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「……」

 私は純ちゃんの横顔を見た。

「反省、してる?」

 純ちゃんが眉をぴくりと動かした。

「ちゃんと反省して、もうお姉ちゃんにあんなことしないなら、私も……」

「……憂。憂がそうやって迷うから、お姉さんは苦しんだんだよ?」

「今日のうちに私を殺さないから、私はどんどん調子に乗った」

 そうかもしれない。

「だけど……」

 私は頭の隅で思う。

 純ちゃんを殺してしまったら、やっぱり後悔することになるんじゃないか。

 あんパンの味を思い出す。

「私は純ちゃんを信じたいよ。人殺しなんてしないって」

「……」

「純ちゃん……もう、やめよう?」

 私は何を言っているんだろう。

 純ちゃんを殺しに来たはずなのに。

 私は意志薄弱すぎる。気持ちがコロコロ変わっているのを自覚する。

 お姉ちゃんがどれだけ苦しめられたか、忘れてしまったのだろうか。

「殺すとか殺されるとか……おかしいよ」

「まぁ少年犯罪とか増えてるって言うし」

「だからって、私たちがそんなことする必要ないよ。友達でしょ?」

「憂……」

 純ちゃんと目が合う。

 瞳がきらりと輝いた気がした。

 純ちゃんはずるずると座りこむ。

「友達で……いいの?」

「すごく難しいかもしれないけど……私は純ちゃんと友達でいたいよ」

 隠しておいた炎がいつのまにか消えていた。

 純ちゃんの目がきらきら光る。

「うい……」

 私もゆっくりと座りこんだ。

「あんたって、ほんとに……バカだよ」

「純ちゃんに言われたくないなー」

 私はくすくすと笑う。けれど、純ちゃんは涙を光らせたまま表情を固くしていた。

「……憂っ、急いで」

「え?」

「お姉さんの温度がおかしいんだ……教えないつもりだったけど、やっぱり……!!」

 純ちゃんは涙を散らして、私の体を揺さぶった。

「どういうこと……?」

「分からないよ! けど、憂の家で何かが起こってるのは間違いないんだって」

「私の自転車貸すから、すぐ戻って!」

 純ちゃんは迷惑もかえりみずドタドタと机まで走って、自転車のカギを投げて寄越した。

 取り落としそうになりながらどうにか受け取って、私は階段を駆け降りる。

 状況は飲みこめていなかった。

 それでも今はとにかく走る時だと、本能が告げてくる。

 外に出て、純ちゃんの自転車に飛び乗った。

 お姉ちゃんに触れられた記憶が、焦りの奥でパチパチいった。




 自転車をがしゃがしゃ漕いで、私は息を切らす。

 だんだん、向かいの空が赤くなってきた。

 朝が来る時間じゃない。

 私は不安に暴れる心臓を抑えつつ、自転車を漕ぎ続ける。

「……!!」

 たどり着いた私の目に飛び込んだのは、炎に包まれた我が家だった。

「憂ちゃん、憂ちゃん」

 野次馬の中から、お隣の一文字おばあちゃんがよたよた歩み出てきた。

「外にいたんだね、よかった……」

「お姉ちゃんは……?」

「……分からないよ。でも、もうすぐ消防士さんが来てくれるから」

 つまり、中にいるかもしれないってことだ。

 私はおばあちゃんを押し退けて、玄関へと駆けていく。


 私は手を開いて念じる。

 けれど、炎が大きすぎるのか、私の超能力ではコントロールしきれないらしい。

「憂ちゃん、こっち戻っておいで!」

 それなら仕方ない。

 私は赤熱するドアノブを一瞥すると、息を止めてドアを押し開けた。

「っ……」

 熱風が噴きだしてくる。

 全体をチロチロと赤い炎が食んでいて焦げ臭い。

 息を吸うと喉が焼ける。炎は避けられても熱気は避けられないらしい。

 お姉ちゃんは3階の寝室だろうか。

 階段はところどころ崩れていたけれど、熱ささえ我慢できれば問題なく上がれた。

 舐めてくる炎を払いながら、肌がじりじり灼ける感覚に歯を食いしばりながら、お姉ちゃんの部屋の扉を開ける。

 視界が一瞬、金色に光る。

 お姉ちゃんの部屋にはびこっていた炎が消え去った。

 割れた窓から、2月終わりの風が吹き込んでくる。

 私は焼け焦げたカーペットを溶けた靴底で踏みながら、お姉ちゃんのベッドに近寄った。

 ベッドの上は、まるで別世界のようだった。焼け痕もなく、お姉ちゃんが苦しげに胸を上下させている。

「お姉ちゃん……」

「……」

 炎がガタガタとドアを叩いてやかましい。

 お姉ちゃんの声が聞こえなかった。

「何? お姉ちゃん」

 ひざまずいて、お姉ちゃんの口元に耳を寄せる。

「うい……来てくれたんだね」

「うん。お姉ちゃん、無事みたいだね」

 キスしたい気持ちはさすがに抑えて、私はお姉ちゃんの髪を撫でる。

「でも、なんで……?」

「分かんない……目が覚めたら、もう火の海だったんだけど」

「私のベッドまでは火が上がって来なかったんだよ。どうしてかなぁ」

 どうなっているんだろう。

「不思議だね……でもお姉ちゃんが無事ならいっか」

 私はお姉ちゃんを撫でようとしてやめる。

 今の私はススや火傷だらけで、ひどく汚れているのだ。

「……憂、その手の火傷」

「あ、うん……来る時にちょっと」

 さっと手を後ろに隠す。

 ただでさえ疲れているお姉ちゃんに、余計な心配をかけさせたくなかった。

「でも全然平気だよ?」

「大丈夫なことないよ、あとでお医者さんに診てもらわないと……げほっげほっ」

 お姉ちゃんは表情を厳しくして言うと、突如激しく咳きこみだした。

「お姉ちゃん!?」

「ウ゛ン……焼けはしなかったけど、部屋の中熱くって。ちょっと、喉が……」

「お姉ちゃん、喋っちゃだめだよ。救助が来るまでじっとしてよう」

 私はお姉ちゃんの背中を撫でて落ち着ける。

 お姉ちゃんはこくこく頷いて、しなだれた。

――――

 あれから数分と経たずサイレンが聞こえ、私たちは屈強な消防隊員に救助された。

 外傷のみの私に比べ、喉を火傷してしまったお姉ちゃんはしばらく入院することになった。

「家はほとんど全焼だって」

『それじゃあ憂はどうしてるの?』

「ひとまずお父さんたちが帰るまでは一文字おばあちゃんの家にご厄介になってるんだ」

「お姉ちゃんと一緒に入院したかったけど……しょうがないよね」

『てれますなぁ』

 喉を火傷しているお姉ちゃんは会話を禁止されているので、筆談で私と話している。

 きゅっ、とマジックペンの筆先がスケッチブックを擦る。

 この音とシンナー臭さをお姉ちゃんは嫌がっていたけれど、いまではすっかり慣れてしまったようだ。

 たくさんお話ししてるからね。

『うい、だいすき』

「お姉ちゃんてば……」

 私は赤面して俯いた。

 お姉ちゃんと私は、あの日の夜から結ばれている。

 純ちゃんが本気を出したというあの夜だ。

 言うなれば、私たちは純ちゃんのおかげで結ばれたわけだ。

 だって、あんなことが無ければお姉ちゃんにのしかかってキスされることも、

 お姉ちゃんの処女をアイスで奪うこともなかっただろうから。

 そしてそれらのことが、お姉ちゃんに私への恋心を思い出させ、熱くさせていったのだから。

 いや、お姉ちゃんの言い分はそうじゃなくて、「私が守ってくれたから」なんだけれど。


 とにもかくにも、結果的に私とお姉ちゃんのキューピットとなったのは純ちゃんなのだ。

 冷静に考えれば、私はそんな大恩人を手にかけようとしていたということになる。

 あそこで考え直せていなかったらと思うと恐ろしい。

「もう……怪我人は寝てなきゃだめだよ!」

「む……」

 お姉ちゃんが寂しげな目をして、ちょいちょいと手招きする。

「なあに……?」

 私は無警戒に、お姉ちゃんの口元に耳を近づける。

 お姉ちゃんが呼吸している。空気の動きが聞こえる。

「うい……愛してる」

 私はきょとんとして、お姉ちゃんの顔を見返した。

 うるうるの瞳。ぷにぷにの頬。つやつやの唇。

 理性が抗う隙もなく、私はお姉ちゃんの唇に吸い付く。

「ん、ん……」

 三日ぶりのお姉ちゃんの唇。

 一心不乱にむさぼりつき、舌を差し込む。

「おねえひゃん、ひたふって、ちゅーってひて」

 体面などなかった。

 お姉ちゃんの口の中で舌をびちびちと暴れさせ、狂ったようにお姉ちゃんの舌を求める。

 びちゃびちゃと唾液が跳ねている。

「ん……」

 お姉ちゃんが私のリボンをするっと解いた。

 本当に病室でするつもりらしい。

 個室とはいえ、いつ誰が来るやら分からないのに。

 私は思考とは真逆に、お姉ちゃんと激しく舌を絡ませた。

「んっ、ふ……ずず、ちゅぱ」

 馬乗りになって、存分に舌を吸ってもらう。

 火傷したところが少し痛むけれど、快感のせいでしびれて分からなくなってしまう。

 血が出てしまわなければいいけど。

「憂さーん?」

 純ちゃんの声がする。

 私はお姉ちゃんの背中に手を入れてぎゅっと抱きしめると、さらに密着したキスをする。

「……終わったころにまた来ます」

「んっ、うん。そうして……あ」

 返事をして気付く。

 見られた。





――――

「いやぁ、押しかけちゃってすいません……」

 純ちゃんはケンカを売りたいのか、頭のポンポンを解いて丸椅子に腰かけた。

 お姉ちゃんはぷるぷる首を横に振る。

『お見舞いに来てくれるのはうれしいよ』

「いえ、もともと火事になったこと自体、私のせいみたいなものですから」

「えっ……」

 お姉ちゃんが思わず声を発していた。

 私は少し離れた位置で黙りこくって、動向を見守っていた。

「……唯さんは、超能力って信じますか?」

『あったらいいなとは思うけど、無いんだと思うよ』

「もしあるとしたら、どうします?」

『分かんないなー。あっても多分私には関係ないだろうし』

 お姉ちゃんは世間話でもしているような態度だった。

 実際、まだお姉ちゃんにとっては友達と話すような面白おかしい話と大差ないんだろう。

「それが関係あるんですよ。非常に密接に」

『私に?』

「はい、唯さんにです。聞き苦しい話だと思うんですけど、聞いて欲しいんです」

 お姉ちゃんは顎を指先で揉んで、少し悩んでから頷いた。

『どういう話かわからないけど、聞かせてほしいな』

 純ちゃんは頷いて、たっぷり息をたくわえた。

「発端は、10日前です……」

――――

 純ちゃんは超能力のこと、私たちにあった騒動をお姉ちゃんに話した。

 お姉ちゃんは声を上げないようしっかり唇をしめて、一言一句もらさず真剣に聞いていた。

 私は途中から廊下に出て待っていた。

 私が純ちゃんに抱いた憎しみ。

 それから、純ちゃんが私に抱いた憎しみを聞かされるのは、思っていた以上にこたえたのだ。

「……」

 夕陽が射す頃になって、純ちゃんがお姉ちゃんの部屋から出てきた。

 私は目をそらそうとしたけれど、純ちゃんは顔を覗きこんできて、結局しっかり目が合ってしまった。

「憂、やっぱりあんたは天才だよ」

 純ちゃんは私をまっすぐに見つめて言う。

 その瞳は、ずいぶん潤んでいるように見えた。

「……お姉さんと一緒でね。最高の天才」

「ありがとう。憂みたいなのが私の友達で……ほんとに嬉しい」

「……」

 純ちゃんは床を鳴らし、去っていく。

「……私とお姉ちゃんが、天才?」

 私は目を閉じた。

 そして、細く長く息を吐く。

「よくわかんないよ……」

 私はお姉ちゃんの病室に戻る。

 お姉ちゃんは長い話で疲れてしまったのか、スケッチブックを抱いてすやすやと眠っていた。

「……」

 私はそっと、お姉ちゃんを起こさないようにスケッチブックを抜き取った。

『たぶんあれは、憂が助けてくれたからなんだ』

『そこにいなくても分かったよ。憂がいるのを感じた』

『これは超能力じゃないと思うけどさ』

 お姉ちゃんの言葉を、一枚ずつめくっていく。

『憂はすごくいい子なんだよ』

『天才かぁ。確かに憂に似合うかもしれないね』

『勉強とかお料理とか、その他もろもろでも超能力でもないよ』

『憂は人に優しくする天才なんだと思うな』

 私はお姉ちゃんの寝顔を見る。

 そして純ちゃんの言葉を思い出した。

「……」

 天才扱いも悪くない。

 私に宿った、お姉ちゃんを救える超能力と、人に優しくする才能だったら。

 ぜひ天才でありたいと思う。

 私はベッドに落ちていたリボンを取ると、髪をポニーテールに結びあげた。





 私は平沢憂。

 お姉ちゃんのひとりだけの妹で、恋人でもある。

 そして純ちゃんの親友。

 だいたい凡人だけど、人に優しくする天才らしい。


 憂という名前が表す通りに、人に優しくなってしまうらしい。

「お姉ちゃん。……でも、才能ってなにもしなかったら潰えるんだよ」

 私はお姉ちゃんの髪を撫でて、呟いた。

「ありがとう、お姉ちゃん。……純ちゃん」

 おしまい

最終更新:2011年04月29日 20:08