……考えるよりも何秒も早く、身体が、『ゴッド・ロック』が動く。初めての感覚だ。
俺は、『世界』……『小野』の手のひらによって止められた右拳を横に振りきり、胴体に、右足を叩き込むッ!!
しかし、その攻撃もまた、小野の左腕によって止められる―――いいや、違う!
『攻撃』は終わっていない!

「『やれ』ェェェ!!」

「WRYYYYYY!!」

俺が、『ゴッド・ロック』が、吼える。
小野の左腕に遮られた右足に、更に力を込めながら、身体を左側に、90度傾け―――
その憎き左腕に向けて、右肘と、右膝を『叩き込ん』だ!!

「ぐッ!」

小野の口から。『世界』の口から、小さく呻き声が漏れる。
渾身のエルボーと、膝蹴りの挟み撃ちともなれば、多少はダメージがあるだろう?

「『世界』!!」

小野が右拳を振りかざす、横倒れになった俺の『胴体』に、そいつを叩き込むつもりか。

「やれぇ!」

『命令』をしながら、自分で、『ゴッド・ロック』の身体を動かしている。この状況は実に妙なものだ。
小野の左腕に食い込んでいる右足を―――膝蹴りのために折りたたんでいた足を、全力で『開く』!
俺の爪先は、半回転分の遠心力を孕んで、小野の『首』に食い込んだ!

「うぐゥッ!?」

『スタンド』とはいえ、やはり急所に当たる箇所はあるらしい。
先の挟み打ちよりは破壊力の低い攻撃だったはずだが―――しかし! 確実に、小野は怯んだ!

キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第24話『西宮市のどこかで鎮魂曲が奏でられる②』


「……昨晩の君と、同じ人間と戦っているとは思えないよ」

右手で、首の左側を押さえながら、小野が言う。
ああ。俺も丁度、今の俺が、昨晩までの俺じゃねーような気がしてた所さ。

「……もう、これ以上。君を生かしておくことは、難しいかもしれないな」

「!」

「『罰』は、最終楽章に入る……これから……『ジョン』。君を……『裁く』」

―――『時止め』が、来る!
俺の直感が、そう騒いでいる。……いくら『世界』と戦り合えたって、『あれ』をやられたら……一発だ。俺の腹に、デカイ穴が開く。それで、お仕舞だ。

「……もっと早くに、こうするべきだった……少し後悔をしているよ。
 君はどこまでも愚かだ……それ故に、僕がいくら君の『罪』を話そうと、君にそれを『思い知ら』せることなんか、できやしなかった。
 ……君に下すべき罰は、圧倒的な『力』しかなかったんだ……」

……全身が燃えるように熱いってのに、冷たい汗が滲み出てくる。
『時』が『止まった』ら……その瞬間。俺は、やられる!
いつ、『止まる』!? 次の瞬間には、『それ』は行われるかもしれない……どうやってそれに立ち向かえばいい!?

「せいぜい恐れてくれ、ジョン。おっと……『攻撃』してくるなら、当然、僕はそいつを食らう前に、『止める』よ。
 だが、決してその『止め』の間に、君を『裁き』はしない。……君を『裁く』のは、あくまで、君を『裁く』ために『止め』た『時』の中で、だ」

……左胸が、早鐘を打つ。ちくしょう……『引き寄せ』られている俺には、『逃亡』の道はない。……今の俺は、こいつに心臓を握られているようなもんだ。

「『ミスター・キョン』……!!」

……まだいたのか、『ファン・ピー』。

「スミマセン……ワタクシが。アナタと『ヤツ』ヲ、一緒ニ『引き寄せた』セイデ……!!」

赤い身体を震わせる『ファン・ピー』。
……気にするなよ。お前の所為じゃないさ。俺が……あまりに力不足だったんだ。

「……顔色が、変わったね。『知っ』たかな? 自分がもうすぐ『死』ぬという事を」

「………………ゲス野郎……ッ!」

俺が『死ん』だ後……どうなっちまうんだろうか。
『ファン・ピー』の『引き寄せ』は、俺が死んだとしても、俺の身体を病院まで……正確には、鶴屋さんの『二号』のところまで『引き寄せる』だろう。
鶴屋さんのもとに、誰がいるのかは知らないが……きっとそこで、鶴屋さんたちは、こいつを倒そうとするだろう。
しかし、『無理』だ……! ……こいつは。『世界』は……『無敵』だ!

「……君に、少しでも多くの『絶望』を味わってもらうために。ひとつ、面白いことを……言ってやろうか。
 僕は……この後、君の『仲間』たちも皆、『裁く』ことにするよ」

「!」

小野は……笑っても、怒ってもいない。悲しんでもいない……無表情で、俺の目を見る。
おそらく……今の言葉を聴くと同時に、無様に、『絶望』の色に染まったのであろう、俺の目を。

「『セックス・マシンガンズ』の古泉、そこの『ファンク・ザ・ピーナッツ』の鶴屋に、『メリミー』の朝比奈……
 あとは誰がいたかな? 最後に『スペクタクル』を『読んだ』のが大分前だから、忘れ気味になってるな……
 ……ああ、そうだ。『ヘブンズ・ドライブ』の森と……それに、『ヘブンズ・ドアー』の岸辺露伴……
 僕は『ピンクダークの少年』のファンだから、少し残念だけど、仕方ない。あと……あのニット帽は、『セックス・ピストルズ』を使っていたから……
 ……誰だっけな、『ピストルズ』の本体の名前は。……まあ、いいか。そいつも。他には、誰かいるかい? 君の『仲間』は」

……ウソ、だよな?
小野……お前が『裁き』たいのは、『俺』なんだろう? 『ジョン・スミス』なんだろう?

「そうさ。今、現在進行形で、君を『裁い』てるじゃないか。
 あと……君たちの回復の早さを考えると、『回復スタンド』使いがいるはずなんだがな……
 ……まさか、『汐華初流乃』あたりもいるのか? それとも……『クレイジー・ダイヤモンド』のやつかな?
 あれの本体はなんて名前だったかな……でも、どっちかだよな。多分。回復ができるスタンドは珍しいんだし……
 まあ、それらしいのを見つけたら、そいつも『裁く』よ」

……こいつは、『長門』を『知らない』のか。
あいつは『スタンド使い』じゃないから、こいつの……『スペクタクル』だとかいうやつに、情報が無かったのか。

「あ、それと……ああ、忘れてた。『ジェットコースター・ロマンス』のやつは、もう『やっ』たじゃないか」

……何だって?

「お前……今なんて、言った?」

『ジェットコースター・ロマンス』。……あの、不良会長のスタンドが、何だって?
『やっ』た?

「あれ、聞いていないのかい。彼は……強敵だったよ。『かなり』のね。まともに戦ったら、もしかしたら……『負け』ていたかもしれない。
 だけれど……君と同じ、『愚か』だった。それが彼の敗因だ」

「! 『ミスター・キョン』! ソウデスワ……アノ『携帯電話』ハッ!?」

「えっ……」

不意に。俺の耳元で、『ファン・ピー』が叫ぶ。
そうだ。さっき、こいつから渡された携帯電話……今まで忘れてたが、こいつは一体何なんだ?
『小野』は、まだ時を止めない……遊んでやがるのか? それとも、『病院』につくまで待って、鶴屋さんたちの前で俺を『裁く』というのだろうか。
ポケットに突っ込んだきりだった、携帯電話を取り出す……桃色の携帯電話。こりゃ、誰んだ?

「……! これは……っ!?」

……携帯電話を開くと。画面は、写真撮影モードになっており……そこに、『会長』の姿が映っていた。
白いベッドの上で、左手を右胸に当てた体勢で、仰向けに寝転がっている……
……何だよ、これ。こいつ……
『会長』は、なんで『寝て』んだよ……?

「『ソレ』ハ……『会長』サマが、最期ニ残シタ『メッセージ』デス!!
 ワタクシハ、『ソレ』ヲ! 『アナタ』にツタエルタ――――」

……不意に。『声』が、止まった。
……何だ? 『ファン・ピー』は……どうして、いないんだ?
たった今、俺の顔の横で、叫んでいた『ファン・ピー』が……なんで、消えちまってんだ!?
それに続いて、気づく……一瞬前まで、俺の手の中にあったはずの、『携帯電話』が……『会長からのメッセージ』とやらが、無い。
それも、『消え』ちまっている!

「……『ミスター……キョ……』」

声は、俺の前方……『小野』の居る方向から聞こえた。
……その傍らに立つ、『世界』の『手』の中に……赤い、潰れた『トマト』のようなものが、有る。

「『ファン・ピィィィ―――』!!!」

―――今、『止ま』ったんだ! 『時』が!
今が『裁き』の時だったのか? いや、違う……俺は、生きている。
小野が『時』を『止めて』攻撃したのは……俺でなく、『ファン・ピー』だ!

「……」

……小野は、先ほどと変わらない表情で、俺をじっと見ている……
その、冷たい目の端を……一滴の、汗が落ちてゆく。

「何を……しやがった……ッ!?」

「…………」

無言。
さっきまで、俺を絶望に追い込む言の葉を、ぺらぺらと吐き出していた口が、黙り込みを決め込んでいる。
……瞼の裏に焼きついている、あの『画像』。
そして、それを俺に伝えようとした、『ファン・ピー』を、無き者にするためだけに、こいつは『時』を止めたのか?
その理由は……一体、何だ?

「『メッセージ』……!」

答えは―――一つしかない!
あの画像―――『会長』が、最期に残したという『メッセージ』!
そこに……『無敵』の『世界』に立ち向かう為の『鍵』があった!
だから、小野は『焦っ』た。咄嗟に、『時』を『止め』て、俺がその『鍵』を見つけ出す前に、『携帯電話』と、その旨を伝えようとした『ファン・ピー』を葬った……

「……最後まで、気分が悪い……まだ、君を十分に『絶望』させていないというのに……
 さっさと『裁か』なければならないようだ……」

間違いない!
こいつは、俺が、一瞬だけ目にした『画像』から、その『鍵』に辿り着くことを恐れている!

考えろ! 『時』が『止め』られる前に……俺が『裁か』れる前に!
あの画像……仰向けにベッドに横たわる、『会長』! あの中に『鍵』がある―――其れを、『理解』しろ!!

「…………」

小野が―――動いた。
小野の『左腕』が……どこかを目指して、動いてゆく。
……『左手』を、『右胸』に当てようとしている! あの『画像』の中の、『会長』のように―――!!

「うおおおおお!!!」

……そうだ、思えば。こいつはさっきから、幾度も、癖のように、『左手』を『右胸』に当てていた―――
それが―――『時止め』を発動させる条件なんだ!
しかし、それが分かったところで……俺は『どうすれば』いい!?
『小野』は既に、『時止め』の準備体勢に入ろうとしている! いや、左手を右胸に当てるのなんざ、一瞬だ。
そして、その瞬間―――間違いなく! 小野は俺を『裁く』!!

「やめろ……『止める』んじゃねェェェェ――――!!」

「『世界(ザ・ワールド)』!!! 時よ―――『止まれ』!!」

……その、瞬間だった。
俺の背に……何かが『ぶつかった』。
ああ、こりゃあもしかして……『世界』の腕か。
じゃあ、俺はもう、背後から腹をぶち抜かれ済み……そういう事か?

いや、違う……『世界』は、小野は、まだ俺の目の前に居る。
何でだ? 『時』は『止まっ』ちまったんじゃないのか……何で、俺はまだ『生きている』んだ?

「バカな……お前は、もう―――『死んだ』はずだ!?」

小野が、叫ぶ。俺に向かって―――?

違う。
その叫び声は……『こいつ』に向けられたものだった。
背後から、俺の身体を『すり抜け』て現れた―――その、白い巨人のような『スタンド』に!


「……『ジェットコースター・ロマンス』が―――何故、『生きて』いるんだッ!?」

何故。ここに、あの『会長』のスタンドが現れたのか。
何故。小野は『時』を『止め』ないのか。
何故。『死んだ』という『会長』のスタンドが、ここに『居る』のか―――

「『世界(ザ・ワールド)』ォォォ!!」

小野が叫ぶと同時に、『世界』が動く。俺と小野との間に現れた、『J・ロマンス』に向かって、攻撃を放つ。
同時に、『J・ロマンス』のこぶしが動き、『世界』のこぶしと衝突する!

「うおおおお!!!」

続けて―――ラッシュ! 白い腕と黄金色の腕とが、周囲のものを吹き飛ばさんばかりの勢いで、撃ち合う!
退けは―――取っていない! 『互角』だ!
そうだ……思い出す。先ほど、小野は。『会長』を、『かなりの強敵』だったと言った……
『時』を支配する『世界』が、『負け』ていたかもしれない『スタンド』――――それは!


"『世界(ザ・ワールド)』で―――『止まらない』もの"!!!


そういう、ことかよ―――!!
小野が時を止めなかったんじゃない……俺は―――今!
"『止まっ』た『時』の、『中』にいる"!!
おそらく―――どうやってかは、知らんが。この『ジェットコースター・ロマンス』が、俺をそこに『導いた』んだ!

「『ゴッド・ロック』ゥゥゥゥ!!」

『世界』は『ジェットコースター・ロマンス』が引き付けている―――今、俺にできる事は!

―――"『小野大輔』への、『攻撃』"!!

「WRYYYYYYYY!!」

ある程度頑丈で、『ゴッド・ロック』の射程距離内で、『ひっかけられ』るものなら、何でもよかった。
選ばれたのは、『電柱』。『ゴッド・ロック』の手を、一本の電柱に『ひっかけ』る!
俺を後方に『引き寄せる』力に、ほんの少し耐えられればいい―――俺は、『小野』に近づくことが出来る!

「ぐううう!!」

……『ファン・ピー』の『引き寄せ』は、思ったよりも強力なパワーを持っていた。
コンクリートの柱にしがみ付く、『ゴッド・ロック』の腕に、俺が想像していた以上の圧力が押し寄せる!

「振り絞れぇぇぇぇ!! 『ゴッド・ロック』!!」

全身の筋肉(『ロック』に筋肉があるのかは、知らんが)を震わせて! 『引き寄せる』力に『逆らう!』

一秒。二秒。あと少し―――三秒。四秒……そいや、『時』はまだ『止まっ』ているんだろうか?―――五秒!
俺の身体を掠めて、後方に吹き飛んでゆく、『世界』と『J・ロマンス』!
そして―――開けた視界の先に! 『小野』の姿が、見えた!
小野は―――『時止めの姿勢』を取っているッ!!

「小野ォォォォォォ!!!」

「なっ!?」

どうやら、『J・ロマンス』に集中していて、俺の接近に気づいていなかったらしい。
空中に『しがみついて』いる俺を見て、小野の顔面は、わかりやすいほどの『驚愕』に染まった。
俺は、その『部分』―――奴の左手と、右胸が重なり合った、その部分にめがけて……『撃った』!!

「時よ、止ま―――ぐぅッ!?」

いいや、『止ま』らせねぇ。……『弾丸』は、見事に。奴の左手の甲に、着弾した―――!

銃撃に怯んだ小野が、『引き寄せられて』くる……それに合わせて、電柱にしがみ付き、俺をこの場に留めている『ゴッド・ロック』を呼び戻す!

「ジョン・スミスゥゥゥ!!!」

再び『引き寄せ』られ出した俺の目の前に―――『小野』が居る! 距離は、大体2メートル……十分に『ロック』の射程内だ!!
時間が無い。『世界』が、こいつのところに戻ってくる前に! 俺は、『世界』の……いや。『ジャスト・ア・スペクタクル』の『弱点』を、見つけ出す!
可能性は―――一つ! 『会長』が残した、最後のメッセージ……『右胸』!

「『近づく』な……! 『お前』が『僕』に、『近づく』なァァァァ!!」

後退しようったって、無駄だぜ。俺たちは……『引き寄せ』られてるんだからな。

「『やれェェ』!!」

『ゴッド・ロック』の右手が、『小野大輔』の両腕を振り払い―――ジャケットの『右胸』に、掴みかかる!
高そうなジャケットが、毛羽立った音を立てて、『千切れ』る!

「うおおおおお!!!」

……どうやら。『アタリ』を引いたようだ。
こいつがたびたび口にしていた、『スペクタクル』という『スタンド』にまつわる言葉。
『読む』だの、『記される』だの……それらの言葉から連想される、『ジャスト・ア・スペクタクル』の像。
『本』だ。
そして、昨夜、こいつは言った。『ストレンジ・リレイション』だとかいうスタンドを『破った』。そして、新たに『世界』を『蘇生』したと。
ついでに、先ほど。こいつは『スペクタクル』を最後に『読んだ』のは『大分前』とも言っていた。
つまり、『スタンド』を『再生』している間は、『スペクタクル』は『読めない』……『本』の『像』は出せないと言うことだ。

「これが…………『スペクタクル』の―――『世界』の、『正体』かよ……!」

……引き千切ったジャケットの生地の中から覗く、一枚の紙。

それは―――『世界』についての情報が記された―――『ページ』!!

「やめろォォォォ!!」

―――背後に、『世界』の気配を感じる! 向かってくる……ドデカい殺気を撒き散らしながら。

「小野……この、おれの後ろの『世界』で、おれの背中にこぶしをぶち込むまでに、何秒掛かる?
 二秒か? 五秒か? ……待ってやるよ。おれと『運比べ』だ。
 この『ページ』に『触れて』いないと、お前は『時』を『止め』られない……つまり、ズルはなしだぜ」

万が一にも、小野にページを奪われぬよう、ゴッド・ロックは、ページを持つ、血まみれの左手を、天高く翳す。
……気づけば、俺たちの高度は、随分と低い位置までやってきていた。
病院までは、あと一分もかからない。……ここまで、どれくらい時間が掛かったんだろうか。気分的には、二時間ぐらいはかかった気がするぜ。

「『世界』が、最もおれに近づいたとき―――『ゴッド・ロック』は、この『ページ』を、『破り捨てる』!!」

……気配が、迫ってくる。猛スピードで……強烈なヤツが。


「『世界(ザ・ワールド)ぉぉぉぉ』!!! こいつを……『裁け』ェェェェ!!」
「『ゴッド・ロック』!!」


――――――俺の腹から。黄金色の『腕』が、生えている。
なんとも奇妙な光景だ。
どうした、小野。まるで、手品でも見てるような顔してるぜ。

「……『やっちまえ』」

……おいおい、まさか、本気で運比べをしようとしてた。なんて思ってんじゃあ、無いだろうな?
俺にはちゃんとわかってたんだぜ……背後に迫る、スタンドの気配が……『二つ』、あるってことが、な。
『世界』と―――その更に背後の、『ジェットコースター・ロマンス』。
その能力は―――『殴ったものを、すり抜けさせる』。そいつが『世界』の『腕』を、『殴った』。……な、簡単な種だろ?

「…………うわああああああ!!!」

『ゴッド・ロック』の手の中で―――『世界』の『ページ』が、引き千切られる。
それはただの紙くずへとなり、『ゴッド・ロック』の血で汚され、消滅する……
同時に。俺の腹から生えた――黄金色の腕が、消滅した。
―――最強のスタンド、『世界』は……今。"完全に『消滅』した"―――!!
だが、まだ安心は出来ない―――ちと、物騒だが。俺は、例の『拳銃』を、小野に向ける。

「ぐ……!」

「おとなしくしてろ。撃たねェ―よ。ただし……テメーが『ジャスト・ア・スペクタクル』を出して
 また別の『スタンド』を『再生』しようとしたら……おれは迷わず、引き金を引く」

……無言、か。
このまま病院に着けば―――誰が居るのかは、いまいちわからんが、少なくとも鶴屋さんは居るはずだ。
SPW財団か、機関の人間も、誰かしらは居るだろう。とにかく、こいつの身柄を、徹底的に拘束して……それで。
この『事件』は……『解決』、か。……いやにあっけなく感じる。

「おーうい、キョン君っ!」

……不意に、俺の背後……つまり、俺の『進行方向』から、聴き慣れた声がする。
鶴屋さんだ。
どうやら、無事に……と、言っていいのかどうかはわからんが。……『到着』したようだな。

「すいません、鶴屋さん。ちょっと、今、こいつから目が話せないんで……このまま、うしろ向きで失礼します!」

「オッケーだよぉ! いやあ、キョン君! 心配したけど……やってくれたみたいだねっ!」

数秒後。俺の背中に、軽く触れる、小さな手。おそらく、『二号』か。
しばらくぶりに、大地を踏む俺。……体が重い。地球の重力が、1.5倍ほど強まっているような気がした。

――――

時刻は、午後二時を回り始めていた。……さっきまでの戦いが、たったの十五分かそこらの出来事だったとは思えない。
案の定。病院前では、『SPW財団』が待機してくれていた。
俺の変わりに、小野の身柄を拘束する……小野は、終始無言、無抵抗。

「うっそ、ほんとにキョン君一人でやっつけちゃったんだぁ!? すごいね、大手柄だよ!」

「いや、おれだけじゃどうにも……あいつの。『会長』の、おかげですよ」

「え…………」

ふ。と、鶴屋さんの表情が変わる。
……途中から、なんとなく。あの『ジェットコースター・ロマンス』が、一体『何』なのか、分かっていた。
あれは、会長の『魂』とか、『執念』とか、そんなものが重なり合って……チョッピリだけ起きた、『奇跡』だったんだろう。
やつはいつの間にか、俺たちの周囲から姿を消していた、……多分、行くべきところへ行ったんだろう。

「……そ、っか。会長君は、まったく、頑張りやだなあ」

くるり。と、俺に背を向けながら、空を見上げ、鶴屋さんは、呟く。
……『傷痕』は、一つじゃない。……俺は、ポケットから自分の携帯電話を取り出し……『録音』された、その音声を聴く。
それは、『佐々木』からの電話だった。……そのメッセージは、恐怖やらなにやらに犯されており、概要を理解するのに、少し時間が掛かったが。
要約すると。……気を失っていた自分が、目を覚ますと。自分の傍で、橘が……息絶えていた。
あいつの胸には、えぐられたような、新しい傷があり……心臓が、見事に破壊されていたという。
……佐々木は、死ななかった。
橘の『スタンド』が……佐々木を、生かしたのだ。
橘自らの、のこりわずかだったであろう命と引き換えに……。

背後で手を縛られ、車に乗せられようとしている『小野』を見る。……あれほど、はらわたが煮えくり返っていたというのに。何故か、怒りはわいてこなかった。
……あまりにも、全てが、突然過ぎて。頭が、着いていけていないのかもしれん。

「……よし、キョン君。会長に、お礼を言いに行こうよっ!」

しばらく、黙って空を見上げていた鶴屋さんが。振り返り、笑顔を浮かべながら、言う。
……『会長』。倒れても、なお……俺に、最後の希望をつかませてくれた男。
まさか……最後の戦いを共にするのが、あいつになるなんて思わなかった。

「古泉君たちも行ってると思うからさ……勝利報告。してあげにいこ?」

少しだけ赤い目をした鶴屋さんが、笑う。
そうだ。あいつが居なければ……俺は小野に、無様に『裁か』れていたんだ。
礼の一つぐらいしなくちゃな。……初めてのありがとうが、死に顔に向けてってのは、すこし……残念に思う。

「……そうですね。じゃあ、行きま―――――」




……鶴屋さん?
何ですか、その……お腹から生えてる、黒いものは。

「え…………な…………に…………?」

鶴屋さんが、自分の身体を見下ろし……
まるで、不意に、下品な手品でも見せられたかのように、顔を凍りつかせる。

頭の中で、サイレンが鳴っている。
耳鳴りがする……目の前が、一瞬、真っ暗になる。


……なんだ、これ?

「……ようやく、『分かった』……『知る』ことができた。君の『スタンド』の、『正体』……」

……誰だよ、この声。……ごく最近聞いたぞ。いや、それどころか。ついさっきまで、飽きるほど聞かされていた声だ。

「キョン……ぐ……」

俺の名前を呼ぶ鶴屋さんの口の端から……ごぽり。と、音を立てて。赤い液体が、溢れ出す。
ちょっと待てよ。待てって。待て。
何だよ、これ…………?

「……運命は、やはり。君が『裁かれ』ることを、望んでいるようだ」

ずるり。と、音を立てて、鶴屋さんの身体から、漆黒の……『腕』が、抜ける。
発生した空洞から、滝のように溢れ出す、鶴屋さんの血液。
どさり。鶴屋さんの身体が、支えをなくしたぬいぐるみのように、膝をつき、倒れる。

……鶴屋さんの背後に立つ、漆黒の人影。……それが何者なのか、俺には簡単に理解できる。
しかし、理解できない。いいや、理解はしたんだ。けれど、理解出来ない。

どうして。


「どうして……『ゴッド・ロック』が、鶴屋さんを……攻撃してんだよォォ――――!!?」

……『ゴッド・ロック』の、傍らで。そいつが―――笑っていた。
―――『小野大輔』が。



本体名 - 橘京子
スタンド名 - テイタム・オニール 死亡

―――――――――――――――――――――――――

スタンド名 - 「世界(ジャスト・ア・スペクタクル)」
本体 - 小野大輔(29歳)
破壊力 - A スピード - A 射程距離 - C
持続力 - B 精密動作性 - A 成長性 - E

能力 - ジャスト・ア・スペクタクルによって蘇生された、世界(ザ・ワールド)。
       超人的な破壊力・スピードと、きわめて高い精密動作性は
       ほぼオリジナル同様のレベル。成長性のみは大きく落ちる。
       時間を数秒間止める能力も発動可能。
       しかし、本体の手でスペクタクルから切り取ったページに触れて居なければ発動できない。
       時止めの持続時間は2秒~5秒。

―――――――――――――――――――――――――







――――


――――


――――



――――


…………コーヒーを飲んでいる。
いつもの喫茶店の窓際の席。窓から射す日の光が、やたらとまぶしい。
……煙草。煙草を吸おう。

「……あ?」

……テーブルに置いた煙草の箱に手を伸ばす……その箱が、妙にデカイ。
……なんだこりゃ。俺が煙草を置いていた筈の場所に、ポッキーの箱が置いてある。

「ねえ、それ一本くれない?」

不意に。見知らぬ声がする。女の声だ。
……俺の席の向かいに。カチューシャで前髪を上げた、ワンピース姿の女が座っている。

「……なんだ、お前」

逆ナンか? 馬鹿くせえ。今は、誰かと会話なんかしたい気分じゃねえ。

「ポッキー、ちょうだい」

……失せろ。と、言いたかったはずなのだが。
何故だか俺は、女の言うとおり。ポッキーの箱を開け、そのうちから、一本を取り出し、女に差し出していた。

「ありがと。あなた、優しいのね」

女がポッキーを咥え、笑う。
……歳は俺と同じぐらいか、少し若いぐらいか。

「元々おれのじゃねえよ」

「あら、そーなの? じゃ、もう一本」

女は、おれの手の中の箱からポッキーを一本取り出し、俺に差し出した。

「そっちがわ持って」

……よくわからん女だ。
言われるがままに、チョコレートのついた側の端をつまむ。
ぽきり。軽快な音を立て、ポッキーが折れる。女がポッキーを持つ手に力を込めたのだ。

「……何やってんだ、あんた?」

「知らないの? ポッキー占い。 あっあ~♪ あなた、女の子のことで悩んでるでしょ?」

……女の子の事、か。

「……うるせー、おれは一人になりたいんだ」

「図星なんだ?」

……本来なら、ぶん殴りたくなるところなんだが。
何故か、この女は。俺の心に染み込んでくるような、妙なところがある。

「……おれは、そうだな。恋人がいたんだ」

「ふられちゃったのかしら?」

「いいや……そうじゃねえ。が、離れ離れになっちまった。
 おれはそいつのことを、何一つわかってやれてなかったんだ」

なんだこりゃ。俺が、こいつに、こんなことを話す義理はねえだろうに……

「そして、おれは……そいつを『守って』やることもできなかった。
 ……クズだったんだ、おれは。そいつのことを何も知れずに……」

「占いなら、わたしにも一つ占わせてもらえないかな」

……更にもう一つ。聞き覚えのない声が、俺の耳に転がり込んできた。
……女の隣。俺のはす向かいに、知らぬ間に―――なにやら仰々しい服装の、無駄にガタイの良い、浅黒い肌の男が座っていた。
何だってんだ、今日は?

「何なんだ、あんたらは……宗教の勧誘かなんかなら、他をあたれよ」

「いや、ただ、わたしは君を占いたいだけさ。少なくとも、彼女の適当な占いよりは、よっぽど正確に占って見せるよ」

「あ、ポッキー占いを馬鹿にしたわね。よくあたるのよ? 実際、いまだってあたってたじゃない」

男は、ポケットからタロットカードを取り出し、俺の前に並べる。
十字型に、五枚。俺から見て、右側のカードを、男の太い指がめくる。

「エンペラー。『皇帝』の逆位置……示すのは、『傲慢』」

……よくわからんが、まったく良い結果じゃあねえのは確かってところか。

「傲慢、だったかもな。おれは。あいつのことを、わかった気でいた」

「そう自虐的になるな。これはまだ一枚目のカードだ。あと二枚、めくるべきカードは残っている」

次に、男は左側をめくる。……これは俺にもわかる。『悪魔』。『デビル』のカード。
こいつはまた、立て続けにろくでもないカードが出たもんだ。

「待ちたまえ。この『悪魔』もまた逆位置……悪魔の逆位置が示すのは、『目覚め』。」

目覚め。
……ちょっと待ってくれ。

「……待て、おれは……」

そうだ。俺はなんで、こんなところに居るんだ?
俺は、たしか……この場所で。

「……最後のカードだ」

男が、中央のカードをめくる。

「……『力』の正位置。
 『勇気』と『戦い』……それが、このカードの象徴。
 ……確かに君は、その人のことを知らなかったかもしれない。
 だが……君は立派に戦ったんじゃあないか。その人のために、最後の最後まで。
 君は決してクズなんかじゃあない。……わたしはそう思うよ」

目の前の男と女が、笑う。
『戦っ』た……そうだ。俺は、あの男と……


「コーヒーのおかわりはいかがですか?」


……三つ目の、声。
俺の後ろから―――水のように澄んでいて。
太陽のように暖かい、俺のよく知った、あの声が聞こえた。
そいつは―――ただ、声も出せずに、その姿を見ることしか出来ない俺を尻目に、手際よく、空のカップにコーヒーを注ぐ。

俺と目が合うと―――そいつは、笑った。


「……ごめんなさい。
 生徒会の規則、やぶっちゃいましたね。許して……くれますか?」

「……おまえ―――」

「それと、色々騙してて、ごめんなさい……でも、また会えて、嬉しいです。
 ……お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。
 ね―――『会長』」


















『もしも天国があるなら。それは、いつもみたいな日々のことかもしれないね』


本体名 - 西宮北高校生徒会長
スタンド名 - ジェットコースター・ロマンス 永眠


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最終更新:2009年11月10日 10:23