――――暗い部屋があった。
人の生存を阻み、恵みある太陽を拒絶するかのように、
その部屋には夜のような『暗さ』と、深海のような『静けさ』があった。
その中に、一抹の光が灯る。
蝋燭の火のように儚げに揺れ動くそれは、
ブゥゥンと低い地鳴りのような音を立て、起動した。
「……だれかが……、」
男が、いた。
始めからそこにいたのかもしれないし、
突然、現われたのかもしれない男が、いた。
「『同じような能力』を持っただれかが……【矢】の、存在に気づいたな……」
男の声は暗闇に溶け込むように空気に響くことなく消えていく。
男は目の前にあるキーボードをすばやく叩くと、猛禽類のごとき鋭い目に、
愛憎を溶かし込んで画面を見た。
「一人でいいのだ……ッ!
『DIO』が死んだ今……【矢】の存在を知るのはわたし、ただ一人だけでいいのだッ!
『DIO』もそうだった……『止まった時の中』を動けるもう一人が現われたために、敗北した。
……【矢】を知るものはこの世界で“わたし一人でなくちゃあならない”ッ!!
『帝王』を消すのは後だ。まず……やるべきことは……」
男はパソコンの電源を切ると、煙のようにその場から消え去った。
たった一つの明かりを失った部屋を――、
再び、闇が埋め尽くした。
「なぁー? 聞いた話なんだけどよ、今日転校生くるらしーぜ」
朝っぱら、教室に入るなり聞こえてきた谷口のセリフに、
俺はさっそく、今日一発目の深いため息をつきたくなった。
転校生ってのはなんだ……? いや、別に転校生って意味が解らないんじゃなくて、
『それ』が悪いと言ってるわけでもなくて、ただ悪い予感がするだけだ。
これ普通の学校なら転校なんてどーだっていい。いやほんとーに。
だが、この学校は違う。
少なくとも、俺の周りにいるメンツのことを考えば無視できる存在じゃない。
突然の来訪者といえば既に超能力者がいる、加えて未来人も宇宙人もうちにはいるけど
こんどは何人が来るって言うんだ? 『巨人』? 『小人』? ……あ、わかった『地底人』だな?
頬杖を付いて半ばあきらめに気味に思考をめぐらせる。
ため息が湯水の如く溢れてくるよ。
「いや、今日職員室の前通りかかったときによ、岡部が誰かと話してるの聞こえたんだよ」
揚々とした口調で谷口は続ける、 ・・・・・・・・・・・・・
そんなこと聞いてない、むしろどうでもいい。そんなとこは問題じゃあない。
【転校生】なんていう期待と不安をごっちゃ混ぜにしたような素敵不敵なキーワード、
『あいつ』が反応しないわけが無い……。
案の定、俺は背後から嬉々とした表情のあいつが迫ってくるのを感じた。
……はぁ~っ……
頭を抱え、また一つ、
今度はより深く、より大きなため息をついた。
「ど、どうも。杜王町のぶどうヶ丘高校から来ました広瀬康一です。
どうか、よろしくお願いします」
そう言って、ぼくは頭を下げた。
後ろからカツカツ音がするのは、おか、おか――、えーと……岡部先生が
黒板にぼくの名前を漢字で書いてくれてるからだとわかる。
今、正直、ぼくはほんのチョッピリ恥ずかしさを感じている。
新しいく袖を通した制服は仗助くんたちからよく似合ってると言われたが、
学ランじゃないせいなのか、おニューだからか、着てるとなんだかムズ痒い。
今まで散々お世話になった学ランは、家のロッカールームに眠ってもらった。
髪型は朝、変じゃない程度に整えたし……鞄だってしっかりとある。
おかしいところなんてないよね?
先生に支持された席に身を小さくして座り、
ポケットから一枚の【写真】をこっそりと取り出した。
写真に写っているのは一人の女の人。
なんでも、SPW財団の調査による、重要人物らしいんだけど……
周りからはぼそぼそと聞こえる程度の声で、雑談が聞こえてきた。
おもに「ちっさいな~」とか「あいつ高校生なの?」とか
失礼なものばかりだったけど、一部からは「カワイイ」とか黄色い声も
聞こえてくる。
うーん……嬉しいんだけどさぁ、
このこと由花子さんが知ったりしたら、大変だなぁ。
髪を伸ばして「康一君をたぶらかしやがって、このクソアマが――ッ!!」と
わめき散らす由花子さんをのほほんと思い浮かべつつ、
ぼくは承太郎さんから引き受けた【仕事】を果たす第一段階として、
これからクラスメイト――もしくは、敵や味方――となる人たちを、見渡すことにした。
「なんだ、意外と普通だな」
失礼かもしれないが、俺は転入してきた人物を見て素直にそう思った。
ほっと胸をなでおろし、同時に訪れた安堵に息を漏らす。
『広瀬康一』と名乗った転校生は、髪が金髪で背が小学生並み!
(下手すると長門より小さいかもな……)というところを除けば、
至って普通な高校生のようだ。
あのウブそうな顔つきもふつーに気の弱い転校生って感じだし、
演技してる様子じゃないと思う。
いつかの『古泉』のような胡散臭さもしない。
悪いなハルヒ、この少年は完全に一般人だぜ。
心の中で皮肉に言い、体を椅子に預けた。
パイプの部分がぎしっと小さな音を立て、軋んだ。
横目で広瀬の方を見てやる。
――よかったな。
おまえはきっと、俺と違って変なことに巻き込まれることなんかないぞ。
感慨深く物思いにふけっていると、いきなり後ろから方を掴まれた。
……はいはいっと。今振り向きますよ、団長さん。
教室を見渡すと、直ぐに写真の人は見つかった。
ざわざわと騒がしい中でひときわ大きく騒いでいる人がいて、
嫌でも目に留まった。
ケンカ腰で話ている2人の男女。
そのうちの1人が写真の女の子、名前は『涼宮ハルヒ』というらしい。
一見して別におかしなところは無い、それどころか普通にかわいいこの子こそ、
承太郎さんが言うには
『【矢】に関して重要な意味を持つ“かも”しれない人』、とのことだった。
最終更新:2007年11月21日 17:18