「ねえ、ちょっと、あんた! 聴いてるの!?」

「うるっせェ―――な! 聞こえてるに決まってんだろが、んナでけェ声で叫ぶな!」

『厄介で、面倒な女』。
目の前の少女の大体の性質は、以前から、キョンや、その周囲の人物から聴かされていた。
しかし、実際にこうして顔をあわせてみると。その『厄介さ、面倒さ』は、ミスタが想像していたその度合いを遥かに超越するものだった。
『涼宮ハルヒ』。今、ミスタが『守る』べき対象。

「聞こえてるんなら、答えなさいよ! あんた、あたしをこんなとこに閉じ込めてどうしようってのよ!?
 それに、さっきのデパートで、いったい何があったのよ!? 今すぐ確かめにいきたいの、だから、さっさとこっから出せぇ!」

ハルヒは、語調を和らげず、ミスタの顔面に、今にも噛り付かんばかりの勢いで顔を近づけ、容赦なくつばを飛ばしながら、喚いた。
現在、ミスタとハルヒが居るのは、SPW財団だか、『機関』だか、どちらだかが用意した、特注のワゴンの内部。
西宮市中央街のデパートにて発生した『異常事態』。
それがひとまず収まった後、デパート内にて一人、不機嫌のきわみへ達していたハルヒを、無理矢理に連行した先。
要するに、『機関』や警察が、デパート内で発生した『スタンドバトル』の後片付けを済ませる間、ハルヒが面倒なことを企てぬよう、現在、絶賛軟禁中。
そして、それを行うにあたり、ハルヒの相手をすべく、ハルヒとともに、このワゴン車内に放り込まれる役割を押し付けられたのが、ミスタ。というわけだ。

「だァ―――から! 殺人だとかがあって、今この町は危険なんだよ!
 わかるだろ、『危険』! あぶねぇ―――!! ッてことだよ!
 ンナ所にオメェーみてーな一般人を放り出して、何かヤベェ事に巻き込まれたらどうすんだよ!?
 だから事態が収まるまでここでおとなしくしてろっつってんだよ!」

「はァ!? そんなの、めったにお目にかかれない不思議じゃないの!
 今! あたしが動かなかったら、いつ動けっての!?
 アンタ、どこの誰だか知らないけど、あたしの邪魔をしようってんなら、ただじゃおかないわよ!?」

「だから、おれァ『刑事』だっつってんだろ!?
 一般人を非常事態から守るのが刑事の役目なんだよ!
 大体不思議だかなんだか知らねェーが、いくら不思議だろうと奇天烈だろうとォ!
 オメーが死んじまうかもしれない状況になったら意味ねェーだろうが!!
 どんだけ言やぁわかるんだよ、おれァ今オメーを『守って』やってんの! おとなしく『守られて』ろっつってんだよ!」

女を『守る』任務には慣れているつもりだった。
しかし、この数十分ほどで、ミスタが抱いていたその自信は、ボロ雑巾のように踏みにじられてしまった。
『守る』女の性格ひとつで、任務のつらさはこれほどまでに左右されるものなのか。
思えば、あの『トリッシュ』は、護衛対象の鑑のように『守り』やすい性格をしていたのだ。

「大きなお世話よ! あたしはそんなヘタ打ったりしないわ!
 大体あんた、本当に刑事? てか、何なのよこの車は? ワケわかんないわ、救急車かと思ったら、ホテルの部屋みたいな内装で……
 なんだか、怪しい匂いがムンムン沸いて来たわ……あたしをこのままどっかに連れてくつもりじゃないでしょうね!?」

そして。その模範的護衛対象と正反対の性格を持っているのが、この少女だ。
こちらに従順な様子はかけらも見せず、根本的に非協力的。
正直、ミスタの手には余る。フーゴだったら今頃ブチギレているだろう。
本当なら、古泉あたりが、適当に諭しつつ相手をするべきなのだ。しかし、その古泉は今、この女の不機嫌によって発生する異常現象の対処に向かっている最中ときたものだ。

「連れてかねェ―――よ! まあ、ほら、なんだ。ンナ怒ってねェでよ、なんか飲むか?
 色々あるぜ、リンゴジュース、オレンジジュース、パイナプルジュース、ミネラルウォーターのガス入り、ガス無し、缶入りのジュース…………」

……おそらく、特注であろうこの車内。ジャポネの言葉で表すなら、『至れり尽くせり』というところか。
その車内の様子は、いつかの亀の内部を思わせる、ソファやテーブルといった家具に彩られた、非常に快適なものとなっている。
冷蔵庫の中身のチョイスにすらデジャヴュを覚えるのは、ミスタが神経質すぎるからなのだろうか。

「……なんかヘンなモノ入ってんじゃないでしょうね。睡眠薬とか」

「ねェ―――よ! なんでったってオメーはそう、人の好意をうらめ、裏目に取んだ!?
 何ならこの場でおれが毒見してやろうか? あァ?!」

「……確かに、ノドは乾いたわね。……いいわ、じゃあ、缶のジュースを頂戴。なんでもいいわ」

……漸く、少し落ち着いた様子を見せる護衛対象。
よし、チャンスだ。ミスタはにやりと口の端を歪めながら、冷蔵庫の中から、缶入りのジュースを取り出し……

「……何っじゃこりゃァ――――っ!?」

「きゃっ!? な、何、どうしたのよっ!?」

突如。取り出した缶ジュースのパッケージを見て、ミスタの口から飛び出した絶叫に、ハルヒが驚く。

「『どーした』も『こーした』もねぇっ! 見ろ、このジュース!」

興奮しながら、ミスタはハルヒにむかって、手の中の缶をずいと突きつける。
缶ジュースのラベルに記されている、製造メーカーを示すロゴ。そのロゴには、ハルヒにも見覚えがあるらしい。

「……『4・11』のコンビニのブランドじゃない。これのどこがおかしいのよ?」

「そうだよ、その『4・11』がおかしいんだよ! 『4』は悪いんだ! あの店は悪魔の店なんだよ!
 その店の商品を入れとくなんて、『機関』のやつら、何考えてんだ!?」

「……あんた、マジでそんな『ジンクス』信じてるの? 『4』が『死』とか……」

ミスタの魂の叫びを浴びながら。ハルヒは、こいつ、頭大丈夫か? とでも言いたげに眉を顰め、ミスタの顔をにらんでいる。

「っていうか、今、あんた、『機関』って言った? 何よそれ、この車は警察の車じゃないの?」

「エッ? あ、いや~、何だ? いや、警察のヤツら……じゃなくて、上のヤツら、気が『利かん』ぜ! って言ったんだよ!」

「……馬鹿らしい、付き合いきれないわ。とにかく、これ、もらうわよ」

プシュ。と、音を立てて、ハルヒの手の中で、缶のプルタブが弾かれる。

「あっ、おい! やめとけ、悪いことは言わねー! 『4』に良い事なんてねーぞ!」

「『4・11』の商品でいちいち不幸になってたら、世の中不幸人だらけよ! いいから、あたしはこれを飲むの! ちょっと黙ってろ!」

ミスタの静止を無視し、缶をぐいとあおるハルヒ。あーあ、飲んじまったよ。ミスタは心中でため息をつく。
何か悪いことがおきなけりゃ良いが……などと考えながら、冷蔵庫の中から、もう一つ、ハルヒが飲んだものと同じ缶を取り出し、ふと、気づく。

『この商品は、お酒です。アルコール度、"4"%』。
…………『機関』はマジで何考えてんだ。

キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第22話『小野大輔は幸せを願う③』


「……それでね、うぃっく……あたしたちは、エス、オーエス団として、会誌を作ったわけよ。キョンには恋愛ものを、こいずみ君には、サスペンスでね……」

「ほぉー、そりゃあ『気合』が入ってんなァー。で、オメーは何を書いたんだよ?」

「あたしのは……あんたに説明してもきっとわかんないわよ。それより、あのジュースもうないの?」

ハルヒがミスタ曰くの、『悪魔のドリンク』を飲みだしてから、一時間。すっかりと出来上がってしまったハルヒのご高説に、ミスタが適当に相槌を打つ。
未成年にアルコールを摂取させるという、いささか如何わしげな方法を経たものの、なんとかハルヒをこの場所で、不機嫌でなく収められたのだから由とすべきか。
ミスタは、冷蔵庫の隅にあったペリエを口にしながら、ぼんやりと、ハルヒの語る『SOS団』の活動履歴に耳を傾けていた。
……いやはや、ジャポネは平穏だね。大まかに感想を漏らすなら、そんなところだ。
もしこの少女が、イタリアのネアポリスに生まれていたら。あの町で『不思議探し』なんざをしようものなら、すぐさま面倒ごとに巻き込まれる羽目になるだろう。

「ことしの夏はユーレイを捕まえにいくわよ! 九楽園のほうの墓地に! 去年のキモ試しは、ただの遊びだったから、今年こそホンモノを見つけるの!
 いい、あんたらケーサツが邪魔しようったって無駄だからね!」

警察は墓地の警備なんかしねーだろ。などと、ミスタが心中でツッコミを入れた矢先。
ジーンズのポケットが、小刻みに震えた。誰かからの連絡だ……おそらく、古泉だろう。ハルヒの不機嫌が収まり、『閉鎖空間』の始末とやらも済んだのか。

「ちょっと、どこ行くのよ? まだ話は終わってないのよ!」

車外へ出ようとしたミスタを引き止める、顔面を紅潮させた少女。なんと面倒なことか。
……よし、こうなれば。ミスタは妙案を思いつき、車内の一角の、天井近くを指差す。

「あっ、おい『スズミヤ』! ありゃァ―何だ!? まさか、今まさにオメーが言ってた『ユーレイ』じゃねェか?」

「えっ?」

ミスタが指差した先。そして、ハルヒが振り返った先に浮かんでいる、二つの白い影……

「ゲゲッ!? オ、オレタチカヨッ!」

「ば、バァー! 『オバケ』ダゼェー!! ベロベロバァー!!!」

『セックス・ピストルズ』、No.1&2―――!!!

「あああっ! 何これ、ホントにユーレイ!? まさか、そっちから来るなんて!
 これは一大事だわ、捕まえて飼育しなくちゃ! ちょっと、刑事! あんた、虫取り網とか持ってないの!?」

「うわァ――、やっべェなァー! いつもは持ってんだけど、今日はちょっとなァー! 家に忘れてきちまったぜ!」

「じゃあ、買ってきなさい、ダッシュで! あたしがこいつらを引き止めておくから、急ぐのよ!」

「おっしゃ、わかったぜ!」

悪い、上手くやってくれ、No.1、No.2。
あれだけ酔いが回った状態でなら、あとで『夢でした』で済ませられるだろう。少々大胆だが、この場を切り抜けるにはこれが一番手っ取り早い。

「やっぱ、イツキか」

車外へ降り、鍵を閉めなおしたミスタは、携帯電話のモニタを見て、声を漏らす。
すぐさま通話ボタンを押し、耳に押し当てる。

「おい、イツキよぉ! おれぁいつまでスズミヤの相手をしてりゃぁいーんだ!? 閉鎖空間とやらは終わったのかよ?」

「『ミスタ』! よかった、そちらはまだ無事ですね!?」

「無事? ああ、こっちじゃあ、スズミヤが暴れてるだけで、何も起きちゃいねェーぜ。車の外も、『ピストルズ』が見張ってたが、何も異常はなかったしな」

電話の向こうの古泉の声は、酷く焦っている様だった。どう考えても、ものごとが上手くいっている状況下の声ではない。

「そうですか……すみませんが、ミスタ。時間がありません、今からそちらに向かいますので、ともに来てください!」

「何だってェ? しかし、スズミヤのやつは放っておいていいのかよ? 今は、おれの『ピストルズ』が相手をしてるが……」

「一刻を争う事態なんです! ……僕らが、あと少しこちらに戻ってきていれば、もっと早く対処できたのですが……!」

「おい、何が起きてるのか説明しろっつってんだよ!」

「それは……『車』の中で話します!」

プツリ。その言葉を最後に、携帯電話の通話が途切れる。
それとほぼ同時に……突如、背後から迫り、ミスタの首根っこを掴み上げる、『何か』があった。

「――――『ヘブンズ・ドライブ』!! 古泉、『ミスタ』は回収したわ!」

「ベネ(良し)! 森さん、そのまま……『病院』を目指してください!」

……世界が暗転したかと思うと、ミスタは、黒塗りの乗用車の運転席の上に投げ出されていた。
横倒しになったミスタの視界に、車に備え付けられた、時計が示す時刻が目に入る。
13時34分――――。


――――


「『ジョースケ』君! はやく、『会長』を治しておくれよォー!! 目を覚まさないよ、会長!」

「わ、わかってるってよォ!! しかし、これだけの重症なんだ、いくら『クレイジー・ダイヤモンド』だって、完治するまでにはもう少し掛かりますって!」

駆けつけた救急車の車内。榎本と中西、そして、会長を乗せた車内に。鶴屋と仗助の声が響き渡る。
『会長』の腹部に開いた巨大な穴を、『クレイジー・D』が癒してゆく。しかし、様子がおかしい……『血液』が足りないのだ。

「妙なんだよ、コイツ……いくら『クレイジー・D』で治しても、血液が戻ってこねえ! 明らかに『足りね』ぇんスよ、『鶴屋』さん!
 そっちの『エノモト』って子もそうだ……理由はわからねえが、こいつらは直接『輸血』しなきゃだめだ!
 こいつらに足りない『血液』は、もうこの世に『ねぇ』んスよ! 多分『スタンド攻撃』をうけたんだ、そうとしか考えられねえ!」

仗助の言葉を皮切りに、車内の救急隊員たちが、会長と榎本の二人に、輸血を行う準備を始める。
しかし……仗助は、口には出さずに、心中のみで呟く。
『会長』と呼ばれる少年が受けた、あの傷。明らかに心臓を破壊していたあの傷では……おそらく、この少年は、もう――――

prrr! prrr!

「! 『古泉』君だっ!」

突如、鳴り響いたのは、鶴屋のポケットの中の携帯電話だった。
『コイズミ』。先ほど、十数分ほど前に、鶴屋が連絡を試みようとして、失敗した相手の名が、たしかそんな名前だった。

「もしもしっ、古泉君!? 『閉鎖空間』は終わったのかいっ!? あたしのメッセージは、聞いてくれたっ!?」

鳴り響く着信音に応じた鶴屋が、矢継ぎ早に言葉をつむぐ。電話口の向こうに居る人物の声が、仗助の耳にも、かすかに聞こえる。

「……ウソぉ!? 『キョン』君が……そんな! 最悪じゃないかっ!?」

『キョン』。また、新たに、仗助の知らない人物の名前が、鶴屋の口から飛び出す。
ただならぬ様子で通話を続ける鶴屋の言葉を、それとなく耳に流し込みながら、仗助は治療を続けた。
肉体的な外傷はほぼ完治した。あとは問題の血液だけだ。救急隊員たちが、手馴れた様子で、点滴のチューブを持ち出し、『会長』と『榎本』の腕に針を刺す。

「……! 脈拍が……わずかですが、戻りました!」

不意に、一人の救急隊員が、声を上げる……その視線の先には、『会長』の心電図を探知するモニタが在る。
しかし―――。

「『わずか』だって……? おれの『クレイジー・D』で、身体は『治って』るんだぜ!? 『輸血』で血液が足りたなら、完全に『復活』するはず……!!」

「『会長』君! 会長君、目を覚ましておくれよ! 会長君!!」

いつの間にか、『古泉』との通話を終えていたらしい。鶴屋が、ベッドに横たわる会長の身体を揺らす。
しかし……『会長』は、目覚めない――――

「……? 待てっ、『鶴屋』さん!!」

「何だいっ!? 待っておくれよ、ジョースケ君! 今、会長は『目覚める』から! だから……」

違う! 会長の身体にしがみついている、鶴屋には見えていない……
『会長』は―――『目覚め』ている!

「……『左腕』だ! 『会長』の左腕を見ろ、『鶴屋』さん!!」

「えっ……!?」

……点滴の針を刺された、『会長』の左腕。
仗助は見た。その指先が、僅かに―――本当に、ほんの僅かに。『動く』のを―――!!

「『会長』……?」

鶴屋が、会長の身体を離れ、その様子をじっと見詰める。
『会長』の左腕が……僅かに、少しづつ。まるでナメクジが動くかのように、ゆっくりと……『どこか』を目指して、『動いて』いる!!

「おい、『会長』の脈はどうなってんだァ―――!!?」

「かっ、変わっていません! 『わずか』……ごく『わずか』です!」

会長の左腕は……自らの胴体の上を這うようにして、ずりずりと、少しづつ動いてゆく……
そして、その『左手のひら』が、『右胸』に達したところで……
―――『止まった』。

「……『脈』が……再び、とまりました……!!」

救急隊員の声が、ロック・バラードの最後を飾るピアノのように……ゆっくりと、その事実を告げた。
やはり―――仗助は、思った。『会長』の生命は既に、『終わって』居たのだ……彼の魂は、既に―――!
しかし、最後に。彼の魂は、ほんの『わずか』な間だけ、この世へと帰ってきた。

「『鶴屋』さん……『会長』の、最後のメッセージだ……この『ポーズ』は!!
 おれにはなんとも見当がつかねぇ! いったい、この『ポーズ』に、何の意味があるのか……
 だが! 『会長』は、最期に……おれたちに……、誰かにこの『ポーズ』を伝えるために、一瞬だけ『帰って』きたんだ!!」

鶴屋は、仗助を一瞬振り返った後。意を決したように、手の中の携帯電話に視線を向けた。
そして、その機体を、ベッドの上で『眠る』、会長の姿へと向ける。
ピロリ。と、この場にはとてもではないが、不釣合いな、軽快な電子音が鳴り響く。

「……『ファンク・ザ・ピィィ―――ナッッッツ、一号ォ―――』!!!」

鶴屋の身体から湧き出す、『スタンド』。彼女の長い髪の毛を振り払うようにして、彼女の背中から、小さな『赤いスタンド』が出現する。

「……『オジョウサマ』!! スデニ『ワカッテ』イマス……この『ワタシ』の『役目』ハ!!」

現れた『ファンク・ザ・ピーナッツ一号』は、機械音的な声でそう告げると。鶴屋の手の中から、『携帯電話』を奪い取った。

「『一号』!! その写真を……会長の最期の『メッセージ』を、届けておくれ――――『あの子』に!!」

「『YAEHHHHH』!! ワタシの『鼻』ハ! 『カレ』を『捜索』シ、『追跡』イタシマス!!」

「おい、待ちな、『パンピー』だか、『カンピー』だか!!」

救急車の窓を突き破り、外界へと飛び出そうとした『ファン・ピー一号』を、仗助が呼び止める。

「よく分らねぇよ、正直。この街で、アンタらの周りで、何が起きてるのか……だがよォ―――! アンタが『あの男』の元に向かおうとしているなら! 『コイツ』を持っていきな!!」

仗助は、言葉とともに。その、赤く、小さなスタンドに向けて、自らの胸から引きちぎった、『それ』を投げつける。
従順な猟犬のごとく、『それ』を受け止める『ファン・ピー』。

「……『O・K』デスワ、『ミスター・ジョースケ』! 『オジョウサマ』、イマイチド、確認イタシマス!
 ワタシハ―――『カレ』を『引き寄せる』! そして、『カレ』を『守る』! マチガイハ、アリマセンネ!?」

「『O・K』だよ、『ファン・ピー』ちゃん!! あたしは、君に運命を『託す』!!
 行くんだよ、! 『彼』の元へ……『奴』の元へェ――――!!」

鶴屋の指令と同時に。『ファン・ピー』は、開かれた僅かなドアーの隙間(咄嗟に、ドアーを開けた救急隊員はエライ!)から、外界へと飛び立っていった。
……一転して、静寂に覆われた車内。仗助は、ベッドの上の『会長』を見る。
『死』してなお。『未来』への『メッセージ』を残した、その少年の『体』を――。

「……『生きている』アンタに会ったことも、まともに喋ったこともねぇ。アンタがいったい、ドコの、何の『会長』なのかすら、知らねェーがよ。
 ……『会長』さん。アンタは、立派だったぜ……
 このおれ、『東方仗助』が……思わず、敬意を表しちまうくらいにな……!」

呟くと同時に、仗助は、警帽を脱ぎ……まるで、『あの人』のように、短く刈られた頭髪の上に、右手を当てがった。
それは、仗助にとっての『敬礼』の姿勢だ……余談ではあるが。これは、彼、仗助自身も知らないことではあるが。
その姿は――数十年前。ある『男』に対して、仗助の父が取った『敬意』の証となる姿と、とてもよく似ていた――――

鶴屋が、言う。

「『一号』ちゃんの声は、『二号』が聴くことができる!
 もし、本当に……『彼』が、『奴』と接触することがあるなら!
 あたしの『ファン・ピー』ちゃんは、全力で彼を『守る』!!
 『ジョースケ』君! もしものときは、お願いして、いいかなっ!?」

そして、仗助が言う―――!

「任せてくだせェ――よ、『鶴屋』さん。
 ……ったく、遥か『西宮』に『異動』されて、初っ端が『コレ』たぁ、おれも運がねェーぜ……
 だがよォ―――。もし、この街に……!
 『あの野郎』みてーな『ゲス野郎』が居て、そいつが暴れてるってェ―――なら!
 おれはトコトン『ツイてる』とも言えるかもしれませんぜェ―――!」

そして、仗助は、『理解』する。
今。『東方仗助』巡査は。
再び―――いや、『三度』。
『スタンド』をまつわる『戦い』の渦中に立っているのだと――――!

――――


仗助と鶴屋が、『ファン・ピー』が飛び立った後。車内の時計で確認した時刻は、午後1時40分。
それから、時は僅かに前後する。


―――


畜生。俺は、去年から総計して、何度この言葉を吐いただろうか。
心中で呟いた分を含めれば、おそらくその数は、百にいたるかいたらないかになるだろう。
兎にも角にも。聴きなれた携帯電話のコールで、無理矢理に夢から覚まされた俺は。勝手の分らぬ室内を出鱈目に荒らしまわり、外出の準備を行っていた。

「ああっ、畜生!! 『古泉』の野郎、なんでこんな腰の細いジーンズばっか持ってんだよォ、あの野郎ォ――!?」

他人の住まいであり、無人の住まい。その状況下で、俺が平静を保つことなど、とても出来はしなかった。
『佐々木』からの、あまりに遅すぎ、そして、危うすぎるモーニング・コールを受けてから、三分ほどが経過している。
まずい。一刻でも早く、『佐々木』の元に向かわなければ。古泉には連絡がつかない。『現状』で、この『現状』に対応できるのは、つまるところ、俺しか居ないわけだ。

「古泉ぃ! おれは『橘の家』に行く! 『佐々木』から聴いた―――一刻を争う事態なんだ!!」

陳腐な留守録のメッセージに、声を荒げ、短くそうとだけ告げ―――結局、汗と雨水で濡れたジーンズのまま、外界へと飛び出した。
時刻は、一時二十分。ここから、佐々木の居る、『橘の家』まで、どれほどかかるだろうか。
いや、それ以前に。

「『橘の家』は……『何処』だ!? 考えて見れば、おれはあいつの家が何処にあるかなんざ、聴いたこともねぇぞ!?」

うかつだったのは、その場所を聞かなかった俺か!? それとも、伝えなかった『佐々木』か!?
いや、『佐々木』は、『橘』の状態を見て、動揺していた―――まずかったのは、俺だ! 俺がもうすこしだけ、冷静でいたなら―――!!

……佐々木にもう一度連絡をして、『橘の家』が何処にあるかを聴くか?
いや、しかし……あの『佐々木』の動転の具合からして、それを正確に、俺に伝えられるかは難しい。

「ックショォ!! どうすりゃいい!? 『古泉』を呼ぶか―――いや、あいつには繋がらねえ! きっと、『閉鎖空間』に居るんだ!
 じゃあ、『フーゴ』か、『ミスタ』か、『鶴屋さん』か!? しかし、あいつらが『橘の家』の場所なんか、知ってるかよ!?」

此処は機関の『寮』だ。適当にそこらの部屋のインターフォンを鳴らせば、運良く、『橘』の住居を知っている誰かに巡り合えるかもしれない。
しかし、そんな場合じゃないんだ。今すぐに。一秒でも、コンマ一秒でも早く、『橘の家』―――『佐々木』の元に向かわなければいけない!!

……感じる。
俺は、突然のモーニング・コールに、慌てすぎていた。その所為で、俺のスタンド……『ゴッド・ロック』の能力の存在すらも、忘れていた。

「……『ゴッド・ロック』……お前、『出てきてくれた』のか……!!」

いつの間にか。背後に立っていた、漆黒の巨体に向け、俺は言葉をかける。
『ゴッド・ロック』は、俺の言葉を肯定したのか、否定したのか……理解しがたい、奇妙な視線を俺に向けると、再び、俺の身体の中へと返っていった。
……感じる!!

「『感じる』ぜ、『ゴッド・ロック』……お前の能力が! 『スタンド』の発動を、感知している!!
 此処から、決して遠くない……そこが、『橘の家』なんだな、『ゴッド・ロック』!!?」

俺の問いかけに肯くものは居ない。しかし、その問いが過ちでないことが、俺の体の深遠……『ゴッド・ロック』の在る場所から、告げられる。
俺は一目散に階段を駆け下り、アスファルトの地面へと、足の裏を突き込んだ。
……やはり、『感じる』。この近くだ! とても近くに――佐々木の居る、『橘の家』が在る!!

「『ゴッド・ロックゥ――』!! 決して! その『感知能力』を解除するな!!
 おれが何処へ走ればいいのか……それを! このおれに『教えて』くれ!!」

……精神の深遠で。『ゴッド・ロック』が、肯いた。
俺は、その『神』の導きにしたがって……アスファルトの上を、駆け出した。

―――現在。時刻は、午後一時三十分―――

本体名 - 西宮北高校生徒会長
スタンド名 - ジェットコースター・ロマンス ……再起―――不能?









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スタンド名 - 「クレイジー・ダイヤモンド」
本体 - 東方仗助(19歳)
破壊力 - A スピード - A 射程距離 - D
持続力 - B 精密動作性 - A 成長性 - C

能力 - 手(拳)で触れたもの・生命を治す能力を持つスタンド。
       また、そのスタンド自体の破壊力・スピード共に、他のスタンドの追随を許さぬ、圧倒的な戦闘力を持つ。最強レベルのスタンド。
       『スタープラチナ』と比較すれば、スタンド自身は自意識を持たず、本体の意思に基づかない防御や、攻撃が行えないことが、唯一の弱点。
       いくら治癒の力を持つとも言えど、死によって魂が失われてしまった生命体を蘇生することだけは出来ない。
       また、本体の受けた負傷を治癒することも不可能。

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最終更新:2009年11月10日 01:43