よう、カチューシャ

「明日から、夏休みかー」
 下校時。何とはなしにそんなことを呟いてみながら、俺は帰路についていた。
「しっかし、なんか色々あったなー」
 思い出すのは、一学期間にあった様々な出来事。
 まあ、とりわけ――

「ようっ! 今、帰りか?」

 こいつとの出会いが、印象深いな、うん。

「よう、カチューシャ!」
 俺は後ろからドタドタと走ってくる女生徒に、応じる。
「だからー、私の名前は、た・い・な・か だっての!」
「だって、語呂良いじゃん」
 嫌でも目立つその黄色いカチューシャ。
 それをあだ名にしない手はないだろう。
「このー!」
 そう言うと、カチューシャは殴りかかってきた。
「うわっ! いきなり何しやがる!」
「うるせー、これでもくらえ!」
 そして始まる間抜けなどつき合い。
 やがて俺達はもつれ合い、河原へと倒れ込んだ。

「……つ、疲れた」
 疲労しきった俺は、仰向けになってぜーぜーと息を吐いていた。
「はー、全くなんでお前といると、いきなりこういう展開になるんだよ」
「……う、うるせーやい」
 横を見ると、同じように仰向けになって疲れを表している律の姿が。
「なんかお前を見ると、妙にテンションが上がっちまうんだよ」
「なんだそりゃ?」
男としてどう反応したら良いのか微妙なところだ。
 俺が考えていると、律は再び口を開いた。
「み、見てろ! 明日学校でお前の分の給食は無いと――」
「おい、明日から夏休みだぞ?」
 律の動きが、ぴたりと止まる。

「……あー、そうだったっけ」
 そして、えらくしんみりとした声を漏らした。
「なんだよ? 夏休みだってのに、どこか不満そうだな」
 俺は意外に思った。普通、大抵の学生は夏休みだと聞いたらウキウキするものではないのか。
「いや、それはそれでいいんだけどさー」
 律はそう言うと、言葉を探すような仕草をしてみせる。
「あっ、分かった! 給食が食えなくなるからだろー?」
 からかうような声音で俺は律にそう言った。
「いや、違うんだよ……なんていうか」
 どこか律の様子がおかしい。もじもじとして、なかなか言葉が出てこない様子だ。
「へー、なんだよてっきりおかわりが出来なくなるとかそんな――」
「だから違うって!」
 ズイと身を乗り出してくる律。そんな行動に俺はたじろいだ。

「お前と暴れられなくなるからだって!」

 律はそんなことをのたまったものだから、俺はえらく動揺した。
「な、なんだそりゃ?」
「だから、お前とどつき合いとかできなくなるじゃん! それがいやだっての!」
 律はそう言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「……あーわかったわかった」
 俺は律にある提案をすることに決めた。
「おい、一週間後は空いてるか?」
「……なんでそんなこと聞くんだ?」
「ここで花火大会やるんだ。良かったら、一緒に行かねえか?」
「――ッ! い、いきなりなんだよ!?」
「いや、要するにさ、お前俺に会いたいんだろ? だったら、一週間後にここで会うってのも悪くないんじゃ――」
「う、うるさい! 私は別にお前に会いたいとかそういうんじゃ――!」
「じゃあ、どういうことだよ?」
「と、とにかくちげーし! おかしーし!!」
 そう言うと律は起き上がり、パンパンと埃を払い、バッグを持って駆け出そうとした。
 そんな律の背中に、俺は声をかける。
「じゃー、来週の7時にここ集合な~」
「い、いかねーし! 誘うな、バカー!!」
 ブンブンと首を振りながら、堤防を駆けて行ってしまった。

「……? なんであんなに赤かったんだろあいつ?」
 俺はゆっくりと起き上がり、鞄を抱える。
「なんか、いつもと違って新鮮で面白かったな。
 ま、いいか。とりあえず……」
 そのポケットの中からケータイを取り出し、メールを打つ。
 もちろん、内容は――
「『じゃあ、6時に橋下でなー♪ 浴衣で来いよっ!』っと……」
 誘いのメールに他ならない。

 これを見たあいつの反応はどんなものだろう?
 俺はそんなことを想像しながら、一人帰路につくのだった。
最終更新:2009年09月30日 14:04
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