追懐彼女

(「偽装彼女」シリーズ・短編)

 ベールもブーケもないが、本物なのだ。
 レンタル落ちで格安だったウェディングドレスをクリーニングしてもらって、真新しい
色になったそれを須藤に着せた。
 背中とウエストに編み上げるような赤いリボンの飾りがあって、奴の白い肌と艶やかな
黒髪とあいまって「白雪姫」なんてベタな単語が頭をよぎったくらい可憐なデザイン。
 背中のファスナーを身体の硬い奴の代わりに上げてやりながら「すげー可愛い」とかか
らかってた時は、いつも通り顔を赤らめて「ふざけるな」とか言ってたはずだ。
 長い裾に動きづらそうな奴を机の上に置いた鏡の前に座らせて、俺は洋風かんざしとい
うか、針金を折り曲げたようなヘアスティックを手に後ろに立ち、奴の髪を飾ってやろう
と手櫛で解かしていたのだが。
 気付けばさめざめと涙する彼が、俺がまとめ髪のバランスを確かめようとして見た鏡に
映っていた。
 別にやらしいことしたわけでも、とりたてて言葉責めしてやったわけでもない…という
か、それはこれからだったのだが、何の具合か花嫁姿の優等生は俺に髪を触らせたまま泣
いている。
 はじめは髪の毛を引っ張りすぎたのかと思ったが、痛い思いをさせるのは趣味ではない
ので慎重にやっていたから、それはないだろう。
 だったら純白の乙女の夢を叶えてしまった自分に悲しくなったのだろうか?いやいやそ
れでは一番始めに着せられた時点でアウトだろうし、今の状況以上に泣きたくなるほど恥
ずかしい思いは沢山させたはずだ。
 とにかく、表向きは嫌々従っているはずの俺の前で奴が自発的に「いや」だとか「恥ず
かしい」以外の感情を見せることはなかったので、俺は柄にもなくうろたえてしまった。


「ど、どしたん?」
「………なんでもない…」
「いやいやそれなら聞かないって!」
「…ごめん……っ」
 俺に謝るだなんて、これは由々しき事態だ。何か変なスイッチ入っちゃってるのか、し
ゃくりあげながらついに顔を覆ってしまう。髪をアップにするどころではなさそうだ。
 そう思いつつも、泣き顔が絵になるだなんて創作の世界だけじゃなかったんだ!とひっ
そり感動してみたりしている。本人が気付かないのをいいことに、鏡で正面から、のぞき
込んで斜め上からと、世にも貴重なウェディングドレス姿の女装優等生の泣き顔というも
のを鑑賞した。
「…えーと、もしかして、先祖代々伝わる家訓が『ウェディングドレスを着たら勘当』だ
ったことに気付いたとか?」
「……ゃんが…」
「あ?」
「襟子お姉ちゃ……叔母と、さいごに一緒にいた時、これ着てたから…」
 叔母って、こいつと俺の趣味のきっかけになったセーラー服の持ち主だったよな。「さ
いご」って、故人だったんですか?
 便利キャラで終わると思いきや、どうやらこいつにとって重要な存在なようだ。そんな
大切な人のなら、俺なら着衣オナニーなんてできないんだけど、優秀な奴の考えってわか
らない。
「えーとその…なんだ、大事な人なんだなっ?」
 黙ってコックリうなずく。顔だけ見れば、家族への感謝の手紙を読んだ花嫁のようだ。
「…あー……」
 黒髪を一房手にしたまま、次の行動に悩む。
 可愛い弟相手に血も涙もない姉貴に金払ってクリーニングしてもらったことを思い出す。
 こいつの感傷なんて、あの女に借りを作ってしまった俺に比べたら一銭の価値もない。
 俺は自分の手の中にある黒髪やスティックと、奴の片手で覆われた泣き顔とを見比べた
め息をついた。


 そして、
「……っ!?…」
 髪から手を離し、奴の頭を撫でてやった。
「やり方ど忘れしちゃったから、また今度な」
 先程までと違い目的なく髪を梳いてやると、肩を震わせて「遅すぎだろ」と小さくつぶ
やいた。
 うん、俺も珍しく言い訳失敗したみたいだ。
 「初めての共同作業は新婦のチンコをふたりエッチです~」とか、「ここで新婦による
キャンドルサービス!(白い火を噴かせます)」とかいろいろ考えてはいたのだが、今日だ
けはお預けにしておこう。
 ただし、次回これを着せる時は今日の分もしっかり取り返させていただくが。

(おしまい)


 おまけ

 最近、土日やメール以外でやたら村瀬が関わってくる。

 学校で妙に視界に入ってきてウロウロした挙句、「今日もリア充だね!」とよく分から
ないことをいって肩を叩いてくるのだ。当然無視すると、今度は「朝飯ちゃんと食った?」
とか周りを巻き込んで世間話を始めようとする。
 隠しているはずの関係を匂わされているのかと、近付かれる度に内心ひやひやする。や
めて欲しい。

 今日の昼休みなんか、珍しく図書室に来たかと思えばわざわざ俺に貸し出し手続きをと
らせた本を押しつけて行った。
 あいつのことだから中学生が喜びそうなきわどい小説かと思ったら、「オーバー・ザ・
ロス~大切な人を失った時に」とかいう、事故死や病死によって残された家族への心のケ
アに関する本だった。

 ここ数年、遠縁の曾祖父以外に身内に不幸はないのに、新手のいやがらせだろうか?

 腹は立ったが、夕食の時母親に襟子お姉ちゃんから届いた近況を教えてもらったので、
彼女に免じて忘れてやることにする。
 相変わらず年に一、二回メールしかできないほど、毎日が充実しているようだ。

(勘違いはしばらくつづく)

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最終更新:2013年04月27日 14:41