……現在。時刻は、午後一時五十五分。
霊安室の中央のベッドに、『会長』の身体が横たわっており……その周囲を囲むように、古泉たちが、立っている。

「……わかりました。僕らも、今からそちらへ向かいます」

その言葉を最後に、電話を切り……古泉は、『ミスタ』と『森』に目を向ける。
そして、すこし緊張をほぐすように、息をついた後……

「―――『小野大輔』の身柄を確保したそうです」

「! 『イツキ』、そりゃぁマジかよっ……!?」

彫りの深い顔面に、驚きとも、喜びともつかない表情を浮かべ、ミスタが言う。

「はい……たった今、『彼』と、『小野』が、この病院に到着しました。……正直、信じられませんが。
 小野は拘束され、完全に『無力』……少なくとも、小野の『世界(ザ・ワールド)』は……『彼』が、『消滅』させたと」

「……」

……何故。こんなにも、奇妙な気分なのだろう。古泉は、思った。
ミスタと森は……見るからに、喜びよりも驚愕の色の強い表情を浮かべ、呆気にとられたかのように、硬直している。

「……つまりよォ……おれたちは……『勝った』のかよ?」

ミスタが、誰に尋ねるというわけでもなく、呟く。
小野大輔は。最強の『スタンド』を失い、これから財団によって拘束される。
『涼宮ハルヒ』と『キョン』の命を狙っていた、『悪魔』は……完全に、封殺された―――!

「おーい、もしもーし。失礼するぜ」

不意に。ドアを開ける音とともに、警帽を被った男―――鶴屋が連れてきた、『スタンド使い』。『東方仗助』と……
彼に連れられて、『榎本』が、霊安室内に歩み入ってきた。

「榎本さん……身体は大丈夫なんですか?」

古泉が訊ねると、榎本は、すこし困ったような、悲しがるかのような表情で、一つだけ、首を縦に動かした。
……彼女が、この部屋を訪れた。と、言うことは……

「いや、なんつーか……目ぇ覚ましたら、すぐ、『あの』後、どうなったのかを教えてくれって言われちまったもんで……」

彼女たちを乗せた救急車が病院に到着してから、榎本の傍についていた『仗助』が、すこし伐の悪そうな表情で、頬を掻く。

「……聴いたんですね……榎本さん」

「……そこに……『会長』が、いるの?」

榎本の角度からは、古泉の身体が丁度陰になり、ベッドの上に横たわる『会長』の顔が見えない。
少しだけ、躊躇った後で。古泉は、身体を横にずらした。
……数歩。榎本は、冷たいベッドの脇へと歩み寄り、会長の……凍りついたように白い頬に、触れた。

「……あたしの所為で……会長くん……ごめん……」

「……だ、だけどよ、えーと、『ミユキ』だっけ?
 その……いいニュースもあるんだぜ。な、『イツキ』?」

「……ええ」

ミスタと古泉の言葉に、ふと、榎本が顔を上げる。

「小野大輔は、『倒し』ました」

「! ……うそ、誰がっ!?」

榎本の表情が、はじめに、ほんの少しだけ驚いた後、僅かに穏やかさを取り戻したように見えた。

「『キョン』だよ。あいつが、やりやがったんだ。あの最強の『世界』を、アイツ、ブッ倒しちまったんだ!」

「うそ……キョンちゃんが、一人で?」

「……それだけじゃねーッスよ、えーと、榎本さん」

口を開いたのは、仗助。

「いや……なんか、ポッと出のおれが色々言うのもなんなんスけど……
 会長は、『世界』にやられちまった……でも、こいつは最後まで、あんたたち『仲間』に、メッセージを残した。
 おれぁ、この目で。『それ』をちゃんと見たんだ。
 その、『小野』ってのをやっつけたのは……こいつの……『精神』のおかげでも、ある……と、思うんス」

……榎本は、仗助を聴き、何を思ったのだろう。その、複雑な表情から、彼女の心中を読み取ることは、古泉には出来なかった。

「……と、とにかくよォ。外に出て、キョンとツルヤのとこへ行こうぜ!
 フーゴたちも、こっちに向かってるそうだし、キョンも怪我してるかもしんねーしよ。
 そのあとで、皆で……また、コイツに会いにくればいいだろ?」

言うが早いか。ミスタは、大股歩きで、ドアへと向かってゆく。
古泉は、一瞬、森の顔を見た後……森が歩き始めるのを待ち、ミスタの後を追う。

「行きましょう、榎本さん」

「……うん、ごめんね」

まだ、僅かに肩を落としている榎本の手を引く、仗助が、二人よりも少し早くドアをくぐり、最後に、古泉と榎本が霊安室を出た。


その、瞬間。
病院全体を震わせる『轟音』が―――彼らの頭上から、圧し掛かってきた。

キョンの憂鬱な冒険 -アフターロック-
第25話『鎮魂曲は終わらない①』


「なっ――――んだァッ!?」

古泉たちよりも、先に廊下に出ていた、仲間たちが。一様に、音の発せられた方角……天井を見上げる。
今の音は、何だ……事故で、院内に、車でも突っ込んだのだろうか?
いいや……違う! 古泉は、いつの間にか、冷たい汗に塗れていた両手を握りしめる。

違和感。
『小野大輔』を『倒し』た―――どうしても、すっきりと受け入れることが出来なかった、その事実。
古泉は……そして、恐らく、ミスタや、森も。同じ『予感』を感じていた……
"このまま終わってしまうはずがない"―――と!!

「『古泉』! 急ぐわよ……急ぎなさい!!」

森が、一瞬だけ古泉を振り返った後。廊下の突き当たりにある、地上への『階段』を目指し、駆け出した!
古泉は、駆け出そうとして――――今。自分の右手の先にある、その少女を―――連れて行くべきかどうか、迷う。
そもそも―――榎本を、『SOS団』に迎え入れたこと自体。間違っていたのかもしれない。
ただ、こちらに敵意を持っておらず、ハルヒと親しい『スタンド使い』であるという理由だけで、古泉たちは、彼女を『SOS団』に迎え入れた。
彼女は……彼女の精神は、どこにだって居る、普通の『少女』だったというのに。

「……榎本さん、あなたは―――」

ここで待っていてください。……と、言葉を紡ごうとした、その瞬間。
古泉の右手が、思い切り『引っ張ら』れた! ……榎本が走り出したのだ!

「えっ、のもと……さ……?」


引っ張られるままに、床を蹴りながら。
古泉は、榎本の右手に……彼女の『スタンド』が握られていることに気づく。

「いっちゃん、何ぐだぐだしてんの、走ってよ! ちゃんと―――まっすぐ! 『前を見』て!!」

こちらに顔を向けず、榎本が叫ぶ。
つい先刻、みずからのために命を失った仲間を前に、身体を震わせていた―――あの少女が、今。
古泉の『先』に居る……!

「……はい!!」

古泉は、彼女を侮っていた―――。
彼女の心を満たしていたのは、悲しみでも、怯えでもなかった。
そこに有ったのは……自らの力のなさへの、『悔やみ』。
そして、今! 彼女は―――それを『乗り越え』ようとしている!
自らの手で……自分のために逝ってしまった『仲間』の仇を討つことで!

「……『セックス・マシンガンズ』!!」

榎本の右手を握り締め、階段を駆け上がりながら。古泉は、左手の中に、自らの『スタンド』を発動させる。

「……『後悔』は『後ろ』にある……そうだな、『マシンガンズ』!!
 僕は……『前』を『向く』!!」

「ギャッハアアアアアア!!! イミワカンネーェ!!!」

階段を駆け上がり……一階に、たどり着く!
いつ、どこから、何がやってくる―――!? 『マシンガンズ』の引き金に指を掛けながら。古泉は、ロビーに転がり込んだ――――その、瞬間。

「―――!!」

前を向いた古泉の視界に。『それ』は、いつの間にか……踊り込んできた。

――――


「……やっぱり、いたのか。君たちも……」

……つい数十秒前まで、清潔そのものであったロビーは、今。遠い昔に朽ち果ててしまった建造物のごとく、『破壊』され尽くしている。
荒れ果てたロビーの中央で……その男は、立っていた。
……今―――何が起きた? 気づいたら、『古泉』が―――

「……古泉ィっ!?」

「どっ、退きな! すぐに『治す』!」

森は、今しがた、自分が駆け上がってきた階段を振り返り……
その、階段脇の用具居れを背に。地面に両足を投げ出し、気を失っている部下の姿を見て、声を上げた。
すかさず。出会ってから、まだいくらも時間の経っていないその警官……『治す』力を持つという『仗助』が、負傷した古泉の身体に飛び掛る。

「『クレイジー・ダイヤモンド』―――心配ねえ、すぐに『治す』ぜ!!」

仗助の身体と重なるようにして現れた、水晶色のスタンドが……ほんの一瞬前までは、全くの健康体であったはずの、古泉の傷を癒してゆく。

「……『クレイジー・ダイヤモンド』?」

その言葉を聴いて……ふと。何かに気づいたように、『男』が、一歩。五人の方向へと歩みを進める。
しかし。その一歩を踏んだ瞬間、残る二人……ミスタと榎本が、背後の三人を守るかのように、『スタンド』を従え、立ち塞がった。

「……テメーのそのクソッツラ……遠目にだから、いまいち覚えてねーがよォ……
 昨日も会ったよなあ……『小野大輔』!」

……『男』―――『小野』は。まるで戦意を感じさせない、寝ぼけたような目で、自分を睨みつける、二人の『スタンド使い』を見た。

「『ミスタ』……そいつに……近づくな……逃げ……」

不意に。ロビーの隅から、声がする……
古泉と似たような体制で、壁を背に、傷だらけの身体を戦慄かせている少年の姿。

「『キョン』……!」

キョンは。ところどころが赤く染まったシャツの上から、胸を抑えながら、ミスタたちに向かって叫ぶ。

「そいつは……『時』……『時止め』なんだ……そいつの、『スタンド』は!」

「なっ……何ィ!?」

銃口と視線は、男に向けたままで。ミスタが叫ぶ。

「テメー、キョン! 『世界』は消滅させたんじゃねェ―のかよ!?
 テメー、仕留めそこなったってのか!?」

「違う……『世界』じゃあないんだ! 『世界』は、確かに『倒した』……!
 何がどうなってんのか、おれにもわからねえ……!」

「……少し黙ってくれ、『ジョン』」

冷たく、機械的な声で。小野が、キョンの言葉を遮る。
小野は……しばらく、何かを考えるように、顎に手を当てた後。

「あ……そうだ。……『クレイジー・ダイヤモンド』……たしか、『東方仗助』ってやつだ。今思い出したよ。
 なるほど、やっぱり『治療役』が居たのか……」

ぽん。手と手を打ち合わせ。ミスタには理解不能な……
しかし。明らかに、現状と不釣合いな、暢気な台詞を吐く。

「おい、テメェー! 意味わかんねェ―――事をブツクサとタレてんじゃねェ!
 分かってるのかよ……テメェは今、おれたちに囲まれてんだぞ!?」

「ああ、そうかも……しれないな。確かに。でも……特に問題はないかな。
 ……僕は、多分。まだよく分からないけど、多分、『無敵』だから」

唇の端を上げ、あたかも罪のなさそうな微笑を浮かべながら。小野が、ミスタに向けて、言う。

「君は、知らないか? えーっと、『ミスター・グイード』だっけ?
 ……『無敵』ってのが、どういうものかを、さ」

「『無敵』だあァ――――!? くだらねぇ事をタレんじゃねーと…………」

……ふと。ミスタの脳裏に……ある『記憶』が。『光景』が、フラッシュバックする。
……たとえ、何人に囲まれようと。決して、負けることはない、『無敵』の『スタンド』。
それは……そう。あらゆる生命の『魂』までもを操る―――
いや、まさか―――いや、有り得ないわけじゃない。この男は、『矢』を持っている……
小野が、『矢』の『秘密』を知っていたら。……ミスタの全身から、冷や汗が滲み出る……。

「……『彼』が、つまるところどういう存在なのか。ようやく、分かったよ」

『彼』の部分で、男は、壁際に座り込んだキョンを指差す。
まずい。ミスタが見る限り、キョンは、足の骨を折られている……出血量も馬鹿にならない。『治療』が必要だ。

「おい、『ジョースケ』! 『イツキ』はまだ、治らねェのか!?」

「ご心配なく……問題なく、『治り』ました。」

……ミスタの問いかけに、言葉を返したのは。
呼ばれて飛び出て、とばかりに。ミスタと榎本の間に、『マシンガンズ』を片手に割り込んできた、古泉だった。

「……『マシンガンズ』の古泉君、か……君と会うのは、初めてだね」

「ええ。お会いできて光栄ですよ……過激な挨拶を、どうもありがとうございます」

……微笑を浮かべた小野と、反対に、一切の緩みの無い、冷血な表情を浮べた古泉とが、言葉を交し合う。

「……ひとつ、質問をさせて頂きたいのですが。答えていただけますか?
 あなたは、先ほど、財団の方から入った連絡によれば……財団に『拘束』された……そう聞いたのですが。
 決して、『ジャスト・ア・スペクタクル』の発動を許さぬよう、監視もついていた……」

「ああ、そうだね。もう少しで、何か薬でも打たれるところだったんじゃあないかな……。
 だけどさ。そこの『彼』が、僕を『助け』てくれたんだよ。ギリギリのところで、ね」

『彼』―――その言葉とともに、小野が指差したのは……『キョン』!!

「彼がね。僕を……『成長』させてくれたんだよ。
 いや……『進化』。そう言ってもいいかもしれない」

そこで、小野は一呼吸を置き……

「正確には、彼じゃなくて……彼の『スタンド』が、だけどね。
 ……スタンド使いが、再び『矢』に射抜かれたとき。『スタンド』は『変化』する。
 『成長』だったり、別の能力への『変異』だったり……君たちも、それは知っているだろう?
 それと、同じだよ……分からないか? 僕の言っていることが」

「……彼が……『それ』だと、言いたいのですか?」

呟いたのは―――古泉。
小野は、古泉の冷たい視線を一瞥した後……語り始める。

「……ジョン・スミスの『ゴッド・ロック』……『スーパー・ノヴァ』
 それは―――"『矢と同じ能力を持つスタンド』"だった―――」

小野の口から飛び出した言葉に、ミスタは息を詰める。
そう……古泉たちは、言っていた。自分たちは、『キョン』の『能力』によって、『スタンド』を引き出されたと。
『スタンド使い』を生み出す能力……それは、まさしく、『矢』と同じ!
そうだとすれば……キョンの『スタンド』が、『矢』と『同じ』能力なら―――

「……説明がつくんだ、それなら。彼の周囲の『スタンド使い』たちの能力が、次々と『変化』や『成長』を起している理由……
 彼の妹……彼女の『スタンド』が、前ぶれなく『変化』した理由。
 『ピストルズ』が砂利を『弾丸』にできた理由。
 『ロマンス』が、『時』を『すり抜け』た理由……本体の死後、『一人歩き』のスタンドに『変化』した理由。
 そして……『ゴッド・ロック』の『血まみれの手』に『破壊』された……その『血』を取り込んだ、この僕の『スタンド』が、『進化』した理由―――!」

言葉と同時に―――小野の手の中に、『本』が現れる! 『ジャスト・ア・スペクタクル』かっ!?

「待て! 妙なマネをするんじゃねェ……『本』を捨てろ!」

小野は、ミスタの言葉など、耳には入らないと言うかのように、無言で……その『本』をめくり、こちらへ『見せた』。
……ただ、血のように赤いページのみが、延々と続いている……

「ほら……見てごらん。これじゃあ、もう『読めない』ね。
 僕の『スペクタクル』は、『読む』ものだった……生けるものたちの魂の在り方を『読む』スタンドだった。
 しかし、今……僕のスタンドは、『進化』した。全ての『スタンド使い』の『魂』を―――『支配』するものへと!」

その言葉と、同時に――――。『小野』が、『本』を頭上へと放り投げる―――!!
やはり―――小野は、『矢』の『秘密』を知らない! 小野の『スタンド』は、ただ『変化』したわけじゃあない……
奴のスタンドが、『矢』と『同じ』能力を持つ『スタンド』……『ゴッド・ロック』の『血』を『取り込んだ』―――それが、事実なら!
『小野』が遂げようとしている『進化』は!!

―――"『鎮魂歌』への『進化』"!!

「待て……そいつを! その『スタンド』を、『発動』するんじゃねェェェ!!」

ミスタが駆け出すと、同時に!
小野の頭上の『本』が……強烈な『光』を放ち始めた!

「うっ……おい、オメーラぁ! 目を閉じろ! 『失明』しちまうぞ!!」

仗助の声が、ロビーに響き渡る! 光は、未だ止まない……!
光に満ちた視界の中を、ミスタは進む!

「ミスタ、待ってください! 何がおきるかわかりません! 止まってください!!」

「『だめ』だ……コイツを『先』に行かせたら、『だめ』なんだよォォォォォ!!」

古泉の制止の声―――しかし、足を止めるわけにはいかない!
まだ『完成』していないなら―――もし、まだ、『レクイエム』が『完成』していない今なら、まだ!

「『ピストルズゥゥゥ』!!」

光の中に、『ピストルズ』を放つ……涼宮のもとに残してきた、NO.1と、NO.2を除く―――
……除く……『何体』だ!!?

「ちくしょォォォォ!!! 何で……『4体』なんだ、『ピストルズゥ』―――!!」

何故! 気づかなかった―――6から2を引いたら、『4』になるに決まってるじゃねぇか!!
そんな計算、どこのド低能にだってできたじゃねぇか―――!!
―――乗り越えろ!! 一刻も早く、『4』から『3』を引くんだ!!

「『NO.3・5・6』ゥゥゥゥ!!!」

光の中を突き進みながら―――『ピストルズ』を託した、一発の弾丸を。ミスタは、前方に向けて放った。

――――



それは―――唐突に。いつの間にか、収まっていた。

「……う……」

「え…………?」

「!…………」

……ロビーを埋め尽くしていた光は消え去り―――
まるで、一瞬前までの光景が嘘であったかのように、先刻までの荒廃した空間に、戻っている。
目が、光にやられた様子もない……仲間たちも、無事だ―――古泉に、森。榎本に―――?

「ぐ……あ…………」

―――不意に。誰かの呻き声が聞こえる。
そして、その直後。

「……ああ……『良い』……」

寒気を催すほどに生ぬるい声。
……それらは。ロビーの中央から、聞こえてくる……
……『キョン』は。視線を、ゆっくりと……声の聞こえた方向へと、向けた。
ゆっくり、ゆっくり……そこに、何が存在するのか……『恐れ』が、キョンの行動の『全て』を、ゆっくりにしている。

……十秒ほども時間を掛けて、『前』を見た、キョンの視線の先に……『それ』は、立っていた。

―――――


「……不思議だ……初めての『感覚』だ……
 これが、全てを『支配』するっていう事なのか」

……小野の声。姿。……ロビーの中央に……『小野』が居た。
そして、その背後に……『赤い』ものが『立って』いる。
人だ。人の姿をしている……足があり、腕があり、胴体があり、首が伸び、頭部がある。
……『美しい』。何の冗談でもなく、キョンは、その姿を見て……素直に、そう感じてしまった。
肩の装甲や、頭部の作りは、『世界』に、すこしだけ似ている。
そして、手の甲に……見覚えのある輪郭が、シンボルマークのように、張り付いていた。
この形は、なんだっけ? ……ああ、そうだ。
それは、キョンの『スタンド』……『ゴッド・ロック』の頭部の輪郭に似ているのだ。

「『行かれ』ちまった……『矢』の『先』、に……!」

……その、美しい『像』は。左手を、天井高くへと差し伸ばしている。
その、手の中に。『ミスタ』が居る。首を掴まれ、締め上げられているのだ。
ミスタの体に、先ほどまでは無かったはずの傷が在る……わき腹に刻まれた、『銃創』。
―――見惚れている場合じゃない。キョンは、そこで初めて、我に返る!!

「『セックス・マシンガンズ』ゥゥゥゥ!!」

キョンよりも、一瞬だけ速く。我に帰ったのは、『古泉』だったようだ。
左手に構えた『マシンガンズ』……その、おぞましく開閉する口の中に、あたりに転がっていた、植木鉢の破片を叩き込む。

「『ンンンンンンンマァ―――――イイイ』ィ!!」

マシンガンズの嬌声と同時に。『弾』が放たれ『ない』――――

「え……う…………」

……古泉の『マシンガンズ』―――つい今まで、『小野』に向けられていた、その凶悪な『スタンド』が。
何故…………古泉の『腹』に、食い付いているのだろうか?

「……うわああああああ!!!!」

「古泉ぃぃぃぃ!!」

咄嗟に。古泉の傍に立っていた森が、古泉の、マシンガンズを持つ腕を、無理矢理に胴体から引き剥がす。
同時に、『マシンガンズ』の『像』が消える。……後に残ったのは。古泉の脇腹に発生した、半月型の凹み―――

「何だ、今のは……何やってんだよ、『古泉』ぃぃぃ!!?」

「あ……ぐ……」

キョンの声を聞いた古泉が、こちらを向き、口を動かす……しかし、声は出ない。
その代わりに……整った形の唇を、押し破るようにして。赤い液体が漏れ出して来た。

「『クレイジー・ダイヤモンド』ォォォ!!」

その様を見て……キョンは、その人物が誰なのか知らない。姿からして、警察官のようだが……
とにかく、その人物が、『スタンド』らしき、水晶色の巨人の像を発動させながら、古泉の下へと走り出し『ていない』――――

「えっ……?」

……警官は、古泉の元を通り過ぎ―――その、後方。先ほど、古泉が背を預けた『用具入れ』の前に居る。
ひしゃげていた用具入れが、見る見るうちに、本来あるべきだった姿へと戻ってゆく……

「……なにやってんの、刑事さあああああん!?
 『いっちゃん』だよ、『いっちゃん』を『治して』よおおおお!!」

「お……なじ、だ……『チャリオッツ』や……『ゴールド・E』の時と……
 それも……『両方』……『両方』と『似てる』……」

……小野の背後の『赤いもの』によって、天井高くに締め上げられたまま。ミスタが、呟く。
その直後、赤い『スタンド』が、左腕を振るい―――ミスタを地面に、放り捨てた!

「ぐっ……お、オメーラ……『スタンド』を……出す、な……! ……おれたちは!
 もう、奴に『支配』されちまってんだ……!!」

「『支配』……だァ!?」

階段脇の壁に衝突し、その場に倒れこんだミスタは。腹部の銃創を抑えながら、途切れ途切れに話す。

「そうだ……やつは……おれたちの『スタンド』を、操ってやがる……おれたちが奴に攻撃しようとすれば、逆に、おれたちは、自分のスタンドに『攻撃』される!
 でも、それだけじゃあねえ……おかし。あいつは、『おれたちの知らないうち』に、それを『やって』やがる……
 『それ』はいつの間にか、『終わって』……やが……る……」

その言葉で―――キョンは、気づく。さっきの古泉や、警官の動作……まるで、瞬間移動したかのように、一瞬で変わる人の配置……!
―――見覚えがある。感じた覚えがある―――これは!

「……『時』だ……やっぱり! あいつは『時』を止めてる……
 ―――『奪っている』んだ!! 止まった『時』の中で―――おれたちを『奪って』いるんだっ!!」

そう叫んだキョンに、小野が、道に落ちている紙くずを見るような目を向ける―――

「……『経験(エクスペリエンス)』というのは、偉大だね。よくもまあ……たったあれだけで、そこまで頭が回るものだ。
 でも、それは同時に悲しいことでもある……相手が『無敵』である事を知ってしまえば……その先には、『恐怖』しか存在しない」

……『無敵』。
ああ……キョンは、思う。
俺は。つい、さっき。その『無敵』を乗り越えたはずだったってのに―――

――――



――――名前が、必要だな。
進化した『スペクタクル』にふさわしい……新しい『名前』が。
小野は、全身を包む、生ぬるい多幸感に浸りながら……
赤い『像』を見上げ、『名づけ』る。

「『ジャスト・ア・スペクタクル』は、『進化』した……『支配者』へと―――
 ……『ヴードゥー・キングダム』ッ!! うん……実に……『いい』」

――――さて。何処からはじめようか。
ロビーのあちらこちらに散らばった、『スタンド使い』たちを見回し……小野は、考える。
……『彼』を『裁く』のは最後だ―――では、まず、手始めに。
残しておくと面倒そうな、『クレイジー・ダイヤモンド』……あれから、『裁く』とするか。

さて……受刑者は決まったけど。
……執行人は―――誰にするかな?



鎮魂曲は、まだ終わらない。



本体名 - 小野大輔
スタンド名 - ジャスト・ア・スペクタクル → ヴードゥー・キングダム

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最終更新:2009年11月10日 10:24