収録彼女

(「偽装彼女」シリーズ・短編)

 安っぽいセットの中央に、ソファが三つ。
 それらにそれぞれ座って談笑する男女の姿を、そして時折歓声をあげる観客らの後頭部
をカメラは撮り続けていた。
 横長の眼鏡をかけた男と短髪を刈り上げた髭の男、そしてややきつめの目元が印象的な
ボブカットの女。すべて二十代半ばにして、この番組の司会者である。
「……さて、次は皆さんお待ちかねの、あのコーナーです」
 三人が立ち上がると、座席脇のスタッフによる合図通り十数人の観客が拍手する。
 舞台の袖から現れた二人連れにライトが当てられた。沸き起こる歓声。
 進み出るのは何の変哲もない、素人丸出しの若い男女だ。そろいのベージュのブレザー
を着ているところをみると、どこかの高校生なのだろう。
 今日の主役である少女の顔をアップで捉える。男に手を引かれる彼女は、一目見てそれ
と分かる美少女だった。
 上気して桜色になった色白の頬に、絹糸のようなセミロングの黒髪。形の良い目鼻と薔
薇色の唇が、作り物のように美しい輪郭の中に配置されている。襟元の赤リボンとチェッ
クのミニスカートが、彼女の可憐さを「女子高生」というブランドで強調しているようだ。
 センタープレスの取れかけた男のスラックスとは対照的に少女のボックスプリーツはし
っかりと施されていて、その強張った表情や上品なたたずまいとともに真面目そうな、清
楚な雰囲気を醸している。
 しかし司会の男女らが、観客らが歓声をあげたのはそのためだけではない。


 ゲストが中央に来るのを待って、眼鏡と髭が同時に口を開く。
「『あなたの近くのオトコの娘(こ)』、ナンバー×××の『ゆうか』ちゃんでーす!」
「はじめましてぇ~!…推薦者は某市立高のクラスメイトだそうで」
 「少女」の手を放した男に、女が話しかける。俯いたままの連れに構わず、彼は軽薄そ
うな笑みを浮かべ会釈した。
「はい!…あの、これってちゃんと後で分かんないように編集してくれるんですよね?」
「もちろん、録画だからちゃんと後でモザイクと吹き替えするから~…って、オンで言う
ことじゃねーだろっ!」
 髭がまたもスタッフの合図による観客の笑いを取り、それが静まったところで眼鏡が続
けた。
「それにしてもマジで可愛いですねえ。どっからどうみても女の子ですよ……何か、普段
の写真とか性別を証明するものはありますか?」
 筋書き通りの質問に対し、男はにこやかにうなずいた。
「生徒証持って来させてます…なあ?」
 肩に手を置かれ、「彼女」はなぜか困ったような顔をして相手を見上げる。端に立つ女
よりも背は高いのだが、隣の同級生との対比でその仕草はそれこそ頼りない「女の子」の
ようだった。
 小道具を渋ることは台本にないので、司会者らは観客に覚られないようやんわり促した。
「そうですか…じゃあゆうかちゃん、見せてもらえますか?」
「っ………」
 眼鏡に手を差し出され思わず後退るが、肩を掴んだ男がそれを許さない。間近で初対面
の相手に顔を覗き込まれ、モデル顔負けの端正な面はいよいよ落ち着きをなくしてしまっ
た。
「…ほら、ユカ。なんて言うの?」
 「さっき教えただろ」と意味深にささやかれ、司会者三人と観客の注目の中「彼女」は
ついに口を開いた。


「……み………みつけて…ください……っ…」
 羞じらうように伏せた長い睫毛を震わせ、絞り出す声はやや掠れてはいるが細い。女装
の似合う一般人をゲストとして招待し、その見た目と普段とのギャップを楽しむという企
画なのだが、たまにこういった上玉に当たることがある…当然その後の視聴率も、スタジ
オ観覧応募数も跳ね上がるので、番組としては大歓迎だ。
 「さあどうぞ」とでも言うように、男は連れの背を押しやり端に移動した。自分の方で
なかったことに、女が少し残念そうな顔をする。
「これはかなり確認し甲斐がありますねえ……じゃあ、失礼」
 言って眼鏡は、カメラの向きを意識しつつ「彼女」のブレザーに手を伸ばす。両手でチ
ェックのスカートの裾をギュッと握りしめているので、その華奢な腕をよけるようにして
左ポケットに指を入れた。
「ここですか?」
 観客にも分かるように動かしてみせる。腰のあたりをなぞられくすぐったいのか、「彼
女」は身をよじらせてかぶりを振った。
「じゃあ…こっち?」
 今度は女がゲストの背後に回り、後ろから右ポケットを探った。ブレザーの上からは分
からなかった、くびれた腰を強調するように手のひらを押し当てる。脇腹を撫でられ「彼
女」がヒクリと震える度に、座席から歓声があがった。
「んじゃあ俺はこっちか?」
 髭が右側からスカートのポケットに手を突っ込む。内布越しに引きしまった腿を撫でら
れたのか、それとも女の手が滑り込んだブレザーの内ポケットから左胸をまさぐったのか、
黒いニーソックスに包まれた膝がガクガクと震えた。それをアップにするカメラと、沸き
立つ観客。
「…ゆうかちゃんは、かーなーり恥ずかしがり屋さんみたいですね~」
「……っぅ…」
 年上の男女に寄ってたかって身体を良いようにされるのを、「彼女」は唇を噛みしめて
耐えている。画面映えするその表情に観客は溜め息をつき、司会者らをうらやましげに見
つめた。


 頃合をみて三人はぱっとゲストから離れ、観客に探し物は見つからなかったと両手を振
ってみせる。
「となると、あとは……え?あたしがやるの!?」
 発言中に眼鏡と髭の二人から肩を叩かれ、女が目を見張る。
「オレらダメ。なんかイケナイ気分になってきちゃったから」
「情けなっ!」
 あきれ声を出しつつも、女は位置的にも画(え)的にもゲストを扱いやすいポジションに
移動。五センチばかり背の高い「彼女」のブレザーに、再び手をかけた。
「それでは、ちょっと拝見」
 手際良く上着の金ボタンと、襟元にベルトで通されたリボンを外す。されている本人は
女がからかうように顔を近付ける度に目を伏せてしまっていた。
「………おぉーっ!」
 女の指がブラウスのボタンをすべて外し前を開くと、眼鏡と髭が同時に声をあげる。何
事かと首を傾げた観客も、それを隠していた女が身を引くと同じように歓声をあげた。
 白地にピンク色のサクランボのプリントがされたブラジャーが、誤魔化しようもないほ
ど真っ平らなゲストの胸に着けられていた。
 そしてサクランボのチャームと赤いリボンの付いた中央部には、ワイヤーと肌の間に挟
んだ生徒証らしき物が裏向きに覗いている。
 可憐な美少女が胸元をはだけ、ない谷間にあるモノで「女の子」ではない証明をしてい
る…倒錯した光景に司会者らは唾を飲み、今のところ「彼女」を独占している女はその興
奮のままにカップの隙間に指を這わせた。
「ぁ………っん!…」
 見えている目的物を無視して胸をくすぐられるのを、頬を染めて堪える「彼女」。形の
良い眉を寄せ紅唇をわななかせるさまは、実際に手を下していない男らや観客を、声もな
く凝視させてしまうものだった。


「やだ、可愛い……妬けちゃう」
 実際その言葉には嘘はなかった。他の司会者や観客らの熱視線は、紅一点であるはずの
自分にではなく目の前の…女ですらないゲストに向けられているのだから。
「…っ、ひぅ………っ!」
 ラミネート加工の施されたそれを、引き上げるはずの女の長い爪がぐいと押し込む。み
ぞおちのあたりをくすぐられる感触に、「彼女」はビクリと身を竦めた。
「ゆうかちゃんは、こういう可愛いブラを他にも持ってるんですか~?」
 ぬるくなった生徒証を抜き差ししながら問われ、恥ずかしそうに口をぱくぱくさせる「
彼女」の顔をカメラが大写しにする。
「ひ、ぁ…………っは、はぃ……ひゃうっ!」
 「どうなの?」とせかす女に爪で乳首を引っかかれ、高い悲鳴をあげる「彼女」。スタ
ジオに来てはじめて、マイクで拾わなくてもその場にいる全員に聞こえた声は、少女の姿
で女性に責められ発された情けない…艶っぽいものだった。
 女は奇妙な昂揚にニッコリ笑いながら生徒証を抜いて表に返し…黄色い悲鳴をあげる。
「…なにコレ超イケメンなんだけど!」
「見せて見せて…うわ、本当にゆうかちゃんコレなの!?」
「番組としては『あなたの近くの王子様』コーナーにも来て欲しいねぇ~」
「皆さんにお見せできないのが超残念ですっ!」
 自分そっちのけで騒ぐ司会者に見向きもせず、突き放されたゲストは羞じらうように開
かれていたブラウスをかき合わせる。足元がおぼつかないがそれでもしゃがみこむような
無様な真似はしないのは、「彼女」のプライドなのか収録前の指示なのか。


「…さて、自己紹介だけで楽しませてもらっちゃいましたが」
「せっかく上を写しちゃったから、下も見せてもらいたいんですけど…見たいですよね?
皆さん?」
 眼鏡や髭の問いかけに合図もなしに返された歓声が、観客の答えだった。
「なぁ~んかノリノリなんですけど…良いですかね?」
「……は?あ、ああ…」
 眼鏡に呼びかけられ、それまで一歩離れた所で大人しくしていた男が、自分の連れをち
らりと見た。
「っ………」
 中央に立たされた「彼女」はおよそ同級生に向けるものではない、すがるようなまなざ
しで自分を連れて来た男に見つめる。いまだスカートの裾を握りしめたままの片手は、小
刻みに震えていた。
 口元に薄く笑みを浮かべたままずっと黙っていた彼は、はだけたブラウスを押さえる相
手としばし瞳を交わして…ついと逸らした。
「…良いんですかぁ?こいつどうせもうギンギンだし、すぐイっちゃいますよ?」
「……!…ぁ………」
 止める気のない連れの様子に、何か訴えようとした唇が噛みしめられる。しかしカメラ
はすでに眼鏡を写していたので、ゲストと言う名の生贄の悲愴な表情を見ることができた
のは男と一部の観客だけだった。
「それは番組的に好都合だって!……じゃあ、お許しも出たということで?」
「ヤバくなったらモザイクとかカット入れちゃうから、安心しなね」
「今度は皆さんにもよ~く見えるように、もっと前に出てもらいましょう!」
 沸き立つ観客の大部分が、女に強引に背を押されつんのめりかけた「女の子」に向かい
身を乗り出した。
 …収録はまだ終わらない。

 яяя

「…という夢を見たので、朝礼遅れたんです」
「……バラエティ豊富で、うらやましい限りだな」
「あ、やっぱ途中から脚色なのバレた?本当はねー、生徒証入れてたのはパンt」
 なんかよく知らないけど女子制服着た妖精さんが、持ち帰らされていた俺の反省文の草
稿を上げてくれました。

 (おしまい)

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最終更新:2013年04月27日 15:07