会食彼女
学生街のファミレスは安くて美味い。
奥のボックス席に向かい合わせに座り、俺がステーキののったハヤシライスを、相手は
マグロのづけ丼を注文。ほっそりした清純派美少女がデート中に頼むモノではないが、現
役男子高校生は腹が減るのだ。
割に合わないドリンクバーはスルーし、代わりにシーザーサラダの大皿をシェアして食
べる。
白いハイネックや真新しいえんじ色のワンピースを汚さないようにか元々お行儀が良い
のか、嫌味がない程度のテーブルマナーで須藤はドレッシングのかかったレタスを取って
いく。ベーコンもクルトンも半分こ。
俺も腹が減っていたのでそれなりに食べながらではあったが、初めて見る奴の食事風景
を楽しんだ。大人しそうな見た目でも中身は年相応に食欲旺盛。白いドレッシングが赤い
プルプルの唇に付いて、エロいなあと思ってたら舌先で舐めてしまった。
フォークを口に運ぶ手つきは危なげないどっかのお嬢様そのものなのに、食べる量はや
っぱり同級生の野郎だった。
愛想のないウェイトレスも気にせずに、運ばれてきた料理をモリモリ食べる。トロ盛り
もメニューにあったので「マグロ好きなの?」と聞くと、「一番食べやすい」と短く返し
セットの味噌汁を音をたてずに啜った。シジミは美容に良さそうだ。
俺の食べるデミソと半溶けチーズが絶妙なハヤシライスもなかなかだが、上にのった肉
が特に美味かったので丼と少し交換する。ニンニクだか玉葱だかのソースが絡まってて、
噛むと肉汁がジュワッとして、ステーキだけでも美味い。奴の食べてた飯盛も、甘すぎず
しょっぱすぎない醤油だれが染みてて飽きがこない感じ。
もりもり平らげてデザートを注文。どうせあとで俺の部屋でレシート付き合わせて割り
勘するので、お互い食欲のおもむくままだ。
「美味かったー」「うん」と空の皿を見送り、俺のパフェが来たあたりで色気のなさに
ようやく気付く。これじゃあ部活帰りのスポーツ少年だ。
締めは洋風なのか、自分の注文したホットケーキを待つ須藤に声をかけた。
「来るまで食べる?ほれ、イチゴあーん」
「…要らない」
首を振って水を含み、厨房を気にする優等生。エロい意味じゃなく落ち着きない様子は
なかなかレアな気がする。
「今焼いてんだろうから、一緒に食いながら待ちゃ良いじゃん」
「一人で勝手に食べてろよ」
俺にはうるさそうに吐き捨てて、出てきたウェイトレスを目で追う。仏頂面の女の手元
を凝視してから期待が外れたような顔をした。残念、別のテーブルのだったみたい。
「…ホットケーキ好きなん?」
なんとなく聞いてみただけなのにピクリと肩を震わせて、見向きもしなかった俺にゆっ
くり向き直る。気にしてないよぅ、単にちょっと見てみただけだものー、とその仕草で超
アピール。わざとらしすぎだ。
「いや、そんな…それほどでも、ないけど」
「じゃあこのパフェと交換して良い?」
「………」
「…好きなの?」
あきらめたように首肯する女装イケメン君。別に気にするほどのことでもないと思うの
だが、ウキウキしてたのが俺にバレて悔しいみたいだ。
そんな顔して、俺がつつかないわけがない。
「へぇ~」
アイスの層を終えてパイ生地にスプーンを差す。コーンフレークだと裏切られた感がある
んだけど、こっちのサクサクは食べごたえがあってかなり嬉しい。
「ユカちゃんはホットケーキが好きなんだぁ?可愛いですねえ~」
「っ…お、お前だってそんなん食べてるじゃないか!」
人目を気にして、押し殺した声で反論してくる。赤いヘアピンでセミロングのサイドを
留めてるから、赤らんだ目の縁がよく分かった。
「いっつもツンツンしてるのに、フワフワのケーキが好きだなんて、ユカちゃんってば面
白いなあ。今度ケーキバイキング行こっか?」
「別にケーキ全般が好きなんじゃない!ホットケーキ!」
「おまたせしました」
素敵なタイミングで店長っぽいおっさんが、自ら宣言した少女の前に湯気のたつ皿を置
いた。ご立腹だった奴は途端に俯き、小さな声で「ありがとうございます」と言う。
「ごゆっくりどうぞ」
その愛想の良さを店員に分けてやってくれと言いたくなるような笑顔で、おっさんは伝
票を置いて離れて行った。
「食べないの?ずっと待ってたのに」
「…うるさい」
しばらく下を向いてたが、生クリームとストロベリーソースをパイのかけらと混ぜなが
ら見ていると、おもむろに白い手がナイフとフォークをそれぞれ掴んだ。
二段重ねの厚いホットケーキに、バナナとイチゴが生クリームとチョコシロップに飾ら
れのっかっている。下段には何も塗られてないのか、メイプルシロップの小さなポット付
きだ。
コテコテしたのよりシンプルなのが好きみたいで、大きな皿の中で慎重に上段をずらし、
何も付いてない生地を一口分切る。そういえば、普通のホットケーキはメニューになかっ
たかもしれない。
きつね色に焼き上がった湯気をたてるそれを、軽く息を吹きかけてから食べる。キスす
るみたいにすぼめられた小さな唇が開かれ、ぱくりとケーキを含んだ。
もぐもぐ、ゴクン。向かいの俺を気にして無表情を装ってはいるが、皿の上を見つめる
奴の顔は意中の相手に薔薇の花束をもらった少女のようだ。なまじ顔が良いから、無駄に
背景を描き込むことができる。
黙々と食べ進める奴を見ながら俺はパフェを完食。水を飲んでから、上段を果物をのせ
たまま品良く切り分ける相手に再び声をかけた。
「一口もらって良い?」
「………は?」
うわ怖い。なんか怖い。お楽しみを邪魔された奴の背景から点描や花柄トーンは消え、
社会の底辺でも見るような目で俺を射る。彼女のこんなまなざしなんて初めてっ!
「だって、ユカちゃんてばすんごい嬉しそうに食べてんだもん。下のが好きみたいだから
、俺は上のでいっから」
「……仕方ないな」
奴が折れたのは、絶対セリフの後半部分のせいだと思う。
「あ、違う違う」
テーブルのペーパーナプキンでフォークを拭い、ナイフとそろえて皿と共に差し出そう
としてきた奴を制止する。
「食べさせてよ」
「…はぁ?」
いよいよ彼女、いや彼の目つきは厳しくなった。
「お前、気は確かか?そんな…は、恥ずかしい真似できるか!」
押し殺した声で冷たいことを言うので、俺は大げさに溜め息をついてみせる。
「あーあー、ユカちゃんこないだアイス食べた時は『食べさせて』って甘えんぼさんだっ
たくせに、俺にはしてくれないんだ?覚えてる?こないだ『あーん』ってさぁ…」
「わ、わかったから!わかったから声大きい!」
カウンター席の客に興味本位に振り返られてるのに気付き、慌てて皿を引き寄せた。先
ほど切り分けたのにたっぷりクリームとイチゴをのせてくれる。
そろりと掬い上げ、俺の口元へ。離れているので中腰になって身を乗り出してきた。ソ
ファでなければ、裾の短いワンピの中が丸見えだったろう。
「……ほ、ほら。早く食べろよっ」
羞恥にフォークを持つ指も、その下に添えた手も震わせながら黒髪美少女は促す。
「俺がやってあげたの覚えてる?同じみたくしてよ」
「………そ」
「……忘れたんなら再現してやるけど」
「ぁ……っあーん!ほら、あーん!」
「そんなのできるか」と紡ぎかけた唇を震わせながら、奴は憎い相手に甘いホットケー
キを差し出した。
「はい、あー…」
チョコシロップの染み込んだ生地に食らいつき、咀嚼する。舌でつぶせるイチゴの酸っ
ぱさがクリームの甘みとマッチしていて、なるほどたしかに美味い。ほんのちょっぴり塩
味のあるホットケーキ独特の風味が、とってもノスタルジーだ。
差し向かう相手は、白い頬を上気させた黒髪美少女。カウンター席の横を通れば誰もが
注視してきた、そんな誰もが羨む「女の子」に恋人ごっこをさせている。
学校ではクールな王子様の須藤豊が、女装して同級生の野郎とファミレスデートだなん
て、誰が知ってるというのだろう?
恥ずかしさに先程までの満足感もすっかり吹っ飛んでるっぽい相手に、俺はニッコリ笑
って「ごちそうさま」と言う。
「…んじゃあ今度は、バナナんとこが食べたいなあ?」
腹が減ってたからこの配置で座ったのだが、なかなか悪い選択じゃなかったみたいだ。
(おしまい)
最終更新:2013年04月27日 14:48