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スレ2>>160-213 親友以上恋人未満? 後編

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lycaon

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親友以上恋人未満? 後編


そのまま数分ほど歩き、ずっと黙ってるのも難だしと俺が何か言い出そうとした矢先。
急に立ち止まった朱美が、ある場所を指差し

「あ、あそこよ! あの赤い三角屋根の店、あれが私の言ってたスイーツショップよ」
「へぇ、随分とこじんまりとした店じゃないか……」

指差されたその先には、『菓子店 連峰』と書かれた看板の喫茶店と言っても通用する位の小さなお店があった。
スイーツショップと言うんだからもう少し派手な物かと思ったが、少し拍子抜け。
まあ、スイーツショップは派手な物だとか決め付ける方もおかしいと言えばおかしいのだが……。

「あの連峰って店の目玉はスイーツマウンテンDXだって。なんだかその名前に心惹かれるものがあるよね~」

と、背負っていたバックから取り出した女性誌に書かれている目的の店に関する記事を見つつ、朱美が漏らす。
元来から甘い物好きなオオコウモリ族の例に漏れず、こいつも甘い物好きである。
しかもそれは半端ではなく、彼女が一旦、ある店を気に入れば、その店の店主が泣き出す位に食いまくるのだ。

その凄まじさは、真偽の程は定かではないが三丁目の菓子店が潰れたのは朱美の所為だとか言う噂もある位なのだ。
万が一、件のスイーツマウンテンDXとやらを彼女が気に入ってしまったら、
多分、あの連峰と言う名の店も三丁目の店と同じ運命を辿る事だろう。
この際、店の人に先に謝っておくべきだろうか?
そんな俺の懸念なんぞつゆ知らず、朱美は明るい調子で

「さあ、卓君、これから食って食って食いまくっちゃうわよー!」

と、俺の手を引っ張り、目的のスイーツショップへ突入するのだった。

「店の中はそれなりに広いな……」

店の中の飲食スペースの適当なテーブルの席に朱美と向かい合わせで座り、俺は改めて店の中を観察する。
五台ほど並べられた洒落たデザインのテーブルの周りに、テーブルに合わせたデザインの椅子が数脚ずつ。
テーブルの上には何処の飲食店でもありそうなメニューの書かれた用紙に、昔懐かしの占いマシーン。
会計用のカウンターを兼ねたケーキの陳列台を見なければ、ここはどう見ても喫茶店にしか思えない。
ひょっとするとこの店は元々喫茶店か何かだったのだろうか?


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

俺がぼんやりと考えている内に、お冷二つを乗せたトレイ片手のメイド服の似合う猫のウェイトレスが現れ、
テーブルにお冷を置きつつ俺達へ注文を伺って来る。

「んじゃあ、早速スイーツマウンテンDXね?」
「……!」

俺がメニューを見ようとする間も無く、朱美が注文すると、
接客スマイルだったウェイトレスの顔が一瞬だけ真剣な物に変わる。
その表情の変わりぶりに俺は怪訝な物を感じつつ、適当に朱美と同じ物を頼む事にした。

「じゃあ、俺も彼女と同じ物で……」
「……っ!! りょ、了解しました。
で、ではご注文繰り返します、スイーツマウンテンDX二つで”本当に”宜しいですね?」

何だその明らかな動揺は? 全身の毛が逆立ってるぞ? しかも表情が強張ってるし、”本当に”って如何言う事だ!?
その対応に嫌な予感を感じた俺は思わずメニューに書かれたスイーツマウンテンDXの欄を見たが、
代金が千円である事が記されていただけで、特に変わった事は書かれてはいなかった。

「うん、それでOKよ」
「で、ではご注文の品が出来あがるまで二十分少々お待ちください。で、では、失礼します!」

そうやっている間に朱美が勝手に決めてしまい、
俺が止める間も無く、それを承ったウェイトレスがそそくさと席から離れ、厨房へと去って行く。
本気で動揺しているのか、厨房へ向かう最中、ウェイトレスは思いっきり転んでいた。

…………。

さて、注文してしまった以上、今更注文を取り下げる事ははっきり言って出来ないだろう。
ならば、俺に出来る事とすれば、スイーツマウンテンDXに関する様々な情報から、
それが如何言った物かを考察し、それに対しての心の準備をするしかないだろう。
で、今の時点でスイーツマウンテンDXに関する情報は三つ。

一つ、この店での目玉である事。
二つ、代金が一つ千円である事。
三つ、注文した際にウェイトレスが見せた動揺についての事。

まず、一つ目のこの店で目玉である、と言う情報源はずばり、朱美の持っている女性誌に書かれている事である。
ならば其処から簡単に情報を知る事が出来るのではないか、と俺は思ったのだが、
朱美に見せてもらった女性誌のこの店のスイーツマウンテンDXに関する解説には、ただ一言

『名は体を表す!』

と、書かれていただけだった。
その余りにもアバウト過ぎる解説に、俺は思わず朱美へ説明を求めたりしたのだが、
「この雑誌は大体そうだよ?」と、彼女にあっさりときり返され、俺の混迷の度合いは深まるだけでしかなかった。

で、次にスイーツマウンテンDXが千円だと言う話だが、この千円と言う値段がはっきり言って曲者である。
ケーキ1カットだけにしては千円と言うのは少々高すぎるし、逆に1ホールにしては安すぎる、
と言う事は大きめな1カットのケーキ、若しくは高級な素材を使ったケーキと言った所なのだろうか……?

いや、それであったのなら、三つ目の注文した際にウェイトレスが見せた動揺についての説明が出来なくなる。
たかだか大きめor高級なケーキを二つ頼んだ程度なのにも関わらず、ウェイトレスは全身の毛を逆立て、
更に表情を強張らせ、挙句の果てに厨房に向かう最中にすっ転んでしまう位動揺していたのだ。
これは明らかに何かあると見て間違い無いだろう。そう、俺には想像できない何かが……。


そうやって俺が色々考えている最中、朱美はと言うと……。

「まっだかな? まっだかな?~♪」

MyスプーンとMyフォークを手に、万全の態勢で件のスイーツマウンテンDXを心待ちにしていた。
……そのお前の気楽さを俺は見習いたい。

朱美の気楽さに俺が呆れを感じていた所で、
どうやら注文の品が完成したらしく、ウェイトレスの声が俺の背に掛かる。

「スイーツマウンテンDXをお二つご注文のお客様、お待たせしました」
「どうやら来た……っ!?」

その声に振り向き――――それを見た俺は絶句した。

ホットケーキか何かを何枚か積み重ねて高さ一メートル程の土台にし、
その上にバニラ、チョコ、抹茶のバニラアイスを隙間無くみっちりと山の形になるように盛り合わせ、
その山々に生える木々を表したのか、バニラアイスの山肌にチョコプェッツェルやウェハースを何十本も突き立て、
更に念の込み入った事に木々に生えるキノコや竹の子を表してか、同じ形をしたチョコを所々に配しており、

もう一押しとばかりに、彩りの為の多種多様なフルーツが、これでもかと山の麓あたりに盛り付けてあり。
挙句にその山の山頂には槍ヶ岳の大槍小槍を表した2対のソフトクリームがどっかりと盛り付けてあった。

……それは一言で表すとすれば、山だった。
それも小学生が遠足などに行くような程度の低い山などではなく、
アルプスなどの山脈にあるような、自然の脅威で登山者を拒み続ける険しい高山だ。
しかもそれが、それぞれ台車一台ずつに分けられ二つも運ばれてきたのだ。
これで絶句しない方がおかしいだろう。

そこで俺はようやく、ウェイトレスの動揺の理由等の様々な謎が解けてしまった。
とにかく、これは色々な意味で凄まじすぎるのだ。しかも、それを二つ頼んだのだ。彼女らが動揺するのも当然だ。
そして雑誌に書かれていた『名は体を表す』と言う記述も、現物を前にすると確かにその通りと思えてしまう。

スイーツ”マウンテン”DX……まさにスイーツの山(マウンテン)だ。しかもDXだ。
それ以外にこれを表す言葉なんぞ他に無いだろう。
しかし、これが千円だとは到底信じられない。

「では、ごゆっくりと」
「…………」

ウェイトレスは俺と朱美の前に二つの巨山を置くと、ぺこりとお辞儀をしてそそくさと離れて行く。
俺はその去り行くその背を眺め、ただただ絶句するしか他は無い。どうやってこの菓子の山を攻略しろと言うのだ。
それ以前に、この菓子の山を見ただけで軽く絶望感を覚えるのは気の所為だろうか?
いや、これは気の所為ではない。
恐らく、この山を前に朱美も俺と同じ気分だろうと、俺は身を乗り出し、山の向こうの朱美の方を見てみると、

「ん~っ、おぃすぃ~っ♪」

既に彼女の前に置いてある山の四分の一が幸せそうな表情の彼女の胃の中へ消え去っていた。
えっと、何この超ハイペース、彼女の胃の中にはマイクロブラックホールでもあるのだろうか?
朱美によって削られる菓子の山は、まるで宅地造成の際に重機によって抉られ、形を変えてゆく山の様に見える。
いや、重機どころか核爆弾でもこんなに早く山を抉る事は出来ないだろう。
つか、俺は彼女は甘い物好きと言う事は知っていたのだが、それに加えて凄まじい早食いだったとは……。


「美味しい上に食べ甲斐があってサイッコー♪」

とかそう考えている間にも、既に山の半分辺りまで彼女の胃の中へ収まろうとしている。
その凄まじい速度にウェイトレス達は何時しか仕事を忘れ、彼女の食いっぷりを見入ってしまっている。
それどころか、この『連峰』の店主らしきパティシエ姿の狐の女性が、厨房から彼女の様子を覗き込んでいた。
と、朱美の食いっぷりを眺めてばかりもいられない、俺も食べなくてはならないのだ。
そう、俺の目の前に置かれたこの山を……。

「頂き…ます」

そして、スプーンとフォークを手にした俺は、緊張混じりに目の前の巨山へ挑むのだった。

「うぷ……もう入らない……」

十分後、俺は情けない事に早くも胃の容量が限界に達し、菓子の山の宅地造成を断念せざる得ない状況となっていた。
それは何故かと言うと、アイスの水分を吸ったホットケーキがとにかく胃にもたれるのだ。
これでは胃薬が幾らあっても足りない。

「くっそ、まだ半分どころか八分の一も食えていないとは……」

対する菓子の山はと言うと、俺の苦労にも関わらず僅かにホットケーキの地肌を見せている程度。
山登りに例えれば、まだ一合目にすら達していない有様である。
つい流れに任せて注文してしまった己の愚かさを呪いつつ、俺はふと朱美の方を見やると、

「ごっちそうさま~。あ~、美味しかった」

彼女の前の山が綺麗に消え去ってました。
あれ? ついさっき俺が見た時は半分近くは残ってんだけど……? 見てない間に何処へ消えた?
いや、まあ、消えた先は大体想像できるんだけどさ……幾らなんでも食うのが早すぎるだろ!?

「あれ? 卓君、もう食わないの?」
「あ、いや……もう限界です、ごめんなさい」

まだ8割以上も残っている山を指差して言う朱美に思わず謝ってしまう俺。
昔流行った『お残しはいけません』的な親の教育方針が骨の髄に染み渡ってしまった人間の悲しいサガである。
そういや、俺が三つか四つの頃、嫌いだったピーマンを食わずに流し台に捨てたら、
それを知った母さんが怒って、ピーマンを全部食うまで押入れに閉じ込められた思い出があるなぁ……。
とか、俺がしみじみと思い出を降り返っていると、朱美は何処か嬉しそうに言い出す

「んもぅ、仕方ないわねぇ……私が食べてあげるわ♪

……え? まだ食うのですか貴女は?
ついさっき山一つを完食したばかりですよね? その小柄な身体の何処にそんなスペースがあるのですか? 
本当に胃の中にブラックホールが入ってるじゃないのですか?

と、いかんいかん……余りにも動揺しすぎて心の中で敬語ツッコミをしてしまったぜ……。
女性にとってケーキ菓子の類は別腹とは良く言うが、
流石に山二つ(内一つは宅地造成中止)を食い切れる訳ないだろう。
もしこれで、朱美が残してしまうような事になってしまったら、
この後、店の人に如何顔合わせすれば良いのやら……。


「ごっちそうさまー」

……えっと、マジで食い切りましたよ、この人。
あれから三十分足らずでホットケーキの一欠けクリームの一さじすら残さず胃の中に収めちゃいましたよ。
その凄さに、今まで食いっぷりを眺めていた猫と羊のウェイトレス達が思わず拍手送ってます。
更に厨房からこちらの様子を見ていた店主兼パティシエの狐の女性が
『負けた!』とばかりに膝を付いて項垂れてます。

どうやら、俺は一つの伝説が築き上げられる瞬間を目の当たりにしてしまった様です。
コングラッチネ―ション、おめでとう、おめでとう……

「卓君、如何したの? 何か色々な意味でやり遂げた時の顔しているけど……」
「あ、いや、何でもない」

いかんいかん、どうやら俺の意識が違う世界に旅立っていた様だ。それも『ざわざわ』とかの効果音が似合う世界に。
とりあえず、俺は気を取り直す為にかぶりを振ると
「それより、そろそろお愛想にしようか」と朱美に言って、席を立つ。
ケーキの陳列台を兼ねたレジカウンターの前に立つと、先程まで項垂れていた狐の店主さんがレジに立ち

「お客様、先程のあの食いっぷりは本当に見事でした。
あのスイーツマウンテンDXは元来、私の父がある大食いを打ち負かす為に作った物で、
その大食いを打ち負かして以来、今まで誰も完食を成し遂げた事のない品だったのです。
ですが、それをお客様は一つどころか二つも完食されるとは私は思ってもいませんでした
しかも、只早く食うのではなく、お客様は飽くまで食材を味わい、心行くまで堪能して召上がられた。
……私の完敗です」

言って、頭を下げる店主。
それに対し、朱美は片方の翼手をパタパタ振ってあっけらかんと言ってのける。

「いやいや―、あたしなんてまだまだだよ? 
お母さんなんてあたしの倍は食うんだから、これくらいで驚くのはまだ早いって~」

朱美の言ったトンでもな事実を前に、俺も店主さんもそしてウェイトレス達も只々( ゚д゚ )顔で絶句。
……あれの、倍は食うって? マジでか? 凄いよ、流石は朱美のお母さん!……って違う。

俺は思わず店主さんと顔を見合わせ、お互いに酸欠の金魚の様に口をぱくつかせる。
恐らくは、ウェイトレス達も俺と店主さんと同じ考えをしている事だろう。
この瞬間、俺は見ず知らずの他人同士でも、心が通じ合える物だと言う事を初めて知ったのだった。


「いやー食った食った―、美味しいしボリュームもあったし、もう大満足、機会があったらまた食べに行きたいわね」
「だからと言って、毎日の様に通い詰めたりするなよ? 一応、店の人だって生活があるんだし……」
「大丈夫大丈夫、卓君が心配しなくても程々にするわよ。お気に入りの店を無くしたくないし」
「……程々に、ねぇ……まあ、そう言うんだったら良いんだが」

会計を済ませた後、俺は店主さんとウェイトレス達に見送られながら店を後にし、
市電の停留所の駅前ゆきホームのベンチで、俺は満足げな朱美を横に電車がくるのを待っていた。

「……おかしいな……もうそろそろ電車が来ても良い時間なのに……?」

だが、待てど暮らせど電車は一向に来ず、
妙な物を感じた俺は、停留所に掲げられている時刻表と腕時計を見比べながら呟きを漏らす。

「ひょっとして……あの電光掲示板、見てみて」

朱美に言われて、停留所の待合所に設置されている普段はニュースなどを流す電光掲示板へ目を向けると、
『午後3時頃、本町通付近の軌道上にて発生したトラックと乗用車による衝突事故の為、
現在、古浜線は上下線とも運転を見合わせております』
と、電光掲示板に表示されていた。

「おいおい、こんな時にそんな所で事故を起こさなくても……」
「こう言うのばかりは流石に予測できないわねー……」

呆れる俺に、『やれやれ』とばかりに外国人がする様なジェスチャーを取りつつ、朱美は言う。
そう言えば路線バスもあった筈、と俺がバスの時刻表を見てみたのだが、
バスが来るのが今から3時間後だと言う事を知り、余計にげんなりとするだけでしかなかった。
つー事は何か? このまま家まで歩いて帰るしかないって訳か?

「良し、こうなったらアレをするわよ? 卓君、パットは持ってるわよね?」
「アレって……アレの事か? 持ってる事は持ってるけど、今やって大丈夫なのか……?」
「心配ご無用だって、あたしはちょうど腹ごなししたい所だったし。さあ、早く早く」
「ったく、しょうがないな……」

明美に促されるがまま、俺は仕方なしにカバンからある物を取り出す。
それはアニメやマンガに出てくるキャラが付けているようなショルダーアーマーに良く似た形状をした、
身体に固定する為のベルトが何条か付いた丈夫な皮製の肩パット。

俺はそれを肩に装着し、身体にしっかりと固定した事を確認した後、
その場にしゃがみ込み、朱美へこちらの準備が終わった事を伝える。

「こっちは終わったぞ? ああ、それと何時も言ってる事だが……落とさないでくれよ?」
「OKOK、分かってますって」

言いながら、朱美は軽く翼を羽ばたかせ、組体操の様にひょいと俺の両肩に飛び乗る。
そして足の爪を肩パットに食い込ませる様に、肩パットを足の指で掴み、確認する様に俺へ言う。

「それじゃ、そろそろ行くわよ。タイミングは分かってるわね?」
「大丈夫だ、タイミングは大体分かる」
「OK、なら行くわよ!」

お互いにタイミングを確認した後、掛け声と共に朱美が強く羽ばたき始める。
羽ばたきによって発生した風が強まるのを感じると共に、肩に掛かっている朱美の体重が次第に軽くなって行く。

そして、風が一際強く、そして肩に掛かってる重量が皆無に近い所になった辺りで
俺はしゃがんでいた体勢から身体を跳ね上げさせる様に一気にジャンプ。
同時にふわり、と重力から身体が解き放たれる独特な浮遊感を感じると、
俺は朱美の足に吊り下げられた状態で空に舞い上がった。


「あいっかわらず凄い事するよな……お前は」
「あたしは鍛えてるからねー。そこら辺の猛禽系の獣人にも負けないわよー」

徐々に離れてゆく地上を眺めながら言う俺に、朱美は何処か自慢気に言ってのける。
この、人をぶら下げて空を飛ぶってのは本来、蝙蝠系のケモノに出来る技では無い。

小さい頃に鷲のレスキュー隊員が要救助者をぶら下げ、空を飛んで救助するシーンをテレビで見て感動した明美が
特訓につぐ特訓を重ね、一年の歳月を経て遂に習得してしまったトンデモ技なのである。
この技を見た人は大体が驚き、時には携帯で写真を取る人も居る位だ。
まあ、一番驚いたのは俺よりも体重のある利里をぶら下げて飛んで見せた時なのだが。

……ちなみに、彼女がこの技を手に入れた代償として、
腕周りの筋肉が他の蝙蝠系のケモノに比べかなり屈強になってしまった事と
更に最近は運動系のクラブからしつこいくらいに勧誘を受け、辟易する様になったとか。

「やっぱり空は良いわねー、卓君もそう思わない?」

やがて上昇気流にうまく乗ったのか、羽ばたきを少なくした彼女が足の下の俺へ言う。

「良い事は良いんだが……足がこう、ぶらぶらする感覚ってのは如何も慣れないな……」
「あはは、ちょっとの間だから我慢してね」

高所恐怖症の人間にとってはショック死ものな光景を眼下に、
俺が足を軽く揺らしながら言うと、彼女は軽く笑って返し、翼を大きく羽ばたかせた。
これを小学生の頃からやっている俺や利里ならばともかく、慣れない人間にとってこれは絶叫マシン以上であろう。

……何せ、今、俺の身体を支えているのは俺の肩を掴んでいる朱美の足の指の爪だけなのだ。
これでうっかり朱美が足の指の力を緩めたが最後、
俺はパラシュート無しスカイダイビングを体験する事になるだろう。
まあ、今の今まで、そう言う事になった事はないから良いんだが……。
それでも、俺は迂闊に動いて落ちたくないので、今、出来るのは空中散歩を静かに楽しむ事くらいである。

「お、あそこに居るのは中等部の三人組か……あ、こっち見て驚いてら。おーいおーい」

ふと、眼下の光景を眺めていると、こちらを見上げて驚く見知った顔が三つ。
彼らに向けて軽く手を振ってやると、その内の一人がこちらを追おうとしたのか走り始め――壁に思いっきり衝突した。
うん、なんだか悪い事した気分だ。後で一言くらい謝っておくとしよう……お互いに記憶が残ってるのなら、だが。

「卓君、そろそろあたしも疲れてきたし、日も落ちてきたから下の公園に降りるわよ」
「ん、分かった。降りるのは北公園だな?」

そのまま十分ほど空中散歩を楽しんだ所で、朱美が言ってゆっくりと降下を始める。
そして地面まで後数mほどの所まで降下した所で、朱美が足の爪で掴んでいた俺の肩を離す。
あらかじめ心の準備をしていた俺は着地する瞬間に足を上手く曲げてクッションにし、地面に降り立つ。

「――っと、無事に着陸完了っと」

通りかかりの狼の少女が驚いた目でこちらを見ていたのに気付き、
俺が肩パットを外しつつ軽く手を振ってやっていると、その横に朱美も翼を翻して地面へ降り立つ。
それを見て遂には( ゚д゚ )な表情になる狼の少女に、俺はちょっぴし優越感を感じる。
……とかやっていると、なんだか不機嫌に頬を膨れさせた朱美が俺の手をぐいと引っ張る。

「もう、何やってるのよ。さっさと行くわよ」
「いや、すまんすまん、ちょっと面白かった物で」

どうやら朱美にもいっちょまえに嫉妬をする所があるようで……って、恋人でもあるまいに嫉妬ってのはおかしいか?
まあ、深くは気にしないで置こう。……それでも期待してしまうけどな。


「今日は楽しかったわ。卓君。利里君にはちょっと悪いけどね?」
「そうだな。家で留守番になった利里には悪いが、俺も楽しめたし、こう言うのも悪くないな」

そして、日が落ちはじめ、街灯の明かりが灯り始めた公園を二人並んで歩き、互いに感想を漏らす。

「ふふ、こう並んで歩いているとまるで恋人同士みたいね」
「おいおい、つまらない冗談は止めてくれって、青少年に変な期待させるなよ?」
「冗談かどうかは分からないわよー? まあ、どちらかと言えば冗談の方が8割くらいだけどね?」
「つー事は、やっぱり冗談じゃないか」
「あはは、そうとも言うわね」

人気の少ない公園の醸し出すロマンチックな空気に、俺と朱美の会話は弾む。
まあ、兎にも角にも、これでこの突発的なデートごっこやらも、そろそろお仕舞いだろう、
……と、俺が思い始めた矢先。

「ようよう、人間の兄ちゃん、見せ付けてくれるじゃないか」
「彼女の居ない俺達にとって目に毒だぜー。だからその蝙蝠のカワイコちゃんを俺達に寄越しな」
「そうそう、怪我をしたくなかったら大人しく従った方が身の為ってモンだ」
「俺達にボコられるか? それとも素直に従うか? 考えなくても分かるよな、兄ちゃん」

茂みの中から豚やら鼬やら蛇やら狐やら犬やらの空気の読めない人達がぞろぞろとご登場。
悪趣味な改造がされた学生服から見て、恐らくこいつらは隣町の山手町にある悪名高い不良高校の連中だろう。
……よりによって面倒な奴らに目を付けられてしまったものである。

「……朱美、俺はアレを使う。だからお前は空に逃げてくれ……後は、俺が何とかする」
「分かった、卓君も気をつけて」

朱美へ軽く目配せをしつつ、俺は連中に聞こえない様に小声で話すと
不良達に気付かれぬ様に気を配りながら後ろ手でカバンの中を探り、その中に『アレ』があることを確認する。

そして、朱美がそっと俺の後ろに引くのを確認すると、
俺は如何にもカバンの中から財布を取り出す様に見せながら、不良たちへ気弱そうな態度を見せて言う。

「え、えっと……その、そう言うのは勘弁して欲しいので、これでどうにかご内密に……」
「へぇ、兄ちゃん、話がわかるじゃないか……」

何の疑いも無く、不良たち全員の視線がカバンを探る俺の手に注がれる――――今だ!

「――お前らにやるのは、これだっ!」

不良達の眼前めがけ、起爆用のピンを引き抜いた『アレ」を完璧なタイミングで放り投げ、目を瞑る。
見た目はボールのような形状をした『アレ』は、不良達のちょうど視線が交差する辺りで「ポム」と乾いた音を立て――

パシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

凄まじい閃光を迸らせ、夜の闇を完全に白一色へ染め上げる。

……そう、俺が使った『アレ』こそ、
小学生の頃は親や先生から逃げる為、高校生の今ではこいつらの様な不良に対する目暗ましに使う為、
あるマンガから製作法を知り、口では言えない調合を行って作った自作の閃光玉である。
使えばご覧の通り強烈な光を発し、うっかり直視すればしばらくは目が見えなくなる。


同時に俺の背後の方で何かが羽ばたく音が聞こえる、どうやら朱美が俺の指示に従って飛び立った様である。
これで朱美が人質に取られる危険は無くなった……後は、こいつらをぶちのめすのみ!

「うあっ、目がっ、目がぁっ!」

急に視覚を奪われ、悲鳴を上げて身体を仰け反らせている不良豚へ、
俺は一気に詰め寄ると、その開いた股間めがけて一気に蹴り上げる。
めき、ともぶきゅ、ともつかぬなんとも言えぬ手応えを足に感じ、

「~~~~~~~~~!!!!」

不良豚は言葉にならぬ悲鳴を上げて悶絶し、白目をむいてその場に崩れ落ちる。
どうやら俺の一撃はクリティカルヒットだったらしく、哀れな不良豚は泡を吹いて気を失っていた。
よし、これでひときわ身体のでかい厄介そうな奴は片付いた。

「くそ、てめぇ! いったい何をしやがった!」

不良豚の沈黙を確認した矢先、俺に向って鼬が悲鳴の様な声でわめき散らしながら突っかかってくる。
だが、どうやらこの鼬はまだ視覚は回復していないらしく、腕をめちゃくちゃに振り回していた。
俺は軽く身を屈め、腕を振りまわす鼬の懐へ飛び込むと、その鳩尾へ当て身を食らわせる!
この一撃に鼬が身体をくの字に折り曲げた所で、俺は少し身を引いて、

がっ!

下がりきった鼬の顎目掛け、伸び上がるようなアッパーを叩き込む!
この痛打によって、鼬は脳味噌はあっさりと揺さぶられ、脳震盪を引き起こす。
その結果、鼬は仰け反るように後へ倒れ、そのまま気を失った。
――――これで二人目。

「このやろうっ! ふざけた真似をっ!」
「……しまっ!」

鼬を倒した事に油断した俺の一瞬の隙を突かれ、一足早く視覚が回復した蛇が後から襲いかかってくる!
―――拙い! 対応が間に合わない!

「ひっさーつ、ワールドツアーアターック!!」
「んなっ――ヘバッ!?」

ずがしゃがしゃ

が、蛇が俺へ一撃を加えるより早く、空から急襲してきた朱美の蹴りが蛇の顔面に炸裂!
蛇はまともに吹っ飛び、勢い良く茂みに頭を突っ込ませるとそのまま気を失ったらしく、それきり動かなくなる。
ちなみに、ワールドツアーと言うのはモンハンに出てくる飛竜が良く使う攻撃の通称である。
……これを利里が使ったのなら良く似合って……いや、何でも無い。


「……朱美、逃げたんじゃないのか?」
「言っとくけど、親友を置いて逃げるなんてあたしには出来ないのよ。加勢するわ」

逃げた筈の朱美が戻ってきた事に思わず問い掛ける俺へ、
俺の横へ降り立った朱美は当然の様に言ってのける。

「ちっ。……親友か……言われちまったな」

この時、俺はやはり、朱美との関係は結局は親友でしかない事を悟った。
薄々そういうもんだろうなーとは思ってたけどな……それでも期待するのが男の悲しいサガって奴か……。
ま、分かってしまった方が却って清々しいかもな?

「……? 何? あたし、何か悪い事言っちゃった?」
「いや、別に気にしないでくれ。それより……」

俺の漏らした言葉に不思議そうに首を傾げる朱美を適当に誤魔化した後、俺は前に向き直る。

「テメェ……よくもなめた真似をしてくれやがったな……!」
「幾らテメェが強くとも、こいつには敵わなね―だろうな!」

其処には、すっかり視覚を取り戻し、怒りに心を燃やす残る犬と狐の不良二人。
その手にはそれぞれサバイバルナイフとスタンガンが握られている。
をいをい、このごに及んで凶器使用ですか……?

「こうなったらもう手段なんか選んでられねーぜ! テメェは絶対にぶっ殺す!」
「ついでに女はたっぷりかわいがった後で川に捨ててやるよ!」

……こうやって形振り構わなくなった不良ほど手におえない存在は無い。
ここで迂闊に攻撃しよう物なら、はっきり言って怪我では済まないだろう。下手すれば明日の三面記事確定だ。
俺はこうなってしまう前にとっとと勝負を決めたかったのだが……いまさら後悔しても遅いか。

「ねえ、さっきの閃光玉は?」
「残念だけど……さっきので品切れだ」
「あちゃー……かなり拙いわね……」

打つ手が無くなり、じりじりと後退する俺と朱美。それに合わせじりじりと迫る不良二人。
このまま、ずっと不良達のターン! になってしまうかと思われたその時!


ドドドドドドドドドド………

「何、この音……?」
「……な、なんだ? 何がくるってんだ?」

凄まじい勢いでこちらへ迫る地響きが俺と朱美の耳に届き始めた。
不良達もそれに気付いたらしく、何事かと不安げに辺りを警戒している。
そしてその音が、不良達の後ろから来る物だと全員が気付いた―――その刹那

「うおーっ! 見つけたぞーっ!」
「なっ――アベシッ!」
「えっ――ヒデブッ!」

何処かで聞いた声と共に猛スピードで猛進してきた大きな影に、不良二人は避ける間もなくまともに跳ね飛ばされ、
不良二人共々綺麗な放物線を描いて五mほど吹っ飛ぶと、その先にあった公園の池へ落下、大きな水飛沫が上がる。
そして水飛沫が収まった後には、死んだお魚の様に腹を上にぷっかりと浮かぶ、気を失った不良二人の姿があった。

「二人ともこんな所にいたんだ、匂いを追ってずっと探してたんだぞー……って、如何したんだー?」

不良を二人同時に撃破した大きな影が、呆然とする俺と朱美へ不思議そうに話しかける。
その影は、脱皮の為、今日1日は動けないはずの利里であった。……不良をはねた事気付いてないし。
(ちなみに、大型の肉食系の蜥蜴は嗅覚が鋭く、一度匂いを憶えた獲物を延々と追い続ける事もあるそうだ)


「い、いや……なんでお前がこんな所に?」
「そ、そうよ、利里君……今日は脱皮で動けないんじゃ……?」
「おう、その脱皮の事何だけどな。これを見てくれー!」

友人の思わぬ突然の登場に、驚き戸惑い思わず問い掛ける俺と朱美に、
利里は何処か嬉しそうに言いながら、背負っていたリュックから何かを取り出す。
見た所、がさがさに丸めた雨合羽の様に見えるが……?

「どうだ! すっごく綺麗に脱皮が出来たんだぞー!」

言って、利里が広げて見せたのは自分の脱皮した皮、
通常、利里のようなリザードマンの脱皮の時、その脱皮した皮は大体がボロボロに破けてしまう物なのだが
利里が広げて見せたそれは、一部が破けてる物のほぼ全体が繋がっており、綺麗に一そろいになっていた。
多分、ここまで綺麗に脱皮するまで相当な苦労が……って、ちょっとまった、
俺は恐る恐る、利里へある疑問を投げかける。

「つー事は、お前が今まで来れなかったのは……それをする為だった、とか……?」
「うん、そうだぞー! すっごく苦労したんだぜー!」

と、利里はあっけらかんと言ってのけた。
や、やっぱりか……わざわざ約束をすっぽかしてまでやった事が、綺麗に脱皮する事だったとは……。
だが、それに対して不思議と怒りは沸いてこなかった。それ所か、俺は口から笑いを漏らし始めていた。
それは朱美も同じ事だったらしく、見れば彼女も身体を震わせて笑いをこらえていた。

「プッ、クックックッ……」
「あれ? 如何したんだー? ひょっとして約束破った事怒ってるのかー? それは本当に謝る、ゴメン!」
「クッ、フッフッフッフッ……」
「え? ひょっとして朱美も怒ってるのか?
うわー、二人とも本当の事黙ってて悪かったー。だから怒らないでくれー!」

俺と朱美が身体を震わせているのを見て、利里は二人とも怒っていると勘違いしたらしく、
無表情な筈のリザードマンでも分かるくらいに激しく戸惑い、涙目になって俺達へ必死に謝る。

「ぷぁっ、はっはっははっはっはあはっはっはっ、くーっ、はっはっはっはは」
「くっ、ふふっ、あっはっはっはっはっ、ひーっひっひっひっ」

その滑稽過ぎる姿に、遂には笑いのツボに達し、俺も朱美も笑いが止まらなくなる。
そしてそれが如何してなのかも分からず、利里は更に戸惑う。

「え? あれ? 何で今度は笑うんだ? 俺、何かおかしい事したのか? なあ、教えてくれよー!」
「そっ、それは、くくっ、自分の心に聞けって、くひーっひっひっ」
「自分の心って何だよー!? なあ、だったら朱美ー、何で笑うのか教えてくれよー!」
「それはっ、ふふっ、自分で考えなさいっ、あっはっはっはっはっ」
「そ、そんなー!」

だが、幾ら俺や朱美に聞こうとも理由を教えてくれず、利里は困惑の余り頭を抱える。
そして、結局、俺と朱美の笑いが収まったのは、遂に拗ねた利里が地面に『の』の字を書き始めた頃であった。


「まったく、二人ともあんなに笑うなんて酷過ぎるぞー」
「いや、悪かったな……けど、本当の事を黙ってたお前も悪いんだぜ?」
「そうよ? 本当は行けるのに行けないなんて嘘ついた利里君も悪いのよ?」
「うー、それは本当に済まなかったー」

そして、全員がそろった悪ガキトリオは楽しげに話し合いながら道を行く。
俺は思う。多分、この先の人生にどんなにつらい事があったとしても、
こいつらと一緒なら頑張って乗り越えていける。
だからこその親友なのだ。そう、親友とは、人生の宝であり、そして同時に掛け替えの無い物なのだ。
俺は、それを二つも持っている。こんなに幸せな事は他にあるのだろうか?

「ねえ、良かったらこれからこの先にあるカラオケの店に行かない? ちょうどタダ券持ってるのよ」
「おおー、カラオケかー! よーし、俺の自慢の歌声を聞かせてやるぞー! んじゃ、俺は先に行ってまってるぞー」
「おいおい、利里――って、行っちまった……ったく、アイツ、妙な所で先走る奴だな……」

朱美の提案を受け、さっさと先に行ってしまった利里の背を眺めた後
俺がやれやれと言った感じに朱美の方へ振り返ろうとした矢先―――頬に柔らかい毛皮を押し当てられる感触。
慌てて見れば、翼手を後ろに回した朱美が少しだけはにかむ様にこちらを見て言う。

「……さっきの、『俺が何とかする』って言った時の卓君の顔、カッコ良かったよ」
「…………」

突然の事で俺が呆然としていると、
さっと俺の前に出た朱美が顔だけをこちらへ向け、
先ほどの事が夢か幻だったかと思える位のけろっとした調子で言う。

「ほら、何をぼけっとしてるの? 利里君を待たせるつもり?」
「……あ、ああ……分かった。今行くよ」

しばらくの間、俺は感触を確かめる様にキスをされた頬を撫でた後、
ポニーテールを揺らしながらさっさと先に行き始めた朱美の背を追って、俺は歩き出す。

……やっぱり、期待しても良いのかな? なんて思いつつ。

――――――――――――――――――――――了――――――――――――――――――――――





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