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和「図書館警察」



電子音がなって、私は目を覚ました。
朝日が私の顔を照らして眩しいから、私は布団を顔のあたりまで引っ張ってみたが、如何せん日光は強い。
結局私は朝日を浴びて起きた。

階段を降りて、顔を洗ってから、洗面所の前で跳ねた髪を撫で付ける。
短い髪がいろんな方向に跳ねていて、なんともみっともない。
特に耳の辺りはどうにもならないほど癖が強い。
耳回りは諦めて、他を櫛ってから歯を磨いた。

制服に着替えた後、朝食を摂りながら、今日の予定を確認する。
今年度の行事、さしあたっては体育祭の話し合いが、今日も生徒会室である。
しかも、よりにもよって昼休み。
これのせいで、私はここのところ昼食をとるのが遅れてしまっている。

そういえば、他にも友人に頼まれていたことがあったっけ。
忙しいというのは、即ち充実しているということでもあるけれど、いくらなんでも少し疲れてきた。

「いってきます」

朝から憂鬱な気分で家を出た。



日課として、私は毎朝幼馴染の家に向かうことにしている。
彼女の名前は唯、ついでに妹は憂だ。

彼女はまったくだらしがなく、妹に起こしてもらわなければ、寝坊をしないことのほうが珍しいくらいである。
けれど、その天真爛漫な性格からか、私も彼女の妹も、彼女の世話をするのをそこまで嫌がっていない。
あまりよくないことだとも思いながら、私は彼女の家に着き、インターフォンを鳴らした。

「はーい……あ、和ちゃん」

洒落た洋風建築から、私と同い年くらいの女の子が顔を覗かせる。
応対したのは彼女の妹であった。
姉と正反対にしっかりしたこの娘は、柔らかい髪を縛ってショートポニーにして、エプロンを着けている。

「お姉ちゃんねえ、もう学校行っちゃったよ。珍しいよね」

「あら」

と言って、私は続けるべき言葉を見つけられなかった。
ただ、そうね、とだけ返しておく。
すると彼女は一旦家の中に引っ込んで、しばらくするとお弁当を入れた布鞄を二つと、通学鞄を持って出てきた。

「じゃあ、学校行こうか。お姉ちゃんがいないと遅刻する心配もないね?」

こうは言うけれど、憂は姉の悪口をいうふうでもなく、ただ、今日はちょっとのんびり歩ける、くらいの気持ちのようだ。
小さく伸びをすると、結った髪が揺れた。

「そういえばさ、最近お姉ちゃんが学校の図書館に入り浸ってるの。中々似合わない気がしない?」

唯はあまり本を読むのは好きではなかった記憶がある。
じっと座って本を読むよりは、外を歩き回るような子だ。
精神から外界に出て文字として固着した思想よりは、生きた会話の端々から、何かを掴もうとする子だ。

そんな彼女が図書館でおとなしく座っているというのは、なるほど言われてみれば少しおかしな気がする。

「そうねえ……でも、あの娘移り気だから、そのうち飽きるでしょうよ」

そう言うと、憂も同意して首を縦に振った。
事実唯は飽きっぽい。
唯は軽音楽部に所属しているが、ギターを飽きずに続けられているのが不思議なくらいだ。

とは言え夢中になったときの集中力はなかなか凄まじい物もあるので、短い間でも、彼女は結構な量の知識を書物から得るかも知れない。
ちょっと楽しみだ。

そうこう話しているうちに、学校についた。

「じゃあねー」

手を振って憂と別れる。
階段を登ろうと足を踏み出すと、上から名前を呼ばれた。

「あ、のどか」

そのまま、たた、と階段を駆け下りてきて、名前を呼んだ女の子は、じっと私を見つめた。
顔にかかった長い黒髪を払うと、横に長い楕円形の眼鏡の奥に瞳が見える。

「図書館の件、どうなったの? 無理なら無理で別にいいんだけどさ」

そういえば、そんなことを頼まれていた。
確か、返却期限を過ぎても本を返さない生徒が多いから、なんとかしてくれ、とか。
正直、それを生徒会に言われても困るのだが、仲の良い友人からの頼みを無下にすることも出来なかった。

「ああ、あれ、は……宮本さんと今日の昼休み、詳しく話しあいましょう。
 現状の把握もできてないまま勝手に行動するのも不味いし」

私が言うと、彼女は納得したように頷いた。
そのまま並んで、私たちは教室へ向かった。

彼女は高橋風子という。
いわゆる本の虫で、暇さえあれば図書館にいるような気がする。
何度か、一緒にお弁当を突っついているときに、図書館がいかに素晴らしいか語られたのだが、全く理解出来ない。

ついでに、彼女は宮本アキヨというクラスメイトと近頃懇意にしている。
宮本さんは図書委員をしているそうで、この間は風子が図書準備室で一緒にパンを食べたと言っていた。
割と引っ込み思案に見えて、自分で言えばいいものを、わざわざ風子伝いに私に頼んできたのも、その辺りが原因かと思う。

なんか、面倒くさい。

とは言え、今更断るわけにも行かない。
それに、なんというか宮本さんの頼みも風子の頼みもなんとなく断りづらい。
ある程度こちらが断ることを予想しているような感じがあって、断るのが逆に癪だ。

かりかりとペンを走らせていると、昼休みになった。

早速風子が私の席の近くに来る。
その後ろには、髪を短く結った宮本さんが、俯き加減で隠れている。

「じゃあ、図書館いこう」

風子がしれっと言ってきた。
私は毒の一つでも吐いて、とっとと生徒会室へ向かおうと思ったが、

「あ、でも……真鍋さん生徒会があるって、高橋さん言ってたじゃない……」

などと宮本さんが怖ず怖ずと言うので、私は肩を落とした。

「……直ぐに終わらせてくるから、図書館で待っててくれる?」

それだけ言って、私は教室を後にする。
振り返ると、風子と宮本さんがじっとこちらを見つめていた。
引きこまれてしまいそうで、身が引き裂かれてしまいそうだったから、さっと私は目を逸らした。

腹立たしいのは、昼休みに人を呼んでおきながら、生徒会の話し合いが一向に進まないということだ。

「運動会の父兄参観、準備に手間かかる割には見に来る人も少ないですし、いっそ取りやめにしませんか」

と言う人がいれば、

「建前としては学校での集団教育の成果の発表でもあるわけですから」

うんぬん、などと言う人もいる。
困ったことに、こういう風に意見が割れると大抵の場合は会議が進まない。
だから、私はいつも頬杖を突いて、気持ち半分程度に話を聴くことにしている。

なんとかして早く話し合いを気持ちよく解決させたいものだとも思うのだが、どうにもならない。
意見の相違は価値観の相違で、人生の相違だ。
同時に、それは不快感しか催さない。

「はい」

ぱん、と私は手を叩いた。

「今日はこれまで。残りは放課後に。一応、早いところ運動会と学園祭の二つくらいは決めておかないといけません。
 双方、現実的な妥協点を模索していきましょう、では」

こんなことを言って話し合いを終わらせる。
そうして生徒会室を出た後、結局一番偉そうにしている生徒会長の私が、会議中だんまりを決め込んでいたことに気がついて、なんだかおかしくなった。

私は独りでくつくつと笑いながら、生徒会室を出たその足で図書館へ向かった。



扉を開ければ、直ぐに分かる。
図書館には不思議な空気が流れている。

貯蔵されている情報の匂いだ。
時代遅れの腐った匂いだ。
十数年前の新書本、などという矛盾したものを大事に保管してあるところ、どうにも私には図書館は合わないと感じる。

きい、と図書準備室の扉を開けると、少し違う匂いが鼻をついた。
接着剤、か。
図書室とは違って、また不思議な感じがする。

「あ、真鍋さん」

椅子に座って本を読んでいた宮本さんが、私を見つけて控え目に微笑んだ。
私も微笑み返す。

「入っていいかしら?」

「どうぞ」

思えば、図書準備室なんぞに入るのは初めてだ。
大きな机の上には何故か定規やシール台紙なんかが置いてある。

「あ、それブックカバーフィルム……司書さんが忙しい時は、私が貼るの」

そういえば、図書館の本には透明のフィルムが貼ってある。
あれは誰かが貼っているんだという当たり前のことに、今更気がついて、ちょっと感心した。

「へえ、これ」

私が口を開くか開かないかするうちに、宮本さんが一生懸命話しだした。

「あ、あのね、それ貼るのって意外と難しいの……埃が入ったりするとね、台無しになるから。
 この間もどこからか入ってきた野良猫の毛がくっついたからピンセットで取る羽目になったし、それに……」

そんなこんなで随分な長口上だ。
話を遮られて少し嫌な気がしたけれど、何故だか宮本さんの話は面白かった。
猫が入ってきていつも邪魔をすること、それでその猫は嫌いなこと、そのくせ猫のために、日が差すようにカーテンを開けていること。

「それでね、せっかく私が開けてあげたのに、全然違うところで日向ぼっこするから……大嫌い」

宮本さんは息を吐き出すように微笑んだ。
それから数秒間沈黙が流れたから、それで私は、この話が一応終を迎えたのだと気づいた。

大嫌い、で終わった割には、彼女は随分と楽しそうだ。

「あのー」

カウンターのほうで誰かが呼んでいる。
見てみると、おかっぱ頭の女の子だった。
無表情で淡々とした喋り方が、妙に図書室の雰囲気にあっている。

はあい、と返事をして、宮本さんは小走りでカウンターへ向かっていった。

机の上に、宮本さんが読んでいる本がある。
『学問のすゝめ』だ。
意外に難しそうな本を読んでいる、もっと小説などを読むのかと思った、
などと考えながら、ぱらぱらと捲ると、ところどころマーカーで線が引いてある。
びっくりして裏表紙のところを確認すると、カバーは貼ってあるが、学校所有の印鑑は押されていなかった。

「あ、ちょっと」

戻ってきた宮本さんに本をひったくられる。
彼女の反応と、本に引いてあったラインを重ねあわせて、妙な気持ちになった。
なんというか、とても悪いことをしてしまったような。

「……勝手に見ないで」

現に、宮本さんも恥ずかしそうに俯いて、大事そうに本を胸に抱えている。

「ごめんなさい」

罰が悪くなって、とりあえず私は謝った。
宮本さんは明るく微笑んで、いいよ、と言ってくれた。

数分ほどまた宮本さんと話していると、図書準備室の扉が開いた。

「あ、のどか遅い」

と不平を言いながら、風子が入ってきた。
どうやら暇に任せてまた読書をしていたようで、胸に分厚い本を抱えている。
風子の後ろには、私より数段癖の強い髪の毛の二年生の女の子が、明るく笑いながら、すこし緊張した様子でついてきていた。

「あの、どうも、鈴木です」

「はあ、どうも」

丁寧に挨拶をされて、つい私も姿勢を正した。
それを見て、鈴木さんはへらっと笑った。

「なんか図書館会議をするそうで。私も参加しようかと思って。図書室好きなので!図書室好きなので!」

何故二回言ったんだろう、と訝しんでいると、風子と鈴木さんはどかっと椅子に座った。
椅子に座るなり、二人ともまるで姉妹のように同じタイミングで本を開いた。

「ちょっとちょっと」

宮本さんが困ったような声を上げると、また二人とも同時に顔を上げて、苦笑した。
風子が言い訳がましく言う。

「ごめんねえ、ここに来たら本開くのが癖になってて」

どうやらいつもこんな感じらしい。
ちらちらと本のほうに目を遣る二人を宮本さんが諌めて、やっと話し合いが始まった。



「ええと、確か本の返却期日を守ってくれない人が多いんでしたよね、宮本さん」

「そう、鈴木さんや高橋さんみたいな、殆ど毎日来る人はちゃんと返してくれるんだけど、
 長期休業中に借りたままの人みたいに、普段来ない人が中々返してくれなくて」

「ああ、困ったね」

風子がそれだけ言って、私を見た。
むしろ私は、それで風子の発言が終わりなのかと驚いたくらいなのだが、どうやらもう私が喋る番のようだ。

「っていうか、督促状出しても駄目なら校内放送なり何なりすれば良いんじゃないの。
 なんなら直接回収しに行ってもいいし」

至極真っ当な意見のつもりだったのだが、他の三人は溜息を付いた。

「駄目ですよ、えと、ええと」

「真鍋よ。一応生徒会長だから名前くらいは知っておいて欲しかったんだけど」

「すみません。で、ですね、真鍋さん、それされたら嫌じゃないですか」

はあ、と間抜けな声が出た。

「嫌ですよ。それじゃあ図書館に来なくなっちゃうかも知れないでしょ?」

「まあ、そうね」

「それじゃ駄目ですよ」

他の二人もうんうんと頷いている。
そんなものかと思おうとしたが、全く理解出来ない。

「でも、本返してもらいたいんでしょう?」

「そうだよ」

返事をしたのは風子だった。

「でも、人が来なくなるのはちょっとイヤかなあって」

「いや、それは我侭よ」

「のどかなら何とかしてくれるかなって。無理ならいいけど」

私は自分で意識する前に、口に出していた。

「無理じゃないわよ、やるわ」


……


さて、困った。
なにより驚いたのは、あれで話し合いが終りになってしまったことだ。
私がやる、と言ったらそれでおしまい。どういうことだ。

少し途方にくれて、中庭でぼうっとしていると、とん、と肩を叩かれた。

「どうも」

鈴木さんだった。
軽快な動作で私の隣に座って、ちらとこっちを見てくる。

「真鍋さん、どうするつもりです?」

「……困ったわよねえ」

私がそういうと、彼女は顔を輝かせた。
無邪気な笑みで、図書室の中で見るのと外で見るのとでは全く違った印象を与える。

「ですよね。もしかして真鍋さんもあれで解決したのかと思って、びっくりしちゃいました」

「やっぱりそうよね、あれで話し合い終わりなんて絶対おかしいわよね」

「ええ。それで、もうちょっと話し合いませんか? どうにも不安でならないので」

それで私と鈴木さんとで話し合いを始めたが、全く進まない。
終いには鈴木さんも私も苛々してきた。

「だから、トレードオフだって言ってるじゃないの」

「難しい言葉使わないでくださいよ!とにかく、人が来なくなるのは嫌なんです、なんで分からないんですか」

「だって」

私は常々考えていたことを、そして、当然正しいと思っていることを言った。

「分かる訳ないじゃないの。他人が何をどう考えているのかなんて」

鈴木さんは一瞬目を見開いて、それから頭を掻いた。
まいった、なんて言っている。
私はそれを、じっと見ていた。

「……そうですね、そういうふうに真鍋さんが考えているってことも、私には分からなかったわけで」

なんだか妙にしおらしい。
会ってから十数分、ずっと溌剌だった彼女が急にこんな調子になれば、不安にもなる。

「え、なんかごめんなさい」

「いえ、でもですね、私、そういうの好きです。最近好きになりました」

ふと気がつくと、鈴木さんの目が、風子や宮本さんと同じように見えた。
目を逸らそうと思ったけれど、出来ない。

「そういうの?」

「こういうのです」

それっきり、鈴木さんは黙りこんでしまった。
しようがないので私も黙って中庭を見つめる。
春先だから、どこから種子が飛んできたのやら、たんぽぽが生えていた。

鈴木さんがぼうっとどこかを見つめながら、こんなことを言った。

「誰が何をどう考えているのかなんて、分からないんですねえ……そうですよね」

「なによ」

「いいえ、なんでも!」

鈴木さんが勢い良く立ち上がる。
たんぽぽが揺れた。

「楽しかったです!」

そう言って、彼女は駆けていった。

楽しかった。そう言った。

楽しかった。
意見の相違は、価値観の相違は不快感しか生まないと思っていたのだけれど。
楽しかった、か。

予鈴がなる前に教室に戻ると、幼馴染の唯が、むつかしい顔をして本とにらめっこしていた。
その肩をちょん、と叩いて尋ねる。

「ねえ、唯、それ返却期日は守ってるわよね」

「あ」

と言って、唯は固まった。
恐る恐る貸し出しカードを取り出して、溜息をつく。

「やっちゃったあ……昨日返却だったよ。図書館警察来ちゃうなあ」

「図書館警察?」

「そう。返却期日を守らないと強制的に回収しに来るの。怖いなあ」

私はちょっと黙り込んだ。
またなんか馬鹿な事を言っている、ぐらいで済ますことも出来ない。

「ねえ、唯」

声をかけておいて、その後で私は言葉を探した。

「どうして期日忘れちゃったの?」

唯は満面の笑みで答えてくれた。

「楽しいから」



それから、図書室で本を借りていると思しきクラスメイト何人かに声をかけた。
そのうちには、返却期日を守っていない人もいた。
とりあえず、立場上早く返すように促しておいたけれど、むしろ気になるのは、彼女たちが読んでいる本だった。

立花さんは夏目漱石の三四郎なんかを読んでいて、かなり意外だった。
彼女は髪を茶色にそめていて、軽くパーマも当てている、所謂不良っぽい子なのだが、
純文学の文庫本を片手に、足を組んで頬杖を付き読書に勤しむ姿は中々様になっている。

「立花さん、立花さん」

「うん?」

「それ、面白い?」

「面白いよ」

それっきり、立花さんは本に集中して、私のことは気にかけていない様子だった。
ふと思い出したように貸し出しカードを見て、あちゃあ、と言った。

「ごめん、これ期日過ぎてんね」

「あら、そうなの」

「ていうかこれ春休みから借りっぱなしだ……道理で機嫌悪いはずだよ」

「誰が?」

「アキヨ。悪いことしたなあ」

考えこむように額に手を当てて、黙りこむ。
ちらと私の方を見て、苦笑した。

「どうしたもんかな」

「どうして遅れたの?」

「そりゃあ」

立花さんは嬉しそうに笑う。

「面白いから、何度か読んでるんだ。毎週延長しに行ってたらなんかしらけちゃうし」

唯と同じような笑い方だ。
そっか、と返して、私も笑った。

「怒りやしないわよ、きっと」

なんとなく、だけど。

ちょっと楽しいと思った。
なんども本を読むなんて私はしないけれど、こんな風に楽しそうにそれをする人もいる。
私と違うところが、そのまま彼女の特徴になる気がした。
それだけで、ちょっと彼女のことを知れた気がした。

「図書館警察かあ」

私は独りごちた。


……


存外、人の話を聴くのは面白い、と思うようになってきた。
昼休み、私は個人的に本を返却していない人のところを訪ねて、その本についての話をしつこく聞かせてもらうことにした。
楽しそうに話をしてくれる人もいれば、不審気に眉をひそめる人もいる。

どちらにしても、大抵はそれで次の日には返してくれている、らしい。
宮本さんから聞いた話によると、だが。

しかし、手ごわい人もいる。
私は今日も中庭へ向かい、体操座りをしているその女の子の隣に腰を下ろした。

「それ、面白い……って、前にも聞いたわね」

「前にも言ったわ」

女の子はちらりとこっちを見て、また、膝の上に置いてある本に視線を戻した。

「どうなったの、主人公は」

「図書館警察を、お菓子で撃退した……なかなか独創的」

図書館警察、というのは、小説に出てくる虫のような怪物のことらしい。
やっと読み終わったのか、と私は微笑んだ。

「そうなんだ……もう一回読むの?」

「読まないよ」

「じゃあ、返すの?」

「返さない」

「じゃあ」

私の言葉を右手で遮る。
おかっぱ頭の彼女は本を口元まで上げて、くすりと笑って言った。

「持ってるの。図書館警察が来るまで」

そうして、読み終わった本を胸に抱えて、ぼうっと空をながめている。
彼女は誰に言うでもなく、独りで呟いた。

「面白いでしょう」

そうねえ、と答えて私は中庭に目を遣った。
たんぽぽが何本も生えている。
時たま触れ合って、揺れている。
あとしばらくしたら、触れ合うたびに種子が飛ぶようになるんだろう。

「楽しいなあ」

私の声は春に飲まれた。


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最終更新:2011年04月07日 13:29