幕間彼女

(「偽装彼女」シリーズ・短編)

「おはよっ!須藤クン」
「おはよう…昨日はありがとう」
「そんな、あたしこそ、ごちそうさまっ!」
 なんてことない朝の教室の会話だが、その時居たクラスの女子の大半が一瞬二人を凝視
した。
 かたや一女生徒、かたや…誰もが羨むイケメン優等生の須藤豊という取り合わせは、多
感にしてかしましい乙女の耳をダンボにするには十分だった。
 委員の仕事があるのか、机に鞄を置くと須藤は教室を出てしまう。途端、ダンボ達は相
手の女に詰め寄った。
「…ちょっと、あんた須藤クンと何があったの?」
 「須藤クン」と何があった…というか、何をしたんだと、まんざらでもなさそうな顔の
女子に尋ねる。
 眉目秀麗にして成績優秀、さらには誰に対しても温厚篤実な奴は口数が少なく、積極的
には他人と関わらない。しかし女子にしてみればそれは根暗要素になるどころか「それが
またクールでカッコいい!」らしく、孤高な王子様像はますます確固たるものになってし
まったのだ。
 その「須藤クン」が特定の女と親しげに話すなんてと、嫉妬と牽制のギラギラしたオー
ラが離れた俺たち男子にも伝わってくる。
「いや、大したことじゃないんだけどね~?」
「じゃあもったいぶらないで言いなさいっ!」
 誤解で首を絞められるのはごめんなのか、慌てて彼女は友人らに向かって両手を上げた。
「ほんと、ほんとっ!単に昨日の帰りに見かけて、一緒に買い物しただけっ!」
「十分、大したことじゃない!」
「なんであんたとなのよっ!」
 嫉妬に怒り狂う乙女らに、被害者候補生は必死に言葉を継いだ。
「えっとね、駅ビルに可愛い物屋さんあるじゃん?そこで何か迷ってたみたいだから、声
かけたら何かプレゼント探してたんだって!」
「女!?彼女!?」
 怒りの対象が自分以外に向いたことで、ようやく彼女は息をついた。


 おきれいな顔のくせに浮ついた噂のない王子様にちらつく女の影に、「誰が抜け駆けし
やがった!?」と色めき立つ女生徒たち。
 学年問わずモーションかけられても告られても、やんわり紳士に断り続けているがゆえ
の「皆の須藤クン」が大好きなのは分かるが、怖いです、とっても。
「あたしだってもちろん聞いたよ~。そしたらさ、なんか親戚の小学生宛てだって。二年
生だったかな?」
「なんだ~、良かった」
「一桁ならまあ、しゃーないよね」
 奴が五十になったら十歳の年齢差は十分圏内になると思うのだが、彼女らは目先のライ
バルだけで精一杯なようだ。
「なんか今度の休みに行くからお土産探してたみたいでー。『女の子ってどういうのが好
きなんだろう』って、何か困ってたの!もう、困った顔も良い男だったんだから!」
 「あたしなら、須藤クンからなら何もらっても嬉しいのにっ!」と一人がうめき、全員
同意。もはや宗教だ。
「で、マフラー見てたみたいなんだけど、あーゆーのって結構好み分かれちゃうじゃん。
そう言ったら『もし時間あるようだったら、どういうのが良いか教えてもらえるかな?』
って!」
 その単語を聞いて、俺はようやく得心した。
 おーおー、苦しい言い訳しちゃって。
 思わず苦笑すると、話していた矢野も「朝からすげーな」と笑う。いや、俺はそういう
意味ではないんだけどね。
 奴が彼女を作らないわけ。それを知っているのは奴自身と…この俺だけだ。
 週末に俺の家に来るあいつは、イケメン王子様の須藤豊ではない。
 こないだまではカーデ羽織ったセーラーとプリーツスカートを、先週にはワンピースの
上に俺のジャケットを袖余らせて着ていた、可憐で淫乱な「女の子」なのだ。
 奴がずっと隠していた女装趣味と、「女の子」になった自分を苛まれることで欲情して
しまう倒錯した性的嗜好を満たしてやるため、俺は奴を着飾り虐げることで、今までの彼
女らでは満たせなかった性欲を満たすために、学校では言葉を交わすどころか目も合わさ
ない同級生を調教している。


 こないだの日曜、存分に楽しんで駅に送った「彼女」が、寒そうにダッフルの前を合わ
せているのを見て俺は宿題を出したのだった。
 なんてことない、「ユカちゃんに似合うマフラーを買っときな」という命令。
 変態の癖に羞恥心が強い彼は首を横に振りかけたが、自分の痴態の写る画像を俺に握ら
れていることを思い出したのか、渋々うなずいたのだった。
 その日はもう遅い時間だったので、平日に任務を遂行することにしたのだろう。学校帰
りに、なんてことない顔して…それこそ居もしない、作る気もない彼女宛てを装って買う
つもりだったんだろう。
 まっさか、俺以外に運の良い奴が居たとはね。
「―――で、結局ヌイグルミとハンカチにしたんだけど、ちょー可愛いの!ヌイグルミ抱
っこして『喜んでもらえるといいな』って、ヤバい、まじカッコいいの!」
「その小学生、憎いわ~」
「でねでねっ、帰りになんとなく一緒に駅行ったんだけど、『ちょっと待ってね』ってエ
クセル寄って、出てきて何言ったと思う?『カフェオレとココア、どっちが好きかな?』
って!『付き合ってくれたお礼』だって!」
「そこでサ店に連れ込まないのがまた紳士だよねーっ!」
「てゆーかどこへでも連れてって欲しかったんだけどー」
 それは奴も願い下げだろう。
 結局、あいつは目的の物を買うどころか思わぬ出費をする羽目になったのか。愉快すぎ
て腹筋痛いっての。
「…あいつ、卒業までこのガッコじゃ彼女作れねーな」
 女子の黄色い声に紛れこっそり言ってきた矢野に、俺はあいまいにうなずいて誤魔化し
た。
 …さて、今週も楽しみだ。

 (おしまい)

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最終更新:2013年04月27日 14:50