幕間彼女2
昼飯のパンを食べるのにも飽きたので、俺は教室の机に伏せてうだうだしていた。
さっきまで昨日のドラマがあーだこーだ言ってた同級生らは、部活だか委員会だかの呼
び出しでどっかに行ってるので、鞄から飛び出たイヤホンを耳に挿そうか悩む。
昨晩ラッドの新譜落とし忘れてたのを後悔してたら、開きっ放しの扉のそばから時間差
で女子の声がなくなる。教師が居てもお構いなしな、このクラスの彼女らが静まる理由は
顔を上げなくても分かった。上げたけど。
…王子様、さんじょーう。
容姿端麗成績優秀にして、スポーツ万能…というほどでもないが、一年の頃は体育の度
に運動部から熱心に勧誘されていた完璧生徒の須藤豊が、彼氏持ちの女子の視線をも集め
ていた。
午前の授業の板書が残る黒板の前を、スラックスに包まれた長い足で颯爽と歩く。イケ
メンはどこもステージにしてしまうから困りものだ。
また何かの仕事を任されたのか、プリントの束を持つ彼はブレザーを脱いで自分の椅子
にかける。単品だとだっせえはずのベスト姿も、きちんと結ばれたネクタイや清潔感溢れ
るワイシャツのおかげか元が良いからなのか、素晴らしく決まっていた。
「小野さん」
その「王子様」からおもむろに声をかけられて、対象である女子…とそばに居た友人は
にわかに落ち着きをなくす。
「な、なにっ?須藤クンっ?」
「図書室の清掃分担についてなんだけど、ちょっと良いかな?」
「休み時間にごめん」とお行儀良く相手と、それまで話していた女子に向かってプリン
トを見せる。
「あ、じゃああたしの席使って良いよ!」
奴と同じ委員である友人のためというより自分のために椅子を立とうとした女子にほほ
笑みかけてやんわり制する須藤。
「すぐ終わるから。ありがとう」
礼を言われ頬を赤らめるのと、彼女と対照的にがっかりする図書委員。あからさまな好
意に気付かず本題に入る優等生の様子に、俺の視界にいた数人の男子は嫉妬する気も起き
ないのか苦笑した。
まあ過去に、全成分やっかみで「あいつ長座体前屈マイナスだったんだぞ」と社交ダン
ス部の男が吠えたこともあったが、その時即座に、
「うるさい!須藤クンはあんたと違ってそこに立ってるだけで絵になるんだから!」
「須藤クンなら身体硬いとこも長所に決まってるでしょ!」
と理不尽なフルボッコに遭っていたのを目撃したせいもあるだろう。
「………それで、先生にこの割り振り見せたんだけど、やっぱり一年生だけで組ませるの
は段取り悪くなるからって。ちょっと調整が必要なんだけど…入れる曜日あるかな?」
机の上にプリントを差し出して、相手のそばに屈む。紳士的に三十センチは離れるとい
う心遣いだが、ちょっと困り顔な奴の面に見とれる彼女なら、もっと近付いた方が喜ぶだ
ろうに。
キャッキャウフフ気分で須藤と打ち合わせする女子委員は、友人らからの羨望と嫉妬の
まなざしを心地よく感じているようだ。数分間の会話の間、軽く握った手を口元に寄せて
お上品に笑っていたが、お前さっきまで一度もそんな笑い声あげてなかったろ。
「……じゃあ火曜日の組み合わせをずらして……って、な、何?」
いつも落ち着いた奴が声を裏返したので、シャーペンを持った彼の長い指に見とれてい
た委員が顔を上げる。
先程奴に席を譲ろうとした女子がいたずらっぽい笑みを浮かべて、後ろから須藤の髪を
両耳の上で束ねたのだ。
校則が緩いとはいえ、「セットが楽だから」という理由でサラサラの黒髪を伸ばしてい
る彼の、初めて見るふざけた格好に回りの女子が小さく歓声をあげた。「やだぁ~!」っ
て、それ嫌って声色じゃねーぞ。
「ちょっと、何やってんの!?」
彼女的に甘い語らいの時を壊され、控え目に怒る図書委員。「あたし、卒業までの運使
い切ったかも」と言ってたほどに、奴と同じ委員になれたことを喜んでたから、無理もな
い。
「須藤クンって、何気あたしより髪長くない?てゆーか確実キレイなんだけど!やばい!」
「ちょ、ちょっと…」
女相手に振り払うこともできず、好き勝手にはしゃぐクラスメイトに困惑顔の優等生。
もっとも男子制服をまとった涼やかな美貌は、むりやり作られた短いツインテールにも
その価値を落とされることはない。むしろそれまでキリッとした面が恥ずかしそうに赤ら
むのに、止めるべき図書委員はポーッと見とれてしまっている。
そんな中で須藤のとった行動は、やっぱり奴らしかった。
「くすぐったいよ……お願い」
「………っ!」
見返り美人ならぬ見返りイケメンに間近で見つめられ、彼女の手から急に力が抜ける。
白い頬に幾筋か垂れた黒髪を元通り耳にかけてから、彼は長い足ですっくと立ち上がった。
「…じゃあ、これで先生にコピー頼んでくるから。ありがとう」
自分も昼休みだというのにスマートに礼を言って、書き込んだばかりのプリントを手に
奴は教室を出て行った。
「……あー…行っちゃった」
奴の閉めた扉をウットリ見つめる二人に、それまで様子をうかがってた他の女子らが駆
け寄る。須藤クンにベタベタしてズルいだの、あんたなんか対面だったじゃないだの、可
愛かったけどやっぱりカッコいい!だの、奴の入室前以上に教室がキャンキャンうるさく
なった。
俺はといえば、起き上がって終礼後ちびちび食べようと思ってたパンをかじりだした。
…今日、予備校の授業が始まるまでに駅ビルの雑貨屋に行かなければ。
今週届く予定のビスチェドレスを着る、今頃職員室でクソ真面目な顔してるだろうモデ
ルに合う髪飾りを考えながら、俺は焼きそばパンの最後の一かけらを腹におさめた。
(おしまい)
最終更新:2013年04月27日 15:10