『Symbolon』 §15・佐藤麻由美 2005/11/16(水)
千穂:「マユマユってさ、ウエスト何センチ?」
修学旅行(わたしたちの高校では2年生の11月中旬、京都に行きます)の自由行動時間。
朝島くんの着替えの手伝いをしていた千穂ちゃんがそんなことを聞いてきました。
いくら朝島くんが細身とはいえ、さすがに男子が着るのはきつかったのでしょうか。
私:「58cmだけど、やっぱりスカート入らないかな? 調整すれば……」
涼香:「逆よ、逆。ブカブカ過ぎてどうしようかなって。……タオル突っ込んどくか」
沙織:「……なんか今、すっげーアリエナイ会話聞いた気が」
今、朝島くんとわたしは、お互いの制服に着替えているところです。
昨日の夜、涼香ちゃんが言い出したことですが、いつもの如く逆らえませんでした。
(朝島くんが断ってくれていたら良かったのにな……)
内心、好意を持っていた男の子の制服を着るのは変な感覚です。ドキドキです。
袖を通すと、襟元からなんだか柑橘類のような甘い匂いが漂ってきます。朝島くん、香水でも使っているのでしょうか。お洒落さんです。
身長がほとんど一緒のはずなのにズボンが長すぎて、裾を10cm以上曲げてピンで留めているのはナイショにしたいとこですが。
舞:「やー、麻由美、美少年になったね!」
着替え終わって、鏡を見ます。詰襟・ズボン姿の男の子?がそこにいました。
ベリーショートの髪型、控えめな胸も相まって、『美少年』かどうかは分かりませんが、確かに男の子に見えます。今まで知らなかった自分の一面にびっくりです。
千穂:「こっちすごいよ。ちょー美人。ちょー美少女。女としての自信なくしまくり」
振り返ると可憐な少女が複雑な表情で立っていました。平凡なブレザーとプリーツスカートの濃紺の女子制服が、まるで有名デザイナーの作品であるかのように引き立っています。
とても、わたしがさっきまで着ていた制服には見えません。美しいです。
朝島くん?:「俺、やっぱり変だよな?」
その言葉に皆で首をぶんぶん横に振ります。これで変なら、世の中の女子の99%は変です。
舞ちゃんの真似をして、掌で首から下の部分を隠しました。すると確かに朝島くんです。
掌をのけると、途端にベリーショートの髪の美少女にしか見えなくなるのですが。
沙織:「脚とかなんだこれ。スネ毛剃ってんの?」
朝島くん:「俺、スネ毛とか髭とか生えない体質なんだって。悪いかよ」
舞:「あんなー、あたしらがどんな思いで無駄毛処理してるか、思い知りやがれ!」
そう言って舞ちゃんが、ニキビも吹き出物もない綺麗なほっぺたを引っ張りました。
舞:「……って、みんなも触ってよ。これ、どんな手入れしたらこんなにお肌になるの」
わたしも触りましたが、柔らかくてもちもちしっとりしていて手に吸い付いてくるようで、まるで赤ちゃんの肌を触っているような感触でした。女として完敗です。羨ましいです。
千穂:「凄いねー。朝島くん、もういっそ女子になっちゃおうよ」
街中を移動中も、千穂ちゃんがそんなことを言っています。同意です。
朝島くん:「これ今日限りって条件だからOKしただけだからな? 二度としないからな?」
もったいない話です。朝島くんはもっと自分を知るべきです。
急いだおかげで、目的のお店には予約時刻ぎりぎりで到着できました。良かったです。
涼香:「お邪魔します。山本涼香で舞妓体験を予約していた5人です」
お店の人:「ようこそおこしやす。そちらのかたは付き添いでっしゃろか」
店の奥から、和服姿の上品そうな年配の女性が出てきました。
涼香:「私は見てるだけでいいんで、他の5人をお願いします」
お店の人:「うちは、男しんかたには舞妓体験やってへんどすけど」
涼香:「あ、この子なら事情があって詰襟着てるだけで、ちゃんと女の子ですから」
涼香ちゃんが、わたしを示しながら言いました。朝島くんのことじゃないんですね。
お店の人:「驚おいやした。そんならええどすけど。ほな、あがっておくれやす」
私:「涼香ちゃん、良かったの? 真っ先に舞妓やりたいって言い出したのは涼香ちゃんなのに」
涼香:「いーのいーの。私は今絶頂にいるっ!! 良くやった私っ!!」
皆で制服を脱いでいる最中に聞くと、こんな回答が返ってきました。ハイテンションです。
朝島くん:「俺、男だと思われなかったんだ……」
涼香ちゃんが貸したショコラブラウンのスリップ姿になった朝島くんが、後ろ向きのままぼそっと言います。ローテンションです。でも朝島くん。それは当然です。
白いスモックのような服を着て、髪にネットを被せられ、美容院のような椅子に座ります。
スタッフのお姉さん:「ほんまにおなごん子やったんねぇ。かいらしお嬢さんがたで」
わたしと朝島くんの席は隣同士で、視線を移すと鏡の中、神妙な顔の美少女が見えます。
頭の小ささや首の長さ細さで完敗しているのが丸分かりで、何だか恥ずかしいです。
首筋に刷毛がおかれます。ひやっとした感触に首がすくみます。
首から顔、肩までを何度も何度も刷毛が走り、水化粧と白粉とで自分の顔が白く染められていきます。自分が自分でなくなるような、不思議な感覚です。
スタッフのお姉さん:「お肌ほんまにすべすべでけなるい(羨ましい)。モデルはんどすか?」
見ると、スタッフの方が次々と朝島くんの肌を触りに来て、変な状況になっていました。
声を出すと男とばれると思っているのか、無言で困ったような顔をしている朝島くんです。そんな姿も可愛いです。けど普通に声を出しても十分女の子の声に聞こえると思うのですが。
男の子なのに、周りの人に女の子と完全に思われている状態で、女の子のふりをして、誰よりも可愛らしい女の子になっている朝島くん。今、どんな気分なのでしょうか。
朝島くん担当のスタッフが慎重に丁寧に作業しているせいか、わたしたち4人の化粧が終わったあともまだ完成していませんでした。
眉を描き、目元に紅を差し、口紅を塗られていく様子を皆で鑑賞します。
涼香:「こんなに可愛いんだから、もっと愛想よくしようよ」
デジカメを鳴らしながら、涼香ちゃんが声をかけます。あとでもらわないといけません。
朝島くんはその言葉に嫌な顔をしますが、でもそんな顔も可愛いです。美人は得です。
化粧が終わって着物を選び、着付けてもらってカツラを被って、皆で記念撮影です。
裾の薄紅色から上の白にグラデーションする地に、大輪の寒椿が咲くお引きずり。だらりの帯を締めた朝島くんは、本当に舞妓さんのようです。
いえ、本職の舞妓さんにもこんな綺麗な人はいないのではないでしょうか。
仕草なんかもすごく堂に入っていて、思わず見とれてしまいます。
お店を出るとカメラと賞賛の嵐でした。
「おー。舞妓さんだ」
「あれ、舞妓体験の観光客じゃ?」
「でも凄く可愛いー」
「So Cute!」
わたしたちが移動するたびに大騒ぎ状態で、なんだか恥ずかしいです。
涼香:「おーい、片山ー、村木ー、伊東ー!」
わたしたちを囲む人垣に向かって突然、涼香ちゃんが手を大きく振りました。
朝島くん:「うげ。……おい山本、みんなにはバラさないって言ったよな?」
隣の綺麗な舞妓さんが、少年っぽい声でこそこそ囁きます。違和感ありまくりです。
涼香:「あなたが朝島ってことは秘密にしとくから。頑張って別人のフリをしてね」
涼香ちゃん相変わらずの無茶振りです。
片山くん:「山本さん? こんなとこで何やってるの?」
人垣を割って、5人くらいの詰襟集団がやってきました。うちのクラスの男子です。
涼香:「それはこっちの台詞よ。私らはグループで舞妓体験してるとこ」
片山くん:「へえー。オレたちは清水寺から現代美術館に行く途中だけど」
村木くん:「あー。言われて見れば佐藤だな。可愛いじゃん。……こちらの方はどなた?」
わたしのことはすぐ分かったみたいですが、朝島くんのことは分からないようです。
謎の美少女舞妓さんの存在に、男子たちは興味津々です。
涼香:「この子は乙女ちゃん。舞妓体験のとこで一緒になって、仲良くなった子」
???:「はじめまして。篠原乙女って言います」
近くで突然、知らない可憐な女の子の声がしました。『鈴を振るような声』ってこんな声を言うのでしょうか。高くて澄んだ、綺麗な声です。
???:「涼香さんのクラスメイトの方々なのですね。宜しくお願いします」
綺麗に背筋を伸ばしてお辞儀する動作が凄く優美です。細くて長い首が白鳥のようです。
位置的にも、着物的にも、その声の主は朝島くんで間違いないと思うのですが、なんだか狐にでも化かされたような気分です。
今までも十分美少女でしたが、もうそんなレベルじゃありません。少女漫画の登場人物のような大きな瞳がキラキラ輝いて、眩しいくらいです。
片山くん:「乙女ちゃんって言うんだ。すっごく可愛いね!」
朝島くん:「ありがとうございます」
おちょぼに塗った唇をほころばせ、にっこりと微笑むと、視界が一面花で埋め尽くされるような錯覚がしました。人垣のどよめきとシャッターの音が鳴り響きます。もはや轟音です。
袖を翻して握手をして、一緒に記念撮影とかしています。わたしらおいてけぼりです。
男子たち、鼻の下を伸ばしすぎです。これが男同士と知ったらどう思うのでしょうか。興味深いです。想像すると萌え死にしそうです。
朝島くん:「あ、穴があったら入りたい……」
手を振りながら男子たちを見送ったあと、ついさっきまでの乙女ぶりがどこに行ったのか、死んだ魚のような目で朝島くんが呟きます。声も少年のものに戻っていました。
実は朝島くんにとって、『朝島くん』でいることより『乙女ちゃん』でいることのほうが自然で幸せなんじゃないかな、だなんて、ふとそんなことを思いました。
女扱いされるのを嫌う朝島くんにはナイショですよ?
『Symbolon』 §16・朝島玲雄 2005/11/16(水)~2006年11月
「朝島ー、起きてるか?」
「んー。寝てるー」
部屋のドアが開いて、何人かがどやどやと入ってくる音と一緒に、片山が呼びかけてくる。
しまった寝たふりしとくべきだったと思っても、後の祭り。
「大丈夫か? 午後ずっといなかったから心配してたんだが」
「明日はたぶん、大丈夫だと思う」
もともと片山達と回るはずの自由時間。色々あって山本さん達と舞妓になって、そのあとすぐホテルに戻って、晩飯は別で食べて室内でシャワー浴びて、あとはベッドに寝てて。
そういえば今日の午後は片山達とは“朝島玲雄”としては顔を合わせてないことに気付く。
「良かった。でも、もったいなかったな。オレらと一緒なら、乙女ちゃんに会えたのに」
「あの子すっごく可愛かったよなあ。山本たちに聞けば連絡先教えてくれねーかな」
「晩飯のときもお前ら言ってたけど、その乙女ちゃんってそんなに可愛かったの?」
「ほら、これ。撮ったデジカメ」
「舞妓さんかー。白塗りだからこの解像度だと良く分からんな。可愛いことは分かるけど」
「本職じゃなくて、福井から来た観光客なんだって。ほら、こっちで佐藤達も舞妓してる」
「あの子、芸能人とかモデルじゃないかな? なんてか、オーラがすごかった」
「それはないよ。もし芸能人なら凄い有名になってるから、誰も知らないってありえないし」
“乙女ちゃん”の中の人である私にとって、なんともむず痒くなるような会話。
まあ、気付かれてないようで、ほっと一安心だけど。
片山たちにばれるのはまだ良いとしても、それが巡ってもし親にばれたら……そう思うとなんだか背筋が凍るような気がする。
騒ぐ皆の会話を聞き流しつつ、今日の体験を思い出す。
いつか着てみたいと思っていた女子の制服を着て、女子達と一緒に他愛ない会話をしながら道を歩く。通行人でも、私を不審がる目はなかったと思う。
私が普通に女の子として生まれていれば日常だったはずの、でも実際には訪れないと思っていた、そんな光景。
白粉を綺麗に塗られて、化粧もしてもらって、日本髪のカツラもかぶって、簪を挿して。
奨められるままに着た、桜を思わせる色合いの椿の花の柄の振袖。胸高に巻いた長い帯。その可憐な衣装に、私はただただ胸を高鳴らせていた。
町行く人たちの、自分を少女としか思ってない人たちの賞賛もなんだか誇らしくて、誤魔化すために仏頂面を保つのが大変だったこと。
それでも多分、私の内心は皆にはバレてそうな気はするけれど。
いつもは見上げる形の男子たちが、ぽっくりを履くと村木以外は見下ろす形になるのも少し新鮮だった。
でも俊彰さんと一緒なら、まだ彼のほうが背が高いからいい感じだろう。男の和装とか、俊彰さんすごく似合いそうだし。想像するだけで頬が火照ってくるのを抑えられない。
いつか京都の町を、手を繋いで2人和装で散策できればいいのに。
……俊彰さん。なんだかとってもあなたに会いたいです。
修学旅行後に公開された旅行写真に何故か入っていた、私たちの舞妓姿の写真は3年1年にも大人気で、飛ぶように売れたのだそう。
かくいう私も購入して、俊彰さんに見せたら大受けしていた。
冬休み。女の子の服に着替えて俊彰さんの家に行くバスを待っている途中、「あれ、篠原乙女さんって君のこと?」と見ず知らずの高校くらいの男性から声をかけられた。
「全然違いますけど、誰と間違えたんでしょうか?」
「いや、うちの高校でちょっとした有名人がいてさ。それにしても君、可愛いね」
丁度バスが来て「彼の家に行く途中なんで」と別れられたけど、あの化粧でも分かる人にはわかるもんだと驚いた。
「なあ朝島、『乙女ちゃんの連絡先、教えてくれないか』って、片山とかうるさいんだが」
それから少し後の冬休み明け、山本さんに呼び出されたと思ったら、こんな相談を受けた。
また女の服を着て欲しいという依頼でないことに安堵? 落胆?しつつ、適当に返事。
「“乙女ちゃん”はあの時点で余命いくばくもなくて、あれが最後の思い出作りの旅行で、もう死んじゃったって言っておいて」
「ぶっ。何それ。信じるわけないじゃん。まあいいわ。他のメンツにもそう伝えとく」
私もそう思ったんだけど、数日後、片山が沈んだ顔で「乙女ちゃん、亡くなってたんだって……」と伊東に言ってるのを聞いて、吹き出しそうになるのをこらえるのに苦労しつつ、ちくりと罪悪感がうずいた。
進級して、そんな話があったことも忘れかけていた翌年の11月。
過去問の解説を読んでいる昼休み、クラスが別になっていた片山が突然、私のところまでやってきて、小声で聞いてきた。
「……おい朝島、篠原乙女って、お前のことなんだって?」
前もって色々考えていた対応方法を思い出しつつ、作ってない本来の声で返事。
「もう。片山くん、やっと気付いたの? 鈍すぎだと思うな」
反応がおかしくて、女声のままクスクス笑って、クラス中の注目を集めてしまった。
「マジかよ……信じられんねえ。それになんでお前、そんな声出せるんだよ」
携帯を取り出して、待ち受けにしていた1年前の写真を私の顔に並べて比較する片山。
その携帯が次々とクラスメイトの手に渡り、
「え、嘘これ朝島だったんだ」
「こんなに可愛い子が女の子なわけがない」
「朝島、結婚してくれー」
と、意味不明の大騒ぎ。
「これ、1回限りって約束でムチャ言って女装してもらってだけだから、勘弁したげてね」
居合わせた山本さんがフォローしてくれなかったら、どうなっていたのか空恐ろしい。
「ほんと、オレ、ショックだわ……朝島よく騙してくれたな」
「俺と握手して“手、小さくて可愛いねー”とか、はしゃいでたよね? 面白かったなあ」
予鈴が鳴って、すごすごと片山が自分のクラスに帰る。皆も三々五々と移動を開始。
いっそここでカミングアウトしておけば良かったかのだろうか? 少し、後悔が残った。
『Symbolon』 §17・朝島みちる 2006/12/16-21(土-木)
熱と悪寒がした。
わたしが直接お客さんの相手する機会がないとはいえ客商売。予防接種が効果なかったことを残念に思いつつ、一時退出して病院へ。
インフルエンザの診断を受けて薬をもらい、電話で早退と病欠を伝えてそのまま家に帰宅。
ま、年末の忙しい時期にギリギリかからなかったのは幸いだけど。
電車に揺られている最中にも、倦怠感と頭痛が段々酷くなってくる。
「で、どう? 合格できそう?」
ぼっとする意識に、聞き覚えのある声が入ってきてなにげなく視線を向ける。思い出した。娘の菜々華と一時期交際していて、紹介もしてもらった男の子だ。
その後別れたとは聞いていたけど、今一緒にいるのは新しい彼女だろうか。
「この間の模試も良かったですし、このまま頑張れば合格ライン行けそうって。俊彰さんと一緒のキャンパスに通えるとか、夢のようです」
白いコート姿の、わたしのタイプの愛らしい美少女。うちの息子と同じ学年なのか、と思いつつよく見直すと、なんのことはないその息子、玲雄だった。
可愛くなっちゃってまあ、と思いつつ、朦朧としてくる意識に負けて目を閉じた。
家に帰って布団を敷いてそのまま睡眠。
目を覚ましたときには、時計の針は夜の9時を回っていた。頭の下には溶けかけの氷枕が敷かれ、いつの間にか運び込まれた加湿器が音を立てている。
布団の隣のちゃぶ台のペットボトルから、コップにジュースを注いで飲む。
頭痛と咳は酷いけど、我慢できないほどではなくなっていた。
「あ、ママ起きたんだ」
ダイニングに入ると、ノートPCを叩いていた指を止めて、菜々華が立ち上がる。
「うん。菜々華、ありがとう」
「礼なら玲雄に言ってよ。あの子、私が止めなかったらずっと看病するつもりだったみたい。受験生なのにね。……用が終わったら、和室で寝てて。おかゆ温めて持ってくから」
月曜朝には熱もすっかり下がって、それから数日ぐっすり休んで。
明日から戻る仕事の準備をしている木曜夕方、玲雄が学校から帰ってきた。
「玲雄、お帰りなさい。本当にありがとうね。おかゆ美味しかったわよ」
「治ったんだ。良かった」
「うん。もうすっかり。……ね。少しだけお母さんと話させてもらえないかな」
ダイニングの椅子に、二人で向かい合って座る。
「話って何かな? 進学のこと?」
「いや、そっちは全然気にしてないの。放任で塾も行かせてないのに、こんな立派になって。親としてごめんなさいね。……ところで、先週の土曜はどこに行ってたの?」
「土曜は、受験の下見も兼ねて大学の見学に……」
そこまで言ったところで、はっとしてこちらを見る。
「もしかして、見てた?」
「やっぱり。すごく可愛かったわよ」
「ごめんなさい。もう女装なんてしません。許してください。ごめんなさい」
記憶にないと思っていたけど、しっかり覚えていたのか。可愛そうなくらい怯えている。
「怖がらないでいいわよ。誰も女装は駄目とか言ってないし、女装をやめてとか言ってない。
……無理やり女装させられたとか、罰ゲームとか、そんなことじゃないのよね」
随分迷った様子だったけど、随分時間が経ったあと、こくんと頷いた。
「うん。やっぱりね。……あなたは覚えてないかもしれないけど、物心つく前、あなたは女の子の服を着たがって、女の子みたいな遊びをしたがる子でね。
まだ『性同一性障碍』なんて言葉が出来る前の話で、お父さんと色々話して、あなたが男の子になるよう厳しくしつけてね……でも、悪いことしたかなあ、ってずっと思ってて」
「そう、だったの……」
「やっと、本当の声で喋ってくれた。本当、可愛い声よね。確認だけど、あなたは女の子?
身体や戸籍のことじゃなくて、あなたの心というか、魂のことを教えて欲しい」
沈黙が流れる。簡単に割り切れるものでもないだろう。怖れもあるだろう。突然の展開に戸惑ってもいるだろう。それでも、この子はわたしの瞳をまっすぐに見つめて、
「お母さん、ごめんね。……本当にごめんね。私は……私は、女の子です」
高く澄んだ綺麗な声で、震える声で、でもはっきりと打ち明けてくれた。
「謝ることなんてないのよ。謝らないといけないのはわたし達のほう。不肖の母親でごめんなさいね。今まで、ずっと受け入れられなくてごめんなさい。あなたは自慢の娘だわ」
嗚咽をこぼす“新しい娘”の背後に回って、しっかりと身体を抱きしめる。
「ねえ、お母さんにあなたの本当の姿を見せてくれない?」
「女の子の服はうちに置かないようにしてるから、今は無理かな」
「そっか……ああそうだ。あなたにあれをあげるわ。顔を洗って和室に来て」
「これはね、お母さんが成人式のときに作ってもらったお振袖。本当は菜々華にあげるつもりだったんだけど、『私、いらない』って。だからもう、あなたのものと思っていいのよ」
そう言いながら、足袋を、裾除けを、肌襦袢を、長襦袢を、順番に着付けさせていく。
さっきまで『息子』だったこの子の身体は本当に女の子そのもので、びっくりしてしまう。
振袖を着せて、帯をふくら雀に締める。ウィッグをつけて化粧まで終わったときにはもう、この子はどこに出しても恥ずかしくない完全な美少女として存在していた。
淡い桜色の地に松竹梅と鶴を描いたあでやかな衣装。喉仏もない首と薄いなで肩、小さな頭と色白で綺麗な肌にその振袖は良く似合って、涙が出そうなくらい美しかった。
「そういえば、なんでまた桜色なのかな? 私は桜の花より葉桜のほうが好きなのに」
「前にも桜色の服着せられたことがあったの? まあよく分からないけど、本当にあなたに白に近いピンク系の衣装は良く似合うと思うわ。今度うちでモデルしてくれないかな」
ずっと見ていたかったけれども、流石に着替えて部屋に戻って勉強を始める。最近つけてなかったわたしのアクセサリ類を選んでまとめてプレゼントすると、大喜びしてくれた。
「お父さんには、お母さんから言っておくね」
「……やっぱりお父さんには私からちゃんと打ち明けるよ。そう、遠くないうちに」
「そう。分かった。楽しみにしておくわね。きっとあなたも、びっくりすると思うわよ」
『Symbolon』 §18・佐藤麻由美 2007/03/07(水)
朝島くん:「佐藤、用ってなんだ?」
ドアが開いて、朝島くんがやってきました。高校卒業の日、涼香ちゃん達や部活での集まりをすっぽかして待っていたので、最初の関門を突破できてまずはほっと一安心です。
私:「朝島くん、来てくれてありがとう。……わたしからプレゼントがあってね」
これから自分がやろうとしていることに、ドキドキです。
他に誰もいない教室の中、朝島くんには後ろを向いてもらって、まずブレザーを脱ぎます。
私:「篠原乙女、ってあったよね。レオってしし座のことだから、星座繋がりでおとめ座を名前にしてみたんだ、ってのはあのとき涼香ちゃんが説明してくれたけど」
朝島くん:「ああ。俺のほうは7月30日生まれのしし座だから、って安直な名前」
背中に向けたままの返事にナルホドと納得しつつ、カーディガンを脱ぎます。
私:「いや、いい名前だと思うよ。……じゃあ篠原のほうは何なのかってずっと考えててね。……うちの部の先輩に篠原俊彰さんって人がいるの。国体出場は逃したけど凄い選手で、学年は重なってないけど、何度かOBとして部活に来てくれたので知ってはいる人」
スカートを脱ぎます。これは、少し度胸が必要でした。ブラウスのボタンを外します。
私:「篠原って別に珍しい名前じゃないし、ただの偶然かなって思っていたんだけど、この前たまたま、その先輩が天使のように可愛い彼女さんを連れているのをみかけちゃってね」
朝島くんの肩がびくっとします。最後にスリップとストッキングを脱ぎます。
私:「……朝島くん、こちらを向いて下さい」
下着だけの姿になったわたしを、朝島くんが見ています。驚いた顔です。
朝島くん:「プレゼントって何なのかな。もし『わたしがプレゼントです』って言われても、俺にはもう将来を誓った人がいるから……ごめん。それは受け取れないんだ」
私:「いや、違うよ。プレゼントは、この服」
朝島くんに、手元の“プレゼント”を渡します。今まで着ていた制服他一式です。
私:「わたしの勘違いならごめんなさい。恥ずかしいのもわかる。でも、高校最後なんだから本当のこと言って欲しいな。この制服が欲しいなら、受け取ってください」
悩んでいた朝島くんですが、結局それを受け取りました。第二関門突破です。
乳首が男の子で、胸がぺたんこ気味ですが、それを入れてもまだ女の子のような体です。
相変わらず肌の綺麗さ色の白さ、身体のラインの優美さが外国人の下着モデルさんのように綺麗です。嫉妬です。
手馴れた感じでベージュのスリップを着ると、それだけでもう完全にベリーショート髪の美少女です。
黒いストッキングを一旦丸めて脚を通す仕草も、見とれるくらい可憐で堂に入っています。
わたしが穿いたときより、ストッキングの色がずっと黒く見えます。
ストッキングのパッケージにこの脚が写っていたら、思わず買ってしまいそうです。この脚を石膏で型取りして像にしたら、そのまま芸術品になりそうです。部屋に飾りたいです。
そう言えば朝島くん、足のサイズも小さ目なんですね。ハイヒールが似合いそうな足です。
思わず脚フェチになってしまったわたしを無視して、朝島くんがブラウス着用中です。
男子に左前のブラウスは辛いかと思ったのですが、小さな手でスムーズにボタンを嵌めていきます。このヒト、思っていたよりずっと女の子の服に慣れているようです。
私:「ね、そういえば名前はなんて呼べばいいのかな」
朝島くん:「……玲央、って呼んでくれると嬉しいかな。こういう漢字」
修学旅行のとき聞いて以来の、高くて澄んだ綺麗な声が応えてくれました。天使の声です。
細い指で、机の上に字を綴ります。マニキュアは塗ってないと思うのですが、桜の花びらを思わせるピンク色の小さな爪が輝いていて、とても綺麗です。
でも、何かこの字に思い入れがあるのでしょうか。謎です。
私:「うん、分かったありがとう。改めて宜しくお願いします玲央ちゃん。わたしのことも麻由美でお願いね。マユマユでも麻由っちでもいいけど」
玲央:「ん。ありがと、麻由美ちゃん」
スカートに脚を通します。前回はブカブカでどうしようかとなっていたウエストですが、今回はほぼぴったり綺麗にフィットしました。ダイエットで2cm絞った成果です。
でも、それだけじゃ計算が合わないような。聞くと、
玲央:「あのころは色々あって一番体重が落ちてたころかな。頑張って元に戻したの」
本当、この人どういう身体なのでしょうか。
ウエストの位置が思い切り高くて、脚が長いものですから、わたしが穿いているときと違ってミニ丈のように見えるスカートです。
さっきも思いましたが本当に脚が綺麗です。思わず手を伸ばして撫でてしまいました。
玲央:「ひゃんっ!」
やぁらかくてすべすべで、しかも感度満点なおみ足でした。国宝級です。思わず拝みます。
わたしの方を睨みつけて、少し距離を取ってカーディガンとブレザーを着用しました。
私:「玲央ちゃんごめんなさい。少しメイクするからこっちに来て」
といっても、色つきのリップクリームを塗るだけだったりするのですが。
玲央:「麻由美ちゃんって勿体無いよね。すごく化粧栄えする顔してるのに」
私:「そっかな?」
玲央:「ウエストも細いし、美人だし。大学入ったら、もっとお洒落に気を使って欲しいな」
玲央ちゃん、あなたがそれを言いますか。……色んな意味でこの世の理不尽を感じます。
櫛で髪を梳きます。癖が無くて細くてしなやかで、こんなところでも女の子のような──というより、女の子の理想そのもののような髪質です。
眉骨が出てない丸い額を丸出しにして、カチューシャをつけます。
学校でも一番の美少女が出来上がりました。もう嫉妬すらできません。素敵すぎです。
私:「ね。玲央ちゃん。わたしもプレゼントもらっていいかな?」
最後の関門に到達しました。
私:「この格好で帰るわけにもいかないし、“朝島くん”の制服が欲しいの」
気温は10度くらいです。正直寒いです。わたしの鳥肌に気付いたのか、玲央ちゃんは悩んだあと、「いいよ」と言ってくれました。ミッション・コンプリートの瞬間です。
1年ぶりに詰襟を着て、夢にまで見た匂いを堪能します。いけない子になった気分です。
3年間過ごした学校を、玲央ちゃんと一緒に男女のカップルのように外へ出ます。
雲の間からそそぐ太陽の光が、とても綺麗でした。
『Symbolon』 §19・朝島玲央 2007/03/07-08(水-木)
「玲央ちゃん、卒業、おめでとう」
それまで耐えていた涙腺が、その声を聞いた瞬間に決壊した。
玄関先で泣きじゃくる私の身体を、そっとお姫様抱っこで軽く抱え上げ、居間まで運んでソファにそのまま腰掛ける。
どれだけの時間、その逞しい腕に抱かれて、優しい笑顔にも守られて泣いていたのだろう。
「……俊彰さんありがとう。私、重くなかったですか?」
「あともう少しだけ重いほうがいいかな。大分良くなってきたけど、まだ抱いてて不安になるときがあるんだ。……泣いた顔も素敵だったよ。ごちそうさま」
「ふふっ。もっと俊彰さんのお料理食べさせてくれたら、重くなれると思いますよ。太ってお腹のお肉つかめるようになっちゃうかも」
「じゃあ、今日は腕によりをかけてご馳走作るかな」
靴を脱がしてもらって、まだふわふわとした気分のまま洗面所で顔を洗う。
喜怒哀楽に乏しい『朝島玲雄』に比べ、『朝島玲央』はやたらに泣き虫なのが欠点だった。
もう何度この洗面所にお世話になっただろう。
これから何度お世話になるのだろう。
色んな出来事を見守ってきた洗面所の大きな鏡の向こうで、制服姿の女の子が微笑んだ。
「そういえば、あの制服どうしたの?」
俊彰さんのお母さんの服をお借りして──最初の頃、服に苦労していたのが嘘のようにサイズがぴったりで助かっている──2人でお買い物に出かける。
オフショルダーの白いトレーナーに、黒いハイウエストのロングスカートをあわせ、上にキャメル色のフード付きポンチョコートを羽織って、手を繋ぎながら道を歩く。
こうしていると新婚さんみたいだな、と幸せな気分に浸りつつ、今日の出来事を軽く説明。
「ああ、あの子ね。少し覚えてる。……高校最後に、『女の子としての卒業式』をプレゼントしてくれたんだね。機会があればお礼言わないと」
「ロマンティックな表現でいいなぁ。言われてみれば本当にそうですね。感謝しないと」
スーパーに入ると、見知った親子連れの姿が見えた。
「俊くん、玲央ちゃん、こんにちは」
「ああっ、悠くんお久しぶりー。私のこと覚えてるかなー」
ぱたぱたと駆け寄ってきた男の子を思わず抱っこすると、一瞬きょとんとしたあと、大喜びしてくれた。うぅ、かわいい。
「大きくなるの本当に早いですねー」
「この子、この間身長1m越えたの」
悠くんに頬や髪を撫でられながら、お腹の膨らみが目立ち始めた有紀さんと少し立ち話。
「ぼくねぇ、おおきくなったらレオちゃんとけっこんするの!」
と言い出して抱きついてきた悠くんに、無駄に俊彰さんが敵愾心を表してみたりとか。
「あ、そうそう。俊くん、就職大丈夫そう? うちの和馬が前、気にしてたけど」
「そういえば有紀さんにはまだ言ってませんでしたね。4月から大学院になります」
「あれ、そうだっけ。じゃあ、そう伝えとくね」
「今夜こちらから電話かけますよ。随分ご無沙汰してますし。何時くらいがいいですか?」
「ああ、玲央ちゃんは今日はゆっくり休んでなよ」
家に戻ってコートを脱いで、エプロンをつけた私に、俊彰さんが声をかけてくれた。
「一つおねだりしていいですか?」
「うん、何かな」
「……私、俊彰さんと一緒にお料理を作りたいです」
少し考えていた俊彰さんだけど、ややあって嬉しそうな顔で頷く。
「……そっか。うん、喜んで」
キッチンに入ったあと、俊彰さんがふと思いついたように私に言った。
「じゃあ、僕からも一つおねだりしていいかな?」
手招きに従い近寄ると、後ろから抱きしめられる。
鎖骨のあたりに感じるキスの感触。
「うん、ありがとう。じゃあ、料理作ろうか」
「んー。おいしかったー。もう入らないー」
「じゃあこのデザートは冷蔵庫にしまっとくかな?」
「食べる食べる!」
なんて会話のあと2人で皿洗いまで片付けて、抱っこされた状態でソファで寛ぐ。
その体勢で、携帯でどこかに電話をしていた俊彰さん。ようやく通話が終わる。
「ん。どなた? 今日有紀さんが言ってた件?」
「遠藤和馬さん。有紀さんの旦那さんで、3つ齢離れてるけど昔一緒によく遊んでくれた人。その人の会社に来てくれないか、って話だったけど……まあ話は来年に持ち越しかな。
……ところでさっきの続き、いい?」
「ぁ、あぁん。俊彰さん、いきなり……ぁん」
本当にいきなりだった。オフショルダーで開いた私の肩を、俊彰さんの舌がなぞる。
「玲央ちゃん、その格好、魅惑的すぎだよ……これまで我慢するの大変だったから……」
というところで、俊彰さんのお父さんが丁度帰ってきました。残念。
明けて翌日お昼すぎ。
俊彰さんの部屋でPCを覗いて、無茶苦茶重いサイトにやきもきしつつ、合格発表を待つ。
“その番号”を確認したとき瞬間、「やったぁ!」と歓声をあげてしまった。
ぴょこぴょこ跳ねながら、涙をだらだらと流しながら、大笑いしながら、俊彰さんの腕に抱かれながら踊る。自分でも何をやっているんだか分からない状態。
で、しばらくしてようやく落ち着いたあと……
まあ、そういうことに相成った。
せっかくだからと麻由美ちゃんからもらった制服に着替えて、ベッドに腰掛けた高校時代の制服姿の俊彰さんの前にひざまずく。ズボンのチャックを下ろし、彼の分身を導き出す。
「うちの高校の制服って、正直デザインセンスないと思ってたけど、玲央ちゃんが着てるとすごく可愛く見えるね、……って、はうっっ!!」
昨日もお預けをくらって、余程たまっていたんだろうか。
私が指で彼の分身を軽くなぞっただけで、ただそれだけで思いっきり暴発してしまった。
慌てて、まだビクンビクンと震えるその先端を口に含み、まだ放出を続ける残りを口で受け取る。
身体が歓喜の声をあげるのを抑えきれない。熱いほとばしりを受け止めた顔や髪や首筋から、沸騰するかのようなエネルギーを感じる。私という存在自体が溶けてしまいそう。
「ごめん、今のは本当にひどかった」
とてもとても美味しいその液体を、口の中で十分味わったあと飲み干す。
「もう、俊彰さん。勿体なさすぎ」
気を取り直して、仕切りなおし。
初めて結ばれたその日から、下の口は彼のものとサイズも形もぴったりとあっていた。
不思議なくらいに。専用に作られた刀の鞘のように。一つの板をくりぬいて2つに分けたあとのように。
あるいは、私という存在自体が、彼と結ばれるためだけに作られたものであるかのように。
でも、上の口のほうは喉まで使っても彼のものを完全に納めることができず、それがなんだか少し悔しい。
根元のほうを両手の指で押さえつつ、唇と舌とで彼のものを愛撫する。彼が感じている様子を見ていると、心の奥からゆっくりと悦びが湧き上がってきて満たされた思いになる。
「ぢゅぴっ、にゅちゅ、くちゅ……ちゅぷ……」
どこか淫猥な音が、BGMのように部屋を流れる。
喉の奥まで飲み込んで、粘膜と肉とでむき出しの先端を締め付ける。私自身、いってしまいそうな快感を覚える。今度は注意していたので、溢れる寸前で刺激をストップ。
少し間を空けたあと、今度は舌で鈴口を丹念に撫でる。先走り液も味わい深い。
指先でタマタマの縫合線をくすぐると、まるで暴れ馬のように飛び跳ねそうになる。一旦口から出して、触れるか触れないかの感覚で、竿の部分を舌で往復させる。
「ごめん、玲央ちゃん……もう限界……お願い……」
何時間でもこうやって堪能したい気分だったけれども、再度喉奥まで一気に彼のものを飲み込み、唇と口蓋と喉と両手でぎゅっと彼の分身を絞り上げ、親指と舌とでリズミカルな刺激を与える。
二度目のほとばしりもすごい量で、少し口許から零れてしまったのが少し残念。
お互い荒い息でしばらくの間ベッドで横になったあと、第二ラウンド開始。
色々な液体でぬるぬるになってしまったショーツを脱ぎ捨て、正常位で繋がる。
「……ごめ、俊彰さん、ちょ、ちょっと待って」
「うん、何?」
一旦身体を離して、ズボンとかを脱いでもらう。チャックの金具が当たって痛かった。
「ちょっと赤くなってるね。……気付いてやれなくってごめんね」
「俊彰さんのほうも、何か当たって痛いとかあったら言ってくださいね」
「いや、絶景だし大丈夫。気になるところはないよ」
もう慣れてしまって不思議に思わないことが不思議なんだけど、いつものように俊彰さんの分身が、何も抵抗もなくすんなりと私の中に『戻ってくる』。
この段階でいきなり射精することが多いけど、今日は2度出したあとということもあってそれもなく、ゆっくりとした優しいリズムでピストンを繰り返す。
正常位で結ばれたまま、まるでお母さんの腕に抱かれた赤ちゃんのような安らぎにうっとりしている最中、不意に力強い腕で、しっかりと女子制服ごと私の体を抱きしめてきた。
穴がある場所がある場所が普通の女の子と違うから少しきついけど、それ以上に嬉しさが全身を満たす。溢れた嬉しさ成分が、耳からこぼれてしまいそうだ。
「玲央ちゃん、愛してる」
「ふぁにゅ、ふぁにゃ、ふぁにっ」
優しい声で突然宣言される、不意打ちの一撃。溢れる嬉しさと一緒に、脳汁がどばどばと体外へ垂れ流しになった感触さえする。どこの発情期の猫だという声が口から出る。
『私が、愛されてる』。
それも俊彰さんに!
それはどんなに素敵なことだろう。私は天下一の果報者だ。
「ふぁっ……わっ、私もっ、俊彰さんのことが大好きですっ。愛してますっ」
再起動までに、なんだかとても時間がかかってしまった気がしなくもない。
「……ありがとう。僕、生まれてきて良かった。玲央ちゃんにめぐり合えて本当に良かった」
そのまま不意に、力を込めて激しく分身を深く強く突き入れてくる。
「あぁっ! ぁあっ!! もっとっ!! 気持ちいいっ!!」
自分の身体がもう完全に制御できてない。自分の心が制御できてない。制服のプリーツスカートに包まれたままの腰が、快楽を求めておかしなくらいにうねるのが止まらない。
絶頂に上り詰めた一瞬あとに、体の中に熱い液体を受け止め、更なる絶頂へ全身が導かれる。飛びそうになる意識を繋ぎとめるのがやっとだった。
少しも硬さを落とすことのない彼のもので繋がったまま、向きを変えて彼がベッドから立ち上がる。いつもの飛翔感とは少し違う、物理的に宙を舞う感覚が少し気恥ずかしい。
意思とは関係なく暴れまわるように背をそらし、跳ね上がる体を、俊彰さんの逞しい腕がしっかりと抱きとめてくれる。その、安心感。
そのまま体が再びベッドに沈む。彼はベッドに寝て、その上に貫かれたままの私が座る。
いつもは目に入って惨めな気持ちにさせる私の股間のものが、今日はスカートに隠れて完全に見えない状態なのが、少し気持ちいい。
3年間、ずっと憧れだった女子制服をまとって、大好きな俊彰さんとエッチをする。この機会を作ってくれた麻由美ちゃんには、幾ら感謝してもし足りない。
「はぁぁん! あぁあ! ぁぁん!」
長い時間もうずっと喘がされっぱなしで、流石に喉が疲れてきた。俊彰さんはどんだけ体力があるんだと呆れてしまう。
間に2回の発射を挟みつつ、騎乗位のまま私の体の向きを変えたのち、後背位に移行。
何事にも研究熱心な俊彰さん。色んな文献とかチェックしたんだろうかと少しおかしい。
顔は見られないのが寂しいけれど、深く深く、体の奥深く、さっきとは逆に下から喉元まで彼のものに貫かれる錯覚すら覚える体勢。
ブレザーに包まれたままの私のウエストが、大きな手でしっかりと掴まれている。
腰を振るたび体の最奥の場所に、未だに衰えない彼の分身がしっかりと突き当たる。
視界が白い。いつもの飛翔感とあわせて、まるで雲の中を飛んでいるかのような気分。
もう乱れ狂う気流と雷のようにしか感じられなくなった快楽に、心も体もきりきり舞いさせられている状態。さすがに、もう意識が限界に近づいてきていた。
「……俊彰さん」
「うん?」
「俊彰、さん、わたし、あなたが、大好きです……」
息も絶え絶えにそう口から本心を呟いたあと、意識は完全にホワイトアウト。
『Symbolon』 §20・朝島玲央 2007/04/17(火)
『朝島』の表札の出た通りなれた門を、今日ばかりは緊張して俊彰と2人でくぐる。
「ねえ、私、変じゃないかな?」
今日のために誂えた紺のスーツのスカートをいじりながら問いかけると、俊彰さん──同じ大学に入ったし、敬語は止めようって言われているけど、まだつい出てしまう──俊彰は笑って、
「いや、とても綺麗だよ。少しも変じゃない」
と繋いだぎゅっと手に力を込めた。彼の力強い大きな手に包まれていると、不安が溶けていくようで安心できる。
母親に案内される形で、父親の待つ居間に到着。
深々とお辞儀して中に入り、両親の前にふたり正座。
「……お義父さん、お嬢さんを僕に下さい」
少しの間のあと、意を決したように俊彰は定番の台詞を口にする。
腕を組んだまま、暫くぴくりとも動かず考えている様子の父。やがて、
「……なあ、俊彰くん。最初君が菜々華の恋人として来てくれたとき、『最近の若者になくしっかりした子だ。これなら娘のことをお願いしてもいいかな』と思ってた」
その言葉に、一瞬顔を輝かせる俊彰。
「ただなあ、息子を嫁に行かせるのはどうなんだと」
居間のドアから、複雑な表情で部屋の中を覗き込んでいた菜々華姉さんが、更に顔を複雑にするのが見えた。
母親には何度か見せて既に納得してもらってはいたけれども、父親の前にこの格好で居るのは初めての経験で。
きちんと化粧した顔、パッドで膨らませた胸元や、肌色のストッキングに包まれた膝の見えるタイトなスカートなどが急に居心地の悪いものに感じはじめて落ち着かない。
いつも意識することのない、ガードルで押さえつけて目立たないようにした股間のものが、何故かとても気になり始める。
「俊彰くん、分かってるんだよね。その子はそんなナリをしていても、君と同じ男なんだよ」
「はい、もちろん承知の上です。その上で、『彼女』を頂きたいとお願いしに来ました」
「玲雄も、それでいいんだね」
「ええ、私は俊彰さん以外との結婚は考えられません」
「……私が『駄目だ』と言ったらどうするんだね」
「何度でも、許可が出るまで来るつもりです。最初からこんな無理が通るとは思ってません」
「それでも駄目なら、両親とは別れて、私たち2人だけでひっそりと暮らすつもりです」
ふたりの言葉に、そのままじっと長考に入る父。その胸中をどんな思いが交錯したのかはよく分からない。
ようやく口を開いたとき、父が発したのはこんな言葉だった。
「玲雄はまだ大学生だ。このまま結婚とか許すわけにはいかない」
「じゃあ」
「玲雄を大学卒業まできちんと養って世話をしてみてくれ。そのくらいの甲斐性は見せられるだろう。結婚だのなんだのは、卒業した後の話だ」
「ありがとうございます!」
「その言葉はまだ早いよ。学費と生活費も出せないようなら、容赦なく別れてもらうからな。もちろん大学生活が滞ってまともに卒業できなくなるようでも駄目だ」
『Symbolon』 §21・朝島慶樹 2007/04/17(火)
「ね、母さん。やっぱり私、玲雄の育て方を間違えたのかな?」
玲雄の引越しを含めた今後のことを決め、家を出た2人を見送り、居間に戻る。
「どう育てても、あの子はもう、ああなるしかなかったんじゃないかな。複雑だけど、認めてあげないと」
娘の返事に、私の発言が勘違いされたことに気付く。
「あ、逆よ、逆。……菜々華は小学校に入る前だから憶えてないかもしれないけど、玲雄って小さいころ女の子の格好をしたがる子でね。
私と同じ苦しみを味あわせないように、男らしくなるように育てたつもりだったけど……どっち道こうなるなら、最初から認めて女の子として育てたほうが幸せだったのかな、って」
「どうしたの、パパ?」
菜々華が目を丸くしている。『父親』がいきなり女言葉、女口調で喋り始めたらそうなるか。
「そうよ。私も玲雄と同じ性同一性障碍。私の場合、小さい頃に女のように育てられたから『こう』なったと思ってたけど、やっぱり生まれつきなのかしらね。
今まで子供達に知られないよう努力してたけど、もう全部打ち明けちゃっていいかなって」
「そういえば玲雄には、それ言わなかったのね」
「俊彰さんがいるところでいきなり打ち明けるのは、流石に恥ずかしくって」
「なるほどね。……あなた、久しぶりに“慶子さん”になってみる?」
「ママも何よ。あっさり受け入れちゃって」
妻の化粧台を借りてメイクしている最中、妻と娘の声が聞こえる。
「菜々華、あなただけ常識人ぶろうたって無理よ? あなただってレズじゃない」
「な……なんでママ知ってるの。違うわよ。あれは女子高の間だけのことで、ちゃんと男性を愛せます。俊彰とか今でも好きだし」
「いいのよ? ママだってレズ……今の子は百合っていうのかしらね? なんだし」
「両親はまともだと信じてたのに……」
ソファに座り込んでぶつぶつ言っている菜々華の前に、きちんと女の姿に着替えて現れる。
花を散らしたブルーのカットソーワンピースにクリーム色のフェミニンなジャケット。
胸にはパッドも入れて、背中にかかるウィッグはパレッタで留めてハーフアップに。
数年ぶりということもあり、娘の前でこの姿は流石に正直恥ずかしい。
「慶子さん、お久しぶりね。相変わらず美人」
「玲雄に比べると、全然だけどね。あの子、一度きちんとメイクしてあげたいわ」
新しい“娘”になった我が子だけど、あの子は本当にダイヤの原石だと思う。職業メイクアップアーティストの血が騒ぐ。
「ママね、慶子さんのこと最初すっかり可愛い女の子だと思い込んで、それで交際申し込んだら実は男っていうからびっくりしちゃって。
で、ちょうどいいかって結婚したんだけど、あなた、無理させちゃってごめんなさいね」
「まあ、おかげで可愛い娘が2人もできたんだもの。……菜々華、私やっぱり変かな?」
「確かに見た目なら、普通に美人に見えるけど……もう、やだ。この一家」
「こうやって並ぶと、美人姉妹に見えるわね。ちょっと妬けちゃうわ。そう言わずに、菜々華も机の引き出しのペニバン持ってきて、一緒に慶子さんを可愛がってあげましょう?」
思いも寄らぬことになってしまった。
奨められて女の格好になった時点で、今夜あたり、みちると久々にエッチできることは内心期待していたけど、まさか実の娘も参戦(それも真昼から)することになるとは。
使い込まれたと分かるペニバンを装着した娘が、怪しい瞳で私をじっと見つめている。
「……パパには、ひとつ恨みがあるの」
「こんな“父親”でごめんなさいね。いえ、今まで黙って隠していたことかしら。心当たりがありすぎて、ひとつって言っても、どれか分からないの」
「そんなことじゃないの。……玲雄の肌って、父親譲りなのね。今まで真剣に見たことなかったけど、これ絶対四十男の肌じゃないでしょ。どうして私にこの美肌遺伝子くれなかったの」
流石に返答に困る私のお尻に、すっと指を差し伸べて当てがう。
途端、視線ががくんと下がってびっくりする。
一瞬後、腰が抜けたように脚から支える力がなくなり、お尻が床についたことを理解する。
そしてそのあと、ようやく頭が、たった今自分のお尻に与えられた快楽を把握する。
「パパ、すっごい感度いいお尻持ってるのね」
「……慶子さん、そんなに気持ちよかったの?」
返事しようとしても、ただ「あぅあぅ」という音にしかならない。
「あらあら。パパって随分可愛いのね。……“パパ”って感じじゃないな。慶子、って呼んであげる。私のことは、お姉さまって呼んでもいいわよ」
「お姉さまぁ」
ようやく口が動き、そんな言葉を発する。自分でも信じられないくらい、甘えた声だった。
「慶子さん、やって欲しいことがあるなら、ちゃんと言ってみなさい?」
「お姉さまぁ。……もっと私のいやらしいお尻をいじめてください」
「……たったひと撫でで、慶子さん取られちゃったのね。なんて恐ろしい子なの」
呆れるような、面白がるような、妬むような、からかうような口調でみちるが言う。
「そうね。この子をしゃぶってくれたら考えてあげる」
そう言って目の前に突き出された擬似肉棒を、口に含む。でもそれはすでにご褒美だった。
懐かしい感覚が蘇る。
そっとそれを舌で嘗め回す。
「あら、意外に下手糞なのね。……まるで処女の女の子みたい。それじゃご褒美は無理よ?」
嘲るような声の調子。フェラチオはそれなりに自信があるつもりだったのに、この子は一体、どこでどんな経験を積んできたのだろう。
「わたしとやってる時には、いつもこんな感じだったんだけどね?」
「そっか、別にじらしているわけでもないんだ。……じゃあ、こっちからいくわね」
かぶったウィッグごと頭をぐいっと掴み、力強く前後にゆすり始める。
いきなり喉奥までぐいっとねじ込まれた硬い擬似亀頭に、ついえずきそうになる。嗚咽と涙が止まらない。
その惨めさに、久々に穿いた女物の下着の中、(不本意ながら)自分についている器官がむくむくと自己主張し始めるのが分かる。
「……口のほうはあんまり面白くないなあ。やっぱりお尻か。……慶子、立てる?」
その言葉に、ベッドに手をつきながらよろよろと立ち上がる。
「さて。おしゃぶりの下手な慶子には、何か罰を考えてあげないとね。……そうだ。ママ、アイマスクとか持ってる?」
「面白いこと考えるのね。んー。ちょっとないかな」
「じゃあ、テープでいいわ。持ってきて」
「はいはい。すぐに持ってくるわね」
ペニバンをつけた全裸のみちるが部屋を退出し、すぐに布テープをもって戻ってくる。
「そのままベッドに上がって、膝をついて四つんばいになって。スカートをめくって」
実の娘に命じられるまま、ワンピースの裾をたくしあげて自分のお尻を妻と娘の前にさらけ出す。その屈辱感に、鼓動が早まる。
「じゃあ、まずはペナルティその1。私の期待に添えないなら、次は口をふさいじゃうから」
両目をふさぐ形で、布テープが化粧を済ませた顔に貼り付けられる。
視覚を失い、回りが把握できない不安感に、全身の汗がにじんでくるのを感じる。
女物の衣装を着て、きれいに化粧をして、ウィッグもつけてきちんと髪型をセットして、そして実の娘に手荒に扱われる。
──その事実に、そう。私の身体はかつてないほどに性的な興奮を覚えていた。
無言のまま、何の前触れもなく、私の下着が引き摺り下ろされる。
私のお尻が、なぶるように撫でまわされるのを感じる。熱い吐息とともに、喘ぎ声が零れるのを止めることができない。
「慶子、きれいなお尻してるわね」
しなやかな指先が、谷間の穴に再度触れる。先ほどとは違い、遮るものが何もない接触。
「あ、ぁ、あぁぁぁんっ!」
そのあまりの快感に、背中が弓なりにしなる。腰がうねりはじめるのを止めようもない。
「やっぱりお尻は感度高いなあ。いやらしいお尻」
「でしょー? でも、あなたのテクニック凄いのねえ。わたしじゃ絶対こんなにならない」
母と娘の、仲むつまじい茶飲み話のような会話。
その話題の対象になっているのが自分であるという羞恥心に、全身がうずく。
「反応が丸分かりで面白いのね。慶子って随分マゾっ娘なんだ。苛められて喜ぶ娘なんだ」
「いやぁぁぁぁっ!」
ぐりぐりぐりぐりと、私のあそこをこねくり回す指の力が強くなっていく。
「ほらほら、やって欲しいことがあればちゃんと言ってみてちょうだい?」
「おねがいしますぅぅっ! 私のはしたないケツマンコに、お姉さまのおちん○んをいれてくださいぃぃぃぃっ!!」
「……あらあら。びっくり」
あざけるような、呆れるような声の調子。
「でもね、いきなり最後のご褒美をねだるなんて、駄目すぎるわね。はい、ペナルティ2」
口紅を塗った唇を覆って、布テープが貼られる。もう「ふごふご」としか声が出せない。
「次のペナルティは……そうね、手首を縛ろうかしら」
「あなたどれだけ女王様なの。SMで食べていくつもり?」
「どこからも内定取れなかったらそうしよっかな。……ま、大丈夫だと思うけど」
そんな会話を行いながらも、指を私のお尻の中に潜り込ませてくる。
「そういえば玲雄とやったときは、最後まで挿入を拒んでたんだけど、慶子はあっさり堕ちたわね。どういう違いなんだろ」
「へぇ、あなた玲雄ともやったことあるの」
「うん……あれは……あんなつまらないことやらなきゃよかった」
「そうなの? 綺麗な身体してて、感度もよくって、良さそうに見えたけど」
実の母と姉の会話として、それはどうななの……と思うけど、今はそんな言葉も発せない。
「プレイ中は最高だったんだけどね。今まで相手してきた中で、最高の『美少女』だったし。でもそのあとの件まで含めると、色々トラウマ」
「そうなんだ」
「肌がつるっつるっでね、唇なんかプルプルでね、匂いもいいし、反応も可愛いし、顔も声も仕草も女の子そのもので……それが今は俊彰といちゃついてるんだもんなあ」
「玲雄と、俊彰さん。あなたはどちらに嫉妬してるの?」
「もちろん、両方によ」
声にわずかに、いらつきの響きが混じる。
会話中ずっと私の体内を弄り回していた指先に力がこもり、前立腺を的確に責め立てる。思わず『ところてん』状態で、私のアレの先から白い粘つく液体が零れる。
「ちょっと、早漏すぎ。ペナルティ3ね。次は……ママ、耳栓ってある?」
娘の命令に従い、ベッドの上に座る。着ていたレディスのジャケットを脱がされて、ワンピースの袖を捲り上げられ、後ろ手に布テープでぐるぐると手首を巻かれる。
「色白いし、細いし、綺麗な手。……手タレだって出来そうね。羨ましい」
そのまま上半身を押し倒され、顎から肩がベッドについた状態にされる。
「菜々華、ローションなんてつけずにそのまま突っ込んでしまって大丈夫よ?」
「へ?」
「触ってみて何も感じなかった? 慶子さん、もう濡れてるはずだけど」
再度、私のお尻に指が押し当てられる。
「これは不覚。ウンコする穴なのに、確かにぬれてる。でもちょっと不安。滑りが悪いかも」
「そのくらい手荒に扱っても大丈夫よ。むしろこの人、そのほうが喜ぶから」
菜々華のサディスティックな面がみちるにも感染し始めているような台詞。……いや、今までセーブ側に回っていただけで、みちるは昔からこんな感じだった。
──私を立派なマゾ牝奴隷に堕としてしまうくらいには。
「ぅ、ふぐぅうううううっ?!」
声にならない悲鳴が部屋に響く。いきなり奥深くまで、ペニバンの竿の部分をねじ込まれたからだ。
数年間の間ご無沙汰していた痛み。でもそれが私の興奮を誘う。腰の動きが止まらない。
口で息が出来ない息苦しさも、今は悦びの一部でしかない。
パン、パン、パンという音とともに私の直腸に、硬いまがいものの肉棒が打ちつけられる。
「慶子さん、なんだか不満そう。本物のお○んちんじゃないと満足できないの?」
そんなこと微塵も考えていないのに、からかう声を投げられる。
「そっか。あなた、俊彰さんの立派なものを見て、物欲しそうにしてたもんね」
そんなことしてない。いやいやと首を振るけど、この体勢だとそれも難しい。
「『違う』なら『違う』って言ってね。慶子さん、玲雄と俊彰さんの結婚を許可するの渋ってたけど、それは自分が俊彰さんと結婚したいなあ、って思ってたからでしょう」
「ひ……ひがっ」
“違う”と言いたかったのに、もちろん、それは言葉にならない。
「『違う』って言わなかったわね。じゃあ図星なんだ」
「ママもなかなかやるわね……」
「菜々華、どうなの? 俊彰さんのお○んちんってどんな感じだった?」
「知らないわよ。あの人、私相手だと勃たなかったし。……今考えると、『女としての魅力』で私、結局玲雄に惨敗だった、って意味なのか」
「クス……でも、それ正解かも」
「本当、失礼な話よね。それはそうと、息子の彼氏に色目使おうとした父親には──凄い話ね──もちろん、ペナルティ4実行で。……次のペナルティはどうしよっかな」
「次は鼻ふさいじゃったら?」
「それ、息ができないんじゃ?」
「ここまでわたしたちの意志に反してしまうんだもの。それもしょうがないわよ」
「ふぐぅっ、ふぐぅっ」
抗議の声も、当然言葉にならない。
「ほら、慶子さんだって同意してる」
「そっか、なら仕方ないわね。次は鼻をふさぐから注意してね」
ぞくぞくするような冷たい響きに、思わず絶頂を迎えてしまう。
ひくついている私の耳に、しっかりと耳栓がはめられる。ご丁寧に上から貼られる布テープ。視界は真っ暗で、耳には自分のこもった喘ぎ声と鼻での荒い息しか聞こえない。
時間の感覚が曖昧になる。
どれだけの時間、その状態でひたすら突かれていたのだろう。途中、挿入役をみちるに交代したりもして、それでも挿入が続く。明日無事に仕事できるのだろうか?
耳栓で音が聞こえないせいでどんな会話が交わされたのか知る由もないけど、突然腕のテープがはがされ、四つんばいにさせられる。続いてはがされる、口のテープ。
ぜいぜいと息をする暇もなく、その口にペニバンが突っ込まれる。
目隠しの下を涙で完全にぐしょぐしょにしつつ、上と下の口を突かれ続ける。
実の妻と娘に牝の性奴隷のように扱われる。
今後も、こういうプレイが続けばいいのになと思いつつ、快感と幸福感に包まれながら、いつの間にか私の意識は途絶えていた。
『Symbolon』 §22・朝島玲央 2007/04/18(水)
春の風がスカートの裾を躍らせる。
大学内で俊彰と別れて、一人キャンパスを歩く。
今となっては少女趣味が強くて少し恥ずかしいけど、低めの気温に少し寒さを感じるけど、姉との件が思い浮かんで少し身がすくむけど、今日の服はこれ以外にないだろう。
昨日が俊彰に告白してから──『玲央』という少女が世界に生まれてから──ちょうど3年目。その翌日である今日は、この服を買って3年目になる。
フリルの一杯ついた、オフホワイトのシフォンのマキシワンピに、ミントグリーンのニットのボレロ。俊彰からの初プレゼント。思えばこの衣装で色んな体験をしてきたものだ。
この服で、今日、大学の皆にカミングアウトするのだ。
これまで男の格好で会っていた人と、女の姿で会う。どこもおかしくない。本来のあるべき姿に戻るだけだ──そう自分に言い聞かせても、脚の震えが止まらない。
それでも立ち止まっていられない。
右手の指で、昨日もらった左手薬指の婚約指輪をなぞり、深呼吸して教室に入る。
「山本さん、友近さん、おはよう」
既に席に座って喋っていた知人2人に、勇気を出して挨拶。
山本涼香さんは同じ高校出身で唯一の同学部生(というか『乙女事件』の主犯だ)。友近さんは大学に入ってから出来た女の子の友人だ。
「えっと……?」
「おー。レオか! 見違えたぞ! 可愛くなっちゃってもう」
戸惑ってすぐにピンと来ない山本さんと違い、友近さんがすぐ分かったのが意外だった。
「レオのお洒落姿初めてだけど、想像以上に破壊力たけえなあ。男か? 男出来たんか?!」
「……朝島、あなたあんなに女装嫌がってたのに、なんでそんな格好を?」
「ん……? え? 女装? レオって女の子だよね?」
「いや、昨日まで普通に男の格好で来てたし、意外なんだけど……私、体と戸籍は男です」
「うっそだ──────────っ!!」
女の服で来たことを驚かれると思っていたら、男であるほうを驚かれてしまった。
「いや本当よ? 高校3年間ずっと男子だったし、修学旅行も男風呂だったし」
教室にいた他のメンバーも、
「何の騒ぎ?」
「朝島さんが男だったんだって」
「嘘、いつ告白しようか迷ってたのに」
「名簿の間違いじゃなかったのか」
「リアル男の娘キタ──!」
と大騒ぎ。始業のチャイムに救われたものの、このコマは初回のガイダンスのみで早く終わったので人だかりができてしまった。指輪に気付かれてまたひと騒動。
そんな感じで夕方まで過ごし、7時に落ち合って、俊彰と2人で帰りの電車に乗る。
「今日はどうだった?」
「……ん。本当、私は周りの人に恵まれてきたんだなぁ、って」
嫌な言葉もあった。無理解もあった。でも俊彰は私に優しく微笑みかけ、そして着ていたコートですっぽりと私の体をつつんでくれた。その温かさが私を癒してくれる。
嫌な言葉もあった。無理解もあった。それでも俊彰と一緒なら越えていける。そう、思った。
『Symbolon』 §23・田中純也 2008/03/25(火)
「おーい! 田中──! こっちこっち」
春の陽気が燦燦と輝く公園。待ち合わせの時間10分前に到着すると、シートから立ち上がった篠原が手招きしていた。火曜昼過ぎの公園の中、満開近い桜がとても綺麗だった。
「菜々華、おひさ」
「えっ、祥子?! 何そのお腹?!」
俺の知らない綺麗な女の子が、びっくりした顔で祥子と挨拶している。
「順調に行くとゴールデンウィークごろに出産かな。もう重くて大変よ」
「就職したら結婚申し込もうと思っていたのに、『出来ちゃった』だもの。予定崩れまくり。……初めまして。今度、祥子の夫になる田中純也です。篠原の友人ということで、今日この場にお招きに預かりました次第」
「私は朝島菜々華。祥子とは小学校からの友人だけど、会うのはもう4年ぶりになるのかな」
「実は田中と菜々華は、大学1年3月の合コンで1回会ってるんだけどね。覚えてないか」
「あー、そういえばいたいた。こんな美女、忘れていたとは慚愧のいたり」
「わたしは朝島みちる、菜々華の母親です」
シートの上にいた最後の一人、40前後くらいの、でもこれまた綺麗な女の人が自己紹介。
「そういえば篠原、学会がどうとか言ってなかったっけ?」
「うん、昨日発表済ませたばっかり。今日これが終わったら、また大阪に戻って明日も参加」
「お前のそういうとこ尊敬するわー。俺、就職まで余裕ぶっこいてるのに」
「学会1日サボりの理由が身内の花見のためとか、バレたら教授に怒られそうだけどね。
このメンバーで集まれる日ってなると、どうしても今日しかなくて」
「ところで、玲央ちゃんも来るんだよね?」
「もうそろそろ来るんじゃないかな……って丁度来た。おーい、こっち!」
篠原が立ち上がって手を振る方向を見ると、薄いピンクの服を着た超絶美少女が、30そこそこくらいに見える、白いスーツ姿の綺麗な女性と一緒に歩いてくるところだった。
「お待たせしました」
ブラウス、スカート、カーディガン、レディススーツ。すべてがほとんど白に近いピンクの取り合わせ。綺麗にお辞儀すると、天使の輪付きのさらさらの黒髪が肩からこぼれる。
「……玲央、ちゃん、でいいんだよね? すっごく綺麗になってまあ」
「あ、田中さんですね。ご無沙汰していました。祥子さんも久しぶりです」
「おー。俺のこと覚えていてくれたんだ。玲央ちゃん、お久しぶり。見違えちゃったよ」
「朝島慶子です。菜々華の従姉になります」
俺たちの自己紹介後、白いスーツの上品そうな女性がにこやかな笑顔で自己紹介。
朝島一家の3人が驚いた目で彼女を凝視しているのは、深く考えないほうがいいんだろうか。
「いやー、朝島一族って本当、美人ぞろいなんですね。玲央ちゃん然り、慶子さん然り」
「ほらそこ、仮にも嫁(予定)のいる前でそんなこと言わない」
「えっと……?」
「ああ、玲央ちゃん。純也には全部伝えてあるから」
「そうなんですか……最初にお会いしたとき、色々騙すことになってすいません」
「いやいやいやいや。全然気にしてないから大丈夫。でも、本当信じられないや」
どこからどう見ても、『絶世の』と形容をつけたくなるくらいのこの可憐な美少女が、実は男だなんて、という部分を口にしかけてあわてて止める。
「それにしても、玲央ちゃん本当、綺麗ねえ。桜色の服も凄い似合って桜の妖精みたい」
「今日は、慶子さんに化粧してもらいました」
「ふふっ。こう見えても私、プロのメイクアップアーティストだから。でも本当、腕の振るいがいがあったわ。……意外に純也さんも化粧栄えしそうな顔してるわよね?」
俺の前髪を指でかきあげ、顔をのぞきこみながら慶子さんが囁く。
「ストップ、もうこれ以上女装キャラ増やさないで」
菜々華さんが呆れた声で割り込む。どういう意味だろう。踏んだら即死級の地雷の予感。
「時間になったし、まあ、堅苦しい席じゃないので。今日は美味しく呑みましょう。乾杯!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
「へえ、じゃあもう完全に女の子として生活してるんだ」
「大学は最初の最初男の格好で通ったくらいで、4月にカミングアウトして以来ずっと男装してないですね。この髪も地毛ですよ?」
「……なあ、篠原、良かったのか?」
仲良さそうに会話している祥子と玲央ちゃんを眺めながら、篠原に話しかける。
「今まできちんと話したことなかったけどさ、玲央ちゃんって、信じられないけど……その、付いてるんだよな?」
「それなら別に、とっくに気にもしてないからなあ。世界中、どこをどんなに探しても、玲央以上の女の子は存在しないよ。僕は玲央を愛してる。他の相手は考えられない」
「お前、真顔でそう言えるって凄いわ。エッチとかしてるのか?」
「もちろん。そっちの方面でも、玲央以上の女の子はいないと断言できるよ」
「な、なんで俊彰がここにいるの?」
俺が返答に少し困っていると、突然女の子の声が響いた。
「あれ、結奈(ゆいな)。俊彰と知り合いだったの?」
菜々華さんが、新しくやってきたその女の子に話しかけている。少し勝気そうだけど、これまたそれなりに美少女だ。ナチュラル系のメイクと衣装が良く似合っている。
「えっと、誰だっけ?」
ただ、篠原のほうは戸惑っている様子。
「あ──、相川玲央! なんであなたもいるの」
懐かしい響きだった。でも、玲央ちゃんのほうもやっぱり『?』を頭の上に浮かべている。
「相川のほうはまあ分からなくてもしょうがないけど、俊彰に分かってもらえないのはショックだなぁ。城戸結奈です。もう、かれこれ2年ぶりかな」
「……なるほど、見違えたよ。うん、こっちのほうがずっといいね。綺麗になった」
「菜々華さんの家族の集まりって聞いて来たんだけど、一体全体どういう繋がり?」
「えぇと、自己紹介しますね。私の本名は朝島玲央で、菜々華お姉ちゃんの実の妹です」
「妹、って……納得しかけたけど、確かあなた男だから弟だよね?」
「……どうした篠原」
「いや、良く考えたら今、元カノ2人と現在の彼女が一緒にいる状態ってことに気付いた」
「お前、いっぺんもげとけ」
なんとも冴えない会話をこそこそしている男2人をよそに、女3人?の話が続いている。
「何、あなた達まだ付き合ってるわけ?」
「はい。結婚は大学卒業までお預けですが、両親にも了承をもらいました」
「むー。まあ、わたしらも他人のこと言えないし、おめでとうって言っておくわ」
「城戸さんとお姉ちゃんは、どんな関係ですか?」
「この子は大学の後輩で……あんたらに伏せてもしょうがないか。目下恋人中」
ハンサムな主人公キャラに、その友人ポジの男キャラ1人。年齢高めの人もいるけど概ね標準以上の容姿の女キャラ6人(うち男の娘キャラ1人)によるお花見イベント。
『どこぞのエロゲみたいだ』と思っていた光景は、実はとんでもない異空間でありました。
途中、篠原と玲央ちゃんが桜の木の下に移動したので、少し様子を見に行ってみる。
「お前ら、どしたー?」
「いや、4年前のこと思い出してた。確かお前とカラオケ行って別れたあと、丁度この公園に来てね。あのときは散ったあとだったから、桜を見に行きたいねって話してたねって」
「へぇー。そうなんだ。あ、写真なら俺が撮るよ」
「ありがとな。あの時、玲央っていい子だと思ったけど、本当にここまで最高の子とは思わなかった……その服って、確か僕が『桜色の服も似合うだろう』って言ったからだよね」
「うん。でもその後、色んな人が私にこの色の服を奨めてくるし、『やっぱり俊彰は私のことちゃんと分かってくれてるんだなあ』、って」
そのまま手を取り合って、満開も近い桜の下、唇を重ねあう2人の写真をパシャリ。
カメラを2人の足元に置いて、シートに戻る。
祥子の隣に座って手を取り、少し無理やり気味に唇を重ねる。
「なあに、純也。柄でもなく突然」
「いや、あの2人のラブラブ空間がきつかったから、中和したくて」
桜の下に指を差すと、2人はまだキスを続けているところだった。
「……ありがと」
祥子は他の人に聞こえないように、小さな声でそっとお礼を言ってくれた。
「あら、この声」
桜の木の下、優しい声で玲央ちゃんが歌を歌っている。春を告げる恋の歌、穏やかな旋律。皆も──それどころか、近くにいた関係ない他の客も会話をとめて、その歌声に聞きほれる。
春の風が、桜色のスカートの裾をそよがせる。
服の色と華奢な身体も相まって、祥子じゃないけど本当に『桜の妖精』そのものの姿。
いつの間にか俺が流していた涙を、祥子がそっと掬い取ってくれた。
なんだか心の奥底に溜まっていた辛さを、そっと癒してくれるような、そんな歌声だった。
『Symbolon』 §24・篠原俊彰 2008/03/27(木)
「俊彰、大丈夫そう?」
「まあ、玲央の希望だし、やってみるよ」
学会も終わって、(無理やりねじ込んだ一昨日の花見を除けば)久しぶりに完全フリーの一日。
25日に一緒に家から大阪に移動して、翌日昼間は別行動、夕方落ち合って大阪の街でデートして食事。
京都に移動して旅館に泊まり、翌朝朝風呂のあと、玲央の着付けにチャレンジ。
旅館の人は「着付けするなら手伝いますよ?」と言ってくれたけど、そうもいかないのが少し面倒なところではあった。
しかし和服って、名前と用途のよく分からないパーツがありすぎて大変だ。
目の前には、一糸纏わぬ姿で立っている玲央。
どんな服を着ていても見とれてしまう玲央だけど、この姿が一番綺麗だ。内側から輝くようにすら見える純白の肌はとても滑らかで、神秘的なくらいだった。
それでも寒そうにしているのを放置するわけにもいかないので、事前にネットで調べて印刷しておいた、振袖の着付けの手順に従って着付けを開始。
「そういえば、下着は付けないの?」
「お母さんからは、和服では下着はつけないものだって言われた」
ネットで調べた限りではそうでもなかった気がするけど、まあ経験者の言に従おう。
髪は予めアップで纏めてあるので、まずは一番初めに足袋を履かせる。
小さな足が相変わらず可愛い。思わず足の指先にキスをしてしまう。
「ちょ、ちょっと俊彰!」
「うん、続けるよ?」
次は裾よけ。さらさらの白い巻きスカート。今度はきゅっとしまったお尻にキスをして、腰に回して紐を縛る。長さが丁度よくて余らなかったのでそのままに。
次は肩にキスをして、肌襦袢を羽織らせる。何度も何度も体験したけれども、何で玲央の肌って、どこもこんなに柔らかくて甘いんだろう。
タオルでありすぎるウエストのくびれその他を均して、腰紐で結ぶ。
鎖骨の窪みもガーゼを巻いて補正。これは本当に面倒そうだ。
うなじにキスをして、桜色が綺麗な長襦袢を着せ掛ける。
他は反応を抑えていた玲央も、ここは弱点ポイントの一つだけに、「ゃん……」と喘いで身をよじらせる。玲央の甘い香りがあたりに漂う。しまった。やりすぎたかも。
大きくなり始める僕の股間をあえてスルーして、参考ペーパーをめくりつつ長襦袢の調整。
母親譲りだけあって、裾が5cmほど短い。ここは成人式前に買いなおすべきか。
衿の後ろから見えるうなじが、裸のときよりもずっとセクシーに思える。裸の玲央は、むしろ綺麗過ぎて芸術品のような印象になるだけに。
賛嘆しつつ、衿の合わせ目も調整。伊達締め?(そろそろ分からなくなり始めてきた。細めの帯だけど、これでいいんだろうか)で長襦袢を締めて調整。
葉桜の色の伊達衿をつけた桜色の振袖を手に取り、肩に着せ掛ける。
衿の位置をあわせて首の後ろでクリップで留め、裾あわせをして上前をあわせる。ここが難しくて、3回くらいやりなおしてしまった。
腰紐をきゅっと絞る。
「ん……っ」
「大丈夫?」
「ちょっときついけど、もう少し絞らないと駄目なんだよね。もっと力を入れて……」
言葉に従い、腰紐を絞る指先に、少し力を込める。
「『身八つ口から手を入れ、おはしょりを整える』ってあるけど……『身八つ口』って何?」
ここまでは一応進んでいたのが、メモの内容が分からなくなる。
二人で首をかしげたあと、目をつぶり、宙で仕草を繰り返し、思い出そうとしている玲央。
「あ、分かった思い出した。ここのことだ」
少しあって、両手を袖の下の切れ目に差し込んで、前後のおはしょりの部分を調整する。
「ここの切れ目、女の和服にしかないんだってね。そんな話は覚えてるのに、肝心の部分が」
そんな話を聞いたあと、背中の中心をきちんと合わせ、衿を馴染ませる。
コーリンベルトと帯板をつけて、衿を整える。伊達衿と綺麗に見えるように位置合わせ。
更に色々細かく合わせたあと、帯を巻く。凝った結び方はできないのでお太鼓に。
「しかしこれ、一人で着付けできる人って凄いと思うわ。どうやってやってるんだろう」
「慣れかなあ……お母さんのときは、何をやってるのか分からないくらいスムーズだったし」
帯を締め、帯締めまで結び終わったときには、開始からもう1時間以上が経過していた。
しかし着付けって、緊縛趣味の人間が考えたんだろうか。僕にはそんな趣味は無いはずなのに、何本もの紐で縛り付けられていく玲央の様子を見ていると、やばい感覚に襲われそうだった。
写真では見たけど、直接は初めてな玲央の和服姿。桜色の振袖が良く似合って妖精のよう。
「和服着るたびに思うんだけど……これ、過剰包装だよね」
腕を動かして袖の様子をみつつ、玲央が言う。時折、僕よりずっとシビアな言葉を発するのもなんだか愛しい。それが、彼女の照れ隠しだと気付いてからは尚更だった。
「意外にこれ、舞妓衣装のほうが楽なのかな。振袖のほうが帯とかきつい……って、ぁん」
その、可愛らしい唇に口付けを。
僕がチェックアウトの手続きを取っている間、化粧をしていた玲央がやってくる。
「本当にとってもお綺麗なお嬢様ですね。着付けもお上手で……」
旅館の女将さんが、お世辞でもそう言ってくれたのはありがたかった。
僕も男性用の着流しをレンタルして着替え、2人で手を繋いで少し涼しい京都の街を歩く。
「ほら、ここが例の『乙女事件』の写真撮ったとこ」
「ああなるほど。……そういえば、今日は舞妓姿じゃないんだね」
「あれ、観光客に追われてあんまりゆっくりできないから」
実はあんまり状況は変わってないかもしれない。和服2人連れのカップルが余程珍しいらしく、さっきから他の観光客から写真を撮られっぱなしだった。
ちょっと寄り道気味に祇園白川の桜の下をゆっくり歩き、喫茶店で昼食を取り円山公園へ。
桜の花より葉桜のほうが好きって言っていた玲央も、枝垂桜には流石に「わぁっ」と歓声を上げて見とれていた。
「振袖って、やっぱりきついね」
「そうなんだ。『生まれたときから着慣れてます』って感じで凄く自然だったから、そうでもないって思い込んでた……ごめんね」
僕だけ着流しを返して、ロッカーに入れていた荷物を取って、そして『誰にも見られずに玲央が振袖から洋服に着替えられる場所』ということで、悩んでラブホテルで休憩を入れる。
で、まあその場所を選んだ時点で「こう」なることは見えていた通り……今僕は、背後から衿の合わせ目から手を入れ、ツンと立った小さな乳首を長襦袢の上から指先で弄んでいる。
衿元から覗くうなじの白さと、少しほどけた髪の黒さの対比がとてもとても綺麗だった。
服を脱いだ僕の膝の上に、帯だけを解いた玲央を座らせて、後ろから抱きしめる。何枚もの布越しに伝わる、少し冷えた身体と柔らかい感触がとても気持ちいい。
「ゃん……」
控えめな喘ぎ声をあげるその唇に、深い深い口付けを。
今日はなんだか、いつもより積極的な感じだった。桜色の振袖に身を包んだ、貞淑で清純な大和撫子そのものの姿と対照的で、それが少しおかしい。
僕の口の中に入り込んでくる舌を受け入れ、舌同士だけで互いに愛撫を繰り返す。
「玲央、愛してるよ……今日は僕、まだ言ってなかったっけ」
「朝、寝言で言ってたのは聞いたから、2回目かな……俊彰、愛してます……ぅふ。ぁん」
唇を離し、愛らしい耳朶を甘噛みする。丁寧に丁寧に、右の耳たぶを舌と歯と唇で味わう。
「ぁ……んっ……ぁぁんっ!……ぁふんっ……ぁぁぁぁんっ!!」
僕の膝の上、華奢な身体がビクビクと震え、一瞬の硬直のあと力を失う。
裾の割れ目から右手を差し入れ、今度はその合間に息づく可憐な秘芯を指の上で転がす。
幾重の布に覆われたその場所は、外からは特に何もないように見えるのに、直接触れるともう完全に勃起状態だった。玲央の鼓動を指先が伝えてくれる。
朝着せたので勝手は分かっている。何本かの腰紐を緩めて衣装を解放。
クリトリスへの刺激だけでまた絶頂を迎えた玲央の身体を持ち上げ、まだ辛うじて振袖の体裁をなしている衣装を纏った体の穴に、もう完全に勃起状態の自分の分身を突入。
これ以上ゆっくりしていると、大切な振袖に精液をぶちまけそうな自分が怖かった。
ぐしょぐしょに塗れた状態の粘膜を押し分け、彼女の体内に僕の分身がぴったりと収まる。
『男性器がちぎられそうな』という表現があるけど、まさにそれくらいの力が、僕の先端から付け根まで均等にかかって押しつぶされそうなほどだ。
たまらず迎える、一回目の射精。そこをスタートにして、ピストンを始める。
玲央もいつもより更に激しく、より激しく腰をうねらせる。狭い空間の中、閉じ込められた僕の分身に複雑極まりないパターンで刺激が加わり、“その場所”だけでなく全身を快感が支配する。
僕の身体にしがみつこうとするも、制動の利いてない身体が跳ねるように動く。
その度に振袖の袖が大きくベッドの上を舞い、まるで一面の桜吹雪を見ているようだった。
その身体に何度も何度も精子を注ぎ込み、ついには失神してぐったりしている玲央の髪を撫でる。
家に戻るのは、もうあと1日延びそうだった。
『Symbolon』 §25・篠原玲央 2011/06/14(火)
"I, Reo, take you Toshiaki, to be my husband, to have and to hold from...."
ごく少ない親類だけを招いた、海外のチャペルでの小さな結婚式。Aラインのシンプルなウェディングドレスに身を包んだ私は、練習を重ねた言葉を紡ぐ。
"...I pronounce that you are husband and wife. Toshiaki, you may kiss your bride!"
目をつぶり軽く上を向く。私の唇に、俊彰の少し乾燥した唇が重なる。
これは私のものだ。もう絶対に誰にも渡さない。そんな気分が改めて沸いてくる。
少ない参列者の間を回り、最後にひどく緊張をしながら姉の前に2人並ぶ。
「まさかあなたに先に嫁に行かれるとはね……」
「お姉ちゃん、色々とごめんなさい」
「菜々華、こういう結末になって悪かったと思ってる。でも、どうしようもなかったから」
「分かったわよ。分かってるわよ。……なんだか私、凄い馬鹿みたい」
そのまま、目に涙を浮かべる姉。一瞬気まずい雰囲気のまま終わるのかと思ったけれども、
「2人とも、幸せにならないと許さないから!」
と、涙声のまま私と俊彰のふたりを祝福してくれたのだった。
結婚式も終わり、着替えることなくウェディングドレスの姿のままホテルに移動。
流石に注目を浴びて恥ずかしかったけれども、同時にそれを快感に思う自分もいた。
このドレスはデザインから私の完全手作りなだけに、尚更だ。
胸元の開いたドレスが着られない私のこと、前はホルターネックで完全に隠す形で留めて、代わりに肩と背中を大きく開けている。
刺繍や飾りのない無地のサテン生地で、スカートはパニエで膨らませたAライン。
オーガンジー生地の白い布を、水着のパレオのように腰に巻きつけているのがアクセント。
周りの皆が就職活動を続ける間に作っていた自作のウェディングドレス。生地代含め結局買ったほうが安かった気もするけど、自分ではかなり満足できる出来だった。
白に近い色の服を着ることの多い自分でも、全身、完全に纏ったその“純白の存在感”が、なんとも恥ずかしくも誇らしい。
お義母さまの遺品の中にあったヴェール、肘上までのロンググローブ、ブライダルインナーを身に付け、お母さんからもらった大粒のパールのイヤリングを耳元で躍らせる。
メイクは慶子さんが、髪のセットはお母さんが気合を入れてやってくれた。
お義父さまは割とおろおろするだけだったけど、でも存在自体がとてもありがたかった。
親たちの愛情を受けて、今ここに結婚式を済ませた一人の新婦としてここにいる。
本来ならば親から罵倒と勘当を受けても仕方のない私だけに、その事実が涙が出るほどに嬉しかった。
いや、本当に涙が目尻に溜まっている。昔だったら号泣していたかもしれない。
純白のタキシード姿の俊彰にエスコートされて、そこがバージンロードであるかのようにホテルの廊下を進み、私たちの泊まる部屋の前に。
入ろうとする私に「ちょっとそこで待っていてね」と言って、ドアストッパーを差し込んでも閉まろうとするドアに苦心している。
結局通りすがりの白人男性にドアを押さえてもらって、ドレス姿のままお姫様抱っこの形で俊彰の腕に抱かれて、ホテルの部屋に入る。
笑顔でサムズアップするその男性に、同じく笑顔で手を大きく振って「Thank you!」とお礼を言ったところで、ホテルの部屋のドアが静かに閉じた。
私を抱いたまま室内でぐるぐると踊ったあと、大空と海の見えるベッドに座る。
「ね、俊彰。私重くなかった?」
「玲央の重さだけなら僕の理想どおりなんだけど、ドレスって意外に重いもんなんだね」
「このドレス、これでウェディングドレスとしてはかなり軽いほうなんだけどな」
「へえ、そうなんだ。……花嫁って大変なんだなあ」
「特にプリンセスラインのドレスなんて布地の山で重いし動きにくいし、コルセットは無茶苦茶苦しいし、それでずっと笑顔を強要されるし、花嫁は割と意地と根性だったり」
大学4年間、色々あった体験を思い出しながら語る。
「男は気楽で良かった……」
「でも綺麗なドレス姿で愛する人に抱いてもらうのは、やっぱり女の子だけの特権なんだよ」
潮騒の音が聞こえる。
ホテルの窓を大きく開け広げ、ベッドに並んで腰掛けたまま、大海原に沈む夕日を見守る。
良く晴れた空の下、真っ赤な光芒を放って海に溶けるように消え、宵闇があたりを支配し始めるまでを、身動き一つすることなく、言葉を発することもなく。
星が瞬き始める頃合になって、ようやく二人同時に大きくため息をつく。
「……ねえ、俊彰。私と結ばれたこと、後悔してない?」
「唯一、後悔してることがあるとすれば、玲央の手を一度手放してしまった事かな。あの時はそれ以外、玲央の幸せを守る方法がないと思いこんだけど、とんでもない間違いだった。
他には何一つ後悔なんてない。……玲央のほうこそ、後悔してない?」
「後悔、か。……もっと早くに、皆に本当の私を知ってもらうべきだったことかな。
高校3年間、男子生徒のふりをして生活するのは辛かった。女の子として生活したかった。
……もう少し私に勇気がありさえすれば、実はそれは可能だったのに」
「カミングアウトって、物凄い勇気が必要ってのは分かるから、出来ないからって誰も非難できないよ。逆にそれをやり遂げた玲央と慶子さんのことを、僕は深く尊敬してる」
(ちなみに私の大学カミングアウトと前後して、(元)お父さんもカミングアウトし、以来職場にも女性として通っている。お母さんとの夫婦?仲は前よりずっと良好なくらいだ。
ついでに菜々華お姉ちゃんは結奈さんと同棲中だけど、私たちと違ってよく喧嘩していて、別れて「ノーマルになるのだ!」と宣言して男と付き合っては元鞘に戻るのを繰り返している)
それだけ言って、言葉を捜すようにしていた俊彰。ベッドを降り、私の前に跪き、私のロンググローブに包まれた手を取って、指同士を絡めあって、宣告するように言う。
「……僕、篠原俊彰は、玲央のすべてが大好きです。弱いところも。泣き虫なところも。意地っ張りなところも。普段隠してるけど実はかなり照れ屋で恥ずかしがり屋なところも。
一途なところも。何事にも一生懸命なところも。そして底に秘めた強くて優しい心も。
僕は結構、我侭で注文つけることが多いけど、きちんと付き合ってくれるのも好きです」
彼の優しい視線に促されるまま、私は応える。
「私、篠原玲央は、俊彰のすべてが大好きです。優しすぎて時に優柔不断になるところも、いい格好したがりなところも、自分は八方美人なくせに独占欲が強いところも。
人一倍に努力家なところも。誰も知らない、未知の世界に憧れる少年のような心も。
私の心が砕けそうになったあの夜、駆けつけてくれた時の真剣な眼差しが好きです」
しばらくそのまま見詰め合ったあと、彼がふっ、と息を大きく吐き出す。
「そっか……そういえば君はもう、『篠原玲央』なんだね。感慨深いや。朝島玲央ちゃん、これまで長い間ありがとう。そして、篠原玲央さん。僕の、僕だけの大切な花嫁さん。これからの一生を宜しくお願いします。十年後も二十年後も、五十年後も」
そっと優しく、2人の唇が重なる。俊彰、私はあなたの唇が好きです。
随分長い間互いの唇の感触だけを楽しんだあと、舌同士を絡ませあう。
「ちゅぱっ……ちゅぴっ……ぷちゅ……くちゅ、ちゅぴっ、はむっ……んっ……」
彼の器用すぎる舌先による絶妙な愛撫で、優しく暖かな快感が私の全身を包み始める。
確かな幸福が手足の指先に至るまで満ち溢れていくのを感じる。
「ん。少しだけ待っていてね……」
唇の味わいを堪能したあと、私は立ち上がってスカートに手をかける。
「ああ、そうか。僕も服を脱がないとだね」
腰のオーガンジーの布を外し、ワンピースのように見せて実はツーピースだったりするドレスのスカートを脱ぎ去る。
ヴェールとアクセサリ類を机の上に置き、シニョンでアップにしていた髪を解放する。
今年の3月一度ばっさり切った髪は、肩にかかるくらいにまでようやく伸びてきた。
首を振ると、つけていた柑橘系の香水の匂いがあたりに漂う。
むき出しの肩を、髪がくすぐる感覚が気持ちいい。そういえば高校時代、自分の髪でこの感触を味わうことが遠い憧れだったことを、ふと思い出す。
あの時代、切ないほどに夢見ていた色々なことが、今はありふれた日常になっている。
そんな奇跡に、改めて感動を覚える。
これもまた憧憬の対象だったヒール付きの靴を脱ぎ、ストッキング、ショーツ、ガーターも脱いだ上で、先ほど外したオーガンジーの布を改めて腰にしっかりと巻きつける。
かすかに透ける、アンシメントリなミニスカートの出来上がりだ。
特に左脚は付け根まで丸見えで、太腿の様子がよく分かる。
「……なるほど、そんな風になるんだね。色々苦労してたのは知ってるけど、こうして実際に着てるところを見ると……うん、言葉で形容できないくらい、とっても綺麗だ」
すっかり裸になった俊彰が、いつの間にか出したカメラのシャッターを押しながら言う。
「ん。ドレス姿のままエッチしやすいよう、私なりに考えてみました。俊彰、こういうの実は好きでしょ。今まででも着衣プレイのほうがずっと燃えてたし」
「どうなんだろう……僕は玲央の裸の姿が一番好きだけど、なんだか綺麗過ぎて芸術品を扱ってるみたいで、どこまでやっていいのか怖すぎる部分が、確かにあるのかも。
……でも思い出してみれば、玲央も着衣プレイのほうの時のほうが積極的だった気がする」
「そっかな? ……ん、そうかも。お似合いの二人ということで」
7年目にして、今更初めて言葉にして確認する事実に2人笑いつつ、ベッドに仰向けに寝そべった俊彰の上に跨り、69の体勢になる。
俊彰は気を使って『クンニ』と呼んでくれるけど、それはやっぱり私の男であるシンボルなわけで、それを考えるといつも申し訳なさと躊躇いと羞恥が心を埋める。
それでもなお、彼の絶妙すぎる舌技と、全身が蕩けるような快感には抗いがたい。
彼が重点的に責めて来るのがむしろ、彼がフェラチオされて気持ちいいと感じているやり方、ポイントだと気付いてからは尚更だ。
目の前に、俊彰の愛しい愛しい分身がある。色も形も大きさも、私の理想どおりの存在。
それを見つめただけで、条件反射のようにイキそうになるのを押し留める。
思わずしゃぶりつきたくなる自分を抑えつつ、まずは逞しい筋肉の乗った太腿の付け根から、唾液をたっぷりと含んでゆっくりと舌を這わせる。
ほとんど同時に、自分の股の間に彼の舌とその温かい息遣いを感じる。
私が俊彰に敵わないことは多すぎるけど、舌の動きの巧みさもその一つだ。
“師匠”の動きを可能な限り模倣するように、彼の下腹部と、竿の付け根の味を味わう。
「ふっ……ん……じゅ…ちゅうっ……ちゅぴ……じゅる……んっ」
「くちゅ……ぴちゃ、くちゅ……ん……ちゅぱ……ちゅる……れろ……」
まるでデュエット曲を歌うように、2人同時のフェラチオの音が室内に行き渡る。
耳に残る潮騒の音を伴奏にして奏でられる、心奪われる音楽の響きに陶然とする。
もう何十回、いやたぶん何百回もの回数、口にしたのだろう。
それでも少しも飽きることのない、彼の逞しい分身を楽しむ。
私の口には少しきつめな亀頭を唇で包み、鈴口に沿って舌を動かす。溢れる先走り液の味が好きだ。自分の股間にあるものも彼の口に含まれている感覚が、恥ずかしくも気持ちいい。
くるりと舌を動かして亀頭すべてを舐めるのを何度か繰り返したあと、喉の奥深くへと一気にくわえ込む。私のものは最大サイズでも彼の喉奥まで届かないので、これは私の特権だ。
そのまま暫く静止し、ゆったりした気分で味わう彼の感触。
そして最初はゆっくりと、段々激しく舌で彼の竿の部分をなぶる。彼の動きと同じように。
私の口が、彼専用の性器になった錯覚を覚える。喉の奥が子宮口と化し、彼の先端をぎゅっと締め付ける。唇が膣口となり、彼の根元近くを締め上げる。
ふと思いついて、左手で自分の髪の毛をつまみ、その先端で彼の会陰部とタマタマをくすぐる。もう少し楽しむ予定だったのに、これは効果覿面すぎた。
口の中を、彼の分身が暴れまわって飛び出しそうになる。
粘度の高い熱い液体が恐ろしい勢いで噴き出し、口から溢れそうになる。
やっと思いで押さえ込み、飛び出すのを阻止する。主観的には何分もそうしたのち、ようやく流れが止まる。垂れださないように口を離し、白い液体の味わいをしばし愉しむ。
「なんで俊彰のってこんなに美味しいのかな」
「そうかな。玲央のはとっても美味しいけど、僕のはまずくない?」
「私のは絶対、美味しくないよぉ。俊彰のは舌がとろけそうになるくらい美味しいのに」
何度も話し合った記憶があるけど、ここだけは互いに分かり合えない謎な部分。
姿勢を入れ替え、身体同士を密着させて互いの舌と指先による愛撫を受け入れる。
「むき出しの肌が、裸よりエロチックでいいね……ドレスの肌触りも、なんだか新鮮でいい」
そんな事を言った俊彰の身体に、自分のサテンのドレスに包まれた胴を擦り合わせる。腰に巻いたオーガンジーの布で、そっと包むように、ずっといきり立ったままの彼のものに刺激を与える。シルクのロンググローブをつけた指先で、太腿と首の後ろを重点的になぞる。
純白のドレスが、彼が新しく出した飛沫によって白く濡れるまで、1分とかからなかった。
「ね。私の肌と、ドレス。どちらが気持ち良かった?」
彼の指先が、私のむき出しの背中、お腹の部分、手首を順番に撫でる。
「手袋がちょっと上くらいで、それ以外は玲央の肌のほうが、ずっと気持ちいいかな。
でもそれ以上に、僕だけの花嫁さんがエッチなことをしてくれてる感覚がなんだか素敵だ」
「ん。そう言ってもらえると、このドレスを作った甲斐があったかな」
「かなり頑張って作ったのを知ってるから、なんだかもったいない気持ちもあるけどね」
「今夜、あなた色で染めてもらうことがこの子の使命だから。そう思うなら、もっともっと染め上げてください。……ウェディングドレスの色が白いのは、そういう理由なの」
もうすっかり濡れっぱなしな私の穴に、彼のものが宛がわれる。
「はうっ……あぁん……んふっ……はぁぁん……」
いつもは一瞬で通過することの多いその工程を、今日はあえてゆっくりと楽しむ。
亀頭の熱さを感じる。カリ首の力強さを感じる。太い竿の部分に流れる脈動を感じる。
腸内の粘膜が、いや全身の細胞一つ一つが、狂おしいほどの喜びの声をあげるのを感じる。
私の『そこ』は、彼のそれを受け入れるための器官。
たぶんきっと、私が生まれる前からそうだったに違いない。
私という存在そのものが、彼を受け入れるために作られたものであるのと同じように。
私は“両性具有”と呼び、彼は“元の一枚の絵”と呼ぶ、一つに結ばれた状態。
私たちはいつもはその片割れの、2つに割られた割符の状態。この時間にだけ元に『戻る』ことができる。
足りてないパーツをきちんと嵌めたときのような、不思議な充足感に包まれる。
初めて私達が結ばれた日を思い出しつつ、正常位でお互いの顔を見つめながら、ゆるく抱き合ったまま、ゆったりとした時の流れに身を任せる。
自分では力を入れないまま、身体の反応に任せて、彼の太さ、形、熱さ、力強さを愉しむ。
何も意識しないまま、腸内の粘膜が彼の分身を一部の隙もなくぴたり吸い付くのを悦しむ。
「俊彰のあそこ、熱くて大きくて気持ちいい……私、もう、これ以外じゃ満足できないんだ」
「玲央のここ、温かくて柔らかくて凄く締まって気持ちいい。僕が、玲央以外とエッチできない身体に変えられてしまったことは知ってるよね。……僕は、それがとても誇らしい」
その言葉の嬉しさに、思わずあそこがぎゅっと締まるのを感じる。
彼の分身が、与えられる快感に歓喜の声をあげ、ひくついた後、たっぷりのねばねばした液体を私の体の中に振りまくのを感じる。
その途方もない熱量に、私の躰が歓喜の歌を叫ぶ。
嬉しい!!! 嬉しい!!! 嬉しい!!!
身体の奥から泡のように喜びが浮かんできて、それがはじけるたびに、はじけた場所に1箇所だけでイってしまいそうなほどの快感が襲う。
何千個、何万個。その泡が全身くまなく覆って、ドレスに包まれた私の身体を翻弄する。
「はぅっ、ああっ! ぁぁあ!! はふっ! あはぁぁぁっ!」
もう意味ある言葉は口にできない。意味ある言葉を思い浮かべることすらできない。
魂の奥底から、開いた口を通して絶叫のような喘ぎがでるのを止めることができない。
さきの射精を基点にして、彼が力強くピストンを始めているのに気付くのに少しかかった。
抜ける寸前にまで、彼のものがスライドする。彼の大きなカリ首が、私のすぼまりを刺激する。気持ちいい!
身体を突き抜けてしまう錯覚を覚えるほど、体の奥深く深くにまで、彼の亀頭の先端が突き当てられ、肉壁を強く叩きつける。気持ちいい!!
全身から吹き出る汗に、ドレスがぐしょぐしょに濡れているのを覚える。
意思とは関係なく、私の体が大きく震えるのを感じる。私の魂が大きく震えるのを感じる。
喩えようのないほどの快感が、心と体とを支配する。
いつもの──いや、いつもよりも遥かにずっと強い飛翔感が全身を包む。
俊彰と翼を並べ、二羽の鳥のように自由に大空を駆け巡る。
錐もみのようにくるくる飛んでいる途中、ふっと、二人の間の境界がなくなるのを覚えた。
私は俊彰で、俊彰は私。
私たちが生まれる前。私たちが2つの存在に分かたれるその前。もとの『一』に戻ったことを、頭でなく魂で把握する。一対の翼で、天空を飛ぶ存在としての自分(たち)を認識する。
『うん、そうだね。これが僕たちの本来の状態なんだ』
彼の考えが、言葉にすることなく直接流れ込んでくる。それと同時に、俊彰とこれまで培ってきたこれまでの出来事の記憶、これまでの思いが心に浮かぶ。
俊彰の中で、私がどんなに大切に思われてきたか──自分が覚えてすらいなかった、過去の私の姿がどんどん浮かんできて、そのイメージに圧倒されてしまう。
純白のウェディングドレスに包まれた姿。
大学の卒業式、袴姿で回りの友人と喜んでる姿。
料理を一緒に作る日常。
京都のホテルで、振袖がはだけて背中までむき出しになってる姿。
高校の卒業式の日、女子制服を着て泣きじゃくる姿。
『あの夜』、お気に入りだったワンピースに身を包みながら呆然とあった出来事を語る姿。
別れの日の悔悟、初体験の日の高揚。
団地の中、思い出の場所を紹介しながら2人散歩する時間。
そして、何よりも一番輝く、初めて“玲央”として出会ったあの街角──
『さあ、飛ぶよ。もっと高く』
いつもなら、天頂に達したところで途切れる私の意識。でも2人一体なら限界なんてない。
かつて人間は両性具有の存在であり、その力により神々に恐れられ、男と女の両性に分断されたのだという。
今の私(たち)の状態がその両性具有の力の一端なのだというなら、その逸話も納得がいく。
それほどの万能感に心震わせる。
須臾の時間も経たないうちに遥かな眼下に現れる、丸く輝く青い星、白く輝く雲の流れ。
その気高い美しさに見とれる。
『私、この星が好きです。苦しいこと辛いこともあったけど、それでもこの星が大好きです』
『僕も、この星が好きだ。何よりこの星には玲央がいる』
天空を蹴って高く飛び立ち、表とは異なる月の裏面の様子を眺め、更に高く更に遠く。
視界を埋め尽くして、瞬くことのない星々が輝く。
『これは……?』
『オリオン腕だね。僕たちの太陽はあのあたりだと思う』
太陽系すら、ちっぽけな点にしか見えない空間。水先案内人である俊彰の存在が心強い。
更に飛んで、天の川銀河の造形美に見とれ、局部銀河群の間を舞い、おとめ座超銀河団を見下ろす空間まで来たところで戸惑う。
2人心と体を共有し、世界を回るこの旅もワクワクしたけれど、俊彰。それでもやっぱり、私はあなたと触れ合う存在としてこの世に在りたいです──
そう、思った次の瞬間。
私たちは2人、もとのベッドの上で横たわっていた。
「今のは……?」
「玲央も今のを感じてたんだ? ただの夢だと思うけど、でもすごい体験だった!」
興奮した声で叫んで、ぎゅっと私の躰を抱きしめてくれた。
その温かさ、鼓動、匂い、力強さが、さっきの旅の最後に感じた寂寥感を埋めてくれる。
「良かったの……? あのままもっと進めば、宇宙の果ての向こう側も見れたかもしれないのに」
「あの瞬間、玲央と触れ合う存在として在りたいと思ったのは、僕のほうもなんだから。不満も何もないよ」
「なら、ちょっと勿体無いと思ってるのは私だけか」
「それは、僕のほうもだ」
2人、ベッドの上笑いあう。
「でも玲央が、どれだけ僕のことを想ってくれてるか、伝わってきてとても嬉しかった。
玲央の中の自分が、相当美化されていて恥ずかしかったけど、それに見合う人間になれるよう、もっと、ずっと、きっと努力するから」
「ん……」
返事しようとした私の言葉は、彼の唇によって遮られた。
でも、言葉なんかいらない。さっきみたいな不思議な体験もいらない。
重ねる互いの身体、鼓動だけで、すべての思いが伝わる。
その感覚が、とてもとても愛しく素晴らしいものに感じた。
『Symbolon』 §エピローグ・篠原信彰 2013/02/16(土)
土曜夕方、人の行きかう東京駅。
新幹線のホーム、わたしと俊彰の2人で、ひかり号の到着を待っていた。
福井にあるという母方の祖母の家に滞在するため、玲央さんが家を空けてからはや8ヶ月。ずっと男所帯で慣れていたはずなのに、華やぎに欠けて寂しかったのは事実だった。
「新幹線をご利用いただきましてありがとうございます。間もなく……」
ホームに滑り込んできた車内の窓に、それぞれ1人ずつの赤ん坊を抱えた美しい3人の女性たちの姿が見える。そのうち一人がわたしに気付いたのか、笑顔で手を振っていた。
完全に列車が停止したあと、順番にゆっくりと降りてくる。
「ただいま、俊彰。まあ色々アレだけど、この子もあなたの息子だから」
「お疲れ様、結奈。……それに玲央、菜々華も。真弓、忍、紫苑。元気にしていたかな」
赤ん坊を抱えた3人の身体を、そっと順番に軽く抱きしめていく俊彰。
通り過ぎる人が、どういう状況かと怪訝そうな顔をするのが少し面白かった。
「お義父さま、長い間家をあけててすいませんでした。この子がお孫さんの真弓です」
「初めまして、真弓くん。わたしが君のお爺さんの信彰です。……お母さん似なんだね」
実際には甥にあたる乳児を抱いた玲央さんは、母性愛に溢れて眩しいくらいに美しかった。
最初の発案者は、(輝彰が最期の瞬間に命がけでかばった)結奈さんだという。
朝島家で菜々華さんと事実婚のような形で暮らしていた彼女が「俊彰の子どもを生みたい」と言い出したのが1年くらい前らしい。
紆余曲折の後、俊彰の精子を用いた人工授精で菜々華さんと結奈さんが妊娠し、年末から正月にかけて次々とわたしの孫にあたる赤ちゃんたちが誕生した。
菜々華さんが生んだのは双子で、そのうち弟にあたる真弓のほうを、『玲央さんが生んだ子ども』として篠原家で、姉の忍を朝島家で育てることにするのだという。
結奈さんが生んだ紫苑と名付けられた男の子も、朝島家で育てるという話。
かなり特殊な事情になるが、玲央さんを迎え入れた時点で既にじゅうぶん特殊だったのだ。
諦めていた孫の顔が拝めるのなら、どうと言うことはない。
在来線を降り、駅前でタクシーを捕まえ、菜々華さん達と別れて家へと向かう。
「あなた。はい、あーん。……2日遅れだけど、バレンタインデーのチョコレート」
真弓を抱いている俊彰に、玲央さんがポシェットから包みを取り出し、それを口に入れた。
少し驚いていた息子だったが、細い白い指に誘われるまま味わって最後まで食べきる。
「うん、美味しいよ。ありがとう」
「まだまだ、あなたの腕には達してないけど、がんばりました」
バックミラー越しに、たぶんチョコレートよりも甘いキスを交わす2人の姿が見えた。
──ある日“少女”は、運命の少年に出会い、そして恋に落ちました。
色々な出来事がありましたが、その少女は自分の半身である少年と結ばれ、末永く幸せに過ごしたそうです。
これはそんな、ちょっとだけ変わった少年少女たちの──
──でも、どこにでもある、ありふれた、ひとつの恋の物語。 <完>
最終更新:2013年05月21日 23:32