滲む。全身から、温度のない汗が噴出している。

「ぁ……あ……ッ!」

何が起こったのかはわからない。ただ、一つ、中西に理解できたこと。
目の前の三つの死体を作り出したのは、今、中西に微笑みかけている、この男なのだ。
男は、中西が何も答えずにいると、黙って、脇に抱えた鞄の中から、何かを取り出した―――それは、矢のように見えた。
殺される。自分もまた、男たちと同じように。中西がしりもちをついたコンクリートに、じわりと、生ぬるい温度が広がってゆく。

「怖がらないで。僕は君を殺したりしない―――いいかい? 僕の話を、聞いてくれるかな?」

頷くこともできなかった。はい。と答えることもできなかった。かといって、断ることなどもできるはずもない。
ただ、圧倒的な恐怖に全身を拘束された、中西に向かって、男は―――『小野大輔』は、ゆっくりと、語り出した――


―――


『恐怖』。
今、目の前に立つ男に、中西が、その感情を抱くことはなかった。
中西の心にあるのは、たった一つ。
『小野大輔』の脅威から―――友人を。榎本美夕紀を、『守り』たい。そのために―――なんとしても、目の前の男を、退ける!!

「……『ロビンソン』!」

中西は、その名を―――小野に引き出された、自らの『スタンド』の名を―――叫びながら、『会長』へと襲い掛かる。
一撃でいい。一撃でも、『ロビンソン』の右手の爪で、会長の身体に傷をつけられれば……
中西のスタンド発動とほぼ同時に。『会長』が動く。

「『ジェットコースタァァ―――ッ・ロマンスッ』!!」

会長の身体から、白い巨人の『スタンド』が飛び出し、中西へと迫り来る―――速い!
しかし、迎え撃つ! たとえダメージを受けようとも、相手に一撃でも、『爪』の傷を与えられればいい!
突き出された『J・ロマンス』の腕にぶつけるように、『ロビンソン』の右手を突き出す!
手と手がぶつかり合う衝撃―――しかし! 『爪』が、スタンドの身体を裂いた手ごたえはない!?
両者のスタンドは……あたかも、恋人同士が手を繋ぐかのような形で、互いの指と指の間に指の付け根を押し当て合っていた!
―――しまった。こちらの狙いを読まれている! 先ほど、榎本を『爪』で切り裂いたのを、見られていたのか―――!?

「どうやら、おれとテメーのパワーは互角ってとこかよ……なら、こっちはどうだァ!」

会長が叫ぶと同時に、『J・ロマンス』は、『ロビンソン』と押し合っている手とは異なる方の手で握り拳を作り、中西にむけて突き出した!

「ボラボラボラボラボラァ!!」

「『ロビンソォォォン』!!」

立て続けに放たれる拳を、ロビンソンの左手が受け止める。しかし、左手に『爪』はない―――
左手で拳を受けながら、右手を握り込み、どうにか『爪』の先を、『J・ロマンス』の手の甲に突き刺そうとする。しかし、届かない。

「スピードも互角と来たもんだ、こいつは……チョッピリだが、ショックだな」

会長が呟く。『J・ロマンス』が一時その場から飛びのき、ロビンソンの右手が開放される。
会長は、続けて攻撃をしてくる様子はない。こちらの出方を見ていると言った所か……

「……ボラァ!!」

十秒ほどの沈黙の後。会長が再び動き出した。
振るわれた右の拳を、『ロビンソン』は左手で受け止め、右の手を突き出す!
しかし、『J・ロマンス』が上半身を屈めたが故に、ロビンソンの爪は空中を切る事となる。
身を低くした『J・ロマンス』の左拳が、中西の顎をめがけて、空中を昇ってくる―――『ロビンソン』は、突き出した右腕を引き、その拳に『肘』をぶつける!

「ってぇ!!」

「こォォォ――――のォォォォォ!!!!」

痛みにひるんだ一瞬の隙を突いて、中西は、『J・ロマンス』の右拳を受けた手を、握り込み、思い切り手前に引く。
J・ロマンスと、会長の身体が、中西の懐に引き込まれる―――中西が狙ったのは、その『頭部』!
『ロビンソン』は、眼下にある、会長の後頭部にめがけて、自らの額を、全力で打ち付けた!

「いぎっ!」

命中! ―――しかし、その直後! 会長の身体から伸びた『J・ロマンス』の両腕が、中西の後頭部に回された!

「なっ―――!!?」

「『パチキ』たぁ、ズイブンと気合が入ってるじゃねえか……お釣りだ……ウラァ!!!」

J・ロマンスが、榎本の頭部を引き寄せる! 会長は、上半身を起す!
会長の頭部と、中西の額が、再びぶつかりあう! しかし、力のベクトルは、先ほどと真反対だ!

「―――ッ!」

強烈な衝撃とともに、中西の意識が大きく揺さぶられる。脳が頭の中で揺れている。
この大きすぎる隙を、会長が逃す訳がない――!!

「『ブッ飛ん』で、寝てろォ―――!!」

前方から聞こえる、会長の絶叫。まずい。『何か』が来る!
しかし、それを確実に対処するには、意識が不明瞭すぎる―――中西の取った行動は!!

「この……ヤロォ―――ッ!!!」

がむしゃらに! 闇雲に! 破れかぶれに!
自らの右足を、前方に向けて、振り上げた!!

「ッ――のオオオッ―――――ッ!!?」

『何か』。
中西の必死の一撃が、何かを捕らえた。やわらかいような、硬いような、奇妙な感触の何かを。
しかし、どうやら、その一撃は、会長に大きなダメージを与えたらしい。
徐々に意識が戻ってくる……目の前で、会長が蹲っている! 今だ、今しかない!

「『ロビンソン・クロー』!!」

眼前の会長の、空を泳ぐ左手に向けて――何故か、右手は、下腹部を押さえている――『ロビンソン』の右手の人差し指を!
その『爪』を、突き刺す!!

「!」

刺さった―――!! 会長の左手の甲に、『爪』が!
その刺し傷から、血が滲み出した―――直後。会長の左手が、『炎』に包まれる!

「これはッ……!?」

痛みに呻きながら、会長は、左手に発生した『炎』を見て、声を漏らす。
これでいい―――あとは! 会長の攻撃から逃れ続ければいい!

「……これが、テメェの……能力か……」

ふと。ようやく、痛みから解放されたのか。会長が、折りたたんでいた身体を立ち上げながら、呟く。
いつの間にか、彼のスタンドは姿を消している……先ほどの蹴りが、それほど効いたのだろうか。まだ、いささか顔が青ざめている。

「この『炎』……榎本の腕にあったものと、同じものだよなァ。
 榎本の身体……『体温』が下がっていた。顔も青ざめてやがった……ありゃ、『貧血』だ」

「……今のあなたの顔に負けないくらい、ね」

やはり、初めから。会長は、ロビンソンの『能力』を、把握していたということか。

「この『炎』……熱くねえし、焦げもしねえ。むしろ、『冷たい』ぐらいだ。
 お前のスタンド能力は……『血を燃やす炎』を『点ける能力』……違うかよ?
 大方、その右手の『爪』が発火装置ってとこか?」

「……随分やさぐれたけど、頭はいいままみたいね」

『ロビンソン』の産み出す『炎』。明確に言えば、それは『血を燃やす』炎ではない。
『液体を消滅させる炎』。熱も二酸化炭素も発生させない以上、それは厳密には、『炎』ではないのかもしれない。
『ロビンソン』の右手の爪が触れた液体を『燃料』とし、その燃料が尽きるまで燃え続ける『炎』。それが、『ロビンソン』の能力。
『血液』に限定するわけではない。液体であればなんでもいい。水だろうと、果汁だろうと、唾液だろうと、尿だろうと。

「その『炎』は、最大出力よ。いまに貴方の体中の血液に燃え広がって、燃やし尽くして、あなたは昏倒……す……」

……中西の、目の前で。今、何が起きた?
会長が目の前に立っている。右手で、左手を……左手首を押さえながら。
そして……『左手首の先端』から、とめどなく血液を流しながら―――!!

「『炎』が何だって? ……そういやおれ、たまに思うんだがよ。火事で、飛び火ってあるじゃねえか。風で近隣の家に燃え移るとか、ああいうやつよぉ。
 あれが怖いならよ。……いっそ、燃えてる家だけ、どっか別んとこに『ブッ飛ばし』ちまえばいいと思わねえか? ……そんなスタンド、どっかにねえもんかなァ?」

中西の目の前で。会長は、右手だけを器用に使い、ジーンズのベルトを外し……
それを左手首に巻きつけ、右手と口とを使い、縛り上げた。

「あ、なた……正気、なの……?」

中西の全身に、冷たい液体が浮き出す。
あの時と同じ……昨晩感じた『恐怖』が、中西の脳裏をよぎる。
中西と、会長との、間の床に……さっきまで、会長の『身体』だったものが、転がっている……『ロビンソン』の炎につつまれながら。

「おい、何ビビッてんだ、中西? はじめに聴いたよな、『覚悟』は出来てんのかってよ……
 そして、『おれは出来てる』とも、言ったよな? ……『覚悟』ってのは、こういうことじゃねえのかよ?」

「ひっ……」

会長が、左手を―――否。左手首を、中西の眼前に突きつける。
止め処なく流れる血液。中西の左胸が、止め処なく、脈動する。どくん、どくんと。

「……怖いか、中西? だがよ、これは『正しい判断』なんだぜ。
 テメーの『炎』で全身の血を燃やされるよりは、こっちのほうがよっぽど失血量は少ねぇだろうからな。
 おい、聴いてるか、中西? ……どうした、攻撃しねえのかよ。おれの身体はまだまだ残ってるぜ?
 そこら中に『炎』を点けたらどうだよ……おい、中西? おれの身体が細切れになるところが見れるかもしれねえぜ?」

「あ……嫌……こ、ないで……」

ゆっくりと、ゆっくりと。会長が、中西に近づいてくる。
それにあわせて、中西は身体を後方へと退ける……しかし、やがて、中西の背は、壁に突き当たってしまう。

「どうした、何か言えよ、中西……テメーはあの『ロビンソン』だかってカタ×みてーな『スタンド』で、榎本を『守る』んじゃなかったのかよ?
 おい……なんとか言えよ、『な・か・に・し・た・か・こ』」

会長の左手首が……その、切断面が。中西の顔面に、触れる……滴り続ける血液が、中西の唇を掠める。
口内に広がる、生ぬるい液体―――中西の味覚が、その味を感じるより、一瞬早く。中西の意識は、途切れた。

――――

「クソ……これじゃ、おれのほうが悪役みてェじゃねえか……」

地面に伏した、中西貴子の身体を見下ろしながら、会長は悪態を吐く。
……いつの間にやら、店内に存在した人々は、店員を含めて、皆、店外へと逃げて行ってしまったようだ。
『ジェットコースター・ロマンス』に切り落とさせた左手首が、ジリジリと、まるで炎に焼かれているように痛む。
クソが……デケェ『怪我』をすると、『アドレナリン』だかが出て、痛みが軽くなるってのは、ガセネタだったのか? 十二分に痛ぇじゃねえか。

「どうするか……とりあえず、古泉あたりを呼ぶか……」

右手で左のポケットを探り、携帯電話を取り出し、会長は、しばし悩む。
この状態では、中西と榎本の二人を、店外へ運び出すこともままならない。そもそも、左手がない男が、気を失った女を二人抱えているところを、誰かに見られたら、どんな騒ぎになるか。

「いや、こういうときは、長門か……あいつなら、おれの手もさっさと治してくれる気がするしな……」

などと呟きながら、携帯電話のボタンの上に、指を滑らせていると。
店内への来客を示す、カランカラン。という、鐘の音が、周囲に響き渡った。
何だ、こんなときに客かよ。まあ、いい。この惨状を見れば、一般人なら、さっさと退散するだろう。
会長は、来客を無視し、携帯電話の操作を続けた。……しかし。それは、背後からかけられた声によって、遮られる。

「残念だよ。きっと――彼女は、榎本さんを救ってくれると、思っていたんだけどな」


……世界が、止まった。
会長の背後で、呟いた人物。その、奇妙なほどに優しい、柔らかな声。
手の中の携帯電話を、地面へと放り出し。会長は、ゆっくりと、背後を振り向く。
……黒いカッターシャツに身を包んだ、茶髪の男。顔面に、柔らかな微笑をぶら下げた、その男。
この男が、何者か? 先の発言と、その様相を見れば、容易く予想がつく。

――――――オ・ノ・ダ・イ・ス・ケ―――――

「……痛そうだね、大丈夫かい? いや、その状態で、ケータイをいじる余裕があるなら、立派なものだ」

「……テ、メェ」

会長の脳裏に。ある人物が浮かび上がる。
会長の『恋人』であり……同時に、『宇宙人』であったという―――されど、関係はない。会長にとっての、大切な人物。
喜緑江美里……彼女が、会長の前で見せた、いくつもの表情が、走馬灯のように、会長の脳裏をよぎる。
笑顔。困り顔。悩む顔。考える顔。そして―――あの、狂気に犯された顔。

「小野……大輔……」

「……僕も有名人になったものだね」

炎。会長が、まず感じたのは、それだった。
先ほど、左手にともされた炎などとは違う。確実な熱を持つ、炎。
それが、会長の身体の奥底から、会長の身体を焼いている。

この、男が。

この、小野大輔が。

喜緑を狂わせた、張本人。



「『小野』ォォォォォォォ!!!!」


会長の身体から、『スタンド』……『ジェットコースター・ロマンス』が吹き飛び、眼前の『小野』へと襲い掛かる。
殴る、蹴る、噛む、抉る、何だっていい。この『小野』を、殺すために!!
しかし―――次の瞬間。小野は姿を消していた。『J・ロマンス』は、虚空に突進を放つ羽目になる。

「無理はしないほうがいいと思う。君のその怪我は、かなり重いものだからね」

声は、会長の背後からした。
振り返ると、そこには……右胸に左手を当てた体制で、微笑をぶら下げる、『小野』の姿があった。

「……オノ……ダイスケ……テメェが……テメエが、全ての……元凶かよ……!!!」

会長の言葉を無視し、小野は、足元に倒れ込む少女―――中西の傍にしゃがみこみ、その様子を探る。

「よかった、ただ気絶をしているだけだね。怪我もしてない……君は常識的な人だったんだな、安心したよ」

『小野』が、会長を見上げ、微笑む。全身の血液が、頭部に集中する感覚。

「『小野』ォォォォォォォ!!!!」

『J・ロマンス』が、再び、眼前の小野に向けて、拳を放つ。しかし、またもや―――拳が小野を打つ寸前に、小野の姿が『消える』。
『時』をとめられたのだ―――そう考え至った会長は、背後を振り返る。想像通り、小野はそこに居た。

「彼女はギタリストだ。もし、君が彼女の手を砕くようなことがあったら……それが心配だったよ」

「黙れェェェェェ!!」

会長は、叫ぶ。しかし、小野は決して、微動だにしない。ひるむこともしない。

「……君は、どうしてそれほど僕を恨んでいるんだい? もしかして……ああ。
 そうか、君は、彼女……喜緑さんの恋人だった、彼だったっけね。でも、いいじゃないか。彼女は『幸せ』になれたんだよ。君はそれを素直に喜んでやれないのかい?」

この男が、一言一言を口にするたびに―――! 会長の精神に、刃が突き刺さる!
確信した。会長は―――この男。『小野大輔』は――――悪魔だと!

「『ジェットコースタァァァァ――――・ロマンスゥゥゥ―――――』!!」

眼前の小野に向けて、スタンドを『シュート』する。しかし、またも―――眼前で、右胸に手を当てていたはずの小野の姿が、消える。
決まりきった戯曲のように、背後から声。『時』が止められたのだ。

「君はわかってはくれないかい? 彼女の……喜緑さんの正体を知ったのだろう?
 彼女は、解放されたんだ、呪縛から。どうして、それがわからないんだ?」

―――声を上げる必要すらない。
全身に、憎しみと、激情を込めて。会長は、『J・ロマンス』を振り返らせ、裏拳を、小野に叩き込む!
しかし―――その、拳は。小野の傍に立つ、黄金色のスタンドによって、遮られる!
『世界』……話には、聞いていた。小野が今、『再生』しているスタンド……! 今、会長の目の前に存在する、それが! 最強のスタンド、『世界』だというのか!?

「……その傷で、そんなに動くと、出血が酷くなるよ、会長君。安静にしていたほうがいい」

「黙りやがれぇぇぇぇぇ!!!」

最強のスタンドであろうが、なんだろうが。今の会長に、それを警戒するだけの精神は備わっていなかった。
目の前の男と、その背後に立つスタンドに向けて、無数の右拳を放つ。

「ボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラァァァァァァ!!!!」

しかし。左拳を失った『J・ロマンス』のラッシュは、両手を用いての其れと比べれば、遥かに遅い。彼の拳を、『世界』は、全てを受け止める。

「『無駄』だよ、会長君。今の君では……彼の。『ジョン・スミス』のスタンド以上に、僕を傷つけることなど出来ない」

その言葉を放つとともに。小野は、『笑っ』た。
そして、次の瞬間。小野は、再び、左手を右胸に当てて――――

「『世界』―――時よ、止まれ!!」

そう、叫んだ

―――

止まった時の中に。小野大輔は、居る。
目の前に、スタンドの拳を振り上げた『会長』が居る。
小野が時を止められるのは、五秒ほどが限界だろう。その間に―――目の前の、この少年から。命を奪う。
小野にとっては、容易いことだった。

「アリーヴェデルチ(さようなら)」

誰にすら聞こえない程度の音量で、呟きながら。
会長は、目の前の少年に向けて、『世界』の手刀を叩き込む――――



何故だ?


何故、手刀が、空を切った?
止まった時の中で。目の前に居たはずの少年が―――何故、居ない?



「……見つけたぜ、テメーの『弱点』を……まさか、成功するとは思わなかったがな」

次は、小野の番だった。
小野の背後で。低く、うなる獣のような、声がした。
振り返る―――そこに立つ、左手を失った少年。
何故―――何故、止まった時の中に! この男は、居るのだ!?

「お前が『世界』を発動する瞬間、必ず―――『右胸に手を当てていた』……そいつに気づいた。
 だから、おれは―――その瞬間を『すり抜けた』……『ジェットコースター・ロマンス』の能力で!」

「――――馬鹿なッ!?」

……怒りに我を忘れながらも―――この少年は、小野の動作を観察していたのか。
そして、見破った……小野の右胸の『ページ』……『ジャスト・ア・スペクタクル』の弱点に……!!

「……見えたのさ、おれには。『世界』から向かってくる……丁度、電車が『レール』を走ってくるような、その軌道がな……
 おれは、その『時のレール』を、『すり抜けた』……」

『会長』は、空ろな口調で呟く。おそらく、左腕からの失血で、意識が不明瞭になっているのだろう。
まさか―――この少年が。『ジェットコースター・ロマンス』が、時の支配をも超える力を持っているはずが、ない!

「……『悪魔』のお前には、わからねぇだろ……人は、『成長』するんだぜ……」

会長が―――笑った。


「『世界』!!」


一瞬だった。『世界』は、握りこぶしを、『会長』の左胸に叩き込む。
拳は、会長の身体をつきぬけ、先の空間へと泳ぎ出て―――

「が……は……」

……『殺した』。
たとえ、この少年が、『時の支配』に歩み入ろうと。『世界』の勝利は、約束されたものだった。 しかし―――!!
何故! 『スペクタクル』に記されていなかった能力が、発生している――!?

「おい、そこのテメェ―――!! 動くんじゃねェ、動いたら『ドン』だぜ『ドン』!!」

……気づかぬうちに、『時』は動き始めていた。小野の耳に飛び込む、鐘の音と、男の声。

見ると。小野の視線の先に、二人の人間が立っていた。
一人は、警察官の制服を身に纏い、拳銃を構えた、ガタイの良い男。……誰かが通報でもしたのか。遠くから、救急車のサイレンが聞こえてくる。
そして、もう一人は……

「『ファンク・ザ・ピーナッツ』……」

「!」

そのスタンド名を口にすると同時に。『もう一人』の人物、少女が、顔をゆがめる。

「『ジョースケ』君! こいつだよ、こいつが、『小野大輔』だよ!!」

……また。僕が『始末』しなければならない相手が、増えたわけか。
小野は内心で苦笑しながら、『会長』の身体から『世界』の腕を引き抜き、二人を向き直った。
……と、同時に。

prrrr prrrr

「!?」

小野に立ちはだかった二人の表情が、変わる。
突如、店内に響き渡った音の発生源は、小野のズボンのポケットの中。
『橘京子』の携帯電話だ。

「……すまない、少し待ってくれ」

小野は、二人にそう告げ、ポケットから携帯電話を取り出し、そのモニタを確認する。
新規メール受信。その文面を、確認する……

『大丈夫? 病気なの? 今から家にいくけど、いいかな?』

……このときを、待っていたのだ。

―――


「すまないけど……『急用』が出来たんだ。僕は、橘さんのところに行かなきゃ為らない。君たちの相手は……また、今度にしよう」

銃口の先の『男』は、のん気に携帯電話を弄った後で。俺たちに向けて、そう次げた。
……何を言ってんだ、こいつは。人のどてっ腹をブチ抜いた直後に、用事が出来たからさようなら、だと?

「おいおいおい、フザけてんじゃねェ―――ッスよォ! 正義の味方の前で、敵キャラが『また今度』はねぇだろうが!
 『覚悟』はできてっかよォ? 出来たなら言いな! このおれが、現行犯で……」

……逮捕、する。
そう、『仗助』が、叫ぼうとした瞬間。
男は――――銃口の先から、消え去っていた。
何だこりゃァ? これじゃ、まるで―――あのヒトの、『時止め』みてェ―――じゃねぇか!!

「ちょいと、ジョースケ君! はやく、こっちにきて! 怪我人が居るよ……会長! ジョースケ君、はやく会長を治してあげて! すごい傷だよ、これ!!」

あっけに取られ、その場に立ち尽くしていた俺を尻目に。店内へと駆けていった鶴屋が、俺に、大げさな手招きをする。
会長。それは、もしや、先ほど、あの男のスタンドに、胸を貫かれていた少年のことだろうか?
だとしたら……仗助は思う。あの位置は、完全に心臓を貫いていた。たとえ、仗助の『スタンド』を使ったところで……

「早く、急いでよォ、ジョースケ君!!」

「お、おおっ!?」

鶴屋に腕を引かれながら。仗助は、たった今、目の前から消え去った男の行き先を案じていた。
『橘さんのところ』……いったい、この西宮市に。光陽園に、何がおきていると言うのか。
東方仗助は―――悲しいことに。
あまりにも、現状に『無知』であった。


本体名 - 中西貴子
スタンド名 - ロビンソン 再起可能?




―――――――――――――――――――――――――

スタンド名 - 「ロビンソン」
本体 - 中西貴子(19歳)
破壊力 - B スピード - B 射程距離 - E
持続力 - A 精密動作性 - A 成長性 - C

能力 - 全身に白い糸を巻きつけられた女性型のスタンド。
       下半身を持たない像は、彼女のスタンドが発現する際、彼女が強い恐怖に怯え、立ち上がることができない状態にあったことに由来する。
       右手の指に爪を持ち、爪が触れた液体を燃やす炎を産み出す能力を持つ。
       炎自体には熱はなく、燃料の燃焼による気体の発生も伴わないため、厳密には炎とは呼びがたい。

―――――――――――――――――――――――――

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年11月10日 10:17